Quantcast
Channel: Nature –ライフサイエンス 新着論文レビュー
Viewing all 125 articles
Browse latest View live

ヌタウナギの頭部の発生と脊椎動物の進化

$
0
0

大石康博・倉谷 滋
(理化学研究所発生再生科学総合研究センター 形態進化研究グループ)
email:大石康博倉谷 滋

Craniofacial development of hagfishes and the evolution of vertebrates.
Yasuhiro Oisi, Kinya G. Ota, Shigehiro Kuraku, Satoko Fujimoto, Shigeru Kuratani
Nature, 493, 175-180 (2013)

要 約

 現生の無顎類であるヌタウナギとヤツメウナギは,脊椎動物のもっとも原始的な系統である円口類を構成する.最近の分子的な解析は円口類の単系統性をくり返し支持してきているが,一方で,形態学的な観察から,ヌタウナギが脊椎動物の基本的な特徴を欠き,さらに,その腺性下垂体は内胚葉に由来すると報告されており,ヤツメウナギを含むすべての脊椎動物のなかでもっとも祖先的な系統であるとも解釈されてきた.また,ヌタウナギとヤツメウナギとで,成体の頭部の形態は容易には比較できない.そこで,筆者らは,ヌタウナギの胚の発生系列を用い,その頭部の構造の発生過程を詳細に観察した.その結果,ヌタウナギの腺性下垂体は外胚葉に由来することが明らかになった.また,ヌタウナギとヤツメウナギは顎口類とは異なる汎円口類パターンを共有することが個体発生の比較から明らかになった.この結果は,分子系統学の示す系統関係と整合的であり,さらに,古生代の化石魚類の知見を考慮すると,汎円口類パターンは現生する脊椎動物全体の祖先に共有されていた可能性を示唆した.

はじめに

 最近の分子系統学的な研究成果から,ヌタウナギとヤツメウナギは,約5億年前に顎口類のグループから分岐した単系統群(ひとつの共通祖先から進化した生物群)を構成すると考えられている1,2).このグループは,顎の代わりに丸い口をもち,鼻孔が1つしかないという特徴から円口類とよばれる3).対して,現生するほとんどの脊椎動物である顎口類は,顎の存在と対をなす鼻孔により特徴づけられる3).しかし,形態学者の見解は分子系統学が提示した系統関係とは矛盾しており,ヤツメウナギと顎口類の共通祖先から最初にヌタウナギが分かれたと考えてきた.つまり,ヌタウナギは現生するもっとも祖先的な脊椎動物であり,むしろ,ヤツメウナギと顎口類が近縁であることになる4).その根拠として,ヌタウナギは脊椎動物を特徴づけるいくつかの形態を欠いていることがあげられる.ヌタウナギは明瞭な背骨や眼のレンズをもたない4).また,ほかの脊椎動物の腺性下垂体は外胚葉に由来するのに対し,ヌタウナギの腺性下垂体は,原始的な脊索動物であるナメクジウオの腺性下垂体に相当する構造と同様に,内胚葉に由来すると報告されている5,6).さらに,成体のヌタウナギとヤツメウナギの頭部の構造は著しく異なるため,解剖学的な比較も容易ではない.
 そのため,ヌタウナギを比較発生的に解析する重要性は以前から認識されていた.しかし,ヌタウナギは深海性で,生殖に関する生理および生態はほとんど不明であり,発生に関する情報はかぎられたものだった.筆者らの研究室では,2007年,実験室において日本産のヌタウナギ(Eptatretus burgeri)の受精卵を得る方法,また,組織学的および分子生物学的な実験の系を世界にさきがけて確立し7),その成果として,ヌタウナギの胚は,脊椎動物の体制を特徴づける移動性の神経堤細胞を分化し7),さらに,背骨の原基となる硬節細胞をもつことを明らかにした8).今回,筆者らは,ヌタウナギの頭部の発生に注目し,その腺性下垂体の由来を観察し,さらに,ヌタウナギの頭部の構造を比較発生学的に解析することにより,初期の脊椎動物における頭部の形態の進化における理解を深めることを試みた.

1.ヌタウナギの腺性下垂体の由来:組織の観察

 ヌタウナギの腺性下垂体の由来を明らかにするため,ほかのすべての脊椎動物の胚の頭部において外胚葉と内胚葉との境界を形成する口咽頭膜6) をヌタウナギの胚において同定し,口咽頭膜と腺性下垂体原基(下垂体プラコード)との位置関係を調べた.その結果,発生の初期に,前脳の前方に外胚葉と内胚葉の上皮とが隣接した口咽頭膜が観察された(図1a).つづいて,口咽頭膜は前脳の下部へ陥入し,その前方に二次的な膜が形成された(図1b).以前の報告では,この二次的な膜(二次口咽頭膜)が口咽頭膜であると誤って同定され,そのため,ヌタウナギの下垂体プラコードは内胚葉に由来すると解釈された5).しかし,ヌタウナギの下垂体プラコードは明らかに真の口咽頭膜の前方に位置していた(図1b).これらの結果から,ヌタウナギの腺性下垂体は外胚葉に由来すると思われた(図1c).

figure1

2.ヌタウナギの腺性下垂体の由来:遺伝子発現の観察

 現在まで調べられたすべての脊椎動物において,下垂体は神経性下垂体と腺性下垂体よりなる.そのうち,神経性下垂体の発生には前脳の腹側に位置する視床下部におけるShh/Nkx2.1遺伝子の発現が必須であることがわかっている.一方で,腺性下垂体は視床下部に隣接して発生する外胚葉性の肥厚(下垂体プラコード)より生じ,Pitx2遺伝子とLhx3/4遺伝子の発現がその発生に重要な役割をはたすことが報告されている.そこで,下垂体の発生部位を明らかにすることにより,腺性下垂体の由来につきより詳細な解析を試みた.
 ヌタウナギから1種類のShh遺伝子,Nkx2.1遺伝子,Pitx2遺伝子,Lhx3/4遺伝子の相同遺伝子をクローニングし,それぞれ,EbHh1遺伝子,EbNkx2.1遺伝子,EbPitxA遺伝子,EbLhx3/4A遺伝子と名づけた.in situハイブリダイゼーション法によりヌタウナギの胚におけるこれら遺伝子の発現を調べたところ,EbHh1遺伝子およびEbNkx2.1遺伝子は前脳の腹側の視床下部において発現していた.また,視床と隣接する下垂体プラコードにおいてEbPitxA遺伝子の発現および弱いEbLhx3/4遺伝子の発現が観察された.これらの観察から,ヌタウナギの腺性下垂体はほかの脊椎動物と同様な遺伝子の発現機構にもとづき外胚葉から生じることが示唆された.
 つづいて,発生をつうじて隣接していた視床下部と下垂体プラコードから,神経性下垂体と腺性下垂体が生じた(図1c).これらの結果から,ヌタウナギの腺性下垂体は,ほかの脊椎動物と同様に,外胚葉に由来することが明らかになった.

3.ヌタウナギの内胚葉の発生

 以前の研究では,ヌタウナギの腺性下垂体は脊索の前端において視床に隣接する内胚葉性の肥厚に由来すると報告された5).それをうけて,ヌタウナギの内胚葉の細胞が腺性下垂体の形成に関与するかどうかを調べた.組織学的には,この内胚葉の部位はほかの脊椎動物の胚にも観察され脊索前板とよばれる(図1d).脊索前板のマーカーとしては,Shh遺伝子およびSix3/6遺伝子の発現が報告されている.そこで,ヌタウナギにおけるこれらの相同遺伝子の発現を調べたところ,確かに内胚葉性の肥厚はEbHh1遺伝子およびEbSix3/6A遺伝子を発現していた.さらに,発生の初期,ヌタウナギの脊索前板は腺性下垂体に隣接するが(図1a),つづいてそれは視床下部から分離し(図1b),消失する.これらの結果から,ヌタウナギの内胚葉は腺性下垂体の形成には関与しないことが明らかになった.

4.ヌタウナギの鼻下垂体の発生

 ヤツメウナギと顎口類の頭部は形態学的に異なる発生パターンを示すことが知られている.なかでも,鼻プラコードと下垂体プラコード(嗅上皮と腺性下垂体の原基に相当する外胚葉性の肥厚)との位置関係が重要である.ヤツメウナギでは鼻プラコードと下垂体プラコードとが連続した鼻下垂体板を形成する(図1e).一方で,顎口類では2つの鼻プラコードと下垂体プラコードは離れて位置する9).以前の研究より,ヌタウナギの胚の前脳の下部中央において前後に連続した外胚葉性の肥厚が観察され,鼻下垂体板に相当すると考えられていた(図1b).そこで,ヌタウナギの下垂体プラコードと鼻プラコードの発生パターンを調べることにした.
 Fgf8/17遺伝子は顎口類の鼻プラコード,あるいは,ヤツメウナギの鼻下垂体板の前方に発現し,その分化に重要な役割をはたす.そこで,ヌタウナギからFgf8/17遺伝子の相同遺伝子をクローニングしEbFgf8/17遺伝子と名づけた.EbFgf8/17遺伝子の発現を解析したところ,鼻下垂体板の前部に強く発現していた.一方,ヌタウナギの下垂体プラコードに発現するEbPitxA遺伝子は,鼻下垂体板の後部において発現していた.また,顎口類において鼻プラコードおよび下垂体プラコードの両方に発現することが知られるSix3/6遺伝子およびSox2/3遺伝子のヌタウナギにおける相同遺伝子であるEbSix3/6A遺伝子およびEbSoxB1遺伝子は,鼻下垂体板の全域に発現していた.これらの結果は,ヌタウナギにおいても鼻プラコードと下垂体プラコードとが連続し,鼻下垂体板を形成していることを示唆した.
 また,ヌタウナギの鼻下垂体板は,ヤツメウナギと同様の分化を示した.ヤツメウナギおよびヌタウナギにおいて,鼻下垂体板は1つの鼻孔につながる鼻腔(鼻下垂体腔)を形成した.また,鼻腔の背側では無対の嗅上皮と腺性下垂体が隣接して形成された(図1 c, f).したがって,ヌタウナギとヤツメウナギの鼻下垂体板は形態発生学的にも相同であることが示唆された.

5.ヌタウナギとヤツメウナギの顔面の構造の相同性

 鼻下垂体板と密接な関係をもつ頭部の構造のパターンも,ヌタウナギの胚とヤツメウナギの胚において相同である可能性がある9).そこで,両者の頭部の構造の発生を比較することにした.まず,組織切片によりヌタウナギとヤツメウナギの頭部の内部構造を解析したところ,鼻下垂体板の前後に間葉からなる突起が観察された.そのうち,鼻下垂体板の前方を前鼻突起,鼻下垂体板の後方を後下垂体突起とよんだ(図1 b, e).つぎに,三次元的に観察したところ,ヌタウナギとヤツメウナギの後下垂体突起は鼻下垂体板の後部(下垂体プラコード)の後方に一対の突起として生じた.つづいて,左右の後下垂体突起は正中で癒合をはじめ,鼻下垂体板を含む鼻腔と口腔が分離した(図1 b, e).つづいて,ヌタウナギでは後下垂体突起の前部が4対の触手を形成した(図1c)が,一方で,ヤツメウナギの後下垂体突起は上唇を形成した(図1f).ヌタウナギの触手とヤツメウナギの上唇の構造は大きく異なるが,三叉神経による神経支配のパターンは両者が等価な構造であることを支持した.また,後下垂体突起の後方において,ヌタウナギの鼻腔は咽頭へつながり,その後端が盲嚢となっているヤツメウナギとは異なるパターンをもっていた(図1 c, f).形態発生的な観察から,ヌタウナギに特有なこの連絡孔は,後下垂体突起に由来する構造(触手へとつづく口鼻下垂体隔壁)の後端が二次的に破れることによりもたらされることがわかった(図1 b, c).したがって,ヌタウナギの触手および口鼻下垂体隔壁と,ヤツメウナギの上唇は,後下垂体突起に由来する相同な構造であった.
 ヌタウナギの胚とヤツメウナギの胚に共有される頭部の構造における基本パターンは,顎口類とは異なっていた.ヌタウナギとヤツメウナギの後下垂体突起は口部の構造を形成する一方,顎口類の胚において対応する位置をしめる顎前領域からは頭蓋を構成する梁軟骨が生じる.このことは,ヌタウナギの胚とヤツメウナギの胚は,顎口類の胚とは異なり,独特の汎円口類パターンを基盤に発生することを示唆した(図2).

figure2

おわりに

 筆者らは,ヌタウナギの腺性下垂体がほかの脊椎動物と同様に外胚葉の由来であることを明らかにした.最近,ヌタウナギの腺性下垂体はほかの脊椎動物の腺性下垂体と等価の形態と機能をもち,ヌタウナギの祖先的な形質の多くは二次的な変形や消失にもとづくことが示されてきた2,8).今回の結果は,ヌタウナギの形態についての数々の再解釈とともに,ヌタウナギとヤツメウナギが1つのグループである円口類を構成することを分子系統学のデータと整合的に支持した.
 ヌタウナギとヤツメウナギの成体の頭部の形態は大きく異なっている.しかし,今回の比較発生学的な解析により,両者は鼻下垂体板,前鼻突起,後下垂体突起という頭部の基本原基からなる汎円口類パターンを共有することが明らかにされた.ヌタウナギとヤツメウナギでは腺性下垂体は鼻下垂体板にもとづいており,無対の嗅上皮に隣接していた.一方で,顎口類の胚では,下垂体プラコードは対の鼻プラコードから分離し,二次的に口腔に取り込まれる.絶滅した無顎類である甲皮類は,軟骨性の骨格しかもたない円口類とは異なり体を硬骨でおおっていたことから,円口類よりも顎口類と近縁な系統とみなされている3).なかでも,ガレアスピスは注目すべき形質を示している10).ガレアスピスの鼻孔は円口類のように正中に1つしかない.一方で,ガレアスピスは対の嗅上皮をもち,さらに,腺性下垂体と嗅上皮とが顎口類と同じように分離していた可能性が示されている.今回の発生学的な研究と化石の記録から,汎円口類パターンがすべての脊椎動物の祖先的な発生プログラムを反映していると仮定すると,ガレアスピスは円口類パターンの部分的な喪失をともない,顎口類へといたる遷移段階を示している可能性が浮上する(図2).今後さらに,円口類と顎口類との比較発生学,また,化石の記録の解析が進展することにより,初期の脊椎動物が対鼻孔や顎を獲得した進化機構が明らかになることが期待される.

文 献

  1. Kuraku, S.: Insights into cyclostome phylogenomics: pre-2R or post-2R. Zool. Sci., 25, 960-968 (2008)[PubMed]
  2. Heimberg, A. M., Cowper-Sal-lari, R., Peterson, K. J. et al.: microRNAs reveal the interrelationships of hagfish, lampreys, and gnathostomes and the nature of the ancestral vertebrate. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 19379-19383 (2010)[PubMed]
  3. Janvier, P.: Early Vertebrates. Oxford University Press, New York (1996)
  4. Gess, R. W., Coates, M. I. & Rubidge, B. S.: A lamprey from the Devonian period of South Africa. Nature, 443, 981-984 (2006)[PubMed]
  5. Gorbman, A.: Early development of the hagfish pituitary gland: evidence for the endodermal origin of the adenohypophysis. Am. Zool., 23, 639-654 (1983)
  6. Soukup, V., Horacek, I. & Cerny, R.: Development and evolution of the vertebrate primary mouth. J. Anat., 222, 79-99 (2013)[PubMed]
  7. Ota, K. G., Kuraku, S. & Kuratani, S.: Hagfish embryology with reference to the evolution of the neural crest. Nature, 446, 672-675 (2007)[PubMed]
  8. Ota, K. G., Fujimoto, S., Kuratani, S. et al.: Identification of vertebra-like elements and their possible differentiation from sclerotomes in the hagfish. Nat. Commun., 2, 373 (2011)[PubMed]
  9. Kuratani, S.: Evolution of the vertebrate jaw from developmental perspectives. Evol. Dev., 14, 76-92 (2012)[PubMed]
  10. Gai, Z., Donoghue, P. C., Stampanoni, M. et al.: Fossil jawless fish from China foreshadows early jawed vertebrate anatomy. Nature, 476, 324-327 (2011)[PubMed]

著者プロフィール

大石 康博(Yasuhiro Oisi)
略歴:神戸大学大学院理学研究科博士課程 在学中.
研究テーマ:動物の形態要素,構造からみた発生と進化.

倉谷 滋(Shigeru Kuratani)
理化学研究所発生再生科学総合研究センター グループディレクター.
研究室URL:http://www.cdb.riken.jp/emo/japanese/indexj.html

© 2013 大石康博・倉谷 滋 Licensed under CC 表示 2.1 日本


上皮の形態形成における分裂期球形化の新たな役割

$
0
0

近藤武史・林 茂生
(理化学研究所発生・再生科学総合研究センター 形態形成シグナル研究グループ)
email:近藤武史林 茂生

Mitotic cell rounding accelerates epithelial invagination.
Takefumi Kondo, Shigeo Hayashi
Nature, 494, 125-129 (2013)

要 約

 動物の細胞は分裂期に進入するとその形態を球形へと変化させる.この分裂期球形化はディッシュ上の培養細胞から組織中の上皮細胞にまで普遍的にみられる現象である.その細胞形態の大きな変化は適切な細胞分裂に必須である一方,細胞の協調的なふるまいが必要とされる間期の細胞による組織の形態形成運動を干渉してしまうと考えられていた.筆者らは,上皮シートの陥入機構のさらなる理解をめざしてショウジョウバエにおける気管原基の陥入を解析する過程において,分裂期への進入が適切な形態形成運動に必須であることを見い出した.変異体,阻害剤,および,物理的な微小破壊を用いた解析により,気管原基では密に配置された間期の細胞が陥入の中心にむかって圧力を高め,分裂期球形化がその圧力を解放することにより上皮シートの急激な落ち込みを誘導し,陥入を加速していることを明らかにした.これは細胞分裂とは独立した,形態形成運動における分裂期球形化の新たな役割であった.

はじめに

 からだは連続する上皮組織からなりたっており,発生の過程では上皮シートが変形することにより形態形成は進行する.陥入や折りたたみ,伸長といった上皮シートの変形は,個々の細胞の形態変化が協調的に組み合わさることによりなしとげられる.その際,細胞はその運命にしたがってそれぞれ固有の骨格構造を構築し,接着分子やモータータンパク質とともに力を生み出すことにより変形する.また,器官形成には組織の成長も必須であり,細胞分裂がおもな役割を担う.このように,細胞が変形と分裂とをくり返していくことで発生は進行するのであるが,そこにはひとつの問題がある.細胞の変形と分裂はそれぞれに特異な細胞骨格を必要とするという事実である.たとえば,アクチン骨格とミオシンによる細胞の頂端面の収縮が上皮シートの陥入をひき起こす1).一方で,細胞は分裂期に進入すると表層アクチンを再編成し細胞全体の表面張力を高めることにより,間期における細胞形態にかかわらず球形に変化する分裂期球形化(mitotic cell rounding)をひき起こす2)図1a).さらに,紡錘体を形成するため微小管も再構築され,アクチン骨格はさらに変化して収縮環となる.つまり,分裂期への進入は間期における細胞骨格の破壊につながり,細胞の変形ひいては組織の変形を阻害してしまうと考えられている.実際にショウジョウバエにおいて,原腸陥入期に異所的な細胞分裂の起こる変異体では中胚葉組織の陥入に異常をきたすことが知られている3).このような知見に反して,筆者らは,詳細な生細胞観察をつうじて,ショウジョウバエにおける気管原基の陥入では細胞分裂がむしろ積極的に形態形成運動に貢献していることを見い出した.

figure1

1.ショウジョウバエにおける気管原基の陥入は急激な加速をともなう

 上皮シートの陥入は基本的な形態形成運動のひとつであり,二次元的なシートを三次元的な管構造へと変換する.上皮細胞が頂端部を収縮させることにより陥入のはじまることはよく知られているが1),陥入の達成のためには頂端部の収縮だけで十分であるのか,それ以外にも必要だとすればどのような細胞のふるまいが関与しているのかについては,いまだ不明な点が多く残されている.その理由のひとつとして,陥入は立体的な形態変化であるにもかかわらず,生細胞観察による細胞動態の解析は頂端の平面にとどまっており,三次元的なふるまいについてはあまり理解の進んでいないことがあげられる.筆者らは,上皮シートの陥入機構のさらなる理解をめざして,ショウジョウバエの胚発生期の気管原基をモデルとして,シートが管構造へと変換される過程を立体的に生細胞観察する実験系を構築し細胞の三次元動態を解析した.
 ショウジョウバエの胚において上皮組織は1層に配置された柱状の上皮細胞で構成されており,そのなかから体節あたり2対,計20対の気管原基領域が決定される.それぞれの気管原基は約40個の細胞からなり,それぞれが内部へ陥入し,分岐,融合することで体中に酸素を送るネットワーク管構造をつくりだす4).カドヘリン-GFP融合タンパク質を用いて頂端接着部位を標識し頂端面が内部へ入り込んでいくようすを観察すると,陥入の速度により気管原基の陥入は2つの段階,遅いフェーズ(slow phase)と速いフェーズ(fast phase)にて進行することがわかった.遅いフェーズでは原基中心に位置する細胞の頂端面が徐々に収縮していき,それと同時に小さなくぼみをゆっくりと形成した(図2a).30~60分の遅いフェーズののち陥入の速度は上昇して頂端面は急激に内部へ落ち込んでいき(速いフェーズ),最終的に管構造へと変換された.速いフェーズの引き金となる要因を探るため,ヒストン-RFP融合タンパク質を用いて同時に染色体の観察も行ったところ,速いフェーズに入ったときには必ず,陥入の底に染色体が凝集した分裂期の細胞の現われることが明らかになった.そこで,細胞膜全体をGFPにより標識し三次元的な細胞の形態変化を観察したところ,中心にある頂端の収縮している細胞が分裂期に進入してその形態を柱状から球状へと変化させていく過程と同時に,その頂端面が内部へ入り込んでいくようすが観察された(図2b).これらの観察から,分裂期球形化が陥入の加速に重要な役割をはたしているとの仮説をたてた.

figure2

2.分裂期への進入は陥入の加速に必須である

 ショウジョウバエの胚発生の過程において,気管細胞を含む多くの細胞は16回の細胞分裂を行い,陥入の加速とともにみられる分裂は最後の16回目に相当する.以前の研究により,サイクリンAの変異体(CycA変異体)では16回目の分裂期にのみ進入ができなくなること,DNA複製にかかわるdup遺伝子の変異体では16回目の複製が長びくことにより分裂期への進入が大幅に遅延することが知られていた.そこで,気管原基の陥入における細胞分裂の貢献を検証するため,これらの変異体の生細胞観察を行った.すると,遅いフェーズは正常に開始するが,そののちの陥入が正常な胚と比較して遅れることが明らかになり,分裂期への進入は陥入に対して積極的に寄与していることが明らかになった.一方で,これらの変異体では遅延はするものの,陥入の速度は遅れて上昇し,いっけん正常な管構造をつくりだすことから,陥入を制御する未知の機構の存在が示唆された.
 陥入を完了し1本の管となった気管原基は,周辺の細胞から分泌されるFGFにむかって走化性を示し分岐する4).FGFシグナルは陥入には寄与しないと考えられており,実際に,FGFシグナルの変異体を解析しても陥入の速度に異常は認められなかった.しかしながら,FGFシグナルの変異とCycA変異との二重変異体を解析したところ,CycA変異体と比較してさらに陥入は遅延し,管構造への変換にも異常をきたすことが明らかになった(図2c).これらの結果から,分裂期への進入が陥入の加速および管構造への変換に必須であり,FGFシグナルは細胞分裂の不全により遅延した陥入を補助するバックアップ機構としてはたらくと結論した.また,気管原基の陥入は頂端の収縮による遅いフェーズのみでは不十分であると考えられた.

3.分裂期球形化は陥入の加速に十分である

 分裂期球形化と細胞分裂それ自体の貢献とを区別するための実験を行った.微小管阻害剤であるコルヒチンを用いて紡錘体の形成を阻害することにより,細胞は分裂期に進入して球形になるものの,そののちの分裂は進行しない状況をつくりだすことができる.この方法を用いて細胞分裂を特異的に阻害したところ,正常な胚と同様に,分裂期球形化とともに陥入は加速し,気管細胞が内部へ入り込んでいくようすが観察された.よって,陥入の加速を誘導するためには細胞分裂は必要なく,分裂期球形化で十分であることが明らかになった.

4.分裂期球形化は上皮シートの座屈を誘導する

 では,なぜ分裂期球形化により陥入は加速されるのだろうか.柱状の上皮細胞は分裂期に入ると頂端側において球形となり,組織の頂端面は平面を保つ5)図1b).一方で,気管原基の場合には,基底側の位置をほとんど変えることなく分裂期球形化と同時に頂端面が内部へ落ち込む.つまり問題は,なぜ気管原基の陥入期にかぎって球形化した細胞が落ち込むのか,といい換えることができる.1つ目の可能性として,気管細胞は基底面を基底膜や中胚葉細胞など内部の構造に強く接着させているのではないかと考えた.そこで,基底膜との接着を失うインテグリンの変異体,および,中胚葉細胞を形成できないsnail twist二重変異体の観察を行ったが,ともに分裂期球形化にともなう陥入の加速が認められたことから,この可能性はきわめて低いと考えられた.
 第2の可能性として,原基中心は周辺からの圧力により頂端側から内部へ押し込まれていることを考えた.上皮の形態形成において,その駆動力を生み出すための重要なタンパク質のひとつに非筋ミオシンIIがある.筆者らは以前に,気管原基ではEGFシグナルの制御のもと非筋ミオシンIIが陥入の中心をとりかこむようにして細胞接着面に局在することを見い出していた6)図2a).一方で,頂端部が収縮している中心細胞ではミオシンの強い局在はみられず,EGFシグナルの変異体において円周状のミオシンの局在が消失すると中心細胞の頂端の収縮も誘導されず遅いフェーズははじまらない.これらの事実から,ミオシンが円周状に収縮力を発生させることにより中心にむかう圧力を生み出し,その結果として,中心部は受動的に圧迫されていると考えた.そこで,この内向きの圧力と分裂期球形化との関係を探るため,EGFシグナルの変異体において分裂期に進入した細胞がどの位置で球形となるのかを観察したところ,気管原基は分裂期への進入の直前まで平面を維持し,さらに,分裂期に進入したはじめの数細胞は頂端側において球形化した.この結果は,分裂期球形化にともなう陥入の加速にはEGFシグナルが必要であることを示しており,ミオシンを介した圧力により球形化した細胞が内部へ押し込まれていることを示唆していた.また,紫外線パルスレーザーを用いた微小破壊により遅いフェーズにある中心細胞に摂動をあたえると人為的な陥入の加速が誘発されたことから,中心細胞は内部へ入り込もうとする力に拮抗していると考えられた.
 これらの事実から,筆者らは以下のモデルを考えている.1)遅いフェーズでは円周状に局在するミオシンにより内向きの圧力が形成されるが,柱状の中心細胞がそれに抵抗するため,原基中心に内向きの圧力が蓄積していく.2)中心細胞が分裂期に進入し細胞骨格の再編成の起こることにより抵抗は消失し,蓄積していた圧力が解放される.3)同時に,分裂期球形化により細胞の背丈(頂端-基底軸の長さ)が短縮することにより,上皮シートの急激な変形がひき起こされ,頂端面が一気に内部に入り込んでいく.この過程は,工学分野で扱われる弾性体の座屈として理解することができる.このように,EGFシグナルによる平面の圧力と分裂期球形化による抵抗力の低下が時空間的に協調して作用することのより,スムーズな陥入が達成されているものと考えられた(図2b).

5.分裂期球形化はEGFシグナルおよびFGFシグナルとは独立に気管原基の陥入を誘導できる

 以前の報告により,EGFとFGFの両方を欠失した場合においても気管原基は部分的に陥入できることが示されていた7).この陥入に細胞分裂が関与しているかどうかを調べるため,EGFシグナルの変異,FGFシグナルの変異にくわえ,CycA変異も導入した三重変異体を作製し解析したところ,陥入構造は形成されず平らな頂端面が維持された.つまり,気管原基はEGFシグナルあるいはFGFシグナルが活性化してない状況であっても,細胞分裂に依存して陥入できることが明らかになった.では,どのように陥入しているのだろうか.さきに述べたように,EGFシグナルの変異体では,はじめの分裂細胞は頂端側において球形となり内部へ入り込まない.そののち気管原基の観察をつづけたところ,ひきつづいて分裂期に入る細胞の一部が内部で球形化することにより頂端面が落ち込んでいくようすが観察された.この内部で球形化する細胞は直前に頂端面の減少する傾向があり,これはさきだって頂端側において球形化した細胞により押されたためと考えられた.これらの結果から,まわりから圧迫された細胞が内側で球形化するという正常な胚と共通の機構により,頂端面の落ち込みがひき起こされていることが明らかになった.
 また,EGFシグナルの変異とCycA変異との二重変異体においては,通常はFGFシグナルがはたらいて分岐のはじまる時期に気管原基が陥入を開始することも明らかになった.これらのことは,EGFシグナル,細胞分裂,FGFシグナルはそれぞれ単独で,質の異なる機構を介して気管原基の陥入の引き金を引きうることを示していた.EGFシグナルやFGFシグナルは気管細胞において特異的に活性化するが,細胞分裂は周辺の上皮細胞でも同様に起こる.一方で,気管原基でみられる分裂期への進入による陥入は周辺の上皮細胞では観察されない.つまり,EGFシグナルおよびFGFシグナルの非存在下であっても気管原基は分裂期にともなう陥入を達成するため,まわりとは異なる性質を獲得しているものと考えられた.その要因を明らかにすることは,さまざまな引き金による陥入を保障する上皮の形態形成における新たな原理の解明につながるだろう.

おわりに

 一般的に,頂端の収縮は細胞の能動的な形態変化ととらえられているが,少なくとも,気管原基では受動的にまわりから圧迫されることにより頂端の収縮を達成している.さきに述べたように,ショウジョウバエの原腸期では異所的な細胞分裂により中胚葉組織の陥入が阻害されているが3),この場合は,細胞は頂端部にミオシンを局在させることにより能動的に収縮している8).陥入における分裂期球形化の作用の差はこの頂端の収縮機構の違いに起因すると考えられ,能動的な収縮力は分裂期への進入により消失してしまうが,気管原基の受動的な収縮の場合には入り込む力には影響せずむしろ加速に貢献できる.つまり,同じ上皮シートの陥入という現象であっても,生物はさまざまな方法をもちあわせており,その状況にあわせ選択しているようである.また,分裂期への進入は細胞骨格や形態のほかにも,核膜の崩壊など数々の変化をひき起こす.それらが,自らを正確に分割するという細胞のもっとも根幹的な作業に必要な変化であることはいうまでもないが,細胞分裂とは独立した未知の役割をも担っている可能性は十分にある.この研究はその一部を垣間みたにすぎないが,分裂期の新たな意義を考えるきっかけになれば幸いである.

文 献

  1. Sawyer, J. M., Harrell, J. R., Shemer, G. et al.: Apical constriction: a cell shape change that can drive morphogenesis. Dev. Biol., 341, 5-19 (2010)[PubMed]
  2. Stewart, M. P., Helenius, J., Toyoda, Y. et al.: Hydrostatic pressure and the actomyosin cortex drive mitotic cell rounding. Nature, 469, 226-230 (2011)[PubMed]
  3. Dobens, L. L. & Bouyain, S.: Developmental roles of tribbles protein family members. Dev. Dyn., 241, 1239-1248 (2012)[PubMed]
  4. Affolter, M. & Caussinus, E.: Tracheal branching morphogenesis in Drosophila: new insights into cell behaviour and organ architecture. Development, 135, 2055-2064 (2008)[PubMed]
  5. Meyer, E. J., Ikmi, A. & Gibson, M. C.: Interkinetic nuclear migration is a broadly conserved feature of cell division in pseudostratified epithelia. Curr. Biol., 21, 485-491 (2011)[PubMed]
  6. Nishimura, M., Inoue, Y. & Hayashi, S.: A wave of EGFR signaling determines cell alignment and intercalation in the Drosophila tracheal placode. Development, 134, 4273-4282 (2007)[PubMed]
  7. Brodu, V. & Casanova, J.: The RhoGAP crossveinless-c links trachealess and EGFR signaling to cell shape remodeling in Drosophila tracheal invagination. Genes Dev., 20, 1817-1828 (2006)[PubMed]
  8. Martin, A. C., Kaschube, M. & Wieschaus, E. F.: Pulsed contractions of an actin-myosin network drive apical constriction. Nature, 457, 495-499 (2009)[PubMed]

著者プロフィール

近藤 武史(Takefumi Kondo)
略歴:2008年 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科博士後期課程 修了,同年 基礎生物学研究所 研究員を経て,2009年より理化学研究所発生・再生科学総合研究センター 研究員.
研究テーマ:上皮の形態形成.
関心事:分裂期.

林 茂生(Shigeo Hayashi)
理化学研究所発生・再生科学総合研究センター グループディレクター.
研究室URL:http://www.cdb.riken.jp/signal/

© 2013 近藤武史・林 茂生 Licensed under CC 表示 2.1 日本

哺乳類の舌において高濃度の塩は苦味と酸味の2つの味覚経路により受容される

$
0
0

岡 勇輝・Charles S. Zuker
(米国Columbia大学Department of Biochemistry and Molecular Biophysics)
email:岡 勇輝

High salt recruits aversive taste pathways.
Yuki Oka, Matthew Butnaru, Lars von Buchholtz, Nicholas J. P. Ryba, Charles S. Zuker
Nature, 494, 472-475 (2013)

要 約

 すべての生物にとり塩は必須の栄養素であるが,過剰な摂取は逆に健康に有害となりうる.そのため,哺乳類の味覚は,低濃度の塩をよい味,また,高濃度の塩を不快な悪い味として脳に伝達することにより塩の摂取を調節している.しかし,これまで塩味の受容機構の全貌は明らかになっておらず,味覚において塩の摂取を制御する機構についても不明であった.この論文において,筆者らは,高濃度の塩はマウスの味蕾において苦味を受容する味細胞および酸味を受容する味細胞を刺激することを明らかにした.苦味および酸味の味覚経路を欠失したマウスにおいては,野生型マウスにおいて観察される高濃度の塩に対する味神経の応答および忌避行動が消失した.また,苦味および酸味の味覚経路を欠失したマウスは塩味に対し“よい味”の経路のみをもつため,野生型マウスが嫌悪を示すような高濃度のナトリウム塩に対しても高い嗜好性を示し,塩の異常な摂取行動がみられた.この研究の成果は,哺乳類の塩味受容機構を明らかにしたと同時に,われわれの感じる塩味を制御することにより,そのおいしさを変えずに心臓病や高血圧の一因となる塩の過剰な摂取を予防する方法の開発につながると期待される.

はじめに

 五感のひとつである味覚はわれわれにとり食べ物を楽しむ感覚であるが,もともとは食物にエネルギーやミネラルが含まれているか,また,有害な物質が含まれていないかを体内に入るまえに判断するためのセンサーである.ヒトをはじめとする多くの哺乳類は5種類の基本味,甘味,旨味,苦味,酸味,塩味をもつ.これまで,筆者らの研究室では,これらのうち塩味を除く4種類の基本味を受容する味細胞,また,それらに対する受容体の同定を行ってきた1,2).しかし,最後に残った塩味については,その受容機構の全貌は未解明であった.その大きな理由のひとつは,塩味がほかの基本味に比べ特殊であるからにほかならない.たとえば,甘味と旨味はそれぞれ糖類とアミノ酸の味であり,それらの摂取は動物にとり有益であるためつねにおいしい味と感じる.逆に,苦味と酸味は毒物や腐敗物など有害物質を知らせる味であり,その多寡にかかわらず動物に不快で嫌な味をひき起こす.しかし,塩味はその濃度によりこれら両方の性質を現わす.すなわち,低濃度の塩はおいしく感じる一方,同じ塩でも高濃度になると塩辛すぎてまずく感じるのである.これは,われわれが塩気のある食物を好むが,海水のような濃度の高い塩はまずく感じることからも理解できる.このため,塩味には複数の受容経路,すなわち,誘引経路(よい味)と忌避経路(悪い味)が存在すると考えられてきた.
 近年,筆者らは,上皮性ナトリウムチャネル(ENaC:epithelial sodium channel)の主要なサブユニットENaCαを欠損したマウスでは,低濃度の塩に対する味神経の応答および誘引行動が消失することを示し,誘引性の“よい”塩味の受容は上皮性ナトリウムチャネルを発現する味細胞が担っていることを明らかにした3).しかし,これらのマウスにおいて高濃度の塩に対する忌避行動はまったく損なわれておらず,“悪い”味をひき起こす塩味の受容機構は未解明のままであった.

1.忌避をひき起こす高濃度の塩は味蕾において2つの経路を刺激する

 マウスにおいて電気生理学的な手法を用いて味神経の応答を測定すると,2種類の塩味に対する応答はその生理学的な性質により明確に区別することができる.上皮性ナトリウムチャネルに依存性のよい塩味に対する味神経の応答(低濃度塩応答)はナトリウム塩に特異的であり,3 mM程度の低い濃度からその応答が観察される.一方,上皮性ナトリウムチャネルに非依存性の忌避性の塩味応答(高濃度塩応答)は150 mM以上で顕著に観察され,ナトリウム塩やカリウム塩など多種の塩に非特異的な応答を示す4,5).もっとも重要な性質は,低濃度塩応答は上皮性ナトリウムチャネルの阻害剤であるアミロライドの存在下で完全に抑制される点である6,7).この阻害剤は長年にわたり低濃度塩と高濃度塩の味応答を区別する目的で利用され,低濃度塩の受容機構の解明に寄与してきた.そこで今度は,アミロライドに代わる,高濃度塩応答を抑制する阻害剤の探索を試みた.高濃度塩に対する味神経の応答を指標としてさまざまな物質をスクリーニングした結果,マスタードオイルの辛味成分であるアリルイソチオシアネートで舌を処理することにより,上皮性ナトリウムチャネル経路を介する低濃度塩応答にはまったく影響をあたえず,高濃度塩応答だけを有意に低下することを見い出した.しかし,アリルイソチオシアネートは濃度にかかわらず高濃度塩応答を最大で約50%のみ阻害し,アリルイソチオシアネートに非感受性の残存する高濃度塩応答がつねに観察された.これらの結果は,これまで1つの経路により受容されると考えられていた高濃度塩は,じつは,薬理学的な性質の異なる,アリルイソチオシアネートに感受性および非感受性の2つの経路を活性化することを示唆した.

2.苦味細胞は高濃度塩により活性化する

 興味深いことに,アリルイソチオシアネート処理は塩味応答の半分にくわえ,苦味応答を完全に抑制した.アリルイソチオシアネートが高濃度塩と苦味の両方の応答を阻害したことから,これらが味蕾において同一の味細胞(苦味細胞)により受容されている可能性が考えられた.そこで,苦味,甘味,旨味の受容に必須なタンパク質であるTRPM5チャネルおよびPLCb2を欠損したマウス8) を用いて味神経の応答を測定したところ,予想どおり,高濃度塩応答は野生型マウスに比べ有意に低下しており,また,残った応答はアリルイソチオシアネートに非感受性であった.さらに,PLCb2ノックアウトマウスの苦味細胞にのみPLCb2を発現させ機能を復元させると,高濃度塩応答とアリルイソチオシアネート感受性の両方が回復した.これらの結果より,アリルイソチオシアネート感受性の高濃度塩応答は苦味細胞により受容されていることが明らかになった.また,Ca2+イメージング法を用いて単一細胞レベルで味蕾における味応答を可視化したところ,GFPにより標識された苦味受容体を発現した味細胞は,確かに苦味物質と高濃度塩の両方により活性化されることが明らかになった.これら一連の結果より,苦味細胞が忌避性の高濃度塩の受容の一端を担っていることが示された.

3.酸味細胞は酸味だけでなく塩味の受容にもかかわる

 残る高濃度塩の受容経路を明らかにするため,アリルイソチオシアネート非感受性の塩応答細胞の同定を試みた.TRPM5チャネルやPLCb2のノックアウトマウスなど苦味の味覚経路を欠失したマウスは苦味に対する忌避行動を示さない.しかし,これらのマウスは高濃度塩に対しては依然として野生型マウスとほぼ同じ程度の嫌悪を示した8).このことは,高濃度塩は苦味の味覚経路のほかにも忌避性の味覚経路を刺激することを示唆した.5つの基本味のうち,甘味,旨味,低濃度の塩味はすべて好ましい誘引性の味覚であることを考えると,残った忌避性の基本味である酸味に対する味覚経路がその候補として考えられた.そこで,酸味細胞が塩味の受容にかかわるかどうかを調べる目的で,酸味細胞に神経毒素である破傷風毒素αサブユニットを特異的に発現させ9),神経伝達を不活性化させたマウスを用いて味神経の高濃度塩に対する応答を調べた.その結果,これらのマウスにおいては,酸味に対する応答がほぼ完全に消失したのにくわえ,高濃度塩応答が野生型マウスと比較して有意に低下していた.また,それらの塩応答はアリルイソチオシアネート処理により完全に抑制されたことから,残った塩応答はすべて苦味細胞が担っていることが示唆された.これらの結果より,これまで酸の受容のみに特化していると考えられてきた酸味細胞が,意外にも,塩味の受容にもかかわっていることが明らかになった.そこで,今度は苦味の味覚経路と酸味の味覚経路の両方を欠失したマウスを用いて味神経の応答を測定したところ,低濃度のナトリウム塩に対する応答はまったく影響をうけていなかったが,高濃度塩に対する応答は完全に消失していた.このように遺伝学的な手法および薬理学的な手法を組み合わせることにより,哺乳類の味覚においては高濃度塩の情報すべてを苦味細胞と酸味細胞が受容していることが示された(図1a).

figure1

4.苦味細胞および酸味細胞の活性化は動物の塩の摂取量を制御する

 苦味の味覚経路および酸味の味覚経路を欠失したマウスは高濃度塩に対する味神経の応答を完全に消失したため,これら味神経の応答の変化が個体レベルでの塩の摂取行動にどのような影響をあたえるか嗜好性試験により検討した.野生型マウスは脱水状態では水に対して強い摂取行動を示すが,塩濃度が250 mMをこえる溶液に対してはその嗜好性が有意に低下し,海水と同じ程度のイオン強度である500 mM程度の塩溶液になると強い忌避行動を示すようになる.これに対し,苦味の味覚経路および酸味の味覚経路を欠失したマウスにおいて同様の実験を行ったところ,500 mMの塩溶液に対しても水と同じ程度の嗜好性を示し,積極的な摂取行動が観察された.ただし,苦味の味覚経路もしくは酸味の味覚経路のどちらか一方が残っている場合にはマウスは高濃度塩を忌避し,野生型マウスと同じ程度の嗜好性の低下を示した.これらの結果は,苦味の味覚経路と酸味の味覚経路は高濃度塩のセンサーとして独立にはたらいており,どちらか一方の味覚経路が機能していれば高濃度塩に対する忌避行動が起こるよう安全装置としてはたらいていることが示唆された.一方,塩としてナトリウム塩を用いた場合には忌避経路にくわえ上皮性ナトリウムチャネルに依存性の誘引経路が活性化されるため,個体としての塩の摂取量は誘引と忌避のバランスにより制御される.通常,脱塩状態の野生型マウスにナトリウム塩をあたえた場合,低濃度塩を好み高濃度塩を嫌うことで適切な量の塩の摂取を行う.しかし,苦味の味覚経路および酸味の味覚経路を欠失したマウスは高濃度塩に対しても低濃度よりさらに強い嗜好性を示し,野生型マウスと比較して過剰な塩の摂取を行った.これらの行動実験の結果から,動物の塩の摂取は3種類の味覚経路,すなわち,上皮性ナトリウムチャネルに依存性の誘引シグナル(よい塩味)と,苦味の味覚経路および酸味の味覚経路を介した忌避シグナル(悪い塩味)のバランスにより末梢レベルにおいて厳密に制御されており,どちらか一方の味覚経路が機能しないと個体としての塩の異常な摂取につながることが明らかになった(図1b).

おわりに

 今回,筆者らは,5つの基本味のなかで唯一その受容機構が不明であった塩味の受容に焦点をあて,その全貌を明らかにした.塩は生物に必須であると同時に有害ともなりうる.この生存に必須な問題に対し,生物は味覚を利用して,低濃度から活性化される1種類の誘引経路と高濃度から活性化される2種類の忌避経路を進化させてきたのは,非常に理にかなったシステムである.しかし今回,塩味の受容を解明したことにより,新たな未解決の問題もうかびあがった.たとえば,なぜ高濃度の塩はわれわれヒトにとり苦味プラス酸味とは感じられないのだろうか.このような知覚の問題を解決するには今後の研究が待たれるが,上皮性ナトリウムチャネル,そして,苦味細胞および酸味細胞のそれぞれに特異的な活性化や阻害剤を見い出すことができれば,これらの塩受容細胞がそれぞれ塩味の知覚にどのような影響をあたえるのかを知る手がかりになると思われる.このような研究をとおして,最終的には塩味の快,不快を自在に制御し,高血圧や心臓病の原因となりうる塩の過剰な摂取の問題について解決の糸口の得られることを期待したい.また,感覚という観点からは,末梢の舌で受け取られた感覚情報が高次のレベルでどう処理され,最終的に塩味という知覚,そして,塩摂取という行動を生み出すのかについても大きな興味がもたれる.

文 献

  1. Chandrashekar, J., Hoon, M. A., Ryba, N. J. et al.: The receptors and cells for mammalian taste. Nature, 444, 288-294 (2006)[PubMed]
  2. Yarmolinsky, D. A., Zuker, C. S. & Ryba, N. J.: Common sense about taste: from mammals to insects. Cell, 139, 234-244 (2009)[PubMed]
  3. Chandrashekar, J., Kuhn, C., Oka, Y. et al.: The cells and peripheral representation of sodium taste in mice. Nature, 464, 297-301 (2010)[PubMed]
  4. Beauchamp, G. K., Bertino, M., Burke, D. et al.: Experimental sodium depletion and salt taste in normal human volunteers. Am. J. Clin. Nutr., 51, 881-889 (1990)[PubMed]
  5. Duncan, C. J.: Salt preferences of birds and mammals. Physiol. Zool., 35, 120-132 (1962)
  6. Heck, G. L., Mierson, S. & DeSimone, J. A.: Salt taste transduction occurs through an amiloride-sensitive sodium transport pathway. Science, 223, 403-405 (1984)[PubMed]
  7. Spector, A. C., Guagliardo, N. A. & St. John, S. J.: Amiloride disrupts NaCl versus KCl discrimination performance: implications for salt taste coding in rats. J. Neurosci., 16, 8115-8122 (1996)[PubMed]
  8. Zhang, Y., Hoon, M. A., Chandrashekar, J. et al.: Coding of sweet, bitter, and umami tastes: different receptor cells sharing similar signaling pathways. Cell, 112, 293-301 (2003)[PubMed]
  9. Huang, A. L., Chen, X., Hoon, M. A. et al.: The cells and logic for mammalian sour taste detection. Nature, 442, 934-938 (2006)[PubMed]

著者プロフィール

岡 勇輝(Yuki Oka)
略歴:2007年 東京大学大学院新領域創成科学研究科 修了,同年 米国California大学San Diego校Postdoctral fellowを経て,2009年より米国Columbia大学Associate research scientist.
研究テーマ:塩味をはじめとした哺乳類の感覚系における情報処理.
抱負:われわれの五感は外界を感知するためのセンサーだが,その情報が脳においてどのように処理されているかを解き明かしていきたい.

Charles S. Zuker
米国Columbia大学Professor.
研究室URL:http://www.columbia.edu/cu/zukerlab/1/Zuker_Lab.html

© 2013 岡 勇輝・Charles S. Zuker Licensed under CC 表示 2.1 日本

非対称な結晶構造から明らかになったV1-ATPaseの回転機構

$
0
0

西條慎也1・山登一郎1・村田武士2
1東京理科大学基礎工学部 生物工学科・2千葉大学大学院理学研究科 生体構造化学研究室)
email:村田武士

Rotation mechanism of Enterococcus hirae V1-ATPase based on asymmetric crystal structures.
Satoshi Arai, Shinya Saijo, Kano Suzuki, Kenji Mizutani, Yoshimi Kakinuma, Yoshiko Ishizuka-Katsura, Noboru Ohsawa, Takaho Terada, Mikako Shirouzu, Shigeyuki Yokoyama, So Iwata, Ichiro Yamato, Takeshi Murata
Nature, 493, 703-707 (2013)

要 約

 V-ATPaseは細菌からヒトまで多くの生物の生体膜に存在し,ATPにより駆動されるイオンポンプとして機能している.V-ATPaseは親水性のV1-ATPaseと膜内在性のVo-ATPaseから構成される.V1-ATPaseはATPの加水分解のエネルギーを利用し,ヘテロ六量体からなるA3B3複合体の内部で中心軸であるDF複合体が回転する分子モーターであるが,高分解能の立体構造が得られていなかったため,その詳細な分子機構は不明であった.筆者らは,ヌクレオチド結合型および非結合型のA3B3複合体のX線結晶構造を解明し,ヌクレオチドとの結合により起こる構造変化を明らかにした.さらに,ヌクレオチド結合型および非結合型のV1-ATPase(A3B3DF複合体)のX線結晶構造を解明し,中心軸であるDF複合体の結合により起こるA3B3複合体の構造変化を明らかにし,ATPが分解される部位を推定した.これらの非対称な結晶構造にもとづき,V1-ATPaseの回転機構のモデルを提案した.

はじめに

 ATPは細胞におけるエネルギー通貨であり,おもにATP合成酵素であるF-ATPaseにより合成される1).そして,多数の代謝プロセスがATP加水分解のエネルギーにより駆動されている.V-ATPase(Vacuolar ATPase,液胞型ATPase)はこのエネルギーを利用し,真核生物において酸性オルガネラ膜にてプロトンを輸送し内部の酸性化を担っている.V-ATPaseは細胞膜にも存在し,細胞間マトリックスを酸性化し骨吸収やがんの転移にも関与している2).そのため,V-ATPaseは骨粗鬆症やがんなど,多くの疾病にかかわる創薬ターゲットとしても注目されている.
 V-ATPaseはF-ATPaseと共通の祖先から進化してきたと考えられている.ATP分解(合成)を行う親水性のV1部分あるいはF1部分と,イオンポンプである膜内在性のVo部分あるいはFo部分とが,中心軸と周辺固定子により連結された共通の構造をもつ.触媒機能をもつV1-ATPaseおよびF1-ATPaseは回転分子モーターであることが知られている.F1-ATPaseの回転機構については,X線結晶構造解析3) や1分子観察4) により数多くの研究がなされてきた.一方,V1-ATPaseに関しては,ATP合成酵素として機能するThermus thermophilusに由来するものを用いて研究は先導されてきた.A3B3複合体の結晶構造5)(分解能2.8Å)や,V1-ATPase(A3B3DF複合体)の結晶構造6)(分解能4.5~4.8Å),1分子観察7) から,F1-ATPaseとの違いが明らかになってきたが,V1-ATPaseの詳細な回転機構の理解には高分解能での結晶構造の解明が不可欠であった.
 筆者らは,腸球菌(Enterococcus hirae)から発見されたV-ATPaseの類縁酵素について,分子生物学的,生化学的,構造生物学的な研究を展開し,この酵素が真核生物のもつV-ATPaseのATPの加水分解に特化したホモログであることを明らかにしてきた8).この研究では,腸球菌のV-ATPaseの回転機構の解明を目的として,V1-ATPaseを構成するサブユニット(A,B,D,F)について,発現系,精製系,再構成系を構築し,得られた複合体のX線結晶構造解析を行った.

1.大腸菌無細胞タンパク質合成系を用いた発現と結晶化

 筆者らは,1995年以来,V1-ATPaseのX線結晶構造解析をめざし,腸球菌からV1-ATPase(A3B3DF複合体)を精製し結晶化を進めてきた.結晶はすぐに得られたものの,その分解能は6Å程度にとどまりX線結晶構造解析に進むことはできなかった.そののち,大腸菌発現系を用いてAサブユニットおよびBサブユニットをそれぞれ発現させ,精製ののち,A3B3複合体の再構成条件をみつけたが9),大量調製が困難なため良質の結晶を得ることはできなかった.今回,最終的に大腸菌無細胞タンパク質合成系を用いることでA3B3複合体の大量調製に成功し,この高純度のタンパク質試料を用いることにより結晶構造を得ることができた.さらに,A3B3複合体とDF複合体からのV1-ATPase(A3B3DF複合体)の再構成条件を表面プラズモン共鳴法を用いて検討した.その結果,酸性pHやMg2+の存在により安定に精製することができるようになり,この標品を用いることでV1-ATPaseの高分解能X線結晶構造を得ることができた.

2.A3B3複合体の非対称な結晶構造

 ATPやADPなどのヌクレオチドの非存在下で得られたヌクレオチド非結合型A3B3複合体の結晶構造を分解能2.8Åで決定した(PDB ID:3VR2図1a).得られた構造は,触媒サブユニットであるAサブユニットと非触媒サブユニットであるBサブユニットがそれぞれ3つ,互い違いに配置したヘテロ六量体リングから構成されていた.どちらのサブユニットもN末端側にあるβバレル,中間にあるα/βドメイン,C末端側にあるヘリカルドメインから構成されているが,ヘテロ六量体リングのなかで固定されているN末端側のβバレルについてそれぞれを重ね合わせたところ,Aサブユニットのうちの1つはA3B3複合体のリングの中心にむかいシフトしているclosed構造(AC)をとり,残り2つのAサブユニットは互いによく似たopen構造(AOおよびAO’)をとっていた.同様に,Bサブユニットも1つはclosed構造(BC)を,2つはopen構造(BOおよびBO’)をとっていた.3箇所あるヌクレオチド結合部位はAOBCペア,AO’BOペア,ACBO’ペアのあいだに位置し,AサブユニットのPループ,Aサブユニットのアーム領域のN末端側に存在するGlu261およびArg262,BサブユニットのArgフィンガーとよばれるArg350から構成されていたが,驚くべきことに,ヌクレオチドと結合していないにもかかわらず,これら3つのヌクレオチド結合部位は異なるコンホメーションを形成していた.

figure1

 つぎに,ATPアナログであるAMP-PNPの存在下で結晶化させたヌクレオチド結合型A3B3複合体の構造を分解能3.4Åで決定した(PDB ID:3VR3図1b).3箇所のヌクレオチド結合部位のうち2箇所にAMP-PNPの電子密度が確認された.AMP-PNPと結合していなかったABペアはヌクレオチド非結合型A3B3複合体のAOBCペアにもっとも類似したコンホメーションをとっており,ヌクレオチドに対する親和性が低いと考えられたため,このペアをempty型と名づけた.また,AMP-PNPと結合していた2つのABペアの構造は互いによく似ており,また,ヌクレオチド非結合型A3B3複合体のACBO’ペアとも,AMP-PNPと相互作用していた側鎖の構造のほかはよく似ていた.このACBO’ペアはヌクレオチドを結合している状態の構造であると考えられたのでbound型と名づけた.ヌクレオチド非結合型A3B3複合体のAO’BOペアは,AMP-PNPの存在下ではこれと結合しbound型に構造変化すると考えられた.そこで,このAO’BOペアはヌクレオチドと結合できるという意味でbindable型と名づけた.それでは,bindable型はどのようにしてAMP-PNPを認識しbound型へと構造を変化させるのだろうか? AMP-PNPのγリン酸と相互作用するArg262とArg350との距離は,bindable型とbound型とで類似していた.一方,empty型ではArg262とArg350との距離が近づいており,この違いがヌクレオチドに対する親和性の違いを生んでいる可能性が示唆された.
 このように,A3B3複合体はATPと結合できない型(empty型),ATPと結合することができる型(bindable型),ATPと結合している型(bound型)の3つの異なるABペアから構成されていることが明らかになった.ATPの存在下ではbindable型とbound型にATPが結合し2つのbound型ができるが,もともとあったbound型においてATPが分解されると,A3B3複合体ははじめの構造にもどるように変化すると考えられた.つまり,A3B3複合体の構造を120度回転させた構造に変化することになる.以上の考察から,V1-ATPaseがATPのエネルギーを使って一方向に回転するしくみを,A3B3複合体の非対称構造から理解することができた.

3.V1-ATPaseの結晶構造

 ヌクレオチド非結合型のV1-ATPase(A3B3DF複合体)の結晶構造を分解能2.2Åで決定した(PDB ID:3VR4図1c).A3B3複合体と同様に,非対称な六量体を形成するAサブユニットとBサブユニットの中心の空洞部分に,中心軸であるDサブユニットとFサブユニットが挿入された構造をとっていた.DサブユニットはDF複合体のみの結晶構造10) よりもまっすぐな構造で,コイルドコイル構造のαへリックスはA3B3複合体の内部にある多くの残基と相互作用していた.V1-ATPaseのもつATPase活性を促進させるのに重要なDサブユニットの短いβヘアピンとFサブユニットのC末端領域は,BサブユニットのC末端ドメインと相互作用していた.
 ヌクレオチド非結合型のA3B3複合体とV1-ATPase(A3B3DF複合体)の立体構造を比較することにより,DF複合体との相互作用によりひき起こされる構造変化を理解することができた.ヌクレオチド非結合型A3B3DF複合体には,1つのempty型(AOBCペア)と1つのbound型(ACBO’ペア)が存在していた.しかしながら,empty型どうしの位置を基準とした場合,ヌクレオチド非結合型A3B3複合体のbindable型はDF複合体との相互作用によりA3B3DF複合体ではbound型に変化していた.この構造変化はヌクレオチド結合型A3B3複合体においてAMP-PNPとの結合により起こった変化と非常によく似ていた.残りのABペアはA3B3複合体には存在しない,より閉じたコンホメーションを形成していた.このコンホメーションをcloser構造(ACRおよびBCR),ACRBCRペアをtight型と名づけた.ヌクレオチド非結合型A3B3複合体のbound型がDF複合体との相互作用によりtight型へと変化したものと考えられた.
 tight型のヌクレオチド結合部位ではBCRのArgフィンガー(Arg350)がACRのアーム領域のArg262に接近していた.このArg350の構造変化がヌクレオチドとの結合にどのような影響をあたえているかを知るため,ATPアナログであるAMP-PNPと結合したヌクレオチド結合型のV1-ATPase(A3B3DF複合体)の構造を分解能2.7Åで決定した(PDB ID:3VR6).AMP-PNPの電子密度はbound型とtight型の2箇所に存在し,empty型には存在しなかった.ヌクレオチド結合型A3B3複合体での結果と同様に,empty型ではヌクレオチドに対する親和性が低いものと考えられた.AMP-PNPのγリン酸とMg2+はヌクレオチド結合型A3B3複合体と同様に,AサブユニットのLys238,Thr239,Arg262とBサブユニットのArgフィンガー(Arg350)と相互作用していた.ヌクレオチド結合型V1-ATPaseのtight型およびbound型のヌクレオチド結合部位を比較したところ,tight型においてArgフィンガーがγリン酸に対し1.6Å近づき,γリン酸それ自体もGlu261に対し0.7Å移動していた.Glu261は出芽酵母のV1-ATPaseにおいてはATPase活性に必須で11),F1-ATPaseにおいてもγリン酸の酸素原子と水を介し相互作用している12).以上の結果から,DF複合体との相互作用により起こるArgフィンガーの動きがATP加水分解のきっかけとなることが示唆され,今回,得られたヌクレオチド結合型V1-ATPaseの結晶構造はATP加水分解待ちの中間状態をとらえているものと考えられた.

4.V1-ATPaseの回転機構

 今回,得られた結晶構造をもとに,V1-ATPaseの回転機構のモデルを提案する(図2).ヌクレオチド結合型V1-ATPaseではbound型とtight型にATPが結合している.tight型に結合したATPはArgフィンガーがγリン酸に近づいた分解待ちの状態であり,このATPが加水分解することにより反応はスタートする.ATPが加水分解されるとA3B3複合体には定常状態であるヌクレオチド非結合型の構造にもどるような構造変化が促進されると考えられる.つまり,tight型はempty型へと構造変化し,ヌクレオチドに対する親和性が低下した結果,ADPとリン酸の遊離が起こる.一方,empty型はATPとの結合の可能なbindable型へと構造変化を起こし,A3B3複合体はヌクレオチド非結合型の状態になる方向へと進む.しかしながら,tight型とDF複合体は強く結合しているため,A3B3複合体の構造変化は抑制されると考えられ,実際には,これらの中間状態に変化すると予想している.つぎに,bindable型あるいは中間状態のABペアとATPとの結合によりA3B3複合体はヌクレオチド結合型の構造に変化し,2つのbound型にATPが結合し,これによりDF複合体は回転する.最後に,もともとあったbound型がDF複合体との相互作用によりtight型へと構造変化し,Argフィンガーがγリン酸に近づいて,はじめから120度回転したヌクレオチド結合型V1-ATPaseの構造にもどる.

figure2

おわりに

 今回,腸球菌に由来するV-ATPaseについて,ヌクレオチド非結合型およびヌクレオチド結合型のA3B3複合体およびV1-ATPase(A3B3DF複合体)の結晶構造を明らかにした.
 ヌクレオチド非結合型A3B3複合体の構造それ自体が非対称性をもち,その非対称性が回転の方向性を決定していることや,DF複合体との結合によりtight型への構造変化が起こりATP加水分解のトリガーとなることなどが示唆され,V1-ATPaseの新しい回転機構のモデルを提案することができた.これにより,ほかの分子モーターを含む生体エネルギー変換機構の原理の解明につながることが期待される.さらに現在,より詳細な回転機構の解明にむけ,反応中間体の結晶構造解析や分子動力学シミュレーション,1分子観察などの相関構造解析を進めている.

文 献

  1. Walker, J. E.: ATP synthesis by rotary catalysis (Nobel Lecture). Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 37, 2308-2319 (1998)
  2. Forgac, M.: Vacuolar ATPases: rotary proton pumps in physiology and pathophysiology. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 8, 917-929 (2007)[PubMed]
  3. Abrahams, J. P., Leslie, A. G., Lutter, R. et al.: Structure at 2.8 Å resolution of F1-ATPase from bovine heart mitochondria. Nature, 370, 621-628 (1994)[PubMed]
  4. Noji, H., Yasuda, R., Yoshida, M. et al.: Direct observation of the rotation of F1-ATPase. Nature 386, 299-302 (1997)[PubMed]
  5. Maher, M. J., Akimoto, S., Iwata, M. et al.: Crystal structure of A3B3 complex of V-ATPase from Thermus thermophilus. EMBO J., 28, 3771-3779 (2009)[PubMed]
  6. Numoto, N., Hasegawa, Y., Takeda, K. et al.: Inter-subunit interaction and quaternary rearrangement defined by the central stalk of prokaryotic V1-ATPase. EMBO Rep., 10, 1228-1234 (2009)[PubMed]
  7. Imamura, H., Takeda, M., Funamoto, S. et al.: Rotation scheme of V1-motor is different from that of F1-motor. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 17929-17933 (2005)[PubMed]
  8. Murata, T., Igarashi, K., Kakinuma, Y. et al.: Na+ binding of V-type Na+-ATPase in Enterococcus hirae. J. Biol. Chem., 275, 13415-13419 (2000)[PubMed]
  9. Arai, S., Yamato, I., Shiokawa, A. et al.: Reconstitution in vitro of the catalytic portion (NtpA3-B3-D-G complex) of Enterococcus hirae V-type Na+-ATPase. Biochem. Biophys. Res. Commun., 390, 698-702 (2009)[PubMed]
  10. Saijo, S., Arai, S., Hossain K. M. M. et al.: Crystal structure of the central axis DF complex of the prokaryotic V-ATPase. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 19955-19960 (2011)[PubMed]
  11. Liu, Q., Leng, X. H., Newman P. R. et al.: Site-directed mutagenesis of the yeast V-ATPase A subunit. J. Biol. Chem., 272, 11750-11756 (1997)[PubMed]
  12. Bowler, M. W., Montgomery, M. G., Leslie, A. G. W. et al.: Ground state structure of F1-ATPase from bovine heart mitochondria at 1.9 Å resolution. J. Biol. Chem., 282, 14238-14242 (2007)[PubMed]
    1. 著者プロフィール

      西條 慎也(Shinya Saijo)
      東京理科大学基礎工学部 助教.

      山登 一郎(Ichiro Yamato)
      東京理科大学基礎工学部 教授.

      村田 武士(Takeshi Murata)
      千葉大学大学院理学研究科 特任准教授.
      研究室URL:http://murata-lab.matrix.jp/

      © 2013 西條慎也・山登一郎・村田武士 Licensed under CC 表示 2.1 日本

RNAキナーゼCLP1のtRNAプロセシングにおける役割とその破綻による運動神経病

$
0
0

花田俊勝・Josef M. Penninger
(オーストリアInstitute of Molecular Biotechnology:IMBA)
email:花田俊勝

CLP1 links tRNA metabolism to progressive motor-neuron loss.
Toshikatsu Hanada, Stefan Weitzer, Barbara Mair, Christian Bernreuther, Brian J. Wainger, Justin Ichida, Reiko Hanada, Michael Orthofer, Shane J. Cronin, Vukoslav Komnenovic, Adi Minis, Fuminori Sato, Hiromitsu Mimata, Akihiko Yoshimura, Ido Tamir, Johannes Rainer, Reinhard Kofler, Avraham Yaron, Kevin C. Eggan, Clifford J. Woolf, Markus Glatzel, Ruth Herbst, Javier Martinez, Josef M. Penninger
Nature, 495, 474-480 (2013)

要 約

 CLP1は哺乳類においてはじめて報告されたRNAキナーゼであるが,その詳細な分子機構については不明であった.今回,筆者らは,生体におけるCLP1の機能について解析するため,キナーゼドメインの1アミノ酸残基のみを置換したCLP1キナーゼ活性欠損マウスを作製した.このマウスは運動ニューロンにおいて軸索の変性および神経筋接合部の変性をともなう運動神経病を発症した.分子機構の解析から,CLP1はtRNA前駆体におけるイントロンのスプライシング機構に関与すること,また,そのキナーゼ活性の欠失によりtRNA前駆体から生じるRNA断片が細胞に蓄積してp53を過剰に活性化し,もともと酸化ストレスに脆弱な運動ニューロンの細胞死が惹起されることが示唆された.この研究において,筆者らは,tRNAプロセシングとその過程から生じる細胞ストレス誘導性の新規のRNA,そして,そのRNAと進行性の運動ニューロン細胞死を結ぶ新たな病態機構の可能性を示した.

はじめに

 生体において機能するRNAは転写されたのちさまざまな修飾をうけて機能的なRNAへと成熟する.2007年,RNAキナーゼCLP1はRNAの5’末端をリン酸化する酵素として哺乳類においてはじめて報告された1).CLP1はmRNAの3’末端を切断しポリアデニル化に関与する酵素複合体の構成タンパク質として2),また,tRNAスプライシングエンドヌクレアーゼ酵素複合体の構成タンパク質として3),報告されていた.tRNAスプライシングエンドヌクレアーゼ酵素複合体は多くのtRNA前駆体がアンチコドンループにもつイントロンを取り外し,5’側エキソンおよび3’側エキソンを形成する.CLP1はこのtRNA前駆体のスプライシング機構に関与していると考えられていたが,そのin vivoにおける機能に関し,これまで不明な点が多く残されていた.この研究では,CLP1のもつキナーゼ活性に焦点をあて,その活性部位に変異を導入することによりキナーゼ活性を欠失させたCLP1キナーゼ活性欠損マウスを作製し,その機能的な解析を試みた.

1.CLP1キナーゼ活性欠損マウスは生後まもなく呼吸不全を呈し死亡する

 まずClp1遺伝子のノックアウトマウスを作製したが,非常に早い胎生期(胎生6.5日以内)に死亡したため詳細な解析が不可能であった.そこで,CLP1タンパク質の発現はそのままキナーゼ活性のみを欠失させるため,その127番目のリジン残基をアラニン残基に置換したノックインマウスを作製した.この部位はWalker AモチーフのATP結合部位にあり,この変異によりCLP1のキナーゼ活性は欠失することが期待された.実際に,このCLP1キナーゼ活性欠損マウスより得た胎仔線維芽細胞を用いた実験により,変異CLP1は野生型CLP1と同じ程度に発現するが,キナーゼ活性はほぼ完全に欠失していることが確認された.
 野生型C57BL/6マウスの遺伝子背景において,CLP1キナーゼ活性欠損マウスはメンデルの法則に従い正常の比率で生まれてくるものの,生後まもなく死亡してしまった.肺の解剖所見より呼吸不全が強く示唆され,その原因として,肺の発達異常を考慮して胎生期の肺におけるカベオリンおよびサーファクタント分子の発現レベルを確認したが,とくに異常を認めなかった.つぎに,呼吸筋の運動障害の可能性を考え神経科学的な解析を行ったところ,横隔膜の動きをつかさどる横隔神経において神経束の乱れや神経の走行の異常,神経筋接合部における脱神経などが認められた.これらの所見から,CLP1キナーゼ活性欠損マウスは横隔膜における神経発達の異常により呼吸不全を生じ死亡したものと考えられた.

2.CLP1キナーゼ活性欠損マウスは進行性の運動ニューロン細胞死を呈する

 さらに詳細に横隔膜における運動ニューロンの経時的な発達を検討するため,胎生14.5日,胎生16.5日,胎生18.5日の横隔膜について観察したところ,胎生14.5日では明らかな脱神経の所見を認めず,胎生16.5日で部分的な脱神経が出現し,胎生18.5日においては重度の脱神経を認めるようになった.それと対応して,脊髄における運動ニューロンの数は胎生18.5日において顕著に減少していることが明らかになった.生体におけるCLP1のキナーゼ活性の欠失は異常な神経終末の発達と神経筋接合部の形成不全をともなう進行性の運動ニューロン細胞死を導くことが明らかになった.
 C57BL/6マウスおよびBALB/cマウスの遺伝子背景に戻し交配をしたところCLP1キナーゼ活性欠損マウスは100%が死亡したが,CBA/Jマウスの遺伝子背景では長期にわたる生存の可能なCLP1キナーゼ活性欠損マウスを得ることができた.しかしながら,やはり加齢とともに運動失調が進行し,歩行の障害,筋力の低下,バランスの障害などを示した.最終的に12カ月齢の前後で多くのCLP1キナーゼ活性欠損マウスは四肢麻痺を発症し死にいたった.一方,温痛覚などの感覚神経の障害はほとんど認められず,おもに運動神経において障害の生じていることが明らかになった.また,脊髄におけるコリンアセチルトランスフェラーゼ陽性の運動ニューロンの数は,生後は野生型マウスと差はないが,4カ月をすぎると明らかに減少が認められ,それにともない末梢の座骨神経も顕著に細小化した.電子顕微鏡を用いて詳細に検討したところ,運動ニューロンの線維と考えられる大径の線維の数は著名に減少していたのに対し,感覚ニューロンの線維である小径の線維の数はほぼ保存されていた.感覚ニューロンの細胞体の存在する後根神経節の形態や,後根神経節の培養による軸索の進展などにも差はなく,少なくとも,末梢の感覚神経は保存されているものと考えられた.また,C57BL6/Jマウスの遺伝子背景において横隔膜で認めた脱神経をともなう神経筋接合部の形成不全も,CBA/Jマウスの遺伝子背景をもつCLP1キナーゼ活性欠損マウスにおいて加齢にともない明らかになり,とくに速筋である長指伸筋や腓腹筋において顕著であった.この傾向は,筋萎縮性側索硬化症のモデルマウスであるSOD1トランスジェニックマウスでも同様であり4),CLP1キナーゼ活性欠損マウスは進行性の運動神経病を発症する新たなマウスモデルであることが示唆された.

3.CLP1はtRNA前駆体の効率的なプロセシングを促進する

 CLP1キナーゼ活性欠損マウスから調製した胎仔線維芽細胞を用いて,RNA代謝機構におけるCLP1の分子機能を調べた.CLP1はmRNA前駆体の転写終結の際に作用するRNAの3’末端にある切断酵素複合体に含まれることから2),mRNAの成熟機構への関与を検討したがとくに異常はなく,また,mRNA前駆体のスプライシングに関しても野生型マウスと比べ有意な差は認めなかった.またさらに,マイクロRNA(miRNA)の成熟機構に関しても異常はなく,少なくとも,CLP1のキナーゼ活性はmRNAおよびmiRNAの成熟機構には影響をあたえないことがわかった.
 CLP1はtRNAの成熟機構に重要なtRNAスプライシングエンドヌクレアーゼ酵素複合体の構成タンパク質であることから3),tRNAの成熟化について検討した.in vitroのアッセイ系においてtRNA前駆体のスプライシングを調べたところ,その効率は減弱し成熟したtRNAエキソンの量が減少していた.つまり,tRNAスプライシングエンドヌクレアーゼ酵素複合体によるtRNAスプライシング機能の低下していることが判明した.そこで,tRNAスプライシングエンドヌクレアーゼ酵素複合体を構成するタンパク質のあいだの結合を免疫沈降法により調べたところ,CLP1キナーゼ活性欠損マウスのもつ変異CLP1ではTSEN2,TSEN34,TSEN54との親和性が減少して複合体の形成が不安定になっており,そのためスプライシングの効率が低下したものと考えられた(図1).同様に,生体においてもtRNA前駆体の成熟化の効率が低下するために機能的な成熟tRNAの量的な低下の起こっているものと予想されたが,野生型マウスとCLP1キナーゼ活性欠損マウスとのあいだにそのような差異はなく,CLP1キナーゼ活性欠損マウスの表現型は成熟tRNAの量的な変化以外の分子機構によることが示唆された.

figure1

4.チロシンtRNA前駆体から生じる新規のRNA断片の細胞における蓄積

 tRNAをコードする遺伝子の多くはイントロンを含まないが,興味深いことに,チロシンtRNAをコードするすべての遺伝子はイントロンを含むことが知られている.tRNAのノーザンブロット解析において,チロシンtRNA遺伝子の転写産物から生じるRNA断片がCLP1キナーゼ活性欠損マウスに由来する胎仔線維芽細胞において顕著に蓄積していることが見い出された.RNA塩基配列の決定により,その断片は5’側リーダー配列を含む5’側エキソンで,5’末端が三リン酸化修飾されており,チロシンtRNA前駆体から直接に生じたものと思われた.また,少量ではあるがチロシンtRNA以外のtRNA遺伝子の産物からのRNA断片も蓄積が認められた.また,このRNA断片はCLP1キナーゼ活性欠損マウスにおいて全身の組織に蓄積していた.近年,ストレスにより誘導される小分子RNAとしてtiRNAが報告されている5).これは,成熟tRNAよりangiogeninのもつリボヌクレアーゼ活性により産生され細胞質に存在する.CLP1キナーゼ活性欠損マウスに認められたチロシンtRNA断片も同様に酸化ストレス刺激により強く誘導されたが,その機序にangiogeninはかかわっておらず,また,tRNA前駆体から切り出され核に存在することからtiRNAとは異なるものと考えられた.また,H2O2の添加による酸化ストレス刺激に対し,CLP1キナーゼ活性欠損マウスに由来する胎仔線維芽細胞は野生型の胎仔線維芽細胞より感受性が高く,細胞死におちいりやすいことが判明した.さらに,胎仔線維芽細胞のみでなく,CLP1キナーゼ活性欠損マウスに由来する培養運動ニューロンにおいても同様に,酸化ストレスにより誘導される細胞死に対し感受性の高いことも明らかになった.これらの結果から,CLP1のもつキナーゼ活性はtRNAの成熟機構に重要であり,その機能欠失により生じるチロシンtRNA断片は酸化ストレスによる運動ニューロン細胞死における感受性に影響をあたえることが示唆された.

5.CLP1キナーゼ活性欠損マウスにおける運動ニューロン細胞死にはp53が関与する

 酸化ストレスによる細胞死はp53の活性化,とくに18番目のセリン残基(ヒトにおいては,15番目のセリン残基)のリン酸化を介することが知られている6-8).そこで,CLP1キナーゼ活性欠損マウスに由来する胎仔線維芽細胞においてH2O2刺激によるp53の18番目のセリン残基のリン酸化を解析したところ,野生型の胎仔線維芽細胞に比べp53は過剰に活性化されていることが判明した.H2O2と同様に酸化ストレスを誘導するグルコースオキシダーゼ刺激でも同様に過剰なp53のリン酸化が認められた.一方で,p53ノックアウトマウスとCLP1キナーゼ活性欠損マウスとを交配して得たマウスに由来する胎仔線維芽細胞においては,p53について野生型のCLP1キナーゼ活性欠損マウスに由来する胎仔線維芽細胞において認められた酸化ストレスに対する過剰な細胞死を回避することができた.また,CLP1キナーゼ活性欠損マウスに認められたチロシンtRNA断片をマウスの運動ニューロン細胞株NSC-34に過剰発現するとp53の活性化がより強力に惹起された.これらの結果より,CLP1キナーゼ活性を欠損した細胞における酸化ストレスに対する脆弱性は,チロシンtRNA断片の蓄積により生じるp53の過剰な活性化が関与している可能性が示唆された.マウスの生体においても,C57BL/6マウスの遺伝子背景をもつCLP1キナーゼ活性欠損マウスは生後すぐに100%が死亡したが,p53を欠損したCLP1キナーゼ活性欠損マウスは正常に生まれ神経科学的な所見もほぼ正常であった.さらに,酸化ストレスを予防する目的で妊娠した母親マウスに受精ののちN-アセチルシステインを含む飲水を投与したところ,生まれたCLP1キナーゼ活性欠損マウスは神経科学的な所見が部分的に回復し,数日の生存が可能となった.つまり,CLP1キナーゼ活性欠損マウスの運動ニューロン細胞死による新生仔の死亡においては酸化ストレスとp53が重要な因子であることが明らかになった.

おわりに

 今回,筆者らは,RNAキナーゼCLP1の生体における分子機能について報告した.CLP1キナーゼ活性欠損マウスは脊髄における進行性の運動ニューロン細胞死により末梢での脱神経および運動麻痺を呈した.また,CLP1のキナーゼ活性の欠失はtRNA前駆体におけるスプライシング効率の低下と同時に,5’側リーダー配列を含む新規のチロシンtRNA断片の蓄積を生じることが明らかになった(図2).これまでも,さまざまなtRNA断片が報告されており,たとえば,細胞質に存在しtRNA前駆体に由来するtRF-1001はがん細胞の生存維持に重要な役割をはたしており9),また,細胞質に存在し成熟tRNAに由来するtiRNAはストレスに応じてタンパク質の翻訳を制御することが報告されている5).この研究において発見された新規のチロシンtRNA断片は,酸化ストレスによるp53の活性化における感受性に影響をあたえる役割を担っていることが示唆された.今後,さらに詳細な分子機構の解明が期待される.今回の研究により,tRNAプロセシング,新規のRNA,そして,これらがp53を介した運動ニューロン細胞死に関与するという新たな病態機構の可能性が提示された.以上の知見をもとに,運動神経病である筋萎縮性側索硬化症や脊髄性筋萎縮症における新たな病因の解明や治療の開発につながる可能性が期待できる.

figure2

文 献

  1. Weitzer, S. & Martinez, J.: The human RNA kinase hClp1 is active on 3’ transfer RNA exons and short interfering RNAs. Nature, 447, 222-226 (2007)[PubMed]
  2. de Vries, H, Ruegsegger, U., Hubner, W. et al.: Human pre-mRNA cleavage factor IIm contains homologs of yeast proteins and bridges two other cleavage factors. EMBO J., 19, 5895-5904 (2000)[PubMed]
  3. Paushkin, S. V., Patel, M., Furia, B. S. et al.: Identification of a human endonuclease complex reveals a link between tRNA splicing and pre-mRNA 3’ end formation. Cell, 117, 311-321 (2004)[PubMed]
  4. Atkin, J. D., Scott, R. L., West, J. M. et al.: Properties of slow- and fast-twitchmuscle fibres in amousemodel of amyotrophic lateral sclerosis. Neuromuscul. Disord., 15, 377-388 (2005)[PubMed]
  5. Yamasaki, S., Ivanov, P., Hu, G. F. et al.: Angiogenin cleaves tRNA and promotes stress-induced translational repression. J. Cell Biol., 185, 35-42 (2009)[PubMed]
  6. Lambert, P. F., Kashanchi, F., Radonovich, M. F. et al.: Phosphorylation of p53 serine 15 increases interaction with CBP. J. Biol. Chem., 273, 33048-33053 (1998)[PubMed]
  7. Dumaz, N. & Meek, D. W.: Serine 15 phosphorylation stimulates p53 transactivation but does not directly influence interaction withHDM2. EMBO J., 18, 7002-7010 (1999)[PubMed]
  8. Chao, C., Hergenhahn, M., Kaeser, M. D. et al.: Cell type- and promoter-specific roles of Ser18 phosphorylation in regulating p53 responses. J. Biol. Chem., 278, 41028-41033 (2003)[PubMed]
  9. Lee, Y. S., Shibata, Y., Malhotra, A. et al.: A novel class of small RNAs: tRNA derived RNA fragments (tRFs). Genes Dev., 23, 2639-2649 (2009)[PubMed]

著者プロフィール

花田 俊勝(Toshikatsu Hanada)
略歴:2000年 大分医科大学大学院医学研究科 修了,2003年 九州大学生体防御医学研究所 助手,2005年 オーストリアInstitute of Molecular Biotechnology(IMBA)研究員を経て,2012年より京都大学大学院医学研究科 特定准教授.
研究テーマ:マウス遺伝学を用いた疾患の分子機構の解明.
抱負:治療や創薬につながる研究をめざしています.

Josef M Penninger
オーストリアInstitute of Molecular Biotechnology(IMBA)所長.
研究室URL:http://www.imba.oeaw.ac.at/research/josef-penninger/

© 2013 花田俊勝・Josef M. Penninger Licensed under CC 表示 2.1 日本

オートファゴソームは小胞体とミトコンドリアとの接触部位において形成される

$
0
0

濱﨑万穂・吉森 保
(大阪大学大学院医学系研究科 遺伝学教室)
email:吉森 保

Autophagosomes form at ER-mitochondria contact sites.
Maho Hamasaki, Nobumichi Furuta, Atsushi Matsuda, Akiko Nezu, Akitsugu Yamamoto, Naonobu Fujita, Hiroko Oomori, Takeshi Noda, Tokuko Haraguchi, Yasushi Hiraoka, Atsuo Amano, Tamotsu Yoshimori
Nature, 495, 389-393 (2013)

要 約

 オートファジーは厳密に制御された細胞内のバルク分解および再利用の系であり,細胞の恒常性維持において重要な役割を担っている.オートファジーは隔離膜の形成によりはじまり,これが細胞質やオルガネラの一部を包み込みながら伸長する.最後に隔離膜が閉じて二重膜にかこまれたオートファゴソームが形成され,そこにリソソームが融合すると包み込まれた内容物が分解される.オートファジーが発見されてから半世紀をへて,その生理的な役割の解明は大きく進んだが,オートファゴソーム膜の起源は不明のまま残されていた.最近では,オートファゴソーム膜がどこから生じるかについて,小胞体,ミトコンドリア,細胞膜など,諸説が並立し混沌とした状況にあった.今回,筆者らは,哺乳類細胞のオートファゴソームは小胞体とミトコンドリアとの接触部位において形成されることを明らかにした.オートファジーを誘導するとオートファゴソームの形成初期にはたらくAtg14が小胞体とミトコンドリアとの接触部位にドット状に集合した.隔離膜のマーカーであるAtg5を用いて動画を撮影することにより,その接触部位において実際にオートファゴソームの形成されるようすが明らかになった.飢餓条件において細胞を分画すると,Atg14はミトコンドリアに結合した小胞体膜と同一の画分にくることがわかった.小胞体とミトコンドリアとの接触部位を破壊するとAtg14のドット状の集合が阻害された.小胞体に存在するSNAREタンパク質stx17はAtg14と結合し,小胞体とミトコンドリアとの接触部位へと移動した.これらの結果は,オートファゴソームの形成において小胞体とミトコンドリアとの接触部位が重要であることを示しており,オルガネラの創生について新たな洞察が得られた.

はじめに

 細胞は栄養飢餓におちいるとオートファジーにより細胞質やオルガネラの一部を分解および再利用し細胞の生存に必要なエネルギーやタンパク質を得る.さらには,オートファジーを使い老廃物や損傷したミトコンドリア,病原体,易凝集性タンパク質を除去しており,それにより神経変性疾患,がん,糖尿病,心不全,各種の炎症や感染症など,さまざまな疾患の発症を抑制していることが判明し大きな注目をあつめている.このように,機能的な意義の解明が進む一方,オートファジーのしくみについては不明な点が多い.オートファジーは膜動態をともなう複雑な過程である.まず,細胞質に忽然と扁平な膜小胞が現われ,それが伸張し(隔離膜とよぶ),直径約1μmの空間にあるものを包み込む(図1).5~10分で隔離膜の末端どうしが融合して閉鎖し,二重の膜をもつオートファゴソームとなる.そこにリソソームが融合してオートリソソームとなり,内膜と内容物が消化される.そののち,オートリソソームは消滅する.したがって,オートファゴソームは一過性に現われ消えるオルガネラであり,つねに存在するゴルジ体やミトコンドリアなどほかのオルガネラとは対照的である.では,いったい隔離膜はどこから生じるのか.この分野最大の謎は長年にわたり論争の的になってきた1)

figure1

 筆者らは,この謎に対し小胞体がオートファゴソーム形成のプラットフォームであることを提唱してきた.筆者らが同定したAtg14(Atg14Lとも呼ばれる)は,オートファゴソーム膜の成分であるホスファチジルイノシトールトリスリン酸を生成するIII型ホスファチジルイノシトール3-キナーゼと複合体をつくりオートファゴソームの形成にはたらく2).Atg14は細胞質の可溶性タンパク質であるが小胞体膜にも結合しており,それがオートファゴソームの形成に必要であった3).Atg14は普段は小胞体膜に一様に分布しているが,飢餓などによりオートファジーが誘導されると小胞体においてドット状に集合し,そこでオートファゴソームが形成される.さらには,電子線トモグラフィーによる解析から小胞体膜の一部が隔離膜に寄り添うように密着していることや,小胞体膜と隔離膜とが細いチューブ状の膜によりつながっていることなどが明らかになった4).これらの結果は,オートファゴソームが生じる場として小胞体が機能していることを強く示唆する.ほかの複数のグループからこの小胞体起源説を支持する結果が報告される一方,米国のグループがオートファゴソームはミトコンドリア外膜から直接に生じるというミトコンドリア起源説を発表し5),この2つの説は真っ向から対立することになった.

1.小胞体とミトコンドリアとの接触部位にオートファゴソームの形成に必要なタンパク質が集合する

 小胞体とミトコンドリアのおのおのでオートファゴソームができるのであろうと述べる研究者もいるが,同じ機構がまったく異なる膜においてはたらくとは筆者らには俄には信じがたい.そこで,以前から知られている小胞体とミトコンドリアとの接触部位に着目した.もし,この接触部位でオートファゴソームが形成されるなら小胞体起源説とミトコンドリア起源説の両方を説明しうると考えたのである.小胞体とミトコンドリアが接触するのはごく限られた領域だが,そのような接触部位(接触点)は多数存在する.近年,小胞体とミトコンドリアとの接触部位には脂質の受け渡しなど生理機能のあることが明らかになりつつある.蛍光顕微鏡を用いて小胞体,ミトコンドリア,Atg14の三者の関係を観察したところ,小胞体とミトコンドリアの接触点に飢餓に依存的なAtg14のドット状の集合が多くみられた.このことは免疫電子顕微鏡法によっても確認され,飢餓条件においては小胞体とミトコンドリアとが隣接する隙間にAtg14がしばしば高密度に存在していた.
 筆者らの予想は,俄然,現実味を帯びてきた.小胞体とミトコンドリアとの接触部位はスクロース密度勾配遠心法を用いた細胞分画によりミトコンドリア結合小胞体膜画分として抽出できるといわれている6).抽出したミトコンドリア結合小胞体膜画分をウェスタンブロット解析することにより,富栄養条件においてはおもにミクロソーム(= 小胞体)画分に回収されミトコンドリア結合小胞体膜画分には含まれないAtg14が,飢餓によりミトコンドリア結合小胞体膜画分に現われることが確認できた.英国のグループがみつけオメガソームと命名したオートファゴソーム形成の場となる小胞体の部位のマーカータンパク質DFCP1 7) も同様であった.なお,DFCP1は光学顕微鏡を用いても飢餓条件において小胞体とミトコンドリアとの接触部位に集まったAtg14と共局在することが観察される.

2.オートファゴソームは小胞体とミトコンドリアとの接触部位において形成される

 以上の結果は,オートファゴソームが小胞体とミトコンドリアとの接触部位において形成されることを示唆した.その直接の証拠を得るため,3つのオルガネラの同時動画撮影に挑んだ.細胞内のオルガネラについて3色の蛍光をシャッターを切り替えず同時にリアルタイムで観察した例はこれまで世界的にもなく,まず,スピニングホイル式共焦点レーザー顕微鏡に3つのCCDカメラを接続し同時撮影できるようにするという困難な作業からはじめ,奮闘の末,種々の問題を乗り越えてついに決定的瞬間をとらえることに成功した.オートファゴソームの形成はYFP-Atg5融合タンパク質により追跡した.Atg5は隔離膜に結合するタンパク質だが,隔離膜の末端が閉鎖してオートファゴソームが完成するとオートファゴソーム膜から離脱するので,形成の途中のオートファゴソームだけを観察できるという利点がある8).取得した動画には,小胞体とミトコンドリアがダイナミックに動きつつも接しつづけている箇所において,Atg5のドットが現われ大きくなり最後に消える,というオートファゴソーム形成の過程がみごとに映っていた.
 網目状の複雑な構造をもち,かつ,激しく動く2つのオルガネラと,ドット状にしかみえないオートファゴソームが重なり合う映像を鮮明に得るにはデジタル画像処理が必要であった.その結果,映像の取得に成功しただけでなく,さまざまな定量解析も可能になった.ドット状のAtg5から小胞体およびミトコンドリアへの距離を調べると,Atg5のドットの98%が小胞体にあり,かつ,79%がミトコンドリアから0.88μmの範囲にあった.つまり,ほとんどのドットが小胞体とミトコンドリアとの接触部位に局在しているものと思われた.時間変化でみると,小胞体への距離(ほぼゼロ)は変化しない一方,ミトコンドリアへの距離は0~0.88μmの範囲で近づいたり遠ざかったりをくり返していることがわかった.理由は不明だが,小胞体とミトコンドリアとの接触にはサイクルが存在し,その場所では密着と少し離れることが交互に起こっているようだった.オートファゴソームは小胞体とミトコンドリアとの接触部位の小胞体側において形成されているように思われた.

3.小胞体とミトコンドリアとの接触部位におけるオートファゴソーム形成の分子機構

 PACS-2とMFN2は小胞体とミトコンドリアとの接触部位の形成に必要なタンパク質であるといわれている9,10).PACS-2とMFN2をそれぞれノックダウンすると,飢餓条件におけるオートファゴソームの形成が抑制され,そのとき,Atg14のドット状の集合もみられなくなった.また,Atg14とDFCP1のミトコンドリア結合小胞体膜画分への移動も起こらなかった.この結果は,オートファゴソームの形成には小胞体とミトコンドリアとの接触部位が必要であるという考えを支持したが,接触部位の形成抑制による2次的な影響の可能性も残った.小胞体とミトコンドリアとの接触部位にAtg14が集まることが本当に重要なのかという問いと,どうやって集まるのかという疑問の両方への答えは,別の実験から得られた.小胞体に局在するSNAREタンパク質のなかにオートファジーにかかわるものがないかスクリーニングを行った.SNAREは膜融合を起こす膜タンパク質ファミリーなので,膜融合が複数のステップにおいて必要なオートファジーにおいてもはたらいている可能性が高い.その結果,小胞体に局在する複数のSNAREタンパク質のなかで機能未知のSyntaxin17(stx17)が11),オートファジーに必要であることが判明した.しかも,stx17も飢餓に依存的に小胞体とミトコンドリアとの接触部位にドット状に集合し,ミトコンドリア結合小胞体膜画分における含有量が増加した.stx17をノックダウンすると,Atg14はミトコンドリア結合小胞体膜画分に移行しなくなり,小胞体とミトコンドリアとの接触部位への集合も消失した.一方,Atg14のノックダウンあるいはノックアウトは,stx17のミトコンドリア結合小胞体膜画分への移行および小胞体とミトコンドリアとの接触部位への集合には影響しなかった.さらには,stx17とホスファチジルイノシトール3-キナーゼを含むAtg14複合体が飢餓に依存的に結合することが共沈降実験により示された.これらの結果から,stx17はAtg14の上流に位置し,飢餓などのオートファジー誘導シグナルが入力されるとAtg14-ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ複合体と結合してともに小胞体とミトコンドリアとの接触部位へと移動し,そこでホスファチジルイノシトールトリスリン酸の局所濃度が上昇しオートファゴソームが形成される,というシナリオが考えられた(図2).

figure2

おわりに

 この研究により,オートファゴソームの小胞体起源説とミトコンドリア起源説のどちらもまちがいではなかったことが立証された.この両者は,同じ現象を違う側からみていたにすぎなかった.今回の成果は,小胞体とミトコンドリアとの接触部位の新たな機能を明らかにしただけではない.小胞体とミトコンドリアという出自のまったく異なる独立した2つのオルガネラが協働して第3のオルガネラを産むなどという予想外の過程の存在は,従来のオルガネラ像を塗り替え,細胞生物学にパラダイムシフトをもたらすものである.各種のオルガネラは,これまで考えられてきたよりダイナミックな相互作用をもちネットワークをかたちづくっているのかもしれない.
 なぜオートファゴソームは小胞体とミトコンドリアとの接触部位でつくられるのだろうか? 興味深いことに,stx17のノックダウン細胞ではAtg14は小胞体とミトコンドリアとの接触部位に集合できないものの,小胞体の別の場所に集合しそこで隔離膜の形成が起こった.しかし,その隔離膜は閉じることができずオートファゴソームは完成しなかった.このことは,小胞体とミトコンドリアとの接触部位において隔離膜の閉鎖に必要な何かが供給されている可能性を示している.たとえば,ホスファチジルエタノールアミンは隔離膜の閉鎖に機能するタンパク質LC3と共有結合し12,13),これを隔離膜に局在化させる脂質だが,小胞体とミトコンドリアとの接触部位をとおしてミトコンドリアから小胞体へと移動すると考えられている.小胞体とミトコンドリアとの接触部位において隔離膜が形成されないと,ホスファチジルエタノールアミンの量が不十分で隔離膜の閉鎖に必要なLC3の分子数は確保できないのかもしれない.そのほかにも,stx17のSNAREとしての機能はどうかかわっているのかなど,今後,明らかにすべき課題は多い.なお,小胞体起源説,ミトコンドリア起源説のほか,オートファゴソームの細胞膜起源説をとなえる別のグループもいる.筆者らは,そのグループが隔離膜の前駆体と考える細胞膜に由来する小胞が,小胞体とミトコンドリアとの接触部位において成長しつつある隔離膜に融合し膜を供給しているのではないかと推測している.ともあれ,オートファジーにおける膜創生の問題はさらなる探求が必要である.

文 献

  1. Tooze, S. A. & Yoshimori, T.: The origin of the autophagosomal membrane. Nat. Cell Biol., 12, 831-835 (2010)[PubMed]
  2. Matsunaga, K., Saitoh, T., Tabata, K. et al.: Two Beclin 1-binding proteins, Atg14L and Rubicon, reciprocally regulate autophagy at different stages. Nat. Cell Biol., 11, 385-396 (2009)[PubMed]
  3. Matsunaga, K., Morita, E., Saitoh, T. et al.: Autophagy requires endoplasmic reticulum targeting of the PI3-kinase complex via Atg14L. J. Cell Biol., 190, 511-521 (2010)[PubMed]
  4. Hayashi-Nishino, M., Fujita, N., Noda, T. et al.: A subdomain of the endoplasmic reticulum forms a cradle for autophagosome formation. Nat. Cell Biol., 11, 1433-1437 (2009)[PubMed]
  5. Hailey, D. W., Rambold, A. S., Satpute-Krishnan, P. et al.: Mitochondria supply membranes for autophagosome biogenesis during starvation. Cell, 141, 656-667 (2010)[PubMed]
  6. Vance, J. E.: Phospholipid synthesis in a membrane fraction associated with mitochondria. J. Biol. Chem., 265, 7248-7256 (1990)[PubMed]
  7. Axe, E. L., Walker, S. A., Manifava, M. et al.: Autophagosome formation from membrane compartments enriched in phosphatidylinositol 3-phosphate and dynamically connected to the endoplasmic reticulum. J. Cell Biol., 182, 685-701 (2008)[PubMed]
  8. Mizushima, N., Yamamoto, A., Hatano, M. et al.: Dissection of autophagosome formation using Apg5-deficient mouse embryonic stem cells. J. Cell Biol., 152, 657-668 (2001)[PubMed]
  9. Simmen, T., Aslan, J. E., Blagoveshchenskaya, A. D. et al.: PACS-2 controls endoplasmic reticulum-mitochondria communication and Bid-mediated apoptosis. EMBO J., 24, 717-729 (2005)[PubMed]
  10. De Brito, O. M. & Scorrano, L.: Mitofusin 2 tethers endoplasmic reticulum to mitochondria. Nature, 456, 605-610 (2008)[PubMed]
  11. Steegmaier, M., Oorschot, V., Klumperman, J. et al.: Syntaxin 17 is abundant in steroidogenic cells and implicated in smooth endoplasmic reticulum membrane dynamics. Mol. Biol. Cell, 11, 2719-2731 (2000)[PubMed]
  12. Kabeya, Y., Mizushima, N., Ueno, T. et al.: LC3, a mammalian homologue of yeast Apg8p, is localized in autophagosome membranes after processing. EMBO J., 19, 5720-5728 (2000)[PubMed]
  13. Fujita, N., Hayashi-Nishino, M., Fukumoto, H. et al.: An Atg4B mutant hampers the lipidation of LC3 paralogues and causes defects in autophagosome closure. Mol. Biol. Cell, 19, 4651-4659 (2008)[PubMed]

著者プロフィール

濱﨑 万穂(Maho Hamasaki)
大阪大学大学院医学系研究科 助教.

吉森 保(Tamotsu Yoshimori)
略歴:大阪生まれだが東京都立竹早高校卒で,東京弁と大阪弁のバイリンガル.大阪大学大学院医学研究科博士課程 中退,関西医科大学 助手,ドイツEuropean Molecular Biology Laboratory研究員,基礎生物学研究所 助教授,国立遺伝学研究所 教授,大阪大学微生物病研究所 教授を経て,大阪大学大学院医学系研究科ならびに同 生命機能研究科 教授.るろーに人生.別名Prof A. Hill.
研究室URL:http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/yoshimori/

© 2013 濱﨑万穂・吉森 保 Licensed under CC 表示 2.1 日本

ポリコーム抑制複合体PRC1は雌性始原生殖細胞の性分化のタイミングを制御する

$
0
0

横林 しほり
(スイスFriedrich Miescher Institute for Biomedical Research)
email:横林しほり

PRC1 coordinates timing of sexual differentiation of female primordial germ cells.
Shihori Yokobayashi, Ching-Yeu Liang, Hubertus Kohler, Peter Nestorov, Zichuan Liu, Miguel Vidal, Maarten van Lohuizen, Tim C. Roloff, Antoine H. F. M. Peters
Nature, 495, 236-240 (2013)

要 約

 哺乳類における始原生殖細胞の性分化は環境からの外的な要因により決定される.マウスの雌の始原生殖細胞では,中腎から供給されるレチノイン酸に応答してStra8遺伝子の発現と減数分裂が誘導される.レチノイン酸シグナルは発生において広範囲に作用することが知られており,始原生殖細胞において適切なタイミングでのStra8遺伝子の発現と減数分裂の開始を可能にする分子機構はわかっていない.この研究では,ポリコーム抑制複合体PRC1の中心的な構成タンパク質をコードするRing1遺伝子とRnf2遺伝子について,始原生殖細胞の発生における遺伝子量に依存的な役割を明らかにした.Ring1遺伝子とRnf2遺伝子は胎生10.5日から胎生11.5日のあいだ始原生殖細胞の発生に必須である.そののち,雌の始原生殖細胞においてRnf2遺伝子は,Oct4遺伝子とNanog遺伝子の高い発現レベルの維持,および,減数分裂期遺伝子の早期発現の誘導と減数分裂前期への早期進行の抑制に必要である.レチノイン酸シグナルを化学的に抑制すると,Rnf2遺伝子を欠失した雌の始原生殖細胞における早期のOct4遺伝子の発現減少とStra8遺伝子の活性化が部分的に抑圧された.クロマチン免疫沈降法による解析により,始原生殖細胞においてStra8がポリコーム抑制複合体であるPRC1とPRC2の直接の標的であることが示された.以上の結果は,PRC1の構成タンパク質をコードする遺伝子の遺伝子量は,始原生殖細胞の発生と雌の始原生殖細胞における性決定のタイミングを制御するうえで重要であり,外部からのレチノイン酸シグナルに対し拮抗的にはたらくことを示した.

はじめに

 哺乳類では,始原生殖細胞(primordial germ cell:PGC)は着床ののちの胚発生期に周囲からのシグナル伝達に応答して胚外中胚葉に出現する1).マウスでは,胎生7日ごろに約40の細胞が始原生殖細胞として特定される.そののち,始原生殖細胞は増殖し,後腸内胚葉をとおり生殖腺への移動を開始する.始原生殖細胞は胎生10日ごろまでに生殖腺に到達したのち,細胞分裂を再開し最終的に胎生13.5日までに数千個から1万個にまで増殖する.そののち,雄の始原生殖細胞はG1期/G0期において細胞周期を停止し誕生するまで待機するが,雌の始原生殖細胞は減数分裂を開始する(図1).

figure1

 この雌の始原生殖細胞における減数分裂の誘導には,これまで,レチノイン酸シグナルが重要なはたらきをしていることが示されている2).雌の胚では胎生11.5日ごろから生殖腺に隣接する中腎からレチノイン酸が分泌されはじめる.そのレチノイン酸シグナルに応答して,胎生13.5日ごろから始原生殖細胞においてStra8(stimulated by retinoic acid gene 8)遺伝子の発現が誘導される3,4)Stra8遺伝子は減数分裂の誘導の鍵となる遺伝子であり,Stra8ノックアウトマウスでは減数分裂前DNA合成の異常が観察されている5).しかし,Stra8遺伝子の発現誘導のタイミングを決める分子機構は明らかではなかった.
 ポリコーム抑制複合体(polycomb repressive complex:PRC)は高等真核生物に広く保存されているタンパク質複合体であり,哺乳類にはPRC1とPRC2が存在する6).PRC2はヒストンH3の27番目のリジン残基にトリメチル基を付加する活性,一方,PRC1はヒストンH2Aの119番目のリジン残基をモノユビキチン化する活性をもち,ともに遺伝子発現の抑制に関与する.ES細胞などを用いたゲノムワイドなクロマチン免疫沈降法による解析から,PRC1とPRC2は多くの場合において共通の遺伝子を標的にすることが示されている.また,その標的となる遺伝子には発生や分化にかかわる転写因子をコードする遺伝子が多く含まれていることから,ポリコーム抑制複合体は細胞の幹細胞性や自己複製能の維持および分化過程の制御において重要な役割を担っていると考えられている.そこで,この研究では,始原生殖細胞の発生過程におけるポリコーム複合体PRC1の機能解析を試みた.

1.PRC1は雌の始原生殖細胞の増殖に必要である

 PRC1のユビキチン化活性はその構成タンパク質であるRnf2とそのパラログRing1によって担われている.Rnf2ノックアウトマウスは胚性致死となるが,Ring1ノックアウトマウスは胚発生および生殖に問題はなくおもだった表現型を示さない.始原生殖細胞におけるRnf2の機能を解析するため,始原生殖細胞においてRnf2を特異的に欠損するコンディショナルノックアウトマウスを作製した7).PRC1の機能を包括的に解析するためRing1とRnf2のダブルノックアウトマウスも作製した.
 まず,始原生殖細胞に特異的なRnf2コンディショナルノックアウトマウスの胚の生殖腺を始原生殖細胞の発生中期から後期(胎生10.5日~胎生13.5日)にかけて観察したところ,雄では野生型マウスの胚との明らかな違いは観察されなかったのに対し,雌では胎生12.5日から始原生殖細胞マーカーに陽性を示す細胞の数が減少していた.免疫染色および遺伝子発現解析を定量的に行ったところ,Rnf2を欠損した細胞では多能性のマーカーであるOct4遺伝子およびNanogの発現が,とくに雌の始原生殖細胞において有意に減少していた.一方,Ring1欠損と始原生殖細胞に特異的なRnf2欠損の二重変異をもつ胚では,雌雄ともにすでに胎生11.5日において始原生殖細胞マーカーに陽性を示す細胞の減少が観察された.このことから,PRC1はおそらく始原生殖細胞において多能性遺伝子の発現を正に制御することにより,始原生殖細胞の増殖に必須の役割をはたしていることが示唆された.さらに,Rnf2欠損胚と,Ring1 Rnf2二重欠損胚との表現型の違いから,雌性始原生殖細胞の発生においてはRing1遺伝子だけでは十分でなくRnf2遺伝子が必要であることが示された.

2.雌のRnf2遺伝子を欠損した始原生殖細胞では雄の始原生殖細胞に比べ遺伝子発現の異常が強く観察される

 始原生殖細胞に特異的なRnf2欠損胚において,なぜ雌に特異的に始原生殖細胞の増殖に異常がみられるのかを調べるため,生殖腺から始原生殖細胞を単離してmRNAを抽出し,マイクロアレイ法を用いて遺伝子発現解析を行った.胎生11.5日において始原生殖細胞を比較すると,始原生殖細胞に特異的なRnf2欠損胚から単離した始原生殖細胞において異常な発現量を示す遺伝子は,雌雄ともに多くはみつからなかった.しかし,胎生12.5日では,雌において500以上の遺伝子がRnf2を欠損した始原生殖細胞で有意に発現量の異常を示す一方,雄では発現量の異常を示す遺伝子は50以下にとどまった.これらの遺伝子のうち90%以上は野生型の始原生殖細胞に比べRnf2を欠損した始原生殖細胞において発現が上昇しており,このことはRnf2あるいはPRC1が遺伝子発現の抑制に関与しているという知見と合致した.遺伝子オントロジー解析によりこれらの遺伝子を機能により分類すると,雌のRnf2を欠損した始原生殖細胞において発現量の上昇した遺伝子には減数分裂に関与する遺伝子が多く含まれていた.しかし,予想とは異なり,ES細胞などにおいてポリコーム抑制複合体の標的として知られている発生や分化にかかわる基本的な遺伝子はほとんど含まれてなかった.このことから,雌のRnf2を欠損した始原生殖細胞では始原生殖細胞の発生から分化の過程に特異的にかかわる遺伝子の発現が異常になっていることが考えられた.
 そこで,始原生殖細胞の発生後期に起こる遺伝子発現の変化を調べるため,まず野生型の胚から始原生殖細胞を経時的に単離しマイクロアレイ解析を行った.胎生11.5日と胎生13.5日とを比較すると,雌の始原生殖細胞では約1000,雄の始原生殖細胞では約300の遺伝子が胎生13.5日において発現量が上昇していることがわかった.胎生11.5日の始原生殖細胞では雌雄の違いは観察されないが,胎生13.5日では始原生殖細胞においてすでに性特異的な分化がはじまっていると考えられていることから,これらの遺伝子は始原生殖細胞の分化プログラムにより発現誘導される遺伝子であると考えられた.雌の野生型の始原生殖細胞において胎生11.5日から胎生13.5日にかけて発現量の上昇した遺伝子と比較すると,雌のRnf2を欠損した始原生殖細胞において胎生12.5日に異常な発現上昇のみられた遺伝子のうち40%以上が重複していた.さらに,この野生型の始原生殖細胞において胎生11.5日から胎生13.5日にかけて発現の上昇が誘導される遺伝子について個々のマイクロアレイデータをクラスタリング解析したところ,雄では胎生12.5日のRnf2を欠損した始原生殖細胞は胎生12.5日の野生型の始原生殖細胞にもっとも近い遺伝子発現パターンを示したのに対し,雌では胎生12.5日のRnf2を欠損した始原生殖細胞は胎生12.5日ではなく胎生13.5日の野生型の雌の始原生殖細胞とクラスターを形成した.このことは,胎生12.5日の雌のRnf2を欠損した始原生殖細胞では,すでに胎生13.5日の雌性始原生殖細胞様の遺伝子発現が誘導されている,つまり,雌の分化プログラムが1日早く誘導されている可能性が示唆された.

3.雌のRnf2を欠損した始原生殖細胞では減数分裂前期が早期に進行する

 実際におのおのの遺伝子のmRNAを定量的に調べたところ,雌のRnf2を欠損した始原生殖細胞では,Stra8遺伝子をはじめとして,Rec8遺伝子,Sycp3遺伝子,Hormad2遺伝子など減数分裂期遺伝子が,野生型の始原生殖細胞に比べ胎生12.5日においてすでに発現が上昇,つまり,脱抑制していた.一方,これらの遺伝子発現は雄のRnf2を欠損した始原生殖細胞においては野生型の始原生殖細胞に比べ有意な差はみられなかった.免疫染色によりそれぞれのタンパク質の局在を観察したところ,雌の野生型の胚ではStra8の核における局在が胎生13.5日から観察されはじめたのに対し,始原生殖細胞に特異的にRnf2を欠損した胚では胎生12.5日においてすでにStra8の核への蓄積が認められた.通常,野生型の胚では胎生13.5日から始原生殖細胞は徐々に減数分裂期に入りはじめ,つづく減数分裂前期では相同染色体が対合し組換え反応をへて凝集しはじめる8).この減数分裂前期の進行はこの時期に相同染色体のあいだに形成されるシナプトネマ複合体の構成タンパク質であるSycp3の染色パターンを調べることによりモニターすることができる.すると,野生型の胚では胎生14.5日においてSycp3の核への集積が観察され,レプトテン期からザイゴテン期様の染色像が観察された.一方,始原生殖細胞に特異的にRnf2を欠損した胚では胎生13.5日においてすでにSycp3が核にはっきりと蓄積しており,胎生14.5日ではザイゴテン期からさらに凝集の進んだパキテン期様の核まで観察された.これらの結果は,Rnf2遺伝子の欠損した始原生殖細胞では雌の分化にかかわる遺伝子の脱抑制が起こっているだけでなく,実際に分化(減数分裂)が早期に進行していることを示唆した.通常の雌の胚では,減数分裂が誘導されはじめる胎生13.5日まで始原生殖細胞は細胞増殖期にいることをふまえると,始原生殖細胞に特異的にRnf2を欠損した胚ではこれら減数分裂の誘導にかかわる遺伝子が早期に発現しはじめることにより,細胞増殖期から減数分裂期への移行のタイミングが異常になり細胞増殖期が早期に中断され,生殖細胞の減少が観察されたと考えられた.

4.PRC1はレチノイン酸シグナルに拮抗してStra8遺伝子を抑制する

 それでは,なぜRnf2を欠損させることによるStra8遺伝子の脱抑制は雌の始原生殖細胞でのみ観察されたのであろうか.雄の胚でも胎生11.5日ごろからレチノイン酸が分泌されはじめる.しかし,雄の生殖腺ではY染色体にコードされるSry遺伝子の発現によりFgf9が活性化し,このFgf9シグナルがレチノイン酸シグナルと拮抗的に作用することが近年になり報告された9).さらに,レチノイン酸の分解に寄与するCyp26b1も雄の生殖腺においては発現誘導される10).つまり,雄の胚ではすでにこれらのシグナルが生殖腺に分泌されるレチノイン酸シグナルの効果を打ち消すはたらきをしているため,PRC1はStra8遺伝子の抑制に必要不可欠ではないと考えられた.この可能性を調べるため,胎生11.5日の胚から生殖腺を中腎とともに単離し,過剰量の全trans型レチノイン酸の存在下で培養した.すると,雌のRnf2を欠損した始原生殖細胞だけでなく,雄のRnf2を欠損した始原生殖細胞でも野生型の始原生殖細胞に比べStra8遺伝子の発現量が有意に上昇することがわかった.逆に,レチノイン酸合成酵素の阻害剤であるWIN18446の存在下で培養すると,雌雄ともにRnf2を欠損した始原生殖細胞におけるStra8遺伝子の脱抑制はみられなくなった.これらの結果は,Stra8遺伝子の発現制御においてPRC1とレチノイン酸シグナルが拮抗的に作用していることを示唆した(図2).さらに,このレチノイン酸合成酵素の阻害剤WIN18446を妊娠したマウスに投与して胎生12.5日において生殖腺を観察すると,雌の始原生殖細胞に特異的にRnf2を欠損した胚において観察されていた始原生殖細胞の減少が部分的に回復していた.このことは,雌の始原生殖細胞に特異的にRnf2を欠損した胚ではPRC1のレチノイン酸シグナルへの拮抗がくずれることにより,始原生殖細胞が正常に増殖できなくなっていることを示唆した.
 始原生殖細胞を単離してクロマチン免疫沈降を行うことにより,Rnf2がStra8遺伝子のプロモーター領域に局在していることも確認された.さらに,クロマチン免疫沈降法によりStra8遺伝子のプロモーター領域のヒストンH3の27番目のリジン残基がトリメチル化されていることもわかった.これはPRC2の触媒するヒストン修飾であることから,Stra8遺伝子はPRC1およびPRC2の直接の標的であると考えられた.

figure2

おわりに

 今回の筆者らの研究により,ポリコーム抑制複合体が始原生殖細胞においてOct4遺伝子など多能性遺伝子の発現レベルの維持に重要な役割をはたしていること,さらに,Stra8遺伝子や,おそらくほかの減数分裂期遺伝子の発現を直接に抑制することにより,これらの遺伝子の発現のタイミングを微細に制御していることが明らかになった.おそらく,ポリコーム抑制複合体は細胞外からのレチノイン酸シグナルに対する始原生殖細胞の“感受性”を制御することにより,減数分裂の誘導開始の時期を決定しているのではないかと考えられた.ポリコーム抑制複合体の非存在下ではこの制御ができず始原生殖細胞が早期に応答してしまうため,細胞増殖期から減数分裂期への移行が噛みあわず時期尚早に減数分裂が開始されてしまったのであろう.始原生殖細胞に特異的にRnf2を欠損した雌の成体のマウスでは,Rnf2を欠損した始原生殖細胞に由来する卵細胞はほとんど観察されなかったことから,PRC1による減数分裂期への移行のタイミングの制御は始原生殖細胞の生存率,さらには,そののちの正常な卵の形成に重要な役割をはたしているといえた.

文 献

  1. Saitou, M., Kagiwada, S. & Kurimoto, K.: Epigenetic reprogramming in mouse pre-implantation development and primordial germ cells. Development, 139, 15-31 (2012)[PubMed]
  2. Brennan, J. & Capel, B.: One tissue, two fates: molecular genetic events that underlie testis versus ovary development. Nat. Rev. Genet., 5, 509-521 (2004)[PubMed]
  3. Koubova, J., Menke, D. B., Zhou, Q. et al.: Retinoic acid regulates sex-specific timing of meiotic initiation in mice. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 2474-2479 (2006)[PubMed]
  4. Bowles, J., Knight, D., Smith, C. et al.: Retinoid signaling determines germ cell fate in mice. Science, 312, 596-600 (2006)[PubMed]
  5. Baltus, A. E., Menke, D. B., Hu, Y. C. et al.: In germ cells of mouse embryonic ovaries, the decision to enter meiosis precedes premeiotic DNA replication. Nat. Genet., 38, 1430-1434 (2006)[PubMed]
  6. Sparmann, A. & van Lohuizen, M.: Polycomb silencers control cell fate, development and cancer. Nat. Rev. Cancer, 6, 846-856 (2006)[PubMed]
  7. Lomeli, H., Ramos-Mejia, V., Gertsenstein, M. et al.: Targeted insertion of Cre recombinase into the TNAP gene: excision in primordial germ cells. Genesis, 26, 116-117 (2000)[PubMed]
  8. Handel, M. A. & Schimenti, J. C.: Genetics of mammalian meiosis: regulation, dynamics and impact on fertility. Nat. Rev. Genet., 11, 124-136 (2010)[PubMed]
  9. Bowles, J., Feng, C. W., Spiller, C. et al.: FGF9 suppresses meiosis and promotes male germ cell fate in mice. Dev. Cell., 19, 440-449 (2010)[PubMed]
  10. MacLean, G., Li, H., Metzger, D. et al.: Apoptotic extinction of germ cells in testes of Cyp26b1 knockout mice. Endocrinology, 148, 4560-4567 (2007)[PubMed]

著者プロフィール

横林 しほり(Shihori Yokobayashi)
略歴:2005年 東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了,2006年 スイスFriedrich Miescher Institute for Biomedical Research研究員を経て,2012年より京都大学iPS細胞研究所 研究員.
研究テーマ:哺乳類における生殖細胞の特定と分化機構.
関心事:次世代に遺伝情報を伝える担い手である生殖細胞の,生殖細胞たるゆえんを探ること.

© 2013 横林 しほり Licensed under CC 表示 2.1 日本

ATP透過性イオンチャネルCALHM1は味蕾における甘味,苦味,うま味の受容に必須である

$
0
0

樽野陽幸・J. Kevin Foskett
(米国Pennsylvania大学Department of Physiology)
email:樽野陽幸

CALHM1 ion channel mediates purinergic neurotransmission of sweet, bitter and umami tastes.
Akiyuki Taruno, Valérie Vingtdeux, Makoto Ohmoto, Zhongming Ma, Gennady Dvoryanchikov, Ang Li, Leslie Adrien, Haitian Zhao, Sze Leung, Maria Abernethy, Jeremy Koppel, Peter Davies, Mortimer M. Civan, Nirupa Chaudhari, Ichiro Matsumoto, Göran Hellekant, Michael G. Tordoff, Philippe Marambaud, J. Kevin Foskett
Nature, 495, 223-226 (2013)

要 約

 甘味,苦味,塩味,酸味,うま味からなる5つの基本味のうち,甘味,苦味,うま味の認識は,舌の味覚受容器官である味蕾の味細胞が味物質を受容して興奮し,神経伝達物質であるATPを非小胞性に放出することにより求心性味神経へと味覚情報を伝達することで行われていることが知られている.しかしこれまで,味覚情報を舌から脳へと伝達するしくみである味細胞からのATPの放出機構の分子実体は明らかになっていなかった.今回,筆者らは,近年になり発見されたCALHM1という電位依存性イオンチャネルが,味蕾における甘味,苦味,うま味を受容する細胞からのATPの放出に必須のタンパク質であることを発見した.CALHM1ノックアウトマウスにおいて,野生型マウスで観察される甘味,苦味,うま味に対する味神経の応答および嗜好性の著しい低下がみられた一方,塩味および酸味に対する応答にほとんど変化はなかった.このことに合致するように,CALHM1は味蕾において甘味,苦味,うま味を受容する細胞に特異的に発現していた.また,培養細胞にCALHM1を発現させたところATPの透過性が付与され,さらには,CALHM1ノックアウトマウスの味蕾において味覚刺激によるATPの放出が消失した.これらの結果より,CAHLM1は甘味,苦味,うま味の受容に必須の,新規の電位依存性ATP透過性イオンチャネルであると結論づけた.

はじめに

 食べ物の“味”は食行動の制御に深くかかわり,動物は五感のひとつとして味覚を発達させてきた.ヒトやマウスを含め多くの哺乳類は5つの基本味として甘味,苦味,塩味,酸味,うま味を認識する.それぞれの味は味蕾において別々の味細胞により感受される.味蕾の味細胞はI型,II型,III型の3つのタイプからなる.このうち,酸味を受容するIII型細胞のみが神経伝達物質の生合成酵素やシナプス小胞といったニューロンに特有の性質をもち,味神経の終末とシナプスを形成している1).甘味,苦味,うま味を受容する細胞は共通の細胞内シグナル伝達系をもちII型細胞に分類される.II型細胞は古典的なシナプス構造をもたず,神経伝達物質であるATPを非小胞性に放出することにより味覚情報を味神経の終末へと伝達することが知られている2,3).しかし,II型細胞からのATPの放出機構の分子実体,すなわち,甘味,苦味,うま味の情報を舌から脳へと伝える分子機構は解明されていなかった.
 近年,筆者らの研究室では,遅発性アルツハイマー病の発症にかかわる遺伝子としてCALHM1(calcium homeostasis modulator 1)遺伝子を発見し,部分的な機能喪失型のCALHM1遺伝子の保有がアルツハイマー病の発症年齢を早めることを示した4).CALHM1は細胞膜に局在する346アミノ酸残基からなる4回膜貫通型タンパク質であり,細胞膜にCa2+透過性をあたえ細胞内のCa2+濃度を制御しうることから名づけられた.ヒトにはCALHM1遺伝子~CALHM6遺伝子の5つのホモログが存在し,また,線虫からヒトまで広く保存されていたことから,重要な生理機能をもつことが示唆された.のちの研究により5,6),CALHM1の構造および機能の一端が明らかになった.CALHM1は六量体からなる電位依存性イオンチャネルであり,その開閉は膜電位のほか細胞外のCa2+濃度によっても負の制御をうける.CALHM1のイオン選択性は弱く,一価および二価の陽イオン,また,陰イオンも透過する.この弱いイオン選択性から予想されるとおりポア(孔)の直径は大きく,およそ14Åと推定された.一般的なイオン選択性をもつイオンチャネルのポアの直径は3~6Åであるので,CALHM1のポアは非常に大きい.その直径から,ATPやグルタミン酸といった電荷をもつ比較的大きな分子も透過しうることが予想されていた.

1.CALHM1は味蕾において甘味,苦味,うま味を受容する細胞に特異的に発現する

 霊長類の味蕾においてCALHM1の発現がみられたことから7),味覚における役割が示唆されていた.そこで,in situハイブリダイゼーション法によりマウスの味蕾におけるCALHM1の発現を解析した.CALHM1の発現は味蕾の領域にはっきりと観察され,周囲の筋組織や上皮組織において発現はみられなかった.さらに,甘味,苦味,うま味を受容するII型細胞をもたないSkn-1aノックアウトマウス8) においては味蕾におけるCALHM1のシグナルは消失したこと,くわえて,CALHM1のシグナルはII型細胞のマーカー遺伝子であるTrpm5遺伝子のシグナルと完全に共発現していたことから,CALHM1は味蕾においてII型細胞に特異的に発現していることが明らかになった.同時に,CALHM1はI型細胞およびIII型細胞には発現していないことも示された.また,異なる手法として,単離した味細胞を用いた単細胞RT-PCR法によっても同じ結果が得られた.これらの結果は,5つの基本味のうちでもとくに,甘味,苦味,うま味の認識におけるCALHM1の役割を示唆した.

2.CALHM1は甘味,苦味,うま味の認識に必須のタンパク質である

 味覚嗜好性試験によりCALHM1の欠損がマウスの個体レベルでの味物質の摂取行動にどのような影響をあたえるかを解析した.野生型マウスは水と比較して甘味,うま味,低濃度の塩味に対し嗜好性を示し,苦味および酸味を忌避する.一方,CALHM1ノックアウトマウスは甘味,苦味,うま味に対し水と同じ程度の嗜好性を示した.いい換えると,CALHM1ノックアウトマウスは甘味,苦味,うま味をまったく感じることができず,これらの味のついた溶液を水と同じように飲んだのである.また,CALHM1ノックアウトマウスにおいて塩味および酸味に対する応答はほとんど正常であった.さらに,電気生理学的に味神経の応答を測定したところ,味覚嗜好性試験の結果と同じく,CALHM1ノックアウトマウスにおいて甘味,苦味,うま味に対する神経応答のみが特異的に消失または減弱していた.CALHM1ノックアウトマウスにおける味神経の応答の消失は味蕾から味神経への味覚情報の伝達の消失を示唆しており,CALHM1は味蕾にて甘味,苦味,うま味を受容するII型細胞における味覚情報の処理において重要な役割を担っていることが示唆された.

3.CALHM1はATP透過性イオンチャネルである

 甘味,苦味,うま味を受容するII型細胞は非小胞性にATPを放出して近傍の求心性味神経へと味覚情報を伝達する.これまで,Connexinヘミチャネル9) やPannexin 1チャネル10) がATPの放出機構の分子実体として提案されてきたが,依然として未解明のままであった.II型細胞に特異的に発現するCALHM1は,陰イオンの透過性にくわえ,14ÅというATPよりも大きなポアをもちATP透過性をもつイオンチャネルであると予想された.そこで,培養細胞を用いた実験により,CALHM1が細胞にATP透過性を付与するかどうかを解析した.方法として,CALHM1遺伝子のcDNAをトランスフェクションしたHela細胞にCALHM1が開くような刺激をあたえ外液におけるATPの濃度を測定した.その結果,CALHM1を活性化させる細胞外の低Ca2+濃度および脱分極といった刺激によりCALHM1を発現した細胞からのATPの放出が観察され,このATP放出はCALHM1のチャネル機能の阻害剤であるルテニウムレッドにより消失した.対照となる細胞では刺激によるATPの放出はほとんどみられなかった.このように,ATPの放出とCALHM1のチャネル開口の活性化機構および薬理学的な性質との一致により,CALHM1のポアがATP放出の通路となっていることが示された.したがって,CALHM1は新規のATP透過性イオンチャネルであると結論づけた(図1a).

figure1

4.CALHM1は甘味,苦味,うま味を受容する細胞からの味刺激によるATPの放出に必須のタンパク質である

 CALHM1が甘味,苦味,うま味を受容するII型細胞における味覚情報の処理1) においてどのような役割を担っているかを解析した.II型細胞は甘味,苦味,うま味を細胞膜に存在するGタンパク質共役型受容体である味覚受容体により感受する.活性化した味覚受容体は小胞体からのCa2+の放出を誘導し,細胞におけるCa2+濃度を上昇させる.つぎに,このCa2+濃度の上昇が細胞膜に存在するTRPM5チャネルを活性化し脱分極をひき起こし,活動電位の引き金となる.最後に,活動電位のバーストがATP放出機構を活性化する.まず,単離したII型細胞を用いて味刺激による細胞内Ca2+応答を解析したところ,基底状態での細胞内Ca2+濃度,および,味刺激によるCa2+濃度の上昇の程度は,野生型マウスとCALHM1ノックアウトマウスとで同等であった.さらに,CALHM1ノックアウトマウスのII型細胞におけるTRPM5のタンパク質レベルでの発現も正常で,活動電位を担うテトロドトキシン感受性電位依存性Na+チャネルの活性も野生型マウスと同等であった.にもかかわらず,CALHM1ノックアウトマウスでは味刺激による味蕾からのATPの放出はほとんど消失していた.すなわち,CALHM1の欠損は味刺激によるII型細胞の興奮性には影響をあたえず,ATPの放出のみを特異的に阻害していることが示された.この結果は,CALHM1が甘味,苦味,うま味を受容するII型細胞におけるATPの放出機構を形成していることを強く示唆した(図1b).

おわりに

 今回,筆者らは,新規のATP透過性イオンチャネルを発見し,味蕾から味神経へ味覚情報を伝達するためのATPの放出機構を解明した.甘味,苦味,うま味を受容するII型細胞において,ATP放出よりまえの細胞内シグナル伝達系はこれまでにも詳細に研究されており,最後の謎であった神経伝達物質の放出機構が解明されたことにより,味蕾における甘味,苦味,うま味の感受機構の一応の全容が明らかになったといえる.一方で,味蕾にはほかのCALHMアイソフォームやConnexin,Pannexin 1も発現しており,これらがCALHM1と協同あるいは独立して,味覚情報の処理にかかわっている可能性については検討の必要がある.臨床への応用としては,CALHM1を標的にした薬剤が開発されれば味覚を制御することができるかもしれない.たとえば,甘味やうま味を増強したり,苦味を感じにくくしたりすることができるだろう.将来は,食品の開発や医療における服薬コンプライアンスの改善という面での応用も期待できる.さらに,細胞外のATPによるシグナル伝達は神経伝達や細胞間コミュニケーション,血管の緊張など生理現象において広く用いられている.CALHM1は味覚のほかにも生理的に重要なATPの放出に関与している可能性があり,これは新しい研究領域である.

文 献

  1. Chaudhari, N. & Roper, S. D.: The cell biology of taste. J. Cell Biol., 190, 285-296 (2010)[PubMed]
  2. Chandrashekar, J., Hoon, M. A., Ryba, N. J. et al.: The receptors and cells for mammalian taste. Nature, 444, 288-294 (2006)[PubMed]
  3. Finger, T. E., Danilova, V., Barrows, J. et al.: ATP signaling is crucial for communication from taste buds to gustatory nerves. Science, 310, 1495-1499 (2005)[PubMed]
  4. Dreses-Werringloer, U., Lambert, J. C., Vingtdeux, V. et al.: A polymorphism in CALHM1 influences Ca2+ homeostasis, Aβ levels, and Alzheimer’s disease risk. Cell, 133, 1149-1161 (2008)[PubMed]
  5. Ma, Z., Siebert, A. P., Cheung, K. H. et al.: Calcium homeostasis modulator 1 (CALHM1) is the pore-forming subunit of an ion channel that mediates extracellular Ca2+ regulation of neuronal excitability. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, E1963-E1971 (2012)[PubMed]
  6. Siebert, A. P., Ma, Z., Grevet, J. D. et al.: Structural and functional similarities of calcium homeostasis modulator 1 (CALHM1) ion channel with connexins, pannexins, and innexins. J. Biol. Chem., 288, 6140-6153 (2013)[PubMed]
  7. Moyer, B. D., Hevezi, P., Gao, N. et al.: Expression of genes encoding multi-transmembrane proteins in specific primate taste cell populations. PLoS One, 4, e7682 (2009)[PubMed]
  8. Matsumoto, I., Ohmoto, M., Narukawa, M. et al.: Skn-1a (Pou2f3) specifies taste receptor cell lineage. Nat. Neurosci., 14, 685-687 (2011)[PubMed]
  9. Romanov, R. A., Rogachevskaja, O. A., Bystrova, M. F. et al.: Afferent neurotransmission mediated by hemichannels in mammalian taste cells. EMBO J., 26, 657-667 (2007)[PubMed]
  10. Huang, Y. J., Maruyama, Y., Dvoryanchikov, G. et al.: The role of pannexin 1 hemichannels in ATP release and cell-cell communication in mouse taste buds. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 6436-6441 (2007)[PubMed]

著者プロフィール

樽野 陽幸(Akiyuki Taruno)
略歴:2010年 京都府立医科大学大学院医学研究科 修了,同年 米国Pennsylvania大学 博士研究員を経て,2013年より京都府立医科大学大学院医学研究科 助教.
研究テーマ:味覚およびイオンチャネルの生理学.
関心事:個々の分子が協同してひとつの生理現象をなしとげるさまを,ひとつでも多く見たい.

J. Kevin Foskett
米国Pennsylvania大学 教授.

© 2013 樽野陽幸・J. Kevin Foskett Licensed under CC 表示 2.1 日本


薬剤耐性細菌の出現の原因となる多剤排出輸送体の構造および機能の解明

$
0
0

田中良樹・濡木 理
(東京大学大学院理学系研究科 生物化学専攻)
email:田中良樹濡木 理

Structural basis for the drug extrusion mechanism by a MATE multidrug transporter.
Yoshiki Tanaka, Christopher J. Hipolito, Andrés D. Maturana, Koichi Ito, Teruo Kuroda, Takashi Higuchi, Takayuki Katoh, Hideaki E. Kato, Motoyuki Hattori, Kaoru Kumazaki, Tomoya Tsukazaki, Ryuichiro Ishitani, Hiroaki Suga, Osamu Nureki
Nature, 496, 247-251 (2013)

要 約

 MATEファミリータンパク質は生物界に広く存在する膜タンパク質輸送体であり,イオン濃度勾配を利用してさまざまな異物を細胞外へと排出することにより細胞の機能を維持している.そのため,病原細菌やがん細胞においては,薬剤を排出しその効果を低下させる薬剤耐性の一端を担うものであり,輸送機構の解明が望まれている.今回,筆者らは,好熱古細菌に由来するMATEファミリータンパク質の単体,基質との複合体,阻害活性ペプチドとの複合体のX線結晶構造を決定した.そして,膜貫通ヘリックスの1つが大きく折れ曲がることにより基質結合ポケットを縮小して基質を排出する構造変化を発見し,その輸送機構について新たな仮説を提唱した.

はじめに

 近年,注目されている輸送体に薬物の能動的な排出系にかかわるものがある.これは細胞において毒性のある物質を細胞外へと積極的に排出するものである.これらの輸送体の特徴のひとつとして,構造および作用機序の異なる複数の薬剤を認識し排出できることがあげられる.このような輸送体は多剤排出輸送体と称され,原核生物から高等真核生物まで広く存在している.構造面からその作用機序を明らかにすることは,薬剤を効果的に使用するためにも重要な意味をもつ.
 MATE(multidrug and toxic compound extrusion,多剤・毒性化合物排出)ファミリータンパク質は原核生物から高等真核生物にいたるまで広く保存されている多剤排出輸送体ファミリーのひとつである1).およそ450アミノ酸残基からなり,12の膜貫通ヘリックスをもち,薬剤をNa+もしくはH+の濃度勾配を利用した対向輸送により排出する.細菌における生化学的な研究から,おもな基質として陽イオン性の有機化合物が知られている.哺乳類においてもホモログとしてSLC47が同定されており,腎臓や肝臓において有機カチオン性化合物とH+とを対向輸送し,排泄の最終段階を担うことが知られている2)
 この研究では,MATEファミリータンパク質が多様な基質を認識するしくみ,および,その排出機構について,X線結晶構造解析を用いた立体構造からの解明を試みた.

1.特殊ペプチドの探索と共結晶化の意義

 20世紀前半から,抗菌作用など生理活性をもつ多くのペプチドが発見されてきている.これまでに発見された薬理作用をもつペプチドには,大環状構造や修飾ペプチド,D-アミノ酸など,特殊な構造およびアミノ酸残基をもつものが含まれており,それらが生理活性に重要であると考えられている.また,環状構造はペプチダーゼへの高い耐性を示すことが知られている.特殊ペプチドのスクリーニングは困難とされてきたが,標的とするタンパク質に高い結合能をもつ特殊ペプチドの探索を可能にするRaPID(random peptide integrated discovery)法が開発されている3).また,標的とするタンパク質に対し特異的に結合する抗体などはタンパク質の構造の安定化や結晶パッキングを補助し,結晶の成長を促進することが知られている.膜タンパク質への高い結合能をもつ特殊ペプチドは,薬剤としての可能性だけでなく,結合により構造を安定化させる結晶構造解析においての補助手段としても期待されている.今後のペプチド創薬や構造解析への利用のためには,共結晶化による複合体の構造の解明が必要であると考えられる.

2.MATEファミリータンパク質の発現と構造決定

 膜タンパク質における解析の困難さは,その発現量の少なさと安定性の低さに起因するところが大きい.そこで今回の研究では,MATEファミリータンパク質が原核生物から古細菌,真核生物とひろく存在していることから,好熱性古細菌を中心として発現スクリーニングを行った.好熱性の生物を構成するタンパク質は高温においても安定な構造を保つため,精製や結晶化において有利なことが多い.最終的に,そのなかからPyrococcus furiosusに由来するMATEファミリータンパク質(PfMATE)を構造解析の対象として選択した.PfMATEを大腸菌C41(DE3)株を使用して大量発現し,精製して結晶化に供した.結晶化法としては,脂質のなかに膜タンパク質を再構成してから結晶化する脂質キュービック相法を適用した.なお,脂質キュービック相法を導入する以前から,蒸気拡散法により結晶は得られてはいたものの,構造決定に必要な分解能をもつ回折データを得ることはできていなかった.脂質キュービック相法により得られたPfMATEの結晶は最高でも長辺30μmと構造解析にあたっては微小であったが,大型放射光施設SPring-8のビームラインBL32XUにおいてマイクロフォーカスX線ビームを利用することにより,単独の結晶から高分解能データセット(分解能2.1~3.0Å)の収集に成功した.分子置換法による構造決定に失敗したため,位相決定はセレノメチオニン置換体の結晶を用いることにした.しかしこのとき,セレノメチオニン置換体の結晶は成長が悪く,解析に必要なだけのデータ収集が不可能であった.そこで,特異的な結合能をもつチオエステル化大環状ペプチドをin vitroセレクション法により探索しこれを合成,共結晶化を試みたところ,そのうちのひとつが結晶の再現性および大きさを向上させ,その複合体について単波長異常分散法による位相決定に成功した.決定した構造をもとに,分子置換法によりそのほかの条件における構造を決定した.

3.全体の構造および既知の構造との比較

 決定されたPfMATEの構造は,2つの単体の構造(PDB ID:3VVN3VVO),輸送基質との複合体の構造(PDB ID:3VVP),3つの環状ペプチドとの複合体の構造(PDB ID:3VVQ3VVR3VVS),26番目のProをAlaに置換した変異体の単体での構造(PDB ID:3W4T)であった.それぞれの全体構造はいずれも,さきに構造の報告されたVibrio choleraeに由来するもの4) と同じく,Nローブ(ヘリックス1~ヘリックス6)とCローブ(ヘリックス7~ヘリックス12)の2つの対称性をもつヘリックス束が大きな内部空洞を形成し,それが細胞の外側に開いた構造をとっていた(図1).また,おのおのの膜貫通ヘリックスの配置もよく一致していた.一方,同時に示されていたNa+の結合位置については,周辺のアミノ酸残基は保存されておらず,PfMATEにおいてはかさ高い側鎖によりうめられていた.このことから,PfMATEはNa+ではなくH+の濃度勾配を利用するタイプであることが確認された.ゆえに,Na+結合位置の構造の違いは,陽イオンの輸送経路が輸送駆動力により異なることを示唆した.

figure1

4.膜貫通ヘリックスの構造変化と酸性残基のプロトン化

 決定された構造はすべて,内部の空洞が細胞の外側に開いた構造であったが,部分的に構造の異なるものが発見された.そこで,この異なる2つの構造をヘリックス1の構造変化のようすから“ストレート構造”および“ベント構造”と名づけた(図2).この2つの構造では結晶化の条件が異なっており,前者はpH 7.0~8.0において,後者はpH 6.0付近において現われた.既知の構造に近く,ヘリックス1が真っ直ぐなストレート構造に対し,ベント構造ではヘリックス1は中間にあるPro26とGly30の位置で折れ曲がりヘリックス2に接近していた(プロリン残基は,その構造にαヘリックスを形成する水素結合のために必要な水素をもたないため,ヘリックスを壊すはたらきをもつ).この動きにより,Nローブの側にあった空間はつぶれてしまっていた(図2).また,ヘリックス5およびヘリックス6の細胞外側が外側にむけ曲げられており,NローブおよびCローブはより細胞の外側に開いていた.この構造変化の基点となっているアミノ酸残基のうち,Pro26はMATEファミリータンパク質の全体において高い保存性をもっており,これをAlaに変異させると輸送活性が失われた.また,このPro26の変異体についてpH 6.0の条件において複数の結晶構造を決定したが,すべてストレート構造をとっていた.以上のことから,Pro26によるヘリックス1の屈曲はMATEファミリータンパク質の輸送活性において重要な要素であることが示された.

figure2

 ヘリックス1の屈曲によりもっとも大きくアミノ酸残基の再配置が起こったのは,Nローブの細胞外側の末端であった.この部位はアミノ酸残基の保存性が高い.ストレート構造において,Asp184は周囲のTyr37,Asn180,Thr202の側鎖と水素結合距離にあり,Asp41とは水素結合距離で近接していた.このように,酸性残基どうしが接近した状態,かつ,タンパク質の内部に安定な状態でいたことから,Asp184はプロトン化していると予測された.これは,電荷をもつ側鎖がタンパク質の内部のような絶縁的な環境にあることはエネルギー的に不安定であり,H+の結合による電気的な中和が必要であると考えられたためである.対して,Asp41は中央部に開いた溝の側に側鎖を露出しており,この構造ではイオン化していると考えられた.一方,ベント構造になると,露出していたAsp41がTyr139やThr202と水素結合を形成し,タンパク質の内部へ側鎖が入り込むかたちになり,かつ,Asp184との距離は同様に近いままであったことから,ベント構造にはAsp41とAsp184の両方のプロトン化が必要であると考えられた.この構造変化は結晶化のときのpH条件の違いとも関連しており,より酸性側,つまり,H+の多く存在する条件においてベント構造をとる結晶が得られたことと矛盾しない結果であった.また,この部位において水素結合ネットワークを構成するアミノ酸残基にAla変異を導入すると,いずれの場合もH+および薬剤の輸送活性を失った.以上のことから,Asp41のプロトン化が引き金となってNローブの細胞外側の末端のアミノ酸残基の配置が変化し,Pro26においてヘリックス1が折れ曲がり,ストレート構造からベント構造へと移行するという仮説を提唱した(図3).

figure3

5.基質結合ポケット

 疎水的なタンパク質の内部の空間には,脂質キュービック相法による結晶化に用いたモノオレインと考えられる電子密度が確認され,これらは疎水的な性質の輸送基質を擬態している可能性が考えられた.モノオレイン様の電子密度はストレート構造およびベント構造の両方の空洞において確認できた.とくに,ストレート構造の大きく開いたNローブ側の空間は基質が入り込むのに十分な容積があり,また,さきの構造変化により大きな変化が確認された部位でもあるため,ここが基質結合ポケットに相当すると予想した.そこで,基質の結合位置を確認するため,基質との共結晶化を試みた.数種類の輸送基質との共結晶化を行った結果,ノルフロキサシンの誘導体(ノルフロキサシンの6-フルオロ基をブロモ基に置換したもの)との複合体の構造を分解能2.9Åで決定した(図1,PDB ID:3VVP).予想されていたように,ストレート構造においてNローブ側の空間に電子密度が確認された.基質を配置したモデル構造から,ノルフロキサシン誘導体はおもに形状に相補的な認識をうけており,さらに,Gln34(ヘリックス1),Asn157(ヘリックス4),Asn180(ヘリックス5)の側鎖との水素結合の存在も予測された.この結果を確認するため,基質認識において関連の予測されたアミノ酸残基に対し点変異を導入し,基質輸送への影響をみた.その結果,ノルフロキサシンへの耐性は導入した変異の影響によりほぼ失われ,また,対向輸送されているH+の輸送も,Ser177のLeuへの置換,および,Met206のTyrへの置換の場合を除き失われていた.この2つの変異体においては,基質認識部位への大きな側鎖の導入により基質が入り込めなくなる一方で,擬似的な基質結合状態となり輸送サイクルの“空回り”が発生している可能性が考えられた.
 以上のことから,ストレート構造からベント構造への構造変化は,基質結合ポケットを縮小し,タンパク質の内部に存在する基質を細胞の外側へと排出する役割を担っており,これは基質の排出の最終段階に相当すると考えられた.

6.環状ペプチドによる輸送阻害の機構

 複合体の構造解析に成功した環状ペプチドについて,薬剤排出機構との関連を調べるための実験を行った.まず,構造的な特徴について述べる.in vitroセレクション法により得られた環状ペプチドは,MaL6,MaD,MaD3Sであった.MaL6は17アミノ酸残基からなる大きな環状構造をもち,環の全体でβヘアピン構造を形成していた.一方,MaD5は7アミノ酸残基からなる環状構造と,安定した構造をとらない13アミノ酸残基のテイル部分から構成されていた.MaD3SはMaD5と同じ環状構造をもち,テイル部分が8アミノ酸残基に短縮されたものであった.いずれも内部の空洞が細胞の外側に開いた構造のPfMATEに結合していたが,環状ペプチドの結合部位はMaL6とMaD5(および,MaD3S)では大きく異なっており,前者は中央の溝の細胞外側の端にはさまるように,後者はさきに示した基質結合ポケットに環状部分が入り込んで結合していた.PfMATEとMaL6との複合体(PDB ID:3VVQ)は,さきに述べたように,単体での結晶化よりも結晶の再現性が向上し高分解能での構造決定が可能であった.これは,環状ペプチド自体が安定な構造をとることと,タンパク質のパッキングに邪魔しない結合様式であることによると思われた.一方,PfMATEとMaD5(PDB ID:3VVR)との複合体ではタンパク質の内部に結合した環状構造の部分の電子密度は確認できたものの,テイルの大部分は構造をとっていなかった.PfMATEとMaD3Sとの複合体(PDB ID:3VVS)でも同様であり,分解能はMaD5の場合と比べ向上したものの,やはりテイル部分の電子密度の観測にはいたらなかった.
 それぞれの環状ペプチドの存在のもと,臭化エチジウムの蓄積量を基準にして活性を測定した.その結果,MaD5,MaD3S,MaL6の順に阻害活性は低くなっていることがわかった.MaL6のように内部の基質結合ポケットにまで入り込まなくても輸送が阻害されたことは,ロッカースイッチ機構5)(NローブとCローブとが剛体として可動して内開きと外開きの構造を行き来することにより,基質を輸送するしくみ)による構造変化を阻害し,その結果として輸送が阻害されることを示唆していた(図3).MaD5とMaD3Sは同様の結合様式でありながら,阻害活性はMaD5のほうが強かった.これは,結晶構造においてみえていないテイル部分が2つのローブのあいだに(一定の構造をとらず)強く結合することにより,構造変化を阻害しているものと予想された.環状構造の部分の結合は強さが不十分で,かつ,基質の排出機構により破壊されてしまう可能性があり,テイル部分の長さが阻害活性に影響したと考えられた.

おわりに

 今回の研究においては,複数の条件における結晶構造の決定に成功したことにより,Asp41のプロトン化からはじまるヘリックス1の構造変化が基質結合ポケットを縮小させることにより基質の排出が完結する,という仮説にたどりつくことができた(図3).これには,脂質キュービック相法による結晶化と,マイクロフォーカスX線ビームが欠かせない要素であった.脂質キュービック相法が筆者らの研究室に導入された2010年の段階では,その膜輸送体の結晶化への適用は未知数であり,少量でのスクリーニングを可能にする結晶化ロボットもわが国にはほとんど導入されていなかった.そのような段階で,Gタンパク質共役受容体について解析の経験のある京都大学大学院医学研究科の岩田研究室において脂質キュービック相法について学ぶことのできたこと,結晶化ロボットの導入がいち早くなされたことは僥倖であった.また,脂質キュービック相法による結晶は,分解能こそ高いものの微小であるため,単独の結晶からのデータセットの収集は不可能であると思われた.その測定を可能にしたのが,その年に稼働がはじまった大型放射光施設SPring-8のビームラインBL32XUであった.この段階では,膜貫通ヘリックスが構造変化することはまったく予想外のことであり,複数の結晶からデータを合成して構造解析することをめざしていた場合,より困難なことになっていただろう.研究を開始した当初はMATEファミリータンパク質の構造は未決定であり,“一番乗り”をめざして構造解析をはじめたわけであるが,2010年にさきをこされてしまった4).このときは論文と同じ程度の分解能の結晶を得ていた段階であり非常に落胆したが,“もっといい構造をだそう”との励ましにより,ここまで研究をつづけることができた.新しく開発された技術や装置に助けられながら成果を発表するにいたったことは,幸運の連続であったと感じている.

文 献

  1. Brown, M. H., Paulsen, I. T. & Skurray, R. A.: The multidrug efflux protein NorM is a prototype of a new family of transporters. Mol. Microbiol., 31, 394-395 (1999)[PubMed]
  2. Damme, K., Nies, A. T., Schaeffeler, E. et al.: Mammalian MATE (SLC47A) transport proteins: impact on efflux of endogenous substrates and xenobiotics. Drug Metab. Rev., 43, 499-523 (2011)[PubMed]
  3. Yamagishi, Y., Shoji, I., Miyagawa, S. et al.: Natural product-like macrocyclic N-methyl-peptide inhibitors against a ubiquitin ligase uncovered from a ribosome-expressed de novo library. Chem. Biol., 18, 1562-1570 (2011)[PubMed]
  4. He, X., Szewczyk, P., Karyakin, A. et al.: Structure of a cation-bound multidrug and toxic compound extrusion transporter. Nature, 467, 991-994 (2010)[PubMed]
  5. Law, C. J., Maloney, P. C. & Wang, D. N.: Ins and outs of major facilitator superfamily antiporters. Annu. Rev. Microbiol., 62, 289-305 (2008)[PubMed]

著者プロフィール

田中 良樹(Yoshiki Tanaka)
略歴:2012年 東京大学大学院理学系研究科 修了,同年より京都大学大学院医学研究科 特定研究員.
研究テーマ:膜タンパク質輸送体および膜タンパク質受容体の結晶構造解析.
抱負:最先端の技術を身につけ使いこなして,構造生物学の発展に寄与していきたい.

濡木 理(Osamu Nureki)
東京大学大学院理学系研究科 教授.
研究室URL:http://www.nurekilab.net/

© 2013 田中良樹・濡木 理 Licensed under CC 表示 2.1 日本

マイクロRNAであるmiR-235は栄養の状態と芽細胞の休眠とを連動させる

$
0
0

春日秀文・福山征光
(東京大学大学院薬学系研究科 生理化学教室)
email:福山征光

The microRNA miR-235 couples blast-cell quiescence to the nutritional state.
Hidefumi Kasuga, Masamitsu Fukuyama, Aya Kitazawa, Kenji Kontani, Toshiaki Katada
Nature, 497, 503-506 (2013)

要 約

 幹細胞など未分化な細胞は発生段階に応じて,または,栄養の状態や損傷など外的な環境に応答して,増殖および分化と休眠とが可逆的に制御されているが,その詳細な分子機構には依然として不明な点が多く残されている.線虫Caenorhabditis elegansの孵化直後の1齢幼虫の幹細胞および芽細胞は,低栄養条件においては増殖や分化を停止した休眠状態で維持されており,高栄養条件に移すと一斉に休眠から離脱して発生を開始する.今回,筆者らは,低栄養条件における芽細胞の休眠状態の維持に必須な遺伝子の探索を行い,その結果,マイクロRNAであるmiR-235を見い出した.miR-235の発現量は芽細胞の休眠状態が維持されている低栄養条件においては相対的に高く,摂食に応答して芽細胞が休眠から離脱するのにともないインスリン/インスリン様成長因子シグナル経路を介し減少した.マイクロRNAは標的遺伝子のmRNAの3’側非翻訳領域にある相補配列を認識してその発現を抑制する.そこで,miR-235の標的遺伝子の探索を行い,核内受容体をコードするnhr-91/GCNF遺伝子を見い出した.この研究により,低栄養条件におけるマイクロRNAを介したインスリン/インスリン様成長因子シグナル経路に依存的な芽細胞の休眠の制御機構の一端が明らかになった.miR-235は進化的に保存されたmiR-92ファミリーに属し,今後,ほかの生物においてもmiR-92とインスリン/インスリン様成長因子シグナル経路と幹細胞あるいは芽細胞の休眠との関連性が見い出される可能性がある.

はじめに

 幹細胞や芽細胞などの未分化な細胞は,栄養状態や発生の段階,組織の損傷といったさまざまな生理的な状態の変化に応じて,自己複製や分化,休眠などの頻度やタイミングを適切に制御することにより,健常な個体の成長や組織の恒常性の維持を担う1).これらの制御の破綻は幹細胞プールの枯渇やがん幹細胞の発生といった病態と密接に関連することが予想されるため,マウスやショウジョウバエなどを用いて,生理的な状態の変化に応答した幹細胞の挙動の制御機構の解明が試みられてきた.
 これまで,筆者らは,線虫Caenorhabditis elegansにおける体細胞性組織の前駆細胞である芽細胞や生殖幹細胞を用いて,生体において栄養状態の変化に応じた未分化な細胞の挙動を制御する機構の解明を試みてきた2,3).孵化の直後の幼虫の神経芽細胞や中胚葉性芽細胞などの体細胞性の芽細胞や生殖幹細胞は,餌である大腸菌を含まない低栄養条件においては,細胞移動や分裂,分化を停止したいわゆる休眠状態で維持(L1休眠とよばれる)されているが,大腸菌を添加した高栄養条件へと移し摂食を開始させると,休眠状態から離脱して分裂や分化を開始(再活性化)する2,4,5)図1).これらの幹細胞および芽細胞は微分干渉顕微鏡により生きたまま容易に同定および観察することができ,かつ,これらの休眠と再活性化は培地を変えるだけで個体のあいだで同調的に誘導することができる.

figure1

 これまでに,このような線虫の幹細胞および芽細胞の栄養応答においてインスリン/インスリン様成長因子シグナル経路の関与することが報告されてきた2,5-7).インスリン受容体遺伝子のオルソログであるdaf-2/InR遺伝子の機能減弱型変異体では,餌をあたえても後胚発生の進行しないことは,かなり以前から知られていた5-7).一方,インスリン/インスリン様成長因子シグナル経路に対し拮抗的に機能するPten(phosphatase and tensin homologue deleted on chromosome 10)およびFoxOの欠失変異体では,貧栄養条件においても後胚発生が開始する.幹細胞および芽細胞に着目した解析により,生殖幹細胞および体細胞性芽細胞の休眠がPtenの下流において,それぞれ,FoxOに非依存的2),あるいは,FoxOに依存的に5),制御されていることが報告されている.これらのことから,インスリン/インスリン様成長因子シグナル経路は幹細胞および芽細胞の再活性化を促進していることが示唆される.
 興味深いことに,PtenノックアウトマウスおよびFoxOノックアウトマウスは造血幹細胞や原始卵胞細胞の休眠状態からの離脱といった,線虫の相同遺伝子の変異体と類似した表現型を示すことが報告されている8-11).このことから,線虫の芽細胞と哺乳動物の幹細胞では,それぞれ類似した機構により休眠と再活性化が制御されている可能性が示唆される.以上のように,線虫における幹細胞および芽細胞は,1)微分干渉顕微鏡により容易に観察および同定できる,2)栄養条件に応じて休眠と再活性化をほぼ完全に誘導できる,3)哺乳動物における幹細胞の制御と類似した機構で制御されている,といった観点から,幹細胞などの未分化な細胞の挙動を制御する分子機構の解明のための有用な実験モデルになりうると期待された.
 そこで,筆者らは,すでに作出された線虫変異体のなかから,daf-18/Pten変異体やdaf-16/FoxO変異体と同様な表現型を示す変異体を探索することにより,インスリン/インスリン様成長因子シグナル経路の下流において低栄養条件における幹細胞および芽細胞の休眠状態を維持する新規の因子の同定を試みた.

1.インスリン/インスリン様成長因子シグナル経路を介した栄養応答性の芽細胞の制御にかかわる因子の探索

 マイクロRNA(miRNA)は約22塩基の非コード小分子RNAであり,シード配列とよばれる5’末端から2~8塩基目の7塩基を介して標的遺伝子mRNAの3’側非翻訳領域にある相補配列を認識し,その翻訳を抑制するもしくはその分解を促進することにより標的遺伝子の発現を抑制する12).筆者らが,線虫の幹細胞および芽細胞の栄養応答にかかわる新規の因子を探索しはじめた数年前,マウスの胚性幹細胞の自己増殖と分化の運命決定において複数のmiRNAが重要なはたらきを担うことが報告された13-16).このことから,幹細胞および芽細胞の栄養応答にもmiRNAが重要なはたらきをもつのではないかという仮説をたてた.また,線虫においては網羅的なmiRNAの欠失変異体の作出が進められており17),それらの多くは入手が可能であった.そこで,105のmiRNAを欠失した計85の変異体に関して,低栄養条件においても幹細胞あるいは芽細胞が休眠から離脱するものをスクリーニングした.その結果,唯一,mir-235欠失変異体において,daf-18/Pten変異体やdaf-16/FoxO変異体と同様に,低栄養条件における神経芽細胞や中胚葉性芽細胞の再活性化が観察された.発生を開始した幼虫はおのおのの幼虫期への移行の際に脱皮するが,mir-235欠失変異体は低栄養条件にもかかわらず脱皮し2齢幼虫へと成長した.さらに,mir-235欠失変異体にmir-235遺伝子を含むゲノム断片を導入するとこの表現型はほぼ完全にレスキューされた一方で,標的遺伝子の認識に重要なシード配列の2塩基を本来とは異なる塩基に置換したmir-235遺伝子を含むゲノム断片の導入ではこのレスキューはまったく起こらなかったことから,mir-235遺伝子によりコードされるマイクロRNAであるmiR-235が,低栄養条件における神経芽細胞と中胚葉性芽細胞の休眠維持および脱皮の抑制に必須であることが示された.

2.miR-235は表皮とグリア細胞において機能する

 miR-235の発現部位を明らかにするため,mir-235遺伝子のプロモーター領域の下流にGFPを融合させた発現ベクターを構築しその発現部位を観察した.GFPは胚発生の後期から成虫にいたるまで表皮において発現が観察された.つぎに,低栄養条件において誘導されたL1休眠でのGFPの発現部位を観察したところ,表皮にくわえ,神経芽細胞および頭部のグリア細胞であるAmphidソケット細胞でも発現が認められた.しかしながら,中胚葉性芽細胞におけるGFPの発現は認められなかったことから,miR-235は細胞非自律的に中胚葉性芽細胞の休眠を維持している可能性が示唆された.
 この発現部位をふまえ,miR-235がどの組織において芽細胞の休眠を制御しているのか明らかにするため,miR-235の組織特異的な発現によるmir-235変異体の表現型のレスキューを試みた.神経芽細胞と表皮に特異的な遺伝子プロモーターや,グリア細胞を含む分化したニューロンにおいて特異的な遺伝子プロモーターを用いてmiR-235を発現させると,神経芽細胞および中胚葉性芽細胞の両方において表現型は抑制された.しかしながら,mir-235遺伝子のプロモーター活性が認められなかった腸においてmiR-235を特異的に発現させても,これらの表現型のレスキューは認められなかった.さらに,Amphidソケット細胞,一部の感覚ニューロンと腸でのみ特異的に発現するztf-16遺伝子のプロモーター,あるいは,Qシステムを用いて,表皮において特異的にmiR-235を発現させたときにもmir-235変異体における芽細胞の休眠という表現型がレスキューされたことから,表皮やグリアにおいてmiR-235が細胞非自律的に神経芽細胞や中胚葉性芽細胞の休眠を制御することが示唆された(図2).

figure2

3.miR-235の発現は摂食に応答しインスリン/インスリン様成長因子シグナル経路により抑制される

 低栄養条件と高栄養条件のそれぞれにおけるmiR-235の発現の変動をノーザンブロット法により解析した.miR-235の発現は低栄養条件において,少なくとも1週間にわたり比較的高い発現レベルで維持された.これに対して,大腸菌を摂食させるとその8時間後にmiR-235の発現は急激に低下した.そこで,この栄養に応答したmiR-235の発現抑制におけるインスリン/インスリン様成長因子シグナル経路の寄与を明らかにするため,さきに述べたdaf-2/InR遺伝子の機能減弱型変異体におけるmiR-235の発現の変動を検討したところ,大腸菌の摂食に応答した発現の低下はみられなかった.さらに,低栄養条件においても,野生型と比較してdaf-2/InR変異体においては,daf-16/FoxO遺伝子の活性に依存してmiR-235の発現量は上昇していた.以上から,miR-235は栄養に応答してインスリン/インスリン様成長因子シグナル経路により発現が抑制されていることが明らかになった.

4.miR-235は核内受容体をコードする遺伝子の発現抑制を介して低栄養における芽細胞の休眠を維持する

 miRNAは標的遺伝子mRNAの3’側非翻訳領域にある相同配列を認識してその発現を抑制する12).そこで,複数のアルゴリズムにより重複して予測された標的の候補遺伝子のなかで,低栄養条件において野生型と比較してmir-235変異体での発現が上昇している遺伝子を探索したところ,哺乳類の核内受容体GCNFのオルソログをコードするnhr-91/GCNF遺伝子を見い出した.さらに,nhr-91遺伝子は摂食にともない発現が誘導されるが,mir-235変異体においては野生型よりも顕著に発現が誘導された.これらのことから,miR-235はnhr-91遺伝子の発現を抑制している可能性が示唆された.nhr-91遺伝子がmiR-235の直接の標的遺伝子であるかどうかを検討するため,nhr-91遺伝子の3’側非翻訳領域を用いたGFPレポーター実験を行った.GFP遺伝子をnhr-91遺伝子の3’側非翻訳領域の制御下においてmir-235遺伝子と共発現させると,GFPの発現しない形質転換体が多くみられる一方で,その3’側非翻訳領域における2か所のmiR-235による認識配列(シード配列)の2残基を異なる塩基に置換するとGFPを発現する形質転換体が有意に増加したことから,miR-235はnhr-91遺伝子mRNAの3’側非翻訳領域にある認識配列を介して直接にその発現を制御していることが示唆された.さらに,mir-235変異体の低栄養条件における神経芽細胞の細胞移動はnhr-91遺伝子の欠失により有意に抑制された.以上から,miR-235により核内受容体をコードするnhr-91遺伝子の発現抑制が低栄養時条件における芽細胞の休眠の維持にかかわることが明らかになった.

おわりに

 この研究をつうじ,筆者らは,miRNAであるmiR-235が核内受容体をコードするnhr-91/GCNF遺伝子の発現の抑制を介し低栄養条件における芽細胞の休眠状態を維持すること,また,その発現は栄養によりインスリン/インスリン様成長因子シグナル経路を介して抑制されることを明らかにした.今後の課題として,インスリン/インスリン様成長因子シグナル経路によるmiR-235の発現制御機構や,miR-235による低栄養条件における芽細胞の休眠の維持機構の詳細の解明があげられる.
 miR-235は進化的に保存されたmiR-92ファミリーに属し,miR-92はmiR-17~92クラスターファミリーの一部として発現する18).miR-17~92クラスターファミリーは各種の造血器悪性腫瘍および肺がん腫などの固形腫瘍において高発現している染色体領域13q31-q32に遺伝子が存在することが報告され,がん遺伝子産物としてふるまうmiRNAであることからoncomiR-1ともよばれる19,20).しかしながら,哺乳動物のmiR-92そのものの生理機能はいまだ詳細には解析されておらず,今後,miR-17~92クラスターファミリーによるがん形成機構の解明にむけ,miR-92がmiR-235でみられたような幹細胞および芽細胞の栄養応答や休眠あるいは分化の抑制などのような生理機能をもつのか検討が待たれる.
 線虫の生育の過程において,幹細胞および芽細胞の再活性化のほかにも,複数の発生イベントのタイミングを制御するlin-4遺伝子や周期的な脱皮に関与する遺伝子の発現が摂食により誘導されることが知られている.ここではふれなかったが,mir-235遺伝子は低栄養条件におけるそれら遺伝子の発現抑制にも必須であることも,この論文では報告した.以上を考えると,線虫の低栄養条件における発育の停止は健常な生育を保証するための能動的なプロセスであり,飢餓の際に機能するmiR-235はいわば複数の発生現象を制御する“栄養チェックポイント”の分子実体だととらえることができる.多くの発生生物学の研究は細胞運命の決定や形態形成など発生イベントの進行を促進する分子基盤をおもに扱っている.一方,個体や組織,細胞のレベルでの発生イベントが停止した休眠は,多くの生物種において観察される現象ではあるものの,その制御機構には不明な点が多い.以上のことを考えると,休眠の研究を切り口とすることにより,個体の発生をささえる分子基盤の包括的な理解の深まることが期待できる.

文 献

  1. Nakada, D., Levi, B. & Morrison, S.: Integrating physiological regulation with stem cell and tissue homeostasis. Neuron, 70, 703-718 (2011)[PubMed]
  2. Fukuyama, M., Rougvie, A. & Rothman, J.: C. elegans DAF-18/PTEN mediates nutrient-dependent arrest of cell cycle and growth in the germline. Curr. Biol., 16, 773-779 (2006)[PubMed]
  3. Fukuyama, M., Sakuma, K., Park, R. et al.: C. elegans AMPKs promote survival and arrest germline development during nutrient stress. Biol. Open, 1, 929-936 (2012)[PubMed]
  4. Johnson, T. E., Mitchell, D. H. & Kline, S.: Arresting development arrests aging in the nematode Caenorhabditis elegans. Mech. Ageing Dev., 28, 23-40 (1984)[PubMed]
  5. Baugh, L. & Sternberg, P.: DAF-16/FOXO regulates transcription of cki-1/Cip/Kip and repression of lin-4 during C. elegans L1 arrest. Curr. Biol., 16, 780-785 (2006)[PubMed]
  6. Vowels, J. J. & Thomas, J. H.: Genetic analysis of chemosensory control of dauer formation in Caenorhabditis elegans. Genetics, 130, 105-123 (1992)[PubMed]
  7. Gems, D., Sutton, A. J., Sundermeyer, M. L. et al.: Two pleiotropic classes of daf-2 mutation affect larval arrest, adult behavior, reproduction and longevity in Caenorhabditis elegans. Genetics, 150, 129-155 (1998)[PubMed]
  8. Castrillon, D. H., Miao, L., Kollipara, R. et al.: Suppression of ovarian follicle activation in mice by the transcription factor Foxo3a. Science, 301, 215-218 (2003)[PubMed]
  9. Yilmaz, O., Valdez, R., Theisen, B. et al.: Pten dependence distinguishes haematopoietic stem cells from leukaemia-initiating cells. Nature, 441, 475-482 (2006)[PubMed]
  10. Tothova, Z. & Gilliland, D. G.: FoxO transcription factors and stem cell homeostasis: insights from the hematopoietic system. Cell Stem Cell, 16, 140-152 (2007)[PubMed]
  11. Reddy, P., Liu, L. & Adhikari, D.: Oocyte-specific deletion of Pten causes premature activation of the primordial follicle pool. Science, 319, 611-613 (2008)[PubMed]
  12. Bartel, D.: MicroRNAs: target recognition and regulatory functions. Cell, 136, 215-233 (2009)[PubMed]
  13. Kanellopoulou, C., Muljo, S. A., Kung, A. L. et al.: Dicer-deficient mouse embryonic stem cells are defective in differentiation and centromeric silencing. Genes Dev., 19, 489-501 (2005)[PubMed]
  14. Murchison, E. P., Partridge, J. F., Tam, O. H. et al.: Characterization of Dicer-deficient murine embryonic stem cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 12135-12140 (2005)[PubMed]
  15. Wang, Y., Medvid, R., Melton, C. et al.: DGCR8 is essential for microRNA biogenesis and silencing of embryonic stem cell self-renewal. Nat. Genet., 39, 380-385 (2007)[PubMed]
  16. Melton, C., Judson, R. L. & Blelloch, R.: Opposing microRNA families regulate self-renewal in mouse embryonic stem cells. Nature, 463, 621-626 (2010)[PubMed]
  17. Miska, E., Alvarez-Saavedra, E., Abbott, A. et al.: Most Caenorhabditis elegans microRNAs are individually not essential for development or viability. PLoS Genet., 3, e215 (2007)[PubMed]
  18. Olive, V., Jiang, I. & He, L.: mir-17-92, a cluster of miRNAs in the midst of the cancer network. Int. J. Biochem. Cell Biol., 42, 1348-1354 (2010)[PubMed]
  19. Ota, A., Tagawa, H., Karnan, S. et al.: Identification and characterization of a novel gene, C13orf25, as a target for 13q31-q32 amplification in malignant lymphoma. Cancer Res., 64, 3087-3095 (2004)[PubMed]
  20. He, L., Thomson, J., Hemann, M. et al.: A microRNA polycistron as a potential human oncogene. Nature, 435, 828-833 (2005)[PubMed]

著者プロフィール

春日 秀文(Hidefumi Kasuga)
略歴:2013年 東京大学大学院薬学系研究科博士課程 修了,同年より大鵬薬品工業つくば研究センター 研究員.
研究テーマ:がんの分子標的薬の研究開発.
抱負:より効果的な抗がん剤の創出をつうじて,よりよい社会づくりに貢献したい.

福山 征光(Masamitsu Fukuyama)
東京大学大学院薬学系研究科 助教.

© 2013 春日秀文・福山征光 Licensed under CC 表示 2.1 日本

肥満にともない増加する腸内細菌の代謝産物が細胞老化関連分泌現象を介し肝がんの発症を促進する

$
0
0

吉本 真・大谷直子・原 英二
(がん研究会がん研究所 がん生物部)
email:原 英二

Obesity-induced gut microbial metabolite promotes liver cancer through senescence secretome.
Shin Yoshimoto, Tze Mun Loo, Koji Atarashi, Hiroaki Kanda, Seidai Sato, Seiichi Oyadomari, Yoichiro Iwakura, Kenshiro Oshima, Hidetoshi Morita, Masahisa Hattori, Kenya Honda, Yuichi Ishikawa, Eiji Hara, Naoko Ohtani
Nature, 499, 97-101 (2013)

要 約

 近年,肥満は先進国を中心に蔓延しつづけている.肥満はさまざまながんを促進する危険因子であることが示されているが,その分子機構についてはほとんど明らかにされていない.今回,筆者らは,マウスを用いた実験により,肥満により増加した腸内細菌の代謝産物であるデオキシコール酸が腸肝循環により肝臓に到達し,肝がんの発症を促進することを明らかにした.さらに,発がんの促進の機構として,肝臓に到達したデオキシコール酸が肝臓の間質に存在する肝星細胞においてDNA損傷をあたえ,細胞老化が起こることで誘導される細胞老化関連分泌現象により産生される炎症性サイトカインが,周囲の肝実質細胞の発がんを促進することを見い出した.実際に,デオキシコール酸の産生を阻害したり腸内細菌を死滅させたりすると,肥満による肝がんの発症は著しく減少した.また,細胞老化関連分泌現象を誘導するタンパク質を欠損したマウスや肝星細胞を除去したマウスにおいても,肥満による肝がんの発症は著しく減少した.これらのことから,デオキシコール酸により細胞老化関連分泌現象を起こした肝星細胞が,肥満による肝がんの発症において重要な役割を担っていることが明らかになった.さらに,肝星細胞における細胞老化関連分泌現象の誘導は,非アルコール性脂肪性肝炎を素地とする肝がんの患者のがん部においても観察され,ヒトにおいてもマウスと同様の分子機構のはたらいている可能性が示唆された.この研究の結果は,肥満による肝がんの発症における分子機構の一端を明らかにしただけでなく,今後,ヒトの糞便に含まれるデオキシコール酸産生細菌の量や血中のデオキシコール酸の濃度を測定することにより肝がんの発症リスクを予想できる可能性を示唆した.また,デオキシコール酸産生細菌の増殖を抑制する薬剤あるいは食品添加物などを開発することにより,肥満にともなう肝がんの発症を予防できる可能性も期待できる.

はじめに

 肥満は糖尿病や心筋梗塞のリスクを高めるだけでなく,さまざまながんの発症率も高めることが明らかになっており,近年,先進国においてみられるがん発症率の著しい上昇の原因のひとつになっていることが指摘されている.がんの予防の観点からも肥満の防止が重要であることは明らかだが,残念ながら,先進国を中心に肥満人口は増加の一途をたどっており,わが国もその例外ではない.このため,がんを含めた肥満関連疾患の克服には肥満そのものの防止だけでなく,肥満してもこれらの疾患を発症しないようにする取り組みも必要である.そのためにはまず,肥満するとなぜこのような疾患を発症するようになるのか,その分子機構を解明することが重要である.
 これまで,肥満による炎症反応の亢進が発がんを促進する可能性が示唆されていたが1),その詳細については不明な点が多い.一方で,これまでの研究により,正常な細胞において発がんの危険性のあるDNA損傷が生じると,がんの抑制機構である細胞老化という現象が起こり,細胞は不可逆的に増殖を停止することが明らかにされている2,3).しかし,細胞老化を起こした細胞はすぐには死滅せず長期間にわたり生存しつづけるため,しだいに,炎症性サイトカイン,ケモカイン,細胞外マトリクス分解酵素など,炎症や発がんを促進する作用のあるさまざまなタンパク質を分泌する細胞老化関連分泌現象(senescence-associated secretory phenotype:SASP)とよばれる現象をひき起こすようになることが,最近の研究により明らかになってきた(図1).興味深いことに,インターロイキン6やPAI-1などの細胞老化関連分泌現象により産生されるタンパク質は,以前から,肥満による発がんの促進に深く関与していることが知られている4,5).このため,筆者らは,もしかすると細胞老化関連分泌現象は肥満にともなう発がんの促進に深く関与しているのではないかと考え研究を開始した.

figure1

1.肥満は肝臓に細胞老化と肝がんの形成を誘導する

 肥満がどのような種類のがんの発症を促進するのか明らかにするため,マウスに高脂肪食を長期間あたえて肥満を誘導した.しかし,野生型マウスに高脂肪食をあたえただけでは発がん頻度の上昇は観察されなかったことから,肥満による発がんの促進には,ある程度の発がん刺激が必要であると考えた.そこで,多くのヒトのがんにおいて高頻度に変異のみつかっているがん遺伝子であるras遺伝子に,活性化型の変異を起こすことの知られている化学発がん物質7,12-ジメチルベンズ[a]アントラセンを用いることにした.細胞老化誘導遺伝子の発現を発光シグナルとしてとらえることにより細胞老化反応を生体においてリアルタイムに可視化できるよう設計した細胞老化反応イメージングマウスを用い6),このマウスの乳児期に7,12-ジメチルベンズ[a]アントラセンを1回塗布したのち高脂肪食を30週間あたえ肥満させた.その結果,すべての肥満したマウスにおいて肝臓に細胞老化反応を示す強い発光シグナルが観察され,さらに,肝臓には肝がんの形成されていることが確認された.一方,この化合物を塗布したのち普通食をあたえた肥満していないマウスでは細胞老化反応も肝がんの発症もまったくみられなかったことから,肥満により肝臓において細胞老化と肝がんの形成の両方の促進されることが明らかになった.

2.肝星細胞の細胞老化は肥満による肝がんの形成を促進する

 肝臓のどの細胞において細胞老化が誘導されているかを調べるため免疫組織化学染色を行った.その結果,肥満したマウスの肝臓のがん部では,間質細胞のひとつである肝星細胞(hepatic stellate cell,伊東細胞ともよばれる)において,細胞老化の原因となるDNA損傷の蓄積や細胞老化の誘導タンパク質であるp21やp16の発現がみられた.また,細胞が増殖していることを示す増殖マーカーががん化した肝実質細胞にはみられたものの,肝星細胞ではみられなかったことから,肝星細胞は細胞老化を起こしていることが明らかになった.さらに,肝星細胞は細胞老化関連分泌現象により産生されることの知られるさまざまな炎症性サイトカインやケモカインを産生していることも確認された.これらの結果から,肥満により肝星細胞にDNA損傷が生じ,細胞老化とそれにともなう細胞老化関連分泌現象が起こることにより,発がんの促進作用のある炎症性サイトカインが分泌され,結果的に周囲の肝実質細胞のがん化が促進されたのではないかとの仮説がたてた.
 この仮説を証明するため,肝星細胞において細胞老化関連分泌現象の阻害を試みた.細胞老化関連分泌現象の誘導に必要な炎症性サイトカインであるインターロイキン1βをノックアウトしたマウスを用いて検討したところ,肥満による肝星細胞の細胞老化は野生型マウスと同じ程度にまで誘導されているものの,細胞老化関連分泌現象は起こっておらず,肝がんの発症率も著しく低下していることがわかった.さらに,肝星細胞に特異的に発現するHSP47遺伝子を生体においてノックダウンすることにより肥満したマウスにおいて肝星細胞を特異的に除去してみたところ7),肝がんの発症率は著しく低下することがわかった.これらの実験結果から,肥満により細胞老化を起こした肝星細胞は,細胞老化関連分泌現象を介して周囲の肝実質細胞の発がんを促進していることが確認された.

3.肥満による2次胆汁酸産生菌の増加は肝星細胞の細胞老化の誘導と肝がんの発症を促進する

 肥満により肝星細胞が細胞老化を起こす分子機構を解明するため,肥満により起こることの知られている生体におけるさまざまな変化,そのなかでも,とくに腸内細菌叢の変化に注目した.ヒトにおいては肥満にともない腸内細菌叢の変化することが報告されている8).また,マウスを用いたほかの肝がん誘導モデルにおいて,グラム陰性細菌の構成成分であるリポ多糖が肝臓においてToll様受容体のひとつTLR4を活性化して肝がんの形成を促進することが報告されている9).そこで,4種類の抗生剤を肥満したマウスに投与してグラム陰性細菌とグラム陽性細菌の両方の腸内細菌を除去してみたところ,肥満による肝がんの発症率は著しく低下し,同時に,細胞老化および細胞老化関連分泌現象を起こした肝星細胞の割合も著しく低下していた.これらの実験結果は,腸内細菌が肥満による肝がんの形成に重要な役割を担っていることを強く示唆した.
 肥満したマウスにおける腸内細菌叢の変化を明らかにするため,次世代シークエンサーを用いてマウスの糞便に含まれる細菌の16S rRNA遺伝子の配列を解析した.その結果,普通食を摂取させたマウスの腸内細菌はグラム陽性細菌とグラム陰性細菌の割合がほぼ等しかったのに対し,高脂肪食を摂取して肥満したマウスではグラム陽性細菌が90%以上をしめるほどにまで増加していることが明らかになった.とくに,普通食を摂取させたマウスではほとんど検出されなかったClostridiumクラスターXIあるいはClostridiumクラスターXIVaに分類されるグラム陽性細菌が,高脂肪食を摂取させたマウスにおいて増加していることが明らかになった.そこで,グラム陽性細菌だけを特異的に除去する抗生剤であるバンコマイシンを肥満したマウスに投与したところ,4種類の抗生剤を投与してグラム陰性細菌とグラム陽性細菌の両方を除去したときと同じく,肥満による肝がんの形成や,肝星細胞の細胞老化,細胞老化関連分泌現象の誘導が著しく低下していた.これらの実験結果から,肥満により増加する腸内のグラム陽性細菌の代謝産物または毒素が腸肝循環を介して肝臓に作用し,肝星細胞の細胞老化を誘導して肝がんの発症を促進した可能性が考えられた.
 肥満による肝がんの促進物質を同定するため,普通食を摂取させたマウスと高脂肪食を摂取させたマウスの血清を用いてメタボローム解析を行った.その結果,2次胆汁酸のひとつであるデオキシコール酸が,肥満したマウスの血中において数倍も増加していることを見い出した.生体においてコレステロールから産生される1次胆汁酸は脂肪の消化に重要であるが,この1次胆汁酸は一部の腸内細菌のもつ代謝酵素により2次胆汁酸へと代謝されることが知られている.興味深いことに,デオキシコール酸産生細菌であるClostridium sordelliiClostridium scindensは,高脂肪食を摂取させたマウスにおいて増加していたClostridiumクラスターXIあるいはClostridiumクラスターXIVaに属する10).さらに,培養細胞を用いた研究において,デオキシコール酸は活性酸素種を介して細胞にDNA損傷を誘導し11),発がんを促進する可能性のあることが報告されている.これらの知見は,肥満による肝がんの形成においてデオキシコール酸が重要な役割を担っている可能性を強く示唆した.興味深いことに,デオキシコール酸を産生する酵素の活性を阻害する薬剤,あるいは,胆汁酸の体外への排出を促進する薬剤を投与することにより,体内のデオキシコール酸の濃度を低下させた肥満したマウスでは,肝がんの発症率および細胞老化を起こした肝星細胞が著しく低下していた.逆に,肥満したマウスに抗生剤を投与すると同時にデオキシコール酸を経口投与してみたところ,抗生剤の投与により低下した肝がんの発症率はデオキシコール酸の投与により著しく増加し,同時に,肝臓のがん部では肝星細胞の細胞老化および細胞老化関連分泌現象が誘導されていた.これらの結果から,肥満により増加した腸内細菌の産生する2次胆汁酸デオキシコール酸が腸肝循環を介して肝臓に運ばれ,肝星細胞において細胞老化および細胞老化関連分泌現象を誘導することにより肝がんの発症を促進していることが明らかになった(図2).

figure2

 デオキシコール酸の産生細菌として報告されているClostridiumクラスターXIやClostridiumクラスターXIVaに属する細菌が肥満したマウスだけに特異的に増殖していたことから,これらの細菌は肥満による肝がんの発症を促進する重要な細菌であると考えられた.そこで,肥満したマウスの糞便に含まれる細菌の16S rRNA遺伝子の配列をさらにくわしく系統樹分類した結果,ClostridiumクラスターXIに属する細菌はすべて同じ細菌であり,マウスが肥満するとその細菌がすべての腸内細菌の12%以上をしめるほどにまで増加していた.しかも,その細菌はデオキシコール酸の産生細菌として知られるClostridium sordelliiの類縁細菌に分類されたことから,肥満したマウスにおいてデオキシコール酸を産生する細菌はClostridiumクラスターXIに属するこの細菌である可能性がもっとも高いと考えられた.また,同様の結果は,普通食を過剰に摂取することで肥満する遺伝的な肥満マウスLepob/obマウスを用いた実験でも得られたことから,今回,明らかになった分子機構は,高脂肪食による影響ではなく肥満による影響であると考えられた.

4.ヒトにおいても同様の分子機構のはたらいている可能性がある

 この研究により明らかにされた発がんの促進機構はヒトにおいても起こりうるのかどうかを調べるため,ヒトの培養肝星細胞にインターロイキン1βを添加した.その結果,細胞老化を示すさまざまなマーカー,および,細胞老化関連分泌現象が強く誘導された.さらに,肥満にともなう非アルコール性脂肪性肝炎(non-alcoholic steatohepatitis:NASH)を素地とする肝がんの患者の約3割において,肝星細胞に細胞老化と細胞老化関連分泌現象が確認できた.また,健常人に高脂肪性の食事を摂取させると糞便に含まれるデオキシコール酸の濃度が上昇することが報告されている12).これらの知見をあわせて考えると,ヒトにおいても非アルコール性脂肪性肝炎を素地とする一部の肝がんの形成に腸内細菌によるデオキシコール酸の増加とそれにともなう肝星細胞の細胞老化関連分泌現象の関与している可能性が高いと考えられた.

おわりに

 今回の研究により,肥満にともなう肝がんの発症機構の一端が明らかになった.しかし,普通食を摂取させたマウスに化学発がん物質を処理しデオキシコール酸を単独で投与しても,少なくとも30週間では肝がんは形成されなかったことから,デオキシコール酸にくわえ肥満にともなう別の要因も肝がんの発症において促進的に関与している可能性が考えられた.また,がん化した肝実質細胞のすべてにおいてras遺伝子に活性化型の変異が認められたが,肝星細胞にはras遺伝子の変異は認められなかったことから,肝星細胞が細胞老化関連分泌現象を起こしたのはras遺伝子による影響ではなくデオキシコール酸による影響であると考えられた.
 この研究の成果をもとに,今後,ヒトの糞便に含まれるデオキシコール酸産生細菌の量や血中のデオキシコール酸の濃度を測定することにより,肝がんの発症リスクを予想できる可能性が考えられる.また,デオキシコール酸産生細菌の増殖を抑制する薬剤あるいは食品添加物などを開発することにより,肥満にともなう肝がんの発症を予防する可能性についても検討したい.

文 献

  1. Park, E. J., Lee, J. H., Yu, G. Y. et al.: Dietary and genetic obesity promote liver inflammation and tumorigenesis by enhancing IL-6 and TNF expression. Cell, 140, 197-208 (2010)[PubMed]
  2. Collado, M. & Serrano, M.: Senescence in tumours: evidence from mice and humans. Nat. Rev. Cancer, 10, 51-57 (2010)[PubMed]
  3. Kuilman, T., Michaloglou, C., Mooi, W. J. et al.: The essence of senescence. Genes Dev., 24, 2463-2479 (2010)[PubMed]
  4. Coppe, J. P., Patil, C. K., Rodier, F. et al.: Senescence-associated secretory phenotypes reveal cell-nonautonomous functions of oncogenic RAS and the p53 tumor suppressor. PLos Biol., 6, 2853-2868 (2008)[PubMed]
  5. Kuilman, T. & Peeper, D. S.: Senescence-messaging secretome: SMS-ing cellular stress. Nat. Rev. Cancer, 9, 81-94 (2009)[PubMed]
  6. Ohtani, N., Imamura, Y., Yamakoshi, K. et al.: Visualizing the dynamics of p21waf1/Cip1 cyclin-dependent kinase inhibitor expression in living animals. Proc. Natl. Sci. USA, 104, 15034-15039 (2007)[PubMed]
  7. Sato, Y., Murase, K., Kato, J. et al.: Resolution of liver cirrhosis using vitamin A-coupled liposomes to deliver siRNA against a collagen-specific chaperone. Nat. Biotechnol., 26, 431-442 (2008)[PubMed]
  8. Ley, R. E., Turnbaugh, P. J., Klein, S. et al.: Microbial ecology: human gut microbes associated with obesity. Nature, 444, 1022-1023 (2006)[PubMed]
  9. Dapito, D. H., Mencin, A., Gwak, G. Y. et al.: Promotion of hepatocellular carcinoma by the intestinal microbiota and TLR4. Cancer Cell, 21, 504-516 (2012)[PubMed]
  10. Ridlon, J. M., Kang, D. J. & Hylemon, P. B.: Bile salt biotransformations by human intestinal bacteria. J. Lipid Res., 47, 241-259 (2006)[PubMed]
  11. Payne, C. M., Weber, C., Crowley-Skillicorn, C. et al.: Deoxycholate induces mitochondrial oxidative stress and activates NF-κB through multiple mechanisms in HCT-116 colon epithelial cells. Carcinogenesis, 28, 215-222 (2007)[PubMed]
  12. Rafter, J. J., Child, P., Anderson, A. M. et al.: Cellular toxicity of fecal water depends on diet. Am. J. Clin. Nutr., 45, 559-563 (1987)[PubMed]

著者プロフィール

吉本 真(Shin Yoshimoto)
略歴:2007年 北里大学大学院理学研究科博士課程 修了,同年 同 博士研究員を経て,2009年よりがん研究会がん研究所 特任研究員.
研究テーマ:生体における細胞老化の役割.
関心事:生体におけるさまざまなストレスに対する細胞老化の誘導機構や機能を解明すること.

大谷 直子(Naoko Ohtani)
がん研究会がん研究所 主任研究員.

原 英二(Eiji Hara)
がん研究会がん研究所 部長.
研究室URL:http://www.jfcr.or.jp/tci/canbio/index.html

© 2013 吉本 真・大谷直子・原 英二 Licensed under CC 表示 2.1 日本

シナプスの可塑性と記憶の形成とを結ぶショウジョウバエの摂食行動にかかわるコマンドニューロン

$
0
0

吉原 基二郎
(米国Massachusetts大学Medical School,Department of Neurobiology)
email:吉原基二郎

A single pair of interneurons commands the Drosophila feeding motor program.
Thomas F. Flood, Shinya Iguchi, Michael Gorczyca, Benjamin White, Kei Ito, Motojiro Yoshihara
Nature, 499, 83-87 (2013)

要 約

 筆者の研究室では,記憶の素過程を理解することを目的として,単純なシナプスのモデルであるショウジョウバエの神経筋接合部と,行動の変化として記憶に直接的に関係づけることのできるショウジョウバエの成虫の摂食行動をつかさどる神経回路のシナプスを,両者を比較しながら研究している.わが国のコンソーシアムにより確立されたショウジョウバエGal4挿入の保存系統であるNP系統を行動スクリーニングすることにより,活動すると摂食行動をひき起こすコマンドニューロンであるFdgニューロンを発見した.Fdgニューロンは摂食行動にかかわる神経回路の要に位置すると考えられるので,行動観察とライブイメージングや電気生理学的な解析を同時に行う目的のため新しく開発した実験系を用いることで,パブロフの条件反射をFdgニューロンに入力するシナプスの変化として研究できることを期待している.ショウジョウバエの神経筋接合部におけるシナプスの可塑性に関するこれまでの知見を作業仮説として,このFdgニューロンにおけるシナプスの可塑性を行動の変化とともに詳細に解析することにより,記憶の形成の分子機構にせまろうと考えている.

はじめに

 われわれの心に深く刻まれる記憶には,一生つづくものもあれば,とても興奮した記憶なのにしばらくすると忘れてしまったりと,記憶は不思議なものである.記憶はかつて,心理学のテーマとしてのみ研究されていた,とらえどころのない抽象概念であった.この記憶を実験生物学としてあつかったのが,一般にもよく知られているパブロフの条件反射である.パブロフははっきりした2つの刺激,ベルの音(条件刺激)とエサ(無条件刺激)を設定し,条件刺激につづけて無条件刺激をイヌにあたえることにより.本来は無条件刺激による反応であった唾液の分泌が,ベルの音(条件刺激)だけでもひき起こされた(図1a).ここでは,制御しやすい実験条件を設定したことも重要であったが,なにより,この条件刺激と無条件刺激との連合という単純な条件設定により,この連合学習の裏にひそむしくみとして神経回路の変化を明確に想像させたことが重要であった.しかし,変化する神経回路の実際はいまだ推測の域をでず,さらに,それがいかにして起こるかはまだよくわかっていない.筆者らの研究室は,記憶がどのようにしてつくられるのかという疑問に新しいアプローチを用いてとりくんでいる.

figure1

1.シナプスの可塑性

 記憶は経験により強化されたシナプスを介してつながる一連のニューロンにより保持されていると,筆者を含め多くの神経科学者が推測していると思われる.このことは1940年代にはじめて定式化され,提唱者の名をとり“Hebb則”あるいは“Hebbのシナプス”として知られている1).前シナプス細胞が発火した直後に後シナプス細胞が発火すると,この前シナプスと後シナプスのタイミングがあったときにだけ,特異的にシナプスが強まるとされた(図1b).この考えによると,パブロフの条件反射がどのようにしてできるのか,非常に単純に説明できる(図1a).ベルの音のシグナル(条件刺激)を伝達するニューロンが,エサの刺激(無条件刺激)に反応して唾液を出すことを司令しているニューロンに対し,弱いシナプスを形成していたと仮定してみよう.パブロフの実験ではこの2つのニューロンが連続して発火するはずで,その結果,Hebb則により,そのあいだのシナプスが強くなることによりベルの音(条件刺激)だけで唾液が出るようになる,というように推測できる.
 もちろん,実際のイヌの脳のなかはこんなに単純なはずはなく,無数のニューロンがこのシナプス可塑性をになっているはずであるから,さらに無関係な多くの細胞も入り乱れてからみあう脳においてこれを実際に調べることは容易ではない.そこでまず,単純なシナプスにおいてHebb則によるシナプス可塑性の底にひそむ機構を調べようと考えた.これに関しては,もちろん多くの研究者が海馬における長期増強などの実験において重要な知見を得ているのであるが,筆者らはまず,実験を単純化することによりシナプス可塑性の基礎的な過程をつかむため,詳細な定量により正確なシナプスの生理学的な解析の可能な2,3),ショウジョウバエの胚の神経筋接合部における可塑性の実験系を確立した.神経筋接合部における電気生理学的な解析と解剖学的な解析の結果から,前シナプスからの微小シナプス電位をつくる放出と,後シナプスから放出される逆行性シグナルとのあいだの相互な“ローカルフィードバック”により,1個のシナプスが特異的に強められた状態が維持されるのではないかという作業仮説をたてた4).これは神経筋接合部における実験結果から導き出された可能性であったが,Hebb則をよく説明するし,これまでの文献ともよくあうので,脳において記憶が維持され形成されるための機構であるのかもしれない.
 筆者は,この可能性に大きな夢を感じたものの,実際に脳における記憶にかかわってはいない神経筋接合部をいくら研究したところで,記憶の本質にせまることはできない.そこで,神経筋接合部で得られた知見を脳において検証するため,つぎの段階に移ることにした.

2.コマンドニューロン

 さて,どうやって脳における記憶の形成をシナプスの可塑性に結びつければいいのか? 最初の実験的なアプローチは1980年代のアメフラシを使った研究で,実際のシナプスにおける分子機構にまでおよぶ大きな洞察をあたえた5).しかし,そのシナプス特異性は,無条件刺激をになうニューロンが条件刺激をになう前シナプスに直接に付着して修飾することによる,すなわち,解剖学的な特徴によりシナプスの特異性が決まっているので,Hebb則によるシナプスのモデルにはならない(図1c).それなら,自分たちで一から実験系をつくってみようか,と荒唐無稽なことを夢想した.このとき,頭にあったのが今回のキーワード,“コマンドニューロン”(司令ニューロン)であった.動物行動学のコンセプトである定型行動6),たとえば,攻撃行動や産卵行動などの決まった一連の行動パターンを起こす引き金にあたるニューロンがコマンドニューロンである.コマンドニューロンというコンセプトは,1960年代のザリガニの遊泳肢の運動をオンにしたりオフにしたりした実験に端を発している7)
 唾液の分泌を促すニューロンも,エサにより解発される摂食行動の一部をひき起こすコマンドニューロンであるということができる.だから,このようなコマンドニューロンをみつけることが,つぎの部屋に入るためにどうしても必要な鍵であるように思えた.筆者らが神経筋接合部の可塑性の研究を発表した4) のと同じ2005年,ちょうどいいタイミングでショウジョウバエの“リモートコントロール”技術が発表された8)図2a).ここでは,陽イオンを細胞の外から内部にむけ透過することにより細胞を発火させるATP受容体チャネルを,出芽酵母の転写因子Gal4の標的配列であるUAS配列の下流につなぐことにより,Gal4を発現している細胞だけに特異的に発現させた.そして,光の照射によりケージドATPからATPを遊離させることによりATP受容体チャンネルを開口させ,その細胞だけをねらって発火させるのである.この実験は,細胞の活動を時間的および空間的に意のままにあやつる今日の光遺伝学(optogenetics)の時代の到来を意味し,まさに画期的なブレークスルーであった.その時点で,ショウジョウバエのコマンドニューロンといえるのは逃避行動を起こすニューロンだけであり,この実験ではこれを発火させてショウジョウバエに逃避行動を誘起した.だが,逃避行動は記憶の研究には使えそうもない.そこで,Gal4が挿入されたショウジョウバエを片っ端からチャネルを発現するショウジョウバエと掛け合わせてランダムなパターンの細胞を発火させ,たくさんの系統をスクリーニングすることにより新たなコマンドニューロンを探そう,というおおまかな方針がみえてきた.そこで利用したGal4挿入の保存系統が,1990年代にわが国のコンソーシアムにより構築された“NP系統”であった9).ちなみに,NPというのは“Nippon”を意味する.

figure2

3.“絵に描いた餅”コマンドニューロンをもとめて

 しかし,最初の時点では細胞を発火させるための道具ももちあわせていなかった.まさにコマンドニューロンは“絵に描いた餅”そのものであった.その時点で使用可能であったATPチャネル8) に対しては1個体ごとにケージドATPを注射する必要があり,スクリーニングにはとても実用化することはできない.あとひとつだけ入手できたのは,哺乳類において光遺伝学の大流行をもたらした,青色光をうけて開口するチャネルロドプシン2であった.来る日も来る日もチャネルロドプシン2を使った実験を試みたが,透きとおったショウジョウバエの幼虫では非常にうまくいく一方,褐色の分厚いクチクラにおおわれている成虫では実験条件や装置をいくら変えてみてもうまくいかなかった.ショウジョウバエに青色光をあてて行動をみるための“blue light arena”と称した実験装置をいくつも製作してみたが,麻痺やジャンプなど期待する行動が弱く起こることはあったものの,行動を起こすのに強い光をあてるとショウジョウバエが熱くなってしまって狂ったように走り回る忌避行動が起こり,とても一般的なスクリーニングに応用できるレベルにはならなかった.
 こうして途方に暮れているところに,有用な情報が得られた.ラットから遺伝子クローニングされた低温により開口するTRPM8チャネル10) をショウジョウバエに導入したところ細胞を活性化させるらしい,というのだ.このTRPM8チャネルを発現したショウジョウバエを試してみると,18度に温度を下げると細胞は発火をはじめたものの,すぐに脱感作して細胞は静かになってしまうので,行動スクリーニングに使用するのはむずかしかった.それでもあきらめきれず,正確に温度を制御できるチェンバーを自作して細かく条件設定し試した結果,14度まで下がると野生型のショウジョウバエもじっと動かなくなるのでこの温度まで下げるわけにはいかないが,その少しうえの15度から16度のあいだに保ったときのみ,発火による行動(たとえば,運動ニューロンの発火による麻痺)がずっとつづくことがわかった.温度の正確な微調整が必要であるものの,これでようやく行動スクリーニングが可能になった.
 2008年の夏,時間をかけて条件設定しながら自作したチェンバーを含む実験装置を用いて,NP系統の約2000の系統のうちGal4の発現する細胞の比較的少ない835の系統のオスを,TRPM8チャネルを発現したメスに掛け合わせ,そのF1をあらかじめ15度に冷却しておいたチェンバーに入れその行動を観察した.その結果,予想したとおり,84系統の麻痺を示す系統だけでなく,24の系統は飛んだり跳ねたりと,それなりにおもしろい行動がでてきたが,記憶の実験に使えそうなものはなかった.
 ところが幸運なことに,TRPM8チャネルによるスクリーニングが完了したちょうどそのころ,今度は,高温で開口するTrpA1チャネルがショウジョウバエから遺伝子クローニングされた11).その論文によると,TrpA1チャネルによる活性化のほうがTRPM8チャネルよりはるかに激しいようだった.そこで,TRPM8チャネルを発現するショウジョウバエと掛け合わせてなんらかの行動のみられたNP系統の系統にTrpA1チャネルを発現するショウジョウバエを掛け合わせると,そのうちひとつの系統NP883が温度を上げるとエサもないのに口吻をくり返し伸ばして壁をなめるという摂食行動にそっくりの行動を示すことをみつけた(図2b).“もし,この行動をひき起こすコマンドニューロンをつかまえることができたら,パブロフと同じ実験がニューロンのレベルでできる!”と興奮した.
 しかし,このNP883系統では100以上の中枢細胞がGal4を発現しており,それらがからみあうなかでは個々の細胞の同定すらむずかしい.このなかからコマンドニューロンをみつけださなければならなかった.では,とうやって細胞を絞り込むのか? Gal4のはたらきを抑制するGal80をランダムに削除してGal4を一部の細胞だけではたらくようにする“フリップGal80法”(図3)を使うことにした.このフリップGal80法によりTrpA1チャネルの発現をさまざまなパターンに限定したショウジョウバエを作製し,TrpA1チャネルを発現している細胞と個体の行動とを対応させることによりコマンドニューロンを探すことに決めた.Gal80のフリップののち摂食行動を示すショウジョウバエを選びだして解剖し,TrpA1チャネルと同時に発現させたGFPによりTrpA1チャネルの発現細胞をチェックしたところ,どのショウジョウバエを解剖しても,立派な枝を同じパターンで広く伸ばす特徴的なかたちのニューロンが指紋のようにうかびあがってきた.摂食行動を司令するニューロン,Fdgニューロンを発見した瞬間であった.もちろん,これだけではみかけの摂食行動と発現細胞とを対応づけただけで,これが本当に摂食行動の全体のコマンドニューロンだと断言はできない.

figure3

4.これは本当に摂食行動なのか?

 みたところは食べているようでも,本当に食べているのか調べる必要があった.そこで,ミオシン重鎖遺伝子のエンハンサー配列をGFPにつないだものを使いすべての筋細胞を標識して,エサを食道へと送るポンプを動かす筋細胞の動きを直接的に可視化する方法を確立した.その結果,ギャロップするようなポンプのリズミックな動きが正常な摂食行動において観察された.NP883系統においてTrpA1チャネルを発現させたショウジョウバエを高温におくと,正常な摂食のときと区別のつかないパターンでポンプが動きだすことが確認された.色素を飲ませることで摂食量を定量する方法も確立し,NP883系統においてTrpA1チャネルを発現させたショウジョウバエは,高温の刺激に応じて実際にポンプを動かして食物を飲み込んでいることが確認された.これらの実験により,外見の動きだけではなく,TrpA1チャネルの活性化により司令された行動においても実際に“食べている”ことがはっきりした.

5.Fdgニューロンは自然な摂食のときに本当にはたらいているのか?

 人工的にFdgニューロンを活動させたときに摂食行動がみられたからといって,ショウジョウバエが自然にエサを食べているときにFdgニューロンがはたらいているという保証はなかった.これを示すには,実際に食べているときにFdgニューロンが活動していることを確認するのがいちばん直接的な証拠であった.しかしそれには,摂食行動と神経活動とを同時にモニターする必要があった.これが神経行動学のもっともむずかしいところで,カエルの摂餌行動がよく研究されているが,行動をさせたままで電気生理学的な記録をとることはむずかしい.この同時記録のために,ショウジョウバエの“顔”の側は乾いたまま,“頭”を生理食塩水において解剖して脳を露出させることのできる装置,“feeding circuit/fly brain live imaging and electrophysiology stage”(FLIES),をくふうして自作した12).この実験装置には汎用性があり,行動と神経の活動をGCaMPなどのCa2+指示タンパク質を使って同時記録できるし,電気生理学的にニューロンから記録することもできる.それとなによりも,長時間にわたりリアルタイムでシナプスのライブイメージングができるので,行動を観察しながらシナプスの動きを観察する記憶の実験に必須である.これが,この実験系づくりに膨大な時間を費やした真の目的であった.
 この実験装置を使ったCa2+イメージング法による実験から,Fdgニューロンは口吻へのスクロースの刺激に反応して空腹のときのみに活動することがわかった.この結果は,Fdgニューロンが自然な摂食行動においてはたらいていること,また,Fdgニューロンは摂食行動をつかさどる神経回路において空腹あるいは満腹のシグナルの下流に位置することを示した.おそらく,Fdgニューロンが代謝のシグナルをうけて活動するかどうかの決定をくだしているのではないかと推測している.

6.Fdgニューロンは本当にそれだけで摂食を司令できるのか?

 フリップGal80法の結果からFdgニューロンの発火と摂食行動との相関は明らかであったものの,Fdgニューロンの発火だけにより摂食行動の全体がひき起こされるという決定的な証拠がどうしても必要であった.TrpA1チャネルの発現と行動との相関を調べるだけでは,因果関係,とくにFdgニューロンの活動のみで摂食行動がひき起こされるか,つまり,本当にコマンドニューロンであることを明確にすることはむずかしい.そのためにはやはり,Fdgニューロンをねらって刺激し,その効果をみる必要があったが,細胞を標的にして発火させる新しい実験系の開発が必要であった.Ca2+イメージング法の実験に使用したFLIESチェンバーを2光子顕微鏡のもと設置し,あらかじめTrpA1チャネルを発現させておいたNP883系統のFdgニューロンの細胞体をねらい赤外線を照射することにより,局所的に温度を上げてTrpA1チャネルを開口させる方法を確立した.短時間の赤外線の照射により,10μm以下の解像度で局所的にTrpA1チャネルを活性化することができた.この方法を用いてFdgニューロンに限局してTrpA1チャネルの活動を起こすことにより,口吻の伸展のみならず,ポンプの動きによる“飲み込み”もひき起こされることが明確に示された.この実験の結果から,Fdgニューロンがコマンドニューロンであることはほぼ確実になった.また,Fdgニューロンを抑制したり除去したりする実験により,Fdgニューロンは摂食行動をつかさどる神経回路の要に位置するニューロンであって,ほかのニューロンが代わりをすることはできないこともわかった.つまりは,たった1対のFdgニューロンがあらゆる情報を集約し,その結果として摂食行動を司令していた.

7.イヌの代わりにショウジョウバエを使ったパブロフの条件反射の実験

 Fdgニューロンが情報の要にあるという知見は,当初の目的であったパブロフの条件反射の実験の図式を単純なものにしてくれた.もちろん,条件反射にともなうシナプスの変化がFdgニューロンに入力するシナプスにおいて起こっているという保証はないが,Fdgニューロンが要にあるニューロンであることを考えるとその可能性は大きい.条件刺激をになうニューロンをみつける作業は残っているが,いままで克服してきた困難を考えると,さほどの困難があるとも思えない.脳におけるシナプスの動きをライブイメージングする実験についてはすでに成功しているので,“Hebb則による記憶の形成をシナプスの変化としてリアルタイムで目撃する”という筆者の荒唐無稽な夢も,いまとなっては“絵に描いた餅”ではないように思えてきた.

おわりに

 縦横無尽に遺伝学的な操作をくわえたショウジョウバエの行動をモニターするという,古典的な生物学と最先端の生物学とを組み合わせた新しい実験系を開発していくことにより,当初,ねらったとおりの摂食行動をひき起こすコマンドニューロンがみつかった.これが,記憶の研究の突破口となることを期待している.いま,やっとステージがととのったところで,いよいよこれから本番がはじまる.

文 献

  1. Hebb, D. O.: The Organization of Behavior. Wiley, New York (1949)
  2. Yoshihara, M. & Littleton, J. T.: Synaptotagmin I functions as a calcium sensor to synchronize neurotransmitter release. Neuron, 36, 897-908 (2002)[PubMed]
  3. Yoshihara, M., Guan, Z. & Littleton, J. T.: Differential regulation of synchronous versus asynchronous neurotransmitter release by the C2 domains of synaptotagmin 1. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 14869-14874 (2010)[PubMed]
  4. Yoshihara, M., Adolfsen, B., Galle, K. T. et al.: Retrograde signaling by Syt 4 induces presynaptic release and synapse-specific growth. Science, 310, 858-863 (2005)[PubMed]
  5. Kandel, E. R.: The molecular biology of memory storage: a dialogue between genes and synapses. Science, 294, 1030-1038 (2001)[PubMed]
  6. Tinbergen, N.: The Study of Instinct. Clarendon Press, Oxford (1989)
  7. Wiersma, C. A. & Ikeda, K.: Interneurons commanding swimmeret movements in the crayfish, Procambarus clarki (Girard). Comp. Biochem. Physiol., 12, 509-525 (1964)[PubMed]
  8. Lima, S. Q. & Miesenbock, G.: Remote control of behavior through genetically targeted photostimulation of neurons. Cell, 121, 141-152 (2005)[PubMed]
  9. Yoshihara, M. & Ito, K.: Improved Gal4 screening kit for large-scale generation of enhancer-trap strains. Drosoph. Inf. Serv., 83, 199-202 (2000)
  10. Peabody, N. C., Pohl, J. B., Diao, F. et al.: Characterization of the decision network for wing expansion in Drosophila using targeted expression of the TRPM8 channel. J. Neurosci., 29, 3343-3353 (2009)[PubMed]
  11. Hamada, F. N., Rosenzweig, M., Kang, K. et al.: An internal thermal sensor controlling temperature preference in Drosophila. Nature, 454, 217-220 (2008)[PubMed]
  12. Yoshihara, M.: Simultaneous recording of calcium signals from identified neurons and feeding behavior of Drosophila melanogaster. J. Vis. Exp., 62, 3625 (2012)[PubMed]

著者プロフィール

吉原 基二郎(Motojiro Yoshihara)
略歴:1992年 東京大学大学院理学系研究科 修了,同年 群馬大学医学部 助手,同年米国Beckman Research Institute of the City of Hopeポスドク,2000年 米国Massachusetts Institute of Technology客員研究員を経て,2006年より米国Massachusetts大学Medical School助教授.
研究テーマ:記憶のメカニズム.
関心事:昆虫の生活,和道流空手,J-POP.

© 2013 吉原 基二郎 Licensed under CC 表示 2.1 日本

孤発性アルツハイマー病の発症における新しいリスク遺伝子の同定

$
0
0

藤田 亮介
(米国Columbia大学Department of Pathology & Cell Biology)
email:藤田亮介

Integrative genomics identifies APOE ε4 effectors in Alzheimer’s disease.
Herve Rhinn, Ryousuke Fujita, Liang Qiang, Rong Cheng, Joseph H. Lee, Asa Abeliovich
Nature, 500, 45-50 (2013)

要 約

 孤発性アルツハイマー病は,アポリポタンパク質E4など遺伝的な要因と,加齢など非遺伝的な環境要因により,その発症リスクが増加することが知られている.この研究では,孤発性アルツハイマー病の発症機構を知るため,アポリポタンパク質Eのアイソフォームのひとつをコードする対立遺伝子APOEε4遺伝子の保有者,および,孤発性アルツハイマー病の患者における遺伝子発現の変動について,全トランスクリプトームにおいてその差異を解析することによりリスク遺伝子を同定するとともに,その遺伝子発現の変動のマスターレギュレーターとなる遺伝子を遺伝子発現差異相関解析法により同定した.マスターレギュレーターの候補として見い出された遺伝子には,アルツハイマー病においてその機能が既知の遺伝子と新規の遺伝子とがあった.今回の解析から,これら遺伝子の多くはアミロイド前駆体タンパク質のエンドサイトーシスやプロセシングを制御していることが明らかになり,さらに,アルツハイマー病に関連する新規の候補遺伝子であるRNF219遺伝子の多型は,孤発性アルツハイマー病の発症および脳へのアミロイドβタンパク質の蓄積と強く関連することが明らかになった.したがって,今回,新たに見い出されたAPOEε4遺伝子と関連する遺伝子は,孤発性アルツハイマー病の発症に重要な役割をはたしていることが示唆された.

はじめに

 アルツハイマー病は痴呆症の原因の大部分をしめ,今後も全世界規模で患者数が増大することが懸念されている.多くの神経変性疾患と同様に,アルツハイマー病にも家族性の発症が認められ,その原因遺伝子として,アミロイド前駆体タンパク質をコードするAPP遺伝子,Presenilin-1をコードするPSEN1遺伝子,Presenilin-2をコードするPSEN2遺伝子の変異が発見されている1).一方で,90%近いアルツハイマー病の患者はこれら家族性アルツハイマー病の原因遺伝子に変異が認められず,さらに,家族性アルツハイマー病の発症に比べ発症年齢の遅い,いわゆる,孤発性アルツハイマー病である.アルツハイマー病を発症した患者の脳には,細胞の間隙にアミロイドβタンパク質の蓄積(老人斑)と,ニューロンに過剰にリン酸化された細胞骨格タンパク質Tauの凝集体(神経原線維変化)の形成が,おもな病理像として認められる2).これらの変調にともない,ニューロンの脱落や神経ネットワークの破綻,脳における炎症反応などが惹起され,記憶認知障害を主徴とする症状が発現すると考えられている.アルツハイマー病に対する研究は非常に多岐にわたって進められており,とくに,家族性アルツハイマー病の原因遺伝子については各種のマウスモデルが作製され多くの研究成果が報告されている.一方,近年では,孤発性アルツハイマー病に対しても大規模なゲノム解析が行われ,いくつかのリスク遺伝子が同定されるにいたっている,そのなかでも,アポリポタンパク質Eのアイソフォームのひとつをコードする対立遺伝子APOEε4遺伝子の保有者にはアルツハイマー病の発症の3~10倍の増加が認められ,最大のリスク遺伝子と考えられている3)
 今回の研究では,孤発性アルツハイマー病の発症機構を解明するため,患者の脳に由来する全トランスクリプトームにおいて遺伝子発現の差異を解析するとともに,遺伝子発現差異相関解析法を用いた遺伝子発現ネットワークの解析を組み合わせ,孤発性アルツハイマー病における遺伝子発現の変動のマスターレギュレーターの探索を試みた.

1.APOEε4遺伝子の保有により発現の変動した遺伝子には孤発性アルツハイマー病の発症に関連する遺伝子が含まれる

 これまで行われてきた健常者群とある特定の疾患の患者群との発現遺伝子の比較解析は,多くの場合,疾患の発症初期から発症にともなう2次的な変調まで,すべての遺伝子発現の変動を含め解析してきた.しかしながら,知りたい情報は発症の原因に関連する遺伝子発現の変動や病態に直接的に関連する遺伝子発現の変動である.そこで今回は,孤発性アルツハイマー病の発症の原因に関連する遺伝子発現の変動を見い出すため,孤発性アルツハイマー病のリスク遺伝子であるAPOEε4遺伝子に着目した.多くのヒトはアポリポタンパク質Eをコードする遺伝子として対立遺伝子APOEε3遺伝子を保有しているが,全体の14%は112番目のCysがArgに変異したアポリポタンパク質E4をコードする対立遺伝子APOEε4遺伝子を保有しており,8%は158番目のArgがCysに変異したアポリポタンパク質E2をコードする対立遺伝子APOEε2遺伝子を保有している.興味深いことに,アルツハイマー病の発症リスクはAPOEε4遺伝子の保有者では増加するがAPOEε2遺伝子の保有者では減少することが明らかになっており,一方,家族性高脂血症の場合,APOEε2遺伝子の保有者では発症リスクが上昇することが明らかになっている4)
 まず,健常者(アルツハイマー病は未発症)かつAPOEε4遺伝子保有者,および,孤発性アルツハイマー病患者かつAPOEε4遺伝子非保有者(APOEε3遺伝子保有者)の大脳皮質の試料それぞれ185検体につき,全トランスクリプトームにおける遺伝子発現の変動を階層クラスタリング解析したところ,両者にみられる遺伝子発現の変動は非常に類似していることが明らかになった.そこで,アルツハイマー病未発症のAPOEε4遺伝子保有者と孤発性アルツハイマー病患者のAPOEε4遺伝子非保有者とのあいだで共通した発現の変動を示す遺伝子が,アルツハイマー病発症のきわめて早い時期に発現の変動する遺伝子,あるいは,発症のリスク遺伝子と考えられることから,このような遺伝子の探索を試みた.まず,APOEε4遺伝子保有者により特徴的な遺伝子発現の変動を見い出すため,アルツハイマー病未発症のAPOEε4遺伝子保有者とアルツハイマー病未発症のAPOEε2遺伝子保有者とのあいだで遺伝子発現の比較解析を行った.一方で,孤発性アルツハイマー病に特徴的な遺伝子発現の変動を見い出すのに健常者群とアルツハイマー病発症群との比較を行うが,この場合,アポリポタンパク質Eの影響を除外するためAPOEε3遺伝子の保有者において比較を行った.この2つの解析の結果,8449の遺伝子において発現の変動が認められ,そのうち,215の遺伝子がAPOEε4遺伝子保有者と孤発性アルツハイマー病患者とのあいだで正の相関(増加あるいは減少)をもつ発現変動,37の遺伝子が負の相関をもつ発現変動を示した(図1).

figure1

2.孤発性アルツハイマー病の発症に関連する遺伝子の探索

 APOEε4遺伝子保有者と孤発性アルツハイマー病患者とのあいだで正の相関をもつ発現変動を示した遺伝子のなかに,いくつかの遺伝子の発現を制御するマスターレギュレーターが含まれると推測した.そして,このマスターレギュレーターが孤発性アルツハイマー病の発症におけるリスク遺伝子になると考えられた.しかしながら,このマスターレギュレーターを見い出すのに,全トランスクリプトームにおける遺伝子発現のデータから得られた遺伝子を個々に解析していくことは非常に困難である.そこで,遺伝子発現差異相関解析法(differential co-expression analysis)を用いてマスターレギュレーターの探索を試みた.遺伝子発現差異相関解析法は,全トランスクリプトームにおける遺伝子発現のデータから既知のトランスクリプトームネットワークにおける全体の遺伝子発現の変動を解析し,その変動からトランスクリプトームネットワークのノードの候補となる遺伝子を同定する方法である.その結果,20個のマスターレギュレーター候補遺伝子が同定された.これらの遺伝子には,APBA2遺伝子,IMT2B遺伝子,TMEM59L遺伝子,FYN遺伝子など,すでにアミロイド前駆体タンパク質の細胞内での局在の変動あるいはプロセシングにかかわることが報告されている遺伝子も含まれていた.また,候補遺伝子のひとつSV2A遺伝子はニューロンにおいてエンドサイトーシスを制御するタンパク質をコードしており5),この阻害剤であるLevetiracetamはすでに抗てんかん薬として臨床で使用されている.また,最近の報告では,孤発性アルツハイマー病の発症にさきだって起こる軽度の認知障害において認められる,海馬のニューロンの過剰な興奮を抑制することにより認知機能を改善するとされている6).一方,候補遺伝子のひとつRNF219遺伝子については,これまでアルツハイマー病との関連はまったく報告されていなかったが,脂質代謝や認知機能への関与など,APOEε4遺伝子による病態と類似した病態にかかわることが報告されている7-9)
 そこで,遺伝子発現差異相関解析法により見い出された候補遺伝子がAPOE4に依存したアミロイド前駆体タンパク質のプロセシングに関与するかどうかをin vitroにおける系を用いて検討した.ヒトの野生型のアミロイド前駆体タンパク質を過剰に発現させたマウス神経芽細胞腫を準備し,この細胞において候補遺伝子の発現をそれぞれ対応するshRNAを用いてノックダウンし,培養上清に産生されたアミロイドβタンパク質の量をELISA法により測定した.アミロイド前駆体タンパク質を過剰発現させたマウス神経芽細胞腫に対し組換えヒトAPOE2あるいは組換えヒトAPOE4を処理すると,組換えヒトAPOE4の処理においてのみ,アミロイドβタンパク質のアイソフォームであるAβ40およびAβ42の産生がそれぞれ2倍ほど増加することが明らかになった.そこで,この条件において候補遺伝子の発現をノックダウンしたところ,RNF219遺伝子,SV2A遺伝子,HDLBP遺伝子,ROGDI遺伝子,CALU遺伝子,PTK2B遺伝子において,Aβ40およびAβ42の産生の有意な減少が認められた.したがって,遺伝子発現差異相関解析法により見い出された候補遺伝子のいくつかは,APOE4に依存したアミロイドβタンパク質の産生に関連する遺伝子であると考えられた.

3.アミロイド前駆体タンパク質のプロセシングにおけるSV2Aの役割

 候補遺伝子のAPOE4に依存的なアミロイド前駆体タンパク質のプロセシングにおける役割について,より詳細な検討を行った.しかしながら,すべての候補遺伝子に対し検討を行うことは困難なため,上位2つ,RNF219遺伝子とSV2A遺伝子について検討した.アミロイドβタンパク質の産生にいたるアミロイド前駆体タンパク質のプロセシングは2つのステップから成り立っている.はじめに,βセクレターゼ(おもに,BACE1)による切断によりアミロイド前駆体タンパク質からsAPPβ(N末端側,細胞外タンパク質)とC99(C末端側,膜貫通タンパク質)が産生される.BACE1は酸性条件(pH 3~6)においてプロテアーゼ活性をもつため,初期エンドソームや後期エンドソームなどのオルガネラにおいてアミロイド前駆体タンパク質は切断される.つぎに,Presenilinを含むタンパク質複合体であるγセクレターゼが細胞膜に存在するC99を切断し,アミロイドβタンパク質(N末端側)とAICD(C末端側,細胞内タンパク質)を産生する.このとき,γセクレターゼの活性化に依存してアミロイドβタンパク質の長さが変動する(Aβ40あるいはAβ42)と考えられている.
 すでに述べたように,SV2A遺伝子のノックダウンではアミロイドβタンパク質の産生は有意に減少したが,その前駆体であるsAPPβの量も有意に減少した.同様の結果はC99についても確認された.その一方で,アミロイド前駆体タンパク質の量はSV2A遺伝子のノックダウンおよび組換えヒトAPOE4の処理により変化が認められなかったことから,SV2Aはβセクレターゼによるアミロイド前駆体タンパク質の切断に促進的に作用していることが示唆された.また,アミロイド前駆体タンパク質は通常はオルガネラ膜および細胞膜に局在しており,組換えヒトAPOE4の処理によりアミロイド前駆体タンパク質のエンドサイトーシスが促進されることが,これまでの報告と同様に再現された.SV2A遺伝子のノックダウンでは,APOE4に依存したアミロイド前駆体タンパク質のエンドサイトーシスのみならず,恒常的に誘導されるアミロイド前駆体タンパク質のエンドサイトーシスも減少することが明らかになった.この機能は,SV2AのAP2結合部位における変異体の過剰発現系においても再現されたことから,SV2Aがクラスリン依存型のエンドサイトーシスを介しアミロイド前駆体タンパク質のエンドサイトーシスを制御するとともに,APOE4の存在下ではより積極的にエンドサイトーシスを促進していることが明らかになった.今回の検討では,アポリポタンパク質E受容体の同定にはいたらなかったが,これまで,アポリポタンパク質E受容体とアミロイド前駆体タンパク質との相互作用をFE65およびX11ファミリータンパク質が補助することにより協調的にはたらいていること,アポリポタンパク質E受容体はクラスリン依存型のエンドサイトーシスをひき起こすことなど,今回の結果を強く支持する結果が報告されている3)
 このようにSV2Aの機能が明らかになったが,実際に,SV2Aがヒトのニューロンにおけるアミロイドβタンパク質の産生に影響していることを確認するため,これまでに確立した,ヒトの皮膚細胞よりiPS細胞を介さず直接にニューロンを誘導する手法を用いて検討を行った.非常に興味深いことに,APOEε4遺伝子保有者の皮膚細胞より誘導したニューロンでは,APOEε4遺伝子非保有者(APOEε3遺伝子のみ保有)の皮膚細胞より誘導したニューロンと比較して,アミロイドβタンパク質の2倍強の増加が認められた.このとき,悪性化の一種の指標であるAβ42/Aβ40比は変化しなかった.そこで,この系に対しSV2Aの阻害剤であり抗てんかん薬として臨床に応用されているLevetiracetamを処理したところ,Aβ42およびAβ40の産生は有意に減少した.さらに,APOEε4遺伝子保有者より誘導したニューロンにみられた,アミロイド前駆体タンパク質とBACE1との細胞内での共局在の増加に対しても,同様の結果が示された.

4.孤発性アルツハイマー病の新規のリスク遺伝子RNF219遺伝子

 遺伝子発現差異相関解析法により見い出されたRNF219遺伝子は,2つのコイルドコイルドメインと1つのリングフィンガードメインをもつ726残基(マウスでは,722残基)からなるタンパク質をコードしていた.このRNF219はこれまでほとんど機能解析をされていなかったため,SV2Aと同様の解析を行った.RNF219遺伝子のshRNAを用いたノックダウンでは,APOE4に依存したアミロイド前駆体タンパク質のエンドサイトーシスが有意に抑制されたが,SV2A遺伝子のノックダウンとは異なり,恒常的に誘導されるアミロイド前駆体タンパク質のエンドサイトーシスや,BACE1のエンドサイトーシスについて影響はなかった.そこで,このような機能がタンパク質のどの領域によるのか検討するため,リングフィンガードメインに着目し,このドメインを含むN末端から77残基を除去した欠失変異体,および,リングフィンガードメインの機能を失わせた1残基変異体を作製し,これらを過剰に発現させることによりアミロイドβタンパク質の産生に対する影響について検討した.その結果,これら2種類の変異体はAPOE4に依存したアミロイドβタンパク質の産生を有意に抑制した.RNF219は細胞内においてほとんどが核に局在し,APOE4に依存したアミロイド前駆体タンパク質のエンドサイトーシスに対し,RNF219自体が直接に作用して影響をあたえているとは考えにくい.RNF219の詳細な機能解析については,今後の課題である.
 一方で,RNF219遺伝子の多型解析では,FYN遺伝子とともに,APOEε4遺伝子非保有者においてアルツハイマー病の発症年齢を有意に低下させることが,4つの公共データベースを用いた解析から明らかになった.そこで,in vitroにおける解析の結果をふまえ,RNF219遺伝子のSNP(rs2248663)において生体でアミロイドβタンパク質の蓄積が認められるかどうかを陽電子断層法(positron emission tomography:PET)により解析した.すでに,APOEε4遺伝子保有者はAPOEε4遺伝子非保有者と比較してアミロイドβタンパク質の蓄積の有意な増加が健常者とアルツハイマー病患者の両方で観察されていたが10),今回,RNF219遺伝子におけるrs2248663の保有者かつAPOEε4遺伝子非保有者では,APOEε4遺伝子保有者と同じ程度までアミロイドβタンパク質の蓄積が増加していることが明らかになった.一方で,RNF219遺伝子におけるrs2248663の保有者かつAPOEε4遺伝子保有者においてはさらなる増加は認められなかったことから,RNF219遺伝子の多型とアポリポタンパク質Eの遺伝子の多型には遺伝的な相互作用のあることが示唆された.

おわりに

 今回の一連の研究により,孤発性アルツハイマー病の発症にかかわるマスターレギュレーターの候補遺伝子を発見した.一方で,今回はアルツハイマー病におけるアミロイドβタンパク質の産生の増加を指標として解析を試みたが,アミロイドβタンパク質の除去機能の低下を含めたアミロイドβタンパク質仮説にもとづく発症機構や,リン酸化Tauの蓄積による神経原線維変化においても,発症の原因を担うマスターレギュレーターは存在するはずであり,今回,見い出された候補遺伝子はこれらの病態の変化への関与も示唆される.今後,これら候補遺伝子の分子基盤の解明が孤発性アルツハイマー病の病態における全容の解明において重要であろう.

文 献

  1. Hardy, J.: A hundred years of Alzheimer’s disease research. Neuron, 52, 3-13 (2006)[PubMed]
  2. Selkoe, D. J.: Toward a remembrance of things past: deciphering Alzheimer disease. Harvey Lect., 99, 23-45 (2003)[PubMed]
  3. Holtzman, D. M., Herz, J. & Bu, G.: Apolipoprotein E and apolipoprotein E receptors: normal biology and roles in Alzheimer disease. Cold Spring Harb. Perspect. Med., 2, a006312 (2012)[PubMed]
  4. Utermann, G., Hees, M. & Steinmetz, A.: Polymorphism of apolipoprotein E and occurrence of dysbetalipoproteinaemia in man. Nature, 269, 604-607 (1977)[PubMed]
  5. Yao, J., Nowack, A., Kensel-Hammes, P. et al.: Cotrafficking of SV2 and synaptotagmin at the synapse. J. Neurosci., 30, 5569-5578 (2010)[PubMed]
  6. Bakker, A., Krauss, G. L., Albert, M. S. et al.: Reduction of hippocampal hyperactivity improves cognition in amnestic mild cognitive impairment. Neuron, 74, 467-474 (2012)[PubMed]
  7. Barber, M. J., Mangravite, L. M., Hyde, C. L. et al.: Genome-wide association of lipid-lowering response to statins in combined study populations. PLoS One, 5, e9763 (2010)[PubMed]
  8. Cirulli, E. T., Kasperaviciute, D., Attix, D. K. et al.: Common genetic variation and performance on standardized cognitive tests. Eur. J. Hum. Genet., 18, 815-820 (2010)[PubMed]
  9. Furney, S. J., Simmons, A., Breen, G. et al.: Genome-wide association with MRI atrophy measures as a quantitative trait locus for Alzheimer’s disease. Mol. Psychiatry, 16, 1130-1138 (2011)[PubMed]
  10. Reiman, E. M., Chen, K., Liu, X. et al.: Fibrillar amyloid-β burden in cognitively normal people at 3 levels of genetic risk for Alzheimer’s disease. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 6820-6825 (2009)[PubMed]

著者プロフィール

藤田 亮介(Ryousuke Fujita)
略歴:2000年 長崎大学大学院薬学研究科にて博士号取得,2004年 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 助教を経て,2009年より米国Columbia大学 博士研究員.
研究テーマ:神経変性疾患において,ニューロンの内外でくりひろげられるイベントの可視化とその理解.
抱負:細胞における分子移動の基盤の解明から,新しい創薬標的を提案していきたい.

© 2013 藤田 亮介 Licensed under CC 表示 2.1 日本

紡錘体軸の平面の方向への制御は上皮構造の維持に必要である

$
0
0

中嶋 悠一朗
(米国Stowers Institute for Medical Research)
email:中嶋悠一朗

Epithelial junctions maintain tissue architecture by directing planar spindle orientation.
Yu-ichiro Nakajima, Emily J. Meyer, Amanda Kroesen, Sean A. McKinney, Matthew C. Gibson
Nature, 500, 359-362 (2013)

要 約

 上皮細胞は対称分裂の際に紡錘体軸を上皮と平行に配置することを特徴とする.近年,この紡錘体軸の方向の異常ががんの悪性化など病態に関与する可能性が指摘されてきた.しかしながら,生体の上皮における紡錘体軸の平面の方向への制御機構,そして,その生理的な意義は明らかではなかった.筆者らは,ショウジョウバエの翅成虫原基をモデルとして,分裂装置を制御するMud,細胞皮質のアクトミオシン,細胞間結合領域に局在する腫瘍抑制タンパク質ScribおよびDlgが,紡錘体軸の方向の制御に必要であることを明らかにした.紡錘体軸に異常を示した細胞は上皮から離脱しアポトーシスを起こすことにより除去されるが,このアポトーシスを抑制すると異常な細胞は上皮の基底側において上皮-間充織転換様の表現型を示し腫瘍を形成することもわかった.この研究は,紡錘体軸の平面性が上皮構造の維持に必要であること,そして,紡錘体軸の異常による腫瘍化をアポトーシスにより抑制するという,上皮に内在する新規の腫瘍抑制機構を明らかにした.

はじめに

 多細胞生物の器官や付属肢をおおう上皮は,もっとも基本的なからだの構成単位である.上皮は外界と内部とをへだてる障壁としてはたらき,吸収や分泌を制御する.上皮がこれらの機能を正常に行うには,頂底軸の方向に極性をもつ上皮細胞が細胞間結合領域において互いに接着し細胞どうしのふるまいを調和させる,上皮の“完全性”を維持することが重要である.したがって,上皮構造は細胞の増殖,再配列,死など細胞の形態変化を許容しながらも,上皮の完全性を頑強に保証するためのしくみを備えているはずである.一方,この完全性の破綻は,頂底軸の極性の喪失のような上皮構造の異常をひき起こし,ひいては,がんの悪性化などの病態にもつながると考えられる.
 発生の過程や恒常性の維持において,上皮細胞の多くは上皮に対し平行に細胞分裂し同じサイズの娘細胞を生み出す.上皮細胞の分裂は細胞の球形化という劇的な形態の変化にはじまり,紡錘体の形成,紡錘体軸の上皮の方向への配置(planar spindle orientation),上皮と直角の方向への分割,というプロセスをへる(図1a).紡錘体軸を上皮と平行に配置することにより娘細胞を上皮にとどまることを可能とするこのしくみは,上皮の完全性を保証し組織の成長や形態形成に寄与することが示唆されている1).近年,紡錘体軸の異常は多発性嚢胞腎やがんへの関与が指摘され,その制御機構の重要性が認識されはじめている2,3).しかしながら,生体の上皮において紡錘体軸を制御するしくみの多くは不明である.さらに重要なことに,紡錘体軸の異常が上皮組織においてどのような結果をもたらすのかという生理的な意義は明らかになっていない.その理由として,生体において適切な遺伝子操作が可能で紡錘体軸の異常という表現型を観察しやすい系が確立されていなかったことがあげられる.そこで,筆者らは,遺伝学的なツールが豊富で比較的単純な上皮構造をとるショウジョウバエの翅成虫原基をモデルとして,紡錘体軸の方向を制御するしくみとその生理的な意義を明らかにすることをめざした.

figure1

1.ショウジョウバエの翅成虫原基における分裂期の紡錘体軸の方向は分裂装置を制御するMudによる制御をうける

 筆者らの研究室から,ショウジョウバエの翅成虫原基の円柱状細胞からなる偽重層上皮では,分裂期において上皮の頂端側にて細胞は球形化することが報告されている4).分裂期への進入とともにRhoキナーゼがミオシンをリン酸化し,アクトミオシンを収縮することにより細胞の球形化が誘導される.このとき興味深いことに,対称分裂は頂端側の細胞間結合領域のひとつであるセプテート結合とよばれる領域に限局して進行しており,この領域を有糸分裂帯(mitotic zone)と名づけた(図1b).分裂期における紡錘体軸の方向の制御機構について明らかにするため,中心体のマーカーを用いて紡錘体を詳細に観察した.その結果,分裂中期よりのちには球形化した細胞皮質にかこまれた紡錘体が有糸分裂帯に限局していた.また,紡錘体軸と上皮との角度を測定したところ,紡錘体軸の方向は上皮とほぼ平行に配置されていることが確認され,ショウジョウバエの翅成虫原基においても紡錘体軸の方向は精緻な制御をうけていることが示唆された.
 紡錘体軸は間期における長軸の方向に配列しやすい性質のあることが示唆されている.しかしながら,ショウジョウバエの翅成虫原基における紡錘体軸の方向は長軸である頂端軸とは直角の方向であることから,なんらかの能動的な分子機構の関与が強く示唆された.そこで,紡錘体極に局在するタンパク質に注目し,脊椎動物におけるNuMAのオーソログであるMudを同定した.Mudはショウジョウバエの神経前駆細胞における非対称分裂や,胚外胚葉での対称分裂において紡錘体軸を制御することが知られている5).翅成虫原基においても,Mudは分裂期に紡錘体極に強く集積するという局在を示した.そして,翅成虫原基において特異的にMudをノックダウンしたところ,紡錘体軸に異常を示す分裂期の細胞の割合は有意に増加した.したがって,分裂装置を制御するMudは,紡錘体軸の方向の制御にも必要なタンパク質であることが明らかになった.

2.細胞皮質のアクトミオシンは紡錘体軸の方向の制御に必須である

 細胞皮質は星状体微小管との相互作用の場であり,球形化した細胞皮質とのアンカーが紡錘体の細胞における位置や紡錘体軸の方向の決定に関与することが培養細胞の系から示唆されている6).ショウジョウバエの翅成虫原基の分裂期の細胞においては,紡錘体の周辺の細胞皮質にアクチンフィラメントの顕著な集積,および,Rhoキナーゼを介したミオシンのリン酸化が観察される.さらには,ERM(Ezrin/Radixin/Moesin)タンパク質であるMoesinのリン酸化が分裂期の細胞皮質の基底側に検出された.Moesinはショウジョウバエにおける唯一のERMタンパク質であり,リン酸化型Moesinは細胞膜と細胞骨格とをつなぎ細胞を球形化させることができる7).これらの観察から,RhoキナーゼおよびMoesinがアクチン細胞骨格を分裂期において特異的に再編成することにより細胞皮質の形状を球形化させ,紡錘体軸の制御に関与していることが期待された.
 細胞皮質のアクトミオシンの紡錘体軸の制御への関与について明らかにするため,薬理学的な実験を行った.アクチン重合の阻害剤であるCytochalasin DやRhoキナーゼの阻害剤であるY-27632を用いてアクトミオシンの収縮を阻害したところ,約80%もの分裂細胞において紡錘体軸が90度近く反転し,上皮とは直角の方向を示した.また,RhoキナーゼあるいはMoesinをノックダウンしたところ,それぞれ,約60%あるいは約30%の紡錘体軸が薬理学的な実験と同様の重篤な表現型を示した.したがって,細胞皮質のアクトミオシンは紡錘体軸の方向の制御に必須であることが明らかになった.

3.腫瘍抑制タンパク質ScribおよびDlgは紡錘体軸に平面の方向をあたえる

 紡錘体の位置や方向が細胞皮質の形状による影響をうけるとして,紡錘体軸はどのようにして上皮と平行な面に正確に配置されるのだろうか? 免疫染色と透過型電子顕微鏡を用いた観察から,紡錘体極はセプテート結合に近接していることが見い出された.ここで,セプテート結合に局在するタンパク質が紡錘体のタンパク質と相互作用することにより紡錘体軸に平面の方向をあたえているのではないかと考え,ScribとDlgに着目した.これらはショウジョウバエにおいて頂底軸の極性の決定に必要なタンパク質として知られており8)scrib変異体およびdlg変異体は翅成虫原基において組織の破綻をともなう新生腫瘍様の表現型を示す9).したがって,もしScribやDlgが紡錘体軸の制御に関与している場合,紡錘体軸の異常が腫瘍化にかかわっている可能性も考えられた.
 ScribおよびDlgの紡錘体軸の方向の制御への関与について調べるため,発生の途中のショウジョウバエの翅成虫原基において特異的にScribをノックダウンした.このとき,3齢幼虫期(孵卵ののち5日まで)に頂底軸の極性の喪失はみられなかったにもかかわらず,40%以上の細胞において紡錘体軸の方向に異常が観察された.同様の紡錘体軸の異常の表現型はDlgのノックダウンにおいてもみられた.さらに,scrib変異体のクローンを翅成虫原基に作製し紡錘体軸の方向を定量したところ,その方向はランダムになった.したがって,これらの結果から,細胞間結合領域に局在する腫瘍抑制タンパク質ScribおよびDlgは,紡錘体軸に平面の方向をあたえるタンパク質であることが示唆された.興味深いことに,Scribをノックダウンした翅成虫原基は,幼虫期の延長とともに紡錘体軸の異常から組織構造の破綻を示す新生腫瘍様の表現型へと移行していった.このことから,紡錘体軸の異常は腫瘍化に関与する可能性が示唆された.

4.紡錘体軸に異常を示した細胞は上皮からの離脱をへてアポトーシスを起こす

 紡錘体軸に異常を示した細胞は本当に腫瘍化に寄与しているのだろうか? MudあるいはRhoキナーゼの機能を欠損させたショウジョウバエの翅成虫原基では腫瘍化は誘導されなかったことから,紡錘体軸の異常だけでは腫瘍化に十分ではないことがわかった.そこで,紡錘体軸に異常を示した細胞がどのようにふるまうのかを生細胞イメージング法により観察した.通常の共焦点顕微鏡では画像の取得速度とレーザーによる光毒性が問題となり観察が困難であったため,SPIM(selective plane illumination microscopy,選択的平面照明顕微鏡法)を用いた翅成虫原基の生細胞イメージング系を確立した.このSPIMの利用により紡錘体軸を含んだ組織全体の観察が可能になり,その結果,重篤な紡錘体軸の異常を示した細胞の基底側の娘細胞が基底側へと下降していくようすが観察された.また,紡錘体軸が高頻度で異常になる翅成虫原基では,基底側に頂底軸の極性を失ったアポトーシス様の細胞が顕著にみられたことから,紡錘体軸の異常と細胞の上皮からの離脱,そして,アポトーシスが強く相関することが明らかになった.

5.アポトーシスの抑制のもと紡錘体軸に異常を示した細胞は上皮-間充織転換様の効果を獲得する

 紡錘体軸に異常を示した細胞は,通常は上皮から除去されてアポトーシスを起こすため,わかりやすい表現型として観察されなかった可能性がある.そこで,紡錘体軸に異常を示した細胞においてアポトーシスを阻害した場合にどのような効果がみられるのかを検討した.MudあるいはRhoキナーゼをノックダウンしたクローンをショウジョウバエの翅成虫原基に任意に作製し,カスパーゼ抑制タンパク質であるp35を共発現することによりアポトーシスを阻害したところ,これらのクローンは基底側にて異常な細胞のかたまりを形成し腫瘍様の表現型を示した.このとき興味深いことに,基底側の異常な細胞においてEカドヘリンの喪失,マトリックスメタロプロテアーゼ1の発現,アクチンの再編成といった上皮-間充織転換(epithelial-mesenchymal transition:EMT)様の特徴がみられた.これらの結果から,上皮には紡錘体軸に異常を示した細胞にアポトーシスを起こすことにより除去し,組織構造の重篤な破綻をふせぐしくみが備わっていることが示唆された.また,このアポトーシスのしくみがはたらかないと,紡錘体軸に異常を示した細胞が上皮-間充織転換様の効果を獲得し,腫瘍化に寄与することが明らかになった(図2a).

figure2

おわりに

 この研究により,ショウジョウバエの翅成虫原基における分裂期の紡錘体軸の方向は,分裂装置を制御するMud,細胞皮質のアクトミオシン,細胞間結合領域に局在する腫瘍抑制タンパク質ScribおよびDlgにより精密に制御されていることが示された(図2b).これまで,ScribおよびDlgは頂底軸の極性の決定に必要なタンパク質であり,その変異体は腫瘍様となることが長く知られていた.今回の報告は,ScribおよびDlgに上皮細胞の分裂において紡錘体軸に平面の方向をあたえるという新たな機能があることを明らかにし,紡錘体軸の異常がscrib変異体およびdlg変異体においてみられる組織構造の破綻に寄与している可能性を提示した.
 また,この研究は,紡錘体軸の制御は上皮の完全性を維持する役割を担うだけでなく,アポトーシスとともに上皮の上皮-間充織転換を介した腫瘍化を抑制するはたらきがある,という新しい概念を提示した.これまでに,紡錘体軸の異常が腫瘍の悪性化に関与することは示唆されていたものの,その因果関係は明確ではなく,とくに,幹細胞ではない上皮細胞において紡錘体軸の方向に着目した研究は少なかった.細胞間結合領域を介した紡錘体軸の方向の制御機構,紡錘体軸の異常がもたらす上皮からの脱離とアポトーシスの誘導,紡錘体軸の異常が誘導するがん化のしくみ,などは,今回の報告から提示された重要なトピックであろう.興味深いことに,変異を獲得した異常な細胞が上皮のコンテクストから抜け出すことにより腫瘍化するという現象は,3次元培養したヒトの乳腺上皮に由来する細胞の実験系からも報告されている10).したがって,上皮から離脱した異常な細胞が腫瘍化の初期に貢献するしくみは種や組織をこえて保存されている可能性があり,脊椎動物の上皮においても紡錘体軸の異常が上皮構造の破綻につながるのか,今後の研究が待たれる.

文 献

  1. Morin, X. & Bellaiche, Y.: Mitotic spindle orientation in asymmetric and symmetric cell divisions during animal development. Dev. Cell, 21, 102-119 (2011)[PubMed]
  2. Noatynska, A., Gotta, M. & Meraldi, P.: Mitotic spindle (DIS)orientation and DISease: cause or consequence? J. Cell Biol., 199, 1025-1035 (2012)[PubMed]
  3. Pease, J. C. & Tirnauer, J. S.: Mitotic spindle misorientation in cancer-out of alignment and into the fire. J. Cell Sci., 124, 1007-1016 (2011)[PubMed]
  4. Meyer, E. J., Ikmi, A. & Gibson, M. C.: Interkinetic nuclear migration is a broadly conserved feature of cell division in pseudostratified epithelia. Curr. Biol., 21, 485-491 (2011)[PubMed]
  5. Izumi, Y., Ohta, N., Hisata, K. et al.: Drosophila Pins-binding protein Mud regulates spindle-polarity coupling and centrosome organization. Nat. Cell Biol., 8, 586-593 (2006)[PubMed]
  6. Sandquist, J. C., Kita, A. M .& Bement, W. M.: And the dead shall rise: actin and myosin return to the spindle. Dev. Cell, 21, 410-419 (2011)[PubMed]
  7. Fehon, R. G., McClatchey, A. I. & Bretscher, A.: Organizing the cell cortex: the role of ERM proteins. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 11, 276-287 (2010)[PubMed]
  8. Bilder, D. & Perrimon, N.: Localization of apical epithelial determinants by the basolateral PDZ protein Scribble. Nature, 403, 676-680 (2000)[PubMed]
  9. Bilder, D., Li, M. & Perrimon, N.: Cooperative regulation of cell polarity and growth by Drosophila tumor suppressors. Science, 289, 113-116 (2000)[PubMed]
  10. Leung, C. T. & Brugge, J. S.: Outgrowth of single oncogene-expressing cells from suppressive epithelial environments. Nature, 482, 410-413 (2012)[PubMed]

著者プロフィール

中嶋 悠一朗(Yu-ichiro Nakajima)
略歴:2011年 東京大学大学院薬学系研究科 修了,同年 同 特任研究員を経て,米国Stowers Institute for Medical Research博士研究員.
研究テーマ:細胞分裂の制御を介した上皮組織の維持と破綻の分子細胞機構.
抱負:細胞のふるまいの丹念な観察と,実験による操作,そして,イマジネーション(妄想)を駆使して,新しいコンセプトを発信していきたい.

© 2013 中嶋 悠一朗 Licensed under CC 表示 2.1 日本

Uhrf1はヒストンH3の23番目のリジン残基のユビキチン化を介しDNA複製と共役した維持DNAメチル化を制御する

$
0
0

西山敦哉・中西 真
(名古屋市立大学大学院医学研究科 細胞生化学分野)
email:西山敦哉中西 真

Uhrf1-dependent H3K23 ubiquitylation couples maintenance DNA methylation and replication.
Atsuya Nishiyama, Luna Yamaguchi, Jafar Sharif, Yoshikazu Johmura, Takeshi Kawamura, Keiko Nakanishi, Shintaro Shimamura, Kyohei Arita, Tatsuhiko Kodama, Fuyuki Ishikawa, Haruhiko Koseki, Makoto Nakanishi
Nature, 502, 249-253 (2013)

要 約

 DNAメチル化はクロマチンの構造制御を介し,転写の制御,発生および分化,ゲノムの安定性の維持に重要な役割をはたす.DNA複製にともないはたらくDNA維持メチル化酵素Dnmt1は,DNA複製ののちに生じたヘミメチル化DNAと特異的に結合するUhrf1に依存してDNAメチル化部位に集積するが,その詳細な分子機構は不明であった.筆者らは,アフリカツメガエルの卵に由来する無細胞系を用いて維持DNAメチル化の過程を試験管内で再現し生化学的な解析を行った.その結果,Uhrf1はDNA複製に依存してヒストンH3の23番目のリジン残基をユビキチン化すること,また,ユビキチン化されたヒストンH3はDnmt1と直接に相互作用することにより,DNAメチル化部位へのDnmt1の集積において重要な役割をはたすことを見い出した.ヒトやマウスの細胞においても同様の結果が得られ,ヒストンH3のユビキチン化を介した維持DNAメチル化の制御が進化的に保存された分子機構であることが示された.

はじめに

 DNAのメチル化はもっともよく知られたエピジェネティックな修飾のひとつであり,その多くはCpG配列のシトシン塩基の5位の炭素にメチル基が付加されることにより生じる.メチル化されたDNAはメチル化DNA結合タンパク質を集積することにより,クロマチンの構造変換を誘導し転写の抑制的な制御において重要な役割をはたす1)
 細胞は分化にともなう固有の遺伝子発現パターンをもつことが知られるが,これにDNAメチル化が必須の役割をはたしている.いったん確立したDNAメチル化のパターンは,細胞の増殖にともない娘細胞に正確に伝達される必要がある.この伝達は維持DNAメチル化とよばれる分子機構により制御されており,その破綻は異常な発生および分化,また,ゲノムの不安定化をひき起こす.
 メチル化されたDNAはDNA複製にともない片方のDNA鎖のみが一過的にメチル化されたヘミメチル化DNAとなる.これは,DNA複製装置そのものはDNAのメチル化を読み取り新生DNA鎖にメチル基を付加する活性をもたないためである.維持DNAメチル化酵素であるDnmt1は,ヘミメチル化DNAを基質とし新生DNA鎖にメチル基を付加する.Dnmt1のDNAメチル化部位への集積はヘミメチル化DNA結合タンパク質であるUhrf1に依存して起こり2-5),それにはDnmt1のN末端側にあるRFTS(replication foci targeting sequence)領域が必要である6).また,Dnmt1のN末端側にはPCNA(proliferating cell nuclear antigen:増殖細胞核抗原)との結合モチーフも存在するが7),PCNAに結合できない変異Dnmt1もDNAメチル化はほぼ正常に行うことが示唆されており,その生理的な役割はいまだ明らかではない.一方,Uhrf1はヘミメチル化DNAへの結合に必要なSRAドメインにくわえ,RING型ユビキチンリガーゼとしての活性ももつ多機能タンパク質であるが8)図1a),生理的な基質やDnmt1のRFTS領域との相互作用などは明らかではなかった.

figure1

1.アフリカツメガエルの卵に由来する無細胞系を用いた維持DNAメチル化の試験管内での再現

 維持DNAメチル化の分子機構を生化学的に解析するため,アフリカツメガエルの卵に由来する無細胞系を用いた実験を行った.アフリカツメガエルの卵から調製した間期の活性をもつ抽出液に,脱膜処理をしたアフリカツメガエルの精子の核をくわえると,DNA複製と共役したクロマチンの形成を試験管内で再現できる.これまでに,この無細胞実験系は細胞周期の進行,DNA複製,細胞周期チェックポイントなどの研究において中心的な役割をはたしてきた9)
 まず,この無細胞系において維持DNAメチル化の再現が可能であるかどうか調べた.DNAに付加されるメチル基はS-アデノシルメチオニンから供給される.S-アデノシルメチオニンのメチル基を放射性同位体により標識してアフリカツメガエルの卵抽出液にくわえ,DNA複製ののち,DNAへのメチル基の取り込みを調べた.その結果,DNA複製およびUhrf1に依存的なメチル基の取り込みが観察され,DNA複製に依存したDNAメチル化の再現が可能なことがわかった.この結果と一致するように,DNA複製に依存したDnmt1のクロマチンへの結合が観察され,この結合はUhrf1の免疫除去により完全に抑制された.これらの結果は,アフリカツメガエルの卵に由来する無細胞系において維持DNAメチル化の再現が可能であることを強く示唆した.また,興味深いことに,Uhrf1を免疫除去してもPCNAのクロマチンへの結合には影響がなかったことから,Dnmt1とPCNAとの結合はDnmt1のクロマチンへの結合に対しては必ずしも十分ではないと考えられた.

2.Dnmt1の非存在下ではUhrf1はクロマチンに蓄積しヒストンH3がユビキチン化される

 維持DNAメチル化酵素であるDnmt1をアフリカツメガエルの卵抽出液から免疫除去してその影響を調べた.その結果,Dnmt1の非存在下においては,Uhrf1が高度にクロマチンに蓄積することがわかった.興味深いことに,Uhrf1の蓄積と一致してヒストンH3に移動度の異なるバンドが出現した.このバンドはUhrf1とDnmt1をともに免疫除去した卵抽出液からは検出されず,また,抗ユビキチン抗体により認識されたことから,Uhrf1に依存してユビキチン化をされたヒストンH3であると考えられた.さらに,質量分析によりヒストンH3におけるユビキチン化部位を探索したところ,23番目のリジン残基がユビキチン化の標的となっていることが明らかになった.

3.ユビキチン化されたヒストンH3はDnmt1と特異的に結合する

 ユビキチン化されたヒストンH3の維持DNAメチル化における役割を検討するため,ユビキチン化ヒストンH3に特異的に結合するタンパク質を探索した.クロマチン画分からヒストンH3をDNA分解酵素により可溶化し,特異抗体を用いて免疫沈降した.この免疫沈降物を用いてアフリカツメガエルの卵抽出液においてユビキチン化ヒストンH3と結合するタンパク質を探索したところ,意外なことに,Dnmt1がユビキチン化ヒストンH3と特異的に結合する活性を示した.Dnmt1を結合させた免疫沈降物を用いてもDnmt1はユビキチン化ヒストンH3と結合することが示され,さらに,ファーウェスタンブロット解析でもこれらの結合が直接的であることが確認された.

4.ユビキチン化されたヒストンH3とDnmt1との結合にはDnmt1のRFTS領域が必要である

 以上の結果から,Uhrf1に依存的にユビキチン化されたヒストンH3が,Dnmt1をDNAメチル化部位に集積する分子標的として機能していることが考えられた(図1b).これまで,Dnmt1のDNAメチル化部位への集積にはそのRFTS領域が必須であると報告されていたため,RFTS領域がユビキチン化ヒストンH3との結合領域になっているかどうか調べた.その結果,RFTS領域の最初の100アミノ酸残基を欠失させた変異Dnmt1はユビキチン化ヒストンH3との結合能を失うことがわかった.これまで機能の不明だったDnmt1のRFTS領域が,ユビキチン化されたヒストンH3との結合ドメインとしてはたらいていることが明らかになった.

5.Uhrf1によるヒストンH3のユビキチン化は哺乳類の細胞においても重要である

 哺乳類の細胞を用いた解析を行った.HeLa細胞においてshRNAを用いてDnmt1をノックダウンすると,アフリカツメガエルの卵に由来する抽出液の場合と同様に,DNA複製に特異的にUhrf1に依存的なヒストンH3のユビキチン化が観察された.さらに,23番目のリジン残基をアルギニン残基に置換した変異ヒストンH3を細胞に発現させ,Dnmt1のノックダウンにより誘導されるヒストンH3のユビキチン化について調べたところ,この変異ヒストンH3ではユビキチン化はみられず,哺乳類の細胞においてもUhrf1によるヒストンH3ユビキチン化の標的は23番目のリジン残基であることが確認された.ユビキチンリガーゼ活性を欠失した変異Uhrf1を発現させた細胞ではヒストンH3のユビキチン化は起こらず,Dnmt1のDNA複製部位からの脱局在や,レトロトランスポゾン領域におけるDNAメチル化レベルの低下などがあわせて観察された.これらの結果は,Uhrf1によるヒストンH3のユビキチン化を介しDnmt1がDNAメチル化部位に集積されることが,DNAメチル化の維持において重要であることを示した.

おわりに

 この研究により,維持DNAメチル化の分子機構に,Uhrf1によるヒストンH3の23番目のリジン残基のユビキチン化と,ユビキチン化されたヒストンH3によるDnmt1の集積,という2つの過程が新たにくわわった(図2).ヒストンH3の23番目のリジン残基は主要なアセチル化部位として報告されており10),DNAメチル化と独立して,アセチル化および脱アセチル化による制御をうけている可能性が高い.Uhrf1が直接に結合すると報告されているヒストンH3の9番目のリジン残基のトリメチル化など,そのほかのヒストン修飾とのクロストークも含め,ヒストンH3の23番目のリジン残基の修飾が維持DNAメチル化の制御や発生および分化などにどのようにかかわっているのか,非常に興味深い.

figure2

文 献

  1. Jones, P. A.: Functions of DNA methylation: islands, start sites, gene bodies and beyond. Nat. Rev. Genet., 13, 484-492 (2012)[PubMed]
  2. Bostick, M. Kim, J. K., Esteve, P. O. et al.: UHRF1 plays a role in maintaining DNA methylation in mammalian cells. Science, 317, 1760-1764 (2007)[PubMed]
  3. Sharif, J. Muto, M., Takebayashi, S. et al.: The SRA protein Np95 mediates epigenetic inheritance by recruiting Dnmt1 to methylated DNA. Nature, 450, 908-912 (2007)[PubMed]
  4. Arita, K., Ariyoshi, M., Tochio, H. et al.: Recognition of hemi-methylated DNA by the SRA protein UHRF1 by a base-flipping mechanism. Nature, 455, 818-821 (2008)[PubMed]
  5. Hashimoto, H., Horton, J. R., Zhang, X. et al.: The SRA domain of UHRF1 flips 5-methylcytosine out of the DNA helix. Nature, 455, 826-829 (2008)[PubMed]
  6. Leonhardt, H., Page, A. W., Weier, H. U. et al.: A targeting sequence directs DNA methyltransferase to sites of DNA replication in mammalian nuclei. Cell, 71, 865-873 (1992)[PubMed]
  7. Chuang, L. S., Ian, H. I., Koh, T. W. et al.: Human DNA-(cytosine-5) methyltransferase-PCNA complex as a target for p21WAF1. Science, 277, 1996-2000 (1997)[PubMed]
  8. Citterio, E., Papait, R., Nicassio, F. et al.: Np95 is a histone-binding protein endowed with ubiquitin ligase activity. Mol. Cell. Biol., 24, 2526-2535 (2004)[PubMed]
  9. Blow, J. J. & Laskey, R. A.: Initiation of DNA replication in nuclei and purified DNA by a cell-free extract of Xenopus eggs. Cell, 47, 577-587 (1986)[PubMed]
  10. Thomas, C. E., Kelleher, N. L. & Mizzen, C. A.: Mass spectrometric characterization of human histone H3: a bird’s eye view. J. Proteome Res., 5, 240-247 (2006)[PubMed]

著者プロフィール

西山 敦哉(Atsuya Nishiyama)
略歴:2000年 東京工業大学大学院生命理学研究科博士課程 修了,同 ポスドク,京都大学大学院生命科学研究科 ポスドク,フランスInstitute of Human Geneticsポスドクを経て,2011年より名古屋市立大学大学院医学研究科 講師.

中西 真(Makoto Nakanishi)
名古屋市立大学大学院医学研究科 教授.

© 2013 西山敦哉・中西 真 Licensed under CC 表示 2.1 日本


酵素と基質との相互作用に対するシミュレーションをオペロンに適用することによるタンパク質の機能および代謝経路の解明

$
0
0

酒井 綾乃
(米国Illinois大学Urbana-Champaign校Institute for Genomic Biology)
email:酒井綾乃

Discovery of new enzymes and metabolic pathways by using structure and genome context.
Suwen Zhao, Ritesh Kumar, Ayano Sakai, Matthew W. Vetting, B. McKay Wood, Shoshana Brown, Jeffery B. Bonanno, Brandan S. Hillerich, Ronald D. Seidel, Patricia C. Babbitt, Steven C. Almo, Jonathan V. Sweedler, John A. Gerlt, John E. Cronan, Matthew P. Jacobson
Nature, 502, 698-702 (2013)

要 約

 同じ代謝経路にある複数のタンパク質にメタボライトドッキング法を適用した結果,これまで報告のなかったヒドロキシプロリンベタイン-2-エピメラーゼという酵素,および,ヒドロキシプロリンベタインをαケトグルタル酸へと異化する代謝経路が解明された.機能が未解明でありリガンドとの結合のないタンパク質のX線結晶構造回折法により決定された構造とともに,相同性モデリング法により決定した構造から,ヒドロキシプロリンベタイン-2-エピメラーゼの機能,および,その代謝経路の下流に存在する酵素の機能を解明することに成功した.

はじめに

 ゲノム解析により見い出だされた新規のタンパク質の機能をin silico解析のみにたより推測することは,データベースによる機械的なアノテーションにおけるエラーの問題もあり,いまだ大きな課題である1).これまでの筆者らの研究において2),X線結晶構造回折法あるいは相同性モデリング法によるタンパク質の立体構造に対し3,4),メタボライトドッキング法という酵素と基質との相互作用のシミュレーションにより,タンパク質の機能をより正確に予測する方法を確立させてきた5).細菌のゲノムではオペロンとよばれる遺伝子の集合体にコードされるタンパク質が一連の代謝経路を担うことがよく確認されており,このオペロンがタンパク質の機能を知るうえで重要な手がかりとなりうることは周知である.代謝経路において産生する中間体は化学構造が類似しているため,一連の代謝経路に関与していると考えられるオペロンにコードされる複数のタンパク質に対しこのメタボライトドッキング法を適用することにより,コンピューターによる機能予測の精度をあげることが可能と考えられた.

1.hpbDを含むオペロンの解析

 海洋性細菌Pelagibaca bermudensisのもつエノラーゼスーパーファミリー6) に属する機能の未解明のタンパク質HpbDは,TIMバレル構造をとり活性中心には2つのLysがあることがわかっていて,また,その立体構造はすでに解明されていた(PDB ID:2PMQ).しかし,その活性部位には,触媒反応によるαプロトンの除去ののち,陰電荷を帯びたエノラーゼ反応中間体を安定化させるMg2+が認められるだけで,機能の解明のための手がかりは得られないでいた.HpbDをコードするhpbDを含むオペロン(図1)については,機械的にアノテーションされたデータベースであるTrEMBLによる予測では,in vitroにおける機能も,また,その代謝経路も決定することは不可能であった.P. bermudensisは遺伝子操作が不可能であったため,土壌細菌であり類似のオペロンをもつParacoccus denitrificansを使い研究を進めることにした.このP. denitrificansにはhpbDのオルソログの遺伝子とP. bermudensishpbD遺伝子に近接する遺伝子のオルソログの遺伝子からなるオペロンの存在が確認された.

figure1

2.メタボライトドッキング法によるHpbDの基質の特定

 KEGGメタボライトライブラリー7) に登録されている化学物質だけでなく,エノラーゼスーパーファミリーの基質であるジペプチド,N-サクシニルアミノ酸,酸性糖,また,高エネルギー物質であるエノラーゼ反応中間体を含む87,098種の物質を含む基質のライブラリーを用いて,HpbDの活性部位に対しメタボライトドッキング法を適用した.結合アフィニティーの結果によりスコアを定めたところ,上位にはアミノ酸に類似した物質,とくに,プロリン類似物質とアミノ基修飾のあるアミノ酸がランクインした.この結果により,HpbDはアミノ基修飾されたアミノ酸のラセマーゼあるいはエピメラーゼであると推測された.
 グリシンベタインおよびプロリンと結合すると推測されたABCトランスポーターであるHpbJの遺伝子もこのオペロンに確認された.相同性モデリング法により,このHpbJの構造を48%の相同性を示すグリシンベタイン結合タンパク質(PDB ID:1R9L)をモデルとして作製したところ,その活性部位においてベタインの陽電荷を帯びたアンモニウム基をπ陽イオンの相互作用でかこむよう3つのTrpが位置していたようすから,ベタインが基質である可能性があると思われた.ベタインと似た31の化合物を収集してこのモデルに対し新たにメタボライトドッキング法を適用したところ,trans-ヒドロキシプロリンベタインが高いスコアを示したためHpbJはその輸送に関与すると推測された.また,HpbDの活性部位にはこのHpbJのモデルと同様にTrpが確認されたため(図2a),HpbDの基質もtrans-ヒドロキシプロリンベタインのようなプロリンベタインであろうと推測された.

figure2

 HpbB1と60%の相同性を示すタンパク質(PDB ID:3N0Q)をモデルとし,相同性モデリング法によりHpbB1の構造を求めた.HpbB1にはベタイン結合タンパク質にみられる特徴のある活性部位が確認された.また実際に,HpbB1の属するRieske型タンパク質のメンバーにはベタインの脱メチル化活性が報告されている.これらの情報より,HpbB1の基質もベタインであると推測した.
 X線結晶構造回折法によるHpbDのアポ構造(PDB ID:2PMQ)と,相同性モデリング法により作製したHpbJおよびHpbB1の構造に対し適用したメタボライトドッキング法の結果から,HpbDはヒドロキシプロリンベタインおよびプロリンベタインに対し1,1-プロトン交換反応を行うものと推測した.グリシンベタインおよびカルニチンも同じく基質になりうるという結果も得られたが,この2つのアミノ酸は光学的に不活性なためプロトン交換反応ののち基質と産物とで変化は観察できない.

3.実験によるコンピューター予測の証明

 trans-ヒドロキシプロリンベタイン,プロリンベタイン,グリシンベタイン,カルニチンの4つのアミノ酸をHpbDとともに重水においてインキュベーションした.trans-ヒドロキシプロリンベタイン,プロリンベタイン,グリシンベタインのαプロトンは溶媒の重水素と交換されたことがプロトンNMR法により確かめられた.それにくわえ,trans-ヒドロキシプロリンベタインの2-エピマー異性体であるcis-ヒドロキシプロリンベタインも,trans-ヒドロキシプロリンベタインとHpbDとの反応において確認された(図2b).これらは,活性部位に位置する2つのLysの2位炭素における1,1-プロトン交換によるものであった.
 trans-ヒドロキシプロリンベタインおよびプロリンベタインを用いてHpbDのヒドロキシプロリンベタイン-2-エピメラーゼ活性およびプロリンベタイン-2-ラセマーゼ活性について酵素反応速度を測定した.kcat値は高かったがKm値も高かったため,触媒効率kcat/Kmは102~103 M-1 s-1であった.海洋性細菌や植物寄生性細菌は周辺の環境によりtrans-ヒドロキシプロリンベタインを含むベタインを浸透圧の制御物質として必要とするため,ベタインは細胞内において高濃度に維持されている8).0.5 M NaClおよび20 mM trans-ヒドロキシプロリンベタインを含むグルコース培養において,P. denitrificansの細胞内におけるヒドロキシプロリンベタインの濃度は170 mMであった.このような高濃度のtrans-ヒドロキシプロリンベタインの存在する細胞内においては,HpbDによる触媒効率の測定値も生理学的に妥当であると考えられた.実験はtrans-ヒドロキシプロリンベタイン,プロリンベタイン,グリシンベタイン,カルニチンの4つのアミノ酸に対してのみ行ったが,そのうち2つが生理学的に妥当な測定値を示したことから,このメタボライトドッキング法は酵素の機能を的確に予測したものと考えられた.
 trans-ヒドロキシプロリンベタインがリガンドとして結合したHpbDの構造を分解能1.7Åで解明した(PDB ID:4H2H図2a).リガンドは電子密度からtrans-ヒドロキシプロリンベタイン(基質)とcis-ヒドロキシプロリンベタイン(産物)との混合物であると推測された.この活性部位に確認されるベタインは,グリシンベタイン結合タンパク質と似たようなTrp320とのπ陽イオンの相互作用を示した.活性部位にプロリンベタインの結合したメタボライトドッキング法による結果と,実際のX線結晶構造回折法により確認された結合とはほぼ同じであり,コンピューターによる予測は正しかったことが確認された.

4.in vivoにおけるHpbDの機能

 in vitroにおいてだけではなく,in vivoにおいてもHpbDはtrans-ヒドロキシプロリンベタインからcis-ヒドロキシプロリンベタインへのエピマー化を触媒しているのではないか,また,この反応はhpbDに近接する遺伝子とともにtrans-ヒドロキシプロリンベタインからαケトグルタル酸への代謝経路の最初の反応を担っているのではないかと推測した.この代謝経路は,HpbDによるエピマー化につづき,HpbB1およびHpbC1がcis-ヒドロキシプロリンベタインをメチル-cis-ヒドロキシプロリンへと脱メチル化し,フラビン依存性酵素であるHpbAがメチル-cis-ヒドロキシプロリンをcis-ヒドロキシプロリンへと変換して,D-アミノ酸酸化酵素であるHpbEがcis-ヒドロキシプロリンをピロリン-4-ヒドロキシ-2-カルボン酸へと酸化,ジヒドロジピコリン酸シンターゼスーパーファミリーのメンバーである酵素HpbGがαケトグルタル酸セミアルデヒドへの脱水反応を担い,そして,アルデヒドデヒドロゲナーゼがαケトグルタル酸セミアルデヒドをαケトグルタル酸へと酸化するものである(図1).この代謝経路は,trans-ヒドロキシプロリンベタインの炭素源および窒素源としての利用を可能にする.
 海水の塩濃度は0.6 M NaClであるが,そのような高い塩濃度においては細胞内における浸透圧の制御のためにtrans-ヒドロキシプロリンベタインが必要とされ,その異化反応は抑制されるはずである.しかし反対に,そのような浸透圧の制御が必要とされないのであれば,trans-ヒドロキシプロリンベタインは代謝の対象となり細菌の炭素源および窒素源となる.ここまでのオペロンの解析による仮説が正しければ,低い塩濃度においてはtrans-ヒドロキシプロリンベタインおよびcis-ヒドロキシプロリンベタインがP. denitrificansの炭素源および窒素源となるはずである.さらに,グルコースを炭素源として補給してやれば,高い塩濃度においてtrans-ヒドロキシプロリンベタインが浸透圧の制御物質として使われたとしてもP. denitrificansの増殖は抑制されないだろう.この仮説を確かめるため,hpbA遺伝子を欠損した変異株を用いた.このhpbA変異株はメチルヒドロキシプロリンベタインの異性体を脱メチル化できないため,trans-ヒドロキシプロリンベタインおよびcis-ヒドロキシプロリンベタインを炭素源とできない.hpbA変異株はtrans-ヒドロキシプロリンベタインあるいはcis-ヒドロキシプロリンベタインのどちらかを含むグルコース培地では塩濃度にかかわらず増殖が可能であったが,trans-ヒドロキシプロリンベタインおよびcis-ヒドロキシプロリンベタインのどちらも含まないグルコース培地において,高い塩濃度のもとでは増殖が抑制された.この結果から,trans-ヒドロキシプロリンベタインおよびcis-ヒドロキシプロリンベタインが浸透圧の制御物質としての役割をはたしていることが明らかになった.

5.trans-ヒドロキシプロリンベタインの代謝経路の解析

 低い塩濃度におけるtrans-ヒドロキシプロリンベタインの異化反応から得られる代謝産物も,メタボローム解析により解明された.この解析により,ヒドロキシプロリンベタインのほか,メチルヒドロキシプロリン,ヒドロキシプロリン,そして,推測された代謝経路の下流に存在するピロリン-4-ヒドロキシ-2-カルボン酸,αケトグルタル酸セミアルデヒド,αケトグルタル酸が確認された.これらの代謝産物はコハク酸を炭素源として用いた場合は検出されなかった.また,高い塩濃度におけるグルコース培養においては,trans-ヒドロキシプロリンベタインの濃度を170 mMとしてもtrans-ヒドロキシプロリンベタインの異化反応により生じるこれらの代謝産物は検出されなかった.この結果からも,trans-ヒドロキシプロリンベタインが浸透圧の制御物質として必要であるときには,この代謝経路は抑制されることが判明した.

6.HpbDの遺伝子スイッチ

 定量的RT-PCR法によりP. denitrificansにおいてこの代謝経路にかかわる遺伝子の発現を解析したところ,trans-ヒドロキシプロリンベタインの輸送を担うオルソログの遺伝子と,この代謝経路に関与するオルソログの遺伝子は,trans-ヒドロキシプロリンベタインおよびcis-ヒドロキシプロリンベタインにより発現が上昇することが確認された.これらの結果より,hpbDを含むオペロンがこの代謝経路に関係していることが明らかになった.
 同様の実験を高い塩濃度においてtrans-ヒドロキシプロリンベタインあるいはcis-ヒドロキシプロリンベタインの一方とグルコースによる培養のもと行ったところ,trans-ヒドロキシプロリンベタインの輸送を担うHpbHおよびHpbJの発現の上昇が確認されると同時に,ヒドロキシプロリンベタインの2-エピマー化を担うHpbD,cis-ヒドロキシプロリンベタインの脱メチル化を担うHpbB1およびHpbC1,メチルヒドロキシプロリンの脱メチル化を担うHpbAの遺伝子は発現が抑制された.この結果は,trans-ヒドロキシプロリンベタインおよびcis-ヒドロキシプロリンベタインの輸送は炭素源および窒素源の補給と同時に,浸透圧の制御物質として機能する際にも必要であることを示しており,異化反応の下流の遺伝子とは異なり,高い塩濃度においてもtrans-ヒドロキシプロリンベタインの輸送を担うHpbHおよびHpbJの発現は上昇した.

おわりに

 この研究においては,遺伝子がオペロンを構成する複数のタンパク質に相同性モデリング法およびメタボライトドッキング法を適用することにより,機能の未知であったタンパク質HpbDについてヒドロキシプロリンベタイン-2-エピメラーゼという新規の機能を解明することに成功した.また,このHpbDの属するスーパーファミリーのもつ触媒反応の特徴から,cis-ヒドロキシプロリンベタインからαケトグルタル酸への代謝経路の存在を推測し,メタボローム解析とゲノム解析からこれらの仮説が実際の機能と合致することを証明した.さらに,トランスクリプトーム解析によりHpbDがtrans-ヒドロキシプロリンベタインを浸透圧の制御物質として利用するか,あるいは,炭素源および窒素源として利用するかを制御するスイッチとして機能することも明らかにした.

文 献

  1. Schnoes, A. M., Brown, S. D., Dodevski, I. et al.: Annotation error in public databases: misannotation of molecular function in enzyme superfamilies. PLOS Comput. Biol., 5, e1000605 (2009)[PubMed]
  2. Gerlt, J. A., Allen, K. N., Almo, S. C. et al.: The Enzyme Function Initiative. Biochemistry, 50, 9950-9962 (2011)[PubMed]
  3. Hermann, J. C., Marti-Arbona, R., Fedorov, A. A. et al.: Structure-based activity prediction for an enzyme of unknown function. Nature, 448, 775-779 (2007)[PubMed]
  4. Song, L., Kalyanaraman, C., Fedorov, A. A. et al.: Prediction and assignment of function for a divergent N-succinyl amino acid racemase. Nat. Chem. Biol., 3, 486-491 (2007)[PubMed]
  5. Kalyanaraman, C. & Jacobson, M. P.: Studying enzyme-substrate specificity in silico: a case study of the Escherichia coli glycolysis pathway. Biochemistry, 49, 4003-4005 (2010)[PubMed]
  6. Babbitt, P. C., Hasson, M. S., Wedekind, J. E. et al.: The enolase superfamily: a general strategy for enzymecatalyzed abstraction of the a-protons of carboxylic acids. Biochemistry, 35, 16489-16501 (1996)[PubMed]
  7. Tanabe, M. & Kanehisa, M.: Using the KEGG database resource. Curr. Protoc. Bioinformatics, Chapter 1:Unit1.12 (2012)[PubMed]
  8. Hermann, J. C., Ghanem, E., Li, Y. et al.: Predicting substrates bydockinghigh-energy intermediates to enzyme structures. J. Am. Chem. Soc., 128, 15882-15891 (2006)[PubMed]

著者プロフィール

酒井 綾乃(Ayano Sakai)
略歴:2009年 米国Illinois大学Urbana-Champaign校にて博士号取得,同年 同Postdoctoral Research Fellow,2011年より同Research Specialist.
研究テーマ:新規の酵素の機能をin silico解析からより正確に推測するアルゴリズムをつくりあげること,また,酵素の反応機構とその進化の過程を解明することによりタンパク質工学にその結果を応用していくこと.

© 2013 酒井 綾乃 Licensed under CC 表示 2.1 日本

フラビン酵素による酸化反応がFavorskii転位反応をひき起こす

$
0
0

宮永 顕正
(米国California大学San Diego校Scripps Institute of Oceanography)
email:宮永顕正

Flavin-mediated dual oxidation controls an enzymatic Favorskii-type rearrangement.
Robin Teufel, Akimasa Miyanaga, Quentin Michaudel, Frederick Stull, Gordon Louie, Joseph P. Noel, Phil S. Baran, Bruce Palfey, Bradley S. Moore
Nature, DOI: 10.1038/nature12643

要 約

 フラビン酵素は多様な酸化還元反応にかかわり,もっともよく研究されてきた酵素ファミリーのひとつである.これまで,フラビン酵素のかかわる酸素添加反応には,フラビンペルオキシドがかかわると考えられてきた.今回,筆者らは,ポリケタイド抗生物質であるエンテロシンの生合成にかかわるフラビン酵素EncMが,フラビンペルオキシドに非依存的に,水酸化反応と脱水素化反応の2回の酸化反応を触媒することを明らかにした.EncMとその合成基質アナログとの複合体のX線結晶構造解析と安定同位体による標識を用いた解析により,これまでの報告とは異なる,新しいフラビンの酸化還元反応が明らかにされた.EncMはフラビン-N5-オキシドと考えられる安定なフラビン酸素付加体をもち,これがエンテロシンの生合成において重要な,基質の酸化とFavorskii転位反応をひき起こしていると考えられた.

はじめに

 微生物の生産する天然化合物は多様な構造を示し,そのなかには有用な生理活性を示すものも多く存在する.抗生物質エンテロシンはStreptomyces maritimusなどの放線菌により生産され,ユニークなかご状の骨格をもつのが特徴である.その構造から生合成の機構に興味がもたれ,これまで研究が進められてきた.約40年前に行われた同位体標識した化合物の投与実験の結果からは,エンテロシンの生合成にはFavorskii転位反応のかかわることが予想された1).さらに近年,エンテロシン生合成遺伝子クラスターがクローニングされ,その生合成にII型ポリケタイド合成酵素のかかわることが明らかになった2).エンテロシンの生合成経路(図1)においては,まず,アシルキャリアータンパク質であるEncCのうえで開始基質である安息香酸に7分子のマロニルCoAが縮合しオクタケタイド中間体が生成する.一般的なII型ポリケタイド合成酵素の反応では,このような中間体は環化酵素により適切な環化反応をうけ芳香族ポリケタイドが生成する.しかし,エンテロシンの生合成経路に環化酵素は存在せず,別の酵素により環化反応が制御されていることが示唆された.生化学的な実験の結果などから,フラビン酵素EncMがその役割を担うことが明らかになった3,4).すなわち,EncMが生合成経路に存在しない場合には非酵素的に環化が起こり芳香族化合物が生成したのに対し,EncMが存在した場合には最終的にエンテロシンが生成した.おそらく,EncMがC4位の酸化およびFavorskii転位反応を起こしたあと,環化が起こっていると考えられた.このように,EncMというたった1つの酵素がかかわることにより,芳香族化合物を生成するという一般的なII型ポリケタイド合成酵素の反応においてみられる反応経路からはずれ,まったく異なる骨格構造をもつ化合物へと変換されていることになる.しかし,このような複雑な反応をEncMがどのように触媒しているかという分子機構については謎につつまれていた.

figure1

1.フラビン酵素EncMのX線結晶構造解析

 EncMの詳細な機能の解明のため,まず,EncMの組換えタンパク質を大腸菌において発現させ精製した.これを結晶化し,X線結晶構造を1.95Å分解能にて決定した(PDB ID:3W8W図2).6-ヒドロキシ-D-ニコチン酸化酵素5) などほかのフラビン依存性の酸化酵素と同様に,EncMは基質結合ドメインとフラビン結合ドメインの2つのドメインからなり,内部に補酵素フラビンをもっていた.しかし,単量体として存在するほかのフラビン依存性の酸化酵素とは異なり,EncMはホモ二量体を形成しており,また,フラビンを含む活性中心につながるユニークな基質結合トンネルをもっていた.この基質結合トンネルはフラビンの近くにまで進んだのち,L字型に曲がってフラビン活性中心と疎水性ポケットを形成しており,全長は30Å程度であった.このような基質結合トンネルのかたちや長さから判断すると,基質結合トンネルにアシルキャリアータンパク質から延びるホスホパンテニル鎖,さらには,基質のオクタケタイド鎖およびフェニル基を直鎖状にうまくおさめることができると考えられた.また,ホモ二量体の界面の近くに基質結合トンネルの入り口が存在し,その周辺にはArg107やArg210で構成される正に荷電した領域をもつことから,負に荷電したアシルキャリアータンパク質との結合に適しているように思われた.

figure2

 基質との結合様式を調べるため,EncMと基質との共結晶化を試みた.実際の基質と考えられるアシルキャリアータンパク質に結合したオクタケタイド化合物は不安定と考えられたため,代わりに,オクタケタイド化合物のC8位までを含んだC7,O4-ジヒドロテトラケタイドを基質アナログとして合成した.EncMとこの合成基質アナログとの複合体のX線結晶構造を1.8Å分解能にて決定した結果,フラビン活性中心および疎水性ポケットに基質アナログに対応する電子密度を確認することができた(PDB ID:3W8Z).トンネルの奥に位置する疎水性ポケットには合成基質アナログのフェニル基が位置していた.また,合成基質アナログのC1位のエノールはフラビンと水素結合していた一方で,C3位のケトンはフラビンとは反対側をむいており,Glu355およびTyr249と水素結合を形成していた.酸化をうけるC4位はフラビンのC4a位やN5位から近い位置にあり,反応に適した場所に配置されていると考えられた.そして,C7位の水酸基は基質結合トンネルがちょうどL字型に曲がる部分に位置していたことから,実際に結合する基質もC7位においてほぼ直角に曲がっていると考えられた.このようなEncMの基質結合トンネルの構造により,反応の起こる部分であるC1位からC6位までのトリケタイド鎖の部分を,そのほかのC8位からC15位までのテトラケタイド鎖の部分から分離し,それらのあいだで起こりうる不要な環化反応をふせぐことにより,EncMが触媒する酸化反応とFavorskii転位反応を起こりやすくしていると考えられた.

2.EncMの触媒するFavorskii転位反応の機構

 このようにEncMに関する構造情報が得られたところで,実際の反応機構を考えることにした.EncMは基質のC4位を水酸化し,そののち,生じた水酸基を脱水素化する反応を触媒することにより,基質の3,5-ジケトンの部分を3,4,5-トリケトンへと変換すると予想した.この反応機構モデルならば,C4位は求電子的な環化をうけFavorskii転位反応が起こりやすくなると考えられた.
 EncMの反応機構についてさらに知見を得るため,EncMと合成基質アナログC7,O4-ジヒドロテトラケタイドとを反応させ,生成物をHPLCにより分析した.その結果,反応が進行し生成物の生じることが確認できた.一般的に,酸素添加反応を行うフラビン依存性の酵素は補酵素NAD(P)Hにより還元をうけたのち酸素分子をトラップし,フラビン-C4a-ペルオキドを形成して反応を行うが6),興味深いことに,EncMはNAD(P)Hの非存在下においても同様の生成物を生成した.NMRや質量分析により生成物の構造決定を行った結果,予想していたエンテロシン様のラクトン化合物ではなく,ラクトン環が開環した類縁化合物であった.おそらく,合成基質アナログが酸化的なFavorskii転位反応をうけてラクトン化合物が生じ,さらに非酵素的なレトロClaisen反応によるラクトン環の開裂が起こったと考えられた.一方,実際のエンテロシンの生合成においては,さらにC9位からC15位までのテトラケタイド鎖が存在し,それらとのあいだにアルドール縮合の起こることから,ラクトン環の開裂は起こらないと考えられた.
 EncMの活性を評価するため,安定同位体により標識した酸素分子18O2の存在のもとで反応を行った.その結果,予想どおり,生成物のC4位に18Oが取り込まれた.一方,重酸素水H218Oのなかで反応を行ったところ,18OはC5位のカルボキシル基にしか取り込まれなかったことから,水分子はラクトン環の開裂にのみかかわっていることが明らかになった.このことから,Favorskii転位反応の際に生じる三員環は水分子の攻撃をうけて開環するのではなく,C7位の水酸基の攻撃により開環し,結果としてラクトン環が形成していると考えられた.

3.EncMの触媒反応にかかわるフラビン-N5-オキシド

 NAD(P)Hの非存在下におけるEncMの反応を詳細に調べたところ,EncMは触媒サイクルが1回転するごとに少しずつ不活性型になっていき,触媒サイクルが約10回転したのちには完全に活性を失った.不活性化したEncMは,活性型のEncMと比べやや異なった吸収スペクトルを示した.この結果から,活性型EncMが酸素を付加した酸化型フラビンを完全に失った結果,吸収スペクトルに変化が起こったのではないかと推測した.このEncM-酸素付加酸化型フラビンは触媒サイクルを1回転したのち大部分が回復したことから,EncMはNAD(P)Hのような外因性の還元剤を必要とせずに触媒活性を示すことの説明がついた.活性中心残基がフラビンに対し影響をあたえている可能性を考え,活性中心に存在するTyr249やGlu355に変異を導入してみたが,それらの変異体は依然としてEncM-酸素付加酸化型フラビンと同様の吸収スペクトルを示した.このことから,フラビンが酸素付加体のキャリアーとして機能しているとの仮説をたてた.その吸収スペクトルから,EncMと結合している酸素付加酸化型フラビンは既知のフラビン-C4a-ペルオキシドとは異なることがわかった.さらに,この酸素付加酸化型フラビンは4度における1週間のインキュベーションののちも安定に存在しており,安定性ではフラビン-C4a-ペルオキシド7) をはるかにうわまっていた.そのため,大腸菌を用いてEncMの組換えタンパク質を得た際に,大腸菌において生成したEncM-酸素付加酸化型フラビンが酵素の精製ののちもそのまま維持されたと考えられた.
 EncM-酸素付加酸化型フラビンの触媒機能についてさらに調べるため,フラビンを嫌気的に還元したのちに再酸化を試みた.その結果,酸素分子の存在下においてEncM-酸素付加酸化型フラビンは蓄積されることがわかった.18O2を用いてEncM-酸素付加酸化型フラビンを調製したのち合成基質アナログと反応させたところ,1モル当量の合成基質アナログに18Oが取り込まれたことから,酸化型フラビンに付加している酸素により基質は直接に水酸化されることが示された.以上の構造機能解析の結果をふまえ,EncMの結合している酸素付加酸化型フラビンはフラビン-N5-オキシド8) の状態で存在していると考えた.EncM-酸素付加酸化型フラビンと化学的に合成したフラビン-N5-オキシドとを比較したところ,スペクトルがほぼ一致した.また,そのほかの化学的な性質も一致したことから,EncMがフラビン-N5-オキシドと結合している証拠が得られた.ただし,このフラビン-N5-オキシドの存在をX線結晶構造において確認することはできなかった.原因として,X線を照射したときフラビン-N5-オキシドがダメージをうけ変換してしまったことが考えられた.

4.EncMの反応モデル

 これまでの結果を総合して,以下のようにEncMの反応機構を考えた.最初に,フラビン-N5-オキシドが基質のC5位のエノールによりプロトン化される.そののち,フラビン-N5-ヒドロキシアミンから異性化した求電子的なオキソアンモニウムにより基質のエノラートの部位に酸素が添加されて,酸化型フラビンと基質のC4位が水酸化された中間体が生成する.さらに,酸化型フラビンにより中間体のC4位の水酸基が脱水素化をうけ,還元型フラビンとC4位がケトンになった中間体が生成する.EncM-酸素付加酸化型フラビンと合成基質アナログとを嫌気条件において反応させたところ,まず酸化型フラビンが生じたのちに還元型フラビンが生成したことがスペクトルにより確認されたことから,この反応機構は支持された.そのあとは,基質においてはFavorskii転位反応が起こるとともに,還元型フラビンが酸素分子と反応してフラビン-N5-オキシドと結合したEncMが再生し,つぎの反応サイクルがはじまる.

おわりに

 今回,筆者らは,合成した基質アナログを用いてEncMのX線構造解析と生化学的な解析を行うことにより,酵素的な酸化がひき起こすFavorskii転位の反応機構に関する深い知見を得た.Favorskii転位反応が酵素的に起こる例はほとんど知られておらず,その反応機構が明らかになったことによる学術的な価値は高いと考えている.このように興味深い反応を行うEncMであるが,そこにはフラビン-N5-オキシドをもつという性質がかくされていた.研究をはじめた当初は,このようにフラビン-N5-オキシドが存在するとは予想もしておらず,EncMもほかのフラビン酵素と同様にNAD(P)Hに依存性であり,フラビンペルオキシドを用いて反応を行っていると考えていた.このときは,1μM程度の低濃度のEncMを酵素反応に用いており,NAD(P)Hの存在下では反応が進行しNAD(P)Hの非存在下では反応は進行しないと考えられる結果が得られていた.あとから考えると,NAD(P)Hの非存在下においてin vitroの条件では触媒サイクルが何回転かすると酵素がすべて不活性型になるため,少量の酵素を用いただけでは生成物の量が少なくて検出できなかったのだろう.一方,NAD(P)Hの存在下においては,反応により生じた不活性型のフラビンをおそらくNAD(P)Hがなんらかのかたちで活性型の酸化型フラビンへともどし,反応が停止しなかったため生成物を検出できたと考えられる.しかし,EncMの吸収スペクトルを注意深くみると既知のものとは少し異なっており,また,20μMと高濃度のEncMを用いた場合にはNAD(P)Hが存在しない場合にも反応の進行を検出できた.これらの知見をもとに,フラビン-N5-オキシドの存在にたどりつくことができたのである.このように,フラビンペルオキシドではなく安定なフラビン-N5-オキシドを酸素添加反応に使うフラビン酵素は,これまでみすごされているだけでEncMのほかにも存在するかもしれない.また,フラビン-N5-オキシドがどのように生成するのかは現時点では不明であり,今後,明らかにしていく必要があると考えている.

文 献

  1. Seto, H., Sato, T., Urano, S. et al.: Utilization of 13C-13C coupling in structural and biosynthetic studies. VII. The structure and biosynthesis of vulgamycin. Tetrahedron Lett., 48, 4367-4370 (1976)
  2. Piel, J., Hertweck, C., Shipley, P. R. et al.: Cloning, sequencing and analysis of the enterocin biosynthesis gene cluster from the marine isolate ‘Streptomyces maritimus’: evidence for the derailment of an aromatic polyketide synthase. Chem. Biol., 7, 943-955 (2000)[PubMed]
  3. Xiang, L., Kalaitzis, J. A. & Moore, B. S.: EncM, a versatile enterocin biosynthetic enzyme involved in Favorskii oxidative rearrangement, aldol condensation, and heterocycle-forming reactions. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 15609-15614 (2004)[PubMed]
  4. Cheng, Q., Xiang, L., Izumikawa, M. et al.: Enzymatic total synthesis of enterocin polyketides. Nat. Chem. Biol., 3, 557-558 (2007)[PubMed]
  5. Koetter, J. W. & Schulz, G. E.: Crystal structure of 6-hydroxy-D-nicotine oxidase from Arthrobacter nicotinovorans. J. Mol. Biol., 352, 418-428 (2005)[PubMed]
  6. Palfey, B. A. & McDonald, C. A.: Control of catalysis in flavin-dependent monooxygenases. Arch. Biochem. Biophys., 493, 26-36 (2010)[PubMed]
  7. Thotsaporn, K., Chenprakhon, P., Sucharitakul, J. et al.: Stabilization of C4a-hydroperoxyflavin in a two-component flavin-dependent monooxygenase is achieved through interactions at flavin N5 and C4a atoms. J. Biol. Chem., 286, 28170-28180 (2011)[PubMed]
  8. Rastetter, W. H., Gadek, T. R., Tane, J. P. et al.: Oxidations and oxygen transfers effected by a flavin N(5)-oxide. A model for flavin-dependent monooxygenases. J. Am. Chem. Soc., 101, 2228-2231 (1979)

著者プロフィール

宮永 顕正(Akimasa Miyanaga)
略歴:2006年 東京大学大学院農学生命科学研究科 修了,同年 同 博士研究員,2009年 米国California大学San Diego校 博士研究員,2011年 東京理科大学理工学部 助教を経て,2012年より東京工業大学大学院理工学研究科 助教.
テーマ:天然化合物の生合成にかかわる酵素の構造と機能.
抱負:酵素のもつ新しい機構を,立体構造から明らかにしていきたい.

© 2013 宮永 顕正 Licensed under CC 表示 2.1 日本

核外輸送の過程におけるリボソームの品質管理の機構

$
0
0

松尾 芳隆
(ドイツHeidelberg大学Biochemi-Zentrum)
email:松尾芳隆

Coupled GTPase and remodelling ATPase activities form a checkpoint for ribosome export.
Yoshitaka Matsuo, Sander Granneman, Matthias Thoms, Rizos-Georgios Manikas, David Tollervey, Ed Hurt
Nature, DOI: 10.1038/nature12731

要 約

 リボソームはタンパク質の合成装置として重要なはたらきを担っており,正常なリボソームの供給は細胞の増殖や条件に応じた遺伝子発現にとって非常に重要である.真核生物のリボソームは4種類のrRNAと79種類のタンパク質からなる巨大な複合体であり,その生合成には,rRNAの合成および修飾,プロセシング,リボソームタンパク質の集合,正確な立体構造の形成,核から細胞質への輸送など,多くの過程がある.この複雑な過程の大部分はタンパク質合成の場である細胞質とは隔離された核において行われている.核において生じた異常なリボソームはすみやかに分解され,正常に合成されたリボソームだけが細胞質へと輸送される.このことは,異常なリボソームが翻訳にかかわることをふせいでおり,核外へと輸送されるリボソームの品質が厳しく管理されていることを示唆している.しかしながら,正常に合成されたリボソームを識別する分子機構は長いあいだ未解明のままであった.リボソームの60Sサブユニット前駆体は核外移行シグナルをもつ輸送アダプタータンパク質Nmd3と結合することにより核外への移行能を獲得する.筆者らは,GTPaseであるNug2が60Sサブユニット前駆体のNmd3との結合領域に結合しその結合をふせぐことにより未成熟な60Sサブユニット前駆体の核外輸送を阻止すること,さらに,60Sサブユニット前駆体からのNug2の解離はRea1による60Sサブユニット前駆体の再編成,および,それにともなうNug2のGTP加水分解反応に依存していることを明らかにした.

はじめに

 真核生物のリボソームの生合成は200種類以上の分子の関与する非常に複雑な反応であり,核小体から核質をへて細胞質へ移動するまで,多種多様なリボソーム前駆体が観察される1).これらリボソーム前駆体はさまざまなタンパク質を含む複合体として存在しており,これらのタンパク質をベイトに用いたアフィニティ精製法により精製することができる.核質に存在するRix1をベイトに用いたアフィニティ精製では,AAA-ATPaseであるRea1や,その相互作用タンパク質であるRsa4,GTPaseであるNug2などを多く含む,Rix1前駆体とよばれる60Sサブユニットの前駆体が精製される2).Rea1は6つのATP結合部位からなるリング領域とMIDASドメインを含むテイル領域から構成されている3).電子顕微鏡を用いたRix1前駆体の解析では,Rea1のリング領域が60Sサブユニット前駆体の5S rRNA領域と結合するのに対し,テイル領域は免疫電子顕微鏡により同定された60SサブユニットのRsa4との結合領域の近傍と相互作用する可能性が示されている2)図1a).実際に,Rea1のMIDASドメインはRsa4のN末端領域のMIDOドメインと相互作用する2).さらに,精製したRix1前駆体とATPとを反応させると,Rix1前駆体からRea1およびRsa4の解離が誘導されることが報告されている2).以上のことから,Rea1によりRsa4の解離をともなう60Sサブユニット前駆体の大きな構造変換がひき起こされるという,Rea1による60Sサブユニット前駆体の再編成モデルが考えられている2,3)図1b).

figure1

 60Sサブユニットの生合成の大部分は核において行われ,正確に合成されたものだけが核膜孔を通過し細胞質へと輸送される.通常,イオンや低分子を除き,核から細胞質への積み荷の輸送には核外移行シグナルが必須である.積み荷のもつ核外移行シグナルはExportinにより認識され,GTPaseであるRanとともに核外へと輸送される.60Sサブユニット前駆体は核質において核外移行シグナルをもつ輸送アダプタータンパク質Nmd3と結合し,Crm1およびRanGTPに依存して細胞質へと輸送される4,5)図1c).しかし,核において生じた異常な60Sサブユニット前駆体はTRAMP複合体によりポリアデニル化され,核外へ輸送されることなくエクソソームにより分解されることが報告されている6).このことは,核外へ輸送されるまえに,60Sサブユニット前駆体の品質を管理する機構が存在していることを示唆する.

1.60Sサブユニット前駆体とNug2との結合領域はNmd3との結合領域と重複する

 Nug2は酵母からヒトまで非常によく保存されている核に存在するGTPaseであり,酵母においては細胞の増殖に必須である.これまで,Nug2は核質に局在し60Sサブユニット前駆体に結合していることが報告されている7).しかしながら,細胞における詳細な機能はわかっていない.細菌におけるNug2のホモログであるYlqF(RbgA)は23S rRNAと直接に結合することが報告されていることから8),Nug2も核質の60Sサブユニット前駆体に含まれるrRNAと直接に結合していることが予想された.そこで,CRAC(cross-linking and analysis of cDNA)法を用いて9),rRNAにおけるNug2の結合領域の決定を試みたところ,25S rRNAのH38,H69-71,H80-86,H89,H91-92と結合することが明らかになった.これらの領域を60Sサブユニットの立体構造においてマッピングすると,結合領域は60Sサブユニットと40Sサブユニットとの会合面にあることがわかった.近年,低温電子顕微鏡により60SサブユニットとNmd3との結合が可視化されており10),その結果は60Sサブユニット前駆体とNug2との結合領域と類似していた.そこで,rRNAにおけるNmd3の詳細な結合領域を同定したところ,H38,H69,H89に結合することが明らかになった.以上の結果は,60Sサブユニット前駆体におけるNug2およびNmd3の結合領域が重複していることを示しており,60Sサブユニット前駆体とNug2との結合と,60Sサブユニット前駆体とNmd3との結合が競合関係にある可能性を示唆した.

2.Nug2はK+に依存性のGTP加水分解能をもつ

 GTPaseはGTP結合ドメインにG1,G2,G3,G4といったモチーフをもち,この領域はGTPの加水分解能や結合能に深くかかわる.そこで,GTPaseであるNug2について,G1モチーフとG3モチーフにそれぞれ変異を導入した2種類の優性阻害変異体を作製し,ポリソーム解析およびリボソームタンパク質L25との共局在性の解析を行った.すると,これら2つの変異体は60Sサブユニット前駆体との結合は保持するが,60Sサブユニット前駆体の生合成および核外輸送を阻害することが確認された.近年,GTPの加水分解にK+を必要とするGTPaseファミリーが報告されており11),アミノ酸配列の解析からNug2もこのファミリーに属する可能性が高いことが示された.そこで,Nug2のGTP加水分解能にK+が必須であるかどうかを調べた.なお,in vitroにおける解析には,熱安定性を示す高熱性の真菌Chaetomium thermophilum 12) のNug2を用いた.アミノ酸配列の解析から予想されたとおり,Nug2はGTPの加水分解にK+を必要とすることが確認された.一方で,さきの2つのNug2変異体ではK+の存在下においてもGTPの加水分解はみられなかった.GTPとGDPとの結合能を調べたところ,野生型のNug2および一方のNug2変異体では結合が観察されたものの,もう一方のNug2変異体では結合は観察されなかった.つまり,前者のNug2変異体はGTPの結合能を失った変異体であるのに対し,後者のNug2変異体はGTPとの結合能は保っているがGTP加水分解能を失った変異体であることが確認された.

3.Nug2はRea1による60Sサブユニット前駆体の再編成およびNug2のGTP加水分解反応に依存して解離する

 Nug2はRix1前駆体に非常に多く含まれており,さらに遺伝学的な解析により,GTPの結合能を失ったNug2の変異体とRsa4の温度感受性変異体,もしくは,GTPの結合能を失ったNug2の変異体とRea1のMIDASドメインの変異体との二重変異が合成致死を示すことが明らかにされた.そこで,Rea1による60Sサブユニット前駆体の再編成(図1b)により,Nug2もRsa4と同様に60Sサブユニット前駆体から解離するかどうかを調べた.以前の解析では,Rea1による60Sサブユニット前駆体の再編成によりRsa4は60Sサブユニット前駆体から解離するが,Nug2は解離しないと報告されている2).しかしながら,この解析に使用された緩衝液にはK+が存在していなかった.Nug2のGTP加水分解反応にはK+が必須であるため,K+の存在下および非存在下において解析を行った.その結果,Nug2はK+の存在およびRea1による60Sサブユニット前駆体の再編成に依存して,60Sサブユニット前駆体から解離することが明らかになった.また,さきのGTPの結合能が欠損したNug2変異体およびGTPの加水分解能が欠損したNug2変異体においても同様に解析したところ,GTPの結合能が欠損したNug2変異体では60Sサブユニット前駆体からRsa4,Rea1,Nug2すべての解離が阻害され,GTPの加水分解能が欠損したNug2変異体では60Sサブユニット前駆体からNug2の解離だけが阻害されることが明らかになった.これらの結果は,Rea1による60Sサブユニット前駆体の再編成を誘導するためにはNug2のGTP結合能が,そして,60Sサブユニット前駆体からのNug2の解離にはNug2のK+依存性のGTP加水分解能,および,Rea1の60Sサブユニット前駆体の再編成の活性が必要であることを示していた.

4.60Sサブユニット前駆体からのNug2の解離は60Sサブユニット前駆体とNmd3との結合を可能にする

 さきの結果は,60Sサブユニット前駆体におけるNug2およびNmd3の結合領域が重複していることを示していた.そこで,Nug2とNmd3が同時に60Sサブユニット前駆体に結合することが可能かどうか調べるため,核小体から細胞質まで,さまざまな60Sサブユニット前駆体に含まれる構成タンパク質を比較した.その結果,輸送タンパク質であるArx1をベイトに用いて精製したArx1前駆体とよばれる60Sサブユニット前駆体においてのみ,Nug2およびNmd3が含まれていることが明らかになった.また,Nug2をベイトに用いて精製した60Sサブユニット前駆体にはNmd3は含まれておらず,同様に,Nmd3をベイトに用いて精製した60Sサブユニット前駆体にもNug2は含まれていなかった.これらの結果は,Nug2とNmd3は同時に60Sサブユニット前駆体に結合できないこと,そして,Arx1前駆体にはNug2が結合している60Sサブユニット前駆体とNmd3が結合している60Sサブユニット前駆体の2種類が存在することを示していた.60Sサブユニット前駆体から解離することのできない,GTPの結合能が欠損したNug2変異をもつ株,および,GTPの加水分解能が欠損したNug2変異をもつ株において,Arx1前駆体の構成タンパク質を調べたところ,Nmd3の取り込みが特異的に阻害されていることが明らかになった.このことは,60Sサブユニット前駆体からのNug2の解離が阻害されることにより,60Sサブユニット前駆体へのNmd3の取り込みも阻害されることを示していた.さらに,Nug2の枯渇した条件においてRix1前駆体につき調べたところ,通常は60Sサブユニット前駆体には含まれないはずのNmd3が取り込まれていた.これらの結果は,60Sサブユニット前駆体とNug2との結合が,60Sサブユニット前駆体へのNmd3の未成熟な結合をふせぎ,60Sサブユニット前駆体からNug2が解離することにより60Sサブユニット前駆体とNmd3との結合が可能になることを示していた.

おわりに

 この論文では,GTPaseであるNug2が輸送アダプタータンパク質であるNmd3のプレースホルダーとしてはたらき,未成熟な60Sサブユニット前駆体にNmd3が取り込まれることを阻止すること,さらに,60Sサブユニット前駆体からのNug2の解離がAAA-ATPaseであるRea1による60Sサブユニット前駆体の再編成,および,それにともなうNug2によるGTP加水分解反応に依存していることを明らかにした.これらの結果から,核外輸送の過程におけるリボソームの品質管理機構のモデルは以下のように示唆された(図2).1)Rea1による60Sサブユニット前駆体の再編成にともない60Sサブユニット前駆体に構造変換がひき起こされる.2)Nug2が60Sサブユニット前駆体の構造変換を感知し,Nug2のもつK+依存性のGTPase活性が上昇する.3)GDP型に変換されたNug2が60Sサブユニット前駆体から解離することにより,60Sサブユニット前駆体のNmd3との結合領域が露出する.4)Nmd3が60Sサブユニット前駆体と結合し,つづいて,Crm1およびRanGTPが取り込まれることにより核外へと輸送される.

figure2

 ヒトのNug2オルソログであるGNL2(NPG-1,あるいは,Nucleostemin2ともよばれる)は,がん細胞など増殖性の細胞において高く発現しており,細胞周期の進行制御に関与していることが報告されている13).また,GNL2だけでなく,リボソームタンパク質やリボソームの生合成に関与するほかの分子における遺伝子変異が,さまざまな遺伝病やがんに対する感受性を上昇させる原因になることもわかってきている14).そのため,創薬のターゲットとしてリボソーム生合成の研究が注目されている15).したがって,これまでに明らかにされてきた出芽酵母における知見が,今後,大いに役だつことが期待される.

文 献

  1. Kressler, D., Hurt, E. & Bassler, J.: Driving ribosome assembly. Biochim. Biophys. Acta, 1803, 673-683 (2010)[PubMed]
  2. Ulbrich, C., Diepholz, M., Bassler, J. et al.: Mechanochemical removal of ribosome biogenesis factors from nascent 60S ribosomal subunits. Cell, 138, 911-922 (2009)[PubMed]
  3. Kressler, D., Hurt, E., Bergler, H. et al.: The power of AAA-ATPases on the road of pre-60S ribosome maturation: molecular machines that strip pre-ribosomal particles. Biochim. Biophys. Acta, 1823, 92-100 (2012)[PubMed]
  4. Gadal, O., Strauss, D., Kessl, J. et al.: Nuclear export of 60s ribosomal subunits depends on Xpo1p and requires a nuclear export sequence-containing factor, Nmd3p, that associates with the large subunit protein Rpl10p. Mol. Cell. Biol., 21, 3405-3415 (2001)[PubMed]
  5. Ho, J. H., Kallstrom, G. & Johnson, A. W.: Nmd3p is a Crm1p-dependent adapter protein for nuclear export of the large ribosomal subunit. J. Cell Biol., 151, 1057-1066 (2000)[PubMed]
  6. Dez, C., Houseley, J. & Tollervey, D.: Surveillance of nuclear-restricted pre-ribosomes within a subnucleolar region of Saccharomyces cerevisiae. EMBO J., 25, 1534-1546 (2006)[PubMed]
  7. Bassler, J., Grandi, P., Gadal, O. et al.: Identification of a 60S preribosomal particle that is closely linked to nuclear export. Mol. Cell, 8, 517-529 (2001)[PubMed]
  8. Matsuo, Y., Morimoto, T., Kuwano, M. et al.: The GTP-binding protein YlqF participates in the late step of 50 S ribosomal subunit assembly in Bacillus subtilis. J. Biol. Chem., 281, 8110-8117 (2006)[PubMed]
  9. Granneman, S., Kudla, G., Petfalski, E. et al.: Identification of protein binding sites on U3 snoRNA and pre-rRNA by UV cross-linking and high-throughput analysis of cDNAs. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 9613-9618 (2009)[PubMed]
  10. Sengupta, J., Bussiere, C., Pallesen, J. et al.: Characterization of the nuclear export adaptor protein Nmd3 in association with the 60S ribosomal subunit. J. Cell Biol., 189, 1079-1086 (2010)[PubMed]
  11. Ash, M. R., Maher, M. J., Mitchell Guss, J. et al.: The cation-dependent G-proteins: in a class of their own. FEBS Lett., 586, 2218-2224 (2012)[PubMed]
  12. Amlacher, S., Sarges, P., Flemming, D. et al.: Insight into structure and assembly of the nuclear pore complex by utilizing the genome of a eukaryotic thermophile. Cell, 146, 277-289 (2011)[PubMed]
  13. Chennupati, V., Datta, D., Rao, M. R. et al.: Signals and pathways regulating nucleolar retention of novel putative nucleolar GTPase NGP-1(GNL-2). Biochemistry, 50, 4521-4536 (2011)[PubMed]
  14. Teng, T., Thomas, G. & Mercer, C. A.: Growth control and ribosomopathies. Curr. Opin. Genet. Dev., 23, 63-71 (2013)[PubMed]
  15. Vlatkovic, N., Boyd, M. T. & Rubbi, C. P.: Nucleolar control of p53: a cellular Achilles’ heel and a target for cancer therapy. Cell. Mol. Life Sci., DOI: 10.1007/s00018-013-1361-x[PubMed]

著者プロフィール

松尾 芳隆(Yoshitaka Matsuo)
略歴:2006年 奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科 修了,同年 同 ポスドク研究員,2008年 ドイツHeidelberg大学 ポスドク研究員を経て,2013年 東北大学大学院薬学研究科 助教.
研究テーマ:リボソームの生合成および核外輸送における分子機構,mRNAの品質管理機構.

© 2013 松尾 芳隆 Licensed under CC 表示 2.1 日本

ヒストンメチル化酵素であるEHMT1はPRDM16転写複合体を介して褐色脂肪細胞の分化と熱産生能を制御する

$
0
0

大野晴也・篠田幸作・大山夏奈・梶村真吾
(米国California大学San Francisco校UCSF Diabetes Center)
email:梶村真吾

EHMT1 controls brown adipose cell fate and thermogenesis through the PRDM16 complex.
Haruya Ohno, Kosaku Shinoda, Kana Ohyama, Louis Z. Sharp, Shingo Kajimura
Nature, 504, 163-167 (2013)

要 約

褐色脂肪組織はエネルギーを熱として消費することにより体温の恒常性に寄与しており,肥満を改善する効果も期待されている.褐色脂肪細胞はPRDM16転写複合体のはたらきを介してMyf5遺伝子を発現する皮筋板に由来する前駆細胞から分化することが報告されていた.しかし,その分化の誘導を決定づける分子スイッチは不明であった.今回,筆者らは,EHMT1がPRDM16転写複合体を構成する必須のヒストンメチル化酵素として,褐色脂肪細胞の分化を制御していることを見い出した.褐色脂肪細胞においてEHMT1が欠損すると,骨格筋細胞への分化を促進する遺伝子のプロモーター領域にあるヒストンH3の9番目のリジン残基が脱メチル化することにより,骨格筋細胞様の細胞への分化が誘導された.一方で,EHMT1はPRDM16転写複合体を安定化させることにより褐色脂肪組織に特異的な熱産生能を亢進した.さらに,マウスの脂肪組織においてEHMT1を欠損させると,全身の熱産生能および基礎代謝量の低下,肥満,インスリン抵抗性の増大が認められた.以上の結果より,EHMT1は褐色脂肪細胞における必須の分化促進タンパク質であり,全身のエネルギー代謝に関与していることが示された.

はじめに

肥満はエネルギーの総摂取量がエネルギーの総消費量をうわまった結果として起こる.現在までに承認されている抗肥満薬は,食欲を抑制するものや消化管からのエネルギー吸収を抑制するものなど,すべてエネルギーの摂取量を抑えることにより効果を発揮する.しかし,抑うつや消化器症状などの副作用もあり,別の方面からアプローチする薬剤の開発が望まれている.褐色脂肪組織はこの組織に特異的なUCP1(uncoupling protein 1)というタンパク質をつうじエネルギーを熱として放出する機能をもつ.以前は,胎児やげっ歯類などの小動物にのみ存在するとされていたが,最近の研究により,成人にも活性のある褐色脂肪組織が存在することが判明し,糖尿病や肥満症を克服する可能性のある組織として注目をあつめている1,2)
肩甲骨のあいだに存在する褐色脂肪組織にある褐色脂肪細胞は,骨格筋細胞と同じMyf5遺伝子を発現する皮筋板に由来する前駆細胞から分化することが報告された3).この褐色脂肪細胞と骨格筋細胞の2つの系統への分化を決定づけている転写因子として,PRDM16(PR domain-containing protein 16)およびCEB/βが大きな役割をはたすが4),その詳細な分子機構は不明であった5)

1.PRDM16と転写因子複合体を形成するヒストンメチル化酵素EHMT1の同定

PRDM16のもつPRドメインはヒストンメチル化活性をもつSETドメインと高い相同性をもつが6,7),PRDM16それ自体はヒストンメチル化活性をもたない.しかし,細胞から精製されたPRDM16転写複合体はヒストンメチル化活性をもち,この活性はPRDM16転写複合体のもつ褐色脂肪細胞への分化能と強い相関を示していた.一方,ジンクフィンガードメインを欠失したPRDM16から構成された転写複合体ではヒストンメチル化活性ならびに褐色脂肪細胞への分化能が失われていたことから,野生型のPRDM16とは結合するが,ジンクフィンガードメインを欠失したPRDM16とは結合しないPRDM16転写複合体の構成タンパク質を液体クロマトグラフィー-質量分析法により網羅的に探索したところ,唯一のヒストンメチル化酵素としてEHMT1(euchromatic histone-lysine N-methyltransferase 1)が同定された.EHMT1はヒストンH3の9番目のリジン残基をモノメチル化もしくはジメチル化する活性をもち,さらに興味深いことに,ヒトにおいてEHMT1遺伝子の変異による精神発育遅滞などの表現型が報告されており,そのうち40~50%は肥満症を合併していた8,9).PRDM16転写複合体は褐色脂肪組織の分化に大きな役割をはたしているため,EHMT1が褐色脂肪組織の熱産生能,さらには,基礎エネルギー代謝を制御する重要な酵素である可能性が考えられた.
まず,褐色脂肪細胞におけるPRDM16とEHMT1との結合を免疫沈降法により確認した.さらに,PRDM16のジンクフィンガードメインを含む224~454アミノ酸残基および881~1038アミノ酸残基が,in vitro翻訳系により作製したEHMT1と直接に結合していることが確認された.褐色脂肪細胞においてshRNAを用いてEHMT1をノックダウンするとPRDM16転写複合体のヒストンメチル化活性のほとんどが失われたため,EHMT1がPRDM16転写複合体のもつヒストンメチル化活性の大部分を担っていることが考えられた.さらに興味深いことに,EHMT1はマウスにおいてとくに褐色脂肪細胞に多く発現しており,PRDM16の発現パターンとは非常によく一致していた.

2.EHMT1は骨格筋細胞と褐色脂肪細胞との分化スイッチとしてはたらく

EHMT1が褐色脂肪組織の分化にあたえる影響をin vivoにおいて検討した.EHMT1の全身におけるノックアウトマウスは褐色脂肪組織が形成されるまえの胎生9日において致死となる.そこで,Ehmt1flox/floxマウス10)Myf5遺伝子のプロモーターのもとCreを発現するマウスとを交配することにより,褐色脂肪組織において特異的にEHMT1を欠損するコンディショナルノックアウトマウスを作製し,その表現型について検討した.出生の直後の褐色脂肪組織に特異的なEHMT1ノックアウトマウスにおいて,肩甲骨のあいだの褐色脂肪組織は著明に縮小していた.褐色脂肪組織をヘマトキシリン-エオジン染色して顕微鏡により観察すると,このコンディショナルノックアウトマウスの褐色脂肪細胞では脂肪滴の含有量が減少していた.また,褐色脂肪組織の重量そのものも有意に減少していた.
RNAシークエンス法により,野生型マウスおよび褐色脂肪組織に特異的なEHMT1ノックアウトマウスの褐色脂肪組織における遺伝子発現パターンを網羅的に解析した.遺伝子オントロジー解析により,褐色脂肪組織に特異的なEHMT1ノックアウトマウスの褐色脂肪組織ではMyogenin遺伝子をはじめとする骨格筋細胞に特異的な遺伝子の発現の上昇を認め,逆に,Ucp1遺伝子,Pgc1a遺伝子,Cebpb遺伝子などの褐色脂肪組織に特異的な遺伝子の発現は低下しており,より骨格筋細胞に近い表現型を示していた.さらに重要なことに,遺伝子発現の変化を示した150の遺伝子のうち,78.7%にあたる118の遺伝子は骨格筋細胞の分化,褐色脂肪組織の分化,グルコース代謝や脂肪酸代謝など褐色脂肪組織の機能にかかわる遺伝子であった.以上の結果より,マウスの発生においてEHMT1は褐色脂肪組織と骨格筋細胞との分化スイッチとして重要な役割を担うことが示唆された.
EHMT1が分化スイッチとしてはたらく機序を検討するため,マウスの骨格筋細胞系列であるC2C12細胞にPRDM16を過剰発現させ,さらに,EHMT1のshRNAをコードしたレトロウイルスを発現させることによりEHMT1をノックダウンした.PRDM16の過剰発現により,ミオシン重鎖の免疫染色により評価した骨格筋細胞への分化は強力に抑制されたが,EHMT1をノックダウンすることによりPRDM16に依存した骨格筋細胞への分化の抑制は認められなくなった.遺伝子の発現を検討したところ,Myogenin遺伝子など骨格筋細胞に特異的な遺伝子の発現はPRDM16の過剰発現により抑制されたが,EHMT1のノックダウンによりその抑制は解除された.
EHMT1はヒストンH3の9番目のリジン残基のメチル化酵素であることから,分化スイッチに対しエピジェネティクスな変化が大きく関連している可能性が考えられた.そこで,クロマチン免疫沈降アッセイによりヒストンの修飾を調べたところ,Myogenin遺伝子のプロモーター領域にあるヒストンH3の9番目のリジン残基のジメチル化およびトリメチル化はEHMT1のノックダウンにより減少しており,さらに,EHMT1は直接にこの領域に結合していた.遺伝子の活性化のマーカーであるヒストンH3の9番目のリジン残基および14番目のリジン残基のアセチル化は,EHMT1のノックダウンにより増加していた.
PRDM16を過剰発現したC2C12細胞を脂肪細胞への分化を誘導するような条件にて培養すると褐色脂肪細胞へと分化するが,このPRDM16に依存的な褐色脂肪細胞への分化の誘導はEHMT1のノックダウンにより認められなくなった.褐色脂肪細胞に特異的なUcp1遺伝子,Cidea遺伝子,Elovl3遺伝子などの発現の誘導,および,脂肪細胞に特異的なFabp4遺伝子やAdipoq遺伝子などの発現の誘導は,EHMT1のノックダウンにより抑制された.以上の結果より,EHMT1はPRDM16転写複合体を介してヒストンを修飾し,骨格筋細胞と褐色脂肪細胞との分化を制御するスイッチとしてはたらいていることが示唆された(図1).

図1 EHMT1はPRDM16転写複合体を介して骨格筋細胞と褐色脂肪細胞との分化スイッチとしてはたらく
PRDM16転写複合体の構成タンパク質のひとつであるEHMT1は,ヒストンH3の9番目のリジン残基のメチル化(Me)により,Myogenin遺伝子などの骨格筋細胞への分化にはたらく遺伝子の発現を抑制する.
[Download]
figure1

3.EHMT1はPRDM16を介して褐色脂肪細胞における熱産生能を制御する

褐色脂肪細胞においてEHMT1が熱産生能にあたえる影響について検討するため,マウスの肩甲骨のあいだから採取し不死化した褐色脂肪前駆細胞を作製した11).この細胞を通常の脂肪細胞分化用の培地により分化を誘導すると,Ucp1遺伝子やCidea遺伝子など褐色脂肪細胞に特異的な遺伝子を発現する.この細胞系列にレトロウイルスを用いてEHMT1のshRNAを導入しEHMT1をノックダウンするとUcp1遺伝子などの発現は抑制された.これらの細胞系列の酸素消費量について検討したところ,EHMT1のノックダウンにより総酸素消費量,および,酸化的リン酸化の阻害剤であるオリゴマイシンに不応性の酸素消費量はともに減少し,これは遺伝子発現パターンの変化と一致した.EHMT1を褐色脂肪前駆細胞に過剰に発現させて分化の誘導ののち遺伝子の発現を検討したところ,Ucp1遺伝子,Pgca1遺伝子,Dio2遺伝子,Cidea遺伝子など熱産生能にかかわる褐色脂肪細胞に特異的な遺伝子の発現が上昇した.
EHMT1が褐色脂肪細胞に特異的な遺伝子の発現を上昇させる際にPRDM16が必要であるかどうかを検討した.PRDM16とC/CBP-βを共発現させることにより,マウス胎仔線維芽細胞などの繊維芽細胞を機能的な褐色脂肪細胞へと分化させることができる4).EHMT1のみをマウス胎仔線維芽細胞に過剰に発現させても脂肪細胞への分化は認められなかった.しかし,PRDM16とC/EBP-βにくわえEHMT1を過剰発現することによりUcp1遺伝子,Cidea遺伝子,Cox7a遺伝子,Cox8b遺伝子などの褐色脂肪細胞に特異的な遺伝子の発現が上昇した.以上の結果より,EHMT1はPRDM16を介して褐色脂肪細胞に特異的な遺伝子の発現を正に制御していることが考えられた.
筆者らは以前に,PRDM16の安定性が褐色脂肪細胞の分化に大きくかかわっていることを報告していたため12),今回も,PRDM16の安定性に着目してさらなる検討をくわえた.シクロヘキシミドを添加することによりPRDM16の安定性について検討したところ,EHMT1を共発現させた場合にPRDM16の分解は抑制されていた.この分解の抑制はSET活性部位を変異させてヒストンメチル化活性を失活させたEHMT1変異体においても認められたため,この安定性の増加がEHMT1とPRDM16との結合そのものによりもたらされている可能性が考えられた.
in vivoにおいてEHMT1が反応性の熱産生能にあたえる役割について検討した.さきに述べた褐色脂肪組織に特異的なEHMT1ノックアウトマウスは,Myf5遺伝子のプロモーターは熱産生に非常に重要な役割をはたす骨格筋細胞においても機能しているため,全身の代謝の状態を評価するには不適切なモデルであったことから,新たに,Ehmt1flox/floxマウスをアディポネクチン遺伝子のプロモーターのもとCreを発現するマウスと交配することにより,脂肪細胞において特異的にEHMT1を欠損するコンディショナルノックアウトマウスを作製し,その表現型を検討した.アディポネクチンは褐色脂肪細胞にも白色脂肪細胞にも同様に発現しているが,EHMT1の発現は褐色脂肪組織に多いため,とくに褐色脂肪細胞におけるEHMT1ノックアウトの効果を検討することができる.このコンディショナルノックアウトマウスに対し4℃の環境における寒冷刺激試験を行うと,5時間後には直腸温が30℃近くまですみやかに低下したのに対し,野生型マウスは36℃以上の直腸温を保つことができた.以上の結果より,in vivoにおいてもEHMT1は褐色脂肪組織の熱産生能の保持に必要であると考えられた.

4.褐色脂肪組織におけるEHMT1の欠損は肥満,インスリン抵抗性,脂肪肝をひき起こす

褐色脂肪組織における熱産生能は全身の基礎代謝に大きく寄与している13).脂肪細胞に特異的なEHMT1ノックアウトマウスにおいて,寒冷刺激反応において必要とされるβ3アドレナリン受容体シグナル経路を活性化することにより基礎代謝量を検討した.β3アドレナリン受容体のアゴニストであるCL316,243を投与すると野生型マウスでは酸素消費量がすみやかに上昇するが,脂肪細胞に特異的なEHMT1ノックアウトノックアウトマウスではこの反応は認められなかった.また,脂肪細胞に特異的なEHMT1ノックアウトマウスの血清において遊離の脂肪酸の濃度が上昇しており,これらの所見は,褐色脂肪組織は熱産生の過程で遊離の脂肪酸を大量に消費し,褐色脂肪組織におけるβ酸化能の障害が血清に遊離の脂肪酸の濃度を上昇させるという既報とよく一致していた14).実際に,脂肪細胞に特異的なEHMT1ノックアウトマウスの褐色脂肪組織における脂肪酸の酸化能は,基礎状態においてもCL316,243による刺激ののちに低下していた.また,褐色脂肪組織への脂肪酸の取り込み自体もこのコンディショナルノックアウトマウスでは低下していた.以上より,脂肪細胞に特異的なEHMT1ノックアウトマウスにおける血清に遊離の脂肪酸の濃度の上昇は,褐色脂肪細胞における遊離の脂肪酸の代謝不全によるものと考えられた.
褐色脂肪組織におけるEHMT1の欠損が,食事により誘導される肥満にあたえる影響について検討した.UCP1ノックアウトマウスは室温ではなく温熱的中性域(29~30℃)で飼育された場合のみ肥満の表現型を示すことが報告されていたため15,16),温熱的中性域環境において高脂肪食の負荷を行ったところ,脂肪細胞に特異的なEHMT1ノックアウトマウスは野生型マウスに比べ大きな体重の増加を示した.食事の摂取量には変化を認めなかった.また,このコンディショナルノックアウトマウスは野生型マウスに比べ褐色脂肪組織重量も白色脂肪組織重量も大きくなり,ヘマトキシリン-エオジン染色により評価した脂肪滴も大きくなっていた.
褐色脂肪組織におけるEHMT1の欠損が全身の糖代謝にあたえる影響を検討するため,グルコース負荷試験およびインスリン負荷試験を行った.グルコース負荷試験では脂肪細胞に特異的なEHMT1ノックアウトマウスにおいてより血糖値が上昇しており,インスリン負荷試験では脂肪細胞に特異的なEHMT1ノックアウトマウスにおいてインスリンへの反応の低下が認められた.以上の結果と一致して,血中のインスリン値はこのコンディショナルノックアウトマウスにおいて上昇しており,インスリン抵抗性の上昇が示唆された.高脂肪食を負荷したのちの肝臓をヘマトキシリン-エオジン染色により観察したところ,脂肪細胞に特異的なEHMT1ノックアウトマウスにおいてより多くの脂肪滴の沈着および腫大が認められた.また,中性脂肪の含有量は脂肪細胞に特異的なEHMT1ノックアウトマウスの肝臓においてより多かった.肝臓におけるインスリンシグナルの程度を検討すると,インスリンを注射したのちのシグナルの活性化を表わすAktのリン酸化は,脂肪細胞に特異的なEHMT1ノックアウトマウスにおいて低下していた.以上の結果より,脂肪細胞におけるEHMT1の欠損が,肥満,インスリン抵抗性,脂肪肝をひき起こすことが示された.興味深いことに,最近,褐色脂肪細胞の移植により糖尿病マウスのインスリン感受性が改善することも報告されており17),褐色脂肪細胞が全身の糖代謝にも大きく影響をあたえている可能性が考えられた.

おわりに

褐色脂肪細胞の分化の誘導における分化スイッチとして,ヒストンメチル化酵素であるEHMT1を新規に同定した(図2).EHMT1の欠損により褐色脂肪組織の機能不全が生じた.また,この褐色脂肪細胞に特異的なEHMT1ノックアウトマウスにおいて耐糖能の異常が出現しており,褐色脂肪組織と全身の糖制御機構との深い関係性も示された.褐色脂肪細胞の機能の回復および活性化により,肥満症だけでなく,耐糖能異常の改善により糖尿病の治療にも新たな選択肢がくわわる可能性がある.

図2 PRDM16転写複合体に含まれるヒストンメチル化酵素EHMT1は褐色脂肪細胞への分化の誘導を決定づける
褐色脂肪細胞は骨格筋細胞と同じMyf5遺伝子を発現する前駆細胞より分化し,EHMT1が褐色脂肪細胞への分化の誘導を決定づけている.
[Download]
figure2

文 献

  1. Nedergaard, J., Bengtsson, T. & Cannon, B.: Unexpected evidence for active brown adipose tissue in adult humans. Am. J. Physiol., 293, E444-E452 (2007)[PubMed]
  2. van Marken Lichtenbelt, W. D., Vanhommerig, J. W., Smulders, N. M. et al.: Cold-activated brown adipose tissue in healthy men. New Engl. J. Med., 360, 1500-1508 (2009)[PubMed]
  3. Seale, P., Bjork, B., Yang, W. et al.: PRDM16 controls a brown fat/skeletal muscle switch. Nature, 454, 961-967 (2008)[PubMed]
  4. Kajimura, S., Seale, P., Kubota, K. et al.: Initiation of myoblast to brown fat switch by a PRDM16-C/EBP-β transcriptional complex. Nature, 460, 1154-1158 (2009)[PubMed]
  5. Kajimura, S., Seale, P. & Spiegelman, B. M.: Transcriptional control of brown fat development. Cell Metab., 11, 257-262 (2010)[PubMed]
  6. Shing, D. C., Trubia, M., Marchesi, F. et al.: Overexpression of sPRDM16 coupled with loss of p53 induces myeloid leukemias in mice. J. Clin. Invest., 117, 3696-3707 (2007)[PubMed]
  7. Pinheiro, I., Margueron, R., Shukeir, N. et al.: Prdm3 and Prdm16 are H3K9me1 methyltransferases required for mammalian heterochromatin integrity. Cell, 150, 948-960 (2012)[PubMed]
  8. Cormier-Daire, V., Molinari, F., Rio, M. et al.: Cryptic terminal deletion of chromosome 9q34: a novel cause of syndromic obesity in childhood? J. Med. Genet., 40, 300-303 (2003)[PubMed]
  9. Willemsen, M. H., Vulto-van Silfhout, A. T., Nillesen, W. M. et al.: Update on Kleefstra Syndrome. Mol. Syndromol., 2, 202-212 (2012)[PubMed]
  10. Schaefer, A., Sampath, S. C., Intrator, A. et al.: Control of cognition and adaptive behavior by the GLP/G9a epigenetic suppressor complex. Neuron, 64, 678-691 (2009)[PubMed]
  11. Uldry, M., Yang, W., St-Pierre, J. et al.: Complementary action of the PGC-1 coactivators in mitochondrial biogenesis and brown fat differentiation. Cell Metab., 3, 333-341 (2006)[PubMed]
  12. Ohno, H., Shinoda, K., Spiegelman, B. M. et al.: PPARγ agonists induce a white-to-brown fat conversion through stabilization of PRDM16 protein. Cell Metab., 15, 395-404 (2012)[PubMed] [新着論文レビュー]
  13. Cannon, B. & Nedergaard, J.: Nonshivering thermogenesis and its adequate measurement in metabolic studies. J. Exp. Biol., 214, 242-253 (2011)[PubMed]
  14. Wu, Q., Kazantzis, M., Doege, H. et al.: Fatty acid transport protein 1 is required for nonshivering thermogenesis in brown adipose tissue. Diabetes, 55, 3229-3237 (2006)[PubMed]
  15. Enerback, S., Jacobsson, A., Simpson, E. M. et al.: Mice lacking mitochondrial uncoupling protein are cold-sensitive but not obese. Nature, 387, 90-94 (1997)[PubMed]
  16. Feldmann, H. M., Golozoubova, V., Cannon, B. et al.: UCP1 ablation induces obesity and abolishes diet-induced thermogenesis in mice exempt from thermal stress by living at thermoneutrality. Cell Metab., 9, 203-209 (2009)[PubMed]
  17. Stanford, K. I., Middelbeek, R. J., Townsend, K. L.: et al.: Brown adipose tissue regulates glucose homeostasis and insulin sensitivity. J. Clin. Invest., 123, 215-223 (2013)[PubMed]

著者プロフィール

大野 晴也(Haruya Ohno)
略歴:2011年 広島大学大学院医歯薬学総合研究科 修了,同年 米国California大学San Francisco校Postdoc Fellowを経て,2013年より広島大学病院 医科診療医.
研究テーマ:褐色脂肪細胞と糖代謝とのかかわり.

篠田 幸作(Kosaku Shinoda)
米国California大学San Francisco校Postdoc Fellow.

大山 夏奈(Kana Ohyama)
米国California大学San Francisco校Specialist.

梶村 真吾(Shingo Kajimura)
米国California大学San Francisco校Assistant Professor.
研究室URL:http://kajimuralab.ucsf.edu/

© 2013 大野晴也・篠田幸作・大山加奈・梶村真吾 Licensed under CC 表示 2.1 日本

コヒーシンのDNAとのトポロジカルな結合の生化学的な再構成

$
0
0

村山 泰斗
(英国Cancer Research UK London Research Institute,Chromosome Segregation Laboratory)
email:村山泰斗

Biochemical reconstitution of topological DNA binding by the cohesin ring.
Yasuto Murayama, Frank Uhlmann
Nature, DOI: 10.1038/nature12867

要 約

 姉妹染色体のあいだの接着は正確な染色体分配において必須である.コヒーシンは巨大なリング状の複合体であり,内側をとおすようなかたちでDNAと結合し,姉妹染色体のあいだを接着すると考えられている.この特殊なDNAとの結合はコヒーシンの機能の中心であるが,その分子機構はほとんど不明であった.筆者らは,コヒーシン,および,そのDNAとの結合に必須の複合体であるローダーを精製し,コヒーシンとDNAとのトポロジカルな結合を必要最小の単位において再構成した.コヒーシンは非常に弱いながらも単体でDNAとのトポロジカルな結合能をもち,ローダーはこの結合を直接的に促進した.ローダーはコヒーシンのリング円周の広域にわたり結合し,その結合はコヒーシンとDNAとの結合の促進に必須であった.この研究は,コヒーシンの生化学的な解析により,コヒーシンとDNAとのトポロジカルな結合の分子機構について新たなモデルを提唱した.

はじめに

 姉妹染色体のあいだの接着は,細胞分裂期に姉妹染色体が微小管により両極に引っ張られるとき張力を生み出す.細胞はこの張力を感知して正確な染色体分配を達成する.リング状の構造をしたコヒーシンは,それ自体のトポロジーを利用してDNAと結合し,姉妹染色体のあいだの接着を形成すると考えられている.近年の解析から,コヒーシンは転写制御やDNA修復にも関与することが示されており,染色体の動態においてさまざまな機能をはたすことがわかってきた1)
 コヒーシンは4つのサブユニットからなり,リング円周の大部分はSmc1サブユニットおよびSmc3サブユニットから形成されている.これらは長大なコイルドコイル領域をもち,球状のヒンジドメインどうし,および,ATPase活性をもつヘッドドメインどうしで結合する.ヘッドドメインどうしの結合はScc1サブユニットとの結合により補強される.Scc3サブユニットはScc1サブユニットと結合する2)図1).コヒーシンはDNAと結合するまえの段階ですでにリング状の構造をとっているため,一時的にサブユニットのあいだの結合を解離してDNAとトポロジカルに結合するものと考えられる3,4).コヒーシンのDNAへの結合には,それ自体のATPase活性と,Scc2サブユニットおよびScc4サブユニットからなるローダーが必須である5).しかし,コヒーシンのDNAとのトポロジカルな結合の分子機構,および,その細胞における時空間的な制御については不明であった.このような分子機構の解析には生化学的な再構成による実験が必須であり,これまでもさまざまな生物種のコヒーシンを用いて解析がなされてきたが,このDNA結合のin vitroにおける再構成の成功例はなかった6,7)

figure1

 この研究においては,酵母から精製したタンパク質を用いて,コヒーシンのDNAとのトポロジカルな結合を必要最小の単位において生化学的に再構成することに世界ではじめて成功した.

1.ローダーはDNAとの結合能をもつ

 ローダーは真核生物のあいだで保存されており,いずれの生物種においてもコヒーシンのDNAへの結合に必須である.また,ローダーはコヒーシンと直接に結合することから,コヒーシンのDNAとのトポロジカルな結合を直接的に制御していると予測されていた.分裂酵母のローダーはMis4Scc2サブユニットとSsl3Scc4サブユニットからなる.これらを分裂酵母において過剰に発現させ,解析に必要な量のローダーMis4Scc2-Ssl3Scc4,および,Mis4Scc2サブユニットの精製系を確立した.Mis4Scc2サブユニットにはロイシンジッパーが存在することからDNA結合能が予測された.ゲルシフト法により解析したところ,ローダーは二本鎖DNAと特異的に結合することがわかった.また,Mis4Scc2サブユニットは単体でもローダー複合体と同じ程度の親和性をもって二本鎖DNAと結合することが判明し,ローダーのDNA結合能の大部分はMis4Scc2サブユニットに由来するものであると結論づけた.

2.コヒーシンのDNAとのトポロジカルな結合のin vitroにおける再構成

 出芽酵母のコヒーシンはPsm1Smc1サブユニット,Psm3Smc3サブユニット,Rad21Scc1サブユニット,Psc3Scc3サブユニットからなる.この4つのサブユニットを出芽酵母において過剰に発現させ,精製ののち,これらを用いてコヒーシンのDNAとのトポロジカルな結合のin vitroにおける再構成を試みた.姉妹染色体のあいだに接着が形成されるとき,DNAに結合しているコヒーシンは高濃度の塩により処理しても解離することはない7).この状態では,コヒーシンはDNAとトポロジカルに結合していると考えられている.また,コヒーシンのDNAへの結合は,ATPase活性をもつSmc1サブユニットあるいはSmc3サブユニットのヘッドドメインを破壊すると起こらない.これらの特性から,DNAとトポロジカルに結合したコヒーシンは以下の条件を満たすと考えられた.すなわち,1)高塩濃度による処理に耐性,2)環状のDNAのみに結合,3)ATPに依存的,4)コヒーシンのリング構造に依存,である.この条件を指標としてさまざまな条件検討を行った結果,コヒーシンは非常に弱いながら単体でもDNAとトポロジカルに結合する活性をもつことが判明した.この弱い反応はローダーにより大幅に促進された.また,この結果と一致して,ローダーはDNA存在下においてのみ,コヒーシンのもつATPase活性を促進することがわかった.すなわち,ローダーはコヒーシンのDNAとのトポロジカルな結合を直接的に促進する機能をもっていた.
 また,もうひとつ興味深い発見は,ローダーのMis4Scc2サブユニットは単体でもローダーと同様の,コヒーシンとDNAとのトポロジカルな結合の促進能をもつことであった.換言すると,この研究における反応条件において,ローダーのSsl3Scc4サブユニットは不要ということである.一方,この結果と矛盾して,ローダーを構成するMis4Scc2サブユニットおよびSsl3Scc4サブユニットは細胞の生存において必須である.このことは,ローダーは生体においてコヒーシンの活性制御のほかにも必須の機能をもつことを示唆した8)

3.ローダーとPsc3Scc3サブユニット

 これまでの研究から,ローダーとコヒーシンとは直接に結合することが報告されていた.精製タンパク質を用いた免疫沈降法によりこの結合を詳細に調べた結果,ローダーはコヒーシンの4つのサブユニットすべてと結合しうることがわかった.なかでも,まず注視されるのはPsc3Scc3サブユニットである.このサブユニットは残りの3つとは異なり,コヒーシンのリング構造を形成するのに必須ではないが,未知の機能をもっている(図1).Psc3Scc3サブユニットを除いたコヒーシンのリング構造を精製し再構成反応を行ったところ,ローダーによるコヒーシンとDNAとのトポロジカルな結合の促進はほとんどみられなかった.ここにさらにPsc3Scc3サブユニットをくわえると,促進はふたたびみられた.すなわちこの結果は,コヒーシンのPsc3Scc3サブユニットは,ローダーがコヒーシンとDNAとのトポロジカルな結合を促進する過程において必須であることを意味した.

4.ローダーはコヒーシンのリング円周の複数の箇所に結合する

 免疫沈降法による解析から,ローダーはコヒーシンのサブユニットに対し,Psc3Scc3サブユニット以外とも結合する可能性が示唆されていた.ペプチドアレイ法によりそれぞれのサブユニットの結合部位について同定したところ,ローダーはコヒーシンのリング円周において複数の箇所,しかも,広範囲にわたり結合する可能性が示唆された.コヒーシンのPsm1Smc1サブユニット,Psm3Smc3サブユニット,Psc3Scc3サブユニットにおける結合部位に変異を導入して解析した結果,in vitroにおける再構成および細胞レベルにおける解析の両方で欠陥がみられた.また,ペプチドを用いた競争阻害の解析からも同様の結論が得られた.すなわち,コヒーシンのこれらの部位におけるローダーとの結合は,コヒーシンとDNAとのトポロジカルな結合の促進に重要であることを意味した.

5.コヒーシンとDNAとのトポロジカルな結合のモデル

 この研究は,ローダーはコヒーシンの複数の箇所に結合し,それがコヒーシンとDNAとのトポロジカルな結合を促進するのに重要であることを示した.以前の知見およびこの結果から,コヒーシンがDNAとトポロジカルに結合をするためにはATPに依存的な構造変化が必要であり,ローダーはコヒーシンの複数の箇所に同時に結合することにより,これを促進するというモデルが考えられた.コヒーシンはDNAとトポロジカルに結合するため,サブユニットのあいだの結合を一時的に解離し,そこからDNAをとおすものと考えられた.出芽酵母における解析は,コヒーシンはヒンジドメインの部分からDNAをとおすことを示唆している.一方,細菌のSmcの解析においては,コヒーシンのヘッドドメインの部分における解離がDNAとのトポロジカルな結合にかかわることが示唆されている1,3).いずれの場合においても,コヒーシンはサブユニットのあいだの結合を解離する必要があり,そのためにエネルギーが供給される必要がある.DNA修復に関与するSmcを含むタンパク質複合体であるMRN複合体は,ATPとの結合に依存して構造変化を起こすと考えられている.コヒーシンも類似したかたちで構造変化を起こすともの考えられた.そして,この長大なリングにATPに依存的な構造変化を効率的に伝える役割をはたすのがローダーであるというモデルが提唱された(図2).コヒーシンのリングの直径はおおよそ30 nmであるが,このモデルにおいて,ローダーはこの物理的な距離をうめる構造をとっているものと考えられた.よって,今後はローダーの構造的な解析が重要になってくるだろう.

figure2

おわりに

 コヒーシンのリング構造は10年以上まえの電子顕微鏡を中心とした解析により明らかになった2,4).この構造から提唱されたコヒーシンのモデルは,姉妹染色体のあいだの接着の実体を合理的に説明しうるものであった.しかし,そののちは細胞レベルにおける間接的な解析が中心となり,このモデルの直接的な検証は進んでいなかったのが現状である.この研究は,コヒーシンの中心機能であるDNAとのトポロジカルな結合を,精製タンパク質を用いて直接的に検出したはじめての例である.しかしながら,この研究はコヒーシンの基本的な生化学的な活性について解析したにすぎない.この解析法の応用範囲はきわめて広いと考えられる.たとえば,この解析法を1分子解析や構造解析へと応用していくことにより,コヒーシンとDNAとの結合の分子機構がさらに明らかにされるであろう.また,コヒーシン以外のSmcを含む複合体の解析にも十分に応用が可能である.また,この研究において再構成したのは姉妹染色体のあいだの接着において,きわめて初期の段階のみである.接着の形成はDNA複製も密接にかかわる壮大な機構であることを考慮すれば.コヒーシンにおける分子機構の解析ははじまったばかりである.

文 献

  1. Ocampo-Hafalla, M. T. & Uhlmann, F. J.: Cohesin loading and sliding. Cell Sci., 124, 685-691 (2011)[PubMed]
  2. Haering, C. H., Lowe, J., Hochwagen, A. et al.: Molecular architecture of SMC proteins and the yeast cohesin complex. Mol. Cell, 9, 773-788 (2002)[PubMed]
  3. Nasmyth, K.: Cohesin: a catenase with separate entry and exit gates? Nat. Cell Biol., 13, 1170-1177 (2011)[PubMed]
  4. Anderson, D. E., Losada, A., Erickson, H. P. et al.: Condensin and cohesin display different arm conformations with characteristic hinge angles. J. Cell Biol., 156, 419-424 (2002)[PubMed]
  5. Ciosk, R., Shirayama, M., Shevchenko, A. et al.: Cohesin’s binding to chromosomes depends on a separate complex consisting of Scc2 and Scc4 proteins. Mol. Cell, 5, 1-20 (2000)[PubMed]
  6. Onn, I. & Koshland, D.: In vitro assembly of physiological cohesin/DNA complexes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 12198-12205 (2011)[PubMed]
  7. Bermudez, V. P., Farina, A., Higashi, T. L. et al.: In vitro loading of human cohesin on DNA by the human Scc2-Scc4 loader complex. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 9366-9371 (2012)[PubMed]
  8. Takahashi, T. S., Basu, A., Bermudez, V. et al.: Cdc7-Drf1 kinase links chromosome cohesion to the initiation of DNA replication in Xenopus egg extracts. Genes Dev., 22, 1894-1905 (2008)[PubMed]

著者プロフィール

村山 泰斗(Yasuto Murayama)
略歴:2008年 横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 修了,2010年より英国Cancer Research UK London Research Institute博士研究員.
研究テーマ:姉妹染色体のあいだの接着の形成における分子機構.

© 2013 村山 泰斗 Licensed under CC 表示 2.1 日本

Viewing all 125 articles
Browse latest View live