Quantcast
Channel: Nature –ライフサイエンス 新着論文レビュー
Viewing all 125 articles
Browse latest View live

Tet1による始原生殖細胞におけるゲノムインプリンティングの消去

$
0
0

山口 新平
(米国Harvard Medical School,Boston Children’s Hospital)
email:山口新平

Role of Tet1 in erasure of genomic imprinting.
Shinpei Yamaguchi, Li Shen, Yuting Liu, Damian Sendler, Yi Zhang
Nature, 504, 460-464 (2013)

要 約

 ゲノムインプリンティングは対立遺伝子に特異的な遺伝子発現の様式であり,親の世代の精子および卵子それぞれに異なるパターンで樹立されたDNAのメチル化により制御される.精子あるいは卵子に特異的なDNAメチル化パターンの形成にさきだち,始原生殖細胞において体細胞型のDNAメチル化パターンの消去が起こるが,その分子機構はほとんど解明されていなかった.この研究において,筆者らは,5-メチル化シトシンに特異的なジオキシゲナーゼTet1が始原生殖細胞におけるインプリンティング遺伝子のDNAメチル化を消去するタンパク質であることを示した.Tet1を欠損した雄のマウスと野生型の雌のマウスとの交配により得られたマウスは,胎生致死などそれぞれの個体で異なる多様な表現型を示した.Tet1ノックアウトマウスにおいては,本来は始原生殖細胞において消去されるべきインプリンティング遺伝子のDNAメチル化が消去されず,精子でも高くDNAメチル化した状態で維持されていた.親の世代から残存したDNAメチル化はつぎの世代に伝わり,インプリンティング遺伝子の発現の異常およびさまざまな表現型をひき起こしていた.以上の結果から,Tet1がインプリンティング遺伝子のDNAメチル化の脱メチル化に重要な役割をはたしていることが証明された.

はじめに

 われわれ哺乳類では,ほとんどの遺伝子は父母それぞれに由来する2つの対立遺伝子から同じレベルで発現している.しかし,インプリンティング遺伝子は,父親(精子)由来あるいは母親(卵子)由来のどちらかの対立遺伝子からのみ発現するという特徴的な発現パターンを示す.この対立遺伝子に特異的な発現は,おもに対立遺伝子特異的メチル化領域(differentially methylated region:DMR)におけるDNAメチル化のパターンにより制御されている1).雄では胎仔期から新生仔期の精原細胞において,雌では出生ののちの卵母細胞において,精子あるいは卵子に特異的なDNAメチル化パターンが形成される.しかし,マウスの精子および卵子はもともと体細胞型のDNAメチル化パターンをもつ始原生殖細胞から分化する.そのため,精子あるいは卵子に特異的なDNAメチル化パターンが形成されるまえに,この体細胞型のDNAメチル化パターンを消去することが必要である.胎生8.0~13.5日の始原生殖細胞において起こるゲノムリプログラミングをつうじほとんどすべてのゲノムはDNA脱メチル化することがわかっていたが1),インプリンティング遺伝子のDNAメチル化の消去における責任タンパク質および分子機構は長いあいだ不明であった(図1).

figure1

 ゲノムのリセットともいえる重要なイベントの機構が長らく不明だったのは,哺乳類におけるDNA脱メチル化の機構がほとんどわかっていなかったことが原因であった.しかし,2009年,Tetファミリーが5-メチル化シトシンを特異的に酸化する活性をもつことが発見され,この分野の研究が急速に進んだ2,3).筆者らは,Tetファミリーのうちゲノムリプログラミングの起こる時期の始原生殖細胞において特異的に発現するTet1に注目し,Tet1が減数分裂に関連する遺伝子におけるDNA脱メチル化に重要であることを発見した4)新着論文レビュー でも掲載).はたして,Tet1はインプリンティング遺伝子のDNAメチル化の消去にもはたらいているのだろうか,それが,この研究の出発点であった.

1.父親におけるTet1の欠損により次世代は多様な表現型を示す

 インプリンティング遺伝子のDNAメチル化の消去の異常は精子に残存するDNAメチル化として受け継がれ,残存したDNAメチル化は受精ののちのつぎの世代に影響を及ぼすであろうと仮説をたてた.そこで,雄のTet1ノックアウトマウスと雌の野生型マウスとを交配し,次世代としてTet1父性ノックアウトマウスを得た.対照となるマウスとしては,雄のTet1ヘテロノックアウトマウスと雌の野生型マウスとの交配により得たマウスを用いた.Tet1父性ノックアウトマウスはTet1遺伝子についてヘテロであり,対照となるマウスの半分とは同一である.にもかかわらず,Tet1父性ノックアウトマウスのみに非常に多様な表現型が認められた.Tet1父性ノックアウトマウスは生まれたときの体の大きさに非常に大きなばらつきがあり,新生仔の体重は,対照となるマウスでは全個体の約70%が1.2~1.3 gにおさまるのに対し,Tet1父性ノックアウトマウスは1.1 g以下あるいは1.4 g以上の個体が70%以上をしめた.Tet1父性ノックアウトマウスの胎盤は対照となるマウスと比較して顕著に小さく,その大きさは体の大きさと正の相関を示したことから,少なくとも,体の大きさの減少は胎盤の異常が原因であることが示唆された.さらに,Tet1父性ノックアウトマウスの新生仔はその半分が出生から3日以内に死亡した.生き残ったマウスも大きなばらつきをもちながら発育に遅延を示し,3週齢の時点においてTet1父性ノックアウトマウスのうち約半数の個体は対照となるマウスに比べ30~70%の体重しかなかった.
 このような発育の異常にくわえ,Tet1父性ノックアウトマウスは生まれてくる個体の数がすでに少ないことがわかった.野生型マウスとTet1ヘテロノックアウトマウスとの交配では平均7.5匹の仔が得られるのに対し,野生型マウスとTet1ノックアウトマウスとの交配では平均4匹しか生まれてこなかった.そこで,胎生13.5日において解剖を行ったところ,Tet1父性ノックアウトでは約35%の胚がすでに死亡し吸収されていることがわかった.胎生10.5日では約35%の胚が発生に明らかな異常を示していた.胎生9.5日では胚に形態的な異常はみつからなかったが,約35%の胚で胎盤に異常があった.組織学的な解析の結果,これらの胎盤では絨毛膜板の伸展が認められず,ラビリンスの形成も認められなかった.
 以上の結果から,Tet1父性ノックアウトマウスの一部は,胚性致死,胎仔および胎盤の発生の異常,新生仔致死,出生ののちの発育の異常という多様な表現型を示すことがわかった(図2).

figure2

2.Tet1父性ノックアウトマウスはインプリンティング遺伝子のDNAメチル化および遺伝子の発現に異常を示す

 インプリンティング遺伝子の異常は胎盤あるいは胚の発生において表現型を示すことが知られている1).胎生致死の表現型が父方の対立遺伝子に特異的に発現するインプリンティング遺伝子Peg10遺伝子のノックアウトマウスと類似していたことから,胎生9.5日の胚におけるPeg10遺伝子の発現を解析した.その結果,異常な胎盤をもつ胚ではPeg10遺伝子の発現が完全に抑制されていることがわかった.胎生9.5日の胚における遺伝子発現プロファイルをRNAシークエンシング法により解析すると,対照となるマウスの胚において発現の認められた81個のインプリンティング遺伝子のうち,11~46個のインプリンティング遺伝子がTet1父性ノックアウトマウスの胚において異常な発現を示していた.表現型と同様,インプリンティング遺伝子の発現異常のパターンにも胚ごとにばらつきがみられたが,共通の傾向として,父方の対立遺伝子より発現するインプリンティング遺伝子が抑制され,母方の対立遺伝子より発現するインプリンティング遺伝子が活性化していた.このことから,父方の対立遺伝子が母方の対立遺伝子の発現様式を獲得していることが示唆された.
 Tet1父性ノックアウトマウスにおけるインプリンティング遺伝子の発現の異常がDNAメチル化の異常に起因するのかどうか明らかにするため,Peg10遺伝子の対立遺伝子特異的メチル化領域におけるDNAメチル化について解析した.対照となる胚では予想どおり約50%のDNAメチル化が認められたのに対し,Peg10遺伝子の発現が抑制されていたTet1父性ノックアウトマウスの胚ではその対立遺伝子特異的メチル化領域はほぼ100%がDNAメチル化していた.このことは,通常はDNAメチル化をうけない父方の対立遺伝子もDNAメチル化されていることを示した.Peg10遺伝子のほかにも,Igf2r遺伝子の発現が異常な胚,および,Impact遺伝子の発現が異常な胚では,それぞれの対立遺伝子特異的メチル化領域においてほぼ100%のDNAメチル化が認められた.
 胎盤の発達の異常も胚と同様にインプリンティング遺伝子の発現の異常が原因なのかどうか明らかにするため,胎生19.5日の胎盤を解析した.その結果,異常に小さい胎盤においてはIgf2r遺伝子およびPeg3遺伝子の発現に異常が認められた.胚における結果と同様,Peg3遺伝子の発現が抑制されていた胎盤ではその対立遺伝子特異的メチル化領域におけるDNAメチル化が上昇していた.Peg3ノックアウトマウスは同様の胎盤の異常を示すことから,Tet1父性ノックアウトマウスの胚における胎盤の発達の異常もインプリンティング遺伝子の発現の異常が原因であることが示唆された.
 これらの結果から,通常はDNAメチル化をうけない父方の対立遺伝子がDNAメチル化されることがTet1父性ノックアウトマウスにおけるインプリンティング遺伝子の発現異常の原因であり,発生の異常につながることが示唆された.

3.Tet1ノックアウトマウスの精子および始原生殖細胞においてはインプリンティング遺伝子におけるDNAメチル化が消去されない

 Tet1父性ノックアウトマウスの母親は野生型であるため,その胚および胎盤において認められたインプリンティング遺伝子の発現の異常は,父親であるTet1ノックアウトマウスの精子における異常なDNAメチル化が直接の原因だと予想された.もしTet1がインプリンティング遺伝子のDNAメチル化の消去に機能しているなら,Tet1ノックアウトマウスの精子においてみられる異常はゲノムリプログラミングの起こった直後の始原生殖細胞においてすでに現われているはずである.この仮説を検証するため,Tet1ノックアウトマウスの精子およびゲノムリプログラミングの直後である胎生13.5日の雄の始原生殖細胞の両方において,RRBS(reduced representation bisulfite sequencing)法5) を用いてゲノムワイドなDNAメチル化パターンを解析した.筆者らの過去の報告とは矛盾せず4),ゲノム全体的なDNAメチル化のパターンは精子でも始原生殖細胞でも大きな異常は認められなかった.これは,Tet1ノックアウトマウスにおいてもゲノムワイドなDNA脱メチル化やDNA再メチル化が異常なく起こっていることを示唆した.しかし,詳細な解析の結果,Tet1ノックアウトマウスの精子では493,始原生殖細胞では9665の高くDNAメチル化した領域が同定された.そして予想どおり,精子および始原生殖細胞の両方で共通して高くDNAメチル化している領域には,Peg10遺伝子,Peg3遺伝子,Igf2r遺伝子を含む,多数のインプリンティング遺伝子が存在していた.このことから,Tet1はインプリンティング遺伝子を含む特定の領域のDNA脱メチル化に機能しており,Tet1が欠損することにより消去されずに残ったDNAメチル化は精子,そして,受精ののちの胚にまで伝わり発生に異常をきたすことがわかった.
 Tet1父性ノックアウトマウスが非常に多様な表現型を現わすのは,Tet1ノックアウトマウスの精子のひとつひとつがそれぞれ異なるDNAメチル化の異常パターンをもつためである.たとえば,体細胞ではPeg10遺伝子の対立遺伝子特異的メチル化領域は母方の対立遺伝子のみがDNAメチル化されていて,父方の対立遺伝子はDNAメチル化をうけていない.野生型マウスあるいはTet1ヘテロノックアウトマウスでは始原生殖細胞においてこの領域がDNA脱メチル化され,精子まで低いDNAメチル化の状態が維持される.しかし,Tet1ノックアウトマウスの始原生殖細胞ではDNA脱メチル化の異常のため母方の対立遺伝子にDNAメチル化が残存したまま減数分裂にまで進行してしまい,その結果,2つのパターンの精子が出現することになる.すなわち,父方の対立遺伝子に由来するPeg10遺伝子の対立遺伝子特異的メチル化領域を受け継いだ精子はこの領域にはもともとDNAメチル化が存在しないため,次世代にも表現型は現われない.それに対し,母方の対立遺伝子に由来するPeg10遺伝子の対立遺伝子特異的メチル化領域を受け継いだ精子はこの領域にDNAメチル化が残存しているため,受精により両方の対立遺伝子がDNAメチル化されたマウスが生まれ,このマウスではPeg10遺伝子の発現は抑制される(図3).マウスのゲノムには100以上のインプリンティング遺伝子が報告されており,それぞれのもつ対立遺伝子に特異的なDNAメチル化のパターンが減数分裂において起こる相同組換えをつうじシャッフルされる.そのため,異なるDNAメチル化パターンをもつ精子が生まれ,次世代に多様な表現型をひき起こすものと予想された.

figure3

4.Tet1母性ノックアウトマウスもインプリンティング遺伝子のDNAメチル化および遺伝子の発現に異常を示す

 雌の生殖系列においてもTet1はインプリンティング遺伝子のDNAメチル化の消去に寄与しているかどうか検証するため,雌のTet1ノックアウトマウスと雄の野生型マウスとを交配してTet1母性ノックアウトマウスを作製した.Tet1父性ノックアウトとは対照的に,Tet1母性ノックアウトマウスの胚の胎盤は対照となるマウスと比較して有意に大きかった.興味深いことに,約25%のTet1母性ノックアウトマウスは胚の発生の途中で吸収されてしまっていたが,この異常な胚の胎盤だけは比較的正常に発生していた.このような異常な胚の胎盤では,Meg3遺伝子,Mirg遺伝子,Rasgrf1遺伝子など,父方の対立遺伝子がDNAメチル化をうける領域に存在する遺伝子の発現レベルが顕著に変化し,これらの領域のDNAメチル化が有意に上昇していた.これは,始原生殖細胞において消去されるべき父方の対立遺伝子におけるDNAメチル化が卵子に残存してしまっていることを示唆した.これらの結果から,Tet1は雌の生殖系列においてもインプリンティング遺伝子のDNAメチル化の消去に機能していることが示唆された.
 最後に,この研究の結果の信頼性をさらに裏づけるため,過去にほかの研究室において樹立された別のTet1ノックアウトマウス系統6) を用いて追加実験を行った.これまでの結果と同様に,この系統を用いて作製したTet1父性ノックアウトマウスも新生仔の体の大きさに大きなばらつきを示し,胎盤の発生の異常,胎生致死,発育の異常など,さまざまな表現型が認められた.この系統から作製したTet1父性ノックアウトマウスの胚においても,Peg10遺伝子,Peg3遺伝子,Igf2r遺伝子などインプリンティング遺伝子の発現に異常がみられたことから,インプリンティング遺伝子のDNAメチル化の消去へのTet1の関与がさらに裏づけられた.

5.Tet1の標的となる領域は初期DNA脱メチル化において選択的に維持されている

 なぜTet1はインプリンティング遺伝子や減数分裂に関連する遺伝子のみを標的としてDNAを脱メチル化しているのだろうか? ゲノムワイドなDNA脱メチル化は2段階で行われている点に着目した3,7,8).始原生殖細胞ではゲノムの約70%が胎生9.5日よりまえにDNA脱メチル化される7)(初期DNA脱メチル化).このことはすなわち,Tet1の発現が上昇する胎生10.5日の始原生殖細胞において,すでにゲノムの大部分はDNA脱メチル化が完了していることを意味する.実際に,今回,RRBS法により解析した領域は胎生9.5日の始原生殖細胞においてほぼ完全にDNA脱メチル化していた.しかし,Tet1ノックアウトマウスの始原生殖細胞において高くDNAメチル化していた領域に限定して解析すると,胎生9.5~11.5日の始原生殖細胞においてもDNAメチル化は高く維持されていた.このことから,Tet1の標的となる領域のDNAメチル化は初期DNA脱メチル化においても選択的に維持されており,この選択的な維持の機構こそがTet1の標的となる領域を決定することが示唆された.

おわりに

 近年のゲノム研究の発展から始原生殖細胞におけるDNA脱メチル化の機構は急速に解明されてきた3,7).しかしじつは,酵素に依存する能動的なDNA脱メチル化の存在およびその生理的な意義を決定づける報告はほとんどなかった.この研究の以前にも,AidやTdgなどがインプリンティング遺伝子のDNAメチル化の消去にかかわるという報告はあったが9,10),いずれも生殖細胞のゲノムワイドなDNAメチル化あるいは次世代への影響などは検証されておらず,決定的な証拠は示されていなかった.始原生殖細胞におけるDNAメチル化,精子におけるDNAメチル化,そして,次世代のマウスにおけるインプリンティング遺伝子のDNAメチル化,発現の異常,発生の異常を含む表現型,という一連の証拠を示してインプリンティング遺伝子のDNAメチル化の消去における責任タンパク質を同定したのは,この研究が世界ではじめてである.非常に競争の激しいテーマではあったが,ひとつひとつ証拠を積みあげていくのは未踏峰を一歩一歩登りつめていく過程に似て,その過程自体を非常に楽しむことができた.
 この研究の結果から,ゲノムインプリンティングの消去はTet1に依存しており,その異常はつぎの世代まで伝わってしまうことが明らかになったことで,始原生殖細胞における能動的なDNA脱メチル化の重要性が証明された.しかし,このようなリスクがあるにもかかわらず,なぜインプリンティング遺伝子は初期のゲノムワイドなDNA脱メチル化においても消去されず維持されているのだろうか? この疑問こそが始原生殖細胞におけるゲノムリプログラミングの意義を明かす鍵であると考え,研究を継続している.

文 献

  1. Bartolomei, M. S. & Ferguson-Smith, A. C.: Mammalian genomic imprinting. Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 3, a002592 (2011)[PubMed]
  2. Tahiliani, M., Koh, K. P., Shen, Y. et al.: Conversion of 5-methylcytosine to 5-hydroxymethylcytosine in mammalian DNA by MLL partner TET1. Science, 324, 930-935 (2009)[PubMed]
  3. Kohli, R. M. & Zhang, Y.: TET enzymes, TDG and the dynamics of DNA demethylation. Nature, 502, 472-479 (2013)[PubMed]
  4. Yamaguchi, S., Hong, K., Liu, R. et al.: Tet1 controls meiosis by regulating meiotic gene expression. Nature 492, 443-447 (2012)[PubMed] [新着論文レビュー]
  5. Meissner, A., Gnirke, A., Bell, G. W. et al.: Reduced representation bisulfite sequencing for comparative high-resolution DNA methylation analysis. Nucleic Acids Res., 33, 5868-5877 (2005)[PubMed]
  6. Dawlaty, M. M., Ganz, K., Powell, B. E. et al.: Tet1 is dispensable for maintaining pluripotency and its loss is compatible with embryonic and postnatal development. Cell Stem Cell, 9, 166-175 (2011)[PubMed]
  7. Seisenberger, S., Andrews, S., Krueger, F. et al.: The dynamics of genome-wide DNA methylation reprogramming in mouse primordial germ cells. Mol. Cell, 48, 849-862 (2012)[PubMed]
  8. Yamaguchi, S., Hong, K., Liu, R. et al.: Dynamics of 5-methylcytosine and 5-hydroxymethylcytosine during germ cell reprogramming. Cell Res., 23, 329-339 (2013)[PubMed]
  9. Popp, C., Dean, W., Feng, S. et al.: Genome-wide erasure of DNA methylation in mouse primordial germ cells is affected by AID deficiency. Nature, 463, 1101-1105 (2010)[PubMed]
  10. Cortellino, S., Xu, J., Sannai, M. et al.: Thymine DNA glycosylase is essential for active DNA demethylation by linked deamination-base excision repair. Cell, 146, 67-79 (2011)[PubMed]

著者プロフィール

山口 新平(Shinpei Yamaguchi)
略歴:2010年 京都大学大学院医学研究科 修了,同年 京都大学再生医科学研究所 研究員,2011年 米国North Carolina大学Chapel Hill校 研究員を経て,2012年より米国Harvard Medical School研究員.
研究テーマ:生殖細胞および体細胞におけるリプログラミングの分子機構.
関心事:ああ後期脱メチル化遺伝子よ,どうしてあなたは初期脱メチル化から守られているの?

© 2013 山口 新平 Licensed under CC 表示 2.1 日本


腸内細菌の産生する酪酸による制御性T細胞の分化の誘導

$
0
0

古澤之裕1・福田真嗣2・長谷耕二1・大野博司3
1東京大学医科学研究所 国際粘膜ワクチン開発研究センター粘膜バリア学分野,2慶応義塾大学先端生命科学研究所,3理化学研究所統合生命医科学研究センター 粘膜システム研究グループ)
email:古澤之裕

Commensal microbe-derived butyrate induces the differentiation of colonic regulatory T cells.
Yukihiro Furusawa, Yuuki Obata, Shinji Fukuda, Takaho A. Endo, Gaku Nakato, Daisuke Takahashi, Yumiko Nakanishi, Chikako Uetake, Keiko Kato, Tamotsu Kato, Masumi Takahashi, Noriko N. Fukuda, Shinnosuke Murakami, Eiji Miyauchi, Shingo Hino, Koji Atarashi, Satoshi Onawa, Yumiko Fujimura, Trevor Lockett, Julie M. Clarke, David L. Topping, Masaru Tomita, Shohei Hori, Osamu Ohara, Tatsuya Morita, Haruhiko Koseki, Jun Kikuchi, Kenya Honda, Koji Hase, Hiroshi Ohno
Nature, 504, 446-450 (2013)

要 約

 腸管には多種多様な細菌が共生し,宿主の消化液では分解できない食物繊維などを腸内発酵により代謝することで,宿主に有用な代謝産物を供給している.ある種の腸内細菌には炎症やアレルギーを抑制する効果のあることが報告されていたが,その分子機構については不明であった.筆者らは,腸内細菌の産生する代謝産物のうち,短鎖脂肪酸のひとつである酪酸が,末梢組織において免疫寛容を担う制御性T細胞の分化を誘導していることを見い出した.酪酸はヒストン脱アセチル化酵素の阻害活性を介し,制御性T細胞のマスター転写因子であるFoxp3の遺伝子プロモーター領域およびエンハンサー領域のヒストンのアセチル化を亢進させることにより,Foxp3の発現を促進した.この作用により,ナイーブT細胞から制御性T細胞への分化が促進されることが判明した.さらに,酪酸で修飾したデンプンを摂取させることにより,マウスの大腸の粘膜固有層における制御性T細胞の割合は増加し,実験的な大腸炎モデルマウスにおいて大腸炎の発症は抑制された.これより,腸内細菌は腸内発酵により酪酸を産生することで,T細胞のエピゲノム状態を変化させて制御性T細胞の分化を誘導し,腸管免疫系の恒常性の維持に貢献することが明らかになった.

はじめに

 ヒトの体表や粘膜には体細胞の総数をはるかにこえる数の共生微生物が定着しており,恒常性の維持において重要な役割をはたしている.われわれヒトを含む動物の腸内には腸内フローラと総称される多種多様な細菌が棲息している.ヒトの腸内フローラは細菌種として1000種以上,その総数は100兆個以上と算出されており,腸管は潜在的な炎症の誘導の場となっている.しかしながら,健常な腸管においては,常在細菌に対する免疫応答と免疫寛容とのバランスにより炎症応答は適切に制御されている.このバランスの破綻は炎症性腸疾患に代表される慢性あるいは再発性の炎症疾患の原因となる.近年,腸内細菌をもたない無菌マウスや,抗生物質の投与により腸内フローラをかく乱したマウスを用いた研究から,腸内常在細菌は免疫系の成熟や機能の維持において必要不可欠とされている1).さらに最近の研究より,クロストリジウム目に属する細菌が腸内細菌に対する免疫寛容をつかさどる制御性T細胞(regulatory T cell:Treg)の分化を誘導することが判明している2).このように,腸管免疫系の恒常性は共生細菌と宿主との相互作用を介して維持されているが,共生細菌による制御性T細胞の分化の誘導の機構は不明であった.この研究では,腸内細菌が産生する代謝産物に着目し,制御性T細胞の分化の誘導能をもつ代謝産物の探索とその分子機構の解明を試みた.
 なお,腸内細菌と腸管免疫については,本田 賢也, 領域融合レビュー, 2, e011, 2013 も参照されたい.

1.腸内発酵により産生される代謝産物の同定

 腸内フローラは食物繊維などの未消化物を栄養源として発酵分解し,低分子の代謝産物を産生している.これら腸内細菌の代謝産物は,腸上皮細胞のエネルギーとなることや,腸のバリア機能を高めることが知られている3)新着論文レビュー でも掲載).無菌マウスでは腸内発酵が起こらないため,未消化物の蓄積により盲腸が肥大している.無菌マウスにクロロホルム耐性細菌(大部分が,クロストリジウム目の細菌からなる)を定着させることにより,盲腸の大きさが正常のマウスと同じにまで縮小する事実に着目し,クロストリジウム目細菌が産生する代謝産物が制御性T細胞の誘導になんらかの役割を担うと推測した.
 そこで,クロロホルム耐性細菌の定着したマウスに,発酵の基質となる食物繊維を多く含む餌(高繊維食)とほとんど含まない餌(低繊維食)をあたえて一定の期間にわたり飼育したところ,高繊維食をあたえたマウスでは低繊維食をあたえたマウスに比べ,大腸において有意にFoxp3陽性細胞が増加していた.Foxp3陽性の制御性T細胞は,胸腺において分化した制御性T細胞と,末梢組織において分化した制御性T細胞とに大別され,これらは厳密とはいえないものの,細胞の表面マーカーであるNeuropilin1の有無により大まかに分類することができる4).高繊維食をあたえたマウスでは低繊維食をあたえたマウスに比べ,末梢組織において分化した制御性T細胞の割合が増加していた.一方,主として胸腺において分化した制御性T細胞から構成される脾臓の制御性T細胞については,両者の割合に差は認められなかった.以上の結果より,腸内発酵により産生される代謝産物は大腸の局所において,末梢組織において分化した制御性T細胞の誘導に関与していることが示唆された.そこで,メタボロミクスにより高繊維食をあたえたマウスにおいて増加している代謝産物について網羅的に解析した結果,短鎖脂肪酸(酢酸,プロピオン酸,酪酸),および,アミノ酸(ロイシン,イソロイシン,γアミノ酪酸)の増加が検出された.

2.酪酸による制御性T細胞の分化の誘導

 メタボローム解析により同定された代謝産物が実際に制御性T細胞の分化を誘導するのかどうか調べるため,制御性T細胞の分化が誘導される条件においてナイーブT細胞を培養する際に,培養液にそれぞれの代謝産物を添加した.その結果,酢酸およびアミノ酸は制御性T細胞の分化にまったく影響を及ぼさなかったが,プロピオン酸はわずかに,酪酸は顕著に,制御性T細胞の割合を増加させた.さらに,生体における制御性T細胞の分化の誘導について調べるため,短鎖脂肪酸(酢酸,プロピオン,酪酸)のいずれかひとつをエステル結合させた難消化性のデンプンをマウスに摂取させた.これらの化学修飾デンプンはエステル結合が緩徐に分解されて短鎖脂肪酸を遊離するため,大腸の局所における短鎖脂肪酸の濃度を人為的に高めることができる5)(一方,短鎖脂肪酸を飲水から投与する実験6,7) では,短鎖脂肪酸が大腸に到達するまえに小腸において吸収されてしまうため,腸内細菌による生理的な短鎖脂肪酸の産生の場である大腸の局所における役割は検討できず,さらに,非生理的な高濃度の短鎖脂肪酸が血中に流入してしまう可能性のあることに留意すべきである).酢酸により修飾したデンプンをあたえたマウスでは対照となるマウスに比べ,末梢組織において分化した制御性T細胞の割合に変化はみられなかった.一方で,プロピオン酸により修飾したデンプンをあたえたマウスでは末梢組織において分化した制御性T細胞がわずかに増加し,酪酸により修飾したデンプンをあたえたマウスでは末梢組織において分化した制御性T細胞が有意に増加した.この結果は,in vitroにおける観察の結果と完全に一致するものであり,酪酸がもっとも重要な制御性T細胞の分化誘導因子であることが明らかになった.一方で,酪酸はエフェクターT細胞の分化には影響しなかった.さらに興味深いことに,in vitroにおいて,ナイーブT細胞をTh1細胞あるいはTh17細胞の分化が誘導される条件において培養した場合でも,酪酸はT細胞においてFoxp3の発現を亢進し制御性T細胞の割合を高めることが判明した.すなわち,酪酸はナイーブT細胞から制御性T細胞への分化を選択的に促進することが明らかになった.
 短鎖脂肪酸のなかで酪酸はヒストン脱アセチル化酵素に対しもっとも強い阻害活性をもち,プロピオン酸は緩和な阻害活性をもつが,酢酸はほとんど阻害活性を示さない.このように,ヒストン脱アセチル化酵素の阻害活性と制御性T細胞の分化誘導活性には正の相関があったことから,酪酸はT細胞においてヒストンのアセチル化の状態を変化させることにより制御性T細胞の分化の誘導を促進すると示唆された.

3.酪酸によるFoxp3遺伝子におけるヒストンの修飾

 酪酸の標的であるヒストン脱アセチル化酵素は,ヒストンのテイルにおけるリジン残基の脱アセチル化を促進することにより転写を負に制御するコリプレッサーである.そこで,酪酸がヒストン脱アセチル化酵素の阻害作用を介してヒストンのアセチル化にあたえる影響をクロマチン免疫沈降-シークエンシング法により解析した.制御性T細胞の分化を誘導する条件にてナイーブT細胞を培養し,そのとき培養液に酪酸を添加しておくと,24時間以内にFoxp3遺伝子の上流のプロモーター領域におけるヒストンH3のアセチル化が亢進した.このようなエピジェネティックな変化はFoxp3遺伝子の発現の誘導にさきだって観察された.Foxp3遺伝子にはプロモーター領域のほかにも種をこえて高度に保存されているエンハンサー領域としてCNS1,CNS2,CNS3が存在する8).CNS1およびCNS3はde novoにおけるFoxp3の発現の誘導に重要であり,前者には転写因子であるSmad3やNFATc2が,後者にはRelファミリークラスIIタンパク質のひとつであるc-Relが結合する8,9).これらの領域におけるヒストンアセチル化の状態は転写因子の結合に影響する8)図1).一方,CNS2はCpGアイランドを含み,転写因子であるRUNXおよびSTAT5の結合領域であり,DNAの脱メチル化状態がFoxp3の発現の維持に貢献する10).T細胞を酪酸により処理すると,CNS3においてもFoxp3遺伝子プロモーター領域と同様に24時間以内に顕著なヒストンアセチル化の亢進がみられた.さらに,CNS1に関しても経時的にヒストンアセチル化が増加した(図1).一方,Foxp3の発現を制御する上流の転写因子をコードするStat5遺伝子,Smad3遺伝子,Nfatc2遺伝子,Rel遺伝子(c-Relをコード)や,エフェクターT細胞のマスター転写因子をコードするTbx21遺伝子(T-betをコード),Gata3遺伝子,Rorc遺伝子(RORγtをコード)の遺伝子プロモーター領域のヒストンアセチル化状態については,酪酸の処理による影響は認められなかった.以上の結果より,酪酸はFoxp3遺伝子のプロモーター領域およびエンハンサー領域のヒストンアセチル化を介してFoxp3の発現を誘導し,制御性T細胞の分化を促進すると考えられた.

figure1

4.酪酸による制御性T細胞の誘導を介した大腸炎の抑制

 Foxp3は2003年に同定された制御性T細胞のマスター転写因子であるが,厳密には,Foxp3の発現は必ずしもT細胞を制御性T細胞として定義するための必要十分条件ではない11).そこで,酪酸により分化の誘導されたFoxp3陽性細胞は,実際に生体において機能的であるかどうかの検証を試みた.最初に,正常なマウスに酪酸を修飾したデンプンをあたえたときに増加する制御性T細胞は,抑制性サイトカインであるインターロイキン10を産生することがわかった.つぎに,炎症性腸疾患の実験的なモデルマウスとして,CD4陽性CD45RB高発現ナイーブT細胞をRag1ノックアウトマウスに移入することによりヘルパーT細胞を介在する慢性大腸炎モデルマウスを作製し,酪酸により修飾したデンプンを含むあるいは含まない飼料をあたえた.その結果,酪酸により修飾したデンプンをあたえたマウスでは大腸の粘膜固有層における制御性T細胞の割合が増加し,腸炎を発症したときに観察される体重の減少,大腸の粘膜への炎症性の細胞の浸潤,および,腸管壁の肥厚の軽減が認められた.つぎに,Foxp3およびヒトのCD2を発現するレポーターマウス11) に由来するナイーブT細胞を用い同様の大腸炎モデルマウスを作出したのち,抗ヒトCD2抗体を静脈内に投与することにより制御性T細胞を除去したところ,酪酸により修飾したデンプンの摂取による抗炎症作用が完全に消失したことから,酪酸による炎症の抑制効果は制御性T細胞の分化の誘導を介することが確認された.以上の知見より,クロストリジウム目細菌などによる腸内発酵を介し産生される酪酸は,Foxp3遺伝子におけるヒストンのアセチル化を促進することにより機能的な制御性T細胞の分化を誘導し,腸管の免疫恒常性を維持していることが明らかになった(図2).

figure2

おわりに

 腸内細菌は代謝産物のひとつとして酪酸を産生することにより,大腸において制御性T細胞の分化を促進することが明らかになった.近年,わが国においても食生活の欧米化にともない腸内環境のバランスのくずれることが炎症性腸疾患の増加の一因と考えられている.実際に,炎症性腸疾患の患者においては酪酸産生細菌が顕著に減少することや12),炎症性腸疾患の症状の緩和のため酪酸の腸への注入あるいは酪酸産生細菌の経口投与が経験的に行われている点から,ヒトにおいても酪酸が腸管免疫系の恒常性の維持に寄与していることが示唆される.酪酸による制御性T細胞の選択的な分化の誘導機構に関しては今後の課題であるものの,この研究の成果は,原因不明の疾患である炎症性腸疾患の病態機構の解明にもつながるものである.

文 献

  1. Chung, H., Pamp, S. J., Hill, J. A. et al.: Gut immune maturation depends on colonization with a host-specific microbiota. Cell, 149, 1578-1593 (2012)[PubMed]
  2. Atarashi, K., Tanoue, T., Shima, T. et al.: Induction of colonic regulatory T cells by indigenous Clostridium species. Science, 331, 337-341 (2011)[PubMed]
  3. Fukuda, S., Toh, H., Hase, K. et al.: Bifidobacteria can protect from enteropathogenic infection through production of acetate. Nature, 469, 543-547 (2011)[PubMed] [新着論文レビュー]
  4. Yadav, M., Louvet, C., Davini, D. et al.: Neuropilin-1 distinguishes natural and inducible regulatory T cells among regulatory T cell subsets in vivo. J. Exp. Med., 209, 1713-1722 (2012)[PubMed]
  5. Annison, G., Illman, R. J. & Topping, D. L.: Acetylated, propionylated or butyrylated starches raise large bowel short-chain fatty acids preferentially when fed to rats. J. Nutr., 133, 3523-3528 (2003)[PubMed]
  6. Smith, P. M., Howitt, M. R., Panikov, N. et al.: The microbial metabolites, short-chain fatty acids, regulate colonic Treg cell homeostasis. Science, 341, 569-573 (2013)[PubMed]
  7. Arpaia, N., Campbell, C., Fan, X. et al.: Metabolites produced by commensal bacteria promote peripheral regulatory T-cell generation. Nature, DOI: 10.1038/nature12726[PubMed]
  8. Zheng, Y., Josefowicz, S., Chaudhry, A. et al.: Role of conserved non-coding DNA elements in the Foxp3 gene in regulatory T-cell fate. Nature, 463, 808-812 (2010)[PubMed]
  9. Tone, Y., Furuuchi, K., Kojima, Y. et al.: Smad3 and NFAT cooperate to induce Foxp3 expression through its enhancer. Nat. Immunol., 9, 194-202 (2007)[PubMed]
  10. Josefowicz, S. Z., Lu, L. -F. & Rudensky, A. Y.: Regulatory T cells: mechanisms of differentiation and function. Annu. Rev. Immunol., 30, 531-564 (2012)[PubMed]
  11. Miyao, T., Floess, S., Setoguchi, R. et al.: Plasticity of Foxp3+ T cells reflects promiscuous Foxp3 expression in conventional T cells but not reprogramming of regulatory T cells. Immunity, 36, 262-275 (2012)[PubMed] [新着論文レビュー]
  12. Frank, D. N., St. Amand, A. L., Feldman, R. A. et al.: Molecular-phylogenetic characterization of microbial community imbalances in human inflammatory bowel diseases. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 13780-13785 (2007)[PubMed]

著者プロフィール

古澤 之裕(Yukihiro Furusawa)
略歴:2012年 富山大学大学院医学薬学教育部博士後期課程 修了,同年より東京大学医科学研究所 特任助教.

福田 真嗣(Shinji Fukuda)
慶応義塾大学先端生命科学研究所 特任准教授.

長谷 耕二(Koji Hase)
東京大学医科学研究所 特任教授.
研究室URL:http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/dmb/index.html

大野 博司(Hiroshi Ohno)
理化学研究所統合生命医科学研究所 グループディレクター,横浜市立大学大学院生命医科学研究科 客員教授.
研究室URL:http://leib.rcai.riken.jp/riken/index.html

© 2013 古澤之裕・福田真嗣・長谷耕二・大野博司 Licensed under CC 表示 2.1 日本

アディポネクチン受容体を活性化する低分子化合物AdipoRonの取得

$
0
0

山内敏正・岩部美紀・岩部真人・門脇 孝
(東京大学大学院医学系研究科 代謝・栄養病態学)
email:山内敏正門脇 孝

A small-molecule AdipoR agonist for type 2 diabetes and short life in obesity.
Miki Okada-Iwabu, Toshimasa Yamauchi, Masato Iwabu, Teruki Honma, Ken-ichi Hamagami, Koichi Matsuda, Mamiko Yamaguchi, Hiroaki Tanabe, Tomomi Kimura-Someya, Mikako Shirouzu, Hitomi Ogata, Kumpei Tokuyama, Kohjiro Ueki, Tetsuo Nagano, Akiko Tanaka, Shigeyuki Yokoyama, Takashi Kadowaki
Nature, 503, 493-499 (2013)

要 約

 高脂肪食や運動不足などによる肥満はメタボリックシンドロームや糖尿病などの発症および増悪を促進し,心血管疾患やがんなどのリスクを高める.健康長寿の実現のため,それら分子機構の解明と予防法および治療法の開発を試みた.その結果,肥満にともない脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンが低下することが主因のひとつであることを見い出し,アディポネクチン受容体を同定した.アディポネクチン受容体の活性化はAMPK,SIRT1,PPARを活性化するなど,カロリー制限や運動と同様に生活習慣病を改善するのみならず,寿命の延長効果を発揮し健康長寿の実現に貢献できる可能性があった.大規模な化合物ライブラリーを用いてアディポネクチン受容体を活性化する経口投与の可能な低分子化合物のスクリーニングを行い,アディポネクチン受容体のアゴニストとしてAdipoRonを見い出した.AdipoRonは高脂肪食や過食による糖尿病を改善させ,運動持久力を増加させて,糖尿病モデルマウスの短縮していた寿命を延伸させた.今後,立体構造の情報やヒト型アディポネクチン受容体を発現したマウスなどを用いて最適化を行うことにより,ヒトにおいて安全で有効性の高い健康長寿薬の創製に貢献できる可能性がある.

はじめに

 高脂肪食や運動不足による肥満はメタボリックシンドロームや糖尿病などの発症および増悪を促進するのみならず,心血管疾患やがんなどのリスクを高めることがよく知られており,健康長寿の実現のためには,これらの分子機構を明らかにし予防法および治療法を開発することがもっとも重要である1).筆者らも含めた国内外の研究により,脂肪細胞に特異的に発現し分泌されるアディポネクチンの血中でのレベルが肥満において低下することが,肥満にともなうメタボリックシンドローム,糖尿病,心血管疾患,がんなどの生活習慣病の発症および増悪の鍵となることが明らかにされている2-4).逆に,低下しているアディポネクチンを補充することはAMPKやPPARを活性化し,これらの治療法になることが示されている5-7).筆者らは,このアディポネクチンの特異的な結合を指標とした発現クローニング法により,アディポネクチン受容体,AdipoR1およびAdipoR2を同定し報告した8).遺伝子改変マウスの解析により,アディポネクチン受容体は個体レベルにおいてもアディポネクチンの結合と作用に必要な受容体であること,インスリン感受性と糖代謝および脂質代謝に重要な役割をはたすことを示した.また,その分子機構として,AdipoR1は運動による代謝の改善作用に重要なAMPKおよび長寿遺伝子産物であるSIRT1を活性化すること,AdipoR2はPPARを活性化することを示してきた.これらは,最終的に脂質の異所性の蓄積や酸化ストレスを低減させ,慢性炎症を抑制することにより,インスリン抵抗性や動脈硬化から個体を保護していることが明らかになってきている9-11)

1.アディポネクチン受容体は健康長寿において重要な役割をはたす

 アディポネクチンを過剰に発現するマウスが健康長寿になることが報告されたので11),この研究では,AdipoR1あるいはAdipoR2がアディポネクチンの健康長寿に対する作用を伝達するかどうかを明らかにすることを目的としてそれらのノックアウトマウスの寿命を解析したところ,AdipoR1ノックアウトマウスおよびAdipoR2ノックアウトマウスはともに野生型マウスと比較して有意に短命であること,さらに,AdipoR1 AdipoR2ダブルノックアウトマウスはもっとも短命であることが明らかになり,AdipoR1とAdipoR2がともに健康寿命の延伸作用をもつことが示唆された.

2.アディポネクチン受容体を活性化する低分子化合物の取得

 アディポネクチン-アディポネクチン受容体経路を活性化することが肥満で増加する生活習慣病の治療法となり健康長寿の実現につながるのではないかと想定し,そのような低分子化合物の取得をめざした.そのため,東京大学創薬オープンイノベーションセンターのもつ化合物ライブラリーなどをもとにスクリーニングを行った.アディポネクチン受容体を標的として予測および収集したフォーカスライブラリーから,in silicoスクリーニングをへて,まずはin vitroにおけるアディポネクチン様の作用およびアディポネクチン受容体への依存性を確かめ,活性の高かった上位の化合物についてin vivoにおける効果を確かめることにより,アディポネクチン受容体を活性化する低分子化合物の取得に成功した.このアディポネクチン受容体アゴニスト(作動薬)は,“アディポネクチン受容体AdipoRをonにする”という意味も含めAdipoRonと名づけた.

3.AdipoRonはAdipoR1およびAdipoR2に直接に結合する

 AdipoRonのAdipoR1およびAdipoR2に対する結合実験を行った.表面プラズモン共鳴法を用いて結合性を検討したところ,AdipoRonはAdipoR1およびAdipoR2ともに直接に結合することが確かめられた.アディポネクチン受容体を活性化する低分子化合物のなかでもアゴニストとしての作用をもつものをとくに重要と考え,3Hにより標識したAdipoRonを用いた結合アッセイでも結合を確かめた.野生型マウスに由来する初代培養肝細胞においては結合曲線が得られたが,AdipoR1ノックアウトマウスおよびAdipoR2ノックアウトマウスに由来する初代培養肝細胞,すなわち,AdipoR1あるいはAdipoR2に対するAdipoRonの結合は,野生型マウスに由来する初代培養肝細胞に比べ部分的で,AdipoR1 AdipoR2ダブルノックアウトマウスに由来する初代培養肝細胞では用量への依存性もなくなり結合はほとんど消失した.

4.AdipoRonはin vitroにおいてアディポネクチン様の作用を発揮する

 in vitroにおける作用を検討した.アディポネクチンは分化したC2C12骨格筋細胞においてAMPKを活性化する.AdipoRonを添加すると用量に依存してAMPKを活性化した.つぎに,AdipoRonによるC2C12細胞におけるAMPKの活性化がアディポネクチンによるAMPKの活性化にどのような影響を及ぼすのか検討した.アディポネクチンによるAMPKの活性化が最大値の約半分のときAdipoRonを添加すると,AMPKの活性は相加的に上昇することが認められた.一方,アディポネクチンによるAMPKの活性化が最大値のときAdipoRonを添加してもその効果は阻害されず,活性を維持していることが認められた.また,メトホルミンはミトコンドリアの複合体Iを阻害してAMP/ATP比を上昇させAMPKを活性化することが報告されているが.AdipoRonは複合体Iを阻害しないことも確かめられた.また,アディポネクチンにはPGC-1αのmRNAレベルでの発現を上昇させる作用があるが,AdipoRonもアディポネクチンと同様に用量に依存してPGC-1αの発現を上昇させるのが認められた.PGC-1αのmRNAレベルでの発現制御には細胞内Ca2+シグナル伝達系が関与しており,実際にCa2+をキレートすると発現の上昇が抑制されたため,AdipoRonによるPGC-1αのmRNAレベルでの発現の上昇はアディポネクチンと同じ分子機構による可能性が高いと示唆された.さらに,AdipoRonはアディポネクチンと同じようにミトコンドリアの量を増加させる作用をもつことが認められた.
 以上より,in vitroにおいてAdipoRonはアディポネクチンと同様の効果をもつ可能性が示唆された.

5.AdipoRonの経口投与は高脂肪食によるインスリン抵抗性を改善する

 マウスにAdipoRonを投与しin vivoにおいて効果を発揮するかどうか検討した.まず,単回投与による血糖値の低下作用について検討した.アディポネクチンの1回の腹腔内投与により対照に比べ有意な血糖値の低下作用が認められたのと同様に,AdipoRonの単回の経口投与により対照に比べ有意な血糖値の低下が確かめられた.実際に,血中におけるAdipoRonの濃度を測定したところ,細胞レベルで十分に活性化する濃度まで達していることが確かめられ,AdipoRonは実際に経口投与が可能であるというデータが得られた.AdipoRonの血中濃度とin vivoでの効果の発現の経時変化を詳細に検討したところ,AdipoRonの血中濃度は経口投与から40分後に最高濃度に達し,そののち,投与から2時間後に血糖値の低下作用は最大に達した.AdipoRonの血中濃度の半減期は約2時間であったが,血糖値の低下作用の効果の半減期は約8時間と,実際の血中濃度より効果が持続していることが明らかになった.
 連日経口投与の実験を行った.高脂肪食を負荷し,1日1回,10日間の経口投与では,摂食量および体重ともに変化は認められなかった.同じ条件において糖負荷試験を行い,AdipoRonのインスリン抵抗性の改善作用と抗糖尿病作用について検討した.野生型マウスにおいてはAdipoRonの経口投与によりインスリン抵抗性と糖尿病の改善が認められた.AdipoR1 AdipoR2ダブルノックアウトマウスでは野生型マウスでみられたインスリン抵抗性の改善は認められなかった.AdipoR1ノックアウトマウスおよびAdipoR2ノックアウトマウスではインスリン抵抗性と糖尿病が部分的に改善されていたことより,AdipoRonによるインスリン抵抗性の改善作用と抗糖尿病作用はAdipoR1およびAdipoR2のどちらも介していることが示唆された.
 正常血糖高インスリンクランプ試験を行った.AdipoRonを投与した高脂肪食を負荷したマウスでは,骨格筋を中心とした全身における糖の取り込みが増加し,肝臓を中心とした糖産生の抑制が認められた.すなわち,AdipoRonは骨格筋と肝臓の両方に作用してインスリン抵抗性を改善させている可能性が示唆された.そこで,代謝に重要な組織である肝臓と骨格筋において,実際にインスリンの作用を検討した.野生型マウスにインスリンを投与すると,肝臓においてインスリン受容体のチロシンリン酸化,AKTのリン酸化,GSK3のリン酸化が増加するが,AdipoRonの投与は,アディポネクチンと同じように,これらのインスリンの作用を増強させることが認められた.一方,AdipoR1 AdipoR2ダブルノックアウトマウスではAdipoRonを投与してもインスリンの作用の増強は認められなかった.骨格筋においても同様に,AdipoRonは野生型マウスにおいてインスリンの作用を増強したのに対し,AdipoR1 AdipoR2ダブルノックアウトマウスでは増強させなかった.さらに,野生型マウスおよびAdipoR1 AdipoR2ダブルノックアウトマウスに由来する初代培養肝細胞を用いた実験,また,摘出筋を用いた実験においても結果は同様であったので,AdipoRonは少なくとも骨格筋細胞と肝細胞のもつアディポネクチン受容体を介し,直接にインスリンの作用を増強させる作用をもつことが示唆された.

6.AdipoRonは骨格筋においてミトコンドリアの数と機能を高める

 骨格筋におけるAdipoRonによるAMPKの活性化について検討した.アディポネクチンと同様に,AdipoRonは骨格筋においてAMPKの活性を有意に上昇させたが,AdipoR1 AdipoR2ダブルノックアウトマウスではその効果は認められなかった.また,AdipoRonは野生型マウスの骨格筋においては,アディポネクチンと同様に,ミトコンドリアのおもな制御タンパク質であるPGC-1α,さらにPGC-1αの下流に位置するErrαなど,ミトコンドリアの生合成や転写にかかわるタンパク質の発現を上昇させ,ミトコンドリアDNA含量により評価したミトコンドリアの量も増加させていることが示唆された.一方,AdipoR1 AdipoR2ダブルノックアウトマウスではこれらの有意な変化は認められなかった.そこで,マウスの持久力に対する効果について検討した.野生型マウスではAdipoRonを投与すると運動持久力が増加したのに対し,AdipoR1 AdipoR2ダブルノックアウトマウスでは野生型マウスに比べてそもそも筋の持久力が低下しているが,AdipoRonを投与してもその改善効果は認められなかった.また,エネルギー代謝についても検討し,酸素消費量を測定した.AdipoRonを投与すると一日をとおして酸素消費量が増加しているのが認められた.

7.AdipoRonは肝臓において糖新生を抑制し脂肪肝を改善させる

 AdipoRonは肝臓においてAdipoR1を介してAMPKを活性化し,PEPCKなど糖新生にかかわるタンパク質の発現を低下させ,糖新生を抑制する作用のあることがわかった.また,AdipoR2を介して脂肪酸の異化にかかわるACOなどの発現も上昇させることが認められた.これらの結果より,AdipoRonはAdipoR1およびAdipoR2の両方に作用する可能性のあることが示唆された.また,肝臓において中性脂質の含量を低下させる作用をもつこともわかった.さらに,AdipoRonは肝臓においてカタラーゼなどの酸化ストレスの消去にはたらくタンパク質の発現を上昇させ,実際に酸化ストレスを低減させるとともに,TNFαなど炎症性サイトカインの発現を抑制していることも認められた.

8.AdipoRonは脂肪組織においてマクロファージの浸潤を抑制しする

 AdipoRonは脂肪組織において,F4/80などのマクロファージおよびM1マクロファージの浸潤を抑制し,炎症性サイトカインであるTNFα,インターロイキン6,MCP-1の発現を抑制して,さらに,酸化ストレスを低減させることが認められた.

9.AdipoRonは2型糖尿病モデルマウスにおいてもインスリン抵抗性を改善させる

 肥満2型糖尿病モデルマウスであるdb/dbマウスにおいてもAdipoRonの効果が発揮されるかどうか検討した.2週間の経口投与では摂食量および体重ともに変化は認められなかったが,AdipoRonによりインスリン抵抗性および糖尿病の改善することが認められた.さらに,血中の中性脂肪および遊離脂肪酸は有意に低下し,糖代謝および脂質代謝の改善していることが示唆された.さらに,db/dbマウスの骨格筋,肝臓,脂肪組織においても,高脂肪食を負荷したマウスで認められたのとほぼ同じ効果が認められ,db/dbマウスにおいてもAdipoRonはこれらの代謝に重要な組織に作用することが明らかになった.

10.AdipoRonは健康寿命を延伸させる

 以上のようなAdipoRonのさまざまな組織における作用の結果をふまえ,個体レベルにおいて寿命に対する影響を検討した.db/dbマウスに高脂肪食を負荷すると,普通食をあたえた場合に比べ寿命は約100日と短くなるが,AdipoRonを投与するとその短縮した寿命が延伸されることが示された.
AdipoRonは全身における糖代謝および脂質代謝を改善し,個体レベルでは結果として肥満で短縮した健康寿命を延伸させることが明らかになった.

おわりに

 肥満にともなうアディポネクチンの低下が,メタボリックシンドローム,心血管疾患,がんなど,肥満によりリスクの高まる生活習慣病の主要な原因になっていることが明らかになってきている.AdipoRonを含めた,アディポネクチン受容体を活性化するアゴニストはこれらに対する根本的な治療法となり,健康長寿の実現への貢献が期待される(図1).とくに,内科的な疾患や運動器の疾患などにより運動ができない場合において,それら病態の効果的な治療薬となることが強く期待される.

figure1

 日本発の分子標的医薬として,アディポネクチン受容体を活性化する低分子化合物AdipoRonの活力ある健康長寿社会をめざした開発臨床への応用にむけ,産業界を含めた“オールジャパン”の開発体制が重要と考えている.

文 献

  1. Shulman, G. I.: Cellular mechanisms of insulin resistance. J. Clin. Invest., 106, 171-176 (2000)[PubMed]
  2. Yamauchi, T., Kamon, J., Waki, H. et al.: The fat-derived hormone adiponectin reverses insulin resistance associated with both lipoatrophy and obesity. Nat. Med., 7, 941-946 (2001)[PubMed]
  3. Kubota, N., Terauchi, Y., Yamauchi, T. et al.: Disruption of adiponectin causes insulin resistance and neointimal formation. J. Biol. Chem., 277, 25863-25866 (2002)[PubMed]
  4. Yamauchi, T., Kamon, J., Waki, H. et al.: Globular adiponectin protected ob/ob mice from diabetes and apoE deficient mice from atherosclerosis. J. Biol. Chem., 278, 2461-2468 (2003)[PubMed]
  5. Yamauchi, T., Kamon, J., Minokoshi, Y. et al.: Adiponectin stimulates glucose utilization and fatty-acid oxidation by activating AMP-activated protein kinase. Nat. Med., 8, 1288-1295 (2002)[PubMed]
  6. Zhou, G., Myers, R., Li, Y. et al.: Role of AMP-activated protein kinase in mechanism of metformin action. J. Clin. Invest., 108, 1167-1174 (2001)[PubMed]
  7. Tomas, E., Tsao, T. S., Saha, A. K. et al.: Enhanced muscle fat oxidation and glucose transport by ACRP30 globular domain: acetyl-CoA carboxylase inhibition and AMP-activated protein kinase activation. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 16309-16313 (2002)[PubMed]
  8. Yamauchi, T., Kamon, J., Ito, Y. et al.: Cloning of adiponectin receptors that mediate antidiabetic metabolic effects. Nature, 423, 762-769 (2003)[PubMed]
  9. Yamauchi, T., Nio, Y., Maki, T. et al.: Targeted disruption of AdipoR1 and AdipoR2 causes abrogation of adiponectin binding and metabolic actions. Nat. Med., 13, 332-339 (2007)[PubMed]
  10. Iwabu, M., Yamauchi, T., Okada-Iwabu, M. et al.: Adiponectin and AdipoR1 regulate PGC-1α and mitochondria by Ca2+ and AMPK/SIRT1. Nature, 464, 1313-1319 (2010)[PubMed]
  11. Yamauchi, T. & Kadowaki, T.: Adiponectin receptor as a key player in healthy longevity and obesity-related diseases. Cell Metab., 17, 185-196 (2013)[PubMed]

著者プロフィール

山内 敏正(Toshimasa Yamauchi)
略歴:1998年 東京大学大学院医学系研究科 修了,同 研究員,2003年より同 助手,2004年 東京大学医学部附属病院 特任准教授を経て,2010年より東京大学大学院医学系研究科 講師.
研究テーマ:肥満が生活習慣病を惹起して寿命を短縮させる分子機構の解明と,それにもとづいた予防法および治療法の開発.
抱負:アディポネクチン受容体のアゴニストを実際の臨床で使えるよう開発し,健康長寿を実現させる.

岩部 美紀(Miki Okada-Iwabu)
東京大学医学部附属病院 特任助教.

岩部 真人(Masato Iwabu)
東京大学医学部附属病院 特任助教.

門脇 孝(Takashi Kadowaki)
東京大学大学院医学系研究科 教授.

© 2013 山内敏正・岩部美紀・岩部真人・門脇 孝 Licensed under CC 表示 2.1 日本

アメーバのもつ5-メチルシトシン酸化酵素TET1の構造

$
0
0

橋本 秀春
(米国Emory大学School of Medicine,Departments of Biochemistry)
email:橋本秀春

Structure of a Naegleria Tet-like dioxygenase in complex with 5-methylcytosine DNA.
Hideharu Hashimoto, June E. Pais, Xing Zhang, Lana Saleh, Zheng-Qing Fu, Nan Dai, Ivan R. Corrêa, Yu Zheng, Xiaodong Cheng
Nature, DOI: 10.1038/nature12905

要 約

 TETはFe2+およびαケトグルタル酸を補酵素として5-メチルシトシンのもつメチル基を酸化する.今回,哺乳類のTETと相同性のあるアメーバのもつTET1についてX線結晶構造解析を行った.アメーバTET1は哺乳類のTETと同様に,Fe2+およびαケトグルタル酸に依存して,5-メチルシトシンのもつメチル基をヒドロキシメチル基,ホルミル基,カルボキシル基へと酸化した.アメーバTET1,5-メチルシトシンを含む基質DNA,Mn2+,αケトグルタル酸のアナログであるN-オキサリルグリシンからなる複合体の共結晶を作製し,2.9Åの解像度でX線結晶構造解析を行うことにより,TETによる5-メチルシトシンの認識の機構を明らかにした.アメーバTET1は副溝の側からDNAを認識し,主溝の側へとDNAを曲げ,基質である5-メチルシトシンをフリップアウトし,活性部位において基質である5-メチルシトシンのWatson-Crickエッジおよびそのメチル基を認識することが明らかになった.さらに,哺乳類のTET1とアメーバTET1とのあいだでは構造および機能において重要なアミノ酸残基が保存されていたことから,このアメーバTET1の構造はTETの普遍的な構造であることが示唆された.

はじめに

 シトシンの5位の炭素原子はメチル化修飾をうけることが知られている.この5-メチルシトシンはヒストンH3の9番目のLysのメチル化と共役して転写の抑制に関与する.5-メチルシトシンに対するDNA脱メチル化酵素については長いあいだ不明であったが,2009年,TET1および5-ヒドロキシメチルシトシンが発見され1),それから5-メチルシトシンのDNA脱メチル化の研究は急速に進んだ.哺乳類はTETファミリーとしてTET1,TET2,TET3の3つをもち,いずれも1800~2100アミノ酸残基からなる.いずれもC末端側に,Fe2+およびαケトグルタル酸を補酵素とする酸化酵素に共通したドメインであるDSBHドメインをもつ1-3).TETはFe2+およびαケトグルタル酸を補酵素として5-メチルシトシンを5-ヒドロキシメチルシトシンへと酸化し,生成物である5-ヒドロキシメチルシトシンもTETによりさらに5-ホルミルシトシン,5-カルボキシルシトシンへと酸化される4).TETが発見されてから5年近くがたち,ようやくTETの構造基盤が明らかにされた.

1.アメーバTET1の発現および精製

 哺乳類のTETのもつDSBHドメインにはTETファミリーのあいだで相同性の低い300~500アミノ酸残基からなる挿入配列が存在する.これまで,複数の研究グループがTETの結晶化に取り組んできたと思われるが成功していない.そして,この挿入配列が結晶化を困難にしていると考えられている.そこで,筆者らは,DSBHドメインに挿入配列をもたないアメーバ(Naegleria gruberi)のTETを用いて結晶化を試みた.
 TETファミリーはTET/JBPスーパーファミリーに属する.アメーバにはこのスーパーファミリーを特徴づけるTET/JBPドメインをもつ8つのcDNAが発見されている5).これらのcDNAを大腸菌において発現させることにより,アメーバTET1およびアメーバTET4が哺乳類のTETと同様に,Fe2+およびαケトグルタル酸に依存して5-メチルシトシンを5-ヒドロキシメチルシトシンへと酸化することを確認した.そこで,このアメーバTET1について解析を進めた.
 アメーバTET1はアメーバcDNAに由来する321アミノ酸残基からなる約37 kDaの推定タンパク質である.アメーバTET1をコードするcDNAについて,大腸菌に対しコドンを最適化したものを人工合成し,大腸菌を形質転換した.発現させたタンパク質は超音波による可溶化ののち,Niカラム,イオン交換カラム,ゲルろ過カラムにより精製した.

2.アメーバTET1の生化学的な特性

 アメーバTET1はCpG配列がヘミメチル化されたDNAおよび全メチル化されたDNAの両方に対しαケトグルタル酸に依存的なDNA脱メチル化活性をもっていた.酵素活性の測定は,蛍光標識した32塩基対の二本鎖DNA,56塩基対の二本鎖DNA,一本鎖DNA,HeLa細胞のゲノムDNAを用い,pH 6.0において,抗体による5-ヒドロキシメチルシトシン,5-ホルミルシトシン,5-カルボキシルシトシンの検出6),チミンDNAグリコシラーゼを用いた5-ホルミルシトシン,5-カルボキシルシトシンの検出7),および,液体クロマトグラフィー-質量分析計により5-メチルシトシン,5-ヒドロキシメチルシトシン,5-ホルミルシトシン,5-カルボキシルシトシンを定量することにより行った.アメーバTET1は哺乳類のTETと同様に,二本鎖DNAおよび一本鎖DNAに対しともに活性をもち,アメーバTET1は1時間でそれぞれ75%および94%の5-メチルシトシンをカルボキシル化シトシンにまで酸化した.

3.アメーバTET1と基質DNAとの共結晶の作製と位相の決定

 アメーバTET1と5-メチルシトシンを含む基質DNAとの共結晶化のため,Fe2+の代わりにMn2+を用い,αケトグルタル酸のアナログとしてN-オキサリルグリシンを用いて酵素反応を停止させた.まず,全メチル化CpG配列を含む16塩基対のDNAを用いてアメーバTET1との共結晶を作製し,3.74Åの解像度のデータセットを得た.さらに解像度をあげるため,1塩基対ずつDNAの長さを変えていき,全メチル化CpG配列を含む14塩基対のDNAとの共結晶を作製して2.89Åの解像度のデータを得た.チミジンをブロモデオキシウリジンにより置き換えた14塩基対のDNAとアメーバTET1との共結晶を用い,臭素原子の異常分散により位相を決定した(PDB ID:4LT5).

4.アメーバTET1の結晶構造と5-メチルシトシンの認識の機構

 アメーバTET1の全体の構造はDSBHドメインを含み,4つのβストランドからなるマイナーなβシート,8つのβストランドからなるメジャーなβシート,外側の5つのαヘリックス,からなる3層構造をとっていた(図1).アメーバTET1はDNAを65度ほど曲げ,副溝の側からDNAを認識し基質である5-メチルシトシンをフリップアウトしていた.フリップアウトした5-メチルシトシンはPhe295とArg224により安定化されていた.5-メチルシトシンのWatson-CrickエッジはAsn147,His297,Asp234による水素結合により正確に認識されていた.ここから,チミンを認識しないことがわかった.フリップアウトした5-メチルシトシンのメチル基は金属イオンにむかって5.2Å離れた位置に存在した.この距離は,DSBHドメインをもつほかのタンパク質における基質と金属イオンとの距離にほぼ等しかったことから,アメーバTET1もほかのDSBHドメインをもつタンパク質と同じ酸化還元反応機構を利用してシトシン5位のメチル基を酸化していると考えられた1).また,フリップアウトした5-メチルシトシンのあった空間には,アメーバTET1のもつアミノ酸残基の側鎖は挿入されてはいなかった.これは,ほかのタンパク質とは異なっていた.さらに,5-メチルシトシンと対になっていたグアニンはSer148により安定化されていた.全メチル化CpG配列のフリップアウトした3’側のグアニンはGln310により認識されていた.このことから,アメーバTET1はCpA配列にも活性があるものの,CpG配列を好んで酸化することがわかった.また,反対側のDNA鎖の5-メチルシトシンのメチル基は認識されていなかったことから,ヘミメチル化DNAとフルメチル化DNAの両方に活性をもつことがわかった.αケトグルタル酸のアナログであるN-オキサリルグリシンはMn2+とキレートし活性中心の深い部分においてArg224,Tyr242,Arg289により認識されていた.実際の酵素反応ではαケトグルタル酸が用いられ,これはコハク酸へと変換される.つぎの反応のためにはこれを新たなαケトグルタル酸と入れ替える必要があるため,いったんDNAが解離する必要がある.

figure1

5.3-メチルシトシン酸化酵素AlkBとの比較

 AlkB,および,そのヒトにおけるホモログであるABHは,DSBHドメインをもち,DNAおよびRNAのWatson-Crickエッジ側のシトシンもしくはチミンのN3位のメチル化,あるいは,アデニンのN1位のメチル化による塩基の損傷を,この塩基をフリップアウトしてFe2+およびαケトグルタル酸に依存してこれを酸化し,3-メチルシトシンを3-ヒドロキシメチルシトシン,3-メチルチミンを3-ヒドロキシルメチルチミン,1-メチルアデニンを1-ヒドロキシメチルアデニンへと変換する酵素である.窒素原子に結合するヒドロキシルメチル基は不安定なため,ホルムアルデヒドとCO2を副産物として脱メチル化する8).そこで,DSBHドメインをもつ2つのタンパク質,5-メチルシトシンを基質とするアメーバTET1と,3-メチルシトシンを基質とするAlkBが,どのようにしてシトシンの異なる位置のメチル基,すなわち,主溝の側の5位のメチル基,あるいは,Watson-Crickエッジ側の3位のメチル基を活性中心に呈示しているかについて注目した.
 アメーバTET1,5-メチルシトシンを含むDNA,N-オキサリルグリシン,Mn2+からなる複合体の構造(PDB ID:4LT5)と,大腸菌のAlkB,3-メチルシトシンを含むDNA,αケトグルタル酸,Mn2+からなる複合体の構造(PDB ID:3O1M)とを重ね合わせた.アミノ酸の一次配列は異なるもののDSBHドメインの構造は高度に保存されており,2つの構造は金属イオンの位置および補酵素も含め整列させることができた.そして,アメーバTET1およびAlkBともに,β5ストランドおよびβ7ストランドも整列させることができ,両方にそれらからつながるヘアピンループおよび活性ループが存在した.2つのタンパク質のコアドメインが整列し,それぞれの基質DNAはタンパク質の表面の塩基性の領域にそって結合していた.2つの構造を比較したときのもっとも顕著な違いは,アメーバTET1の構造におけるDNAとAlkBの構造におけるDNAが,タンパク質の表面においてほぼ直交したかたちでタンパク質と結合していた点であった(図2).また,フリップアウトした5-メチルシトシンおよび3-メチルシトシンもほぼ直交したかたちで活性中心にむかって位置していた.このように,アメーバTET1およびAlkBにおいて,DNAが直交したかたちでDSBHドメインと結合することにより,塩基がフリップアウトしたのち,主溝の側あるいはWatson-Crickエッジの側に位置するメチル基が活性中心に呈示される位置にきていた.この結合様式が,同じDSBHドメイン構造をもちながらも,シトシンの5位あるいは3位のメチル基を活性中心にむかって呈示させ,アメーバTET1が5位のメチル基を,AlkBが3位のメチル基を特異的に酸化するための分子機構であった.

figure2

6.哺乳類のTET1との比較

 哺乳類のTET1ではDSBHドメインに約300アミノ酸残基の挿入配列がドメインを分断したかたちで挿入されていた.この挿入配列を除去しても酵素活性が認められたことから,挿入配列は活性には必須でないと考えられた.また,哺乳類のTETにはシステインリッチ領域も挿入されていた.これらの挿入配列を除いたときのアメーバTET1と哺乳類のTET1とのあいだの相同性としては,14%の同一性,39%の類似性があった.このような相同性はDSBHドメインのみならずそれ以外の領域においても認められ,構造および機能において重要なアミノ酸残基は保存されていた.さらに,酵素の機能として,アメーバTET1は哺乳類のTETと同じく,5-メチルシトシンから5-ヒドロキシメチルシトシン,5-ホルミルシトシン,5-カルボキシルシトシンへと,Fe2+およびαケトグルタル酸に依存して酸化したことから,アメーバTET1とDNAとの共結晶構造はTETの普遍的な構造であることが示唆された.

おわりに

 筆者らのグループは,アメーバTET1の結晶構造解析および生化学的な実験を行った.TETを含むTET/JBPスーパーファミリーにおいて,このスーパーファミリーを特徴づけるTET/JBPドメインは進化において散在して存在し5),これらのTETの基本構造は保存されていると考えられる.実際に,筆者らの論文と同じ時期に,ヒトTET2とDNAとの共結晶構造についても発表されている9).この論文では,TET2のDSBHドメインに存在する相同性の低い挿入配列を除去したタンパク質を用いて結晶化に成功している.そして,アメーバTET1とヒトTET2の構造を比較したところ,TETの構造は進化においておおむね保存されていることがわかった.

文 献

  1. Tahiliani, M., Kian, P. -K., Yinghua, S. et al.: Conversion of 5-methylcytosine to 5-hydroxymethylcytosine in mammalian DNA by MLL partner TET1. Science, 324, 930-935 (2009)[PubMed]
  2. Ito, S., D’Alessio, A. C., Taranova, O. V. et al.: Role of Tet proteins in 5mC to 5hmC conversion, ES-cell self-renewal and inner cell mass specification. Nature, 466, 1129-1133 (2010)[PubMed] [新着論文レビュー]
  3. Aik, W., McDonough, M. A., Thalhammer, A. et al.: Role of the jelly-roll fold in substrate binding by 2-oxoglutarate oxygenases. Curr. Opin. Struct. Biol., 22, 691-700 (2012)[PubMed]
  4. Ito, S., Li, S., Qing D. et al.: Tet proteins can convert 5-methylcytosine to 5-formylcytosine and 5-carboxylcytosine. Science, 333, 1300-1303 (2011)[PubMed]
  5. Iyer, L. M., Zhang, D., Burroughs, A. M. et al.: Computational identification of novel biochemical systems involved in oxidation, glycosylation and other complex modifications of bases in DNA. Nucleic Acids Res., 41, 7635-7655 (2013)[PubMed]
  6. Inoue, A., Shen, L., Dai, Q. et al.: Generation and replication-dependent dilution of 5fC and 5caC during mouse preimplantation development. Cell Res., 21, 1670-1676 (2011)[PubMed]
  7. Hashimoto, H., Hong, S., Bhagwat, A. S. et al.: Excision of 5-hydroxymethyluracil and 5-carboxylcytosine by the thymine DNA glycosylase domain: its structural basis and implications for active DNA demethylation. Nucleic Acids Res., 40, 10203-10214 (2012)[PubMed]
  8. Yi, C., Jia, G., Hou, G. et al.: Iron-catalysed oxidation intermediates captured in a DNA repair dioxygenase. Nature, 468, 330-333 (2010)[PubMed]
  9. Hu, L., Li, Z., Cheng, J. et al.: Crystal structure of TET2-DNA complex: insight into TET-mediated 5mC oxidation. Cell, 155, 1545-1555 (2013)[PubMed]

著者プロフィール

橋本 秀春(Hideharu Hashimoto)
略歴:2007年 京都大学大学院生命科学研究科 修了,同年 米国Emory大学School of Medicineポストドクトラルフェローを経て,2012年より同 リサーチアソシエート.
研究テーマ:DNAメチル化にかかわるタンパク質の生化学とX線結晶構造解析.
抱負:Enjoy science.

© 2014 橋本 秀春 Licensed under CC 表示 2.1 日本

関節リウマチに対する新たなゲノム創薬の手法

$
0
0

岡田 随象
(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 疾患多様性遺伝学分野)
email:岡田随象

Genetics of rheumatoid arthritis contributes to biology and drug discovery.
Yukinori Okada, Di Wu, Gosia Trynka, Towfique Raj, Chikashi Terao, Katsunori Ikari, Yuta Kochi, Koichiro Ohmura, Akari Suzuki, Shinji Yoshida, Robert R. Graham, Arun Manoharan, Ward Ortmann, Tushar Bhangale, Joshua C. Denny, Robert J. Carroll, Anne E. Eyler, Jeffrey D. Greenberg, Joel M. Kremer, Dimitrios A. Pappas, Lei Jiang, Jian Yin, Lingying Ye, Ding-Feng Su, Jian Yang, Gang Xie, Ed Keystone, Harm-Jan Westra, Tõnu Esko, Andres Metspalu, Xuezhong Zhou, Namrata Gupta, Daniel Mirel, Eli A. Stahl, Dorothée Diogo, Jing Cui, Katherine Liao, Michael H. Guo, Keiko Myouzen, Takahisa Kawaguchi, Marieke J. H. Coenen, Piet L. C. M. van Riel, Mart A. F. J. van de Laar, Henk-Jan Guchelaar, Tom W. J. Huizinga, Philippe Dieudé, Xavier Mariette, S. Louis Bridges Jr, Alexandra Zhernakova, Rene E. M. Toes, Paul P. Tak, Corinne Miceli-Richard, So-Young Bang, Hye-Soon Lee, Javier Martin, Miguel A. Gonzalez-Gay, Luis Rodriguez-Rodriguez, Solbritt Rantapää-Dahlqvist, Lisbeth Ärlestig, Hyon K. Choi, Yoichiro Kamatani, Pilar Galan, Mark Lathrop, Steve Eyre, John Bowes, Anne Barton, Niek de Vries, Larry W. Moreland, Lindsey A. Criswell, Elizabeth W. Karlson, Atsuo Taniguchi, Ryo Yamada, Michiaki Kubo, Jun S. Liu, Sang-Cheol Bae, Jane Worthington, Leonid Padyukov, Lars Klareskog, Peter K. Gregersen, Soumya Raychaudhuri, Barbara E. Stranger, Philip L. De Jager, Lude Franke, Peter M. Visscher, Matthew A. Brown, Hisashi Yamanaka, Tsuneyo Mimori, Atsushi Takahashi, Huji Xu, Timothy W. Behrens, Katherine A. Siminovitch, Shigeki Momohara, Fumihiko Matsuda, Kazuhiko Yamamoto, Robert M. Plenge
Nature, DOI: 10.1038/nature12873

要 約

 ゲノムワイド関連解析はヒトの疾患において感受性遺伝子を同定する代表的な手法である.しかしながら,得られた感受性遺伝子を疾患病態の解明や新規の創薬にどう結びつければよいのか,答えは得られていなかった.筆者らは,関節リウマチに対しアジア人および欧米人を含む10万人以上を対象とした大規模なゲノムワイド関連解析を実施し,新たに発見した42の領域を含む,計101の感受性遺伝子の領域を同定した.さまざまなデータベースとの統合を網羅的に行う遺伝統計解析により,これらの領域が遺伝子発現量の制御能や細胞に特異的なヒストン修飾能をもつこと,原発性免疫不全症候群および血液細胞に由来する悪性腫瘍に対する感受性遺伝子と有意に重複することが明らかになった.さらに,関節リウマチ感受性遺伝子と既存の関節リウマチ治療薬の標的遺伝子とがネットワークを形成していることが判明した.また,ほかの疾患に対する既存の薬物の標的遺伝子が関節リウマチ感受性遺伝子と重複している場合,その治療薬を関節リウマチの治療に対し適応できる可能性が示唆された.これらの知見は,ゲノム解析の活用が病態解明や新規の創薬の実現において有用であることを示すと考えられた.

はじめに

 ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study:GWAS)は,ヒトの疾患において感受性遺伝子を同定する代表的な手法である.ヒトのゲノムを網羅した数百万~1000万の1塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)を対象として,数百人~数万人の対象群における疾患との因果関係を統計解析により評価する.GWASは2002年に世界ではじめて,わが国の理化学研究所において実施され1),以後,世界中で精力的に実施されている.2012年までに,300以上のヒトの形質に対し1000以上のGWASの実施例が報告されている2)
 関節リウマチは関節の炎症と破壊をもたらす自己免疫疾患で,わが国における患者数は約70~80万人と推定されている.関節リウマチの発症リスクの約半分は遺伝的な背景の影響によるものと考えられており,これまでに実施されたGWASにより関節リウマチの発症に関与する多数の感受性遺伝子の領域が同定されてきた3,4).筆者らは,これらGWASの結果を横断的に比較することにより,関節リウマチの遺伝的なリスクは異なる人種のあいだで共有されていることを見い出し,複数の人種を対象としたGWASにより,さらに多くの感受性遺伝子の領域が同定されると提唱していた3)
 しかし,このようにGWASにより多数の疾患感受性遺伝子が同定される一方,得られた感受性遺伝子から疾患の病態解明や新規の創薬に役だつ情報をどうひき出せばよいのかという根本的な課題については,具体的な成果が得られない状態がつづいていた.

1.国際共同研究グループによる関節リウマチに対する大規模なゲノムワイド関連解析の実施

 これまで別個に実施されていたGWASを統合するため,米国Harvard大学およびわが国のGARNETコンソーシアム(理化学研究所,東京大学,京都大学,東京女子医科大学)が中心となり国際共同研究グループを結成した.欧米人の集団およびアジア人の集団を対象として,世界中から関節リウマチに対する22のGWASのデータを集め,10万人以上を対象とした大規模なGWASを実施した.1000 Genomes Project 5) により同定された約1000万のSNPに対する関連解析を実施した結果,新たに発見された42の領域を含む,計101の感受性遺伝子の領域を同定した.これらの領域に含まれる関節リウマチ感受性SNPは,アレル頻度およびオッズ比において欧米人集団およびアジア人集団のあいだで有意な正の相関関係を示し,関節リウマチの発症の遺伝的な背景が人種間で共有されているという筆者らの仮説を裏づける結果となった.

2.関節リウマチ感受性SNPのタンパク質の配列および遺伝子の発現量への影響

 同定された101個の関節リウマチ感受性SNPにつき,近傍に位置する遺伝子にあたえる影響について機能的な分類を行ったところ,16%のSNPはタンパク質のアミノ酸配列を変化させるミスセンスSNPであることが判明した.欧米人の一般の集団から得られた,末梢血液に由来する単核球,CD4陽性T細胞,CD14陽性CD16陰性単核球におけるmRNAの発現データ6) と照合した結果,44%のSNPは近傍に位置する遺伝子のmRNAの発現量に影響をあたえるSNP(expression quantitative trait locus SNP:eQTL SNP)であることが判明した.以上より,関節リウマチ感受性SNPはタンパク質の配列の変化や遺伝子の発現量の変化を介して関節リウマチの発症に寄与している可能性が示された.

3.関節リウマチ感受性SNPと細胞に特異的なヒストン修飾能との重複

 細胞の機能を制御する機構のひとつとして,ヒストン修飾などのエピゲノム修飾機構がある.エピゲノム修飾の状態は細胞や組織により異なるため,細胞あるいは組織の特異性の理解において重要と考えられている.関節リウマチ感受性SNPと,National Institutes of Health Roadmap Epigenetics Mapping Project 7) により得られた34の細胞種におけるヒストン修飾能との重なりについて検討した結果,制御性T細胞において遺伝子のプロモーター領域への転写因子の結合を制御するヒストンH3の4番目のLysのトリメチル化能ともっとも強い重複が認められた.制御性T細胞は抑制的な制御(免疫寛容)をつかさどり,関節リウマチをはじめとする自己免疫疾患の発症に関与していることが示唆されてきたが,これまでの報告はマウスのモデルにもとづくものが多かった.今回の結果は,ヒトの自己免疫疾患の病態に対する制御性T細胞の関与を客観的に裏づけるものと考えられた.

4.関節リウマチ感受性SNPはほかの疾患とも関連する

 ひとつの遺伝子多型が複数の形質に影響をあたえることを多面的関連(pleiotropy)といい,実際に,GWASにより同定された感受性遺伝子の領域の多くが異なる疾患のあいだで共有されていることが知られていた2).今回,得られた結果と既存のGWASの結果とを照合した結果,約2/3の関節リウマチ感受性SNPは多面的関連を示すことが明らかになった.1型糖尿病,炎症性腸疾患,全身性エリテマトーデスなどほかの自己免疫疾患にくわえ,ぜんそく,円形脱毛症,尋常性白斑,原発性胆汁性肝硬変といった疾患,臨床検査の項目である白血球分画(好中球,好塩基球)や炎症マーカー(C反応性タンパク質,フィブリノーゲン)の個人差との多面的関連が明らかになった.

5.関節リウマチと原発性免疫不全症候群とで感受性遺伝子が共通する

 原発性免疫不全症候群(human primary immunodeficiency disease:PID)は,遺伝的な要因により先天的に免疫機構が正常にはたらかないため生じる免疫疾患の総称である.おもに家系例の解析により,これまでに多数の感受性遺伝子が同定されている.原発性免疫不全症候群の感受性遺伝子についてのデータベースと照合した結果,関節リウマチと原発性免疫不全症候群とで感受性遺伝子の一部が重複していることが明らかになった.原発性免疫不全症候群における疾患分類との層別化解析を行った結果,獲得免疫に関連した原発性免疫不全症候群においては関節リウマチと重複した感受性遺伝子が認められた一方,自然免疫に関連したものにおいては認められず,これは,関節リウマチの病態における獲得免疫および自然免疫の相対的な役割を示唆する結果とも考えられた.

6.関節リウマチと血液細胞に由来する悪性腫瘍とで感受性遺伝子が共通する

 同様に,各種の悪性腫瘍細胞において同定された体細胞遺伝子変異についてのデータベースとの照合を行った.興味深いことに,白血病やリンパ腫など血液細胞に由来する悪性腫瘍において関節リウマチとの有意な感受性遺伝子の重複が認められた一方で,固形がんあるいは臓器がんなど血液細胞に由来しない悪性腫瘍においては有意な重複が認められなかった.血液細胞に由来する悪性腫瘍のなかでは,とくにリンパ腫との重複がもっとも多く認められた.関節リウマチとリンパ腫は,ほかの疾患との組合せと比較して,疫学的な合併率が高いことや有効な治療薬が共通していることが知られており.この結果は,関節リウマチとリンパ腫とのあいだに共通した病態が存在することを示唆するものと考えられた.

7.関節リウマチ感受性遺伝子にみられるノックアウトマウスの表現型

 ノックアウトマウスは特定の遺伝子の機能を欠失させたマウスであり,ノックアウトマウスにおける表現型を観察することにより,その遺伝子の生物学的な機能を評価することができる.関節リウマチの感受性遺伝子をノックアウトしたマウスにおいて認められる表現型をデータベースから網羅的に検索した結果,血液細胞や免疫細胞に関与した表現型が認められた.一方で,体の大きさ,感覚系,神経系に対応した表現型との関連は見い出されなかった.

8.関節リウマチに対するゲノムワイド関連解析より得られた生物学的なパスウェイ

 GWASの結果からどの生物学的なパスウェイに属する遺伝子においてより有意な疾患感受性が認められるかを評価する手法があり,パスウェイ解析とよばれている8).今回,得られた結果を対象にパスウェイ解析を実施したところ,関節リウマチの病態においてもっとも重要なT細胞パスウェイにくわえ,B細胞パスウェイ,インターロイキン10,インターフェロン,顆粒球単球コロニー刺激因子など複数のサイトカインシグナルのパスウェイが同定された.同様の解析を,以前に報告された関節リウマチに対する対象数の少ないGWASの結果4) に対し実施したところ,T細胞パスウェイのみが同定された.このことは,今後,GWASの対象数が増加しより多くの疾患感受性遺伝子が同定されるにともない,より多くの生物学的なパスウェイが明らかになることを示すと考えられた.

9.関節リウマチ感受性遺伝子と関節リウマチ治療薬の標的遺伝子とのつながり

 今回の研究により得られた関節リウマチ感受性遺伝子と,そこから見い出された疾患病態を用いて,新しいゲノム創薬の手法を開発した(図1).まず,101の関節リウマチ感受性遺伝子の領域に含まれる377の遺伝子から,つぎの8つの基準を用いて疾患病態に寄与すると考えられる98の遺伝子を絞り込んだ.1)タンパク質の配列の変化,2)遺伝子の発現量の変化,3)論文データベースからの情報9),4)タンパク質間相互作用ネットワーク10),5)原発性免疫不全症候群の感受性遺伝子,6)血液細胞に由来する悪性腫瘍の感受性遺伝子,7)ノックアウトマウスにおいて有意な関連が認められた表現型,8)同定された生物学的なパスウェイ.つぎに,創薬データベースに登録されている,ヒトのさまざまな疾患に対する既存(もしくは,臨床治験中)の治療薬とその標的遺伝子の情報を整理し,GWASにより得られた疾患の感受性遺伝子とのつながりについて検討した.

figure1

 その結果,関節リウマチの感受性遺伝子はタンパク質間相互作用を介して関節リウマチ治療薬の標的遺伝子とネットワークを形成していることが明らかになった(図2).このネットワークには,エタネルセプト,トシリズマブなど生物学的製剤,スルファサラジン,イグラチモドなど疾患修飾性抗リウマチ薬,経口ステロイド,という関節リウマチ治療薬の3つの重要なカテゴリーがすべて含まれていた.疾患に対する感受性遺伝子と治療薬とのつながりを網羅的に示したのは,この研究がはじめての報告となった.

figure2

10.関節リウマチに対する新たな治療薬の候補の同定

 関節リウマチの感受性遺伝子と既存の関節リウマチ治療薬の標的遺伝子とのあいだにつながりが認められたことは,逆に,ほかの疾患に対する既存の治療薬のなかで関節リウマチの感受性遺伝子を標的としているものを,関節リウマチの治療に適応できる可能性を示すと考えられた.そして実際に,現在,乳がんなどの治療に用いられているCDK4/CDK6阻害薬が,関節リウマチの感受性遺伝子であるCDK4遺伝子およびCDK6遺伝子を標的としていることを見い出した(図2).CDK4/CDK6阻害薬は関節リウマチのマウスモデルにおいて関節炎の改善に有効であることが報告されており11),新たな関節リウマチ治療薬の候補として有力であると考えられた.

おわりに

 GWASがはじめて実施されてから10年たち,科学者の夢であった疾患感受性遺伝子の同定が現実のものとなった反面,得られた結果の活用については課題が残されたままであった.この研究は,大規模なGWASの結果を,さまざまなデータベースと統合した遺伝統計解析により,疾患病態の解明や新規の創薬に役だてることが可能であることを明らかにした.とくに,ゲノム情報を創薬に活用する“ゲノム創薬”においてもGWASの結果の活用が有用であることが示されたのは,今後の創薬において大きな意義をもつものと考えられる.
 この研究の対象となった関節リウマチについては,近年,治療法の飛躍的な進歩をとげている一方で,既存の治療薬では十分な効果の得られない場合や重篤な副作用を生じる場合が知られている.この研究により同定された感受性遺伝子を検討することにより,より効果的で副作用の少ない新たな治療薬の開発が期待される.また,今回,開発されたゲノム創薬の手法をほかの疾患にも適用することにより,さまざまな疾患に対する創薬が加速することも期待される.

文 献

  1. Ozaki, K., Ohnishi, Y., Iida, A. et al.: Functional SNPs in the lymphotoxin-α gene that are associated with susceptibility to myocardial infarction. Nat. Genet., 32, 650-654 (2002)[PubMed]
  2. Hindorff, L. A., Sethupathy, P., Junkins, H. A. et al.: Potential etiologic and functional implications of genome-wide association loci for human diseases and traits. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 9362-9367 (2009)[PubMed]
  3. Okada, Y., Terao, C., Ikari, K. et al.: Meta-analysis identifies nine new loci associated with rheumatoid arthritis in the Japanese population. Nat. Genet., 44, 511-516 (2012)[PubMed]
  4. Stahl, E. A., Raychaudhuri, S., Remmers, E. F. et al.: Genome-wide association study meta-analysis identifies seven new rheumatoid arthritis risk loci. Nat. Genet., 42, 508-514 (2010)[PubMed]
  5. 1000 Genomes Project Consortium: An integrated map of genetic variation from 1,092 human genomes. Nature, 491, 56-65 (2012)[PubMed]
  6. Westra, H. J., Peters, M. J., Esko, T. et al.: Systematic identification of trans eQTLs as putative drivers of known disease associations. Nat. Genet., 45, 1238-1243 (2013)[PubMed]
  7. Trynka, G., Sandor, C., Han, B. et al.: Chromatin marks identify critical cell types for fine mapping complex trait variants. Nat. Genet., 45, 124-130 (2013)[PubMed]
  8. Segre, A. V., Groop, L., Mootha, V. K. et al.: Common inherited variation in mitochondrial genes is not enriched for associations with type 2 diabetes or related glycemic traits. PLoS Genet., 6, e1001058 (2010)[PubMed]
  9. Raychaudhuri, S., Plenge, R. M., Rossin, E. J. et al.: Identifying relationships among genomic disease regions: predicting genes at pathogenic SNP associations and rare deletions. PLoS Genet., 5, e1000534 (2009)[PubMed]
  10. Rossin, E. J., Lage, K., Raychaudhuri, S. et al.: Proteins encoded in genomic regions associated with immune-mediated disease physically interact and suggest underlying biology. PLoS Genet., 7, e1001273 (2011)[PubMed]
  11. Sekine, C., Sugihara, T., Miyake, S. et al.: Successful treatment of animal models of rheumatoid arthritis with small-molecule cyclin-dependent kinase inhibitors. J. Immunol., 180, 1954-1961 (2008)[PubMed]

著者プロフィール

岡田 随象(Yukinori Okada)
略歴:2011年 東京大学大学院医学系研究科 修了,同年 同 研究員,2012年 米国Harvard大学 研究員を経て,2013年より東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 講師.
研究テーマ:遺伝統計解析をつうじたヒトの疾患の病態解明やゲノム創薬への貢献.
抱負:遺伝統計学の楽しさを日本中に広めたい.

© 2014 岡田 随象 Licensed under CC 表示 2.1 日本

エストロゲンは妊娠中の造血幹細胞の自己複製を亢進する

$
0
0

中田 大介
(米国Baylor College of Medicine,Department of Molecular and Human Genetics)
email:中田大介

Oestrogen increases haematopoietic stem-cell self-renewal in females and during pregnancy.
Daisuke Nakada, Hideyuki Oguro, Boaz P. Levi, Nicole Ryan, Ayumi Kitano, Yusuke Saitoh, Makiko Takeichi, George R. Wendt, Sean J. Morrison
Nature, 505, 555-558 (2014)

要 約

 有性生殖を行う動物のさまざまな組織には雌雄差のあることが知られており,これら雌雄差を示す組織には性ホルモンにより直接的あるいは間接的に制御される組織幹細胞が存在する.しかしながら,形態的あるいは機能的に雌雄差を示さない組織の幹細胞の機能に雌雄差があるかどうかは不明である.造血器においてはリンパ球などの分化細胞において雌雄差が認められるが,造血幹細胞の機能に雌雄差があるかどうかは不明である.筆者らは,造血幹細胞においても雌雄差があり,その雌雄差が性ホルモンであるエストロゲンにより制御されていることを明らかにした.雌のマウスの造血幹細胞は雄のマウスの造血幹細胞よりも細胞分裂の頻度が高く,この違いは精巣ではなく卵巣により制御されており,さらには,卵巣において産生されるエストロゲンにより造血幹細胞の分裂が促進されることが見い出された.妊娠中はエストロゲンの量が増加し,造血幹細胞の数,造血幹細胞の分裂頻度,骨髄および脾臓の細胞数,脾臓における赤血球の産生がいずれも亢進した.造血幹細胞はエストロゲン受容体αを高く発現しており,造血幹細胞の分裂頻度の雌雄差,および,エストロゲンを投与したのちの造血幹細胞の分裂の亢進は,造血細胞において特異的にエストロゲン受容体αを欠損させることにより大きく減少した.さらに,妊娠したマウスにおいて造血細胞に特異的にエストロゲン受容体αを欠損させることにより,造血幹細胞の数,造血幹細胞の分裂頻度,赤血球の産生はいずれも低下した.これらの結果から,エストロゲンは造血幹細胞の発現するエストロゲン受容体αに直接に作用することにより造血幹細胞の自己複製および赤血球の産生を促進し,妊娠中における造血を制御していることが明らかになった.

はじめに

 動物のおのおのの組織に存在する組織幹細胞はどのような分子機構により個体における恒常性の変化を感知し応答するのかは,幹細胞生物学における根本的な疑問点であり多くの不明な点が残されている1).このような個体の恒常性と幹細胞の機能とをリンクする制御機構には浸透移行性の物質がかかわっていると考えられ,実際に,腸管,中枢神経系,生殖巣にある幹細胞は,インスリンあるいは栄養状態によりその量が調整される物質により制御されている2-5).造血器においては分化したリンパ球や骨髄球の分裂,分化,生存,サイトカインの産生が性ホルモンであるエストロゲンにより制御されており,エストロゲンの量の雌雄差のため免疫機能にも雌雄差が生じている.また,エストロゲンは赤血球系細胞のアポトーシスを誘導することも知られている.しかし,性ホルモンが造血幹細胞の機能を制御しているのかどうか,また,造血幹細胞の機能に雌雄差があるかどうかは明らかではない.そこで,この研究では,マウスの造血幹細胞は性ホルモンにより制御をうけて雌雄差を生じているのかどうか検討した.

1.造血幹細胞の分裂の頻度には雌雄差がある

 マウスの造血幹細胞の骨髄における頻度および総数をフローサイトメーターを用いて解析したところ,造血幹細胞あるいは短期的に骨髄を再構築する多能性未分化細胞において雌雄差は認められなかった.そこで,造血幹細胞の分裂頻度に雌雄差があるかどうかをチミジンのアナログであるBrdUの取り込みにより検討した.マウスに10日間にわたりBrdUを投与し,全骨髄細胞,造血幹細胞,多能性未分化細胞におけるBrdUの取り込みを測定したところ,全骨髄細胞について雌雄差は認められなかったが,雌に由来する造血幹細胞および多能性未分化細胞においては,BrdU陽性細胞の割合が雄に由来する細胞と比較して有意に高かった.
 この結果をさらに確認するためトランスジェニックマウスを用いた解析を行った.実験に用いたトランスジェニックマウスは,ドキソサイクリンを投与すると全身においてヒストンH2BとGFPとの融合タンパク質の発現が誘導され,ドキソサイクリンの投与を終了にすると細胞分裂ごとにGFPの蛍光強度が半減していくため,細胞の分裂頻度をBrdUによらずに解析できる.このマウスに6週間にわたりドキソサイクリンを投与し,ドキソサイクリンの投与を停止して12週間が経過したのち解析した.その結果,ほぼすべての全骨髄細胞は12週間のうちにGFPの蛍光を完全に失ったが,細胞分裂の頻度の低い造血幹細胞および多能性未分化細胞はGFPの蛍光を保持していた.さらに,雄に由来する造血幹細胞および多能性未分化細胞は,雌に由来する細胞と比較して,より高いGFPの蛍光を保持していた.以上の結果から,雌の造血幹細胞は雄の造血幹細胞と比較して,より分裂頻度の高いことが明らかになった.

2.雌において亢進した造血幹細胞の分裂頻度は卵巣に由来するエストロゲンにより制御される

 この造血幹細胞の分裂頻度の雌雄差がどのように制御されているのかを検討するため,生殖巣を除去したときの造血幹細胞へのBrdUの取り込みについて解析した.その結果,精巣の除去は雄の造血幹細胞の分裂頻度になんら影響をあたえなかったが,卵巣の除去により,雌にみられた造血幹細胞の分裂頻度の亢進がみられなくなった.つまり,雌における造血幹細胞の分裂頻度の亢進は卵巣により制御されていることが明らかになった.
 卵巣がどのように造血幹細胞の分裂を制御しているのかを解明するため,卵巣に由来する性ホルモンを投与する実験を行った.その結果,エストロゲンの投与により造血幹細胞の分裂が強く促進された.一方で,プロゲステロンやテストステロンは造血幹細胞の分裂に影響をあたえなかった.また,エストロゲンの投与は脾臓における赤血球の産生を促進することも見い出された.
 エストロゲンの低下は造血幹細胞の分裂頻度の低下につながるのだろうか? エストロゲンの産生を抑制するアロマターゼ阻害剤のひとつであるアナストロゾールを投与する実験を行った.雌のマウスにアナストロゾールを投与したところ,造血幹細胞の分裂頻度の低下が認められたが,雄のマウスへの投与ではなんら影響は認められなかった.以上の結果から,造血幹細胞の分裂は卵巣に由来するエストロゲンの作用により促進されることが示された.

3.エストロゲン受容体αがエストロゲンに依存して造血幹細胞の分裂を制御する

 エストロゲンがどのように造血幹細胞に作用しているのかを解明するため,造血幹細胞における性ホルモンの受容体の発現を定量的PCR法により検討した.その結果,造血幹細胞はエストロゲン受容体αを高く発現していること,また,エストロゲン受容体β,プロゲステロン受容体,アンドロゲン受容体など,ほかの受容体は低くしか発現していないことが見い出された.そこでこれらの知見から,エストロゲン受容体αがエストロゲンに依存的な造血幹細胞の分裂を制御しているのではないかと仮定した.エストロゲン受容体αのノックアウトマウスを用いて,エストロゲン受容体αが造血幹細胞の分裂頻度の雌雄差を制御しているかどうか,BrdUの取り込みにより検討した.その結果,野生型マウスにおいてみられた造血幹細胞の分裂頻度の雌雄差は,エストロゲン受容体αノックアウトマウスではみられなかった.この結果から,エストロゲン受容体αが造血幹細胞の分裂を制御していることが示された.
 エストロゲン受容体αノックアウトマウスは卵巣の機能がいちじるしく欠損しており不妊である.つまり,エストロゲン受容体αノックアウトマウスにおいてみられた造血幹細胞の分裂頻度の変化は,卵巣の機能の欠損による可能性が考えられた.そこで,エストロゲン受容体αを造血細胞において特異的に欠損したコンディショナルノックアウトマウスを作製した.このマウスを用いて造血幹細胞の分裂頻度の雌雄差について検討したところ,エストロゲン受容体αを造血細胞において特異的に欠損させることにより造血幹細胞の分裂頻度の雌雄差は消失した.さらに,エストロゲンを投与した際の造血幹細胞の分裂の亢進もまったくみられなった.また,造血幹細胞の培養の際にエストロゲンをくわえることにより造血幹細胞の分裂が亢進したことから,造血幹細胞はそれ自体が発現するエストロゲン受容体αを介してエストロゲンに応答し細胞分裂を亢進させていることが示された.

4.妊娠により造血幹細胞の数および分裂頻度はエストロゲン受容体αに依存して増加する

 このようなエストロゲンによる造血幹細胞の制御には,どのような生理学的な意味があるのだろうか? 生理的な条件においてエストロゲンの量が増える場合として妊娠があげられる.そこで,妊娠中のマウスの造血機能および造血幹細胞の機能について評価した.その結果,妊娠中にはおもに赤血球系細胞の増加により脾臓がいちじるしく肥大することが認められた.さらに,妊娠中には骨髄および脾臓における造血幹細胞の数がいちじるしく増加し,造血幹細胞の分裂頻度も大きく亢進した.
 この妊娠によりひき起こされる造血幹細胞および赤血球系細胞の応答はエストロゲン受容体αにより制御されているのかどうか検討するため,造血細胞に特異的なエストロゲン受容体αのコンディショナルノックアウトマウスを妊娠させて,その造血器を解析した.興味深いことに,妊娠により上昇した造血幹細胞の数,分裂頻度,赤血球系細胞の数は,いずれも造血細胞において特異的にエストロゲン受容体αを欠損させることにより大きく低下した.つまり,妊娠により起こる造血幹細胞の活性化および赤血球系細胞の増加は,エストロゲンが造血細胞に発現するエストロゲン受容体αに作用することによりひき起こされていることが示された.

おわりに

 この研究では,エストロゲンが造血細胞に発現するエストロゲン受容体αに作用することにより,雄と比較して雌の造血幹細胞の分裂頻度が亢進し,雌雄差の生じることをはじめて解明した(図1).エストロゲンの量が増加する妊娠中には,造血幹細胞の分裂の亢進および赤血球系細胞の増加が造血細胞に発現するエストロゲン受容体αに依存して誘導されていた.妊娠中は,血漿の増加に対し赤血球の増加が不足し慢性的な貧血の起こることが知られている6).造血幹細胞は妊娠という変化に対しエストロゲンを介して応答し,自己複製能を亢進させ赤血球の産生を誘導することにより,造血に対する需要の増加に応えていると考えられた.今後は,妊娠中に造血幹細胞がエストロゲンに応答することが,妊娠の維持や胎児の成長にどのような影響をあたえるのかを解明することが重要であると考えている.

figure1

文 献

  1. Nakada, D., Levi, B. P. & Morrison, S. J.: Integrating physiological regulation with stem cell and tissue homeostasis. Neuron, 70, 703-718 (2011)[PubMed]
  2. O'Brien, L. E., Soliman, S. S., Li, X. et al.: Altered modes of stem cell division drive adaptive intestinal growth. Cell, 147, 603-614 (2011)[PubMed]
  3. Yilmaz, O. H., Katajisto, P., Lamming, D. W. et al.: mTORC1 in the Paneth cell niche couples intestinal stem-cell function to calorie intake. Nature, 486, 490-495 (2012)[PubMed]
  4. Sousa-Nunes, R., Yee, L. L. & Gould, A. P.: Fat cells reactivate quiescent neuroblasts via TOR and glial insulin relays in Drosophila. Nature, 471, 508-512 (2011)[PubMed]
  5. Chell, J. M. & Brand, A. H.: Nutrition-responsive glia control exit of neural stem cells from quiescence. Cell, 143, 1161-1173 (2010)[PubMed]
  6. Sifakis, S. & Pharmakides, G.: Anemia in pregnancy. Ann. NY Acad. Sci., 900, 125-136 (2000)[PubMed]

著者プロフィール

中田 大介(Daisuke Nakada)
略歴:2005年 名古屋大学大学院理学研究科 修了,2006年より米国Michigan大学 ポストドクトラルフェローを経て,2011年より米国Baylor College of Medicine助教.
研究テーマ:幹細胞の自己複製を制御する分子機構.
抱負:個体のなかの一細胞である造血幹細胞が,ほかの細胞あるいは組織とどのように相互作用することにより,造血器における恒常性を維持しているのかを解明したい.

© 2014 中田 大介 Licensed under CC 表示 2.1 日本

iPS細胞における環状染色体の自己修復

$
0
0

林 洋平・山中伸弥
(米国Gladstone Institute of Cardiovascular Disease)
email:林 洋平山中伸弥

Cell-autonomous correction of ring chromosomes in human induced pluripotent stem cells.
Marina Bershteyn, Yohei Hayashi, Guillaume Desachy, Edward C. Hsiao, Salma Sami, Kathryn M. Tsang, Lauren A. Weiss, Arnold R. Kriegstein, Shinya Yamanaka, Anthony Wynshaw-Boris
Nature, DOI: 10.1038/nature12923

要 約

 環状染色体は,一般的に同一の染色体の長腕および短腕の末端が欠失をともない融合することにより形成される.先天的な環状染色体の形成はさまざまな発育異常や精神遅滞に関与することが知られている.しかし,ほかの染色体異常と同様に,これらの疾患に対する根本的な治療法は存在しない.また,脊椎動物において環状染色体を再現性よく形成できるモデルがないため,その挙動や機構については未解明な点が多い.そこで,筆者らは,環状染色体をもつ患者からiPS細胞を作製した.解析の結果,予想外にも,樹立されたiPS細胞株のほとんどは環状染色体を失い,染色体の不分離により片親性ダイソミーへと変化していることが見い出された.これらの結果は,多能性幹細胞の維持における染色体分配の制御について新たな知見をもたらすものであり,iPS細胞を用いた新しい“染色体治療”の可能性を示唆した.

はじめに

 環状染色体は1926年にショウジョウバエにおいて1),ついで,1938年にトウモロコシにおいて発見された2),古典的な染色体異常の例として知られており,一般的に同一の染色体の長腕および短腕の末端が欠失をともない融合することにより形成される.ヒトでは1962年から環状染色体の臨床例があいついで報告され,これまでに先天的な疾患やがんへの関与が知られている.これらの病態について個々の患者の症状は千差万別であり,一般的な“環状染色体症候群”としては定義されていない3).その理由として,環状染色体はおのおのの染色体において生じうること,個々の環状染色体の形成にともなう欠失の大きさあるいは部位は異なること,一般的に環状染色体は細胞分裂の際に不安定だがその不安定さは個々の細胞株により異なること,さらに,非常にまれであり出現頻度の推定がむずかしいこと,などがあげられる.現在でも,ほかの染色体異常によりひき起こされる疾患と同様に,環状染色体そのものにアプローチする根本的な治療法はなく,患者ごとに対症療法が実施されている.
 環状染色体の動態あるいは形成機構を解明するためのモデル系としては,さきのトウモロコシやショウジョウバエのようなモデル生物を利用したものがあげられる.また,放射線や紫外線の照射により環状染色体の形成が誘発されることが知られている.しかし,脊椎動物において安定した環状染色体をもつ細胞モデルは知られておらず,環状染色体がもたらす病態の解明につながるような分子生物学的な知見には不明な点が多かった.そこで,筆者らは,ヒトの細胞における環状染色体の動態とそれがもたらす病態のモデルを開発するため,環状染色体をともなう疾患の患者に由来する繊維芽細胞からiPS細胞(induced pluripotent stem cell,人工多能性幹細胞)を作製した4).その結果,予想外にも,環状染色体を安定に保持したiPS細胞株は作製が困難であった代わり,ほとんどは環状染色体を失い,もう一方の正常な染色体が染色体の不分離により片親性ダイソミーへと変化したiPS細胞株が得られた.

1.第17染色体の環状染色体をもつ繊維芽細胞からの片親性ダイソミーのiPS細胞の作製

 Miller-Dieker症候群は第17染色体の短腕の末端の欠失に起因する,重篤な滑脳症がおもな症状の優性遺伝病である5).第17染色体の環状染色体をもつMiller-Dieker症候群の患者1人の繊維芽細胞,および,環状染色体は形成せず欠失のみをもつMiller-Dieker症候群の患者2人の繊維芽細胞からそれぞれiPS細胞を作製し,その特徴を比較した.iPS細胞を作製する方法としては,筆者らの研究室で開発した,エピソーマルプラスミドをエレクトロポレーションにより導入する方法を用いた6,7).環状染色体をもつ患者に由来するiPS細胞様の6個のコロニーをピックアップし,5回の継代の段階でその核型を解析した.その結果,6株のうち4株のほとんど(90%以上)の細胞において環状染色体は欠失し正常な核型を示した.また,DNAフィンガープリンティングの結果から,これらのiPS細胞株は環状染色体をもつ患者に由来することが確認された.これらのiPS細胞株は未分化様の形態を維持し順調に増殖した.さらに,これらのiPS細胞株が多能性をもつことを胚葉体とテラトーマそれぞれの形成による三胚葉分化誘導実験により確認した.また,iPS細胞の作製に用いたプラスミドDNAのゲノムへの挿入はみられなかった.残りの2株は半分以上の細胞において環状染色体を維持していたが,突発的に分化したり細胞死を起こしたりする細胞が多く,正常なiPS細胞株として維持できなかった.また,環状染色体は形成せず欠失のみをもつ患者に由来するiPS細胞株も正常に樹立することができた.核型の解析により,これらのiPS細胞株には第17染色体の短腕の末端の欠失が確認された.以上の結果から,第17環状染色体をもつ患者に由来するiPS細胞株において正常な核型がみられたのは,第17染色体の短腕の末端の欠失が理由ではなく,環状染色体の形成に起因すると推測された.
 環状染色体をもつ患者に由来するiPS細胞株が正常な核型を示した理由についてさらに検討するため,SNPアレイを用いて解析した.その結果,環状染色体をもつ患者ならびに環状染色体は形成せず欠失のみをもつ患者の繊維芽細胞,および,環状染色体は形成せず欠失のみをもつ患者に由来するiPS細胞株において,第17染色体の短腕の末端の欠失が確認された.一方,環状染色体をもつ患者に由来し正常な核型を示したiPS細胞株では,この欠失は消失し,どの染色体も2コピーが保持されていた.また,おのおののSNPがヘテロ接合かホモ接合かどうかを解析したところ,環状染色体をもつ患者に由来するiPS細胞株は第17染色体のほぼすべてのSNPがホモ接合であることが示された(ほかの染色体では,繊維芽細胞と同じように,ヘテロ接合とホモ接合が混在していた).以上の結果は,環状染色体をもつ患者に由来する正常な核型を示すiPS細胞株は,環状染色体ではないもう片方の完全な第17染色体が染色体の不分離により重複した片親性ダイソミーであることを示した.
 この片親性ダイソミーの染色体が両方とも機能しているかどうか検討した.Miller-Dieker症候群において欠失している染色体の領域にはLIS1遺伝子および14-3-3e遺伝子があり,その病態において重要であることが知られている.これらの遺伝子のDNA量およびタンパク質の発現量をそれぞれの細胞について比較した.環状染色体をもつ患者の繊維芽細胞は,ほかの患者に由来する繊維芽細胞と同様に,これら遺伝子のDNA量およびタンパク質の発現量は野生型の繊維芽細胞と比較してほぼ半減していた.一方,環状染色体をもつ患者に由来する正常な核型を示したiPS細胞株では,これらの量が野生型のiPS細胞と同じ程度にまで回復していた.環状染色体は形成せず欠失のみをもつ患者に由来するiPS細胞でも,これらの量はほぼ半減していた.以上の結果は,環状染色体をもつ患者に由来するiPS細胞株において,片親性ダイソミーとなった2つの染色体それぞれから正常にタンパク質が発現されていることを示した.

2.第13染色体の環状染色体をもつ繊維芽細胞からの片親性ダイソミーのiPS細胞の作製

 第17染色体について見い出された結果がほかの染色体での環状染色体の形成においてもみられるかどうか検討するため,第13染色体の環状染色体をもつ2例の繊維芽細胞について解析した.これらの第13染色体の環状染色体はそれぞれ別の領域の欠失をともない,さまざまな組織の形成不全をともなう成長遅延ひき起こしていた.
 これらの繊維芽細胞は80%以上の頻度で環状染色体を保持しており,この段階で正常な核型を示す細胞はみられなかった.これらの繊維芽細胞からiPS細胞を作製しその核型を同定した.その結果,継代数が8以上でほとんどすべての細胞が正常な核型を示す株がみられた.その一方,ある株では継代数が12になっても半分以上の細胞が環状染色体を保持していた.興味深いことに,別のある株では継代数が6の時点では90%以上の細胞が環状染色体を保持していたが,継代数が12の時点ではそのほとんどが正常な核型に置き換わっていた.DNAフィンガープリンティングの結果から,これらすべての試料は第13染色体の環状染色体を含む細胞に由来することが確認された.
 これらの細胞株をSNPアレイを用いて解析したところ,繊維芽細胞では環状染色体の形成にともなう第13染色体の欠失が確認された.一方,これらの繊維芽細胞に由来するiPS細胞株,とくに正常な核型を示す細胞が大半のものでは,これらの欠失は消失していた.さらに,第13染色体のおのおののSNPがヘテロ接合かホモ接合かどうかを解析したところ,これらのiPS細胞では繊維芽細胞においてみられたヘテロ接合がホモ接合に置き換わっていた.以上の結果から,これらのiPS細胞株は片親性ダイソミーの第13染色体を保持していることが示された.また,これらのiPS細胞株は胚葉体とテラトーマそれぞれの形成による三胚葉分化誘導実験により多能性をもつことが確認された.さらにiPS細胞の作製に用いたプラスミドDNAのゲノムへの挿入はみられなかった.
 以上の結果から,第17染色体の環状染色体のみならず,第13染色体の環状染色体をともなう細胞から樹立された大半のiPS細胞株においても,環状染色体の消失と片親性ダイソミーへの変化が観察された.今後の展望として,この結果がさらにほかの染色体における環状染色体においてもみられるかどうか,検証を重ねることは興味深い.

3.片親性ダイソミーのiPS細胞株の出現に関する考察

 今回の研究により,第17染色体あるいは第13染色体の環状染色体をもつ繊維芽細胞から高頻度で片親性ダイソミーのiPS細胞が得られることを見い出した(図1).このような結果が得られた理由を,以上で得られた実験結果から考察した.

figure1

 まず,どのような染色体の構成をへて片親性ダイソミーの細胞が得られたのかを考えた.その過程において,環状染色体の脱落が起こる,もう一方の完全な染色体が染色体の不分離により重複する,という2つのステップがそれぞれ独立して起こったことが想定された.そこで,それらのステップが起こった順序および時期を推定した.今回の核型の解析では,繊維芽細胞あるいはiPS細胞の一部に環状染色体およびその相同染色体がすべて脱落した細胞が出現したのに対して,環状染色体およびその2つの相同染色体をもつ細胞はほとんどみられなかった.また,DNA蛍光in situハイブリダイゼーション法においても,このような細胞はほぼみられなかった.以上の結果から,片親性ダイソミーにいたる中間状態として,繊維芽細胞,または,iPS細胞へのリプログラミングの途中で,環状染色体が脱落したモノソミーの細胞が出現したと考えられた.
 つぎに,どのようにして大半の細胞が片親性ダイソミーの細胞になったのかを考えた.モノソミーから片親性ダイソミーにいたる様式として,染色体の不分離がまれな頻度で起こったことが想定された.具体的な頻度は明らかではないが,結果的に片親性ダイソミーの細胞が大半をしめていたことから,培養条件においてなんらかの淘汰圧が存在していたと考えられた.今回の核型の解析およびDNA蛍光in situハイブリダイゼーション法の結果から,第17染色体の片親性ダイソミーの細胞が大半をしめるiPS細胞株において,分裂中期の細胞を対象とした核型の解析ではほぼすべての細胞が片親性ダイソミーを示していたのに対し,すべての細胞を対象としたDNA蛍光in situハイブリダイゼーション法では一部の細胞において環状染色体をもつ細胞やモノソミーの細胞の残存が示唆された.この結果から,片親性ダイソミーの細胞は環状染色体をもつ細胞やモノソミーの細胞よりも分裂がさかんであり(生存および増殖に有利であり),培養条件において優勢となったと考えられた.
 今後の研究では,これらの過程の機構を分子的に解明することが望まれる.

おわりに

 今回の研究では,環状染色体をともなう疾患の患者に由来するiPS細胞では,高頻度に環状染色体が消失し片親性ダイソミーへと変化するという結果を得た.この結果は,多能性幹細胞やヒトの発生初期における染色体分配の制御機構について新しい知見をもたらすと考えられる.これまで,ヒト多能性幹細胞8) やヒトの初期胚の細胞9) における染色体数の維持に対する不安定性が報告されている.今回の結果は,この不安定性を逆手にとるかたちで,正常な核型を示すiPS細胞が高頻度に得られたと考えられた.
 この結果の臨床面への応用として,染色体異常をもつ患者からiPS細胞を作製し,その過程で染色体異常を片親性ダイソミーとして修正して,さらに再生移植医療を実施することが考えられる.もっとも,片親性ダイソミーには両親から受け継いだ正常な1対の染色体と比較して,大きく2つのリスクをかかえている10).まずひとつは,インプリンティング遺伝子の異常である.体細胞におけるインプリンティング遺伝子の発現の制御は父親に由来する染色体と母親に由来する染色体とでそれぞれ異なっているが,片親性ダイソミーでは両方の染色体においてその制御が同一となってしまうため,組織の分化や維持に異常をきたす場合がある.もうひとつは,ヘテロ接合では表現型に現われないような劣性変異が片親性ダイソミーでは顕在化する可能性である.今後の研究により,これらのリスクをiPS細胞からの分化誘導系や組織移植系において評価することが重要であると考えられる.以上の課題をクリアできた場合(さらに,もちろんiPS細胞からの再生移植医療がうまくいくことが最重要だが),今回の研究は環状染色体というまれな染色体異常を出発点としたが,ほかの一般的な染色体異常についても,異常をもつ染色体を,たとえば環状染色体の形成をへるなどして脱落させ,そこから片親性ダイソミーのiPS細胞株を作製することにより,“染色体治療”を含めたiPS細胞からの再生移植医療が展開できるのではないかと期待される.このような方法は,実現のためには技術的な課題も多いが,現在のゲノム編集技術では対応できない大規模な染色体異常に対し有効な治療法になりうるのではないかと考えられる.

文 献

  1. Morgan, L. V.: Correlation between shape and behavior of a chromosome. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 12, 180-181 (1926)[PubMed]
  2. McClintock, B.: The production of homozygous deficient tissues with mutant characteristics by means of the aberrant mitotic behavior of ring-shaped chromosomes. Genetics, 23, 315-376 (1938)[PubMed]
  3. Kosztolanyi, G.: Does “ring syndrome” exist? An analysis of 207 case reports on patients with a ring autosome. Hum. Genet., 75, 174-179 (1987)[PubMed]
  4. Takahashi, K., Tanabe, K., Ohnuki, M. et al.: Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors. Cell, 131, 861-872 (2007)[PubMed]
  5. Wynshaw-Boris, A., Pramparo, T., Youn, Y. H. et al.: Lissencephaly: mechanistic insights from animal models and potential therapeutic strategies. Semin. Cell Dev. Biol., 21, 823-830 (2010)[PubMed]
  6. Okita, K., Matsumura, Y., Sato, Y. et al.: A more efficient method to generate integration-free human iPS cells. Nat. Methods, 8, 409-412 (2011)[PubMed]
  7. Matsumoto, Y., Hayashi, Y., Schlieve, C. R. et al.: Induced pluripotent stem cells from patients with human fibrodysplasia ossificans progressiva show increased mineralization and cartilage formation. Orphanet J. Rare Dis., 8, 190-204 (2013)[PubMed]
  8. Spits, C., Mateizel, I., Geens, M. et al.: Recurrent chromosomal abnormalities in human embryonic stem cells. Nat. Biotechnol., 26, 1361-1363 (2008)[PubMed]
  9. Vanneste, E., Voet, T., Caignec, C. L. et al.: Chromosome instability is common in human cleavage-stage embryos. Nat. Med., 15, 577-583 (2009)[PubMed]
  10. Robinson, W. P.: Mechanisms leading to uniparental disomy and their clinical consequences. Bioessays, 22, 452-459 (2000)[PubMed]

著者プロフィール

林 洋平(Yohei Hayashi)
略歴:2009年 東京大学大学院総合文化研究科博士課程 修了,同年より米国Gladstone Institute of Cardiovascular Disease博士研究員.
研究テーマ:稀少な疾患に特異的なiPS細胞およびそれを用いた疾患モデルの作製.
抱負:稀少な疾患の同定からiPS細胞の病態モデル,そして,創薬あるいは治療法の開発へと,“一気通貫”の研究を完成させたい.

山中 伸弥(Shinya Yamanaka)
京都大学iPS細胞研究所 所長.米国Gladstone Institute of Cardiovascular DiseaseにてSenior Investigator併任.
研究室URL:http://labs.gladstone.ucsf.edu/yamanaka

© 2014 林 洋平・山中伸弥 Licensed under CC 表示 2.1 日本

好熱性光合成細菌に由来するコアアンテナタンパク質-反応中心複合体の結晶構造

$
0
0

竹田一旗・三木邦夫
(京都大学大学院理学研究科 化学専攻生物構造化学研究室)
email:竹田一旗三木邦夫

Structure of the LH1-RC complex from Thermochromatium tepidum at 3.0Å.
Satomi Niwa, Long-Jiang Yu, Kazuki Takeda, Yu Hirano, Tomoaki Kawakami, Zheng-Yu Wang-Otomo, Kunio Miki
Nature, 508, 228-232 (2014)

要 約

 紅色光合成細菌において光の捕集を担うコアアンテナタンパク質と反応中心は,超分子複合体を形成して太陽光を効率的に利用する.好熱性光合成細菌Thermochromatium tepidumに由来するコアアンテナタンパク質-反応中心複合体の結晶構造を解析し,サブユニットと補因子の詳細な配置および相互作用を決定した.その結果,それぞれ16本のα鎖とβ鎖から構成されるコアアンテナタンパク質のリングに,反応中心が完全にとりかこまれていることが判明した.コアアンテナタンパク質のペリスラズム側には16カ所のCa2+の結合部位が確認された.コアアンテナタンパク質のリングにおいては32個のバクテリオクロロフィルと16個のスピリロキサンチンが楕円状の分子集合体を形成していた.バクテリオクロロフィル32量体の分子配置からは吸収波長や励起エネルギー移動について考察することができた.また,化学エネルギーを伝達するユビキノンがコアアンテナタンパク質のリングを通り抜ける経路が確認された.

はじめに

 太陽光のエネルギーを利用して二酸化炭素と水からデンプンなどの糖類を合成する光合成反応の初期過程においては,光の捕集を担うアンテナタンパク質や反応中心などの光合成装置により光エネルギーが化学エネルギーへと変換される.このしくみは非酸素発生型光合成を行う細菌から酸素発生型光合成を行う高等植物にいたるまで共通である.光合成細菌のもつアンテナタンパク質や反応中心は高等植物より構造や構成が単純で,これまで,理論的な研究や分光学的な研究によく用いられてきた.はじめて結晶構造の解明された反応中心も光合成細菌に由来するものである1).しかしながら,反応中心をとりまくかたちで存在し光の捕集を担うコアアンテナタンパク質の結合した状態での構造は,これまで,分解能の低いものしか得られていなかったため2),効率的な集光や光エネルギー移動の機構を解明するために必要なコアアンテナタンパク質と反応中心との相互作用や色素などの補因子の配置については,その詳細が不明であった.

1.X線結晶構造解析

 米国Yellowstone国立公園の温泉から単離された紅色光合成細菌Thermochromatium tepidumの生育温度は約50℃であり,熱安定性の高い光合成装置をもつ.この細菌に由来する反応中心の結晶構造については,以前に筆者らが,2.2Å分解能で報告している3).今回,コアアンテナタンパク質-反応中心複合体についてもこの細菌から精製して良質の結晶を得ることに成功し,3.0Å分解能のX線回折データを測定することができた.まず,反応中心の構造をサーチモデルとした分子置換法から最初の位相を得て,重原子誘導体データの重原子位置を決定した.この重原子位置をもとにあらためて重原子同型置換法を行うことにより,モデルバイアスのない位相情報を得ることができた.なお,回折データ強度の分布には強い異方性が存在しており,等方的になるよう補正をした.また,6個のデータセットを使用して結晶のあいだの電子密度の平均化を行った.これらのデータ処理の結果,ポリペプチド部分の側鎖をはじめ,バクテリオクロロフィル,バクテリオフェオフィチン,スピリロキサンチンなどの補因子を,実験的に決定した電子密度にもとづいて確認することが可能になった(PDB ID:3WMM3WMN3WMO).

2.全体の構造

 T. tepidumに由来のするコアアンテナタンパク質-反応中心複合体は,反応中心の部分がシトクロム,H,L,Mの4種類のサブユニット,コアアンテナタンパク質の部分がそれぞれ16個のαサブユニットとβサブユニットから構成されていた.また,合計で80個の補因子が確認された.反応中心はそれぞれ16個のαサブユニットとβのサブユニットから構成されるコアアンテナタンパク質のリングに完全にとりかこまれていた(図1a).このリングは楕円状の二重構造をとっていた.反応中心の部分の構造は以前に報告されている反応中心の単独の構造と非常によく一致していたが,シトクロムサブユニットのループのひとつに大きな差がみられた.また,非ヘム鉄の近傍にはユビキノンの結合が確認された.コアアンテナタンパク質のリングは,内側にαサブユニットの膜貫通へリックス,外側にβサブユニットの膜貫通へリックスが位置し,どちらのサブユニットについてもN末端は細胞質側,C末端はペリプラズム側をむいていた.αサブユニットの膜貫通へリックスのN末端側およびC末端側には,細胞膜の外に突き出たかたちでヘリックスが存在していた(図1b).αサブユニットとβサブユニットはヘテロ二量体を形成し,おのおののαβヘテロ二量体には,2個のバクテリオクロロフィル,1個のスピリロキサンチン,1個のCa2+が結合していた.

figure1

3.ほかのアンテナタンパク質との比較

 αβヘテロ二量体の膜貫通領域の構造は,Rhodopseudomonas acidophilaに由来する周辺アンテナタンパク質4)Rhodospirillum molischianumに由来する周辺アンテナタンパク質5)Rhodop. acidophilaに由来する弱光型周辺アンテナタンパク質6) の構造と類似していた.とりわけ,Rhodosp. molischianumに由来する周辺アンテナタンパク質は,T. tepidumに由来するコアアンテナタンパク質と,細胞膜外領域も含め類似していた.以前に4.8Å分解能で報告されているRhodops. Palustrisに由来するコアアンテナタンパク質-反応中心複合体の構造2) においては,コアアンテナタンパク質は15組のαβヘテロ二量体から構成されており,タンパク質Wという1回膜貫通型のサブユニットによりリングに切れ目が生じている.T. tepidumに由来するコアアンテナタンパク質は,ほぼ同じかたちおよび大きさであるにもかかわらず,16組のαβヘテロ二量体から構成されており,完全に閉じたリングを形成していた.タンパク質Wに対応する位置には16個目のαβヘテロ二量体が存在していた.

4.Ca2+の結合

 互いに隣接する2つのαβヘテロ二量体のあいだの膜貫通領域における相互作用は,おもにバクテリオクロロフィルとスピリロキサンチンを介していた.コアアンテナタンパク質のリングにおける膜貫通へリックスのあいだの直接的な相互作用は,となりあうαサブユニットのPhe27とIle29とのあいだにのみ観察された.細胞膜外領域については,細胞質側に位置するN末端側にはサブユニットのあいだの相互作用はあまりみられない一方,ペリプラズム側にはいくつもの相互作用が確認できた.n番目のαサブユニットとn + 1番目のβサブユニットは金属イオンを介して相互作用していた.この金属イオンについては,Ca2+のK吸収端の近傍のX線を使用して回折データを測定し異常散乱差フーリエ図を計算することにより,実際にCa2+であることが確認された.コアアンテナタンパク質のペリプラズム側には16カ所のCa2+結合部位を同定することができた.それぞれのCa2+には,αサブユニットのAsp49およびAsn50の側鎖,αサブユニットTrp46の主鎖のカルボニル基,隣接したαβヘテロ二量体のβサブユニットLeu46のC末端のカルボキシル基に含まれる酸素原子が配位していた.もっともよくみられるCa2+の配位形式は7配位であるのに対し,T. tepidumに由来するコアアンテナタンパク質では合計で5個の配位原子しか同定できなかったが,残り2つの配位子としては水分子が考えられた.αサブユニットのAsp49およびAsn50はほかの紅色光合成細菌では保存されておらず,Ca2+結合部位はT. tepidumに特有であった.このCa2+を介した相互作用は,T. tepidumに由来するコアアンテナタンパク質-反応中心複合体の高い耐熱性にかかわるものと考えられた.
 T. tepidumに由来するコアアンテナタンパク質に結合しているバクテリオクロロフィルは915 nmに吸収波長があり,880 nmに吸収波長をもつほかの種のコアアンテナタンパク質よりも35 nmも長波長側にあった.EDTAを使用してCa2+を除去すると吸収波長は880 nmに変化し,ふたたびCa2+を添加すると吸収波長は915 nmにもどる7).αサブユニットのTrp46の側鎖は,コアアンテナタンパク質のαサブユニットに結合しているバクテリオクロロフィルのC3位のアセチル基と水素結合を形成していた.βサブユニットのLeu46のとなりの残基であるTrp45も,βサブユニットに結合しているバクテリオクロロフィルと同様の水素結合を形成していた.2つのバクテリオクロロフィルのあいだの距離はMg2+のあいだで測定して平均8.75Åであった.この値は,これまでに報告されている光合成細菌のアンテナタンパク質(コアアンテナタンパク質および周辺アンテナタンパク質)のなかでは最短であった.Ca2+によりバクテリオクロロフィルどうしの密な重なり合いが可能になり,吸収波長のシフトをもたらしていると考えられた.

5.バクテリオクロロフィル32量体の構造

 コアアンテナタンパク質のリングでは,32個のバクテリオクロロフィルは16個のスピリロキサンチンとともに楕円状の分子集合体を形成していた(図2a).コアアンテナタンパク質のバクテリオクロロフィルは,反応中心のスペシャルペアのバクテリオクロロフィルと膜貫通へリックスに対し同じ高さに位置していた.また,α1,β1,α9,β9と結合しているバクテリオクロロフィルは,スペシャルペアのバクテリオクロロフィルと平行に位置していた.これらの平行なバクテリオクロロフィルは,分子集合体の楕円状リングの短軸からは約30度はずれていた.平行なバクテリオクロロフィルとスペシャルペアのバクテリオクロロフィルのあいだの距離は39.4~43.5Åであった.励起エネルギー移動には,色素のあいだの距離だけではなく,遷移モーメントどうしの角度も重要であり,これらの平行なバクテリオクロロフィルがコアアンテナタンパク質から反応中心への励起エネルギーの移動に重要な役割をはたしている可能性が指摘された.

figure2

6.ユビキノンの移動経路

 光のエネルギーにより反応中心のスペシャルペアのバクテリオクロロフィルから飛び出した電子は,最終的に還元型ユビキノンとして化学エネルギーのかたちに変換され,コアアンテナタンパク質-反応中心複合体の外へと運び出される.T. tepidumに由来するコアアンテナタンパク質-反応中心複合体の構造からは,完全に閉じたコアアンテナタンパク質のリングにおけるユビキノンの移動の機構も考察することができた(図2b).コアアンテナタンパク質のリングの隣接したαβヘテロ二量体のおのおののあいだには,ユビキノンの通り抜ける経路となりうるすきまがひとつずつ存在することが観察された.この16個のすきまは膜貫通へリックスの細胞質側に位置していた.周辺アンテナタンパク質のこの部分に対応する位置にはバクテリオクロロフィルが結合している.このすきまの位置は,反応中心のユビキノン結合部位と膜貫通へリックスに対する高さが同じであった.ユビキノン結合部位ともっとも近いすきまは約30Åの距離に位置していた.このすきまの大きさはユビキノンのベンゾキノン基とほぼ同じであった.すきまのもっとも狭い部分はバクテリオクロロフィル,スピリロキサンチン,αサブユニットの疎水性の残基の側鎖により形成されていて,柔軟性が高く非常に疎水的であった.コアアンテナタンパク質の膜貫通へリックスどうしの間隔について調べると,もっとも広いところと狭いところとでは2Åの差のあることが判明した.このことは,膜貫通へリックスがゆらぎやすい性質をもち,コアアンテナタンパク質の全体が呼吸をするような運動をすることを示唆していた.コアアンテナタンパク質のリングにおいてはペリプラズム側に比べ細胞質側にはサブユニット間の相互作用があまりみられなかった.このため,ユビキノンの通り抜ける経路のある膜貫通へリックスの細胞質側がより柔軟になっていた.このようなコアアンテナタンパク質の動きがユビキノンの移動に重要であることは,以前に報告されている分光学による研究や分子動力学による研究の結果からも予想されていた8-10)

おわりに

 コアアンテナタンパク質-反応中心複合体において,アンテナで吸収された光エネルギーを高い効率で反応中心に伝達するしくみは理論的には未解明のままである.今後,今回の構造解析により得られた分子構造をもとにして,光合成のエネルギー伝達に関する理論的な解明が期待される.

文 献

  1. Deisenhofer, J., Epp, O., Miki, K. et al.: Structure of the protein subunits in the photosynthetic reaction centre of Rhodopseudomonas viridis at 3Å resolution. Nature, 318, 618-624 (1985)[PubMed]
  2. Roszak, A. W., Howard, T. D., Southall, J. et al.: Crystal structure of the RC-LH1 core complex from Rhodopseudomonas palustris. Science, 302, 1969-1972 (2003)[PubMed]
  3. Nogi, T., Fathir, I., Kobayashi, M. et al.: Crystal structures of photosynthetic reaction center and high-potential iron-sulfur protein from Thermochromatium tepidum: thermostability and electron transfer. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97, 13561-13566 (2000)[PubMed]
  4. McDermott, G., Prince, S. M., Freer, A. A. et al.: Crystal structure of an integral membrane light-harvesting complex from photosynthetic bacteria. Nature, 374, 517-521 (1995)
  5. Koepke, J., Hu, X., Muenke, C. et al.: The crystal structure of the light-harvesting complex II (B800-850) from Rhodospirillum molischianum. Structure, 4, 581-597 (1996)[PubMed]
  6. McLuskey, K., Prince, S. M., Cogdell, R. J. et al.: The crystallographic structure of the B800-820 LH3 light-harvesting complex from the purple bacteria Rhodopseudomonas acidophila strain 7050. Biochemistry, 40, 8783-8789 (2001)[PubMed]
  7. Kimura, Y., Hirano, Y., Yu, L. J. et al.: Calcium ions are involved in the unusual red shift of the light-harvesting 1 Qy transition of the core complex in thermophilic purple sulfur bacterium Thermochromatium tepidum. J. Biol. Chem., 283, 13867-13873 (2008)[PubMed]
  8. Comayras, R., Jungas, C. & Lavergne, J.: Functional consequences of the organization of the photosynthetic apparatus in Rhodobacter sphaeroides: II. A study of PufX- membranes. J. Biol. Chem., 280, 11214-11223 (2005)[PubMed]
  9. Mascle-Allemand, C., Lavergne, J., Bernadac, A. et al.: Organisation and function of the Phaeospirillum molischianum photosynthetic apparatus. Biochim. Biophys. Acta, 1777, 1552-1559 (2008)[PubMed]
  10. Aird, A., Wrachtrup, J., Schulten, K. et al.: Possible pathway for ubiquinone shuttling in Rhodospirillum rubrum revealed by molecular dynamics simulation. Biophys. J., 92, 23-33 (2007)[PubMed]

著者プロフィール

竹田 一旗(Kazuki Takeda)
略歴:2000年 名古屋大学大学院理学研究科博士後期課程 単位取得退学,2005年 名古屋大学大学院理学研究科にて博士号取得,同年 理化学研究所播磨研究所 連携研究員を経て,2006年より京都大学大学院理学研究科 講師.
研究テーマ:生物物理学,タンパク質結晶学.
関心事:明日の天気.

三木 邦夫(Kunio Miki)
京都大学大学院理学研究科 教授.
研究室URL:http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/kozo/miki_lab.html

© 2014 竹田一旗・三木邦夫 Licensed under CC 表示 2.1 日本


膜組み込み酵素YidCによるタンパク質の細胞膜への組み込みの分子機構

$
0
0

熊崎 薫1・千葉志信2・塚崎智也3・濡木 理1
1東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻構造生命科学研究室,2京都産業大学総合生命科学部 生命システム学科,3奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 膜分子複合機能学研究室)
email:熊崎 薫千葉志信塚崎智也濡木 理

Structural basis of Sec-independent membrane protein insertion by YidC.
Kaoru Kumazaki, Shinobu Chiba, Mizuki Takemoto, Arata Furukawa, Ken-ichi Nishiyama, Yasunori Sugano, Takaharu Mori, Naoshi Dohmae, Kunio Hirata, Yoshiko Nakada-Nakura, Andrés D. Maturana, Yoshiki Tanaka, Hiroyuki Mori, Yuji Sugita, Fumio Arisaka, Koreaki Ito, Ryuichiro Ishitani, Tomoya Tsukazaki, Osamu Nureki
Nature, 509, 516-520 (2014)

要 約

 細胞膜には生命活動に不可欠な多くの膜タンパク質が埋め込まれて機能している.膜組み込み酵素YidCは細菌から高等生物のオルガネラまで広く保存された膜タンパク質であり,新規に生合成されたタンパク質の細胞膜への組み込みに関与する.今回,筆者らは,YidCの結晶構造を2.4Å分解能で解明した.YidCは5回膜貫通型タンパク質で,親水性のアミノ酸残基を多く含む正電荷を帯びた“親水的な溝”を5本の膜貫通ヘリックスの内側にもっていた.この溝は,細胞の内側および細胞膜の側には開いていた一方,疎水性のコアにより細胞の外側には閉じていた.結晶構造にもとづく遺伝学的および生化学的な解析により,基質タンパク質がYidCの親水的な溝と相互作用することや,溝の中心に位置する保存されたArgがYidCの機能において重要であることが明らかになった.これらの知見から,YidCが正電荷を帯びた溝により疎水的な細胞膜の内部に親水的な環境を形成し,細胞膜の内部において基質タンパク質の細胞外領域と相互作用することにより基質タンパク質を細胞膜へと引き込み,タンパク質の細胞膜への組み込みを達成するという分子機構を提唱した.

はじめに

 リボソームにおいて新規に生合成された膜タンパク質は,細胞膜へとターゲティングされたのち,細胞膜に存在する膜組み込み装置により細胞膜に組み込まれる.真正細菌の細胞膜ではこの膜組み込み装置として,すべての生物に保存された膜透過・膜組み込みチャネルであるSecトランスロコン,および,膜組み込み酵素YidCが機能している.YidCは,Secトランスロコンと協働して膜タンパク質のフォールディングを促進する分子シャペロンとしてはたらくほか,単独でいくつかのタンパク質を細胞膜に組み込む(図1).その基質となるタンパク質には呼吸鎖複合体のサブユニットも含まれており,細菌の生育において必須である1,2)

figure1

 タンパク質の細胞膜への組み込みにおいては,基質タンパク質の細胞外領域が細胞膜を透過するとともに,膜貫通領域が細胞膜の内部へと移行する.親水的な細胞外領域が疎水的な細胞膜を透過するのには大きなエネルギー障壁が存在するが,Secトランスロコンは10本の膜貫通ヘリックスにより親水的なチャネルを形成し,細胞外領域をチャネルの内部を透過させることによりこのエネルギー障壁を克服していると考えられている3,4).一方で,YidCは保存された5本の膜貫通ヘリックスをもっており,過去に報告されたYidCと翻訳途中のリボソームとの複合体のクライオ電子顕微鏡による構造から,YidCは二量体としてSecトランスロコンと同様に基質タンパク質を透過させるためのチャネルを形成するというモデルが提唱されていた5).しかしながら,YidCの高分解能での立体構造は報告されておらず,その分子機構の詳細は不明であった.

1.YidCの結晶構造

 タンパク質のC末端にGFPタグを付加しその安定性および単分散性を見積もる手法である蛍光検出ゲルろ過クロマトグラフィー法6) を用いて36種類のYidCをスクリーニングし,真正細菌Bacillus haloduransに由来するYidCが構造解析に適していることを見い出した.精製したYidCを脂質キュービック相法により結晶化し,コンストラクトの異なる2つのYidC(YidC 27-266およびYidC27-267)の結晶構造を,それぞれ,2.4Å(PDB ID:3WO6)および3.2Å(PDB ID:3WO7)の分解能で決定した.結晶においてYidCは単量体として存在していた.このことは,ごく最近,YidCが単量体として機能するという報告7,8) がたてつづけになされたこととも一致し,YidCが単量体として機能することが強く示唆された.
 結晶構造からYidCが新規のフォールドをもつ5回膜貫通型タンパク質であることが明らかになった(図2a).YidCは,細胞外にあるN末端領域(E1領域),5本の膜貫通ヘリックス(膜貫通ヘリックス1~膜貫通ヘリックス5)からなるコア領域,膜貫通ヘリックスをつなぐ2つの細胞外領域(E2領域およびE3領域)と2つの細胞内領域(C1領域およびC2領域),細胞内にあるC末端領域(C3領域)から構成されていた.E1領域は1本のαヘリックス,C1領域は2本のαヘリックスからなり,これらのαヘリックスはコア領域から細胞膜に対し平行に突き出ていた.E1領域は両親媒性であり,αヘリックスの片方の面が細胞膜に埋もれている一方で,C1領域は親水的なアミノ酸残基に富んでおり,細胞質に露出していると考えられた.

figure2

2.C1領域のフレキシビリティ

 コンストラクトの異なるYidC27-266とYidC27-267の結晶構造を比較すると,コア領域はよく重なるのに対し,C1領域の2本のαヘリックスは35度ほど回転しており位置が大きくずれていた.また,YidC27-266の分子モデルを脂質二重膜に埋め込んで分子動力学シミュレーションを行ったところ,C1領域は大きくゆれ動いていた.これらのことから,C1領域は非常にフレキシブルであることが示唆された.そこで,C1領域がYidCの機能に重要であるかどうかを調べるため,枯草菌(Bacillus subtilis)におけるYidCのオーソログであるSpoIIIJの遺伝学的な解析を行った.SpoIIIJの基質タンパク質であるMifMの細胞膜への組み込みが低下するとβガラクトシダーゼの発現が誘導される枯草菌9) を用いてSpoIIIJ変異体におけるMifMの細胞膜への組み込みの活性を調べたほか,枯草菌のもつ2つのYidCオーソログ(SpoIIIJおよびYidC2)を欠損させることによる致死性の表現型をSpoIIIJ変異体により相補させることでSpoIIIJ変異体の活性を調べた.これらの解析の結果,C1領域を欠損させたSpoIIIJ変異体は活性が大きく低下したことから,C1領域がYidCの機能において重要な役割をもつことが明らかになった.

3.正電荷を帯びた親水的な溝

 YidCの膜貫通ヘリックスの細胞外側は疎水的なアミノ酸残基を多く含んでおり,非常に密に相互作用して疎水性コアを形成していた.一方,細胞内側は膜貫通ヘリックスどうしの相互作用が弱く,膜貫通ヘリックスの内部に溝が形成されていた(図2b).この溝は親水的なアミノ酸残基を多く含んでおり(図2c),とくに,Arg72は溝の中心に位置しそのカウンターイオンとなるアミノ酸残基が近傍に存在しないため,溝の内部の分子表面は正電荷を帯びていた(図2b).この親水的な溝は,細胞の内側および細胞膜の側には開いていた一方,疎水性のコアにより細胞の外側には閉じていた.結晶構造において溝の内部に水分子は観察されなかったが,極性をもつアミノ酸残基が多く存在していたことから,溝の内部には多くの水分子が含まれていると考えられた.分子動力学シミュレーションにおいても,YidCの溝の内部にはつねに20分子ほどの水分子が存在しており,これらのことから,YidCが細胞膜の内部に親水的な環境をつくりだしていることが強く示唆された.そこで,この親水的な溝がYidCの機能に重要であるかどうかを調べるため,さきに述べた枯草菌を用いた遺伝学的な手法によりYidCのオーソログであるSpoIIIJの変異体の解析を行った.その結果,溝の内部に存在する広く保存された親水的な残基のうち,Arg73(B. haloduransにおいてArg72に相当する)をAlaに置換したSpoIIIJ変異体の活性のみが大きく低下した.さらに,このArg73をさまざまなアミノ酸残基に置換したところ,それらの変異体の多くは活性が大きく低下したが,Lysに置換した変異体では活性の低下は小さかった.このことから,親水的な溝に存在する塩基性アミノ酸残基がYidCの機能において重要であることが明らかになった.

4.YidCと基質タンパク質との相互作用

 YidCの基質タンパク質であるMifMは1回膜貫通型タンパク質であり,N末端側の細胞外領域に2つ,膜貫通領域に1つの酸性アミノ酸残基をもつ.YidCの活性には親水的な溝に存在する塩基性アミノ酸残基が重要であること,YidCのある基質タンパク質の細胞膜への組み込みにおいて細胞外領域の酸性アミノ酸残基が重要であるという報告のあったことから,基質タンパク質の細胞外領域にある酸性アミノ酸残基がYidCの親水的な溝にあるArgと相互作用する可能性が考えられた.そこで,さきに述べた枯草菌を用いた遺伝学的な手法によりMifMの変異体の解析を行った.その結果,MifMの細胞外領域あるいは膜貫通ヘリックスの細胞外側の面に存在する酸性アミノ酸残基を中性アミノ酸残基に置換すると,MifMの細胞膜への組み込みの効率が低下することがわかった.この効率の低下は,酸性アミノ酸残基の数を減らせば減らすほどより顕著になり,3つある酸性アミノ酸残基をすべて中性アミノ酸残基に置換したMifM変異体は,その細胞膜への組み込みの効率がいちじるしく低下した.さらに,YidCの親水的な溝の内部に光架橋剤を導入してMifMとともに大腸菌に発現させることで部位特異的な光架橋実験を行った.その結果,YidCとMifMとの架橋産物が検出され,YidCが親水的な溝を介してMifMと相互作用することが示された.

5.YidCによるタンパク質の細胞膜への組み込みのモデル

 YidCの結晶構造と遺伝学的および生化学的な解析の結果から,以下のようなYidCによる1回膜貫通型タンパク質の細胞膜への組み込みのモデルを提唱した(図3).リボソームにおいて生合成され細胞膜へとターゲティングされた基質タンパク質は,まずYidCのフレキシブルなC1領域と結合する.つづいて,基質タンパク質の親水的な細胞外領域がYidCの親水的な溝と結合することにより,基質タンパク質は細胞膜の内部へと引き込まれる.そののち,基質タンパク質の膜貫通領域がYidCから解離して細胞膜に放出されるとともに,細胞外領域が細胞膜を透過する.過去の知見も総合すると,基質タンパク質の放出のステップは,基質タンパク質の膜貫通領域と脂質分子のアシル鎖とのあいだに生じる疎水性相互作用や,基質タンパク質の細胞外領域に存在する酸性アミノ酸残基が膜電位からうける電気泳動的な引力により促進されるものと考えられた.これまで,YidCは二量体を形成することによりSecトランスロコンと同様にチャネル様の構造を形成すると提唱されていた5).しかしながら,今回の構造解析および機能解析の結果から,YidCはSecトランスロコンとは異なる独自の分子機構によりタンパク質を細胞膜に組み込むことが示唆された.すなわち,YidCは疎水的な細胞膜の内部に親水的な環境をつくりだすことにより,基質タンパク質の親水性の細胞外領域が細胞膜を透過する際のエネルギー障壁を下げ,それにより細胞膜への組み込みを達成するものと考えられた.

figure3

おわりに

 筆者らは,今回の研究により,YidCの結晶構造を明らかにし,その立体構造にもとづいた遺伝学的および生化学的な解析により,YidCによるタンパク質の細胞膜への組み込みの分子機構の一端を明らかにした.YidCのX線結晶構造解析に成功し,はじめてその構造を目にしたときには,細胞膜と平行に突き出たαヘリックスなど,そのユニークさに非常に驚かされた.さらに予想外であったことに,結晶構造には過去の研究から提唱されていた“チャネル”は存在していなかった.このことから,同じくタンパク質を細胞膜へ組み込むSecトランスロコンとはまったく異なる分子機構によりYidCははたらいていることが強く示唆された.そして,のちの機能解析により親水的な溝の重要性が明らかになり,さきに述べたような,タンパク質の細胞膜への組み込みのモデルを提唱するにいたった.今回のモデルはタンパク質の細胞膜への組み込みの分子機構としては新しいものであったため,この分野の研究者に受け入れられるかどうか少し不安があったが,そのようななかで参加した海外のある学会では“make senseだ”という声を多く聞くことができ,ほっとした.ただ,たったひとつの結晶構造だけでは,タンパク質の細胞膜への組み込みというダイナミックな反応機構を完全に理解することはできない.さらに,YidCの分子シャペロンとしての機能など,その分子機構には不明な点が多く残されている.この結晶構造をもとに,今後,さらに研究を発展させていきたい.

文 献

  1. Samuelson, J. C., Chen, M., Jiang, F. et al.: YidC mediates membrane protein insertion in bacteria. Nature, 406, 637-641 (2000)[PubMed]
  2. Dalbey, R. E., Kuhn, A., Zhu, L. et al.: The membrane insertase YidC. Biochim. Biophys. Acta, 1843, 1489-1496 (2014)[PubMed]
  3. Van den Berg, B., Clemons, W. M. Jr, Collinson, I. et al.: X-ray structure of a protein-conducting channel. Nature, 427, 36-44 (2004)[PubMed]
  4. Tsukazaki, T., Mori, H., Fukai, S. et al.: Conformational transition of Sec machinery inferred from bacterial SecYE structures. Nature, 455, 988-991 (2008)[PubMed]
  5. Kohler, R., Boehringer, D., Greber, B. et al.: YidC and Oxa1 form dimeric insertion pores on the translating ribosome. Mol. Cell, 34, 344-353 (2009)[PubMed]
  6. Kawate, T. & Gouaux, E.: Fluorescence-detection size-exclusion chromatography for precrystallization screening of integral membrane proteins. Structure, 14, 673-681 (2006)[PubMed]
  7. Seitl, I., Wickles, S., Beckmann, R. et al.: The C-terminal regions of YidC from Rhodopirellula baltica and Oceanicaulis alexandrii bind to ribosomes and partially substitute for SRP receptor function in Escherichia coli. Mol. Microbiol., 91, 408-421 (2014)[PubMed]
  8. Kedrov, A., Sustarsic, M., de Keyzer, J. et al.: Elucidating the native architecture of the YidC: ribosome complex. J. Mol. Biol., 425, 4112-4124 (2013)[PubMed]
  9. Chiba, S., Lamsa, A. & Pogliano, K.: A ribosome-nascent chain sensor of membrane protein biogenesis in Bacillus subtilis. EMBO J., 28, 3461-3475 (2009)[PubMed]

著者プロフィール

熊崎 薫(Kaoru Kumazaki)
略歴:東京大学大学院理学系研究科博士課程 在学中.
研究テーマ:タンパク質の細胞膜への組み込みの機構の構造基盤.
関心事:タンパク質の生合成および輸送.

千葉 志信(Shinobu Chiba)
京都産業大学総合生命科学部 准教授.

塚崎 智也(Tomoya Tsukazaki)
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 准教授.科学技術振興機構 さきがけ研究者 兼任.
研究室URL:http://bsw3.naist.jp/tsukazaki/

濡木 理(Osamu Nureki)
東京大学大学院理学系研究科 教授.
研究室URL:http://www.nurekilab.net/

© 2014 熊崎 薫・千葉志信・塚崎智也・濡木 理 Licensed under CC 表示 2.1 日本

やさしく押された圧感覚を担うMerkel細胞による機械刺激の受容および神経への伝達

$
0
0

仲谷正史・馬場欣哉・Srdjan Maksimovic・Ellen A. Lumpkin
(米国Columbia大学Department of Dermatology)
email:仲谷正史馬場欣哉

Epidermal Merkel cells are mechanosensory cells that tune mammalian touch receptors.
Srdjan Maksimovic, Masashi Nakatani, Yoshichika Baba, Aislyn M. Nelson, Kara L. Marshall, Scott A. Wellnitz, Pervez Firozi, Seung-Hyun Woo, Sanjeev Ranade, Ardem Patapoutian, Ellen A. Lumpkin
Nature, 509, 617-621 (2014)

要 約

 近年,触覚の細胞生理学的あるいは分子生物学的な研究がさかんに行われているが,その一方で,いまだに触覚における基本的な問題は十分に明らかになってはいない.そのひとつとして,長いあいだ機械受容器と考えられてきているMerkel細胞が,本当に機械受容器として外界からの刺激を受容しこれを末梢神経に伝達しているのかという問題については,これを解決する直接的な証拠は得られていなかった.今回は,遺伝子組換え技術と生理学的な手法を用いたMerkel細胞の研究をとおして,この問題を解決した.また,Merkel細胞-神経複合体がそれぞれ機械受容器としての役割をはたし,それらをあわせたシステムが生体触覚センサーとして機能しているとのモデルを提案した.

はじめに

 触覚は五感のなかでもっとも基礎的な感覚であるにもかかわらず,もっとも解明が遅れている.歴史的にみると,機械受容の研究は微生物のもつ機械受容チャネルの解明から進展してきたが1),近年になり,無脊椎動物の体表の機械感覚や哺乳類の皮膚感覚の分子生物学的な研究が急速に進展している2,3).皮膚に入り込む末梢神経それ自体が触覚受容器として機能していることが明らかになり4),また,発現する神経伝達物質受容体の種類により末梢神経がいくつかの種類に分けられることがわかってきている5)
 一方,皮膚には神経だけでなく,機械受容器とよばれる,神経の終末において特異な形態をもちほかの表皮細胞や真皮細胞と区別される構造体が報告されている.そのひとつであるMerkel細胞は,1875年に発見され,触覚受容器としての機能が予測されていた.Merkel細胞は神経の終末と隣接していることが知られており,Merkel細胞-神経複合体とよばれている.触盤とよばれるMerkel細胞-神経複合体の密集する有毛部の皮膚を機械刺激すると,接続する求心性神経から遅順応の応答が得られる.Merkel細胞は神経と隣接する部位に神経伝達物質を含む小胞を保持していることが電子顕微鏡による観察で明らかにされたことより,神経の終末とのあいだでなんらかのシグナル伝達が行われていると予測されている6)
 これまで,Merkel細胞それ自体が機械受容の特性をもつことが間接的に示されてきた.つまり,Merkel細胞は,浸透圧の変化7),陰圧8),せん断力9) により応答することが,Ca2+イメージング法により示されてきた.しかしながら,Ca2+イメージング法は定性的に生理応答を調べられる一方で,保持電位などを操作できないことから,機械受容チャネルの生物物理的な特性を詳細に調べることはむずかしい.また,本当の意味でMerkel細胞が機械受容器であることを示すためには,Merkel細胞が機械刺激に対し応答するだけでなく,それを神経に伝達できることを示す必要があった.

1.Merkel細胞は機械刺激に対し応答する

 有毛部の皮膚においてMerkel細胞の量は少なく,表皮を構成する細胞の0.5%しかない.Merkel細胞において特異的に発現する転写因子Atoh1の遺伝子のエンハンサー領域にGFPの遺伝子を導入したトランスジェニックマウス10) を用いて,生体においてMerkel細胞を標識し,この標識を目印としてフローサイトメトリーによりMerkel細胞のみを単離し,数日間にわたり培養した.そして,先行研究と同様の方法11) により,ホールセルパッチクランプ法を用いて機械刺激に対する応答を調べた.その結果,培養したMerkel細胞は単体で機械刺激に対し応答し,保持電位が-70 mVのとき,数μmの機械刺激により内向き電流応答は飽和することが明らかになった.Merkel細胞を機械刺激することにより膜電位は脱分極するという知見12) から,皮膚の大多数をしめる表皮細胞がなくとも,Merkel細胞は単体で機械刺激に対し興奮性の応答を示すと考えられた.ラットの洞毛のin situ標本を用いた実験においても,同様の結果が報告されている13)
 Merkel細胞において機械受容を担うチャネルは何であろうか.このチャネルの生物物理学的な特性を知るため,機械刺激にともなう応答をさまざまな固定電位において測定し平衡電位を求めた.その結果,8 mV前後で機械刺激による電流の向きは逆転したことから,非選択性の陽イオンチャネルであることが示唆された.また,細胞の外液にルテニウムレッドやGd3+ 13) が存在すると機械刺激の受容による電流は抑制されることが観察された.以上の結果は,機械刺激受容チャネルのひとつであるPiezoチャネルの性質と類似していた11).実際に,Merkel細胞を定量的PCR法により解析した結果,確かにPiezo1およびPiezo2が発現していること,皮膚の全体と比較してPiezo2がより多く発現していることがわかった.さらに,皮膚のみでPiezo2チャネルをノックアウトしたマウスのMerkel細胞では機械刺激の受容による電流が測定されないことから12),Merkel細胞にはPiezo2チャネルが発現し,その機械受容の特性を担っていることが明らかになった.

2.Merkel細胞は遅順応の求心性神経に触覚の情報を伝達する

 Merkel細胞が機械刺激に対し応答することが明らかになったが,機械受容器として機能していることを証明するためには,Merkel細胞が刺激されたのち,接続する遅順応の求心性神経にその情報が伝達されていることを示す必要がある.しかし,この確認実験は容易ではなかった.なぜなら,末梢神経それ自体もまた,機械受容器として機能しているからである.たとえば,後根神経節に由来する神経細胞を機械刺激すると脱分極性の反応を起こすことが報告されている4).そのため,Merkel細胞のみを興奮させ,それが神経細胞に興奮を伝達することを示す必要があった.
 この目標を達成するため,光遺伝学の手法を採用した.具体的には,Merkel細胞にチャネルロドプシン2を発現させたトランスジェニックマウスを作製し,刺激光によりMerkel細胞を興奮させることにした.このトランスジェニックマウスの表皮からMerkel細胞を単離して培養し,ホールセルパッチクランプを施したうえで光刺激すると,光刺激に応答した内向き電流が観測された.これは,機械刺激をしたときの応答と類似しており,光刺激により確かにチャネルロドプシン2を発現するMerkel細胞が興奮したことが示された.そこで,このトランスジェニックマウスから皮膚-神経標本を作製した.皮膚-神経標本は生体のマウスから下肢の皮膚と伏在神経との接続を断つことなく取り出すことにより,ex vivoにおいて皮膚を刺激した際の求心性の神経応答の測定が可能となる実験系である.この系を用いてMerkel細胞に対し光刺激したところ,遅順応の求心性神経から活動電位が観測された.この結果から,Merkel細胞は機械受容の特性をもつだけでなく,神経の終末にシグナルを伝達しうることが示された.
 以上の知見は,Merkel細胞の存在することが遅順応の神経応答をひき起こすための十分条件であることを示した.一方で,この実験ではMerkel細胞が標準的な遅順応の求心性の神経応答に寄与しているのかどうかについては確認できない.そこで,光刺激によりプロトンポンプとして機能するアーキロドプシンをMerkel細胞に発現させたトランスジェニックマウスを作製した.皮膚-神経標本において機械刺激に対し応答を示しているときにMerkel細胞を光刺激したところ,遅順応の神経応答は抑制されることがわかった.このことは,Merkel細胞が遅順応の神経応答を能動的に変調していることを示した.すなわち,Merkel細胞の存在は神経応答における遅順応性を担保するための必要条件であった.

3.Merkel細胞の有無による遅順応の求心性の神経応答の違い

 Merkel細胞は求心性神経へ触覚の情報を伝達する際に,具体的にはどのような役割を担っているのであろうか.このことを詳細に知るため,Merkel細胞において特異的に発現する転写因子Atoh1を表皮のみで欠損させたトランスジェニックマウスを作製した.触覚刺激に対する応答の違いを皮膚-神経標本を用いてAβ感覚神経から細胞外記録して比較したところ,対照となるマウスでは,動的な機械刺激により神経発火が高い頻度でみられた一方,静的な圧刺激に対しては順応の遅い(刺激をあたえているあいだ反応しつづける)神経発火が得られた.一方,表皮に特異的なAtoh1ノックアウトマウスでは,動的な機械刺激に対する神経発火の頻度は減少し,静的な機械刺激の開始から4秒以内に順応する中順応性の反応が観察された.閾値より十分に大きな強度の機械刺激をあたえた場合,表皮に特異的なAtoh1ノックアウトマウスでは81%に中順応性の神経応答が観察されたのに対し,対照となるマウスではわずか3%しかみられなかった.また,Merkel細胞における主要な機械受容チャネルであるPiezo2が欠損したマウスにおいても,同様な中順応性の神経応答が観察されている12)
 以上のことから,Merkel細胞は遅順応の神経応答に対し2つの方法により貢献していることが示唆された(図1).ひとつは,Merkel細胞はPiezo2チャネルに依存した機構により,静的な機械刺激に対する応答に寄与する.これはすなわち,Merkel細胞は“やさしく押された”圧感覚をつかさどっていると考えられる.実際に,触覚に対する応答の閾値を求めるvon Frey試験において,強い刺激に対する閾値については野生型マウスとPiezo2ノックアウトマウスとのあいだで有意な差はない一方,弱い刺激に対する閾値についてはPiezo2ノックアウトマウスにおいて有意に上昇していることが確認されている12).もうひとつは,Merkel細胞は皮膚の動的な変形をみのがすことなく頑健に感じとるために必要である.この特徴は動的な刺激に対し高い神経発火の頻度により応答することから導かれる.Merkel細胞が動的な刺激に対しどのように応答しているのか,そのしくみについては今後の検討の余地がある.

figure1

おわりに

 以上の研究により,Merkel細胞が機械刺激に対し興奮性の応答をすること,その興奮を神経に伝達すること,神経応答を積極的に変調する役割のあること,がわかった.また,Merkel細胞における機械受容チャネルとしてPiezo2チャネルが機能しており,これを欠損すると機械受容の特性がみられなくなることもわかった.これらの知見は,Merkel細胞および神経の終末はともに遅順応の神経応答に寄与しているという2受容部位仮説6,14) を支持したうえで,かつ,Merkel細胞はシグナルの変調にかかわることを示唆した(図1).そして,Merkel細胞-神経複合体が機械受容器として相互に協力しながら,これまで多くの研究により報告されてきた,典型的な遅順応の求心性の神経応答をかたちづくることが示唆された.神経の終末が動的な刺激に対し活発に応答するのに対し,Merkel細胞は持続的に押されているときの応答に寄与していることが想定されたことから,Merkel細胞の機械受容器としての役割は“やさしく押された圧感覚”(light touch)にあると考えられた.
 まだ2つの興味深い疑問が残されている.ひとつ,Merkel細胞のもつ機械受容チャネルは機械刺激を敏感に検知するため細胞内に何か特別な機構をもっているのだろうか.機械受容チャネルは細胞膜に一様に分布しているのかもしれないし,有毛細胞のステレオシリアのように特定の場所に局在しているのかもしれない15).指先のような無毛部では遅順応の神経応答は粗いテクスチャやエッジに対し活発に応答することが知られているが,Merkel細胞がこのような高い空間解像度を実現するのに寄与していることが予想される.もうひとつ,Merkel細胞から神経の終末へどのようにしてシグナルが伝達されるのかについても明らかではない.先行研究により,神経伝達物質であるATP,グルタミン酸,セロトニンなどがMerkel細胞からのシグナル伝達に寄与すると指摘される一方,その具体的な様式について直接的な証拠は得られていない.これらの問題をひとつひとつ明らかにし,Merkel細胞のつかさどる触知覚の研究に緒を得ることにより,五感の最後のフロンティアである触覚を明らかにする手法の開発とさらなる知見の獲得をめざす考えである.

文 献

  1. Kung, C., Martinac, B. & Sukharev, S.: Mechanosensitive channels in microbes. Annu. Rev. Microbiol., 64, 313-329 (2010)[PubMed]
  2. Lumpkin, E. A. & Caterina, M. J.: Mechanisms of sensory transduction in the skin. Nature, 445, 858-865 (2007)[PubMed]
  3. Chalfie, M.: Neurosensory mechanotransduction. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 10, 44-52 (2009)[PubMed]
  4. Hu, J. & Lewin, G. R.: Mechanosensitive currents in the neurites of cultured mouse sensory neurones. J. Physiol., 577, 815-828 (2006)[PubMed]
  5. Abraira, V. E. & Ginty, D. D.: The sensory neurons of touch. Neuron, 79, 618-639 (2013)[PubMed]
  6. Iggo, A. & Muir, A. R.: The structure and function of a slowly adapting touch corpuscle in hairy skin. J. Physiol., 200, 763-796 (1969)[PubMed]
  7. Haeberle, H., Bryan, L. A., Vadakkan, T. J. et al.: Swelling-activated Ca2+ channels trigger Ca2+ signals in Merkel cells. PLoS One, 3, e1750 (2008)[PubMed]
  8. Boulais, N., Pennec, J. P., Lebonvallet, N. et al.: Rat Merkel cells are mechanoreceptors and osmoreceptors. PLoS One, 4, e7759 (2009)[PubMed]
  9. Cha, M., Ling, J., Xu, G. Y., et al.: Shear mechanical force induces an increase of intracellular Ca2+ in cultured Merkel cells prepared from rat vibrissal hair follicles. J. Neurophysiol., 106, 460-469 (2011)[PubMed]
  10. Lumpkin, E. A., Collisson, T., Parab, P. et al.: Math1-driven GFP expression in the developing nervous system of transgenic mice. Gene Expr. Patterns, 3, 389-395 (2003)[PubMed]
  11. Coste, B., Mathur, J., Schmidt, M. et al.: Piezo1 and Piezo2 are essential components of distinct mechanically activated cation channels. Science, 330, 55-60 (2010)[PubMed]
  12. Woo, S. H., Ranade, S., Weyer, A. D. et al.: Piezo2 is required for Merkel-cell mechanotransduction. Nature, 509, 622-626 (2014)[PubMed]
  13. Ikeda, R., Cha, M., Ling, J. et al.: Merkel cells transduce and encode tactile stimuli to drive abeta-afferent impulses. Cell, 157, 664-675 (2014)[PubMed] [新着論文レビュー]
  14. Ogawa, H.: The Merkel cell as a possible mechanoreceptor cell. Prog. Neurobiol., 49, 317-334 (1996)[PubMed]
  15. Lumpkin, E. A. & Hudspeth, A. J.: Detection of Ca2+ entry through mechanosensitive channels localizes the site of mechanoelectrical transduction in hair cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92, 10297-10301 (1995)[PubMed]

著者プロフィール

仲谷 正史(Masashi Nakatani)
略歴:2008年 東京大学大学院情報理工学系研究科 修了,同年 資生堂リサーチセンター 研究員を経て,2012年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 訪問研究員.
研究テーマ:Merkel細胞のメカノバイオロジー,触覚工学(触覚ディスプレイセンサーの開発),触覚心理学.
関心事:生体が機械刺激を受容して神経に伝達し中枢において知覚される過程の包括的な理解と,その計算論および工学的な応用.

馬場 欣哉(Yoshichika Baba)
略歴:1991年 岡山大学大学院自然科学研究科 修了,同年 北海道大学電子科学研究所 助手,2000年 富山大学工学部 講師,2002年 米国Illinois大学Chicago校Research Assistant Professor,2010年 米国Montana大学Missoula校Research Assistant Professorを経て,2011年より米国Columbia大学Associate Researcher.
研究テーマ:逃避行動の神経行動学.皮膚の接触感覚の信号処理.
関心事:外界を生体内の信号(スパイク列)に変換するときの符号化の方法.また,その信号から状況に適した情報を取り出してくる神経機構のアルゴリズム.

Srdjan Maksimovic
米国Columbia大学Postdoctoral Research Fellow.

Ellen A. Lumpkin
米国Columbia大学Associate Professor.

© 2014 仲谷正史・馬場欣哉・Srdjan Maksimovic・Ellen A. Lumpkin Licensed under CC 表示 2.1 日本

PINK1によりリン酸化されたユビキチンがユビキチン連結酵素Parkinを活性化する

$
0
0

小谷野史香・松田憲之
(東京都医学総合研究所 蛋白質代謝研究室)
email:小谷野史香松田憲之

Ubiquitin is phosphorylated by PINK1 to activate parkin.
Fumika Koyano, Kei Okatsu, Hidetaka Kosako, Yasushi Tamura, Etsu Go, Mayumi Kimura, Yoko Kimura, Hikaru Tsuchiya, Hidehito Yoshihara, Takatsugu Hirokawa, Toshiya Endo, Edward A. Fon, Jean-François Trempe, Yasushi Saeki, Keiji Tanaka, Noriyuki Matsuda
Nature, 510, 162-166 (2014)

要 約

 PINK1およびParkinは遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子の産物である.これまでの研究により,セリン/スレオニンキナーゼであるPINK1とユビキチンリガーゼであるParkinとが協調してミトコンドリアの品質管理を担うことが示されてきた.しかしながら,その分子機構が完全に理解されたわけではなく,とくに,PINK1とParkinとを結びつける実体は不明であり,このミッシングリンクの発見および同定がこの分野に残された最大の謎といわれていた.今回,筆者らは,細胞においてミトコンドリアの品質が低下するとPINK1がユビキチンをリン酸化し,それにより生じるリン酸化ユビキチンがParkinを活性化して,遺伝性パーキンソン病の発症を抑制していることを明らかにした.

はじめに

 パーキンソン病は国内だけでも14万人をこえる患者のいる難治性の神経変性疾患である.神経伝達物質であるドーパミンを産生するニューロンが失われることにより,安静時のふるえ,歩行の障害,姿勢保持の障害,動作緩慢などの運動障害が起こる.また,高齢者ほど患者の数が多く,65歳をこえると1%以上の人が罹患するといわれている.病状が進行すると自律神経の障害,記憶力の低下などの認知機能の障害,幻視やうつなどの精神症状が現われることもあり,最終的に自立した生活が困難になる危険性がある.社会の高齢化が進むにつれ患者の数は増えつづけており,疾患の発症するしくみの解明,また,早期の診断法および根本的な治療法の確立が社会的にも強く求められている.
 パーキンソン病にはいくつかのタイプがあり発症の原因も単一ではないと考えられている.PINK1遺伝子あるいはPARKIN遺伝子,および,それらの産物に変異が起こると若くしてパーキンソン病の症状を示し,これは常染色体劣性若年性パーキンソン症候群あるいは遺伝性劣性若年性パーキンソン症候群ともよばれる1,2).PINK1はセリン/スレオニンキナーゼ,Parkinはユビキチンリガーゼである.遺伝子の変異や欠損によりPINK1あるいはParkinの機能が失われるとパーキンソン病が発症することから,PINK1およびParkinがふだんはパーキンソン病の発症を抑制するためにはたらいていることがわかる3,4).そこで,筆者らは,PINK1およびParkinの機能を調べればパーキンソン病の発症の機構にせまれるのではないかと考え,10年近く研究を続けてきた.
 2010年,筆者は,Parkinのユビキチンリガーゼ活性は通常の細胞においては観察できず,ミトコンドリアの膜電位の低下にともない活性化されることを明らかにした4).また,2012年から2013年にかけて,筆者の所属するグループを含め国内外の複数の研究グループにより,ParkinのSer65がミトコンドリアの膜電位の低下およびPINK1の両方に依存してリン酸化されることが報告された5-7).しかしながら,ParkinのSer65のリン酸化を模倣した変異体は依然としてその活性化にPINK1への依存性を示したことなどから,PINK1によるParkinのSer65のリン酸化だけでPINK1の機能を説明するのは困難であり,Parkinの活性化に必要な別のPINK1の基質の存在することが示唆されていた.そこで,Parkinのほかにも重要なPINK1の基質の存在する可能性を考えて新しいPINK1の基質を探索したのが,この研究の出発点であった.

1.PINK1はユビキチンをリン酸化する

 Parkinのリン酸化部位であるSer65はN末端側にあるユビキチン様ドメインに存在する.Parkinのユビキチン様ドメインとユビキチンはアミノ酸配列において約30%の相同性をもち,Parkinのリン酸化部位であるSer65はその両者で保存されている.そこで,ミトコンドリアの膜電位を低下させる薬剤CCCPにより処理した細胞抽出液を用いて,リン酸化タンパク質の移動度を変化させるPhos-tagウェスタンブロット解析を行ったところ,ユビキチンのリン酸化を示すバンドのシフトが観察された.また,CCCP処理した細胞から回収したミトコンドリアを用いて,in vitroにおいて精製したユビキチンをリン酸化できることも確認した.PINK1を欠損した細胞から調製したミトコンドリアは精製したユビキチンをリン酸化できないが,野生型のPINK1を入れ戻すとユビキチンに対するリン酸化能は回復し,キナーゼ活性をもたないPINK1の変異体あるいは遺伝性パーキンソン病の患者に由来するPINK1の変異体の入れ戻しではユビキチンはリン酸化されないままであった.また,CCCP処理した細胞から抗PINK1抗体を用いて回収した免疫沈降物もユビキチンを明瞭にリン酸化したことから,PINK1がユビキチンをリン酸化することが示された.
 ユビキチンにおけるリン酸化部位を同定するため質量分析計により解析したところ,Parkinと同様に,ユビキチンのSer65がCCCP処理に依存してリン酸化されることがわかった.実際に,Ser65をAlaに置換したユビキチン変異体はin vitroおよびin vivoにおいてリン酸化されなかった.さらに,ミトコンドリアの膜電位が低下したとき細胞に存在するユビキチンのうちどの程度がリン酸化されているかを,AQUAペプチドと質量分析計を用いた絶対定量法により検討した.HeLa細胞では内在性のユビキチンの約0.05%がCCCP処理に依存してリン酸化されることが示され,さらに,このリン酸化は内在性のPINK1に依存していた.この0.05%という比率は非常に低いが,細胞には数百種類から千種類ほどのユビキチンリガーゼが存在するといわれていることから,Parkinに割り当てられるユビキチンの量(単純計算で,0.5%以下)を考えると十分な量ではないかと思われた.

2.リン酸化ユビキチンはParkinを活性化する

 リン酸化ユビキチンが細胞においてはたす役割について検証した.PINK1によるParkinの制御は大きく2つに分けることができる.ひとつは,膜電位の低下したミトコンドリアへの移行(細胞内局在の変化)であり,もうひとつは,さきに述べたユビキチンリガーゼ機能の活性化(ユビキチンリガーゼ活性の変化)である.そこで,蛍光タンパク質GFPとParkinとの融合タンパク質を細胞に導入して,細胞内局在の変化はGFPの蛍光を蛍光顕微鏡により観察し,ユビキチンリガーゼ活性の変化は偽基質であるGFPに対するユビキチン化を指標に測定した.野生型のユビキチンと野生型のParkin,野生型のユビキチンとリン酸化を模倣したParkin,リン酸化を模倣したユビキチン変異体と野生型のParkin,を細胞内に共発現したところ,Parkinの細胞内局在およびユビキチンリガーゼ活性は変化しなかった.一方で,リン酸化を模倣したParkin変異体とリン酸化を模倣したユビキチン変異体とを共発現したところ,Parkinの細胞内局在は変化しなかったが,驚くべきことに,ミトコンドリアの状態とは無関係にParkinが活性化された.さらに,無細胞系を確立して,ミトコンドリアの活性が正常な細胞からリン酸化を模倣したParkin変異体を含む細胞質の画分を回収し,リン酸化を模倣したユビキチン,あるいは,in vitroにおいて事前にリン酸化したユビキチンと反応させたところ,Parkinのユビキチンリガーゼ活性が検出された.これらの結果は,リン酸化ユビキチンがリン酸化ParkinをPINK1に非依存的に活性化すること,つまり,PINK1によるParkinの活性化をリン酸化ユビキチンがバイパスできることを示していた.なお,リン酸化ユビキチンがParkinを活性化する際に,ユビキチンのC末端側にありチオエステル結合の形成やイソペプチド結合の形成に必須のGlyGlyモチーフは必要なかったことから,Parkinを活性化する際にリン酸化ユビキチンはほかのタンパク質と結合している必要はないことも示された.

3.Parkinが活性化される分子機構

 リン酸化ユビキチンはどのようにParkinを活性化するのだろうか? 現時点では,その分子機構は完全に解明されたわけではないが,いくつかの手がかりが得られている.
 まず,Parkinとリン酸化ユビキチンとが結合するかどうかを検討した.両者の結合は非常に弱いのか,通常の免疫沈降やプルダウン実験では安定的な結合活性を検出することはできなかったが,Fluoppi系を用いることにより,リン酸化を模倣したParkin変異体とリン酸化を模倣したユビキチン変異体との細胞における結合が示された.
 つぎに,in vitroにおいてParkinによるユビキチン化を再構成することにより,ユビキチン化反応のどのステップが活性化されるのかについて検討した.Parkinが基質をユビキチン化する過程では,まず,ユビキチン活性化酵素(E1)によりATPに依存してユビキチンが活性化され,E1と高エネルギーチオエステル結合した中間体が形成される.つぎに,ユビキチンはチオエステル結合を保持したまま,E1からユビキチン結合酵素(E2)に,さらに,E2からユビキチンリガーゼ(E3)であるParkinの活性中心に移行して,最終的に基質タンパク質へと受け渡される.E2とチオエステル結合を形成したE2-ユビキチン反応中間体を用いて解析した結果,Parkinの存在下においてのみ,リン酸化ユビキチンがE2-ユビキチン反応中間体からのユビキチンの遊離を促進することが示された.この活性はParkinを要求するので,リン酸化ユビキチンが単純にE2からのユビキチンの遊離を促進しているわけではなかった.
 Parkinの立体構造解析から,通常の状態ではParkinの活性中心は外部からのアクセスが困難な状態になっていると考えられる8).これらの結果を考えあわせると,リン酸化ユビキチンがParkinと結合することで,チオエステル結合したユビキチンの受け手であるParkinの活性中心を露出させることにより,ユビキチン結合酵素からParkinへのユビキチンの移行を促進していると考えるのが妥当だと思われた(図1).今後は,このモデルを実験的に検証していきたいと考えている.

figure1

おわりに

 この研究においては,翻訳後修飾因子として細胞において幅広く使用されているユビキチン自体がリン酸化修飾をうけること,ミトコンドリアの膜電位の低下を引き金としてPINK1がユビキチンをリン酸化すること,リン酸化されたユビキチンがParkinを活性化すること,が示された(図2).正常な状態ではPINK1がユビキチンをリン酸化することでParkinを活性化することにより細胞の異常なミトコンドリアを除去する一方,この機構が破綻すると異常なミトコンドリアが徐々に脳に蓄積しパーキンソン病の発症にいたると考えられた.なお,Parkinにより基質タンパク質へと受け渡されるユビキチンは必ずしもリン酸化されている必要はないが,PINK1によるユビキチンのリン酸化→Parkinの活性化→ユビキチンのミトコンドリアへの集積→PINK1によるそのユビキチンのさらなるリン酸化→Parkinの活性化,という正のサイクルが形成され,このサイクルがシグナルを増幅させている可能性が考えられる.

figure2

 ユビキチンに関しては膨大な量の論文が発表されているが,翻訳後修飾因子であるユビキチン自体がリン酸化という修飾をうけ,かつ,それが遺伝性パーキンソン病の発症を抑制するのに重要な役割を担うという知見は,誰も予想できないものであった.実際に,Parkinの研究を深化させてミトコンドリアの異常という情報を伝達するParkinの活性化因子を同定したところ,それがユビキチンであったという展開は,筆者にとっても驚きで研究の不思議を感じるものであった.
 この成果は直接的には遺伝性パーキンソン病に関するものであるが,より一般的な孤発性パーキンソン病についてもその発症に同様のしくみが関与している可能性は十分にあるだろう.また,リン酸化ユビキチンに由来するペプチドを質量分析計により測定することで,放置するとパーキンソン病の発症につながるような細胞におけるミトコンドリアの異常を高感度で検知することが期待できることから,パーキンソン病の新しい病理解析ツールや診断マーカーの開発につながる可能性もある.今後は,このような応用も視野にいれつつ,さらに基礎研究を展開させたい.
 なお,筆者らの論文とほぼ同じ時期に,米国の研究グループからも,非常に関連したリン酸化ユビキチンに関する論文が出版された9).細部に違いはあるが,彼らの結果と筆者らの結果は大枠において一致しており,この研究が第三者によっても再現できる信頼度の高いものであることが証明されたと考えている.

文 献

  1. Kitada, T., Asakawa, S., Hattori, N. et al.: Mutations in the parkin gene cause autosomal recessive juvenile parkinsonism. Nature, 392, 605-608 (1998)[PubMed]
  2. Valente, E. M., Abou-Sleiman, P. M., Caputo, V. et al.: Hereditary early-onset Parkinson’s disease caused by mutations in PINK1. Science, 304, 1158-1160 (2004)[PubMed]
  3. Narendra, D. P., Jin, S. M., Tanaka, A. et al.: PINK1 is selectively stabilized on impaired mitochondria to activate Parkin. PLoS Biol., 8, e1000298 (2010)[PubMed]
  4. Matsuda, N., Sato, S., Shiba, K. et al.: PINK1 stabilized by mitochondrial depolarization recruits Parkin to damaged mitochondria and activates latent Parkin for mitophagy. J. Cell Biol., 189, 211-221 (2010)[PubMed]
  5. Kondapalli, C., Kazlauskaite, A., Zhang, N. et al.: PINK1 is activated by mitochondrial membrane potential depolarization and stimulates Parkin E3 ligase activity by phosphorylating Serine 65. Open Biol., 2, 120080 (2012)[PubMed]
  6. Shiba-Fukushima, K., Imai, Y., Yoshida, S. et al.: PINK1-mediated phosphorylation of the Parkin ubiquitin-like domain primes mitochondrial translocation of Parkin and regulates mitophagy. Sci. Rep., 2, 1002 (2012)[PubMed]
  7. Iguchi, M., Kujuro, Y., Okatsu, K. et al.: Parkin-catalyzed ubiquitin-ester transfer is triggered by PINK1-dependent phosphorylation. J. Biol. Chem., 288, 22019-22032 (2013)[PubMed]
  8. Trempe, J. F., Sauve, V., Grenier, K. et al.: Structure of parkin reveals mechanisms for ubiquitin ligase activation. Science, 340, 1451-1455 (2013)[PubMed]
  9. Kane, L. A., Lazarou, M., Fogel, A. I. et al.: PINK1 phosphorylates ubiquitin to activate Parkin E3 ubiquitin ligase activity. J. Cell Biol., 205, 143-153 (2014)[PubMed]

著者プロフィール

小谷野 史香(Fumika Koyano)
略歴:東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程 在学中.
研究テーマ:ミトコンドリアの品質管理とパーキンソン病.
抱負:新しいことに挑戦しつづけたい.

松田 憲之(Noriyuki Matsuda)
東京都医学総合研究所 副参事研究員.
研究室URL:http://www.igakuken.or.jp/pro-meta/studies/mastuda.html

© 2014 小谷野史香・松田憲之 Licensed under CC 表示 2.1 日本

ヒトの卵子に1型糖尿病の患者の体細胞核を移植して2倍体の多能性幹細胞を樹立する

$
0
0

山田満稔・Bjarki Johannesson・Dieter Egli
(米国New York Stem Cell Foundation Research Institute)
email:山田満稔

Human oocytes reprogram adult somatic nuclei of a type 1 diabetic to diploid pluripotent stem cells.
Mitsutoshi Yamada, Bjarki Johannesson, Ido Sagi, Lisa Cole Burnett, Daniel H. Kort, Robert W. Prosser, Daniel Paull, Michael W. Nestor, Matthew Freeby, Ellen Greenberg, Robin S. Goland, Rudolph L. Leibel, Susan L. Solomon, Nissim Benvenisty, Mark V. Sauer, Dieter Egli
Nature, 510, 533-536 (2014)

要 約

 ヒトの卵子を用いた体細胞核の移植はES細胞と同等の能力をもつ多能性幹細胞の樹立を可能とし,将来的には免疫拒絶の起こらない細胞治療法への応用が期待される.転写因子をコードする遺伝子の導入によるiPS細胞の樹立が可能になったものの,iPS細胞とES細胞には多くの違いのあることが報告されており,臨床への応用にはいまだ問題がある.筆者らは,疾患をもつ成人の体細胞から2倍体のES細胞を作製することにより,疾患モデルの作製および細胞治療法に応用することを目標に,体細胞核の移植において胚盤胞の発生率および幹細胞の樹立の効率にかかわる因子をシステマティックに検討した.その結果,リン酸化阻害剤あるいは翻訳阻害剤を用いて卵子を活性化すること,および,ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を添加して胚を培養することにより,胚盤胞の発生率は改善した.胚の発生率はドナーとなる卵子のあいだで異なり,卵子が十分に成熟するまで排卵の誘発にかかった日数とは逆相関した一方,1日あたりの性腺刺激ホルモンの量および採卵された卵子の数は胚の発生率に影響しなかった.また,細胞融合の際に用いる高濃度のセンダイウイルスは細胞内Ca2+濃度の上昇にともなう卵子の早期の活性化を促進していたため,Ca2+を除去した培地のもとで希釈したセンダイウイルスを用いた.この修正したプロトコールを用いることにより,新生児の体細胞,および,成人の1型糖尿病の患者の体細胞からはじめて2倍体の多能性幹細胞を樹立することに成功した.

はじめに

 成人の体細胞核を卵子のゲノムを除去することなく卵子の細胞質へ移植すると,体細胞核はリプログラミングされて多能性幹細胞が樹立されることから(図1a),ヒトの卵子にはリプログラミング能があると報告された1).この多能性幹細胞はドナーの体細胞の2倍体ゲノムと卵母細胞の1倍体ゲノムをもつ3倍体である.卵子のゲノムを除去して体細胞核を移植すると(図1b),発生は胚盤胞期まで進行せず6~10細胞期で停止した.発生の停止した胚を網羅的な遺伝子発現解析に供したところ,体細胞核に由来する胚性ゲノムの活性化が起こっておらず,このことが発生の停止の要因のひとつと考えられた.

figure1

 胚発生能の改善および2倍体の核移植胚のリプログラミングをめざして,ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬の使用,および,卵子を活性化するプロトコールの改良を試みた.この修正は,ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬により体細胞核を移植した胚の発生能が改善されたとのマウスにおける報告2),および,リン酸化阻害剤6-ジメチルアミノプリンと比較して翻訳阻害剤ピューロマイシンのほうが単為発生の改善に有効であったという筆者らの既報のデータ3) によるものである.検討の結果,ピューロマイシンおよび6-ジメチルアミノプリンを併用して卵子を活性化すると発生は拡張胚盤胞期まで進行した.ピューロマイシンはサイクリンBの翻訳を阻害して卵子の活性化を促進するが,6-ジメチルアミノプリンは減数分裂におけるリン酸化を抑制する.これらの併用により,減数分裂におけるリン酸化が効果的に抑制されたのかもしれない.以上の改良した卵子活性化プロトコールとヒストン脱アセチル化酵素阻害薬の使用により,たとえ卵子のゲノムを除去しても体細胞核を移植した胚を胚盤胞期まで発生させることが可能になった.
 卵割期をこえて桑実胚期および胚盤胞期にまで発生が進行するには胚性ゲノムの活性化が不可欠である.以前の報告において,核移植胚は体細胞ゲノムに組み込まれたGFPを発現しなかったが1),この報告における修正プロトコールを用いることにより58%の核移植胚が体細胞ゲノムに組み込まれたGFPを発現し,体外受精胚と同様の発現パターンを示した.こうして得られた核移植胚に由来する7個の胚盤胞をES細胞の樹立において必須のステップである胚盤胞のoutgrowthに供したところ,内部細胞塊に由来する細胞は増殖したものの,ES細胞の樹立にはいたらなかった.
 最近,胎児の線維芽細胞に由来する2倍体の多能性幹細胞の樹立が報告された4).ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬の使用に関しては筆者らの報告と同様であったものの,卵子のゲノムの除去操作においてカフェインを使用することにより体細胞核の核膜の消失および染色体の凝集が促進されること,卵子の数に応じた排卵の誘発のプロトコールの選択,卵子の活性化における電気刺激の使用の重要性について論じられていた.そこで,筆者らは,胚盤胞の発生率の改善に必要な因子をシステマティックに検討するとともに,成人の1型糖尿病の患者および新生児の包皮に由来する線維芽細胞を用いて核移植ES細胞の樹立をめざすことにした.

1.卵子のゲノムの除去操作は卵子による体細胞核における染色体の凝集能および紡錘体の形成能を損なわない

 卵子のゲノムの除去が体細胞核における染色体の凝集を阻害し胚発生能の低下につながるのかどうかを検討した.G1期あるいはG0期の体細胞ゲノムをあらかじめ除核した卵子に移植したところ,74%の卵子は1~4時間で紡錘体を形成した(図2).体細胞に由来する染色体は凝集しヒストンH3のSer28はリン酸化されていたが,細胞分裂中期において染色体は整列しなかった.この原因として,複製しない染色体には微小管の二方向性の結合が起こらないことが考えられた.一方で,卵子の除核をせずに体細胞ゲノムを移植した場合でも,染色体の凝集および紡錘体の形成率は変わらなかった(図2).卵子のゲノムを除核せずに体細胞核を移植したものの,紡錘体を形成しなかった2個の卵子を免疫染色に供したところ,体細胞のヒストンはリン酸化をうけておらず,卵子のゲノムは染色体分離し,染色体パッセンジャー複合体のひとつBorealinに陽性の中心体を形成していた.以上の結果から,体細胞核における染色体の凝集は卵子のゲノムの除去操作に起因するとの仮説は否定された.

figure2

2.センダイウイルスを用いた細胞融合は卵子の早期の活性化を促進する

 体細胞核を移植した卵子において細胞周期は進行していたことから,核移植の操作のあいだに卵子の早期の活性化がひき起こされた可能性が示唆された.細胞周期が減数分裂中期で停止している卵子を減数分裂後期へと進行させるには細胞内Ca2+濃度の上昇が必須である.そこで,卵子の早期の活性化の可能性を検討するため,卵子および紡錘体-染色体複合体をそれぞれCa2+蛍光プローブであるFluo-4と平衡化させ,細胞融合に用いるセンダイウイルスにさらした.その結果,10分後にはFluo-4の蛍光が観察された.Ca2+を含まない培地では蛍光強度は減弱したことからこの蛍光はCa2+依存性であると考えられた.この結果から,センダイウイルスを用いた細胞融合はCa2+の流入を促進し,卵子において減数第2分裂の停止機構を損なうものと考えられた.
 卵子の早期の活性化をさけるため,20倍に希釈したセンダイウイルスを用いて細胞融合を行うことにした.さらに,Ca2+除去培地を用いて核移植を行った.その結果,移植された体細胞核の染色体は凝集し,胚盤胞の良好な発生率が得られた.卵子の活性化に電気刺激を組み合わせるとともに,核移植の操作の際にカフェインを用いることにより,もっとも高い胚盤胞の発生率が得られた.

3.核移植ES細胞は未分化能および多分化能をもち分化したβ細胞はインスリンを分泌する

 核移植ES細胞の樹立において,培養液にウシ胎仔血清をくわえた結果,ウシ胎仔血清の添加は内部細胞塊の形成を促進させた.ウシ胎仔血清の非添加のもとで発生した8個の胚盤胞のうち2個は60個以上の細胞からなる栄養外胚葉を形成したが,核移植ES細胞の樹立にはいたらなかった.一方,ウシ胎仔血清の添加のもとでは栄養外胚葉を構成する細胞は20個未満と少ないにもかかわらず内部細胞塊はしっかりと形成され,得られた4個の胚盤胞のうち3個の内部細胞塊に由来する細胞が増殖した.ここから2倍体の雄の核型をもつ胎児の包皮の線維芽細胞に由来する3株の核移植ES細胞が樹立され,さらに,成人の1型糖尿病の患者の体細胞に由来する雌の核型をもつ1株の核移植ES細胞が樹立された.これら4株の核移植ES細胞はすべて多能性マーカーの発現が認められ,皮膚の線維芽細胞のマーカーは消失していた.核移植ES細胞はグローバルな遺伝子発現解析において,ほかのヒトの多能性幹細胞やiPS細胞と近い遺伝子発現パターンを示した.また,胚葉体の形成試験および免疫不全マウスへの移植実験のいずれにおいても三胚葉すべての組織への分化を認めた.さらに,分化条件において培養することにより,ニューロン,PDX-1陽性細胞,β細胞に分化し,β細胞はインスリン産生能も示した.

4.核移植胚の発生能に関連する因子の後方視的な検討

 核移植胚の胚盤胞について10%程度の発生率が得られたものの,卵子のゲノムを除去しなくともドナーとなる卵子のあいだで核移植胚の発生能は異なっていた.そこで,核移植胚の発生能にかかわる卵子の因子を明らかにするため,ドナーの年齢,および,排卵の誘発のプロトコールが核移植ののちの胚発生能にかかわるかどうか,後方視的に検討した.その結果,ドナーの年齢が21~26歳の場合は27~32歳と比較して胚発生能が高かった.採卵された卵子の数,下垂体からのホルモン分泌の抑制の目的で用いる性腺刺激ホルモン放出ホルモンアゴニストおよび性腺刺激ホルモン放出ホルモンアンタゴニストの使用のプロトコール,排卵の誘発に用いる性腺刺激ホルモンの1日あたりの用量には,胚発生能と有意な相関が認められなかった.一方,卵胞径が18 mmに到達するまでの排卵の誘発に要する日数は,長ければ長いほど胚発生能が低下する傾向が認められた.臨床的には,卵胞の刺激に要する日数が長い場合には体外受精の成績が低下するものの,臨床的な妊娠率には寄与しないことが知られている5).このため,体細胞核の移植によるリプログラミングの機構を研究することが,生殖補助医療の現場ではいまだ明らかになっていない微妙な生物学的な違いを明らかにすることにつながるかもしれない.
 さらに,この後方視的な検討により,希釈したセンダイウイルスを細胞融合に用いることが胚盤胞の発生率に,また,ウシ胎仔血清の使用が核移植ES細胞の樹立に,それぞれ有効であることが明らかになった.驚いたことに,移植する体細胞として新生児の線維芽細胞を使用した場合と比較して,成人の線維芽細胞を使用した場合でも胚盤胞の発生能に違いは認められなかった.
 これらの後方視的な検討から,核移植ののちの胚盤胞の発生率を改善させる技術的な知見が得られた.しかしながら,卵子のゲノムを除去せずに体細胞核を移植したほうが,卵子のゲノムを除去した場合と比較して発生率が高かった.この解釈のひとつとして,体細胞ゲノムの不完全なリプログラミングを卵子のゲノムが代償していると考えることができる.今後のさらなる検討により,核移植の技術的な改善がどのようにリプログラミング能や発生能に影響をあたえるのかということに関する分子機構をより,いっそう理解できると期待される.

おわりに

 今回,筆者らは,新生児の体細胞および成人の1型糖尿病の患者の体細胞を用いて,ヒトの卵子に体細胞核を移植してリプログラミングを起こすことにより2倍体の多能性幹細胞を樹立することに成功した.この多能性幹細胞から分化させたβ細胞はインスリン分泌能をもっていた.このことから,この多能性幹細胞は将来的に細胞治療法への利用が期待される.現在は,転写因子をコードする遺伝子を導入することによりiPS細胞の樹立が可能になったものの6),iPS細胞は分化能に欠けること7),また,シトシンのメチル化のパターンの変化8-10),DNAの変異11),インプリント遺伝子の両アレル性の発現12) が報告されるなど,臨床への応用にはいまだ解決すべき問題が残っている.今後,核移植ES細胞とiPS細胞とを比較することにより,異なる方法によりリプログラミングされた多能性幹細胞の質を評価することが可能になると期待される.

文 献

  1. Noggle, S., Fung, H. L., Gore, A. et al.: Human oocytes reprogram somatic cells to a pluripotent state. Nature, 478, 70-75 (2011)[PubMed]
  2. Fan, Y., Jiang, Y., Chen, X. et al.: Derivation of cloned human blastocysts by histone deacetylase inhibitor treatment after somatic cell nuclear transfer with beta-thalassemia fibroblasts. Stem Cells Dev., 20, 1951-1959 (2011)[PubMed]
  3. Paull, D., Emmanuele, V., Weiss, K. A. et al.: Nuclear genome transfer in human oocytes eliminates mitochondrial DNA variants. Nature, 493, 632-637 (2013)[PubMed]
  4. Tachibana, M., Amato, P., Sparman, M. et al.: Human embryonic stem cells derived by somatic cell nuclear transfer. Cell, 153, 1228-1238 (2013)[PubMed]
  5. Bar-Hava, I., Yoeli, R., Yulzari-Roll, V. et al.: Controlled ovarian hyperstimulation: does prolonged stimulation justify cancellation of in vitro fertilization cycles? Gynecol Endocrinol., 21, 232-234 (2005)[PubMed]
  6. Takahashi, K., Tanabe, K., Ohnuki, M. et al.: Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors. Cell, 131, 861-872 (2007)[PubMed]
  7. Koyanagi-Aoi, M., Ohnuki, M., Takahashi, K. et al.: Differentiation-defective phenotypes revealed by large-scale analyses of human pluripotent stem cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 20569-20574 (2013)[PubMed]
  8. Ohi, Y., Qin, H., Hong, C. et al.: Incomplete DNA methylation underlies a transcriptional memory of somatic cells in human iPS cells. Nat. Cell Biol., 13, 541-549 (2011)[PubMed]
  9. Ruiz, S., Diep, D., Gore, A. et al.: Identification of a specific reprogramming-associated epigenetic signature in human induced pluripotent stem cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 16196-16201 (2012)[PubMed]
  10. Lister, R., Pelizzola, M., Kida, Y. S. et al.: Hotspots of aberrant epigenomic reprogramming in human induced pluripotent stem cells. Nature, 471, 68-73 (2011)[PubMed]
  11. Gore, A., Li, Z., Fung, H. L. et al.: Somatic coding mutations in human induced pluripotent stem cells. Nature, 471, 63-67 (2011)[PubMed]
  12. Pick, M., Stelzer, Y., Bar-Nur, O. et al.: Clone- and gene-specific aberrations of parental imprinting in human induced pluripotent stem cells. Stem Cells, 27, 2686-2690 (2009)[PubMed]

著者プロフィール

山田 満稔(Mitsutoshi Yamada)
略歴:2010年 慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程 修了,同年 同 医学部 助教を経て,2013年より米国New York Stem Cell Foundation Research Instituteポストドクトラルフェロー.
研究テーマ:核移植を用いた疾患モデルおよび細胞治療モデルの作製.
関心事:リプログラミングおよび不妊症の分子機構の解明.

Bjarki Johannesson
米国New York Stem Cell Foundation Research Instituteポストドクトラルフェロー.

Dieter Egli
米国New York Stem Cell Foundation Research Instituteシニアリサーチフェロー.

© 2014 山田満稔・Bjarki Johannesson・Dieter Egli Licensed under CC 表示 2.1 日本

カイコの性は雌に特異的な単一のpiRNAが決定する

$
0
0

木内隆史・勝間 進
(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻昆虫遺伝研究室)
email:木内隆史勝間 進

A single female-specific piRNA is the primary determiner of sex in the silkworm.
Takashi Kiuchi, Hikaru Koga, Munetaka Kawamoto, Keisuke Shoji, Hiroki Sakai, Yuji Arai, Genki Ishihara, Shinpei Kawaoka, Sumio Sugano, Toru Shimada, Yutaka Suzuki, Masataka G. Suzuki, Susumu Katsuma
Nature, 509, 633-636 (2014)

要 約

 カイコの性染色体はWZ型であり,1933年,W染色体の存在が雌を決定することが明らかになっている.そのため,W染色体には雌性決定遺伝子が存在すると考えられてきたが,その実体は80年以上も不明であった.今回,筆者らは,初期胚において雌雄のトランスクリプトームを比較することによりW染色体から産生される雌に特異的な転写産物を同定し,それがpiRNAの前駆体であることをつきとめた.また,この転写産物から産生される雌に特異的なpiRNAの標的は,Z染色体に存在する雄化遺伝子であることが示された.雄ではこの遺伝子のはたらきにより雄化が誘導されるのに対し,雌では雄化遺伝子が雌に特異的なpiRNAとカイコのPIWIタンパク質であるSiwiとの複合体のはたらきにより切断されることで雌化が誘導されていた.さらに,この雄化遺伝子は雄性の決定に関与するだけでなく,長年にわたりチョウ目の昆虫において存否が議論されていた遺伝子量の補正にもかかわることが明らかになった.この研究の成果により,80年以上も追い求められてきたカイコの雌性決定遺伝子の実体は,たった29塩基の小分子RNAをコードする遺伝子であり,カイコはこれまで発見された性決定機構とは一線を画すユニークな機構を採用していることがわかった.

はじめに

 生物の性決定機構は多様である.ヒトを含む哺乳類やショウジョウバエにおける性決定機構についてはそれに関与する因子やカスケードの多くが明らかにされてきたが,カイコを含むチョウ目の昆虫においては転写因子をコードするdoublesexdsx)遺伝子が性決定カスケードの最下流で機能することがわかっているだけで,その上流についてはほとんど明らかにされていなかった.カイコの性染色体はWZ型であり,1933年,W染色体の存在が雌性を決定することが報告されている1).このことから,W染色体には仮想の雌性決定遺伝子であるFeminizerFem)遺伝子が存在すると考えられ,長年にわたりその実体が探し求められてきた.しかし,カイコのW染色体はトランスポゾンが入れ子状に配置された構造をしており2),全領域にわたる塩基配列の決定がむずかしいこと,また,雌では組換えが起こらないため順遺伝学的なアプローチが行えないことから,その同定は困難をきわめていた.2011年,筆者らは,W染色体から産生される転写産物としてはじめて,小分子RNAのひとつであるpiRNA(PIWI-interacting RNA)を同定した3).そして,当時から,この雌に多く存在するpiRNAが性の決定に関与するという仮説をたてていた.

1.W染色体から産生される雌に特異的な転写産物はpiRNAの前駆体である

 カイコの性は発生の初期に決定されると考えられている.雌雄が分化する発生ステージを明瞭にするため,産卵ののちの卵を経時的にサンプリングし,昆虫の性決定において主要な役割を担うdsx遺伝子のカイコにおけるオルソログのスプライシングパターンの変化を追跡した.カイコのdsx遺伝子(Bmdsx遺伝子)もほかの昆虫と同様に,雌雄で異なる選択的スプライシングをうけることにより個体の雌雄を分化させる4-6).初期胚の雌雄を外見から区別することは不可能であるため,W染色体に特異的な3つのRAPDマーカー7) を用いることにより卵ひとつひとつの雌雄を鑑別する方法を開発し,雌雄別にRNAを調製したうえでRT-PCR法により解析した.Bmdsx mRNAは産卵ののち15時間では雌雄ともに雌に特異的なスプライシングを示したが,産卵ののち21時間から24時間にかけて雄では雄に特異的なスプライシングを示しはじめた.すなわち,W染色体からの雌化シグナルは産卵ののち21時間よりまえにすでに伝達されていると推測された.
 そこで,産卵ののち15時間から24時間の雌雄別のRNAをRNA-Seq法により解析し,雌雄の胚におけるトランスクリプトームを詳細に比較した.その結果,調べたどの時間帯においてもつねに雌において発現量の高い転写産物を1つ見い出した.この転写産物の配列は全ゲノムが解読されている雄のカイコのゲノムには存在しないこと,雌のゲノムDNAあるいはcDNAを鋳型に用いた場合のみPCR法により増幅産物が確認されたことから,この転写産物はW染色体から産生されると考えられた.しかし,この雌に特異的な転写産物は既知の配列との相同性がまったくなく,さらに,機能をもつタンパク質をコードしているとも考えられなかった.そこで,この転写産物に対し,以前に構築した初期胚や卵巣のpiRNAライブラリー3,8,9) をマッピングしたところ,この転写産物から29塩基の単一のpiRNAが産生されていることがわかった.興味深いことに,この雌に特異的なpiRNAは産卵ののち15時間から蓄積しはじめ18時間から21時間にかけて急激に増加しており,性分化の生じる時期との強い相関がみられた.

2.雌に特異的なpiRNAは雌化に必要である

 雌に特異的な転写産物から産生されるpiRNAの性決定への関与について調べるため,このpiRNAに相補な配列をもつインヒビターRNAを合成し初期胚に注入した.その結果,インヒビターRNAを注入した雌の胚においてBmdsx mRNAの雄に特異的なスプライシングが確認され,雌に特異的なpiRNAの性決定への関与が裏づけられた.piRNAはその名のとおりPIWIタンパク質と複合体を形成することにより機能する.カイコのPIWIをコードするSiwi遺伝子10,11) をRNAi法によりノックダウンしたところ,雌の胚においてBmdsx mRNAの雄に特異的なスプライシングが確認された.さらに,この雌に特異的なpiRNAはSiwiと複合体を形成したことから,この複合体が雌化に寄与していると考えられた.以上の結果から,このW染色体から産生される転写産物をコードする遺伝子こそが,仮想の雌性決定遺伝子であるFem遺伝子であると結論し,その転写産物から産生される29塩基の雌に特異的なpiRNAをFem piRNAと命名した.

3.Fem piRNAはZ染色体のタンパク質をコードする遺伝子から転写されるmRNAの切断に関与する

 Fem piRNAは雌化をどのように誘導しているのだろうか.piRNAはその配列を利用して1本鎖のRNAを切断する活性をもつPIWIを標的となるRNAへと誘導し,標的であるトランスポゾンなどを切断する8,12,13)Fem piRNAの相補配列をカイコのゲノムにおいて探索したところ,唯一,Z染色体に存在するタンパク質をコードする遺伝子のエキソン部分との相同性が確認された.この遺伝子はCCCHドメインをタンデムに2つもつジンクフィンガータンパク質をコードしていた.系統解析の結果,このタンパク質はチョウ目の昆虫でのみオルソログの存在が認められた.piRNAとPIWIとの複合体は標的となる配列をpiRNAの5’末端から10番目と11番目の塩基のあいだで切断することが知られている12,13).改良RACE法14) を用いた切断部位の同定により,Fem piRNAがこのZ染色体に存在する遺伝子から転写されるmRNAを予想された部位で切断していることが明らかになった.このことから,このZ染色体の遺伝子は雄化遺伝子であり,雌においてはW染色体から産生されるFem piRNAがSiwiと複合体を形成し,この雄化遺伝子の転写産物を切断することにより雌化を誘導していることが示唆された(図1).この遺伝子はMasculinizerMasc)遺伝子と命名された.

figure1

 カイコではSiwiとBmAgo3という2つの異なるPIWIを介したピンポンサイクルをへてpiRNAが生合成されるため10-13)Fem piRNAの産生にはFem piRNAと10塩基のオーバーラップをもつpiRNAの存在が必要である.以前に構築したpiRNAライブラリー3,8,9) のなかから,Fem piRNAと10塩基のオーバーラップをもつpiRNAが発見され,それがMasc遺伝子から産生されることがわかった.このMasc遺伝子から産生されるFem piRNAのパートナーをMasc piRNAと命名した.Fem piRNAはSiwiに多く結合していたが,Masc piRNAはBmAgo3に多く結合していたことから,これらpiRNAの生合成のモデルが想定された(図2).これは,非コードRNAとタンパク質をコードする遺伝子とのあいだにピンポンサイクルが存在することを実験的に示したはじめての例であった.

figure2

4.Mascは性決定および遺伝子量の補正の両方を制御する

 Mascの雄化能を証明するため,初期胚においてRNAi法によるノックダウンを行った.Masc遺伝子に対するsiRNAを注入した雄の胚では雌の胚と同じ程度までMasc遺伝子の発現が抑制されており,Bmdsx遺伝子の雌に特異的なスプライシングが確認された.さらに,Masc遺伝子のsiRNAの注入は雄の胚でのみ孵化を阻害した.Masc遺伝子のノックダウンによる影響を調べるため,Masc遺伝子のsiRNAを注入した胚をRNA-Seq法により解析した結果,雄の胚においてMasc遺伝子のノックダウンにより発現の変化する転写産物の多くはZ染色体にコードされており,発現が亢進するものがほとんどであった.すなわち,Mascは雄が2本もつZ染色体における遺伝子の発現をグローバルに負に制御しており,遺伝子量の補正を担っていると考えられた(図1).チョウ目の昆虫における遺伝子量の補正については長期にわたりその存否が議論されてきたが,少なくとも,初期胚においてはじめてその存在が証明された.

おわりに

 今回,Fem piRNAの発見を契機に,その標的として雄化遺伝子であるMasc遺伝子が同定され,さらに,結論があいまいであったチョウ目の昆虫における遺伝子量の補正の存在も示された.チョウ目昆虫のモデルであるカイコの性決定カスケードの最上流が明らかにされたことにより,その下流の因子やほかのチョウ目昆虫における性決定カスケードもそう遠くない将来に明らかにされるだろう.とくに,W染色体を欠くZ0/ZZ型のチョウ目昆虫の性決定様式の解明は,W染色体の進化を語るうえでも興味深いテーマであると考えている.また,Mascからの性決定カスケードの遮断がひき起こす雄に特異的な胚の致死は,チョウ目昆虫において観察される共生細菌Wolbachiaによる“雄殺し”と類似した現象であり15),共生細菌による性操作の標的がMasc遺伝子やその下流の因子であることを示唆している.今後,これらの因子を標的としたアプローチにより“雄殺し”の分子機構が解明されるかもしれない.
 チョウ目の昆虫は主要な農業害虫を多く含んでいる.また,カイコは遺伝子組換え技術を利用した有用物質の生産が期待される昆虫である.この研究の成果が,性操作を利用したチョウ目害虫の防除法の開発や,カイコは雄の生産性のほうが高いことから限性系統の作出につながることを期待している.
 80年以上もその実体がつかめなかったW染色体の雌性決定遺伝子は,たった29塩基の小さなRNAをコードするものであった.長年にわたり雌性決定遺伝子が発見できなかった理由も合点がいく.このトランスポゾンに埋もれた“宝石”と,生物らしい“美しい”性決定機構を発見できたのは,筆者らの研究チームにさまざまな人材がバランスよくそろっていたからだと感じている.それにくわえ,カイコの性決定機構の解明に挑んできた多くの研究者たちの知見の蓄積が必要不可欠であったことも,まちがいない事実であろう.

文 献

  1. 橋本春雄.: 蚕に於けるW染色体の性決定に対する役割. 遺伝学雑誌, 8, 245-247 (1933)
  2. Abe, H., Mita, K., Yasukochi, Y. et al.: Retrotransposable elements on the W chromosome of the silkworm, Bombyx mori. Cytogenet. Genome Res., 110, 144-151 (2005)[PubMed]
  3. Kawaoka, S., Kadota, K., Arai, Y. et al.: The silkworm W chromosome is a source of female-enriched piRNAs. RNA, 17, 2144-2151 (2011)[PubMed]
  4. Ohbayashi, F., Suzuki, M. G., Mita, K. et al.: A homologue of the Drosophila doublesex gene is transcribed into sex-specific mRNA isoforms in the silkworm, Bombyx mori. Comp. Biochem. Physiol. B Biochem. Mol. Biol., 128, 145-158 (2001)[PubMed]
  5. Suzuki, M. G., Funaguma, S., Kanda, T. et al.: Analysis of the biological functions of a doublesex homologue in Bombyx mori. Dev. Genes Evol., 213, 345-354 (2003)[PubMed]
  6. Suzuki, M. G., Funaguma, S., Kanda, T. et al.: Role of the male BmDSX protein in the sexual differentiation of Bombyx mori. Evol. Dev., 7, 58-68 (2005)[PubMed]
  7. Abe, H., Seki, M., Ohbayashi, F. et al.: Partial deletions of the W chromosome due to reciprocal translocation in the silkworm Bombyx mori. Insect Mol. Biol., 14, 339-352 (2005)[PubMed]
  8. Kawaoka, S., Hayashi, N., Katsuma, S. et al.: Bombyx small RNAs: genomic defense system against transposons in the silkworm, Bombyx mori. Insect Biochem. Mol. Biol., 38, 1058-1065 (2008)[PubMed]
  9. Kawaoka, S., Arai, Y., Kadota, K. et al.: Zygotic amplification of secondary piRNAs during silkworm embryogenesis. RNA, 17, 1401-1407 (2011)[PubMed]
  10. Kawaoka, S. Hayashi, N., Suzuki, Y. et al.: The Bombyx ovary-derived cell line endogenously expresses PIWI/PIWI-interacting RNA complexes. RNA, 15, 1258-1264 (2009)[PubMed]
  11. Kawaoka, S., Minami, K., Katsuma, S. et al.: Developmentally synchronized expression of two Bombyx mori Piwi subfamily genes, SIWIand BmAGO3 in germ-line cells. Biochem. Biophys. Res. Commun., 367, 755-760 (2008)[PubMed]
  12. Brennecke, J., Aravin, A. A., Stark, A. et al.: Discrete small RNA-generating loci as master regulators of transposon activity in Drosophila. Cell, 128, 1089-1103 (2007)[PubMed]
  13. Gunawardane, L. S., Saito, K., Nishida, K. M. et al.: A slicer-mediated mechanism for repeat-associated siRNA 5’ end formation in Drosophila. Science, 315, 1587-1590 (2007)[PubMed]
  14. Watanabe, T., Tomizawa, S., Mitsuya, K. et al.: Role of piRNAs and noncoding RNA in de novo DNA methylation of the imprinted mouse Rasgrf1 locus. Science, 332, 848-852 (2011)[PubMed] [新着論文レビュー]
  15. Sugimoto, T. N. & Ishikawa, Y.: A male-killing Wolbachia carries a feminizing factor and is associated with degradation of the sex-determining system of its host. Biol. Lett., 8, 412-415 (2012)[PubMed]

著者プロフィール

木内 隆史(Takashi Kiuchi)
略歴:2008年 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程 修了,同年 同 博士研究員,2009年 東京大学大学院農学生命科学研究科 博士研究員を経て,2011年より同 特任助教(現 助教).
抱負:昆虫の生命現象を分子レベルで理解し,応用研究に生かしたい.

勝間 進(Susumu Katsuma)
東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授.

© 2014 木内隆史・勝間 進 Licensed under CC 表示 2.1 日本

連合学習における嗅内皮質と海馬との協調的な神経活動の増強

$
0
0

五十嵐 啓
(ノルウェーNorwegian University of Science and Technology,Kavli Institute for Systems Neuroscience)
email:五十嵐 啓

Coordination of entorhinal-hippocampal ensemble activity during associative learning.
Kei M. Igarashi, Li Lu, Laura L. Colgin, May-Britt Moser, Edvard I. Moser
Nature, 510, 143-147 (2014)

要 約

 記憶,とくに陳述的な記憶の機能は,脳皮質と海馬とのあいだの情報を橋渡しする嗅内皮質により担われている.最近,嗅内皮質と海馬の神経回路がガンマ波長帯の神経振動活動により相互作用していることが示唆されたが,記憶が形成される過程との関係は不明であった.この研究では,ラットが匂い-場所連合学習を行う際に嗅内皮質および海馬から同時記録することにより,学習中に嗅内皮質と海馬の神経振動活動の同期が増強され,この同期の増強が個々の細胞のスパイク活動の集合と相関していることを明らかにした.この結果は,神経振動活動が匂い-場所連合学習中に発達する海馬と嗅内皮質の神経回路の情報表現を統合させる機能をもつことを示唆した.

はじめに

 脳のさまざまな領域において脳波を記録すると,シータ波長帯(6~12 Hz)あるいはガンマ波長帯(30~100 Hz)などの神経振動活動(神経オシレーション活動)の観察されることが知られている1-3).これまでの研究から,これらの神経振動活動の同期が特化した機能をもつ脳領域を統合させる役割をもつことが示唆されてきた.このような脳領域の統合を必要とすると考えられる脳機能のひとつに陳述的な記憶がある4).陳述的な記憶の機能は脳皮質と海馬とのあいだの情報を橋渡しする嗅内皮質により担われているが,陳述記憶の記銘および想起の過程において,嗅内皮質と海馬の神経回路はガンマ波長帯の神経振動活動により相互作用していると考えられている.実際に,覚醒中のげっ歯類ではこの波長帯の活動が多く観察されており,以前に,筆者らの研究室は,学習後のラットの嗅内皮質および海馬から同時記録を行うと同期したシータ波およびガンマ波のみられることを報告した5).しかしながら,これらの実験は動物が学習をすませたあとに行われたものであり,領域のあいだの神経振動活動の同期と記憶の形成との関係は不明であった.

1.匂いを嗅いでいるあいだの20~40 Hz波長帯の神経振動活動の同期

 複数の記録電極をラットの海馬CA1領域および嗅内皮質(図1)に留置し,スパイク活動および局所電場電位(local field potential:LFP)の記録を行った.海馬に依存的な学習である匂い-場所連合課題6)図2)を3週間で85%以上の正答率が得られるまでトレーニングし,その期間の神経活動を記録した.匂い-場所連合課題は,1)匂い試料ポートに鼻先を入れ,匂いAあるいは匂いBを嗅ぐ,2)匂いを嗅ぎおわり,ポートから鼻先を出して2つある給餌ポートAあるいは給餌ポートBのうちいずれかに移動する,3)給餌ポートに鼻先を入れ,それが正解であればスクロースの餌が得られる,という3段階の行動タスクである.匂いAと匂いBはランダムに出現するが,匂いAが呈示されたときは給餌ポートAを,匂いBが呈示されたにときは給餌ポートBを選択しなければ餌は得られない.

figure1

figure2

 連合学習をおえたラットの海馬から記録を行った.その結果,海馬CA1領域では匂いを嗅いでいるあいだ20~40 Hz波長帯の強い神経振動活動の観察されることが明らかになった.この神経振動活動は海馬CA1遠位部にて強く海馬CA1近位部ではあまり観察されなかった.解剖学的には,海馬CA1遠位部は嗅内皮質の外側部から,海馬CA1近位部は嗅内皮質の内側部から,直接の投射をうけることが知られている7)図1).そこで,嗅内皮質の外側部とおよび内側部からそれぞれ記録を行った.その結果,匂いを嗅いでいるあいだ,嗅内皮質の外側部にのみ20~40 Hz波長帯の神経振動活動が観察された.さらに,海馬CA1遠位部および嗅内皮質の外側部から同時記録を行うと,これらの領域で観察される20~40 Hz波長帯の神経振動活動が同期していることが明らかになった.
 この同期は海馬CA1遠位部と嗅内皮質の外側部とのあいだで特異的なのだろうか? これを明らかにするため,海馬CA1遠位部あるいは海馬CA1近位部,および,嗅内皮質の外側部あるいは内側部の組合せで同時記録を行ったところ,同期は海馬CA1遠位部と嗅内皮質の外側部とのあいだのみで観察された.よって,匂い-場所連合学習においては,20~40 Hz波長帯の神経振動活動を介した機能的な結合が海馬CA1遠位部と嗅内皮質の外側部とのあいだでみられることが示された.

2.匂い-場所連合学習中に20~40 Hz波長帯の神経振動活動の同期は増強される

 この研究の主目的である,神経振動活動の同期が学習中に変化するかどうかという命題を検証した.学習をしていないラットの海馬CA1遠位部および嗅内皮質の外側部に記録電極を留置し,課題を学習する際の神経活動の変化を記録した.その結果,学習の開始直後より20~40 Hz波長帯の神経振動活動それ自体は海馬CA1遠位部および嗅内皮質の外側部それぞれにおいて観察されたものの,それらは同期していなかった.しかし,学習の進行にともない20~40 Hz波長帯の神経振動活動の同期は増強され,学習をおえた段階で同期はもっとも増強されていた.
 20~40 Hz波長帯の神経振動活動の同期はラットの正答行動に必要なのだろうか? これを明らかにするため,エラー試行における神経活動について検証した.ラットは85%の正答率で行動するが,残りの15%ではまちがった給餌ポートを選択してしまう.このようなエラー試行においては20~40 Hz波長帯の神経振動活動の同期は減弱していることが明らかになった.すなわち,学習中に海馬と嗅内皮質とのあいだの機能的な結合が20~40 Hz波長帯の神経振動活動の同期により増強され,この同期がラットの正答行動に必要であることが示された.

3.学習中の匂いに特異的なスパイク発火の変化

 ここまでの結果は,脳波として観察される複数の細胞の集合活動の結果であった.細胞の集合活動としてみられる脳波の振動と類似した時間的な構造が,個々の細胞においてもみられるだろうか? また,個々の細胞も20~40 Hz波長帯の神経振動活動の同期のような学習中の変化を示すのだろうか? 匂いを嗅いでいるあいだ1 Hz以上のスパイク発火の頻度を示す細胞を海馬CA1遠位部および嗅内皮質の外側部それぞれから60~80個を記録し,この細胞におけるスパイク活動の学習中の変化をおった.
 これらのスパイク列の時間的な構造を検討した.スパイク列が神経振動活動と同様の時間的な構造をもつかどうかを検証するため,20~40 Hz波長帯の神経振動活動の位相とスパイク発火のタイミングとの相互関係を解析したところ,海馬CA1遠位部の細胞および嗅内皮質の外側部の細胞のスパイク列は,学習にともない20~40 Hz波長帯の神経振動活動の特定の位相において発火する傾向の強まる(位相がロックする)ことが明らかになった.このことは,海馬CA1遠位部および嗅内皮質の外側部のいずれにおいても,20~40 Hz波長帯の神経振動活動が個々の細胞のスパイク活動の集合として形成されていることを示唆した.
 細胞のスパイク活動が表現する情報について検討した.海馬CA1遠位部および嗅内皮質の外側部の細胞の一部は,学習後に匂いAと匂いBとのあいだで異なるスパイク発火の頻度を示す.このような匂いに選択的な細胞の割合を学習の前後で比較すると,学習前と比べて学習後は有意に割合が上昇していた.このような変化は海馬CA1遠位部よりも嗅内皮質の外側部においてより顕著に観察された.さらに,匂いに選択的な細胞における選択的なスパイク発火は,エラー試行において減弱していた.この結果から,神経振動活動の同期と同様に,海馬CA1遠位部および嗅内皮質の外側部の細胞における匂いに選択的なスパイク発火がラットの正答行動に必要であることが示された.

4.神経活動と行動との相互関係

 ここまで,ラットの行動の正答率の上昇にともない,20~40 Hz波長帯の神経振動活動の同期,および,海馬CA1遠位部および嗅内皮質の外側部の細胞における匂いに選択的なスパイク発火が,それぞれ増強されることが明らかになった.では,これらの現象のあいだの相互関係はどのようになっているのだろうか? いずれかの部位の神経活動がさきに変化して,ほかの部位の活動を促進しているのだろうか? これを明らかにするため,動物の学習期間を未習熟から習熟まで5つの段階に分け,行動の正答率,20~40 Hz波長帯の神経振動活動の同期,海馬CA1遠位部における匂いに選択的なスパイク発火,嗅内皮質の外側部における匂いに選択的なスパイク発火,の増強のパターンを比較した.その結果,いずれのあいだにも相関がみられた.しかし,行動の正答率,20~40 Hz波長帯の神経振動活動の同期,嗅内皮質の外側部における匂いに選択的なスパイク発火は,類似した上昇曲線を示したが,海馬CA1遠位部における匂いに選択的なスパイク発火は,それよりも立ち上がりの遅れた上昇曲線を示した.この結果は,嗅内皮質におけるスパイク発火が海馬CA1領域の変化を誘導している可能性を示唆した.

おわりに

 以上の結果から,20~40 Hz波長帯の神経振動活動の同期が,匂い-場所連合学習中に発達する海馬と嗅内皮質の神経回路の情報表現を統合させる機能をもつことが示唆された.これまで,神経振動活動が脳の別個の機能モジュールを統合させる可能性は示唆されてきたが3),この統合機能が学習に関与しているかどうかは不明だった.この研究は,神経振動活動が脳の学習,および,海馬と嗅内皮質との機能的な結合の増強に関与していることを示唆したはじめての結果であった.20~40 Hz波長帯の神経振動活動の同期により,嗅内皮質の外側部の細胞のシナプス前部と海馬CA1遠位部の細胞のシナプス後部のスパイク発火が時間的に近接したパターンを示すことで,スパイク発火のタイミングに依存したシナプスの可塑性などの機構により,海馬と嗅内皮質とのあいだ機能的な結合の増強が実現されるものと考えられる.20~40 Hz波長帯の神経振動活動は脳において広くみられる現象である8).とくに,嗅球や梨状皮質などの嗅覚野では強い20~40 Hz波長帯の神経振動活動が観察され,これらの嗅覚野の機能的な結合を促進すると予想されている9).嗅内皮質の外側部はこれらの嗅覚野からの直接の投射をうけて海馬へと嗅覚シグナルを送り込む部位であり10),20~40 Hz波長帯の神経振動活動が嗅覚野から海馬の広い範囲にわたる機能的な結合を促進している可能性もある.われわれは日常生活において,ある匂いを嗅いだ瞬間に過去の場面を鮮やかに思い出すことがあるが,このような匂いによる記憶の想起には,われわれの脳で生じる20~40 Hz波長帯の神経振動活動が関与しているのかもしれない.

文 献

  1. Freeman, W. J.: Spatial properties of an EEG event in the olfactory bulb and cortex. Electroencephalogr. Clin. Neurophysiol., 44, 586-605 (1978)[PubMed]
  2. Gray, C. M., Konig, P., Engel, A. K. et al.: Oscillatory responses in cat visual cortex exhibit inter-columnar synchronization which reflects global stimulus properties. Nature, 338, 334-337 (1989)[PubMed]
  3. Singer, W.: Synchronization of cortical activity and its putative role in information processing and learning. Annu. Rev. Physiol., 55, 349-374 (1993)[PubMed]
  4. Buzsaki, G. & Moser, E. I.: Memory, navigation and theta rhythm in the hippocampal-entorhinal system. Nat. Neurosci., 16, 130-138 (2013)[PubMed]
  5. Colgin, L. L., Denninger, T., Fyhn, M. et al.: Frequency of gamma oscillations routes flow of information in the hippocampus. Nature, 462, 353-357 (2009)[PubMed]
  6. Day, M., Langston, R. & Morris, R. G.: Glutamate-receptor-mediated encoding and retrieval of paired-associate learning. Nature, 424, 205-209 (2003)[PubMed]
  7. Tamamaki, N. & Nojyo, Y.: Preservation of topography in the connections between the subiculum, field CA1, and the entorhinal cortex in rats. J. Comp. Neurol., 353, 379-390 (1995)[PubMed]
  8. Engel, A. K. & Fries, P.: Beta-band oscillations: signalling the status quo? Curr. Opin. Neurobiol., 20, 156-165 (2010)[PubMed]
  9. Ravel, N., Chabaud, P., Martin, C. et al.: Olfactory learning modifies the expression of odour-induced oscillatory responses in the gamma (60-90 Hz) and beta (15-40 Hz) bands in the rat olfactory bulb. Eur. J. Neurosci., 17, 350-358 (2003)[PubMed]
  10. Igarashi, K. M., Ieki, N., An, M. et al.: Parallel mitral and tufted cell pathways route distinct odor information to different targets in the olfactory cortex. J. Neurosci., 32, 7970-7985 (2012)[PubMed]

著者プロフィール

五十嵐 啓(Kei M. Igarashi)
略歴:2007年 東京大学大学院医学系研究科 修了,同年 同 研究員,2009年 ノルウェーNorwegian University of Science and Technology博士研究員を経て,2013年より同 リサーチアソシエイト.
研究テーマ:脳の機能統合を実現する神経機構.
関心事:記憶や対象物の認識といった脳の高次機能は,脳の個々の領域の機能により担われているわけではなく,複数の領域の機能的な結合により担われるものと考えられる.このような機能的な結合を実現する神経機構を,システム生物学的な発想で明らかにしていきたい.

© 2014 五十嵐 啓 Licensed under CC 表示 2.1 日本

チオ糖の生合成における硫黄の導入反応

$
0
0

佐々木栄太・Hung-wen Liu
(米国Texas大学Austin校Department of Chemistry)
email:佐々木栄太

Co-opting sulphur-carrier proteins from primary metabolic pathways for 2-thiosugar biosynthesis.
Eita Sasaki, Xuan Zhang, He G. Sun, Mei-Yeh Jade Lu, Tsung-lin Liu, Albert Ou, Jeng-yi Li, Yu-hsiang Chen, Steven E. Ealick, Hung-wen Liu
Nature, 510, 427-431 (2014)

要 約

 硫黄は生命に必須の元素であり,硫黄を含む有機化合物は自然界に普遍的に存在する.近年,硫黄を含む補酵素や硫黄により修飾された塩基の生合成の研究により,生体において1次代謝産物のもつ炭素と硫黄とのあいだの結合の多くが,ラジカル種を介した反応,あるいは,硫黄供与タンパク質の活性部位において形成されたペルスルフィドやチオカルボキシレートからの硫黄の導入反応により形成されることが明らかになってきた.しかしながら,微生物や植物が生産する多様な2次代謝産物における硫黄の導入反応の詳細についてはいまだよくわかっていないものが多い.この論文では,放線菌Amycolatopsis orientalisにより産生される抗腫瘍性の抗生物質BE-7585Aの構造にみられる2-チオグルコースに注目し,その炭素と硫黄とのあいだの結合の形成に必要な一連の酵素を見い出すことに成功した.また,同定した酵素の生化学的な機能解析,および,硫黄供与タンパク質と硫黄受容タンパク質との複合体のX線結晶構造解析を行い,チオ糖の生合成における硫黄の導入反応の全容を明らかにした.

はじめに

 自然界に存在する豊富な2次代謝産物には,デオキシ糖をはじめとして,ニトロ基(-NO2)やスルフヒドリル基(-SH)などをもつユニークな糖が多く知られている1).このような糖を含む有機化合物において,糖の部位は物理化学的な性質に影響することはもちろん,しばしば分子認識部位として生物活性の強度や特異性において重要な役割をはたす2).したがって,これらユニークな糖の生合成の機構を分子レベルで解き明かすことは,天然には存在しない新規の医薬品を創出するためにも有用である3).しかし,炭素と硫黄とのあいだの結合をもつチオ糖の生合成の機構については,キャベツ,ブロッコリー,クロカラシなどのフウチョウソウ目の植物により生成されるグルコシノレート類の生合成経路が示されている例のほか,ほとんどわかっていない.
 筆者らは,放線菌Amycolatopsis orientalis subsp. vinearia BA-07585株により産生される2-チオグルコースを含む抗生物質BE-7585Aの生合成遺伝子クラスターを同定し,チオ糖の合成に関与すると推測されるタンパク質BexXを見い出した4).BexXのアミノ酸配列は,硫黄を含むチアゾール環をもつチアミンの生合成に重要な酵素であるThiGと相同性を示した.さらに,BexXを発現して精製しヒドリド還元と質量分析とにより,BexXはグルコース6-リン酸と特異的に共有結合することが明らかにされた5).これらの結果は,BexXが2-チオグルコース合成酵素であることを強く示唆したが,目的とする硫黄の導入反応について直接的な証拠は得られていなかった.
 通常,放線菌による2次代謝産物の生合成に必要な一連の遺伝子は,ゲノムの一部に遺伝子クラスターとしてかたまって存在することが知られている.実際に,さきに同定されたBE-7585A生合成遺伝子クラスターからは,BexXをコードする遺伝子のほか,BE-7585Aに含まれるアングサイクリン骨格およびデオキシ糖を合成するための一連の酵素をコードする遺伝子がみつかっている.一方,チアミンの生合成においては,ThiGと基質との複合体に硫黄供与タンパク質であるThiSからの硫黄の導入反応が起こることが報告されている6).BexXとThiGとの相同性から,2-チオ糖の生合成においてもThiSのような硫黄供与タンパク質の関与を予想したが,BE-7585A生合成遺伝子クラスターにそのようなタンパク質をコードする遺伝子はみつからなかった.そこで,遺伝子クラスターの外に存在する独立した遺伝子の関与をうたがい,BE-7585Aを産生する放線菌A. orientalisのゲノム解析から硫黄の導入反応にかかわる可能性の高いタンパク質をコードする遺伝子を網羅的に探索することにした.

1.4種類の硫黄担体タンパク質と万能の活性化酵素MoeZ

 BexXとグルコース6-リン酸との複合体に硫黄を導入する可能性の高いタンパク質として,A. orientalisのゲノムから,4種類の硫黄担体タンパク質としてThiS,MoaD,CysO,MoaD2,および,5種類のシステイン脱硫酵素,5種類のロダネーゼ相同体をコードする遺伝子を選び出した.このうち,ThiS,MoaD,CysOは,それぞれ,チアミン,モリブドプテリン,システインという1次代謝産物の生合成遺伝子クラスターにコードされている.一方,MoaD2をコードする遺伝子は,これらの生合成遺伝子クラスターとは独立して存在しているためその内在性の機能は定かではないが,MoaDとの相同性からMoaDのはたらきをおぎなう可能性があると考えられた.さきに述べたように,BexXとThiGはアミノ酸レベルで相同性を示す.そこで,チアミンの生合成経路においてThiGと基質との複合体に硫黄を供与することが知られている硫黄担体タンパク質ThiSが,2次代謝産物であるチオ糖の生合成経路においても借用されるのではないかという仮説をたてた.
 硫黄担体タンパク質は65~100アミノ酸残基からなり,真核生物のユビキチン様の立体構造をもつことが知られている7).C末端には特徴的なGly-Gly配列があり,ユビキチン活性化酵素様の酵素によりアデニル化される.枯草菌や大腸菌といった細菌におけるチアミンの生合成においては活性化酵素ThiFがThiSのアデニル化を担うことが知られているが,A. orientalisのゲノムから見い出したチアミンの生合成遺伝子クラスターはThiFをコードする遺伝子が欠落していた.そこで,A. orientalisのゲノムにおいてThiFと相同性を示すThiSの活性化酵素を探索したところ,唯一,N末端側にThiF様のドメイン,C末端側にロダネーゼ様のドメインをもつMoeZを発見した.興味深いことに,A. orientalisのゲノムにあるモリブドプテリンの生合成遺伝子クラスターおよびシステインの生合成遺伝子クラスターにも,ThiFのような硫黄担体タンパク質の活性化酵素の遺伝子は存在していなかったことから,MoeZはA. orientalisにおいてすべての硫黄担体タンパク質にはたらく万能の活性化酵素である可能性が示唆された8,9)
 MoeZの硫黄担体タンパク質に対する活性化能を調べるため,ThiS,MoaD,CysO,MoaD2という4つの硫黄担体タンパク質とMoeZをそれぞれ発現し精製した.それぞれの硫黄担体タンパク質にMoeZ,ATP,HS-をくわえて質量分析法により解析したところ,MoeZの存在下でのみ,すべての硫黄担体タンパク質がアデニル化をへてチオカルボキシレートに活性化されることが明らかになった.つまり予想どおり,MoeZはA. orientalisにおけるすべての硫黄担体タンパク質を活性化することが示唆された(図1).

figure1

2.硫黄の導入反応の実現とBexXと硫黄担体タンパク質との複合体の構造解析

 チオ糖の生合成のためチアミンの生合成経路からThiSが借用されているのではないかという仮説を検証するため,BexXとグルコース6-リン酸との複合体にThiS活性体をくわえて硫黄の導入の有無を調べたが,期待に反して,ThiSからの硫黄の導入を支持する証拠は得られなかった.そこで,別の2種類の硫黄担体タンパク質CysOおよびMoaD2の活性体についても同様の試験を行った(MoaDは,発現量が少なく得られた精製純度が低かったため,以下の実験には用いなかった).CysO活性体あるいはMoaD2活性体をくわえる前後でBexXとグルコース6-リン酸との複合体の質量分析法により解析した結果,CysO活性体あるいはMoaD2活性体をくわえたのちにはBexXとグルコース6-リン酸との複合体に由来するシグナルが消失し,遊離のBexXに由来するシグナルのみが観測された.これは,硫黄担体タンパク質からの硫黄の導入により,BexXとグルコース6-リン酸との複合体から生成物である2-チオグルコース6-リン酸が遊離したことを示唆した.そこで,2-チオ糖の生成のより直接的な証拠を得るため,反応溶液にチオール基に選択的な反応試薬mBBrをくわえて高速液体クロマトグラフィーにより分析した.その結果,ThiSではなく,CysOあるいはMoaD2を硫黄担体タンパク質として用いたときのみ,2-チオグルコース6-リン酸誘導体を得ることができた.つまり,A. orientalisのもつ硫黄担体タンパク質のなかには,1次代謝産物の生合成経路と2次代謝産物の生合成経路とをかけわたす潜在性をもつものの存在することが明らかになった(図2).

figure2

 これまでの細菌における硫黄担体タンパク質の研究により,活性型の硫黄担体タンパク質はそれぞれ個別の硫黄受容タンパク質と相互作用して硫黄の導入をひき起こすことが知られていた10).BexXとThiGがアミノ酸レベルでの相同性をもつにもかかわらず,ThiGへ硫黄を導入するThiSはBexXへの硫黄の導入を起こしえない一方,CysOあるいはMoaD2からBexXへの硫黄の導入がひき起こされることは不思議であった.この疑問に答えるため,BexXとCysOとの複合体のX線結晶構造解析を行い,BexX-MoaD2複合体モデルおよびBexX-ThiS複合体モデルと比較した.その結果,BexXへ硫黄を導入するCysOおよびMoaD2は,BexXとの境界となる部位にThiSにはない2つのαヘリックス構造をもち,複合体を形成したときの相互作用部位の表面積がThiSと比べ約1.6倍も大きくなりうることがわかった.さらに,BexX-CysO複合体の結晶構造と枯草菌のThiG-ThiS複合体の結晶構造とを比較すると,BexXとThiGの立体構造はよく重なった一方,CysOとThiSはうまく重ならないことがみてとれた.つまり,それぞれの硫黄担体タンパク質がよく似た構造をもち,かつ,そのC末端にあるチオカルボキシレートが硫黄受容タンパク質の活性部位に挿入されるという共通点をもっていたとしても,適切な硫黄担体タンパク質と硫黄受容タンパク質のペアを形成するかどうかは,複合体の境界部位の相互作用に大きく依存することが示唆された.

3.MoeZによる硫黄担体タンパク質の活性化の機構

 A. orientalisのもつ硫黄担体タンパク質の活性化酵素であるMoeZのC末端側にあるロダネーゼ様ドメインの硫黄の転移能について生化学的に解析した.ロダネーゼ様ドメインの活性部位にあるCysはS2O32-との反応によってペルスルフィド(R-S-S-H)を形成することが知られている.ペルスルフィドは代表的な硫黄供与体のひとつであり,MoeZのN末端側にあるThiF様のドメインによりアデニル化された硫黄担体タンパク質への硫黄の導入を担うことが予想された.これを検証するため,MoeZをATPおよびS2O32-の存在のもと硫黄担体タンパク質にくわえると,予想どおり,硫黄担体タンパク質がチオカルボキシレートへと活性化されることが確認された.一方,ロダネーゼ様ドメインの活性部位のCysをAlaに置換したMoeZ変異体を用いて同様の実験を行ったところ,硫黄担体タンパク質は同じ程度にアデニル化したにもかかわらず,S2O32-から硫黄担体タンパク質への硫黄の導入は観察されなかった.また,S2O32-の代わりにシステインとシステイン脱硫酵素を硫黄供与体として用いて同様の実験を行うと,システインに含まれる硫黄は,まずシステイン脱硫酵素に転移してペルスルフィドを形成し,つづいてMoeZのロダネーゼ様ドメインの活性部位にあるCysに転移し,最終的に硫黄担体タンパク質のC末端に導入される,という経路が確認された.以上の結果,MoeZはN末端側およびC末端側にある2つのドメインを用いて,硫黄担体タンパク質のアデニル化と硫黄の転移という2つの機能を触媒することがわかった.

おわりに

 放線菌A. orientalisのゲノム解析とそれにつづく生化学的な機能解析により,2-チオ糖の生合成における硫黄の導入には1次代謝産物の生合成のための一連の硫黄輸送機構の借用が必要なことが明らかになった.硫黄を含む2次代謝産物が比較的まれであることを考えると,このような機構を用いた硫黄の導入は自然の選んだ合理的な戦略であるといえる.硫黄供与タンパク質と硫黄受容タンパク質が必ずしも同一の生合成遺伝子クラスターに存在しないという結果は,自然界における別種の硫黄を含む化合物の生合成経路を明らかにするうえで,また,多くのゲノムにおいてみつかっている休眠型の生合成遺伝子クラスターのなかからみすごされている可能性のある新規の硫黄を含む有機化合物を発見するうえで,重要な知見となるだろう.

文 献

  1. Lin, C. -I., McCarty, R. M. & Liu, H. -w.: The biosynthesis of nitrogen-, sulfur-, and high-carbon chain-containing sugars. Chem. Soc. Rev., 42, 4377-4407 (2013)[PubMed]
  2. Schlunzen, F., Zarivach, R., Harms, J. et al.: Structural basis for the interaction ofantibiotics with the peptidyl transferase centre in eubacteria. Nature, 413, 814-821 (2001)[PubMed]
  3. Thibodeaux, C. J., Melancon, C. E. & Liu, H. -w.: Unusual sugar biosynthesis and natural product glycodiversification. Nature, 446, 1008-1016 (2007)[PubMed]
  4. Sasaki, E., Ogasawara, Y. & Liu, H. -w.: A biosynthetic pathway for BE-7585A, a 2-thiosugar-containing angucycline-type natural product. J. Am. Chem. Soc., 132, 7405-7417 (2010)[PubMed]
  5. Sasaki, E. & Liu, H. -w.: Mechanistic studies of the biosynthesis of 2-thiosugar: evidence for the formation of an enzyme-bound 2-ketohexose intermediate in BexX-catalyzed reaction. J. Am. Chem. Soc., 132, 15544-15546 (2010)[PubMed]
  6. Jurgenson, C. T., Begley, T. P. & Ealick, S. E.: The structural and biochemical foundations of thiamin biosynthesis. Annu. Rev. Biochem., 78, 569-603 (2009)[PubMed]
  7. Iyer, L. M., Burroughs, A. M. & Aravind, L.: The prokaryotic antecedents of the ubiquitin-signaling system and the early evolution of ubiquitinlike β-grasp domains. Genome Biol., 7, R60 (2006)[PubMed]
  8. Burroughs, A. M., Iyer, L. M. & Aravind, L.: Natural history of the E1-like superfamily: implication for adenylation, sulfur transfer, and ubiquitin conjugation. Proteins, 75, 895-910 (2009)[PubMed]
  9. Shigi, N., Sakaguchi, Y., Asai, S. et al.: Common thiolation mechanism in the biosynthesis of tRNA thiouridine and sulphur-containing cofactors. EMBO J., 27, 3267-3278 (2008)[PubMed]
  10. Jurgenson, C. T., Burns, K. E., Begley, T. P. et al.: Crystal structure of a sulfur carrier protein complex found in the cysteine biosynthetic pathway of Mycobacterium tuberculosis. Biochemistry, 47, 10354-10364 (2008)[PubMed]

著者プロフィール

佐々木 栄太(Eita Sasaki)
略歴:2011年 米国Texas大学Austin校 修了,同年 東京大学大学院薬学系研究科 特任研究員を経て,スイスFederal Institute of Technology Zurich校 ポスドク.
研究テーマ:チオ糖の生合成,新規の酵素反応の開拓,機能性かご型タンパク質の創出.
関心事:科学者と芸術家との関係.

Hung-wen Liu
米国Texas大学Austin校Professor.
研究室URL:http://uts.cc.utexas.edu/~liulab/

© 2014 佐々木栄太・Hung-wen Liu Licensed under CC 表示 2.1 日本


G・U塩基対に依存したtRNAの選択的なアミノアシル化の分子機構

$
0
0

永沼政広・横山茂之
(理化学研究所 横山構造生物学研究室)
email:永沼政広横山茂之

The selective tRNA aminoacylation mechanism based on a single G•U pair.
Masahiro Naganuma, Shun-ichi Sekine, Yeeting Esther Chong, Min Guo, Xiang-Lei Yang, Howard Gamper, Ya-Ming Hou, Paul Schimmel, Shigeyuki Yokoyama
Nature, 510, 507-511 (2014)

要 約

 遺伝暗号のタンパク質への翻訳の過程において,アラニルtRNA合成酵素はアラニンおよびアラニン専用のtRNAであるtRNAAlaを認識してアラニルtRNAAlaを生成する.その際,アラニルtRNA合成酵素はtRNAAlaのアクセプターステムにあるG3・U70塩基対を目印とすることで正確にtRNAAlaを選択する.しかし,どのような分子機構により1つの塩基対に依存してtRNAAlaを選択的にアミノアシル化するのかはわからないままであった.この研究においては,アラニルtRNA合成酵素と野生型のtRNAAlaとの複合体,および,アラニルtRNA合成酵素とG3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaとの複合体の結晶構造を解析し,tRNAAlaを選択する分子機構を原子レベルで明らかにした.G・U塩基対はワトソン-クリック型塩基対とは幾何学的に構造の異なる塩基対を形成するが,アラニルtRNA合成酵素は野生型のtRNAAlaのもつG3・U70塩基対の構造の違いをCCA末端の方向へ伝達し,アミノアシル化されるCCA末端を活性部位の方向に配置して,G3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaのようにこの位置にワトソン-クリック型塩基対をもつtRNAのCCA末端をまったく異なる位置に配置することにより,選択的なtRNAアミノアシル化をなしとげていることが明らかになった.

はじめに

 遺伝暗号においてコドンはそれぞれ20種類のアミノ酸のうち1種類に割り当てられている.このコドンとアミノ酸との対応づけは,20種類のアミノアシルtRNA合成酵素が専用のアミノ酸とそのコドンと相補的なアンチコドンをもつtRNAを選択し,アミノアシル化することにより達成されている.多くのアミノアシルtRNA合成酵素はそれぞれのtRNAに特徴的なアンチコドンを最大の目印として専用のtRNAを選択的にアミノアシル化する1).しかし,アラニンのアミノアシルtRNA合成酵素であるアラニルtRNA合成酵素は,アラニン専用のtRNAであるtRNAAlaのもつアンチコドンを目印にするのではなく,アクセプターステムにあるG3・U70塩基対を目印にしてtRNAAlaを選択的にアミノアシル化する1-3)図1a).つまり,G3・U70塩基対をA3・U70塩基対やG3・C70塩基対などのワトソン-クリック型塩基対に置換したtRNAAlaはアラニル化されなくなり,反対に,tRNAAla以外のいくつかのtRNAでもG3・U70塩基対を導入するとアラニルtRNA合成酵素によりアラニル化されるようになる.しかし,アラニルtRNA合成酵素がどのような分子機構によりたったひとつの塩基対に強く依存してtRNAAlaを選択的にアミノアシル化しているのかはわからないままであった.

figure1

 この研究では,アラニルtRNA合成酵素とG3・U70塩基対をもつ野生型tRNAAlaとの複合体の結晶構造を分解能3.3Å(PDB ID:3WQY),また,アラニルtRNA合成酵素とG3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaとの複合体の結晶構造を分解能3.5Å(PDB ID:3WQZ)で解くことにより,アラニルtRNA合成酵素によるtRNAAlaの選択的なアミノアシル化の分子機構を解明した.

1.アラニルtRNA合成酵素とtRNAAlaとの複合体の結晶構造

 アラニルtRNA合成酵素と野生型のtRNAAlaとの複合体の結晶構造,および,アラニルtRNA合成酵素とG3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaとの複合体の結晶構造において,結晶学的な非対称単位においてアラニルtRNA合成酵素は二量体を形成し片方のサブユニット(サブユニットA)にのみ1分子のtRNAAlaが結合していた(図1b).アミノアシル化ドメインはクラスIIアミノアシルtRNA合成酵素のあいだで共通のフォールドをとっていたが4),アミノアシル化ドメインに対するtRNAAlaの結合の位置はほかのクラスIIアミノアシルtRNA合成酵素のあいだで保存されている位置とは完全に異なっていた.tRNAAlaのアクセプターステムおよびTアームがtRNA認識ドメインおよびC末端ドメインによりとりかこまれるよう相互作用しており,一方,アンチコドンは相互作用していなかった(図1b).
 G3・U70塩基対はワトソン-クリック型塩基対であるA3・U70塩基対と比較して,G3が副溝側,U70が主溝側へずれて塩基対を形成していた(図1c).野生型のtRNAAlaのアクセプターステムは副溝と主溝の両側からはさまれるようにtRNA認識ドメインと相互作用しており,Mid2のα14へリックスの先端の449Tyr-Asp-Ser-His-Gly453がアクセプターステムのG2・C71塩基対,G3・U70塩基対,C4・G69塩基対,U5・A68塩基対の副溝側と相互作用し,G3の2-アミノ基はAsp450の側鎖のカルボキシル基および主鎖のカルボニル基と水素結合できる距離にあり,U70の2′-ヒドロキシル基はAsp450,Tyr449,Gly453の主鎖のカルボニル基と水素結合できる距離にあった(図1c).一方,G1・C72塩基対,G2・C71塩基対,G3・U70塩基対の主溝側はMid1のα11へリックスのN末端側のヘリカルループと相互作用しており,U70の4-カルボニル基がAsn359の側鎖のアミノ基と水素結合できる距離にあった(図1c).G3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaのアクセプターステムも,野生型のtRNAAlaと同様に副溝と主溝の両側からはさまれるように相互作用していた.しかし,A3はG3に比べ主溝側にずれてAsp450から離れていた(図1c).

2.CCA末端の分岐

 野生型のtRNAAlaにおいてはG3・U70塩基対のもつ幾何学的な構造の違いがCCA末端の方向へと伝達していた(図2a).G3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaにおいてA3・U70塩基対はG3・U70塩基対に比べずれているため,G2・C71塩基対とG1・C72塩基対も連動してずれていた.これらのヌクレオチドの動きはターニングポイントになるC74の5′-リン酸基まで到達し,CCA末端の位置を大きく変化させていた(図2b).野生型のtRNAAlaのCCA末端の“反応性”の位置と,G3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaのCCA末端の“非反応性”の位置は,193GGG195とGlu220の領域により分け隔てられていた.193GGG195とGlu220の領域がCCA末端の位置を分岐させる“セパレーター”としてはたらいていると考えられた.大腸菌のアラニルtRNA合成酵素において,193GGG195とGlu220の領域と空間的に近い位置にあるAsp174をGlyに置換したアラニルtRNA合成酵素変異体は,G3・U70塩基対をG3・C70塩基対に置換したtRNAをまちがってアミノアシル化してしまうという報告があり5),このアラニルtRNA合成酵素変異体はCCA末端を“非反応性”の位置に捕捉できないものと考えられる.このようなCCA末端の領域における構造変化の増幅は,Mid1とMid2がアクセプターステムを副溝と主溝の両側からしっかりはさみこみアクセプターステムの3番目の塩基対を正しく配置することにより可能になっていた(図1c).

figure2

3.分子活性によるtRNAAlaの選択の機構

 クエンチフロー装置を用いて前定常状態の反応速度論の解析を行った.野生型のtRNAAlaとG3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaは,約100倍のkcatの差をもってアラニルtRNA合成酵素により区別されていた.kcatは酵素1分子あたり1秒間に何個の基質を触媒するかというパラメーターである.シングルターンオーバー解析を行ったところ,G3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaは野生型のtRNAAlaと比べ,“反応性”の状態でのAla-tRNAAlaの生成速度であるkchemが約2倍小さく解離定数Kdが約2倍大きかった.このように,G3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaと野生型のtRNAAlaとのあいだのkchemKdとの差は,kcatにおける差に比べ非常に小さかった.
 これらの結果の解釈のため,非反応性の状態を考慮した酵素反応速度論にもとづいてシミュレーションを行ったところ,野生型のtRNAAlaおよびG3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaの前定常状態の反応を再現することができた.シミュレーションにおいて,野生型のtRNAAlaではほとんどの複合体が“反応性”の状態になったが,G3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaではほとんどが“非反応性”の状態に捕捉されており生成物の酵素からの解離が律速段階となっていた.この非反応性の状態はアラニルtRNA合成酵素とG3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaとの複合体のCCA末端が捕捉された結晶構造を表わしていると考えられた.このように,アラニルtRNA合成酵素は反応性と非反応性の状態を用いる分子機構によりkcatに依存したtRNAの選択的なアミノアシル化をなしとげていた.

おわりに

 アラニルtRNA合成酵素と野生型のtRNAAlaとの複合体,および,アラニルtRNA合成酵素とG3・U70塩基対をA3・U70塩基対に置換したtRNAAlaとの複合体の構造解析により,反応性と非反応性の状態を用いた分子活性に依存したtRNAの選択的なアミノアシル化の分子機構が明らかにされた.多くのアミノアシルtRNA合成酵素においては,G3・U70塩基対よりもさらに遠いアンチコドンの変異が,Kdを上げるのではなくkcatを劇的に低下させる1).しかし,そのようなアミノアシルtRNA合成酵素においても,今回,明らかにされたものと同様の反応機構が用いられているかどうかはいまだ謎である.今後,この反応性と非反応性の状態をとりいれた酵素の設計などにより人工塩基をもつtRNAの認識および選択が可能になれば,それらの人工コドンを人工アミノ酸に割り当てる遺伝暗号の拡張の技術の開発にもつながると予想され,有用な人工アミノ酸を活用するタンパク質工学を発展させることが期待される.

文 献

  1. Giege, R., Sissler, M. & Florentz, C.: Universal rules and idiosyncratic features in tRNA identity. Nucleic Acids Res., 26, 5017-5035 (1998)[PubMed]
  2. Hou, Y. M. & Schimmel, P.: A simple structural feature is a major determinant of the identity of a transfer RNA. Nature, 333, 140-145 (1988)[PubMed]
  3. McClain, W. H. & Foss, K.: Changing the identity of a tRNA by introducing a G-U wobble pair near the 3′ acceptor end. Science, 240, 793-796 (1988)[PubMed]
  4. Cavarelli, J. & Moras, D.: Recognition of tRNAs by aminoacyl-tRNA synthetases. FASEB J., 7, 79-86 (1993)[PubMed]
  5. Miller, W. T., Hou, Y. M. & Schimmel, P.: Mutant aminoacyl-tRNA synthetase that compensates for a mutation in the major identity determinant of its tRNA. Biochemistry, 30, 2635-2641 (1991)[PubMed]

著者プロフィール

永沼 政広(Masahiro Naganuma)
略歴:2012年 東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了,同年より理化学研究所 特別研究員.
研究テーマ:アミノアシルtRNA合成酵素によるtRNAの認識の機構.
関心事:タンパク質によるRNAの認識.

横山 茂之(Shigeyuki Yokoyama)
理化学研究所 上席研究員.
研究室URL:http://sbl.riken.jp/

© 2014 永沼政広・横山茂之 Licensed under CC 表示 2.1 日本

Jam1aとJam2aとの相互作用はNotchシグナルを介した造血幹細胞の運命を制御する

$
0
0

小林 功・David Traver
(米国California大学San Diego校Department of Cellular and Molecular Medicine)
email:小林 功

Jam1a-Jam2a interactions regulate haematopoietic stem cell fate through Notch signalling.
Isao Kobayashi, Jingjing Kobayashi-Sun, Albert D. Kim, Claire Pouget, Naonobu Fujita, Toshio Suda, David Traver
Nature, 512, 319-323 (2014)

要 約

 脊椎動物の発生の過程においてNotchシグナルは造血幹細胞への運命の決定に重要な役割をはたしている.Notchシグナルは細胞膜において発現するNotchリガンドとNotch受容体とが接触することにより伝達される.これまでに,筆者らの研究グループは,ゼブラフィッシュにおいて体節に発現する2つのNotchリガンド,DlcおよびDldが造血幹細胞の発生において必須であることを報告している.しかしながら,これらのNotchシグナルが,いつ,どこで,どのように造血幹細胞の発生に関与しているのかについては不明であった.この研究においては,造血系および血管系の共通の前駆細胞である血管芽細胞が体節の腹側にそって正中へと移動する際,体節と直接的に接触することによりNotchシグナルが伝達され,さらに,このシグナル伝達にはJamとよばれる2つの細胞接着分子が関与していることを見い出した.これらの結果は,Notchシグナルによる造血幹細胞への運命の決定がこれまで予想されていた時期よりもかなり早い段階で起こっていることを示唆した.

はじめに

 造血幹細胞はすべての種類の血液細胞を生涯にわたり供給しつづけることから,自己複製能および多分化能をもつとされている.生体の外においてiPS細胞(induced pluripotent stem cell,人工多能性幹細胞)から造血幹細胞への分化を誘導することができれば,白血病などさまざまな難治性の血液疾患に対する根治的な治療ができると期待されている.しかしながら,iPS細胞から造血幹細胞への分化の誘導法はいまだ確立されていない.この分化の誘導を実現するためには,生体の外において初期胚から造血幹細胞までの発生の過程を忠実に再現する必要があり,造血幹細胞の発生にかかわる分子機構の解明がもとめられている.
 脊椎動物において,造血幹細胞は背側大動脈の腹側壁に存在する血管内皮細胞より出現することが知られている.この血管内皮細胞はとくに造血性内皮細胞とよばれ,内皮-造血転換により造血幹細胞へと分化すると考えられている1-3).この造血性内皮細胞への運命の決定においてはNotchシグナルが中心的な役割をはたしている4).これまでに,筆者らの研究グループは,ゼブラフィッシュにおいて体節に発現する2つのNotchリガンド,DlcおよびDldが造血幹細胞の発生に必須であることを報告している5).Notchシグナルの伝達には,Notchリガンドを発現する細胞とNotch受容体を発現する細胞とが直接的に接触する必要があるため,効率のよいシグナル伝達のためになんらかの細胞接着分子が関与している可能性が考えられる.そこで,この研究においては,造血幹細胞に発現するJam1 6) および体節に発現するJam2 7,8) に着目し,ゼブラフィッシュを用いて造血幹細胞の発生におけるJamタンパク質とNotchシグナルとの関連性およびその役割について解析した.

1.Jam1aは造血幹細胞の発生において不可欠である

 Jamタンパク質は免疫グロブリンスーパーファミリーに属する細胞接着分子であり,Jam1(Jam-A,F11R),Jam2(Jam-B),Jam3(Jam-C)の3つの大きなグループから構成され,さまざまな組織あるいは細胞において密着結合や細胞移動に関与している.Jam1はマウスの造血幹細胞において発現しているが6),造血幹細胞における機能については報告されていない.Jam1遺伝子のゼブラフィッシュにおけるオルソログであるjam1a遺伝子は,受精後14時間の胚において両側性に分布する後部側板中胚葉に発現していた.この後部側板中胚葉には,造血性内皮細胞と血管内皮細胞の共通の前駆細胞である血管芽細胞が含まれる.jam1a遺伝子の制御領域においてタモキシフェンに誘導性にCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニック系統と,Creリコンビナーゼの存在のもと赤色蛍光タンパク質DsRedを発現するレポーター系統とを交配して得られた胚において,jam1a遺伝子を発現する細胞の細胞系譜を長期間にわたり追跡した.後部側板中胚葉が形成される受精後12時間の前後にタモキシフェンを処理したところ,DsRedを発現する多種類の血液細胞が5カ月以上の長期間にわたり成体の造血組織に検出された.これらのことから,jam1a遺伝子は将来,造血幹細胞へと分化する血管芽細胞において発現することが明らかになった.
 Jam1aの造血幹細胞の発生における役割を調べるため,モルフォリーノオリゴヌクレオチドを用いて遺伝子の機能を阻害する実験を行った.Runx1は大動脈の造血性内皮細胞において内皮-造血転換に必須な転写因子であり,造血性内皮細胞のマーカーとしても知られている.野生型の胚と比べ,Jam1aを欠損した胚では大動脈の領域におけるrunx1遺伝子の発現がいちじるしく低下していた.背側大動脈より出現した造血幹細胞はcmyb遺伝子を発現する細胞として大動脈の領域および尾部造血組織に検出される2).Jam1aを欠損した胚ではこのcmyb遺伝子を発現する細胞の数が野生型の胚に比べおよそ1/12に低下していた.一方,大動脈のマーカー遺伝子であるefnb2a遺伝子はJam1aを欠損した胚においてもほぼ正常に発現していたことから,Jam1aの欠損は大動脈の形成には影響しないと考えられた.さらに,背側大動脈の周囲に分布する後部主静脈,体節,前腎,脊索などの組織もほぼ正常に発生していたことから,Jam1aを欠損した胚における造血幹細胞の発生の異常は,周囲の組織の発生の異常に起因するものではないと考えられた.

2.Jam1aは血管芽細胞の細胞移動を制御する

 血管芽細胞を含む後部側板中胚葉は,はじめ体節の両側に形成され,そののち正中へ移動し,正中にて血管帯とよばれる帯状の組織を形成して,やがて背側大動脈,後部主静脈,造血幹細胞を形成する(図1).血管芽細胞のマーカー遺伝子であるfli1遺伝子の発現を指標として,Jam1aを欠損した胚における血管芽細胞の形成および細胞移動について調べた.Jam1aを欠損した胚において血管芽細胞の形成に異常は認められなかったが,野生型の胚と比べ,細胞移動に遅れの生じていることがわかった.fli1遺伝子の制御のもとGFPを発現するトランスジェニック系統を用いて,血管芽細胞の細胞移動のようすをタイムラプスイメージング法により観察した.野生型の胚において,血管芽細胞は受精後14時間ごろから細胞移動を開始し,体節の腹側にそって正中に達すると,受精後17.5時間までに血管帯を形成した.一方,Jam1aを欠損した胚では同じ時期に細胞移動を開始したが,その移動速度は遅く,受精後17.5時間においても血管帯の形成は不完全であった.

figure1

 胚の組織標本を作製し,fli1遺伝子の発現を指標として移動している血管芽細胞の形態を観察した.野生型の胚において移動している血管芽細胞は平らな形態を示し,体節の腹側面にへばりついているようすが観察された.一方,Jam1aを欠損した胚では移動している血管芽細胞は球形で,体節との接着面が有意に小さくなっていた.これらのことから,Jam1aは血管芽細胞において体節との接着に関与している可能性が示唆された.

3.体節に由来するJam2aの欠損はJam1aを欠損した胚と同様の表現型を示す

 Jam1aが体節との接着に関与しているのであれば,体節においてJam1aと結合の可能ななんらかの細胞接着分子が発現しているものと考えられたため,体節に発現するjam遺伝子を探索した.ゼブラフィッシュのゲノムにはjam1a遺伝子,jam1b遺伝子,jam2a遺伝子,jam2b遺伝子,jam3a遺伝子,jam3b遺伝子の6つのjam遺伝子が同定されている.これまでの報告によると,これらにコードされるJamタンパク質のうちJam1aと結合の可能なものはJam2a,Jam2b,Jam3aの3つであり,一方,Jam1aはJam1a自体,Jam1b,Jam3bとは結合できず,さらに,6つのjam遺伝子のうち体節に発現しているのはjam2a遺伝子およびjam3b遺伝子のみである7,8).そこで,血管芽細胞が細胞移動の過程においてjam2a遺伝子を発現する体節細胞と接触する機会があるかどうか調べた.血管芽細胞が細胞移動する受精後16時間の胚において,jam2a遺伝子は体節に特異的に発現していた.この受精後16時間の胚の組織標本を作製し,jam2a遺伝子とfli1遺伝子の二重染色を行った.その結果,細胞移動している血管芽細胞がjam2a遺伝子を発現する体節の腹側面と密に接触しているようすが観察された.
 Jam1aとJam2aとの結合能を確かめるため,Flagタグを付加したJam1aおよびHAタグを付加したJam2aを用いて抗Flag抗体による免疫沈降を行った.免疫沈降物を抗HA抗体を用いたウェスタンブロット法により解析したところHAタグを付加したJam2aが検出された.さらに,Jam1aあるいはJam2aを発現させたHela細胞を用いて,タンパク質のあいだの結合を蛍光により検出できるproximity ligation assay法により解析した結果,Jam1aを発現させた細胞とJam2aを発現させた細胞との接触面に多数の蛍光シグナルが検出された.以上より,Jam1aとJam2aはトランス型の結合により細胞のあいだの接着に関与していることが明らかになった.
 これらのことは,血管芽細胞が細胞移動の過程においてJam1aとJam2aとの結合を介して体節と接着している可能性を示唆した.そこで,Jam2aの機能を阻害した場合にもJam1aを欠損した胚と同様の表現型が得られるかどうか調べるため,モルフォリーノオリゴヌクレオチドを用いてJam2aの機能を阻害する実験を行った.Jam2aを欠損した胚において大動脈の領域におけるrunx1遺伝子の発現はいちじるしく低下していた.さらに,Jam2aを欠損した胚における血管芽細胞の細胞移動は,野生型の胚と比べ遅れが生じていることがわかった.また,同様の結果は,機能的なJam2aを発現できないjam2a変異体からも得られた.これらの表現型はJam1aを欠損した胚の表現型と一致しており,Jam1aとJam2aとの結合が血管芽細胞の細胞移動および造血幹細胞の発生において重要な役割をはたしていることが示唆された.

4.Jam1aとJam2aとの接着はNotchシグナルの伝達を介する

 筆者らのグループは,体節に由来するDlcおよびDldが造血幹細胞の発生に必須であることを報告している5).NotchシグナルはNotchリガンドを発現する細胞とNotch受容体を発現する細胞とが直接的に接触することにより伝達されるため,Jam1aとJam2aを介した細胞接着が体節からのNotchシグナルの伝達を促進している可能性が考えられた.そこで,Jam1aを欠損した胚におけるNotchシグナルの活性化について調べるため,Notchシグナルの活性化にともないGFPを発現するレポーター系統を用いてNotchシグナルの活性化について野生型の胚とJam1aを欠損した胚とで比較した.血管芽細胞が細胞移動を完了する受精後18時間において,野生型の胚では血管芽細胞の一部に強いNotchシグナルの活性化が認められた.一方,Jam1aを欠損した胚では同じ時期において,血管芽細胞におけるNotchシグナルの活性化はいちじるしく低下していた.造血性内皮細胞が大動脈の領域に出現する受精後28時間において,野生型の胚では大動脈の全体に強いNotchシグナルの活性化が認められた.興味深いことに,同じ時期のJam1aを欠損した胚においては,大動脈の腹側壁においてのみNotchシグナルの活性化の顕著な低下が認められ,また,同じ領域に多くのアポトーシス細胞が検出された.
 Notchシグナルを活性化させることにより造血系内皮細胞への分化能が回復するかどうかを確かめるため,Jam1aを欠損した胚においてNotchシグナルの活性化因子であるNotch細胞内ドメインを強制発現させた.Notch細胞内ドメインを血管芽細胞において特異的に発現させたところ,Jam1aを欠損した胚の大動脈におけるrunx1遺伝子の発現はほぼ正常なレベルにまで回復した.また,同様の結果はJam2aを欠損した胚においても得られた.以上のことから,Jam1aを欠損した胚ではNotchシグナルの低下にともない血管芽細胞から造血性内皮細胞への分化に異常が生じ,その結果,大動脈の腹側壁においてアポトーシスがひき起こされていると考えられた.
 ゼブラフィッシュにおいて体節に発現するdlc遺伝子およびdld遺伝子はWnt16により制御されており,Wnt16を欠損した胚は体節におけるdlc遺伝子およびdld遺伝子の発現が低下する5).このWnt16を欠損した胚においてNotchシグナルの活性化について調べたところ,Jam1aを欠損した胚とほぼ同様に,大動脈の腹側壁においてNotchシグナルの活性化の低下が認められた.このことから,大動脈におけるNotchシグナルの一部は体節に由来するNotchシグナルにより活性化されていると考えられた.そこで,Jam1aを欠損した胚において体節におけるdlc遺伝子およびdld遺伝子の発現,さらに,血管芽細胞におけるNotch受容体をコードするnotch1a遺伝子,notch1b遺伝子,notch3遺伝子の発現について調べた.しかしながら,Jam1aを欠損した胚においてこれらの遺伝子の発現に異常は認められなかった.これらのことから,Jam1aを欠損した胚におけるNotchシグナルの低下は,NotchリガンドあるいはNotch受容体の異常によるものではなく,シグナル伝達の異常によるものと考えられた.さきに述べたように,Jam1aを欠損した胚では細胞移動の過程において血管芽細胞における体節との接触面が小さくなっているため,これにともないNotchシグナル伝達の効率が低下している可能性が考えられた.そこで,Jam1aを欠損した胚の血管芽細胞においてより多くのDlcシグナルあるいはDldシグナルを供給するため,dlc遺伝子あるいはdld遺伝子を全身性に強制発現させた.その結果,Jam1aを欠損した胚において,dld遺伝子の強制発現により大動脈におけるNotchシグナルの活性およびrunx1遺伝子の発現がほぼ正常に回復し,また,dlc遺伝子を強制発現させた場合にも部分的な回復が認められた.以上より,血管芽細胞は細胞移動の過程においてJam1aおよびJam2aを介して体節と接着しており,この接着によりNotchシグナルが効率よく伝達されていることが示された(図2).

figure2

おわりに

 Notch-Runx1シグナル伝達経路は造血幹細胞への運命の決定においてもっとも重要なシグナル伝達経路のひとつであり,脊椎動物において高く保存されている9).筆者らの研究によると,runx1遺伝子を発現するのは血管芽細胞のなかでもとくに強いNotchシグナルの活性を示す細胞であった.このことはすなわち,血管芽細胞から造血性内皮細胞への分化には高いレベルのNotchシグナルを必要とすることを示唆した.“Notchシグナルの強さ”はNotchリガンドを発現する細胞とNotch受容体を発現する細胞との“細胞接着の強さ”に比例することが報告されており10),この研究において示された,Jamタンパク質による接着が効率的なNotchシグナル伝達を介するという見解と一致した.くわえて,従来,Notchシグナルによる造血幹細胞への運命の決定は大動脈の形成ののち起こると考えられてきたが,この研究から,血管芽細胞が正中へ移動する時期,つまり,大動脈の形成よりもかなり早い段階で運命の決定がなされていることが示された.これらの知見は,iPS細胞から造血幹細胞へ分化を誘導する際に,どのタイミングでどのシグナルをどのくらい作用させればよいかを決定するための判断基準としても重要である.

文 献

  1. Zovein, A. C., Hofmann, J. J., Lynch, M. et al.: Fate tracing reveals the endothelial origin of hematopoietic stem cells. Cell Stem Cell, 3, 625-636 (2008)[PubMed]
  2. Bertrand, J. Y., Chi, N. C., Santoso, B. et al.: Haematopoietic stem cells derive directly from aortic endothelium during development. Nature, 464, 108-111 (2010)[PubMed]
  3. Kissa, K. & Herbomel, P.: Blood stem cells emerge from aortic endothelium by a novel type of cell transition. Nature, 464, 112-115 (2010)[PubMed]
  4. Hadland, B. K., Huppert, S. S., Kanungo, J. et al.: A requirement for Notch1 distinguishes 2 phases of definitive hematopoiesis during development. Blood, 104, 3097-3105 (2004)[PubMed]
  5. Clements, W. K., Kim, A. D., Ong, K. G. et al.: A somitic Wnt16/Notch pathway specifies haematopoietic stem cells. Nature, 474, 220-224 (2011)[PubMed]
  6. Sugano, Y., Takeuchi, M., Hirata, A. et al.: Junctional adhesion molecule-A, JAM-A, is a novel cell-surface marker for long-term repopulating hematopoietic stem cells. Blood, 111, 1167-1172 (2008)[PubMed]
  7. Powell, G. T. & Wright, G. J.: Jamb and Jamc are essential for vertebrate myocyte fusion. PLoS Biol., 9, e1001216 (2011)[PubMed]
  8. Powell, G. T. & Wright, G. J.: Genomic organisation, embryonic expression and biochemical interactions of the zebrafish junctional adhesion molecule family of receptors. PLoS One, 7, e40810 (2012)[PubMed]
  9. Clements, W. K. & Traver, D.: Signalling pathways that control vertebrate haematopoietic stem cell specification. Nat. Rev. Immunol., 13, 336-348 (2013)[PubMed]
  10. Ahimou, F., Mok, L. P., Bardot, B. et al.: The adhesion force of Notch with Delta and the rate of Notch signaling. J. Cell Biol., 167, 1217-1229 (2004)[PubMed]

著者プロフィール

小林 功(Isao Kobayashi)
略歴:2009年 日本大学大学院獣医学研究科 修了,同年 慶應義塾大学医学部 研究員を経て,2011年より米国California大学San Diego校 研究員.
研究テーマ:造血幹細胞の発生および維持.
関心事:魚類の成体の造血組織である腎臓における造血幹細胞ニッチ.

David Traver
米国California大学San Diego校 教授.
研究室URL:http://labs.biology.ucsd.edu/traver/Traver_Laboratory/Home.html

© 2014 小林 功・David Traver Licensed under CC 表示 2.1 日本

Nodalシグナルは刺胞動物ヒドラの出芽における2次軸の誘導に必須である

$
0
0

渡邉 寛・Thomas W. Holstein
(ドイツHeidelberg大学Centre for Organismal Studies,Department of Molecular Evolution and Genomics)
email:渡邉 寛

Nodal signalling determines biradial asymmetry in Hydra.
Hiroshi Watanabe, Heiko A. Schmidt, Anne Kuhn, Stefanie K. Höger, Yigit Kocagöz, Nico Laumann-Lipp, Suat Özbek, Thomas W. Holstein
Nature, DOI: 10.1038/nature13666

要 約

 刺胞動物のポリプの多くは側方出芽により分岐状のコロニーを形成する.側方出芽の際には1次軸に直交する2次軸にそった非対称性の確立により体幹部の一点から出芽が誘導される.側方出芽は刺胞動物において広くみられる形態形成の様式であるが,その分子機構はながらく不明であった.今回の研究において,刺胞動物にてNodal様のリガンドをコードするNdr遺伝子がはじめて同定され,淡水性のヒドラの出芽において2次軸にそった非対称性の確立に必須であることが明らかにされた.ヒドラにおいてNdrは予定出芽領域にて特異的に発現し,転写因子Pitxの局所的な発現の誘導を介して側方出芽を誘導した.また,Ndrの発現の誘導にはβカテニンシグナルが必須であることも明らかにされた.左右相称動物においてβカテニン-Nodal-Pitxシグナル伝達経路は,左右軸など2次軸のパターン化において保存された機能をもつことが知られている.同様のシグナル伝達経路が刺胞動物の側方分岐においても機能することが明らかにされたことは,βカテニン-Nodal-Pitxシグナル伝達経路が後生動物の進化の初期においてすでに獲得されており,2次軸の進化において重要な役割をはたした可能性を強く示唆した.

はじめに

 現在,われわれが目にする左右相称動物のほとんどは主要な体軸である前後軸(1次軸)をもつ.また,多くは前後軸に直交する2次軸(背腹軸および左右軸)をもつことにより形態的な左右相称性を示す.これらの基本的な体軸は,それぞれ,Wnt(前後軸),Bmp(背腹軸),Nodal(左右軸)によりパターン化されており,その機構は左右相称動物において広く保存されている.このことから,同様の分子機構は左右相称動物の共通祖先において獲得されたものと考えられている1,2).しかしながら,より単純な体制をもっていたであろう初期の後生動物において2次軸がどのように獲得されたのかについては,まだわかっていない.
 今回,筆者らは,左右相称動物のもっとも近縁な姉妹群である刺胞動物を用いて3,4),2次軸の誘導の機構について解析した.刺胞動物は6億年ほどまえに左右相称動物の共通祖先から分かれたと考えられており,クラゲ,イソギンチャク,サンゴなどを含む.刺胞動物は明確な1次軸(口-反口軸)を示す放射相称動物であると一般的には認知されているが,完全な放射相称性はむしろまれであり,とくにポリプの世代において,内胚葉の形態や群体性ポリプの分岐パターンについて二放射相称性を示すことが知られている.淡水性のヒドラは組織学的に完全な放射相称性を示すポリプであり,刺胞動物のモデルとして長い研究の歴史がある.ヒドラは,体幹部からの側方出芽において,群体性ポリプと同様に二放射相称性のパターンを示すことが報告されている5).そこで,筆者らは,ヒドラの側方出芽をモデルとして,刺胞動物における二放射相称性のパターン化を制御する分子機構について解析した.

1.Ndr遺伝子およびPitx遺伝子は予定出芽領域において局所的に発現する

 ヒドラでは,体幹部の足側に近い出芽ゾーンから口-反口軸に直交するように新たな出芽が形成される(図1).出芽はつねに1つずつであることから,組織学的に放射相称性である出芽ゾーンにおいて,口-反口軸に直交する2次軸にそって非対称性の形成されることが,予定出芽領域の決定に重要であると考えられる.そこで,予定出芽領域の決定に関与するタンパク質を同定するため,予定出芽領域において特異的に発現する遺伝子を探索することにより,TGFβスーパーファミリーに属する遺伝子を見い出した.分子系統解析によりこの遺伝子はNodal様のリガンドをコードすることが示され,Nodal様(Nodal-relatedNdr)遺伝子として左右相称動物以外でのはじめての発見となった.また,種々の刺胞動物のゲノム情報をくわえた関連遺伝子の系統ゲノム解析により,Ndr遺伝子の下流遺伝子であり転写因子をコードするPitx遺伝子などを同定し,これらNodalシグナルに関連する遺伝子は左右相称動物だけでなく刺胞動物においても広く保存されていることが明らかにされた.ヒドラにおけるホールマウントin situハイブリダイゼーション法による遺伝子の発現解析では,Ndr遺伝子は出芽ゾーンの予定出芽領域において特異的に発現が上昇し,出芽の発達とともにその発現は検出できなくなった.また,Pitx遺伝子も予定出芽領域において発現の上昇することが見い出された.予定出芽領域における局所的な発現は,TGFβスーパーファミリーに属するほかのリガンドをコードするBmp遺伝子やActivin遺伝子などでは観察されなかった.このことから,ヒドラにおいては,Ndr遺伝子の局所的かつ特異的な発現がPitx遺伝子の発現および出芽ゾーンにおける予定出芽領域の誘導(2次軸の形成)において特異的に関与することが示唆された.

figure1

2.Nodalシグナルは側方出芽の誘導に必須である

 ヒドラの出芽におけるNdrの機能を解析するため,精製した組換えNdrタンパク質により処理した出芽ゾーンの組織片を未処理のヒドラに移植しその作用を検証した.その結果,Ndrの処理により出芽の促進されることが明らかにされた.同様の出芽の促進効果は,正常なヒドラにおいてNdr遺伝子発現プラスミドをトランスフェクションした場合にも確認された.興味深いことに,異所的に過剰発現されたNdrは異所的な出芽を誘導できなかった.このことは,ほかのタンパク質が出芽の誘導に必要である可能性,および,Nodalシグナルに対し出芽ゾーンが特異的な感受性を示す可能性を示唆した.つぎに,ヒドラの出芽におけるNdrの要求性について検討した.さきに述べたとおり,Ndrは予定出芽領域において発現が強く誘導され,そののち,出芽の発達にともない発現の抑制される一過的な発現パターンを示す.Nodal受容体キナーゼ阻害剤を用いた実験では,Ndrの発現する出芽の初期から処理することにより出芽の形成は濃度に依存的に阻害されたのに対し,Ndrの発現のみられなくなった出芽の中期から処理した場合は出芽の発達には影響しないことが明らかになった.このことは,出芽の初期における特異的なNodalシグナルの活性化が出芽の誘導に必須の役割をはたすことを示した.さらに,siRNAによりNdrあるいはPitxをノックダウンすることにより出芽が阻害されたことから,ヒドラの出芽の誘導におけるNodalシグナルの重要性が確認された.

3.局所的なNdrの発現は予定出芽領域の非対称性の確立において重要である

 Ndrの発現するヒドラの予定出芽領域において,転写因子であるPitxおよびBra1(ヒドラにおける頭部オーガナイザー遺伝子にコードされる)が共発現していることが確認された.Nodal受容体キナーゼ阻害剤により処理したヒドラではPitxやBra1の予定出芽領域における発現が抑制されたことから,これらがNodalシグナルの下流の標的であることが示された.また,Ndrの発現も阻害されたことから,Ndrの発現制御において正のフィードバック機構の存在することも明らかになった(図2).さらに興味深いことに,阻害剤による処理ののち阻害剤のない条件にもどした場合,Ndr,Pitx,Bra1の発現が出芽ゾーンの全体において誘導され,その結果,出芽の領域の拡大がみられた.もっとも顕著な表現型としては,出芽ゾーンの全体において頭部マーカーが発現し2次軸における非対称性の失われたものが出現した.これらの結果は,局所的なNodalシグナルの活性化がヒドラにおける二放射相称性のパターン化に重要であることを明確に示した.さらに,阻害剤を除去したのちNdrの発現する領域が拡大することから,Nodalシグナルに依存的に発現の誘導される内在性の阻害タンパク質の存在している可能性を示唆された.すなわち,通常の出芽の誘導においてはNdrによりこの阻害タンパク質が誘導され,Ndrに依存的なNdrの発現を2次軸において局在化する役目を担っていると考えられた(図2).この負のフィードバックによるNodalシグナルの阻害の機構は,左右相称動物においてはLeftyなどのアンタゴニストにより担われていることが知られている6).しかしながら,刺胞動物のゲノムにはLeftyをコードする遺伝子はなく,また,ヒドラの予定出芽領域においてはCerberus/DANファミリーに属するNodalのアンタゴニストの発現もみられなかった.刺胞動物におけるNdrのフィードバック制御機構の詳細については今後の課題として残されている.

figure2

4.Ndrの発現はβカテニンシグナルを必要とする

 ヒドラの予定出芽領域におけるNdrの発現にNodalシグナルが必要であることは明らかになったが,つづいて,βカテニンシグナルもNdrの発現に深く関与することが見い出された.ヒドラにおいて,口側の先端にて活性化されるWntシグナルは1次軸(口-反口軸)のパターン化において中心的な役割を担うことが明らかになっている7-9).一方で,βカテニンやTCFなどWnt-βカテニンシグナル伝達系に関与する種々の遺伝子の発現が出芽ゾーンにおいて高いことも知られていたが7),その生理的な意義は不明であった.GSK3βに対する阻害剤であるアルステルパウロンによる処理によりβカテニンシグナルを増強すると,NdrおよびPitxの発現は上昇した.一方で,iCRT14によるβカテニンに依存的な転写の阻害は,予定出芽領域におけるNdrおよびPitxの発現を抑制し出芽の形成を阻害した.以上のことから,ヒドラにおいて,出芽ゾーンにおけるβカテニンシグナルの活性がNdrの発現および予定出芽領域の誘導に重要であることが明らかになった(図2).

おわりに

 単純な体制をもつ初期の祖先動物から現生の左右相称動物への進化において,体軸など基本的なボディプランを規定する分子機構が獲得されてきた.しかし,それがいつ,どのように達成されてきたのかに関する知識は現在のところ非常に限られている.カイメンや刺胞動物などの原始的な後生動物における遺伝子発現の解析から,後生動物の進化の初期においてWntシグナルが1次軸の決定因子として獲得されたと考えられている10).今回,筆者らは,刺胞動物ヒドラの出芽におけるNodalシグナルの機能を明らかにすることをとおして,βカテニン-Ndr-Pitxシグナル伝達経路が後生動物において広く保存されていることを示すと同時に,2次軸の初期の進化において重要な役割をはたした“core signalling cassette”(コアとなるシグナル伝達系カセット)であるという仮説を提唱した.左右相称動物においてWntシグナル,Bmpシグナル,Nodalシグナルなどの機能は多岐にわたり,左右相称動物における解析からその祖先的な機能および進化の過程を明らかにすることは容易ではない.後生動物の基本的なボディプランの進化の過程には現在でも未解決の問題が多く,左右相称動物にもっとも近縁な姉妹群である刺胞動物を用いた解析は,今後も多くの重要な知見をもたらすものと期待している.

文 献

  1. Niehrs, C.: On growth and form: a Cartesian coordinate system of Wnt and BMP signaling specifies bilaterian body axes. Development, 137, 845-857 (2010)[PubMed]
  2. Meinhardt, H.: Primary body axes of vertebrates: generation of a near-Cartesian coordinate system and the role of Spemann-type organizer. Dev. Dyn., 235, 2907-2919 (2006)[PubMed]
  3. Chapman, J. A., Kirkness, E. F., Simakov, O. et al.: The dynamic genome of Hydra. Nature, 464, 592-596 (2010)[PubMed]
  4. Ryan, J. F., Pang, K., Schnitzler, C. E. et al.: The genome of the ctenophore Mnemiopsis leidyi and its implications for cell type evolution. Science, 342, 1242592 (2013)[PubMed]
  5. Baird, R. V. & Burnett, A. L.: Observations on the discovery of a dorso-ventral axis in Hydra. J. Embryol. Exp. Morphol., 17, 35-81 (1967)[PubMed]
  6. Hamada, H., Meno, C., Watanabe, D. et al.: Establishment of vertebrate left-right asymmetry. Nat. Rev. Genet., 3, 103-113 (2002)[PubMed]
  7. Hobmayer, B., Rentzsch, F., Kuhn, K. et al.: WNT signalling molecules act in axis formation in the diploblastic metazoan Hydra. Nature, 407, 186-189 (2000)[PubMed]
  8. Lengfeld, T., Watanabe, H., Simakov, O. et al.: Multiple Wnts are involved in Hydra organizer formation and regeneration. Dev. Biol., 330, 186-99 (2009)[PubMed]
  9. Philipp, I., Aufschnaiter, R., Ozbek, S. et al.: Wnt/β-catenin and noncanonical Wnt signaling interact in tissue evagination in the simple eumetazoan Hydra. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 4290-4295 (2009)[PubMed]
  10. Holstein, T. W., Watanabe, H., Ozbek, S.: Signaling pathways and axis formation in the lower metazoa. Curr. Top. Dev. Biol., 97, 137-177 (2011)[PubMed]

著者プロフィール

渡邉 寛(Hiroshi Watanabe)
略歴:2002年 東京工業大学大学院生命理工学研究科 修了,同年 東京都臨床医学総合研究所 研究員を経て,2005年よりドイツHeidelberg大学 博士研究員.
研究テーマ:後生動物の初期の進化の過程.

Thomas W. Holstein
ドイツHeidelberg大学 教授.
研究室URL:http://www.cos.uni-heidelberg.de/index.php/t.holstein?l=_e

© 2014 渡邉 寛・Thomas W. Holstein Licensed under CC 表示 2.1 日本

遺伝性肺胞蛋白症に対する肺へのマクロファージの移植による治療

$
0
0

鈴木拓児・Bruce C. Trapnell
(米国Cincinnati Children’s Hospital Medical Center,Perinatal Institute,Division of Pulmonary Biology)
email:鈴木拓児

Pulmonary macrophage transplantation therapy.
Takuji Suzuki, Paritha Arumugam, Takuro Sakagami, Nico Lachmann, Claudia Chalk, Anthony Sallese, Shuichi Abe, Cole Trapnell, Brenna Carey, Thomas Moritz, Punam Malik, Carolyn Lutzko, Robert E. Wood, Bruce C. Trapnell
Nature, 514, 450-454 (2014)

要 約

 骨髄移植は有効な治療法であるが,前処置として骨髄の破壊を必要とするため重篤な感染症の危険性がある.最近,組織マクロファージは定常状態においては末梢の血液に由来する造血細胞に依存せずに維持されていることが明らかになり,マクロファージが原因となる疾患に対し,骨髄移植ではなく臓器の局所を対象としたマクロファージの細胞治療が有効である可能性が考えられるようになった.GM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスはヒトのGM-CSF受容体α鎖あるいはGM-CSF受容体β鎖の遺伝子変異を原因とする遺伝性肺胞蛋白症のすぐれたモデルである.GM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスに対し,野生型マウスのマクロファージあるいはGM-CSF受容体β鎖の遺伝子を導入したマクロファージを用いて,前処置をせず肺へとマクロファージを移植したところ,安全性および認容性が確認され,1回のみの移植により肺の病態,2次的な全身症状,疾患に関連したバイオマーカーが改善され,疾患による死亡率は抑制された.肺に移植されたマクロファージは少なくとも1年は生着し治療効果を発揮した.この研究により,肺胞マクロファージの総数を制御する機構が明らかになり,肺胞マクロファージの表現型を決定する要因のひとつとしてGM-CSFが必要であることが明らかになった.肺へのマクロファージの移植は遺伝性肺胞蛋白症の患者への最初の特異的な治療法となりうる可能性が示唆された.

はじめに

 肺胞蛋白症は肺サーファクタントに由来する物質が肺の末梢の気腔に異常に貯留し呼吸不全にいたる疾患であり,1958年にはじめて記載されたが1),その原因は長らく不明であった.肺サーファクタントはII型肺胞上皮細胞において産生され,再利用されるとともに肺胞マクロファージにより処理され,その産生と分解のバランスにより肺における肺サーファクタントの恒常性は維持されている2)図1a).1994年,GM-CSF(granulocyte macrophage colony-stimulating factor,顆粒球・マクロファージコロニー刺激因子)のノックアウトマウスが予想外にも肺胞蛋白症を生じることが明らかになり3,4),つづいて,GM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスにおいても同様の表現型が報告された5,6).こうしたマウスにおける研究から,GM-CSFは肺胞マクロファージが肺サーファクタントを処理するのに必要であり,肺の恒常性の維持において中心的な役割を担うことが明らかになった.一方,ヒトでは,1999年,当時は原因不明であった“特発性肺胞蛋白症”の患者の気管支肺胞の洗浄液からGM-CSFの生物活性を阻害する抗GM-CSF抗体が発見され7),現在では,この疾患は“自己免疫性肺胞蛋白症”と分類されるようになった.さらに2008年,抗GM-CSF抗体陰性の肺胞蛋白症の患者においてGM-CSF受容体α鎖の遺伝子に変異が発見され8,9),つづいて,GM-CSF受容体β鎖の遺伝子に変異をもつ患者も報告され10,11),これらは“遺伝性肺胞蛋白症”とよばれるようになった12)図1b).そののち,血清におけるGM-CSF自体がこの疾患のバイオマーカーとして有用であることが報告された12)

figure1

 現在,遺伝性肺胞蛋白症に対し有効とされている治療は全身麻酔のもと生理食塩水により肺をくり返し洗浄するという全肺洗浄法であり,重症な患者では頻回にくり返し施行する必要がある.マウスモデルでは骨髄移植の有効性が示されているが,ヒトにおいては骨髄移植など造血幹細胞の移植のまえに正常な幹細胞を受け入れる準備として抗がん剤治療や放射線治療といった骨髄を破壊するような前処置が行われ,それにともなう感染症などの副作用が起こりうる.治療の必要な重症の患者では肺や全身の状態が悪いため骨髄移植がむずかしいこともある.また,実際に骨髄移植を行った遺伝性肺胞蛋白症の患者においてドナーの骨髄が生着するまえに感染症のため亡くなった例が報告されている9).したがって,遺伝性肺胞蛋白症に特異的な新規の治療法の開発が期待されている.従来,組織マクロファージは骨髄に由来する単球がつねに前駆細胞として供給されることにより維持されていると考えられてきたが,最近の知見では,肺など多くの組織において生前からマクロファージの前駆細胞が存在し,定常状態では骨髄造血細胞に由来する細胞に依存せずに組織マクロファージが維持されていることが知られるようになり,臓器に特異的におのおのの組織マクロファージを維持する機構の存在することが示唆されている13-15)

1.遺伝性肺胞蛋白症のマウスモデル

 GM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスでは,肺の病理所見や肺胞マクロファージの異常がヒトの遺伝性肺胞蛋白症と同じ所見を呈することのみならず,肺胞洗浄液の透明度,バイオマーカーの異常,肺胞マクロファージにおける遺伝子発現の異常などの所見がすべてヒトのGM-CSF受容体α鎖あるいはGM-CSF受容体β鎖の遺伝子変異による遺伝性肺胞蛋白症の病態を忠実に再現することが確認された.さらに,GM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスでは加齢とともに病態が進行し,慢性の呼吸不全にともなう2次性の多血症を生じることが認められた.

2.肺へのマクロファージの移植

 遺伝性肺胞蛋白症の患者およびそのモデルであるGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスでは,おもな異常所見は肺だけであり,GM-CSFに反応できない機能不全の肺胞マクロファージが病態の中心であることから,肺胞マクロファージの機能さえ回復できれば病態の改善につながる可能性が考えられた.さらに,肺は生体の外から経気管的に細胞を投与できる特別な臓器であり,肺には骨髄造血細胞の供給に依存せずに肺胞マクロファージを維持する機構のあることが示唆されてきた.そこで,肺へのマクロファージの移植治療の可能性を探るため,野生型のマウスの骨髄よりマクロファージを作製し,GM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスに対し1回の経気管投与を行った(図1c).マクロファージの移植の2カ月のち,肺において移植されたマクロファージの存在が確認され,遺伝性肺胞蛋白症においてみられるバイオマーカーの異常の所見および肺胞マクロファージにおける遺伝子発現の異常は有意に改善した.GM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスの骨髄から作製したマクロファージを移植してもこのような効果は観察されなかったことから,GM-CSF受容体の機能に依存した効果であることが示唆された.さらに驚くべきことに,野生型のマクロファージを1回のみ移植した1年のちにも移植されたマクロファージは存続しており,その治療効果は持続していた.肺胞マクロファージはGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスではヒトの肺胞蛋白症の患者と同様にPAS染色やオイルレッドO染色に陽性の大型な泡沫細胞を呈するが,移植を行ったマウスの肺のマクロファージは野生型のマクロファージに近い所見を呈した.さらに,肺病理組織の所見において,移植を行っていないマウスにおいては肺胞に経時的に蓄積し,これをうめつくす肺サーファクタントに由来する物質が,移植を行ったマウスでは大きく減少していることが確認された.さらに,高齢のGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスでは慢性的な低酸素血症にともなう血清エリスロポイエチン値の上昇と2次性の多血症が観察されたが,移植を行ったマウスではそれらの有意な改善がみられ,肺の疾患にともなう全身の異常所見に対する効果も確認された.そして,移植を行ったGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスでは移植を行っていないマウスに比べ生存期間の延長が観察された.移植ののちの末梢の血液の所見においては,血球数および分画にとくに異常は認められず,肺胞洗浄液に含まれる炎症性サイトカインに改善がみられ安全性が示唆された.

3.移植されたマクロファージの生着の機構

 野生型のマウスに比べGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスでは肺におけるGM-CSF値が上昇していたこと,GM-CSF受容体を発現している野生型マウスのマクロファージのみ肺においてGM-CSFに反応することができたことから,細胞がGM-CSFに反応できることによる選択的な生存優位性が移植されたマクロファージの生着の機構と考えられた.実際に,in vitroにおいて,野生型マウスおよびGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスの骨髄から作製したマクロファージをGM-CSFおよびM-CSFの存在のもと競合的に共培養したところ,野生型マウスに由来するマクロファージがGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスに由来するマクロファージに比べ優位に増殖することが示され,GM-CSFへの反応性による選択的な生存優位性が示唆された.さらに,in vivoにおいては,GM-CSF値の上昇のみられない野生型マウスにマクロファージを移植しても2カ月のちには移植された細胞は肺胞マクロファージの全体の5%以下であったのに対し,GM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスにおいては肺胞マクロファージの約20%が移植された細胞に由来しており有意に高い生着がみられた.GFPにより標識したマウスの骨髄から作製したマクロファージを用いて移植を行い,移植された細胞の肺における増殖についてKi67染色により検討した.その結果,移植された細胞が増殖していることが確認され,その割合を調べると,移植の1カ月のちにはその32%がKi67陽性,1年のちには11%がKi67陽性であった.肺胞マクロファージにおける移植された細胞の割合を経時的に観察すると,徐々に変化して1年のちには69%にまで上昇し,それにともない肺胞洗浄液におけるGM-CSF値は減少し,同様に治療効果の指標である肺胞洗浄液の透明度も徐々に減少した.興味深いことに,GM-CSF値がかなり減少した移植の1年のちのGM-CSF受容体を発現する移植された細胞に由来する肺胞マクロファージの数は,同じ週齢の移植を行っていない野生型マウスの肺胞マクロファージの数にほぼ近い値を示したことから,肺におけるGM-CSF値はそれに反応できるマクロファージにより制御され,かつ,肺胞マクロファージの総数は肺におけるGM-CSF値により左右される,といったフィードバックのある相互関係の存在が示唆された.

4.移植ののちの肺胞マクロファージの解析

 GFPにより標識したマウスの骨髄から作製したマクロファージを用いて移植を行い,肺における局在について病理組織を調べたところ,約9割が肺胞に存在し,約1割が間質に存在していた.移植ののちのマウスにおいてGFP陽性細胞の分布をフローサイトメトリーにより調べたところ,末梢の血液,脾臓,骨髄には観察されず,移植されたマクロファージは肺にとどまっていることが明らかになった.さらに,移植された細胞に特異的であるGFPの遺伝子をPCR法により調べても,あるいは,CD45.1陽性のマクロファージを移植したのちCD45.1陽性細胞をフローサイトメトリーにより調べても同様の結果であったことから,移植された細胞は肺,とくに大部分は肺胞腔にとどまるものと考えられた.一般に,臓器に特異的な環境が組織マクロファージの特徴を形成するものと考えられているが,野生型マウスの肺胞マクロファージがCD11b低発現SiglecF高発現の表現型を示すのに対し,骨髄から作製したマクロファージはCD11b高発現SiglecF低発現であるが,移植の1年のちの細胞は野生型の肺胞マクロファージと同様の表現型を示し,GM-CSFシグナルが肺胞マクロファージの表現型を決定する肺に特異的な環境因子のひとつであると考えられた.さらに,包括的な遺伝子発現への影響をみるため,同じ週齢の野生型マウス,移植を行っていないGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウス,移植の1年のちのGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスの肺胞マクロファージについてDNAマイクロアレイ解析を行った.その結果,移植の1年のちのGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスの肺胞マクロファージは,移植を行っていないGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスに比べ,野生型マウスにおける遺伝子発現により近似したパターンを示した.さらに,移植を行っていないGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスの肺胞マクロファージにおいて,野生型マウスに比べ低下していた細胞分裂,脂肪酸代謝,オルガネラへの局在,脂肪酸β酸化にかかわる遺伝子の発現は,移植の1年のちのGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスにおいて上昇しており,逆に,移植を行っていないGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスにおいて発現の上昇していた細胞内代謝を制御する遺伝子や免疫系,RNA代謝,アポトーシス,シグナル伝達にかかわる遺伝子は,移植の1年のちのGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスにおいて低下していた.

5.マクロファージ遺伝子治療

 ヒトへの臨床応用をめざした際に,自己の細胞を用いれば他者の細胞を使用する際に起こりうる拒絶反応やその予防に用いる免疫抑制剤の使用を回避できるといった利点がある.遺伝性肺胞蛋白症はGM-CSF受容体の遺伝子の単一遺伝子に異常をもつ疾患であることから遺伝子治療の対象として適しており,肺へのマクロファージの移植において遺伝子治療を試みた.GM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスから骨髄造血幹細胞を分離し,レンチウイルスを用いてGM-CSF受容体β鎖の遺伝子を導入して,GM-CSFに対し正常に反応できるマクロファージへと分化させた.in vitroにおいて遺伝子導入したマクロファージは野生型のマクロファージと同様にGM-CSFに対し反応できることを確認したのち,野生型のマクロファージの移植と同じ方法により,この遺伝子導入マクロファージをGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスの肺へ投与した.2カ月のちには野生型のマクロファージの移植と同様に細胞の生着がみられ,病態の有意な改善がみられた.その効果は1年のちにも持続していることが確認された.移植された細胞は末梢の血液,骨髄,脾臓においては検出できず,肺にのみ存在し,さらに,野生型のマクロファージの移植においてみられた移植されたマクロファージの表現型の変化がみられた.末梢の血液の検査における血球数および分画や肺胞洗浄液に含まれる炎症性サイトカインに大きな異常はなく,マクロファージ遺伝子治療の安全性が示唆された.

おわりに

 遺伝性肺胞蛋白症のモデルマウスであるGM-CSF受容体β鎖のノックアウトマウスにおいて肺におけるGM-CSF値が上昇していたことから,GM-CSF受容体の機能の正常なマクロファージを肺に直接に移植することにより,おそらく選択的な生存優位性の機構により移植されたマクロファージは長期にわたり生着することが確認された.従来の造血幹細胞の移植とは異なり,骨髄を破壊するような前処置を必要とせず,肺への経気管投与という臓器に特異的な投与法によりほかの臓器への影響もさけられた.造血幹細胞を用いた遺伝子治療においては頻繁な増殖分化にともなう遺伝子変異による発がんが起こりうるが,ある程度まで分化させたマクロファージを移植に使用することにより,こうした副作用の少ない可能性も考えられた.肺へのマクロファージの移植は安全性および認容性の高い有効な治療法と考えられた.遺伝性肺胞蛋白症の患者よりiPS細胞が作製され,これをマクロファージへと分化させると病態を再現できること,および,遺伝子導入することによりその病態を改善できることが報告されている16,17).今後,こうした技術を組み合わせることにより,肺へのマクロファージの移植が臨床に応用できるよう,さらなる研究の発展が期待される.

文 献

  1. Rosen, S. H., Castleman, B. & Liebow, A. A.: Pulmonary alveolar proteinosis. N. Engl. J. Med., 258, 1123-1142 (1958)[PubMed]
  2. Trapnell, B. C., Whitsett, J. A. & Nakata, K.: Pulmonary alveolar proteinosis. N. Engl. J. Med., 349, 2527-2539 (2003)[PubMed]
  3. Dranoff, G., Crawford, A. D., Sadelain, M. et al.: Involvement of granulocyte-macrophage colony-stimulating factor in pulmonary homeostasis. Science, 264, 713-716 (1994)[PubMed]
  4. Stanley, E., Lieschke, G. J., Grail, D. et al.: Granulocyte/macrophage colony-stimulating factor-deficient mice show no major perturbation of hematopoiesis but develop a characteristic pulmonary pathology. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 5592-5596 (1994)[PubMed]
  5. Nishinakamura, R., Nakayama, N., Hirabayashi, Y. et al.: Mice deficient for the IL-3/GM-CSF/IL-5 βc receptor exhibit lung pathology and impaired immune response, while beta IL3 receptor-deficient mice are normal. Immunity, 2, 211-222 (1995)[PubMed]
  6. Robb, L., Drinkwater, C. C., Metcalf, D. et al.: Hematopoietic and lung abnormalities in mice with a null mutation of the common beta subunit of the receptors for granulocyte-macrophage colony-stimulating factor and interleukins 3 and 5. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92, 9565-9569 (1995)[PubMed]
  7. Kitamura, T., Tanaka, N., Watanabe, J. et al.: Idiopathic pulmonary alveolar proteinosis as an autoimmune disease with neutralizing antibody against granulocyte/macrophage colony-stimulating factor. J. Exp. Med., 190, 875-880 (1999)[PubMed]
  8. Suzuki, T., Sakagami, T., Rubin, B. K. et al.: Familial pulmonary alveolar proteinosis caused by mutations in CSF2RA. J. Exp. Med., 205, 2703-2710 (2008)[PubMed]
  9. Martinez-Moczygemba, M., Doan, M. L., Elidemir, O. et al.: Pulmonary alveolar proteinosis caused by deletion of the GM-CSFRα gene in the X chromosome pseudoautosomal region 1. J. Exp. Med., 205, 2711-2716 (2008)[PubMed]
  10. Suzuki, T., Maranda, B., Sakagami, T. et al.: Hereditary pulmonary alveolar proteinosis caused by recessive CSF2RB mutations. Eur. Respir. J., 37, 201-204 (2011)[PubMed]
  11. Tanaka, T., Motoi, N., Tsuchihashi, Y. et al.: Adult-onset hereditary pulmonary alveolar proteinosis caused by a single-base deletion in CSF2RB. J. Med. Genet., 48, 205-209 (2011)[PubMed]
  12. Suzuki, T., Sakagami, T., Young, L. R. et al.: Hereditary pulmonary alveolar proteinosis: pathogenesis, presentation, diagnosis, and therapy. Am. J. Respir. Crit. Care. Med., 182, 1292-1304 (2010)[PubMed]
  13. Guilliams, M., De Kleer, I., Henri, S. et al.: Alveolar macrophages develop from fetal monocytes that differentiate into long-lived cells in the first week of life via GM-CSF. J. Exp. Med., 210, 1977-1992 (2013)[PubMed]
  14. Hashimoto, D., Chow, A., Noizat. C. et al.: Tissue-resident macrophages self-maintain locally throughout adult life with minimal contribution from circulating monocytes. Immunity, 38, 792-804 (2013)[PubMed]
  15. Yona, S., Kim, K. W., Wolf, Y. et al.: Fate mapping reveals origins and dynamics of monocytes and tissue macrophages under homeostasis. Immunity, 38, 79-91 (2013)[PubMed]
  16. Suzuki, T., Mayhew, C., Sallese, A. et al.: Use of induced pluripotent stem cells to recapitulate pulmonary alveolar proteinosis pathogenesis. Am. J. Respir. Crit. Care. Med., 189, 183-193 (2014)[PubMed]
  17. Lachmann, N., Happle, C., Ackermann, M. et al.: Gene correction of human induced pluripotent stem cells repairs the cellular phenotype in pulmonary alveolar proteinosis. Am. J. Respir. Crit. Care. Med., 189, 167-182 (2014)[PubMed]

著者プロフィール

鈴木 拓児(Takuji Suzuki)
略歴:2001年 東北大学大学院医学系研究科 修了,東北大学医学部 助手,2005年 米国Cincinnati Children’s Hospital Medical CenterにてResearch Fellow,同Instructorを経て,同Assistant Professor.
研究テーマ:肺の自然免疫,呼吸器疾患の病態.
抱負:難治性の呼吸器疾患の病態の解明と新規の治療法の開発に貢献したい.

Bruce C. Trapnell
米国Cincinnati Children’s Hospital Medical CenterにてProfessor.

© 2014 鈴木拓児・Bruce C. Trapnell Licensed under CC 表示 2.1 日本

シロイヌナズナは組織特異的な概日時計をもつ

$
0
0

遠藤 求
(京都大学大学院生命科学研究科 統合生命科学専攻分子代謝制御学分野)
email:遠藤 求

Tissue-specific clocks in Arabidopsis show asymmetric coupling.
Motomu Endo, Hanako Shimizu, Maria A. Nohales, Takashi Araki, Steve A. Kay
Nature, DOI: 10.1038/nature13919

要 約

 これまで,植物における概日時計の機能は細胞自律的であると考えられていたため,多くの解析は個体レベルあるいは器官レベルで行われ,組織レベルあるいは細胞レベルでの解析はほとんどなされていなかった.筆者らは,概日時計の役割を組織レベルにて明らかにするため,新たに,迅速な組織の単離法,および,組織特異的なレポーターアッセイ法を開発した.こうした方法を用いてシロイヌナズナの子葉の葉肉および維管束における概日リズムを詳細に解析したところ,葉肉と維管束の概日時計の系は大きく異なっていること,維管束から葉肉といった階層性をもつ制御が存在すること,維管束の概日時計は非常に頑健であること,維管束の概日時計はおもに花成の光周性を制御していること,などが明らかになった.こうした結果は,個体レベルでの解析ではかくされていた微小な組織における概日時計の重要性を示唆しており,今後,組織レベルでの解析がますます重要になると予想される.

はじめに

 概日時計は地球の自転による約24時間の明暗周期や季節の変化に対応するための機構であり,多くの遺伝子の発現制御にかかわっている.これまでに,筆者らは,シロイヌナズナにおいて日長刺激の受容体が葉の維管束にて機能し花成を制御していることを明らかにしてきた1).また,概日時計の支配のもとにある花成の光周性の実行遺伝子の発現は葉の維管束に限定されている2,3).こうしたことは,外的符合モデルにおいて日長刺激と概日時計の両方のシグナルの統合が葉の維管束において行われており,概日時計の機能が組織ごとに異なる可能性を示唆するものであった.そこで,概日時計の機能の組織特異性を考慮にいれることにより,これまでのモデルより直感的に理解しやすく正確な概日時計のモデルを構築できるのではないかと考えた.
 これまで,植物の概日時計は細胞自律的であると漠然と考えられてきており,組織特異的な概日時計の機能についてはほとんど考えられていられなかった.しかし,花成などの実現には個々の細胞のもつ概日リズムを個体レベルにて統合する必要のあること,ヒト,マウス,ショウジョウバエなどでは脳にある強大な概日時計の中枢(主要時計)と末梢の臓器にある弱い概日時計(末梢時計)というかたちで概日時計の機能の組織特異性が知られていること4),植物においても動物と同様に器官のあいだで概日リズムのシグナルをやりとりしている可能性のあること5),あるタンパク質の発現パターンとそのタンパク質の機能が必要な器官あるいは組織とは必ずしも一致せず,筆者らが明らかにした例も含め,こうした例は決してめずしいものではないこと1),などから,植物においても概日時計の機能に器官特異性あるいは組織特異性の存在することが強く予想された.
 動物の主要時計は外科的な手術により中枢を切除し移植するといった実験により発見された6).しかし,植物は脳に対応する明確な中枢をもたず,特定の組織を外科的な方法により取り除くことが困難である.また,周囲の影響から切り離された培養細胞系などでは組織間あるいは細胞間の相互作用は失われ,生命現象を生体におけるコンテクストにおいて解析することは困難である.こうした問題を解決するためには生体における分子動態を高い時間分解能および空間分解能により測定することが必要であり,このことにより植物における概日時計の組織特異性の解析は大幅に進むと考えられた.

1.概日リズムの研究のための新しい組織の単離法の開発

 これまでも,組織ごとに遺伝子の発現を測定するための方法はいくつか報告があり,代表的なものとして,レーザーを用いた顕微解剖法や,蛍光セルソーターなどを用いた組織あるいは細胞の直接的な単離法が知られていた7,8).しかし,こうした方法による組織あるいは細胞の単離は煩雑であり時間がかかるため,時々刻々と変化する時計遺伝子の発現のリズムを正確には測定できず,また,測定点を増やすことが困難という問題があった.
 そこで,セルラーゼなどによる酵素処理と超音波処理とを併用することにより,葉を構成するすべての組織を30分以内に高純度で単離する方法を新たに開発した(図1).この方法により単離した組織は,葉肉および表皮については純度80%以上,維管束については純度90%以上であり,時間分解能だけでなく空間分解能にもすぐれていた.単離した組織を用いて葉におけるおのおのの組織の寄与率を計算したところ,RNAの約80%は葉肉に由来することが明らかになり,これまで,葉の全体を用いてきた概日リズムの解析はおもに葉肉における挙動を扱っていて,維管束における概日リズムについては平均化によりかくされていたことが示された.

figure1

 維管束における概日時計の役割をより詳細に明らかにするため,葉の全体,単離した葉肉,単離した維管束を用いてマイクロアレイ解析を行った.発現の振動しているすべての遺伝子のうち,維管束において高い発現をもつ遺伝子は葉の全体また葉肉において発現が低く,逆に,維管束において発現の低かった遺伝子は葉の全体また葉肉において高く発現していた.さらに,発現の振動している遺伝子の発現の位相や制御されている遺伝子の構成なども,維管束と葉肉(および,葉の全体)とでは大きく異なっていた.さらに,個々の時計遺伝子に着目すると,朝に発現する遺伝子は葉肉において,また,夕方に発現する遺伝子は維管束において,それぞれ発現が高く,維管束と葉肉では概日時計の系がまったく異なる可能性が考えられた.
 このことを確かめるため,葉の全体および維管束における時計遺伝子の発現をリアルタイムPCR法により測定したところ,連続明条件では葉の全体における時計遺伝子の発現のリズムは徐々に弱まり1週間後にはほとんど振幅がみられなくなった一方,維管束における時計遺伝子の発現は1週間後でも明確な振動が観察された.こうしたことから,維管束の概日時計は葉肉とは異なる特性をもつことが示唆された.

2.概日リズムの研究のための新しいレポーターアッセイ法の開発

 マイクロアレイによる結果をさらに確かめるため,マイクロアレイとはまったく異なる原理による遺伝子発現の解析法として,ルシフェラーゼを用いたレポーターアッセイを行うことにした.しかし,従来の単純な方法では,すべての組織において発現しているような時計遺伝子について,特定の組織(とくに,維管束系のような深部の組織)に由来する発現のリズムのみを測定することは困難であった.そこで,特定の組織における遺伝子プロモーターの活性を正確に測定するための方法として,分割したルシフェラーゼおよび特異的なヘテロ二量体の形成を利用したTSLA(tissue-specific luciferase assay)法を新たに開発した(図2).この方法では,N末端側とC末端側に分割したルシフェラーゼに対し,それぞれ,特異的に二量体化するドメインとしてJunおよびFos 9) を融合させたものを,それぞれ,組織特異的な遺伝子プロモーターおよび時計遺伝子プロモーターにより発現させることで,両者の発現が重なる時間および空間においてのみルシフェラーゼが再構成され,組織特異的および時間特異的な発現のリズムが検出される.

figure2

 この方法を用いて,維管束および葉の全体において時計遺伝子であるTOC1遺伝子の発現のリズムを測定したところ,維管束におけるTOC1遺伝子の発現の位相は葉の全体とはまったく異なっており,維管束と葉肉では異なる概日時計の系の存在する可能性がさらに支持された.

3.特定の組織において概日時計のはたらきを阻害した系統の作出

 こうした結果から,組織特異的な概日時計の機能の存在は示されたが,そうした組織特異的な概日時計が生体においてどのような役割を担っているかについてはまったく不明であった.そこで,シロイヌナズナにおいて概日時計の構成タンパク質を過剰に発現させることにより概日リズムは完全に失われるという報告に着目し10),組織特異的な遺伝子プロモーターを用いて時計遺伝子を過剰に発現させることにより組織特異的に概日時計の機能を阻害した系統を作出した.葉肉において特異的に概日時計の機能を阻害した系統,および,維管束において特異的に概日時計の機能を阻害した系統を用いて,おのおのの組織における時計遺伝子TOC1遺伝子の発現のリズムを測定したところ,葉肉において概日時計を阻害した系統では葉肉および葉の全体において概日リズムが失われていた一方,維管束における概日リズムは影響をうけていなかった.ところが,維管束において概日時計を阻害した系統では維管束における概日リズムだけでなく葉肉あるいは葉の全体における概日リズムも失われていたことから,維管束の概日時計による葉肉の概日時計の制御が明らかになった.さらに,維管束の概日時計は葉肉だけでなく,花成ホルモンの産生をつうじ花成の光周性という個体レベルでの生理応答にも影響していることが明らかになった.

おわりに

 この研究により,概日時計の研究だけでなく,花成や細胞の伸長など概日時計により制御される生理応答の解析も組織レベルで行う必要のあることが明らかになった(図3).この研究において開発された手法を用いることにより,こうした組織レベルでの解析が大きく進むことが期待される.また,維管束における概日時計の機能を阻害するだけで花の咲くタイミングを遅らせることができたことから,植物の成長を制御する方法の開発において,維管束の概日時計が新たな標的となる可能性が期待される.

figure3

文 献

  1. Endo, M., Mochizuki, N., Suzuki, T. et al.: CRYPTOCHROME2 in vascular bundles regulates flowering in Arabidopsis. Plant Cell, 19, 84-93 (2007)[PubMed]
  2. Takada, S. & Goto, K.: TERMINAL FLOWER2, an Arabidopsis homolog of HETEROCHROMATIN PROTEIN1, counteracts the activation of FLOWERING LOCUS T by CONSTANS in the vascular tissues of leaves to regulate flowering time. Plant Cell, 15, 2856-2865 (2003)[PubMed]
  3. An, H., Roussot, C., Suarez-Lopez, P. et al.: CONSTANS acts in the phloem to regulate a systemic signal that induces photoperiodic flowering of Arabidopsis. Development, 131, 3615-3626 (2004)[PubMed]
  4. Reppert, S. M. & Weaver, D. R.: Coordination of circadian timing in mammals. Nature, 418, 935-941 (2002)[PubMed]
  5. James, A. B., Monreal, J. A., Nimmo, G. A. et al.: The circadian clock in Arabidopsis roots is a simplified slave version of the clock in shoots. Science, 322, 1832-1835 (2008)[PubMed]
  6. Moore, R. Y. & Eichler, V. B.: Loss of circadian adrenal corticosterone rhythm following suprachiasmatic nucleus lesions in the rat. Brain Res., 42, 201-206 (1972)[PubMed]
  7. Casson, S., Spencer, M., Walker, K. et al.: Laser capture microdissection for the analysis of gene expression during embryogenesis of Arabidopsis. Plant J., 42, 111-123 (2005)[PubMed]
  8. Ivashikina, N., Deeken, R., Ache, P. et al.: Isolation of AtSUC2 promoter-GFP-marked companion cells for patch-clamp studies and expression profiling. Plant J., 36, 931-945 (2003)[PubMed]
  9. Olive, M., Krylov, D., Echlin, D. R. et al.: A dominant negative to Activation Protein-1 (AP1) that abolishes DNA binding and inhibits oncogenesis. J. Biol. Chem., 272, 18586-18594 (1997)[PubMed]
  10. Wang, Z. Y. & Tobin, E. M.: Constitutive expression of the CIRCADIAN CLOCK ASSOCIATED 1 (CCA1) gene disrupts circadian rhythms and suppresses its own expression. Cell, 93, 1207-1217 (1998)[PubMed]

著者プロフィール

遠藤 求(Motomu Endo)
略歴:2007年 京都大学大学院理学研究科 修了,同年 同 ポスドク,2008年 米国California大学San Diego校 ポスドクを経て,2009年より京都大学大学院生命科学研究科 助教.2011年より科学技術振興機構さきがけ 研究員 兼任.
研究テーマ:植物における環境応答の組織特異性.
関心事:基礎で得た知見を,いかに応用にまでもっていくか.

© 2014 遠藤 求 Licensed under CC 表示 2.1 日本

Viewing all 125 articles
Browse latest View live