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紡錘体チェックポイント複合体は2分子のCdc20に作用して活性化型APC/Cを阻害する

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伊澤 大介
(英国Cambridge大学Cancer Research UK Gurdon Institute)
email:伊澤大介

The mitotic checkpoint complex binds a second CDC20 to inhibit active APC/C.
Daisuke Izawa, Jonathon Pines
Nature, DOI: 10.1038/nature13911

要 約

 細胞分裂は均等な染色体分配をへて遺伝的に同一の情報をもつ2つの娘細胞をつくりだす過程である.分裂期の細胞における均等な染色体分配を保障するために必須な監視機構が紡錘体チェックポイントである.紡錘体チェックポイントは紡錘体に接着していない動原体において活性化し,細胞の全体に拡散する染色体分配に対する遅延シグナルが発せられる.接着していない動原体ひとつでほかのすべての染色体分配を遅延するのに十分なほど強力なシグナルであるが,その分子レベルでの本質的な理解にはいたっていない.これまでの知見から,紡錘体チェックポイントは染色体分配に必須なユビキンチンリガーゼAPC/Cの活性化タンパク質であるCdc20にはたらきかけMad2およびBubR1を含む紡錘体チェックポイント複合体に取り込むことによりAPC/Cの活性化をふせぐことが知られている.この研究においては,紡錘体チェックポイント複合体はCdc20を取り込むだけでなく,もう1分子のCdc20とも結合し,さらに,Cdc20の結合した活性化型APC/Cも阻害できることを発見した.この紡錘体チェックポイント複合体とCdc20との結合は紡錘体チェックポイントの活性に必要不可欠であることも示された.さらに,紡錘体チェックポイント複合体は染色体分配に対する遅延シグナルを消去した状況においても活性化型APC/Cを阻害したことから,紡錘体チェックポイント複合体それ自体が拡散性の染色体分配に対する遅延シグナルの正体である可能性が強く示唆された.

はじめに

 細胞分裂における均等な染色体分配に必須な過程は,分裂中期におけるすべての姉妹染色体が両極から紡錘体と結合し赤道面に配列したのちのAPC/C(anaphase promoting complex/cyclosome)の活性化,および,分裂後期における染色体分配の誘導である(図1).APC/Cはユビキチンリガーゼ複合体であり,ポリユビキチンの修飾を介して分裂後期の誘導に阻害的にはたらくセキュリンやサイクリンBなどさまざまなタンパク質の分解を促進する.分裂前中期においてすべての姉妹染色体が紡錘体と結合するまえには接着していない動原体が存在するため,この段階でAPC/Cが活性化してしまうと不均等な染色体分配がひき起こされ細胞死やがんなど重篤な疾患をひき起こすきっかけとなる.紡錘体チェックポイントはAPC/Cの活性化タンパク質であるCdc20の制御を介してAPC/Cの活性化の時期を制御しており,動原体において紡錘体への結合を監視し,接着していない動原体の存在により活性化される.これにより紡錘体チェックポイントは接着していない動原体が存在するというシグナルを細胞に発し,すべての染色体が赤道面に配列されるまで染色体分配を遅延させる.さらに,この遅延シグナルは接着していない動原体ひとつでも染色体分配を遅延させることのできる,細胞の全体に影響する拡散性の強力なシグナルであるが,その本質的な理解にはいたっていない.

figure1

 紡錘体チェックポイントの分子機構についてはこれまでにかなりの知見が得られている1).接着していない動原体にMad1-Mad2複合体が結合し,もう1分子のMad2が結合することにより構造変化が誘導される.その結果,2分子目のMad2が活性化しCdc20との結合が可能になる2)図2).そののち,Mad2-Cdc20複合体はBubR1と結合し紡錘体チェックポイント複合体(mitotic checkpoint complex,MCC)を形成する.紡錘体チェックポイント複合体がどの時点で細胞質に拡散するかは不明であるが,最終的にAPC/Cと結合しこれを不活性化する.この紡錘体チェックポイント複合体の形成機構は酵母からヒトまで真核生物において広く保存されており,その形成は紡錘体チェックポイントの活性に必須である.たとえば,Mad2あるいはBubR1のいずれかの不活性化は紡錘体チェックポイントの活性を消失させるのに十分である.Mad2およびBubR1がどのようにCdc20の活性を抑制するのかは分子レベルで解明されており,Mad2はCdc20のもつAPC/C活性化能を抑制し3),BubR1はCdc20の基質との結合能を抑制する4)

figure2

 紡錘体チェックポイント複合体の形成を介したAPC/Cの阻害は非常に有力なモデルであったが,細胞において機能するためにはすべてのCdc20が接着していない動原体と結合して紡錘体チェックポイント複合体に取り込まれ,さらに,すべてのAPC/Cが紡錘体チェックポイント複合体と結合していなければならない(図2).しかし,紡錘体チェックポイントが活性化している細胞から精製されたAPC/Cは一部しか紡錘体チェックポイント複合体と結合しておらず5),いくつかの矛盾点を含んでいた.さらに最近の知見から,細胞質においては紡錘体チェックポイント複合体の不活性化を介してつねにCdc20が放出されており(図2),Cdc20の結合した活性化型APC/Cの形成を阻止し,Cdc20が接着していない動原体に優先的に結合して紡錘体チェックポイント複合体に取り込まれる機構は不明であった.べつの紡錘体チェックポイントタンパク質Bub1によるリン酸化を介したCdc20の活性の抑制6) など,いくつかのモデルが提唱されているが,染色体分配に対する遅延シグナルを分子レベルで説明するモデルは得られていない.さらに未解明の現象として,染色体分配に対する遅延シグナルによるAPC/C活性の抑制の速度の問題がある.分裂中期にCdc20がAPC/Cと結合しこれを活性化したのち,紡錘体を不安定化し紡錘体チェックポイントを再活性化させると,APC/Cの活性は5分以内に抑制される7).しかし,生化学的な解析により,Mad2単独あるいはBubR1単独では活性化型APC/Cを抑制できないことや,Mad2およびBubR1の存在のもとでも活性化型APC/Cの抑制には1時間も近くかかることから8),この現象を説明できない.
 この研究では,精製したヒトの紡錘体チェックポイント複合体を用いた解析から,紡錘体チェックポイント複合体はCdc20を取り込むだけではなくもう1分子のCdc20に作用し,Cdc20の結合した活性化型APC/Cを阻害できることを発見した.紡錘体チェックポイント複合体とCdc20との相互作用の結合領域を同定しその変異を解析することにより,その相互作用は紡錘体チェックポイントの活性に必要不可欠であることも示された.染色体分配に対する遅延シグナルを消去した状況においても紡錘体チェックポイント複合体は活性化型APC/Cを阻害できたことから,紡錘体チェックポイント複合体それ自体が拡散性の染色体分配に対する遅延シグナルの正体である可能性が強く示唆された.また,紡錘体チェックポイント複合体が直接的に活性化型APC/Cを阻害できたことから,細胞において紡錘体チェックポイントが非常にすばやくAPC/Cの活性を抑制する機構を分子レベルで説明することもできた.

1.紡錘体チェックポイント複合体は2分子目のCdc20と結合しその活性を抑制する

 ヒトの紡錘体チェックポイント複合体のさらなる機能解析のため,ヒトに由来するCdc20,Mad2,BubR1を昆虫細胞においてバキュロウイルスを介し発現させ,2段階の精製をへて組換え紡錘体チェックポイント複合体として精製した.この組換え紡錘体チェックポイント複合体にべつに精製したCdc20をくわえたところ,結合活性が確認された.Mad2と結合できないCdc20変異体3) は組換え紡錘体チェックポイント複合体を形成できなかったが,2分子目のCdc20として組換え紡錘体チェックポイント複合体と結合できたことから,紡錘体チェックポイント複合体に含まれるCdc20と2分子目のCdc20とは結合様式の異なることが示唆された.組換え紡錘体チェックポイント複合体がCdc20と結合したことから,この結合がどのようにAPC/Cとの結合に影響するかを解析した結果,組換え紡錘体チェックポイント複合体はCdc20のAPC/Cとの結合を競争的に阻害することはなく,APC/C,紡錘体チェックポイント複合体,Cdc20からなる複合体を形成した.しかも,組換え紡錘体チェックポイント複合体はCdc20の存在のもとではより強くAPC/Cと結合する傾向がみられた.
 これらの実験結果は,紡錘体チェックポイント複合体がそれ自体に含まれるCdc20だけでなく,APC/Cと結合しているCdc20も阻害できる可能性を示唆した.この仮説を検証するため,APC/Cの活性を生化学的に測定する系に組換え紡錘体チェックポイント複合体をくわえて解析した.この系ではCdc20に依存的にAPC/Cが活性化されるが,組換え紡錘体チェックポイント複合体のみをくわえた条件ではAPC/Cは非常に弱くしか活性化されなかった.しかし,Cdc20および組換え紡錘体チェックポイント複合体を同時にくわえたところ,Cdc20によるAPC/Cの活性化が組換え紡錘体チェックポイント複合体により強く阻害された.さらに厳しい条件として,Cdc20の結合した活性化型APC/Cを用いた反応を進行させた5分後に組換え紡錘体チェックポイント複合体をくわえたときにもAPC/Cの活性化は強く阻害されたことから,紡錘体チェックポイント複合体は活性化型APC/Cの活性を直接的かつ迅速に阻害することが示唆された.

2.紡錘体チェックポイント複合体とCdc20との結合は紡錘体チェックポイントの活性に必須である

 ヒトの細胞を用いて紡錘体チェックポイント複合体とCdc20との結合の紡錘体チェックポイントへの寄与について解析した.微小管重合阻害剤の存在のもとでは紡錘体の不安定化を介して紡錘体チェックポイントが恒常的に活性化し,細胞分裂は分裂前中期において長時間にわたり停止する.紡錘体チェックポイント複合体とCdc20との結合領域を同定し,その変異体を微小管重合阻害剤の存在のもとで解析することにより,紡錘体チェックポイントへの寄与を解析することができる.Cdc20は構造をもたないN末端領域とWDリピート構造をもつC末端領域からなる(図3).APC/Cの基質はDボックスおよびKENボックスとよばれるCdc20により認識される配列をもちCdc20のWDリピート構造と結合するが,その結合の様式は分裂酵母の紡錘体チェックポイント複合体の結晶構造解析により明らかにされている9).BubR1はAPC/Cの基質ではないが,いくつかのDボックスと2つのKENボックスをもち,この2つのKENボックスはいずれも紡錘体チェックポイントの活性に必要である4)図3).とくに,1つ目のKENボックス(KEN1)はCdc20のWDリピート構造に結合し紡錘体チェックポイント複合体の形成に必須である.これらの配列に着目し,Dボックスおよび2つ目のKENボックス(KEN2)に変異をもつBubR1変異体を含む組換え紡錘体チェックポイント複合体,および,Dボックスとの結合部位あるいはKENボックスとの結合部位に変異をもつCdc20変異体を作製し,それぞれの結合活性について解析した.

figure3

 Dボックスとの結合部位あるいはKENボックスとの結合部位に変異をもつCdc20変異体は組換え紡錘体チェックポイント複合体との結合が低下し,DボックスおよびKEN2に変異をもつBubR1を含む組換え紡錘体チェックポイント複合体もCdc20との結合能に低下がみられ,相補的な結果が得られた.BubR1のDボックスおよびKEN2は単体のCdc20との結合には必要ないことから,単にBubR1が2分子のCdc20と結合しているのではなく,紡錘体チェックポイント複合体としてもう1分子のCdc20と結合していることが示唆された.紡錘体チェックポイント複合体とCdc20との結合の紡錘体チェックポイントへの寄与について解析するため,RNAi法によりBubR1をノックダウンしDボックスに変異をもつBubR1変異体により相補した細胞を用いて紡錘体チェックポイントの活性を調べた.これまでの結果から,Dボックスに変異をもつBubR1変異体は紡錘体チェックポイント複合体を形成することがわかっていたことから,この実験により紡錘体チェックポイント複合体とCdc20との結合の低下による紡錘体チェックポイントへの影響を特異的に解析することができる.その結果,Dボックスに変異をもつBubR1変異体による相補状態では紡錘体チェックポイントの活性はほとんど検出されず,すなわち,紡錘体チェックポイント複合体がCdc20と結合することは紡錘体チェックポイントにおいて必須な機構であることが明らかにされた.

3.紡錘体チェックポイント複合体は染色体分配に対する遅延シグナルのない状態においても活性化型APC/Cを阻害する

 これまでの結果から,紡錘体チェックポイント複合体は2分子目のCdc20に作用して活性化型APC/Cを抑制し,その相互作用は紡錘体チェックポイントに必須であることがわかった.しかし,分裂前中期の細胞において紡錘体チェックポイント複合体が活性化型APC/Cを抑制していることを示す直接的な証拠を得ることは非常に困難であった.そこで,動原体に依存せずに形成され不活性化されない安定化型の紡錘体チェックポイント複合体を作製した.通常,分裂中期において紡錘体チェックポイント複合体は不活性化し,そこから解放されたCdc20がAPC/Cを活性化することにより染色体分配が誘導される.したがって,この安定化型の紡錘体チェックポイント複合体を細胞に発現させると,分裂中期において内在性のCdc20の結合した活性化型APC/Cが存在しつつ,外来性の安定化型の紡錘体チェックポイント複合体の存在する状況をつくりだすことができる.もし,この安定化型の紡錘体チェックポイント複合体が活性化型APC/Cを阻害できるのならば,この条件において染色体分配は遅延するはずである.実験を行ったところ,安定化型の紡錘体チェックポイント複合体は染色体分配を遅延もしくは完全に抑制するという予想どおりの結果が得られた.さらに,阻害剤を用いて染色体分配に対する遅延シグナルを消失させた状況においても,安定化型の紡錘体チェックポイント複合体は細胞の全体に拡散し染色体分配を遅延させたことから,紡錘体チェックポイント複合体は細胞の全体にはたらく拡散性の遅延シグナルそのものであることが強く示唆された.くわえて,この安定化型の紡錘体チェックポイント複合体の発現による染色体分配の遅延は,紡錘体チェックポイント複合体とCdc20との結合を弱めるDボックスに変異をもつBubR1変異体を導入することにより抑圧されたことから,安定化型の紡錘体チェックポイント複合体は活性化型APC/Cとの相互作用を介して染色体分配を遅延させることの確かな証拠が得られた.
 ここまでの結果から,紡錘体チェックポイント複合体それ自体が細胞の全体にいきわたる拡散性の染色体分配に対する遅延シグナルの正体であるというモデルを提唱した(図2).いくつかの結果は,紡錘体チェックポイント複合体が細胞質に分布する活性化型APC/Cを阻害できることを示しているが,安定型の紡錘体チェックポイント複合体を用いているため完全には示し切れていない.内在性の紡錘体チェックポイント複合体がAPC/C,紡錘体チェックポイント複合体,Cdc20からなる複合体をどのように形成するかについては議論の余地がありさらなる解析が必要とされるが,現実的には解析はむずかしく,新しい手法の開発が必要になるだろう.

おわりに

 今回の研究において,紡錘体チェックポイント複合体の新しい機能を発見し,紡錘体チェックポイントは紡錘体チェックポイント複合体の形成をとおして,APC/Cの活性化を“ふせぐ”というより活性化型APC/Cの直接的な“阻害剤”を形成していることが明らかにされた.この違いは非常に大きく,in silicoにおける研究を含めた紡錘体チェックポイントの研究分野の全般に大きな変革をひき起こすと考えられる.
 最終的には,筆者本人ですら途方もないことを考えていると感じるくらいの結果になった.その結論にいたる過程においては,最初に,細胞において安定化型の紡錘体チェックポイント複合体が活性化型APC/Cを阻害するという実験結果が得られたが,その現象を説明する仮説や相補するほかの実験結果が得られず,その解釈は長いあいだ不明であった.紡錘体チェックポイント複合体はCdc20,Mad2,BubR1の1対1対1の複合体であることが結晶構造からも示されており,APC/Cと紡錘体チェックポイント複合体との複合体が形成されるとCdc20はもはやAPC/Cとは結合できないという固定観念にとらわれていた.きっかけは,APC/C,紡錘体チェックポイント複合体,Cdc20からなる複合体が存在しうるという仮説を許容することからはじまり,別の目的で精製していた組換え紡錘体チェックポイント複合体を用いて生化学的な手法により解析したところまさにそのとおりであり,“途方もない仮説”が真実であることを確信した.そののち,紡錘体チェックポイント複合体とCdc20との結合領域をなんとか同定し,最終的に論文としてまとめあげることができた.2011年の筆者らの論文において,紡錘体チェックポイント複合体とCdc20はそれぞれAPC/Cの異なる領域において結合することを示していたが10)新着論文レビュー でも掲載),今回の発見は,結果的に前回の発見の生理学的な意義を見い出し相補するかたちになった.
 20年以上まえに紡錘体チェックポイントの概念が発見され,酵母の遺伝学から紡錘体チェックポイントにおける必須遺伝子が同定された.そののちの10年でMad2およびBubR1の詳細な機能解析とそれらの複合体である紡錘体チェックポイント複合体の発見,そして,2年前には分裂酵母の紡錘体チェックポイント複合体の結晶構造が解かれるにいたった.これら研究の進展に強い衝撃をうけるとともに,紡錘体チェックポイントの分野も折り返し地点を過ぎてしまったように感じていた.しかし,この研究の過程において分裂酵母とヒトの紡錘体チェックポイント複合体にはいくつかの相違点のあることが示唆され,まだまだやるべきことは多く残っていることを痛感している.

文 献

  1. Lara-Gonzalez, P., Westhorpe, F. G. & Taylor, S. S.: The spindle assembly checkpoint. Curr. Biol., 22, R966-R980 (2012)[PubMed]
  2. De Antoni, A., Pearson, C. G., Cimini, D. et al.: The Mad1/Mad2 complex as a template for Mad2 activation in the spindle assembly checkpoint. Curr. Biol., 15, 214-225 (2005)[PubMed]
  3. Izawa, D. & Pines, J.: Mad2 and the APC/C compete for the same site on Cdc20 to ensure proper chromosome segregation. J. Cell Biol., 199, 27-37 (2012)[PubMed]
  4. Lara-Gonzalez, P., Scott, M. I., Diez, M. et al.: BubR1 blocks substrate recruitment to the APC/C in a KEN-box-dependent manner. J. Cell Sci., 124, 4332-4345 (2011)[PubMed]
  5. Herzog, F., Primorac, I., Dube, P. et al.: Structure of the anaphase-promoting complex/cyclosome interacting with a mitotic checkpoint complex. Science, 323, 1477-1481 (2009)[PubMed]
  6. Tang, Z., Shu, H., Oncel, D. et al.: Phosphorylation of Cdc20 by Bub1 provides a catalytic mechanism for APC/C inhibition by the spindle checkpoint. Mol. Cell, 16, 387-397 (2004)[PubMed]
  7. Dick, A. E. & Gerlich, D. W.: Kinetic framework of spindle assembly checkpoint signalling. Nat. Cell Biol., 15, 1370-1377 (2013)[PubMed]
  8. Han, J. S., Holland, A. J., Fachinetti, D. et al.: Catalytic assembly of the mitotic checkpoint inhibitor BubR1-Cdc20 by a Mad2-induced functional switch in Cdc20. Mol. Cell, 51, 92-104 (2013)[PubMed]
  9. Chao, W. C., Kulkarni, K., Zhang, Z. et al.: Structure of the mitotic checkpoint complex. Nature, 484, 208-213 (2012)[PubMed]
  10. Izawa, D. & Pines, J.: How APC/C-Cdc20 changes its substrate specificity in mitosis. Nat. Cell Biol., 13, 223-233 (2011)[PubMed] [新着論文レビュー]

著者プロフィール

伊澤 大介(Daisuke Izawa)
略歴:2006年 東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了,同年より英国Cambridge大学 研究員.
研究テーマ:ヒトの細胞における紡錘体チェックポイントの機構.
関心事:染色体分配の異常とがん化との関連.CNSでの論文発表よりむずかしい人生のいくつかのこと.

© 2014 伊澤 大介 Licensed under CC 表示 2.1 日本


フェムト秒X線レーザーにより明らかにされた1.95Å分解能における光化学系II複合体の天然状態の構造

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菅 倫寛・秋田総理・沈 建仁
(岡山大学大学院自然科学研究科 地球生命物質科学専攻構造生物学分野)
email:沈 建仁

Native structure of photosystem II at 1.95Å resolution viewed by femtosecond X-ray pulses.
Michihiro Suga, Fusamichi Akita, Kunio Hirata, Go Ueno, Hironori Murakami, Yoshiki Nakajima, Tetsuya Shimizu, Keitaro Yamashita, Masaki Yamamoto, Hideo Ago, Jian-Ren Shen
Nature, DOI: 10.1038/nature13991

要 約

 光化学系II複合体は光エネルギーを利用して水分子から酸素分子を発生させることのできる唯一の天然触媒であり,この触媒を模倣した人工触媒ができれば,太陽光からクリーンなエネルギーを無尽蔵に産出することが可能になるため,エネルギー問題や環境問題を解決する糸口として期待されている.しかしながら,これまで報告された光化学系II複合体の結晶構造はシンクロトロンのX線を用いて解析されたものであり,反応を触媒する部分が放射線の影響をうけて天然状態とはわずかに異なった構造になっていることが示唆されていた.今回,筆者らは,自由電子レーザー施設を利用して光化学系II複合体のフェムト秒X線結晶構造解析を行い,水分解反応の触媒である酸素発生中心の構造を天然状態のまま1.95Å分解能で決定した.得られた酸素発生中心の構造はX線吸収微細構造の測定および理論計算により提唱されていたMn-Mnの距離とその長さが一致しており,放射線による損傷のまったくない構造であることが示唆された.構造にもとづき,水分解反応の開始状態では酸素発生中心を構成するMnの価数はMn1Dが+3,Mn2Cが+4,Mn3Bが+4,Mn4Aが+3であること,水分解反応における基質分子O5の化学種はOH-であること,および,その反応機構を提唱した.

はじめに

 光合成は植物や各種の藻類の行う,太陽光を利用してCO2と水から有機物をつくる反応であり,その副産物である酸素分子はわれわれ人類を含む地球上のすべての好気性生物の生存をささえている.光合成において最初に起こるのは光エネルギーの吸収,一連の電子伝達,水分解反応であり,これらの反応は光化学系II複合体により触媒されている.光化学系II複合体は20個のタンパク質サブユニットと多数の補欠因子から構成される700 kDaの巨大な膜タンパク質複合体であり,その“心臓”部分である酸素発生中心においては文字どおり水分子が水素原子,酸素原子,電子へと分解され最終的に酸素分子が発生する.酸素発生中心の触媒する水分解反応は人工光合成への応用が期待されており,エネルギー問題がクローズアップされる昨今において加速度的に注目が高まっている.2011年,光化学系II複合体の1.9Å分解能でのX線結晶構造解析が成功し,酸素発生中心が“ゆがんだイス型構造”のMn4CaO5クラスターであることがつきとめられた1).この酸素発生中心の構造は水分子を含む詳細な構造情報を提供し水分解反応の理解を大きく進展させたが,これまで報告されていたX線吸収微細構造を用いて決定されたMn-Mnの距離と比べると0.1~0.2Å長くなっており,シンクロトロンのX線を用いて決定した結晶構造は放射線による損傷の影響をうけている可能性を否定できなかった.とくに,Mn4CaO5クラスターの5つの酸素原子のうち,O5とよばれる酸素原子はそのまわりのMnとの結合距離がきわめて長く,このような長い結合距離が放射線による損傷に由来するのか,あるいは,本来の特徴を示しているのか不明であった.
 しかし近年,X線自由電子レーザーとよばれる新しい技術が生まれたことにより,これまで不可能とされていた放射線による損傷をうけていない結晶構造を決定する方法が実現した.X線自由電子レーザーでは従来のシンクロトロンの100兆倍もの明るいX線を10フェムト秒の露光時間に試料に入射することができる.このようなX線自由電子レーザーのパルスを利用すれば,ピコ秒単位で起こるといわれている放射線損傷により構造変化の起こるまえにX線回折データを収集することができるので,損傷をうけていない天然状態の構造を決定することができる.

1.光化学系II複合体のフェムト秒X線結晶構造解析

 一般に,酵素による触媒反応は触媒中心の官能基と基質の構造や相互作用がごくわずかずつ変化することにより進行する.このごくわずかな構造や相互作用の変化と放射線損傷による構造の変化とを区別することは困難なため,触媒反応を完全に理解するには放射線損傷による構造変化が起こらない方法での構造解析が不可欠である.また,わずかな構造や相互作用の変化を正確に検知するためには高分解能の構造解析が必要である.放射線損傷の影響のまったくない光化学系II複合体の高分解能の結晶構造を得ることを目的として,何千個にもおよぶ光化学系II複合体の大型の結晶を調製し,X線自由電子レーザーを用いてフェムト秒X線結晶構造解析を行った.X線自由電子レーザーの特性を活かした構造解析の例としてはナノサイズの微結晶を用いるシリアルフェムト秒結晶構造解析がよく知られているが,結晶格子のサイズが8 MÅ3にもおよぶ光化学系II複合体などの巨大な膜タンパク質では,シリアルフェムト秒結晶構造解析を適用した場合の回折分解能に限界がある2-4).大型の結晶を用いたフェムト秒X線結晶構造解析の最大の特長は,回折に寄与する結晶の体積を大きくすることにより回折分解能を確保し,かつ,振動領域の連続した一連の静止回折写真を取得することにより既存の構造解析の手法の適用が可能なところにある5).結晶においてビームの照射位置をそれぞれ50μm以上あけ,巨大な結晶において放射線損傷のおよんでいない場所へビームの照射位置を移動させながら一連の回折写真を取得することにより,無損傷の回折データを収集した.得られた回折データは1.95Å分解能で構造解析され,その構造はシンクロトロンのX線を用いて決定した結晶構造の分解能とほぼ同等であり,水分解反応の機構を議論するのに十分な精度をもっていた(図1a,PDB ID:4UB64UB8).

figure1

2.酸素発生中心の構造

 X線自由電子レーザーにより得られた酸素発生中心の全体構造はこれまでに報告されていたシンクロトロンのX線を用いて得られた構造と非常によく似ていたが,Mn-Mnの距離およびMn-Oの距離に顕著な違いがみられた.Mn-Mnの距離はMn1D-Mn2Cが2.7Å,Mn1D-Mn3Bが3.2Å,Mn1D-Mn4Aが5.0Å,Mn2C-Mn3Bが2.7Å,Mn2C-Mn4Aが5.2Å,Mn3B-Mn4Aが2.9Åとなっており,すべてのMn-Mnの距離がシンクロトロンのX線による構造と比べ0.1~0.2Å短くなっていた(図1b).これらの距離はX線吸収微細構造により報告されていたものともよく一致しており,X線自由電子レーザーにより放射線損傷のない構造の得られたことが支持された.一方で,Mn-Caの距離はMn1D-Caが3.5Å,Mn2C-Caが3.3Å,Mn3B-Caが3.4Å,Mn4A-Caが3.8Åとなっており,シンクロトロンのX線による構造と大きな差はみられなかった(図1c).
 シンクロトロンのX線により得られた酸素発生中心の構造においてもっとも特徴的な点は,O5がほかの酸素原子と比べ異常に長い結合距離をもつ点であった.シンクロトロンのX線による構造では,O5とMn1D,Mn3B,Mn4A,Caとの結合距離は2.4Åから2.7Åであり,換言すると,O5は周囲との結合がとくに弱く不安定な状態で存在していた.X線自由電子レーザーにより得られた酸素発生中心の構造では,Mn3B-O5が2.2Å,Mn4A-O5が2.3Å,Mn1D-O5が2.7Å,Ca-O5が2.5Åとなっており,Mn3B,Mn4A,Caとの結合は0.2Å短くなり,Mn1Dとの結合は逆に0.1Å長くなっていた(図1d).これまでのシンクロトロンのX線による構造解析では,長い結合距離をもつO5の性質は放射線損傷によるアーティファクトである可能性が否定できなかったが,X線自由電子レーザーによる構造解析によりこの性質が酸素発生中心に固有のものであり,したがって,O5が水分解反応の基質分子として反応機構に深くかかわっていることがあらためて示された.
 これまでのシンクロトロンのX線による構造をもとにした理論計算から,O5の化学種をO2-とした場合,O5はMn4AあるいはMn1Dのいずれかにひき寄せられ,右型構造あるいは左型構造となることがわかっており,X線自由電子レーザーによる構造においてみられたような長い結合距離は再現できない.一方,O5の化学種をOH-とすると結合距離は少しだけ長くなり,X線自由電子レーザーによる構造においてみられた特徴をある程度まで反映する6).このような先行研究の結果にもとづき,水分解反応の開始状態ではO5がOH-であり,なおかつ,Mn1DおよびMn4Aがそれぞれ+3の価数をもち,Mn1D-O5とMn4A-O5の方向にMn+3に特有のJahn-Teller軸が存在することによりO5の長い結合距離が現われることを提案した.この提案は,55Mn-電子核スピン共鳴法および理論計算により示された,S2状態でMn1Dが+3の価数をもつという実験の結果とも一致した7)

3.水分解の反応機構

 X線自由電子レーザーを用いて決定された水分解反応の開始状態の構造にもとづき,O5の化学種がOH-であり基質分子である可能性の高いことが示唆されたので,この知見から水分解反応の機構を提唱した(図2).まず,S1状態においてはMn1DおよびMn4Aが同じ+3の価数をもち,さらに,Jahn-Teller効果によりMn1D-O5とMn4A-O5は長い結合距離をもつ.電子がひき抜かれS2状態になるとMn1DあるいはMn4Aのいずれかが+4の価数をもつことになり,O5は一方のMnの正の電荷が高くなったこと,および,Jahn-Teller軸の消失により,+4の価数をもつMnの側にひき寄せられる.このとき,Mn4Aの価数が+4になればO5はMn4Aの側にひき寄せられMn3CaO4のキュバンの部分は開いた構造をとり,その結果,Mn1Dの側にスペースができる(O5の右にスペースができるので右型構造とよばれる).逆に,Mn1Dの価数が+4になればO5はMn1Dの側にひき寄せられMn3CaO4のキュバンの部分の閉じた左型構造になる.つづくS3状態およびS4状態では,この開いたスペースに新しい水分子が入りO5とO=O結合を形成する.生成された酸素分子は排出され酸素発生中心はS0状態にもどり,新たな水分子がO5の位置へと取り込まれる.つづくS0状態からS1状態への遷移にともない,水分子からプロトンが抜き取られることによりO5はOH-になり,S1状態へもどる.これらの一連の反応機構は理論計算の結果8),および,最近の電子スピン共鳴による結果9) とも大方で一致していた.

figure2

おわりに

 この研究により,水分解反応を触媒する酸素発生中心の天然状態における構造が明らかになり,その構造にもとづき,O5がOH-であることだけでなく,O5を基質分子のひとつとする水分解反応の機構を提唱した.これらの知見は,水分解反応の基本原理を提供し,人工光合成を行う触媒のデザインのためのモデルテンプレートとなることが期待される.
 しかしながら,今回,決定されたのは水分解反応の開始状態の構造であり,基質分子となるもう1つの水分子がどこから供給されるのか,O5を中心とする反応機構が本当に機能しているのか,H+の放出場所はどこかなど,解明すべき点は多く残っている.反応機構の全貌を解明するためには,光化学系II複合体の中間状態での高分解能の構造情報が必須であり,これらの中間体の構造解析にもX線自由電子レーザーは大きな威力を発揮すると考えられる.X線自由電子レーザーを利用した構造生物学的な研究はまさに産声をあげたばかりであり,今後の展開が注目される.

文 献

  1. Umena, Y., Kawakami, K., Shen, J. R. et al.: Crystal structure of oxygen-evolving photosystem II at a resolution of 1.9Å. Nature, 473, 55-60 (2011)[PubMed]
  2. Kern, J., Alonso-Mori, R., Tran, R. et al.: Simultaneous femtosecond X-ray spectroscopy and diffraction of photosystem II at room temperature. Science, 340, 491-495 (2013)[PubMed]
  3. Kern, J., Tran, R., Alonso-Mori, R. et al.: Taking snapshots of photosynthetic water oxidation using femtosecond X-ray diffraction and spectroscopy. Nat. Commun., 5, 4371 (2014)[PubMed]
  4. Kupitz, C., Basu, S., Grotjohann, I. et al.: Serial time-resolved crystallography of photosystem II using a femtosecond X-ray laser. Nature, 513, 261-265 (2014)[PubMed]
  5. Hirata, K., Shinzawa-Itoh, K., Yano, N. et al.: Determination of damage-free crystal structure of an X-ray-sensitive protein using an XFEL. Nat. Methods, 11, 734-736 (2014)[PubMed]
  6. Shoji, M., Isobe, H., Yamanaka, S. et al.: Theoretical modelling of biomolecular systems I. Large-scale QM/MM calculations of hydrogen-bonding networks of the oxygen evolving complex of photosystem II. Mol. Phys., DOI: 10.1080/00268976.2014.960021
  7. Cox, N., Rapatskiy, L., Su, J. H. et al.: Effect of Ca2+/Sr2+ substitution on the electronic structure of the oxygen-evolving complex of photosystem II: a combined multifrequency EPR, 55Mn-ENDOR, and DFT study of the S2 state. J. Am. Chem. Soc., 133, 3635-3648 (2011)[PubMed]
  8. Siegbahn, P. E.: Water oxidation mechanism in photosystem II, including oxidations, proton release pathways, O-O bond formation and O2 release. Biochim. Biophys. Acta, 1827, 1003-1019 (2013)[PubMed]
  9. Cox, N., Retegan, M., Neese, F. et al.: Electronic structure of the oxygen-evolving complex in photosystem II prior to O-O bond formation. Science, 345, 804-808 (2014)[PubMed]

著者プロフィール

菅 倫寛(Michihiro Suga)
略歴:2009年 大阪大学大学院理学研究科 修了,大阪大学蛋白質研究所 研究員,米国Oregon Health & Science大学 研究員を経て,岡山大学大学院自然科学研究科 特任助教(現 助教).
研究テーマ:膜タンパク質の構造生物学.

秋田 総理(Fusamichi Akita)
岡山大学大学院自然科学研究科 助教.

沈 建仁(Jian-Ren Shen)
岡山大学大学院自然科学研究科 教授.

© 2014 菅 倫寛・秋田総理・沈 建仁 Licensed under CC 表示 2.1 日本

減数第1分裂に特異的な染色体分配の司令塔としてはたらく新規の動原体タンパク質MEIKIN

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石黒啓一郎・金 智慧・渡邊嘉典
(東京大学分子細胞生物学研究所 染色体動態研究分野)
email:石黒啓一郎金 智慧渡邊嘉典

Meikin is a conserved regulator of meiosis-I-specific kinetochore function.
Jihye Kim, Kei-ichiro Ishiguro, Aya Nambu, Bungo Akiyoshi, Shihori Yokobayashi, Ayano Kagami, Tadashi Ishiguro, Alberto M. Pendas, Naoki Takeda, Yogo Sakakibara, Tomoya S. Kitajima, Yuji Tanno, Takeshi Sakuno, Yoshinori Watanabe
Nature, 517, 466-471 (2015)

要 約

 減数分裂における染色体分配の様式は,第1分裂に還元型の染色体分配がある点で,体細胞にみられる均等型の染色体分配とは異なる.減数第1分裂の染色体において特異的にみられる“動原体の一方向性の結合”および“動原体の接着”は,減数分裂における染色体分配の様式の分子機構を理解するための鍵とされてきた.今回,筆者らは,マウスの生殖細胞より減数第1分裂において特異的に発現および局在する新規の動原体タンパク質MEIKINを同定した.ノックアウトマウスの解析から,MEIKINが動原体の一方向性の結合および動原体の接着において重要な役割をはたしていることが明らかにされた.さらに,この機能の多くが,MEIKINと相互作用するPoloキナーゼにより担われていることが明らかにされた.驚くべきことに,MEIKINおよびPoloキナーゼを介する動原体の制御の分子機構は酵母からヒトまで種をこえて保存されていた.MEIKINの発見は,長年にわたり謎につつまれていた減数第1分裂における動原体の制御機構の解明に大きな道筋をあたえた.

はじめに

 減数分裂における染色体分配は,減数分裂のまえのS期における1回の複製ののち,減数第1分裂にみられる相同染色体の分配(還元型の染色体分配),および,ひきつづいて起こる姉妹染色分体の分離(均等型の染色体分配)の2回の連続した染色体分配の過程からなる(図1).体細胞分裂と比較した場合,減数分裂では減数第1分裂に還元型の染色体分配のある点が両者の本質的な相違である.

figure1

 体細胞分裂では姉妹染色分体の動原体がそれぞれ両極から伸びてくるスピンドル微小管により反対方向の位置から捕捉されること(動原体の二方向性の結合)により,姉妹染色分体が反対の方向に均等に分配される.これに対して,減数第1分裂では姉妹染色分体の動原体はあたかもひとつの融合した動原体のようにふるまうことにより一方向から伸びてくるスピンドル微小管により捕捉されるようになり(動原体の一方向性の結合),キアズマにより物理的につながった相同染色体がそれぞれ反対の方向に分配される.さらに,減数第1分裂では姉妹染色分体のセントロメアにおける接着が維持されることにより,動原体どうしが接着したままであることが特徴である.このように,減数第1分裂の染色体において特異的にみられる“動原体の一方向性の結合”および“動原体の接着”の2つの問題を解くことが,減数分裂における染色体分配の様式の本質を理解するための鍵とされてきた.
 これら動原体の一方向性の結合および動原体の接着の問題については,すでに酵母を用いた先行研究からいくつかの重要な事実が示されている.筆者らの研究室による分裂酵母を用いた研究から,Moa1とよばれる動原体タンパク質が減数第1分裂におけるスピンドル微小管に対する動原体の一方向性の結合,および,セントロメア中央領域における姉妹染色分体の接着の維持に必要であることが明らかにされている1).分裂酵母のセントロメアは動原体タンパク質が位置する中央領域と外側領域から構成される.通常の体細胞分裂ではセントロメア外側領域において体細胞型のRAD21型コヒーシンにより姉妹染色分体の接着が確立されるのに対し,減数第1分裂ではセントロメア外側領域のみならずセントロメア中央領域においても減数分裂型のREC8型コヒーシンにより姉妹染色分体の接着が確立される(図2).これにより,通常の体細胞分裂では姉妹染色分体の動原体が背中合わせ(back-to-back)の配向をとるのに対し,減数第1分裂ではMoa1とREC8によってセントロメア中央領域における姉妹染色分体の接着が維持されることにより姉妹染色分体の動原体が横並び(side-by-side)の配向を示すものと考えられている2,3).実際に,Moa1に変異を導入した分裂酵母における減数第1分裂では,セントロメア中央領域における姉妹染色分体の接着が解消されると同時に動原体の一方向性の結合が失われるため,還元型の染色体分配ではなく均等型の染色体分配が誘発されてしまう1).同様に,出芽酵母においてもSpo13 4,5),あるいは,モノポリンとよばれる動原体タンパク質複合体の構成サブユニットMam1 6) が,減数第1分裂に特異的な動原体の一方向性の結合やセントロメアにおける姉妹染色分体の接着に関与することが示唆されている.しかしながら,酵母の研究において見い出されていたこれらのタンパク質には互いにアミノ酸配列レベルでの相同性がみられず,また,共通の分子機構が保存されているのかどうかについても議論の余地が残されていた.とりわけ高等動物においては,動原体の接着のみならず動原体の一方向性の結合をも含めた減数分裂に特化した染色体分配の様式を生み出す分子機構の存在が予測されながらも,その実体の解明は長年の懸案とされていた.

figure2

 今回,筆者らは,マウスを用いた研究から,減数分裂に特異的な新規の動原体タンパク質MEIKINを同定した.さらに,MEIKINと相互作用するPoloキナーゼが減数分裂における動原体の一方向性の結合および動原体の接着を制御することが明らかにされた.この減数分裂における動原体の制御の分子機構は,これまでの研究において混沌としていた分裂酵母および出芽酵母の系においても,本質的には保存されていることが明らかにされた.

1.減数第1分裂に特異的な新規の動原体タンパク質MEIKINの発見

 筆者らの研究室における分裂酵母を用いた先行研究において,動原体タンパク質CENP-Cの分裂酵母ホモログCnp3がMoa1と直接的に結合することが見い出されていた7).さらに,Cnp3のC末端側に位置するMif2モチーフおよびCENPCモチーフがMoa1との相互作用に必須であり,CENP-CのC末端側にあるこれらのモチーフは広い種のあいだで保存されていることがわかっていた.そこで,マウスの減数第1分裂においても,同様のタンパク質がCENP-Cとの相互作用により動原体に局在を示すであろうとの仮説のもと,マウスにおけるMoa1に相当するタンパク質の同定を目的として,マウスのCENP-CのC末端側のペプチドをベイトにした酵母ツーハイブリッドスクリーニングにより,マウスの精巣のcDNAライブラリーからCENP-Cと相互作用するタンパク質をしぼり込んだ.その結果,CENP-Cと相互作用を示す候補タンパク質のなかから,精巣および卵巣において特異的にmRNAの発現を示す未解析のタンパク質4930404A10Rikが同定された.このタンパク質に対する抗体を用いた免疫染色から,精母細胞および卵母細胞の減数第1分裂前期のパキテン期から減数第1分裂中期にかけて動原体に局在し,減数第2分裂において消失することが判明した.この減数第1分裂に特異的な新規の動原体タンパク質をMEIKIN(meiosis-specific kinetochore protein)と命名した.MEIKINはヒトを含む脊椎動物において保存されていたが,これまで酵母においてみつかっていた減数分裂の動原体タンパク質とはアミノ酸配列レベルでの相同性がみられず,また,既知のドメインをもたないユニークなタンパク質であった.

2.MEIKINはセントロメアにおける姉妹染色分体の接着の維持に必要である

 MEIKINの機能を探るためMeikin遺伝子を欠損したマウスを作製し,その表現型を解析した.Meikinノックアウトマウスは正常に発生し成長したものの,雌雄ともに不妊の表現型を示した.Meikinノックアウトマウスの精母細胞および卵母細胞は減数第1分裂前期から減数第1分裂前中期にかけて野生型マウスと同様にステージを進行し,染色体の軸構造の形成,相同染色体の対合,染色体の凝縮についてはいっけん正常な様相を示した.しかしながら,生細胞イメージングによる詳細な解析から,Meikinノックアウトマウスの卵母細胞では減数第1分裂中期から減数第1分裂後期へと進行したとたんに姉妹染色分体が早期に分離してしまい,その結果,減数第2分裂において染色体が赤道面に整列することなくバラバラになる様相が観察された.これを裏づけるように,減数第1分裂の染色体分配が開始される直前までは野生型マウスおよびMeikinノックアウトマウスにおいて姉妹染色分体のあいだの軸に同じ程度の減数分裂型のREC8型コヒーシンの局在が観察されたものの,減数第2分裂へ進行した時点で,野生型マウスにおいてはセントロメアに姉妹染色分体をつなぎとめるREC8型コヒーシンが残存していたのに対し,Meikinノックアウトマウスにおいてはセントロメアの大部分のREC8型コヒーシンが消失していることが判明した.このことは,MEIKINが減数第1分裂の染色体分配において動原体の接着を維持するのに必須の役割をはたしていることを示唆した.
 興味深いことに,Meikinノックアウトマウスにおいてみられた表現型は,筆者らの研究室による先行研究において観察されていた,Shugoshin(Sgo)を欠損したときのようす8,9) ともいっけん似ていた.減数第1分裂の過程において,Sgo2がREC8型コヒーシンをセパラーゼとよばれるプロテアーゼによる分解から保護することによりセントロメアにおける姉妹染色分体の接着が維持されることがわかっている9).実際に,MeikinノックアウトマウスにおいてはSgo2のセントロメアへの局在が低下したという観察から,MEIKINが少なくともSgo2の局在を安定化することによりセントロメアの接着を制御していることが示唆された.

3.MEIKINは動原体の一方向性の結合を促進する

 減数第1分裂の染色体分配が開始されるまえの減数第1分裂前中期の卵母細胞および精母細胞において姉妹染色分体の動原体のあいだの距離を測定したところ,Meikinノックアウトマウスでは野生型に比べ有意に離れていることが明らかにされた.このことから,Meikinノックアウトマウスでは動原体の一方向性の結合の性質が欠損している可能性が考えられた.
 では,Meikinノックアウトマウスでは減数第1分裂のすべての染色体において体細胞のような均等型の染色体分配が誘発されているのであろうか? 先行研究から,2本の相同染色体をつなぐキアズマがあるとそれらのあいだに張力が発生するため,みかけ,動原体の一方向性の結合の欠損が打ち消されてしまうことが知られている1).そこで,Mlh1ノックアウトマウスを用いた遺伝学的なトリックを駆使し,MEIKINの欠損により動原体が一方向性の結合の性質を部分的に失うことを見い出した(図3).

figure3

 Mlh1ノックアウトマウス10) では減数分裂組換えの交差型の修復に支障があるため,多くの相同染色体のあいだにキアズマが形成されず染色体が赤道面にうまく整列できない.これは,Mlh1ノックアウトマウスのキアズマをもたない染色体においては動原体の一方向性の結合の性質が残っているため,これらが両側からのスピンドル微小管にとらえられないことによる.ところが驚くべきことに,Mlh1ノックアウトマウスにMEIKINの欠損を導入すると,キアズマをもたない染色体においても赤道面への整列が部分的に回復した.この観察は,Mlh1ノックアウトマウスにおけるMEIKINの欠損により,一方向性の結合の性質を失った動原体がそれぞれ反対の方向から延びてきたスピンドル微小管により捕捉されたことを意味した.

4.MEIKINは減数第1分裂においてPoloキナーゼ1を動原体にリクルートする

 MEIKINによりもたらされる動原体の接着の維持および一方向性の結合の分子機構はいったい何であろうか? MEIKINをベイトにした酵母ツーハイブリッド法および精巣のクロマチン画分からのMEIKINの免疫沈降と質量分析法を駆使し,MEIKINと相互作用するタンパク質をスクリーニングした.その結果,Poloキナーゼ1がMEIKINのpoloボックス結合モチーフを介し相互作用することが判明した.野生型マウスの場合,Poloキナーゼ1は減数第1分裂前期のディプロテン期から減数第1分裂後期にかけて動原体に局在すること,さらに,Meikinノックアウトマウスではその局在が大幅に消失することが明らかにされた.
 実際に,野生型マウスの減数第1分裂前中期の卵母細胞にPoloキナーゼ1の阻害剤であるBI2536を短時間だけ処理すると,Meikinノックアウトマウスにおいてみられた表現型と同様に,減数第2分裂に進行した時点での染色体の赤道面への整列の異常やセントロメアにおけるREC8型コヒーシンの消失が観察された.このことは,動原体に局在するPoloキナーゼ1が減数第1分裂において動原体の接着を維持するのに重要な役割をはたしていることを示唆した.
 さらに,Mlh1ノックアウトマウスの卵母細胞へのPoloキナーゼ1阻害剤の処理により,減数第1分裂前中期の多くの染色体において赤道面への整列が回復すること,さらに,動原体が両方向に引っ張られていることが観察された.これらの事実は,Mlh1とMeikinのダブルノックアウトマウスにおいてみられた表現型と同様に,動原体に局在するPoloキナーゼ1が失活したことにより動原体が一方向性の結合の性質を失ったという考えを支持した.したがって,MEIKINにより動原体にリクルートされるPoloキナーゼ1が,減数第1分裂の染色体分配において動原体の接着の維持および動原体の一方向性の結合に中心的な役割をはたしていると結論された.MEIKINによりリクルートされるPoloキナーゼ1によりリン酸化される基質は何か,また,MEIKINにはPoloキナーゼ1の基質認識の特異性やキナーゼ活性を制御する第3の機構があるのかなど,今後のさらなる分子機構の解明が課題である.

5.MEIKINによる動原体の制御機構は保存されている

 この研究において見い出されたMeikinノックアウトマウスの表現型は,先行研究において明らかにされていた分裂酵母Moa1破壊株の表現型と,動原体の接着および一方向性の結合の欠損という点で共通していた.そこで,マウスの減数第1分裂においてみられたMEIKINとPoloキナーゼ1との相互作用の分子機構が,分裂酵母のMoa1においてもあてはまるかどうか検討した.その結果,マウスの場合と同様に,Moa1がPoloキナーゼの分裂酵母ホモログであるPlo1と相互作用していること,また,Moa1のpoloボックス結合モチーフに変異を導入した株ではPlo1が動原体に局在できないことが明らかにされた.さらに,分裂酵母の減数第1分裂において動原体に局在するPlo1だけをピンポイントで欠失させると,還元型の染色体分配ではなく均等型の染色体分配が誘発されることも判明した.したがって,分裂酵母においてもMoa1とPoloキナーゼとの相互作用を介した動原体の接着の維持および一方向性の結合の機構が保存されていることが明らかにされた.
 出芽酵母のSpo13についても,そのpoloボックス結合モチーフを介してPoloキナーゼの出芽酵母のホモログであるCdc5と相互作用することが知られていたが,その機能相関においては未知の点が多かった.実際に,分裂酵母Moa1破壊株にCnp3-Spo13融合タンパク質を発現させてSpo13を強制的に動原体に局在させると,減数第1分裂における還元型の染色体分配が大幅に回復した.一方で,poloボックス結合モチーフに変異を導入したCnp3-Spo13融合タンパク質を発現させた場合には,Moa1破壊株における還元型の染色体分配の回復はみられなかった.したがって,出芽酵母においてもSpo13とPoloキナーゼとの相互作用を介した動原体の接着の維持および一方向性の結合の機構が保存されていることが強く示唆された.すなわち,マウスMEIKIN,分裂酵母Moa1,出芽酵母Spo13は,アミノ酸配列レベルでの相同性を示さないものの,Poloキナーゼとの相互作用を介した共通の分子機構により,減数第1分裂において特有の染色体分配の様式が生み出されていると結論された.

おわりに

 ヒトの加齢した卵子において高頻度にみられる染色体数の異常が,高齢出産におけるダウン症や流産などの出生の異常と強く相関していることが知られている.また,近年の研究から,加齢にともなう減数分裂型のREC8型コヒーシンの染色体における局在量の減少が,セントロメアにおける姉妹染色分体の接着の破綻およびそののちの染色体分配の不安定性をひき起こす原因のひとつであることが指摘されている.筆者らは,MEIKINがヒトにも保存されていることを見い出しており,その機能欠損が出生の異常や不妊の原因になっている可能性が十分に考えられる.今後,MEIKINに照準をおいた臨床への応用研究が展開され,染色体数の異常に端を発するダウン症や不妊の原因の解明に大いに資することが期待される.

文 献

  1. Yokobayashi, S. & Watanabe, Y.: The kinetochore protein Moa1 enables cohesion-mediated monopolar attachment at meiosis I. Cell, 123, 803-817 (2005)[PubMed]
  2. Sakuno, T., Tada, K. & Watanabe, Y.: Kinetochore geometry defined by cohesion within the centromere. Nature, 458, 852-885 (2009)[PubMed]
  3. Watanabe, Y.: Geometry and force behind kinetochore orientation: lessons from meiosis. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 13, 370-382 (2012)[PubMed]
  4. Lee, B. H., Kiburz, B. M. & Amon, A.: Spo13 maintains centromeric cohesion and kinetochore coorientation during meiosis I. Curr. Biol., 14, 2168-2182 (2004)[PubMed]
  5. Katis, V. L. Matos, J., Mori, S. et al.: Spo13 facilitates monopolin recruitment to kinetochores and regulates maintenance of centromeric cohesion during yeast meiosis. Curr. Biol., 14, 2183-2196 (2004)[PubMed]
  6. Toth, A., Rabitsch, K. P., Galova, M. et al.: Functional genomics identifies monopolin: a kinetochore protein required for segregation of homologs during meiosis I. Cell, 103, 1155-1168 (2000)[PubMed]
  7. Tanaka, K., Chang, H. L., Kagami, A. et al.: CENP-C functions as a scaffold for effectors with essential kinetochore functions in mitosis and meiosis. Dev. Cell, 17, 334-343 (2009)[PubMed]
  8. Kitajima, T. S., Kawashima, S. A. & Watanabe, Y.: The conserved kinetochore protein shugoshin protects centromeric cohesion during meiosis. Nature, 427, 510-517 (2004)[PubMed]
  9. Lee, J., Kitajima, T. S., Tanno, Y. et al.: Unified mode of centromeric protection by shugoshin in mammalian oocytes and somatic cells. Nat. Cell Biol., 10, 42-52 (2008)[PubMed]
  10. Tachibana-Konwalski, K., Godwin, J., Borsos, M. et al.: Spindle assembly checkpoint of oocytes depends on a kinetochore structure determined by cohesin in meiosis I. Curr. Biol., 23, 2534-2539 (2013)[PubMed]

著者プロフィール

石黒 啓一郎(Kei-ichiro Ishiguro)
略歴:2000年 東京大学大学院理学系研究科にて博士号取得,同年 米国Dana-Farber Cancer Institute,2005年 東京大学分子細胞生物学研究所を経て,2014年より慶應義塾大学医学部 助教.

金 智慧(Jihye Kim)
2015年 東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号取得.

渡邊 嘉典(Yoshinori Watanabe)
東京大学分子細胞生物学研究所 教授.
研究室URL:http://www.iam.u-tokyo.ac.jp/watanabe-lab/

© 2015 石黒啓一郎・金 智慧・渡邊嘉典 Licensed under CC 表示 2.1 日本

Toll様受容体TLR9によるDNAの認識の機構

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大戸梅治・清水敏之
(東京大学大学院薬学系研究科 蛋白構造生物学教室)
email:清水敏之

Structural basis of CpG and inhibitory DNA recognition by Toll-like receptor 9.
Umeharu Ohto, Takuma Shibata, Hiromi Tanji, Hanako Ishida, Elena Krayukhina, Susumu Uchiyama, Kensuke Miyake, Toshiyuki Shimizu
Nature, DOI: 10.1038/nature14138

要 約

 Toll様受容体TLR9は細菌やウイルスに由来するCpGモチーフをもつDNAを認識して活性化し,種々の自然免疫応答をひき起こす.TLR9の活性を制御する物質はウイルス感染,がん,アレルギーに対する治療薬として期待されているが,これまで,TLR9がCpGモチーフをもつDNAを認識して活性化する機構について構造生物学的な知見は得られていない.今回,筆者らは,DNAと結合していないTLR9,TLR9とCpGモチーフをもつDNAとの複合体,TLR9とアンタゴニストDNAとの複合体の結晶構造を明らかにした.その結果,TLR9とCpGモチーフをもつDNAは2対2の活性化型の複合体を形成することが明らかにされた.一方で,アンタゴニストDNAはTLR9の馬蹄型の構造の内側にループ構造を形成して結合することによりCpGモチーフをもつDNAの結合を阻害することが明らかにされた.この研究により,TLR9を標的とする治療薬の開発の進展が期待される.

はじめに

 細菌やウイルスなどの病原体の侵入に対する防御機構として,われわれのからだには免疫機構が備わっている.自然免疫は初期の免疫機構であり,生体に侵入した病原体の分子パターンをToll様受容体(Toll like receptor:TLR)などのパターン認識受容体が感知する1,2).Toll様受容体はI型膜貫通タンパク質であり,リガンドを認識する細胞外のLRRドメインと細胞内のTIRドメインからなる3,4).Toll様受容体のうちTLR3,TLR7,TLR8,TLR9はおもにエンドソームに存在し,病原体に由来するDNAやRNAなどの核酸の認識にかかわる5).TLR9は細菌やウイルスに由来するCpGモチーフをもつDNAを認識して活性化し,インターフェロンや炎症性サイトカインの産生を誘導して抗ウイルス応答や炎症応答をひき起こす6,7).一方,TLR9は自己に由来するDNAに反応することによりアレルギー疾患や自己免疫疾患などの病態とも関係する8).TLR9の活性を制御する物質はウイルス感染,がん,アレルギーに対する治療薬として期待されているが,これまで,TLR9が具体的にどのようにしてCpGモチーフをもつDNAを認識して活性化するのかについて,構造生物学的な知見は得られていなかった.
 今回,筆者らは,DNAと結合していないTLR9,TLR9とCpGモチーフをもつDNAとの複合体,TLR9とアンタゴニストDNAとの複合体の結晶構造解析に成功し,TLR9によるCpGモチーフをもつDNAおよびアンタゴニストDNAの認識の機構,および,TLR9の活性化の機構を明らかにした.

1.TLR9の細胞外領域の発現および性状の解析

 TLR9の結晶構造を明らかにするため,さまざまな生物種に由来するTLR9の細胞外領域をショウジョウバエS2細胞において発現させた.その結果,ウマ,ウシ,マウスに由来するTLR9について,性状の解析および結晶化に十分な量の精製された試料を得ることに成功した.TLR7,TLR8,TLR9についてはLRRドメインにZループが存在し,この部位において切断されることが機能の発現に重要であることが示されている9,10).実際に,以前に筆者らが報告したTLR8の構造解析においてはTLR8は発現させた時点ですでにZループにおいて切断されていたが,N末端側の断片とC末端側の断片は互いに相互作用しておりいずれもリガンドの認識に重要であった11)新着論文レビュー でも掲載).そこで,TLR9においても生体でのZループでの切断を模倣するため,V8プロテアーゼを用いてZループにおいて切断された試料を調製した.
 Zループにおいて切断していないTLR9および切断したTLR9を用いて,ゲルろ過法および超遠心分析法によりリガンドとの結合および会合状態を評価した.その結果,Zループにおける切断の有無にかかわらず,CpGモチーフをもつDNAおよびアンタゴニストDNAとTLR9との結合が確認された.また,Zループにおける切断の有無にかかわらず,リガンドの非存在下およびアンタゴニストDNAの存在下ではTLR9は単量体として存在していた.CpGモチーフをもつDNAの存在下ではZループにおいて切断したTLR9は二量体の形成が促進されていたのに対し,切断していないTLR9は単量体のままであった.一方で,CpGモチーフをもつDNAのCG配列をGC配列に入れ替えたDNAの存在下では二量体の形成の促進はみられなかった.これらの結果より,TLR9のZループにおける切断はDNAとの結合には影響しないが,それにともなう二量体の形成において重要な役割をはたしていると考えられた.

2.TLR9の結晶構造解析

 DNAと結合していないTLR9につき2つ(PDB ID:3WPB3WPF),TLR9とCpGモチーフをもつDNAとの複合体につき2つ(PDB ID:3WPC3WPE),TLR9とアンタゴニストDNAとの複合体につき4つ(PDB ID:3WPD3WPG3WPH3WPI)の結晶構造を明らかにした.構造解析はいずれもZループにおいて切断したTLR9について行った.DNAと結合していないTLR9およびTLR9とアンタゴニストDNAとの複合体はいずれも単量体であったが,TLR9とCpGモチーフをもつDNAとの複合体は二量体を形成していた.

3.TLR9によるCpGモチーフをもつDNAの認識

 TLR9とCpGモチーフをもつDNAは2対2の複合体を形成しており,TLR9はm字型の二量体を形成していた(図1).複合体の構造においてTLR9の二量体のC末端側どうしが接近しており,これにより細胞内のTIRドメインを近接させて下流へとシグナル伝達していると考えられた.この活性化型の構造は,以前に筆者らが報告したTLR8の活性化型の構造と非常によく似ていた11).解析されたTLR9とCpGモチーフをもつDNAとの複合体の2つの構造は,TLR9の配置およびCpGモチーフをもつDNAの認識についてほぼ同一であった.結晶化に用いた12塩基のCpGモチーフをもつDNAのすべての残基はモデルに組み込むことができた.CpGモチーフをもつDNAはTLR9ともう1分子のTLR9にはさまれて伸びたかたちで結合していた.CpGモチーフをもつDNAとそれぞれのTLR9との相互作用部位をそれぞれインターフェース1とインターフェース2とよぶことにした.インターフェース1において,CpGモチーフの塩基の部分は,TLR9のN末端側のLRRNT,LRR1,LRR2により構成される溝にはまり込んでその周辺のアミノ酸残基と特徴的な相互作用を形成していた.また,インターフェース2においては,TLR9はおもにDNAのリン酸基の部分と相互作用していた.

figure1

 CpGモチーフのシトシン部分では,TLR9のMet106およびSer104とのあいだに水素結合がみられた.また,水分子を介しTLR9と相互作用していた.CpGモチーフのシトシン環はPro105,Phe108,隣接するグアニン環に,また,CpGモチーフのグアニン環はTrp47,Phe49,隣接するシトシン環にかこまれており,いずれも周辺のアミノ酸残基と密に相互作用していた.グアニン部分はTrp96および2塩基あとのチミンとのあいだで水素結合を形成していた.この相互作用はグアニンに特異的であり,CpGモチーフのグアニン部分の特異性が規定されているものと考えられた.CpGモチーフの1塩基まえのグアニンおよび2塩基まえのアデニンのプリン環は,Phe108とともに3層のスタッキング相互作用を形成していた.また,CpGモチーフのリン酸基の部分はLys51,Arg74,His76,His77と静電相互作用を形成していた.実際に,TLR9の変異体を用いたHEK293T細胞におけるNF-κBリポーターアッセイにより,これらCpGモチーフをもつDNAと相互作用しているTLR9のアミノ酸残基の重要性が示された.
 TLR9のCpGモチーフをもつDNAの認識におけるCG配列の重要性を調べるため,CpGモチーフをもつDNAのCG配列をGC配列,UG配列,TG配列,CA配列と置換したDNAを用い,等温滴定カロリメトリー法によりTLR9との結合の強さを調べた結果,CG配列がTLR9との結合に重要であることが示された.また,異なるpHにおける等温滴定カロリメトリー法の結果,TLR9とCpGモチーフをもつDNAとの結合は酸性側で強いのに対し塩基性側では弱くなることが明らかにされた.このことは,結晶構造において,DNAのリン酸基の認識に中性付近に酸解離定数をもつHisが多く関与していたことと対応しており,また,酸性条件にあるリソソームにおいてTLR9がDNAを認識するのに適していると考えられた.
 CpGモチーフは哺乳動物ではメチル化されることが多いのに対し,細菌やウイルスではメチル化されないことがわかっており,メチル化したCpGモチーフはメチル化していないCpGモチーフに比べ免疫の活性化能が低いとされている7).等温滴定カロリメトリー法の結果,メチル化したCpGモチーフはメチル化していないCpGモチーフに比べTLR9との結合の弱いことが示された.さらに,メチル化したCpGモチーフをもつDNAは,超遠心分析の結果からTLR9の二量体の形成能が低いこと,また,HEK293T細胞のリポーターアッセイの結果からTLR9の活性化能が低いことが示された.これらの結果は,以前の報告とよく対応した7)

4.TLR9によるアンタゴニストアンタゴニストDNAの認識

 TLR9とアンタゴニストDNAは1対1の複合体を形成しており,TLR9は単量体であり,アンタゴニストDNAはTLR9の馬蹄型の構造の内側にコンパクトなループ構造を形成して結合していた(図2).TLR9はアンタゴニストDNAのリン酸基の骨格の部分をおもに認識しており,それにくわえ,ループ構造の2本鎖DNAの突出末端部分における相互作用も重要であることが示された.アンタゴニストDNAはCpGモチーフをもつDNAよりTLR9と強力に結合し,また,TLR9とアンタゴニストDNAの結合部位はCpGモチーフをもつDNAの結合部位と一部が重なっていたことから,アンタゴニストDNAはCpGモチーフをもつDNAとの結合と物理的に競合することによりTLR9の活性化を阻害していることが明らかにされた.

figure21

おわりに

 微生物に由来するDNAのもつCpGモチーフが免疫を活性化させること12),そして,その認識はTLR9によること6,7) が報告されて以来,十数年にわたり,TLR9によるCpGモチーフをもつDNAの認識に関して数多くの研究がなされてきた.この研究は,TLR9によるDNAの認識の機構の解明に対する大きな一歩であり,今後,この結果をもとにTLR9を標的にした創薬の進展が期待される.

文 献

  1. Janeway, C. A. Jr. & Medzhitov, R.: Innate immune recognition. Annu. Rev. Immunol., 20, 197-216 (2002)[PubMed]
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著者プロフィール

大戸 梅治(Umeharu Ohto)
略歴:2007年 東京大学大学院薬学系研究科 修了,2013年より同 講師.
研究テーマ:受容体の構造および機能.
抱負:着実に仕事をする.

清水 敏之(Toshiyuki Shimizu)
東京大学大学院薬学系研究科 教授.
研究室URL:http://www.f.u-tokyo.ac.jp/~kouzou/

© 2015 大戸梅治・清水敏之 Licensed under CC 表示 2.1 日本

ヒドロゲナーゼによる触媒サイクルにおける水素原子の検出

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西川幸志・Wolfgang Lubitz・緒方英明
(ドイツMax Planck Institute for Chemical Energy Conversion,Department Biophysical Chemistry)
email:緒方英明

Hydrogens detected by subatomic resolution protein crystallography in a [NiFe] hydrogenase.
Hideaki Ogata, Koji Nishikawa, Wolfgang Lubitz
Nature, DOI: 10.1038/nature14110

要 約

 タンパク質の構造-機能相関を理解するうえで,タンパク質を構成する原子の約半数をしめる水素原子の同定は重要である.たとえば,ヒドロゲナーゼは水素分子の酸化還元反応を可逆的に触媒する酵素であり,その反応機構を理解するためには水素原子の検出および同定が不可欠である.しかしながら,タンパク質のX線結晶構造解析において水素原子の位置の決定は非常に困難をきわめる.今回,筆者らは,培養から結晶の調製まですべての実験操作を嫌気的に行うことにより良質の結晶を作製し,硫酸還元細菌に由来する[NiFe]ヒドロゲナーゼの還元型の構造を0.89Å分解能で解析することに成功した.その結果,水素分子のヘテロリティックな開裂により生じたH-がNi原子とFe原子に架橋配位していること,また,H+が活性中心に配位しているCysの硫黄原子に結合していることが直接的に観測された.このヘテロリティックな水素分子の分解反応が検出されたことは,ヒドロゲナーゼの触媒機構の解明に大きく貢献すると考えられる.

はじめに

 ヒドロゲナーゼは水素分子の酸化還元反応を可逆的に触媒する酵素であり,その触媒能は高価なプラチナなどを用いた化学触媒と同等以上の効率をもつとされている.そのため,ヒドロゲナーゼを模範にした水素分子を合成する人工触媒や新規の燃料電池の開発への応用も含め,基礎研究が活発に進められている.
 この研究に用いた硫酸還元細菌Desulfovibrio vulgaris Miyazaki F株に由来する[NiFe]ヒドロゲナーゼは28.8 kDaおよび62.5 kDaの2つのサブユニットから構成され,[NiFe]活性中心や3つの[FeS]クラスターなどいくつかの金属クラスターをもつ.活性中心はFe原子とNi原子を1つずつもち,それらをとりかこむ4つのCysによりヒドロゲナーゼの中心に保持されている1,2).このうち2つのCysはFe原子とNi原子を架橋している.さらに,Fe原子には2つのCN-と1つのCOが配位している(図1).

figure1

 [NiFe]ヒドロゲナーゼはさまざまな酸化還元状態をとることが知られている.Fe原子とNi原子の第3架橋配位子にはこれらの状態に応じて異なる原子が結合している3).酸素により不活性化された酸化型では架橋配位子はOH-である.水素分子により還元されて活性化するとNi-SIa型,Ni-C型,Ni-R型とよばれる状態をとることが知られており,これらは水素分子を分解あるいは合成する触媒サイクルを構成している3,4)図1).これまでに,1.4Å分解能のX線結晶構造解析により,[NiFe]ヒドロゲナーゼの酸化型が水素分子により還元され活性化されるとOH-配位子が活性中心から外れることが示されている5).しかし,この比較的高分解能の解析によっても反応中の水素原子を電子密度図としてとらえることはできなかった.また,反応中間体であるNi-C型では,Ni原子とFe原子のあいだにH-が架橋していることが電子スピン共鳴法により確認されている6).このNi-C型からさらに1電子が還元されるともっとも還元されたNi-R型になる.このNi-R型ではNi原子は2価イオンになるため電子スピン共鳴法などでは観測できず,活性中心がどのような構造をとっているのかは長いあいだ不明であった.
 ヒドロゲナーゼの触媒機構を理解するためには,このもっとも還元されたNi-R型の詳細な立体構造を知ることが重要である.今回,筆者らは,[NiFe]ヒドロゲナーゼのNi-R型のX線結晶構造を0.89Å分解能で解析することに成功した.このような1Åをこえる超高分解能のデータを用いるときわめて詳細な構造解析を行うことができ,電子数の少ない水素原子についても位置の決定が可能になる.

1.高分解能かつ高精度のタンパク質X線結晶構造解析

 解析に用いた硫酸還元細菌Desulfovibrio vulgaris Miyazaki F株に由来する[NiFe]ヒドロゲナーゼは,標準型とよばれる酸素により容易に不活性化されるタイプのヒドロゲナーゼである.この酸化による酵素の不活性化をさけるため,培養から結晶化までのすべての実験操作を嫌気的に行った.その結果,精製された標品およびヒドロゲナーゼの結晶の酸化還元状態をフーリエ変換赤外分光法により同定したところ,いずれももっとも還元されたNi-R型になっていた.
 一般に,X線結晶構造解析において金属原子の近傍にある水素原子の検出は電子密度図に現われる重原子のフーリエ変換の副極大の影響をうけるため困難であり,その影響の程度はデータの分解能および原子の熱運動によるゆらぎを表す温度因子に依存することが知られている.それゆえ,分解能の異なる0.89Å分解能のデータと1.06Å分解能のデータについて独立に解析を行い,2つのデータからほぼ同一の電子密度図が得られた(PDB ID:4U9H4U9I).水素原子を除く活性中心の原子の結合距離は0.002~0.007Åの誤差で決定された.これまで,電子数が等しいため電子密度図からは区別できなかったCO配位子と2つのCN-配位子の結合距離を比べたところ,Fe原子と炭素原子との結合距離は,CO配位子では1.75Å,CN-配位子では1.88Åおよび1.91Åと有意な違いがあり,この2種類の配位子がどのようにFe原子に配位しているかはじめて明らかにされた(図2).また,Ni原子とFe原子との結合距離は2.57Åであり,弱い金属-金属結合を形成していることが示唆された.

figure2

2.活性中心におけるH-およびH+の検出

 活性中心のNi原子の近傍にあるアミノ酸残基の水素原子のうち,90%以上が電子密度図において確認された.また,タンパク質の内部に存在する124個の水分子の水素原子についても同定された.活性中心についても,Ni原子とFe原子を架橋している第3架橋配位子に相当する位置,および,Cys546の硫黄原子の付近にそれぞれ小さな電子密度があり,これらがH-およびH+であることを見い出した(図2).Ni原子とH-との結合距離は1.58Å,また,Fe原子とH-との結合距離は1.78Åであり,H-架橋配位子は非対称に配位していることが確認された.電子スピン共鳴法によると,Ni-C型においても非対称なH-架橋配位子が存在し,Ni原子とH-との結合距離は1.59ÅでFe原子とH-との結合距離よりも短く,Ni-R型とほぼ同様であった6).一方,ヒドロゲナーゼをモデルとしたモデル錯体ではH-はNi原子よりもFe原子の側により強く結合しており,ヒドロゲナーゼとはこの点が異なっていた7)
 これまで,Ni-R型のNi原子のスピン状態が低スピン状態であるのか高スピン状態であるのかは明らかでなかった.Ni原子に配位している硫黄原子との結合距離をみると,4つの硫黄原子のうちCys549の硫黄原子のみ結合距離が長くなっていた(図2).これは,Ni原子の配位子場は四角錐型であるためと考えられ,Ni原子のスピン状態は低スピン状態であることが示唆された.
 水素分子が分解されて生じたH+は活性中心からヒドロゲナーゼの表面へと輸送されると考えられる.Ni原子に配位している4つのCysのうちのひとつがこのH+の最初の受容体であると予想されていた.さきに述べたように,分解能の異なる2つのデータともに,Cys546の硫黄原子の近傍に電子密度のピークが観測された.このピークと硫黄原子との距離は1.1~1.3Åであり,S-H結合のX線構造解析における理論値1.2Åと近い値であった.さらに,Cys546の硫黄原子はほかの3つのCysの硫黄原子と比べ熱振動の大きさを表す温度因子が大きく,この硫黄原子がH+の受容基であることが強く示唆された.超高分解能の解析により明らかにされたこれらの活性中心の詳細な立体構造は,これまでに報告されていた密度汎関数理論計算による理論計算値と非常によく合致した8)
 Cys546につづく第2のH+の受容基はCys546の近傍のGluであろうと予想されていた9).Cys546ともっとも近いGlu34のカルボン酸基は,一方がC-OH(1.29Å)で他方がC=O(1.22Å)と結合距離に差異がありプロトン化していることが確認された.このGlu34のOH基はThr18との結合距離が2.58Åと短く,さらに,Thr18はGlu16と結合距離2.62Åで隣接しており,どちらも低障壁の水素結合を形成していることが示唆された.これらをあわせると,活性中心において生じたH+はCys546-Glu34-Thr18-Glu16という経路でヒドロゲナーゼの表面へと輸送されると考えられた.

おわりに

 今回の結果は,[NiFe]ヒドロゲナーゼにより触媒されるヘテロリティックな水素分子の開裂反応,あるいは,電子やH+の移動についての重要な構造的な知見をあたえるものであった.これらの知見は,天然の酵素が行う巧妙な水素分子の酸化還元の機構を明らかにするのみならず,将来,持続可能な水素(エネルギー)社会をささえる人工触媒や燃料電池などのバイオデバイスを設計するのにも役だつものと期待される.

文 献

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著者プロフィール

西川 幸志(Koji Nishikawa)
略歴:2010年 兵庫県立大学大学院生命理学研究科博士課程 修了,同年 ドイツMax Planck Institute for Chemical Energy Conversion博士研究員を経て,2012年より兵庫県立大学大学院生命理学研究科 特任助教.

Wolfgang Lubitz
ドイツMax Planck Institute for Chemical Energy Conversion教授.

緒方 英明(Hideaki Ogata)
ドイツMax Planck Institute for Chemical Energy Conversionグループリーダー.

© 2015 西川幸志・Wolfgang Lubitz・緒方英明 Licensed under CC 表示 2.1 日本

NotumはWntを脱アシル化することによりWntシグナルを阻害する

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角川 学士
(英国MRC National Institute for Medical Research,Developmental Biology)
email:角川学士

Notum deacylates Wnt proteins to suppress signalling activity.
Satoshi Kakugawa, Paul F. Langton, Matthias Zebisch, Steven A. Howell, Tao-Hsin Chang, Yan Liu, Ten Feizi, Ganka Bineva, Nicola O’Reilly, Ambrosius P. Snijders, E. Yvonne Jones, Jean-Paul Vincent
Nature, 519, 187-192 (2015)

要 約

 Wntシグナルは生体における正常な発達や組織の恒常性の維持に不可欠であり,その異常はがんなどさまざまな疾患をひき起こす.Notumは多くの生物種において保存されているWntシグナルの分泌型のフィードバック阻害タンパク質である.これまで,NotumはホスホリパーゼでありGlypicanのもつGPIアンカーを切断することによりGlypicanとWntとの複合体を細胞の表面からひき離すと考えられてきた.しかし,NotumはWntシグナルを特異的に阻害するのに対し,Glypicanはさまざまな細胞外のシグナルタンパク質と相互作用しそのシグナルを制御していることから,このモデルとは異なる分子機構が示唆された.今回,筆者らは,ショウジョウバエの系を用いて,NotumはGlypicanを利用してWntシグナルを阻害するが,GPIアンカーは切断しないことを示した.また,ヒトのNotumの構造解析により,NotumはGlypicanのもつヘパラン硫酸鎖との結合部位をもつこと,および,その活性部位にパルミトレイン酸を収容できることが明らかにされた.さらに,酵素学的な手法および質量分析法により,NotumはWntシグナルの活性に不可欠なWntのもつパルミトオレオイル基を加水分解により除去するカルボキシルエステラーゼであることが示された.この研究により,分泌型のタンパク質脱アシル化酵素がはじめて同定された.

はじめに

 生体におけるさまざまなシグナルの制御においてフィードバック阻害機構は重要であり,Wntシグナルにおいてもいくつかのフィードバック阻害タンパク質が同定されている.たとえば,Dkkファミリータンパク質はWntの共受容体であるLrp5/6の細胞外ドメインと結合してWntシグナルを阻害するが,Wif1やSfrpはWntと直接に結合することによりWntシグナルを阻害する.また,Tikiは膜結合型プロテアーゼであり,WntのN末端を切断することによりWntシグナルを阻害する.Notumもまた加水分解酵素であるが1,2),細胞外マトリックスを構成するヘパラン硫酸プロテオグリカンであるGlypicanに対し作用すると考えられてきた1,3,4)
 Notumのオーソログはプラナリアからヒトまで後生動物において保存されており,その活性部位にα/βヒドロラーゼに特徴的な触媒3残基Ser-His-Aspをもつ.アミノ酸配列の解析により植物に由来するペクチンアセチルエステラーゼと類似していたことから,NotumはGlypicanのヘパラン硫酸鎖を加水分解することによりGlypicanとWntとの相互作用を減弱させWntシグナルを阻害すると考えられた1).つづいて,NotumはGlypicanのGPIアンカーを切断することによりGlypicanを細胞の表面から切り離すことが報告された3).現在まで,NotumはGPIアンカーに特異的なホスホリパーゼと考えられている4)図1).しかし,GlypicanはWntシグナルのほかにもTGFβシグナルやHedgehogシグナルを制御しているため,NotumがGlypicanを細胞の表面から切り離した場合,これらのシグナルも影響をうけることが想像された.しかし,これまでの研究から,NotumはWntシグナルにより発現が誘導され,逆に,Wntシグナルを特異的に阻害するフィードバック阻害タンパク質であることがわかっている5-7).このGlypicanのさまざまなシグナルにわたる役割と,NotumによるWntシグナルに特異的な阻害との矛盾を解決するため,Notumの機能について解析した.

figure1

1.NotumはWntシグナルを特異的に阻害する

 Notumの特異性を調べるため,ショウジョウバエの羽の成虫原基を用いて解析したところ,予想どおり,Notumの過剰発現はWingless(ショウジョウバエのWnt)シグナルの標的遺伝子であるsenseless遺伝子の発現を抑制した.一方で,Hedgehogシグナルの標的遺伝子であるpatched遺伝子の発現やDpp(ショウジョウバエのBMP)シグナルには影響しなかった.また,Notumをノックアウトしたショウジョウバエにおいてはsenseless遺伝子の発現の上昇がみられたが,HedgehogシグナルあるいはDppシグナルに対する影響はみられなかった.しかし,これまでの多くの研究から,GlypicanがHedgehogシグナルおよびDppシグナルに関与していることがわかっていたことから,NotumはGlypicanに特異的なホスホリパーゼではない可能性が示唆された.

2.NotumはGlypicanのもつGPIアンカーを切断しない

 Notumは膜結合型に改変したWingless 2) によるシグナルも阻害したことは,NotumがGlypicanのGPIアンカーを切断しWinglessを細胞からひき離すというこれまでのモデル(図1)とは矛盾した.また,ショウジョウバエのもつ2つのGlypican,DallyおよびDlpをノックアウトしてもsenseless遺伝子の発現には影響はなかったことからも,このモデルとは異なる分子機構が示唆された.膜タンパク質の分画実験において,細菌に由来するGPIアンカーを特異的に切断するホスファチジルイノシトールホスホリパーゼCの処理によりGlypicanはほとんどすべて親水相に移動したのに対し,Notumにより処理してもこの変化はみられなかった.以上のことから,NotumはGlypicanに特異的なホスホリパーゼではないことが明らかにされた.

3.GlypicanはNotumの活性に寄与する

 NotumはGlypicanのGPIアンカーを切断するのではないことがわかったが,多くの研究から,notum遺伝子とdlp遺伝子あるいはdally遺伝子とのあいだの相互作用が示唆されていた.そこで,NotumのWinglessシグナルの阻害におけるDallyおよびDlpの役割について解析した.DallyあるいはDlpをノックアウトしたショウジョウバエの羽の成虫原基において,Notumを過剰発現させてもsenseless遺伝子の発現は阻害されなかった.このことから,NotumによるWinglessシグナルの阻害にはGlypicanが必要であることがわかった.
 Glypicanの構造的な特徴のひとつにヘパラン硫酸鎖があるが,ヘパラン硫酸鎖の硫酸化にはN-デアセチラーゼ/N-スルホトランスフェラーゼであるSulfatelesが必要である.RNAi法によりSulfatelesをノックダウンした細胞にはNotumを過剰発現させてもNotumは局在できないこと,したがって,Notumはsenseless遺伝子の発現を阻害できないことがわかった.このことから,Glypicanのもつヘパラン硫酸鎖は,Notumが細胞の表面に局在しWinglessシグナルを阻害するのに必要であることが明らかにされた.さらに,グリカンアレイおよび表面プラズモン共鳴法による解析から,NotumはGlypicanのヘパラン硫酸鎖と結合することが確認された.

4.Notumにおけるヘパラン硫酸鎖との結合部位

 Notumの標的となる分子を同定するため,ヒトのNotumのX線結晶構造解析を行った.アミノ酸配列からの予測どおり,Notumの構造はα/βヒドロラーゼフォールドをもち,その活性部位には触媒3残基(Ser232,Asp340,His389)をもつことがわかった.また,7つのヘパラン硫酸鎖との結合部位が同定されたが,いずれも活性部位の触媒3残基から離れた位置に存在したことから,NotumはGlypicanと結合するものの,Glypicanを酵素的に触媒するのではないことが確認された.

5.Notumはカルボキシルエステラーゼ活性をもつ

 α/βヒドロラーゼスーパーファミリーにはプロテアーゼ,リパーゼ,エステラーゼ,デハロゲナーゼなどが含まれる.Notumの構造とほかのα/βヒドロラーゼの構造とを比較したところ,ヒトのエステラーゼDおよびアシルプロテインチオエステラーゼ1と弱いながらも相同性がみられたことから,Notumがカルボキシルエステラーゼであることが示唆された.加水分解により生じるp-ニトロフェノールの発色を指標として酵素反応を解析したところ,Notumはカルボキシルエステラーゼの基質に対しては高い活性を示したのに対し,ホスファターゼ,ホスホリパーゼC,プロテアーゼの基質に対しては反応を示さなかった.これらの結果より,Notumが分泌型のカルボキシルエステラーゼであることが明らかにされ,Wntシグナルを構成するタンパク質のうちカルボキシルエステル結合をもつものが標的である可能性が示唆された.そのことから,Wntのパルミトオレオイル基に作用するのではないかと考えた8,9)
 X線結晶構造解析から,Notumは活性部位に炭素原子16個までの脂肪酸を収容することが可能なことがわかった.炭素数2から16までの直鎖飽和脂肪酸エステルを基質として酵素反応を解析したところ,炭素数8のオクタン酸エステルに対しもっとも高い活性を示した.一方,炭素数16のパルミチン酸エステルにはほとんど活性を示さなかった.炭素数8のオクタン酸エステルを基質とし,さまざまな長さの脂肪酸を用いて競合阻害解析を行ったところ,炭素数8から12の飽和脂肪酸に強い阻害活性がみられたが,それより長い飽和脂肪酸(炭素数14および炭素数16)には強い阻害活性はみられなかった.しかし,cis型1価不飽和脂肪酸であるミリストレイン酸(炭素数14)およびパルミトレイン酸(炭素数16)は強い阻害活性を示した.実際に,Wntに結合しているのはパルミトレイン酸であることから,炭素数14や炭素数16の長鎖脂肪酸でも9-10位にcis型の二重結合が存在すればNotumは加水分解活性をもつ可能性が示唆された.

6.NotumはWntに対するタンパク質脱アシル化酵素である

 NotumがWntの脱アシル化を直接に触媒するかどうかを調べるため,精製したWnt3AをNotumにより処理し,液体クロマトグラフィー-質量分析法により解析した.その結果,対照と比べ,パルミトオレオイル基をもたないペプチドのシグナルが増加していることがわかった.
 さらに解析を進めるため,Ser209にパルミトレイン酸による修飾をもつWnt3Aペプチドを合成し,野生型のNotum,あるいは,活性部位のSer232をAlaに置換することにより不活性化したNotum変異体により処理し,質量分析法により解析した.活性をもたないNotum変異体により処理したWnt3Aペプチドでは変化がみられなかったのに対し,野生型のNotumにより処理したWnt3Aペプチドにおいてはパルミトレオイル基をもたない脱アシル化されたペプチドが検出された.以上の結果から,NotumはヒトWnt3AのSer209に存在するパルミトレイン酸エステル結合を加水分解するタンパク質脱アシル化酵素であることがわかった.一方,N末端にパルミトイル基をもつヒトのHedgehogペプチドを合成し同様に解析したところ,野生型のNotumあるいは活性をもたないNotum変異体により処理してもパルミトイル基をもつペプチドの量に変化はみられなかった.このことは,遺伝学的な解析により得られた結論と同様に,Notumの活性はWntに対し特異的であることを示していた.
 Ser232をAlaに置換したNotum変異体とWntペプチドとの共結晶のX線結晶構造解析から,Wntのもつパルミトオレオイル基が実際にNotumの活性部位に収納されることが明らかにされた.以上のことから,Notumの活性部位は炭素数8および炭素数10の脂肪酸を収容できるが,それより長い脂肪酸の場合は,その位置でcis型の二重結合による“ねじれ”が必要となることが明らかにされた.

おわりに

 この研究において,筆者らは,NotumはWntが受容体に直接に結合するのに必須であるパルミトレオイル基を特異的に切断するタンパク質脱アシル化酵素としてはたらくことによりWntシグナルを阻害することを示した.さらに,Notumの機能にはGlypicanが必要であり,NotumはGlypicanのもつヘパラン硫酸鎖と結合することが明らかにされた.また,GlypicanはNotumとWntとが細胞の表面において共局在するための足場としてはたらくことが示唆された(図1).
 NotumがWntに対し特異的に作用することが明らかにされたことから,Wntシグナルの異常によりひき起こされるさまざまな疾患に対する,Notumを標的とした治療法の開発が期待される.

文 献

  1. Giraldez, A. J., Copley, R. R. & Cohen, S. M.: HSPG modification by the secreted enzyme Notum shapes the Wingless morphogen gradient. Dev. Cell, 2, 667-676 (2002)[PubMed]
  2. Gerlitz, O. & Basler, K.: Wingful, an extracellular feedback inhibitor of Wingless. Genes Dev., 16, 1055-1059 (2002)[PubMed]
  3. Kreuger, J., Perez, L., Giraldez, A. J. et al.: Opposing activities of Dally-like glypican at high and low levels of Wingless morphogen activity. Dev. Cell, 7, 503-512 (2004)[PubMed]
  4. Hacker, U., Nybakken, K. & Perrimon, N.: Heparan sulphate proteoglycans: the sweet side of development. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 6, 530-541 (2005)[PubMed]
  5. Petersen, C. P. & Reddien, P. W.: Polarized notum activation at wounds inhibits Wnt function to promote planarian head regeneration. Science, 332, 852-855 (2011)[PubMed]
  6. Chang, M. V., Chang, J. L., Gangopadhyay, A. et al.: Activation of wingless targets requires bipartite recognition of DNA by TCF. Curr. Biol., 18, 1877-1881 (2008)[PubMed]
  7. Flowers, G. P., Topczewska, J. M. & Topczewski, J.: A zebrafish Notum homolog specifically blocks the Wnt/β-catenin signaling pathway. Development, 139, 2416-2425 (2012)[PubMed]
  8. Janda, C. Y., Waghray, D., Levin, A. M. et al.: Structural basis of Wnt recognition by Frizzled. Science, 337, 59-64 (2012)[PubMed]
  9. Takada, R., Satomi, Y., Kurata. T. et al.: Monounsaturated fatty acid modification of Wnt protein: its role in Wnt secretion. Dev. Cell, 11, 791-801 (2006)[PubMed]

著者プロフィール

角川 学士(Satoshi Kakugawa)
略歴:2009年 東京大学大学院医学系研究科 修了,2010年より英国MRC National Institute for Medical Research研究員.
研究テーマ:細胞外マトリックス.

© 2015 角川 学士 Licensed under CC 表示 2.1 日本

転写共役因子YAPは脊椎動物の3次元的な形態を生み出す組織張力の制御に必要不可欠である

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浅岡洋一1・古谷-清木 誠2・Carl-Philipp Heisenberg 3・仁科博史1
1東京医科歯科大学難治疾患研究所 発生再生生物学分野,2英国Bath大学Department of Biology and Biochemistry,3オーストリアInstitute of Science and Technology)
email:浅岡洋一古谷-清木 誠仁科博史

YAP is essential for tissue tension to ensure vertebrate 3D body shape.
Sean Porazinski, Huijia Wang, Yoichi Asaoka, Martin Behrndt, Tatsuo Miyamoto, Hitoshi Morita, Shoji Hata, Takashi Sasaki, S. F. Gabriel Krens, Yumi Osada, Satoshi Asaka, Akihiro Momoi, Sarah Linton, Joel B. Miesfeld, Brian A. Link, Takeshi Senga, Atahualpa Castillo-Morales, Araxi O. Urrutia, Nobuyoshi Shimizu, Hideaki Nagase, Shinya Matsuura, Stefan Bagby, Hisato Kondoh, Hiroshi Nishina, Carl-Philipp Heisenberg, Makoto Furutani-Seiki
Nature, DOI: 10.1038/nature14215

要 約

 脊椎動物のからだは3次元的な形態をもち,組織や器官が正しくかたちづくられ適切に配置されることにより,はじめて機能を発揮する.こうした3次元的な形態形成の場において組織張力の制御は不可欠であるが,その詳細な分子機構については不明な点が多い.この研究において,筆者らは,hiramehir)変異体と命名したメダカの変異体を解析した.hir変異体はその名のとおりユニークな扁平の形態を示すが,これは器官の大きさを制御するHippoシグナル伝達系の核における標的タンパク質である転写共役因子YAPの変異が原因であった.詳細な解析の結果,hir変異体はアクトミオシンを介した組織張力が低下することにより重力に耐えられなくなり,組織の扁平をきたし配置もくずれていることが判明した.さらに,ヒトの培養細胞を用いた解析から,YAPの下流においてはたらくタンパク質のひとつとしてARHGAP18を同定した.以上の結果から,YAPの3次元的な器官構築への関与が明らかにされた.YAPの機能についてさらに理解が進めば,ES細胞やiPS細胞を用いた3次元的な器官構築に役だつことが期待される.

はじめに

 いまから約1世紀まえ,地球上の生物のかたちは重力の影響を強く反映していることが予言された1).しかしながら,生物がどのようにして重力にあらがい3次元的な形態を生み出すのかについては,依然として謎につつまれている.また,おのおのの組織は整然と配置されることによりはじめて正常な機能を発揮する.たとえば,眼の発生においては,レンズが網膜との協調的な形態形成をつうじて網膜の中心に正しく配置されることにより,はじめて物を見ることが可能になる.こうした3次元的な器官構築の場においては,細胞の増殖や分化をはじめ細胞張力など多くの細胞応答の関与が知られているが,その詳細な分子機構については不明な点が多い.
 このような形態形成における基本的かつ本質的な問題にせまるためには,適切なモデル生物を用いることが重要である.メダカは日本が世界にほこるモデル生物であり,多くの特徴を兼ね備えている.たとえば,1)卵生で胚が透明なため組織や器官の形成過程の観察が容易である,2)細胞の動態のライブイメージングや細胞の移植実験が可能である,3)アンチセンスモルフォリノオリゴヌクレオチドやTALENあるいはCRISPRを用いた遺伝子機能阻害実験あるいは遺伝子破壊実験が可能である,4)体長もゲノムサイズも小さく飼育の場所や経費を節約できるため変異体の大規模スクリーニングに有利である,など,メダカは多くの利点をもち,脊椎動物の器官形成におけるモデル生物として,基礎生物学のみならずヒトの疾患の研究においても大いに利用されている2)
 こうした背景のもと,筆者らを含めた国内外の約10の研究グループは,メダカを用いた大規模な変異体スクリーニングを実施した.変異体の作出にあたり変異原としてエチルニトロソ尿素を用いた3世代スクリーニング法を採用し,器官の形成に不全をしめす変異体を300あまり単離することに成功した3,4).これらのなかに,これまでの発生の分子機構では説明のつかないような,からだ全体が扁平のユニークな表現型を呈する変異体を見い出し,これをhiramehir)変異体と命名した.

1.hir変異体は上皮組織の構築が破綻している

 体節形成初期(受精ののち27時間)において,hir変異体の胚は野生型の胚と同様に背腹軸の方向に組織が構築され厚みをもつことが観察された.しかしそののち,野生型はさらに背腹軸の方向の厚みが増すのに対し,hir変異体は発生の進行とともに組織が扁平になっていくようすが観察された.詳細な解析の結果,hir変異体は神経管や体節などの上皮組織が大きく崩壊しており,発生の進行につれて組織の形態を維持できなくなることが明らかにされた.また,野生型においては受精ののち34時間までに眼のレンズが分化してそののち網膜神経上皮に陥入するが,hir変異体ではレンズの正常な分化は確認されたものの,そののちレンズが網膜神経上皮に陥入することなく網膜から外れていくようすがとらえられた.このことから,hir変異体は3次元的な形状を示さないだけでなく,レンズや網膜などの組織の配置も異常になることが示された.
 ポジショナルクローニングの結果,hir変異体の原因遺伝子は転写共役因子YAPをコードすることが判明した.YAPは核において細胞の増殖に関連する遺伝子の発現を誘導することにより,器官の大きさを制御するHippoシグナル伝達系のエフェクタータンパク質として機能することが知られていた5,6).しかしながら,hir変異体と野生型とのあいだには細胞増殖の程度に有意な差は認められなかった.一方,YAPのパラログとして知られるTAZをノックダウンした胚では細胞の増殖が顕著に抑制されていた7).このことから,少なくともメダカではTAZがおもに細胞増殖の制御を担っており,YAPの機能は3次元的な組織構築の制御に特化していると考えられた.

2.hir変異体は組織張力の形成に異常を示す

 hir変異体のユニークな表現型は細胞増殖の観点からは説明がつかなかったことから,ほかの細胞応答の関与が示唆された.そこで,hir変異体を地球の重力に対しさまざまな方向にむけて詳細に観察したところ,hir変異体の組織はつねに重力の方向へと崩壊することが見い出された.これは,重力が生物の形態形成に大きく影響を及ぼす1) ことを如実に物語った.さらに,ピペット吸引法により神経管の力学的な特性を測定した結果,hir変異体は野生型と比べ外部からの力に対する耐性が顕著に低下しており,組織張力の低下が示唆された.実際,hir変異体では組織張力の発生に関与するアクトミオシンの活性が野生型と比較して大きく低下していた.以上の結果から,YAPは重力に対抗するための組織張力の形成に重要な役割をはたしていると考えられた.
 神経管形成期における単一の細胞の挙動の時空間パターンをリアルタイムで解析した(図1).野生型において背腹軸の方向に分裂した神経上皮細胞は,2つの娘細胞がその位置関係を保持したまま積層することにより神経管の3次元的な構築に寄与した.一方,hir変異体においては細胞分裂軸が不安定であり,分裂ののちに娘細胞の相互の位置関係にずれが生じ,最終的に鎖状に連なった細胞が形成されて神経管が扁平化するようすが観察された.以上の結果から,hir変異体では組織張力の異常により細胞の積層が正常に起こらないため,神経管の構築が破綻したと考えられた.

figure1

3.hir変異体はレンズと網膜の配置に重要なフィブロネクチンの重合に異常を生じる

 眼のレンズと網膜の協調的な形態形成においてはレンズにおけるフィロポディアの形成が重要な役割をはたすことが知られている8).そこで,hir変異体のレンズを詳細に観察したところ,フィロポディアの形成はほとんど認められなかった.レンズにおけるフィロポディアの形成には,アクトミオシンにくわえフィブロネクチンなどの細胞外基質の関与が示唆されていたことから8),免疫組織染色法により野生型とhir変異体とのあいだでフィブロネクチンの発現パターンを比較した.その結果,野生型のレンズと網膜とのあいだには重合したフィブロネクチンの細線維が確認されたが,hir変異体ではフィブロネクチンの正常な重合は認められずドット状の異常な染色像のみが観察された.このhir変異体の染色像は,フィブロネクチンのN末端の部分断片を発現させてフィブロネクチンの正常な重合を阻害した胚の染色像と酷似していた9).実際,フィブロネクチンのN末端の部分断片を導入した胚ではレンズにおけるフィロポディアの形成が低下しており,hir変異体と同様にレンズが網膜から外れるようすが確認された.さらに,フィブロネクチン受容体を形成するインテグリンβ1サブユニットの発現パターンを免疫組織染色法により解析した.その結果,野生型において認められるレンズと網膜とのあいだのインテグリンβ1の局在がhir変異体においては消失していた.以上の結果から,YAPはアクトミオシンの活性の制御をつうじフィブロネクチンの重合およびインテグリンシグナルの活性化をひき起こし,レンズと網膜の正常な組織配置に関与していると考えられた.

4.YAPはARHGAP18を介して組織張力とフィブロネクチンの重合を制御する

 YAPの下流においてアクトミオシンネットワークを制御する遺伝子を同定するため,ヒトの網膜色素上皮に由来するhTERT-RPE1細胞の3次元スフェロイド培養系を用いた.その結果,YAPをノックダウンしたスフェロイドは対照と比較してアクトミオシンの活性が低下しており,hir変異体と同様に外力に対する耐性が低く,フィブロネクチンの染色パターンに異常を示すことが明らかにされた.そこで,マイクロアレイ法により発現の変動した遺伝子を網羅的に解析した結果,YAPをノックダウンしたスフェロイドにおいて40個の遺伝子の発現が顕著に低下していることが見い出された.これらの遺伝子にはRho GTPase活性化タンパク質をコードするARHGAP18遺伝子が含まれていた10).ARHGAP18をノックダウンしたスフェロイドを作製したところ,YAPをノックダウンしたスフェロイドと同様にアクトミオシンの活性の低下およびフィブロネクチンの染色パターンの異常が認められた.以上の結果から,YAPはARHGAP18を介してアクトミオシンネットワークの活性を制御し,組織張力の制御とフィブロネクチンの重合に必須の役割をはたしていると考えられた(図2).

figure2

おわりに

 今回の研究から,脊椎動物の器官が重力のもとで押しつぶされることなく3次元的な構造を構築する分子機構の一端が明らかにされた.この分子機構が,魚類からヒトにいたるまで広く保存されている点は意義深い.また,メダカが3次元的な器官形成における分子機構の解明のためにすぐれたモデル生物であることが示された点も強調したい.現在,ES細胞やiPS細胞を用いて器官を作製する研究が世界中でさかんであるが,立体的かつ機能的な器官の構築はいまだ困難な状況である.最近,試験管内においてES細胞から網膜原基の眼杯組織を立体構築する画期的な自己組織化技術が報告されたが11),今回の研究成果をもとに,YAPによる組織張力の制御を考慮した研究がさらに進めば,3次元的な構造をもつ機能的な眼の開発に役だつことが期待される.

文 献

  1. Thompson, D. W.: On Growth and Form. Cambridge University Press, Cambridge (1917)
  2. Asaoka, Y., Terai, S., Sakaida, I. et al.: The expanding role of fish models in understanding non-alcoholic fatty liver disease. Dis. Model. Mech., 6, 905-914 (2013)[PubMed]
  3. Furutani-Seiki, M., Sasado, T., Morinaga, C. et al.: A systematic genome-wide screen for mutations affecting organogenesis in medaka, Oryzias latipes. Mech. Dev., 121, 647-658 (2004)[PubMed]
  4. Watanabe, T., Asaka, S., Kitagawa, D. et al.: Mutations affecting liver development and function in Medaka, Oryzias latipes, screened by multiple criteria. Mech. Dev., 121, 791-802 (2004)[PubMed]
  5. Zhao, B., Tumaneng, K. & Guan, K. L.: The Hippo pathway in organ size control, tissue regeneration and stem cell self-renewal. Nat. Cell Biol., 13, 877-883 (2011)[PubMed]
  6. Asaoka, Y., Hata, S., Namae, M. et al.: The Hippo pathway controls a switch between retinal progenitor cell proliferation and photoreceptor cell differentiation in zebrafish. PLoS One, 9, e97365 (2014)[PubMed]
  7. Lei, Q. Y., Zhang, H., Zhao, B. et al.: TAZ promotes cell proliferation and epithelial-mesenchymal transition and is inhibited by the hippo pathway. Mol. Cell. Biol., 28, 2426-2436 (2008)[PubMed]
  8. Chauhan, B. K., Disanza, A., Choi, S. Y. et al.: Cdc42- and IRSp53-dependent contractile filopodia tether presumptive lens and retina to coordinate epithelial invagination. Development, 136, 3657-3667 (2009)[PubMed]
  9. McDonald, J. A., Quade, B. J., Broekelmann, T. J. et al.: Fibronectin’s cell-adhesive domain and an amino-terminal matrix assembly domain participate in its assembly into fibroblast pericellular matrix. J. Biol. Chem., 262, 2957-2967 (1987)[PubMed]
  10. Maeda, M., Hasegawa, H., Hyodo, T. et al.: ARHGAP18, a GTPase-activating protein for RhoA, controls cell shape, spreading, and motility. Mol. Biol. Cell, 22, 3840-3852 (2011)[PubMed]
  11. Sasai, Y.: Cytosystems dynamics in self-organization of tissue architecture. Nature, 493, 318-326 (2013)[PubMed]

著者プロフィール

浅岡 洋一(Yoichi Asaoka)
略歴:2006年 東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了,同年より東京医科歯科大学難治疾患研究所 助教.
研究テーマ:メダカの変異体を用いた初期胚における器官形成.

古谷-清木 誠(Makoto Furutani-Seiki)
英国Bath大学 研究室長.

Carl-Philipp Heisenberg
オーストリアInstitute of Science and Technology教授.

仁科 博史(Hiroshi Nishina)
東京医科歯科大学難治疾患研究所 教授.
研究室URL:http://www.tmd.ac.jp/mri/dbio/

© 2015 浅岡洋一・古谷-清木 誠・Carl-Philipp Heisenberg・仁科博史 Licensed under CC 表示 2.1 日本

光駆動型のNa+ポンプKR2の構造機能解析

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加藤英明1・井上圭一2・神取秀樹2・濡木 理1
1東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻構造生命科学研究室,2名古屋工業大学大学院工学研究科 未来材料創成工学専攻ナノ・ライフ変換科学分野)
email:加藤英明井上圭一神取秀樹濡木 理

Structural basis for Na+ transport mechanism by a light-driven Na+ pump.
Hideaki E. Kato, Keiichi Inoue, Rei Abe-Yoshizumi, Yoshitaka Kato, Hikaru Ono, Masae Konno, Shoko Hososhima, Toru Ishizuka, Mohammad Razuanul Hoque, Hirofumi Kunitomo, Jumpei Ito, Susumu Yoshizawa, Keitaro Yamashita, Mizuki Takemoto, Tomohiro Nishizawa, Reiya Taniguchi, Kazuhiro Kogure, Andrés D. Maturana, Yuichi Iino, Hiromu Yawo, Ryuichiro Ishitani, Hideki Kandori, Osamu Nureki
Nature, DOI: 10.1038/nature14322

要 約

 ヒトを含め多くの生物はロドプシンとよばれるタンパク質を用いて光を受容するが,近年,一部のロドプシンは,光の照射により任意のニューロンを興奮あるいは抑制させることのできる理想的なツールとして,とくに神経科学の分野において光遺伝学として非常に注目されている.そのような状況のもと,最近,光を受容してNa+を細胞の外へと排出する新規の微生物型ロドプシンが発見され,KR2と名づけられた.しかしながら,それまで40年近くものあいだ,微生物型ロドプシンによるH+以外の陽イオンの排出はその分子機構から不可能と考えられていたため,この新規のロドプシンがどのようにしてH+以外の陽イオンを細胞の外に排出するのか,説明がもとめられていた.今回,筆者らは,KR2の結晶構造を2つの異なる状態において決定した.さらに,これらの構造の情報をもとにした機能解析により,KR2がどのようにH+以外の陽イオンを輸送するのかを明らかにした.さらに,立体構造をもとにアミノ酸配列を改変することで,自然界には存在しない光駆動型のK+ポンプを合理的にデザインし作製するとともに,哺乳類のニューロンや線虫を用いた実験により,KR2が光遺伝学におけるツールとして利用可能であることを実証した.今回の結果は,微生物型ロドプシンによるNa+の輸送の分子機構という約40年にわたる問題に答えただけでなく,新規のロドプシンの設計および創製に対する道標となり,また,神経科学の分野に新たなツールを提供したという点で,幅広い研究分野に大きな影響をあたえるものと期待される.

はじめに

 ヒトから微生物まで,ほとんどの生物は光を受容し,その情報に応じた行動をとるが,多くの場合,この光の受容はロドプシンとよばれるタンパク質が担う.通常,ロドプシンはタンパク質部分であるオプシンにビタミンAの誘導体であるレチナールが結合した状態で機能しており,オプシンのアミノ酸配列の違いにより動物型ロドプシンと微生物型ロドプシンとに大別される.動物型ロドプシンと微生物型ロドプシンは結合するレチナールの構造が異なるが,どちらもレチナールが光を吸収しその構造を変化させることによりさまざまな機能を発揮するという点では同じである.たとえば,ヒトの眼に存在する視物質ロドプシン(動物型ロドプシン)は,光を吸収すると3量体Gタンパク質を活性化することにより視覚の形成において重要な役割をはたす.また,一部の微生物がもつバクテリオロドプシン(微生物型ロドプシン)は,光を吸収すると細胞の外へとH+を排出しH+の濃度勾配を形成することにより,とくに嫌気条件でのエネルギーの獲得において重要なはたらきをもつ.このように,ひとくちにロドプシンといってもその機能は多岐にわたることが知られているが,なかでも近年,イオン輸送型の微生物型ロドプシンは光の照射により任意のニューロンを興奮あるいは抑制させることのできるツールとして利用可能であることが判明し,とくに,神経科学の分野において光遺伝学(optogenetics)として非常に注目されている.
 イオン輸送型のロドプシンは大きくチャネル型とポンプ型とに分類することができるが,2002年にはじめて発見されたチャネル型ロドプシン(チャネルロドプシン)と比べ1),ポンプ型ロドプシンの研究の歴史は非常に古い.1971年に初の微生物型ロドプシンにして初のH+ポンプ型ロドプシンであるバクテリオロドプシンが発見され2),1977年に初のCl-ポンプ型ロドプシンであるハロロドプシンが発見されてから3),さまざまなポンプ型ロドプシンが発見された.しかしながらその一方で,ポンプ型ロドプシンの機能は,H+を細胞外に排出する“外向きH+ポンプ”と,Cl-を細胞内に取り込む“内向きCl-ポンプ”に限定されてきた.とくに,のちの研究によりCl-ポンプ型ロドプシンについてはCl-以外の陰イオンであるBr-やI-も輸送できることがわかったが,H+以外の陽イオンを輸送するポンプ型ロドプシンはひとつとして発見されなかった.
 さらに研究が進むにつれ,H+以外の陽イオンを輸送するポンプ型ロドプシンが発見されないのは不思議ではないと考えられるようになった.H+ポンプ型あるいはCl-ポンプ型にかぎらず,すべての微生物型ロドプシンにおいてはレチナールがシッフ塩基を介しオプシンと結合している.そして,光があたるまえの暗状態ではこのシッフ塩基の窒素原子がプロトン化されている.ここで重要なのは,H+ポンプ型であろうとCl-ポンプ型であろうと,ポンプ型ロドプシンにおけるイオンの輸送経路はこのシッフ塩基のすぐ近傍に位置し,シッフ塩基と結合したH+が輸送経路をふさぐようなかたちで存在することである.H+ポンプ型ロドプシンの場合,光を吸収したレチナールが異性化されシッフ塩基の向きを変化させると,シッフ塩基と結合したH+は細胞の外側に存在する負電荷を帯びたアミノ酸残基(H+受容基とよばれ,通常はAspがこの役割をはたす)に受け渡され,そのH+がさらに細胞の外側へと移動することにより,細胞の外へのH+の輸送が可能になっている4)図1a).すなわち,シッフ塩基と結合したH+それ自体が輸送基質となっている.一方,Cl-ポンプ型ロドプシンではCl-がプロトン化したシッフ塩基の正電荷を安定化させるように結合しており,光を吸収したレチナールが異性化されシッフ塩基の向きを変化させると,Cl-がシッフ塩基と結合したH+にひきずられるように細胞の外側から内側へと移動し,Cl-はそのまま細胞の内部へと輸送される4)図1b).しかし,H+以外の陽イオンを輸送しようとすると,そううまくはいかない.陽イオンはCl-とは異なり,イオンの輸送経路の中心に位置するシッフ塩基と結合したH+と電気的な反発を起こすからである(図1c).そのため,H+ポンプ型ロドプシンおよびCl-ポンプ型ロドプシンによるイオンの輸送機構から演繹して,H+以外の陽イオンを細胞の外へと排出するロドプシンはおそらく原理的に存在しないだろうし,作製することも困難だろうと考えられてきた.

figure1

 ところが2013年に,Krokinobacter eikastusとよばれる海洋微生物からKR2(Krokinobacter rhodopsin 2)と名づけられた新規のロドプシンが発見されたことにより5),そうした状況が一変した.このKR2は,それまで存在しないと考えられていた外向きNa+ポンプ型ロドプシンだったのである.

1.KR2の酸性条件における結晶構造解析

 KR2の結晶構造を明らかにし,そのイオンの輸送機構を解明するため,KR2を大腸菌において発現させ,これを精製し,脂質キュービック法を用いて結晶化した.pH 3.8~4.0という強酸性条件から得られた結晶を用いて2.3Åという高分解能のデータを取得することに成功し,分子置換法を用いて位相を決定した.
 KR2はほかの微生物型ロドプシンと同様に7回膜貫通型タンパク質であったが,N末端側に特有のヘリックス構造が存在した(図2a).また,H+ポンプ型ロドプシンであるバクテリオロドプシンにおいてH+受容基としてはたらくAsp85がAsn112と置換されており,代わりに,バクテリオロドプシンにおいてシッフ塩基の真横に存在するThr89はAsp116と置換されていた(図2b).特筆すべきはAsp116の位置とその向きであり,Asp116はシッフ塩基の真横に位置するにもかかわらず,シッフ塩基とは真逆の方向をむいており,近傍のAsn112およびSer70との水素結合によりその位置は固定されていた.このAsp116におけるH+の状態をさらにくわしく調べるため,野生型KR2およびAsp116をAsnと置換した変異体を用いて異なるpH条件における吸収波長を測定した.その結果,Asp116は中性条件では脱プロトン化されているが,酸性条件ではプロトン化されていることが判明した.さらに,得られた立体構造を用いてAsp116のpKaを算出したところ,酸性条件における結晶構造では実際にAsp116がプロトン化されていることがわかった.ここで,Asp116をAsnと置換した変異体を用いた先行研究により,KR2ではAsp85に対応するAsn112ではなく,Thr89に対応するAsp116がH+受容基としてはたらくことがわかっていたため5),この酸性条件で得られた構造はAsp116がシッフ塩基からH+を受け取ったあとの中間体の構造を反映していると考えられた.実際,先行研究において,バクテリオロドプシンは酸性条件において光照射ののちの前期中間体状態と類似した状態をとることが報告されていたことも6),この仮説を支持した.そこで,光があたるまえの暗状態の構造の情報を得るため,中性条件において結晶構造を得ようと試みた.

figure2

2.KR2の中性条件における結晶構造解析

 KR2を中性条件において結晶化したところ,結晶から得られた回折像の分解能はどれも6~7Å,最高でも4Å程度であった.そのため,酸性条件において得られた結晶を中性の結晶化溶液に浸すことにより,結晶の内部のpHを変化させた.酸性条件において得られたKR2の結晶をpH 7.5~8.5の溶液に浸したところ,結晶の色が紫色から赤色に変化したことから,Asp116が脱プロトン化されたことが推測された.この赤色の結晶を用いたところ,最終的に2.3Åという高分解能のデータを取得することに成功し,その結晶構造を決定することができた.
 中性条件と酸性条件の結晶構造を比較すると,全体構造はほぼ同じであったが,シッフ塩基の近傍に大きな差を生じていた.さきに述べたAsp116の向きに着目すると,Ser70およびAsn112と水素結合を形成するものにくわえ,シッフ塩基の方向をむくものが混じっていたのである.この結果から,脱プロトン化状態のAsp116はシッフ塩基の方向をむくが,プロトン化状態のAsp116はその向きを変えSer70およびAsn112と水素結合を形成したほうが安定であると推測された.ここで重要なのは,Asp116がシッフ塩基のH+受容基としてはたらくこと,そして,Asp116がシッフ塩基からH+を受け取り,Ser70およびAsn112の方向をむくことによりイオンの輸送経路の中心からH+が遠ざかることである.すでに先行研究において,Asp116をAsnと置換した変異体,つまり,シッフ塩基からH+を受け取ることのできない変異体はNa+輸送能を失うことが報告されていた5).そのため,シッフ塩基からH+を受け取るだけではなく,プロトン化および脱プロトン化にともなうAsp116の向きの変化がNa+の輸送に必須の過程であることを示すために,Ser70あるいはAsn112について複数の変異体を作製しそのNa+輸送能を測定した.その結果,Asp116と水素結合を形成することのできない変異体ではNa+輸送能が完全に消失したが,Asp116と水素結合を維持できる変異体ではNa+輸送能は失われないことを見い出した.

3.KR2によるNa+の輸送モデル

 これまでの結果から想定された,KR2によるNa+の輸送モデルは以下である.光のあたっていない暗状態のとき,イオンの輸送経路の中央に位置するシッフ塩基はプロトン化されており,そのH+の正電荷が陽イオンの輸送を阻害している(図2c).しかし,レチナールが光を吸収し異性化反応を起こすと,シッフ塩基と結合したH+はAsp116に受け渡される.プロトン化されたAsp116はその向きを変え,Ser70およびAsn112と水素結合を形成することにより,H+をイオンの輸送経路から隔離する.これによりNa+の輸送に必要なエネルギー障壁が低下し,Na+の輸送が可能になる.

4.光駆動型のK+ポンプ型ロドプシンの創製

 この輸送モデルによると,KR2はシッフ塩基の近傍においてH+をイオンの輸送経路から隔離することによりH+以外の陽イオンの輸送を可能にしているだけであり,この領域においてNa+を選択的に認識しているわけではないことになる.そのため,シッフ塩基よりもイオンの輸送経路の入り口の側(細胞の内側)に別に,Na+を選択的に認識する機構が存在するのではないかと考えた.この推測が正しければ,輸送経路の入り口付近の形状を変化させることにより,Na+以外の陽イオンを輸送するロドプシンを創製できるかもしれない.そこで,イオンの輸送経路の入り口を構成するAsn61およびGly263に着目し,それらに対する複数の変異体を作製してイオン選択性を調べた.その結果,Asn61をProと置換した変異体およびGly263をTyrと置換した変異体ではNa+にくわえK+を輸送すること,そして,この2つの変異を組み合わせた変異体はNa+よりK+を優先的に輸送することが判明した.この結果は,さきの仮説を裏づけたとともに,初の光駆動型のK+ポンプが創製されたことを意味した.

5.光遺伝学への応用

 イオン輸送型の微生物型ロドプシンが注目されるもっとも大きな理由のひとつが,光遺伝学への応用である.光を吸収して細胞の外にNa+を排出するKR2は,現在,光遺伝学において用いられている外向きH+ポンプや内向きCl-ポンプのように,光に依存して目的のニューロンの活動を抑制するツールとして利用できると考えられた.そこで,哺乳類のニューロンおよび線虫を用いた実験により,実際に,KR2が光遺伝学のツールとして利用可能であることを示すことにした.
 ラットの大脳皮質のニューロンにKR2を発現させ,光の照射によりKR2に由来する電流が流れるか,また,KR2に由来する電流によりニューロンの活動を抑制することができるかをパッチクランプ法を用いて検証したところ,ニューロンの興奮が抑制されることが確認された.また,線虫のニューロンにKR2を発現させ光照射の前後で線虫の移動速度を測定したところ,KR2に由来する電流によりニューロンの興奮が抑制されることで,行動が抑制されることが確認された.微生物型ロドプシンは真核生物,真正細菌,古細菌のすべてから見い出されているが,現在まで光遺伝学のツールとして利用されてきたのは真核生物あるいは古細菌に由来するものであった.そのため,今回の成果は,光遺伝学のツールとして利用可能な微生物型ロドプシンが真正細菌から見い出されたはじめての例になった.また,細胞外へのNa+の輸送およびK+の輸送は,H+やCl-の輸送と比較して細胞毒性が低く,酸感受性チャネルに影響しにくいなどの利点があるため,今後,KR2やその変異体がニューロンの興奮を抑制するツールとして有効にはたらく場面が存在すると期待される.

おわりに

 KR2の構造解析のプロジェクトがはじまったのは2012年のことであった.以前のチャネルロドプシンの構造解析(新着論文レビュー でも掲載)のときとは異なり,KR2の発現量,また,精製したのちの純度は,はじめから非常に高かったことを覚えている.ゲルろ過クロマトグラフィーにより得られたピークの形状も上々で,実際に結晶化してみたところ初期スクリーニングで結晶が得られ,分解能7Å程度の反射も示された.しかし,“これなら解ける”と思って意気揚々と結晶化条件の最適化を試みたものの状況は一向に改善されず,大した進展もないまま1年半もの月日が経過した.もちろん,無為に時間を浪費していたわけではなく,末端配列の最適化,T4リゾチームやBRILの導入,細胞内ループあるいは細胞外ループの短縮,界面活性剤の変更,脂質キュービック法で用いる脂質の変更,など,いろいろなことを試していたが大きな効果はなかった.“卒業までに構造を解くのはむずかしいかもな…”と弱気になりつつあった筆者に喝を入れたのは,同じく筆者らの研究室でチャレンジされていたCas9の構造解析(新着論文レビュー でも掲載)であった.KR2の構造解析よりもあとからはじまったにもかかわらず,瞬く間にその立体構造が明らかにされたのをまのあたりにして,“このままではいけない.これが解けなかったら卒業しないくらいの気持ちで取り組もう”と思ったのが博士課程3年の夏のことであった.
 いろいろな条件を見直し,最後にたどりついたのが結晶化のスクリーニングキットであった.初期スクリーニングには自作のキットを用いていたが,このキットではpH 5~8の範囲を検討していた.極端に低いあるいは高いpHでは結晶が壊れると考えられていたからである.だが,よくよく思い返してみると,ヒスタミン受容体の構造解析ではpH 4.5の条件で結晶化に成功している.“もう少し広げてみよう”と新しくデザインしたpH 4~9の範囲のスクリーニングキットを用いたところ,pH 4という強酸性条件においてみなれない紫色の結晶が得られた.形は悪く,大きさも小さく,しかも,結晶化から24時間以内に析出するが,48時間もたつとヒビが入り,72~96時間で崩壊してしまうという不安定な代物だった.大した期待もせずにX線を照射したところ,これが分解能2.5Åの反射を叩き出した.博士論文の審査を2カ月後に控えた2013年11月のことであった.
 今回の教訓は,“あまり先入観にとらわれずにスクリーニングをしよう”“結晶観察はマメにしよう”そして“ギリギリまで思考も手も止めずにがんばろう”といったところであろうか.そして最後にひとつ.Nature誌に投稿した際,ひとりのレビュアーが“これはチャネルロドプシンの構造以来,もっともおもしろい微生物型レチナールタンパク質の構造論文だ.(中略)この論文はNature誌にてpublishすべきである”とコメントした.これを読んだ際に思わず目頭が熱くなったことをよく覚えている.留学の直後でいろいろな不安を感じていた当時の筆者にとり,大きな心の支えとなった言葉であった.今後も,このレビュアーが(意図せず)かけてくれた言葉を忘れず,いままで以上に質の高いScienceをしていきたい.

文 献

  1. Nagel, G., Ollig, D., Fuhrmann, M. et al.: Channelrhodopsin-1: a light-gated proton channel in green algae. Science, 296, 2395-2398 (2002)[PubMed]
  2. Oesterhelt, D. & Stoeckenius, W.: Rhodopsin-like protein from the purple membrane of Halobacterium halobium. Nat. New Biol., 233, 149-152 (1971)[PubMed]
  3. Matsuno-Yagi, A. & Mukohata, Y.: Two possible roles of bacteriorhodopsin; a comparative study of strains of Halobacterium halobium differing in pigmentation. Biochem. Biophys. Res. Commun., 78, 237-243 (1977)[PubMed]
  4. Ernst, O. P., Lodowski, D. T., Elstner, M. et al.: Microbial and animal rhodopsins: structures, functions, and molecular mechanisms. Chem. Rev., 114, 126-163 (2014)[PubMed]
  5. Inoue, K., Ono, H., Abe-Yoshizumi, R. et al.: A light-driven sodium ion pump in marine bacteria. Nat. Commun., 4, 1678 (2013)[PubMed]
  6. Okumura, H., Murakami, M. & Kouyama, T.: Crystal structures of acid blue and alkaline purple forms of bacteriorhodopsin. J. Mol. Biol., 351, 481-495 (2005)[PubMed]

著者プロフィール

加藤 英明(Hideaki Kato)
略歴:2014年 東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了,同年より米国Stanford大学School of Medicine研究員.
研究テーマ:膜タンパク質の構造機能解析.
抱負:つねに質の高いScienceを.

井上 圭一(Keiichi Inoue)
名古屋工業大学大学院工学研究科 助教.

神取 秀樹(Hideki Kandori)
名古屋工業大学大学院工学研究科 教授.

濡木 理(Osamu Nureki)
東京大学大学院理学系研究科 教授.
研究室URL:http://www.nurekilab.net/

© 2015 加藤英明・井上圭一・神取秀樹・濡木 理 Licensed under CC 表示 2.1 日本


ヒトのアディポネクチン受容体の結晶構造

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田辺弘明1・横山茂之1・山内敏正2・門脇 孝2
1理化学研究所 横山構造生物学研究室,2東京大学大学院医学系研究科 代謝・栄養病態学)
email:田辺弘明横山茂之山内敏正門脇 孝

Crystal structures of the human adiponectin receptors.
Hiroaki Tanabe, Yoshifumi Fujii, Miki Okada-Iwabu, Masato Iwabu, Yoshihiro Nakamura, Toshiaki Hosaka, Kanna Motoyama, Mariko Ikeda, Motoaki Wakiyama, Takaho Terada, Noboru Ohsawa, Masakatsu Hato, Satoshi Ogasawara, Tomoya Hino, Takeshi Murata, So Iwata, Kunio Hirata, Yoshiaki Kawano, Masaki Yamamoto, Tomomi Kimura-Someya, Mikako Shirouzu, Toshimasa Yamauchi, Takashi Kadowaki, Shigeyuki Yokoyama
Nature, 520, 312-316 (2015)

要 約

 アディポネクチン受容体AdipoR1およびAdipoR2は,脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンにより活性化されると細胞において糖および脂質の代謝を促進する.アディポネクチン受容体は7回膜貫通型の膜タンパク質であるが,Gタンパク質共役受容体とは逆の配向性をもつことが予想されていた.今回,筆者らは,ヒトのAdipoR1およびAdipoR2の結晶構造をそれぞれ分解能2.9Åおよび分解能2.4Åで決定した.アディポネクチン受容体の7つの膜貫通ヘリックスはGタンパク質共役受容体のものとは構造的に異なり,さらに,それらの内側に空洞を形成し,なかにZn2+を配位するという,まったく新規の構造であった.また,アディポネクチン受容体は細胞の外側の広い表面にてアディポネクチンと相互作用している可能性があった.今回の結果は,アディポネクチン受容体にかかわるシグナル伝達の解明につながるとともに,2型糖尿病のような肥満に関連した疾患の治療薬の開発および最適化を加速すると期待される.

はじめに

 近年,世界規模での肥満の増加とともに,肥満によりひき起こされるメタボリックシンドロームや糖尿病の患者が増加しており,その対策が急務となっている.2003年に同定されたアディポネクチン受容体AdipoR1およびAdipoR2は,糖および脂質の代謝にかかわる膜タンパク質で,そのホモログは植物からヒトまで保存されている1).AdipoR1は骨格筋に,AdipoR2は肝臓に高く発現している.脂肪細胞から分泌されたアディポネクチンにより活性化されたAdipoR1およびAdipoR2は,それぞれ,AMPキナーゼおよびPPARを活性化し,糖および脂質の代謝を促進することにより抗糖尿病作用を発揮する2,3).アディポネクチン受容体の活性化の機構を解明することは,メタボリックシンドロームや糖尿病の治療法の改善,治療薬の開発につながると考えられている.2013年には,アディポネクチン受容体を活性化する低分子化合物が発見され,今後の創薬に大きな期待がよせられている4)新着論文レビュー でも掲載).
 アディポネクチン受容体は7回膜貫通型の膜タンパク質であると予想されていたが,N末端が細胞内,C末端が細胞外と,7回膜貫通型の膜タンパク質として広く知られるGタンパク質共役受容体とは細胞膜への配向性が逆だと推測されていた.Gタンパク質共役受容体はその下流のタンパク質である三量体型Gタンパク質との複合体の構造解析により,その活性化の機構が明らかにされつつある5).一方で,アディポネクチン受容体の構造は未知であった.今回,筆者らは,X線結晶構造解析によりアディポネクチン受容体の立体構造を明らかにし,その構造から機能の解明を試みた.

1.アディポネクチン受容体の精製および結晶化

 アディポネクチン受容体の発現系および精製法を構築した6).全長のアディポネクチン受容体は性状が悪く結晶化には不向きであったが,N末端側の配列の最適化により性状のよい変異体を見い出し結晶化に用いた.それらの変異体は野生型のアディポネクチン受容体と同等の活性を保持していることが確認された.既知の方法7) によりアディポネクチン受容体の構造を認識する抗体を作製し,アディポネクチン受容体と抗体の断片との複合体を脂質メソフェーズ法8) により結晶化した.得られた結晶からAdipoR1およびAdipoR2の結晶構造をそれぞれ分解能2.9Åおよび分解能2.4Åで決定した(図1,PDB ID:3WXV3WXW).

figure1

2.アディポネクチン受容体の構造解析

 AdipoR1およびAdipoR2はN末端側細胞内領域,1本の短い細胞内ヘリックス,7本の膜貫通ヘリックス,C末端側細胞外領域から構成されていた.結晶化に用いた抗体の断片はN末端側細胞内領域を認識していた.また,細胞外第3ループおよび細胞内第3ループにそれぞれ短いヘリックスが存在した.細胞内ヘリックスは膜貫通ヘリックスI~膜貫通ヘリックスIIIの細胞の内側の末端,および,細胞内第1ループと疎水性の相互作用をしていた.7本の膜貫通ヘリックスは細胞の外からみると束になり反時計回りに配置していた(図1).AdipoR1とAdipoR2の構造は非常によく似ていた.
 アディポネクチン受容体と立体構造の類似性の高いタンパク質を検索したが,タンパク質立体構造データベースにはそのようなタンパク質は登録されていなかった.C末端が細胞外にあるアディポネクチン受容体の7回膜貫通ドメインは,細菌型ロドプシンやGタンパク質共役受容体のようなN末端が細胞内にある従来型の7回膜貫通ドメインとは細胞膜に対し逆の配向性をもっていたことにくわえ,アディポネクチン受容体にはGタンパク質共役受容体の特徴的な構造であるProに誘引されたヘリックスの折れ曲がりが存在しなかった.アディポネクチン受容体にはヘリックスの折れ曲がりはないものの,膜貫通ヘリックスVに存在する3つのGlyによる湾曲がみられた.
 以上のことから,アディポネクチン受容体AdipoR1およびAdipoR2の構造は新規であると結論づけられた.

3.アディポネクチン受容体のZn2+結合部位

 AdipoR1およびAdipoR2の7回膜貫通ドメインに1つのZn2+の存在を見い出した.Zn2+結合部位は細胞の内側の細胞膜からおよそ4Åの距離に位置した.Zn2+は3つのHisと2.1~2.6Åの距離で配位していた(図2a).さらに,AdipoR2においては,Zn2+とAspの側鎖カルボキシル基とのあいだに1つの水分子が存在した.Zn2+は膜貫通ヘリックスII,膜貫通ヘリックスIII,膜貫通ヘリックスVIIを固定し,疎水性の相互作用をしている膜貫通ヘリックスIとあわせ,膜貫通ヘリックスI,膜貫通ヘリックスII,膜貫通ヘリックスIII,膜貫通ヘリックスVIIから構成されるサブドメインの構造を安定化している可能性があった.これら3つのHisおよびAspはアディポネクチン受容体のホモログに保存されていた.

figure2

 これらのZn2+の配位にかかわるアミノ酸残基をAlaに置換して活性との相関について解析した.AdipoR1において,3つのHisの三重変異体,および,3つのHisおよびAspの四重変異体はアディポネクチンで刺激したときのAMPキナーゼの活性化を低下させたが,単一のアミノ酸残基の変異体は活性を維持していた.このことから,AdipoR1において,Zn2+との結合はAMPキナーゼの活性化に直接的には必要なく,構造の維持に効果のあることが示唆された.
 対照的に,AdipoR2においては,アディポネクチンで刺激したときのUCP2遺伝子のmRNAの発現の量は,AspあるいはHis348の単一の変異体において低下し,3つのHisの三重変異体や3つのHisおよびAspの四重変異体においてはほぼ完全に消失していた.このことから,AdipoR2において,Zn2+との結合は構造の維持にくわえシグナル伝達にも影響していることが示唆された.AdipoR2がZn2+に依存的な加水分解活性を保持するというのは魅力的な仮説である.アディポネクチンで刺激されたAdipoR2による脂肪の加水分解により遊離脂肪酸の生じる可能性があり,生じた遊離脂肪酸がPPARαの活性を上昇させ,UCP2遺伝子のようなターゲット遺伝子の発現を亢進するのかもしれない.3つのHisおよびAspはアルカリセラミダーゼの膜貫通ドメインにおいても保存されているが,アルカリセラミダーゼはいまだ構造が解かれていないこともあり,アディポネクチン受容体がセラミダーゼ活性をもつかどうかは判断ができない.

4.アディポネクチン受容体のもつ空洞

 AdipoR1およびAdipoR2の膜貫通ドメインにZn2+結合部位を含む空洞を見い出した(図2b).この空洞は2つのサブドメインより形成されており,膜貫通ヘリックスIVと膜貫通ヘリックスVIのあいだの細胞の内側から,膜貫通ヘリックスVと膜貫通ヘリックスVIのあいだの細胞膜の外側の脂質の真ん中へと伸びていた.また,空洞には未同定の分子の電子密度が存在した.この電子密度は,アディポネクチン受容体が加水分解活性をもつとするならばその基質あるいは生成物に相当するのかもしれない.

5.アディポネクチン受容体の細胞の外側の表面

 アディポネクチン受容体の細胞の外側の表面は3つの細胞外ループとC末端側細胞外領域から構成されていた.膜貫通ヘリックスVIIは細胞膜から2ターンほど突き出ていた.膜貫通ヘリックスVIIのあとのC末端側の領域は柔軟性が高く,特定の構造をとっていないと推測された.
 以前に,酵母ツーハイブリッド実験から,アディポネクチンはアディポネクチン受容体のC末端側細胞外領域と相互作用することが示されていた9).C末端側を膜貫通ヘリックスVIIのあとのC末端側の領域まで欠損させたAdipoR1の変異体においては,アディポネクチンで刺激したときのAMPキナーゼの活性化に変化はなかった.しかし,膜貫通ヘリックスVIIの2残基を含め欠損させたところ,AMPキナーゼの活性化は低下した.このことから,膜貫通ヘリックスVIIのC末端側の突き出たターンの部分はアディポネクチンのシグナル伝達にかかわることが示唆された.
 さらに,AdipoR1およびAdipoR2において保存されている細胞外ループのアミノ酸残基をGlyあるいはSerと置換して活性を測定した.その結果,3つの細胞外ループのすべてについて置換を導入し,かつ,C末端側を膜貫通ヘリックスVIIの2残基まで欠損させたAdipoR1の変異体は,アディポネクチンで刺激したときのAMPキナーゼの活性化がいちじるしく低下していた.一方,細胞外ループの1つ,2つ,3つについて置換を導入したAdipoR1の変異体では,AMPキナーゼの活性化の低下は小さかった.これらのことから,AdipoR1は3つの細胞外ループおよび膜貫通ヘリックスVIIのC末端側を含む細胞の外側の広い表面にて,アディポネクチンと相互作用している可能性が示唆された.

おわりに

 以上の結果から,アディポネクチン受容体AdipoR1およびAdipoR2は,Gタンパク質共役受容体とはまったく異なる構造および機能をもつことが示された.このことから,アディポネクチン受容体は新しいクラスの受容体として位置づけられた.今回,得られた結晶構造の情報が,アディポネクチン受容体の作動薬の開発および最適化を加速することが期待される.また,植物からヒトまで保存されているアディポネクチン受容体のホモログについても,そのシグナル伝達経路の役割や分子機構の理解の一端になれば幸いである.

文 献

  1. Yamauchi, T., Kamon, J., Ito, Y. et al.: Cloning of adiponectin receptors that mediate antidiabetic metabolic effects. Nature, 423, 762-769 (2003)[PubMed]
  2. Yamauchi, T., Kamon, J., Minokoshi, Y. et al.: Adiponectin stimulates glucose utilization and fatty-acid oxidation by activating AMP-activated protein kinase. Nat. Med., 8, 1288-1295 (2002)[PubMed]
  3. Yamauchi, T., Kamon, J., Waki, H. et al.: Globular adiponectin protected ob/ob mice from diabetes and ApoE-deficient mice from atherosclerosis. J. Biol. Chem., 278, 2461-2468 (2003)[PubMed]
  4. Okada-Iwabu, M., Yamauchi, T., Iwabu, M. et al.: A small-molecule AdipoR agonist for type 2 diabetes and short life in obesity. Nature, 503, 493-499 (2013)[PubMed] [新着論文レビュー]
  5. Rasmussen, S. G., DeVree, B. T., Zou, Y. et al.: Crystal structure of the β2 adrenergic receptor-Gs protein complex. Nature, 477, 549-555 (2011)[PubMed]
  6. Tanabe, H., Motoyama, K., Ikeda, M. et al.: Expression, purification, crystallization, and preliminary X-ray crystallographic studies of the human adiponectin receptors, AdipoR1 and AdipoR2. J. Struct. Funct. Genomics, 16, 11-23 (2015)[PubMed]
  7. Hino, T., Iwata, S. & Murata, T.: Generation of functional antibodies for mammalian membrane protein crystallography. Curr. Opin. Struct. Biol., 23, 563-568 (2013)[PubMed]
  8. Hato, M., Hosaka, T., Tanabe, H. et al.: A new manual dispensing system for in meso membrane protein crystallization with using a stepping motor-based dispenser. J. Struct. Funct. Genomics, 15, 165-171 (2014)[PubMed]
  9. Mao, X., Kikani, C. K., Riojas, R. A. et al.: APPL1 binds to adiponectin receptors and mediates adiponectin signalling and function. Nat. Cell Biol., 8, 516-523 (2006)[PubMed]

著者プロフィール

田辺 弘明(Hiroaki Tanabe)
略歴:理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター リサーチアソシエイト.
研究テーマ:膜タンパク質の構造解析.
関心事:細胞の外から細胞の内部へのシグナル伝達.

横山 茂之(Shigeyuki Yokoyama)
理化学研究所 上席研究員.
研究室URL:http://sbl.riken.jp/

山内 敏正(Toshimasa Yamauchi)
東京大学大学院医学系研究科 准教授.

門脇 孝(Takashi Kadowaki)
東京大学大学院医学系研究科 教授.
研究室URL:http://dm301k.umin.jp/

© 2015 田辺弘明・横山茂之・山内敏正・門脇 孝 Licensed under CC 表示 2.1 日本

再構成系および1分子観察により同定されたショウジョウバエにおけるRISCの形成の過程

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岩崎信太郎・佐々木 浩・泊 幸秀
(東京大学分子細胞生物学研究所 RNA機能研究分野)
email:岩崎信太郎佐々木 浩泊 幸秀

Defining fundamental steps in the assembly of the Drosophila RNAi enzyme complex.
Shintaro Iwasaki, Hiroshi M. Sasaki, Yuriko Sakaguchi, Tsutomu Suzuki, Hisashi Tadakuma, Yukihide Tomari
Nature, DOI: 10.1038/nature14254

要 約

 RNAi法は遺伝子の発現を特異的に抑制することのできる手法として,現在,生物学の研究に広く用いられている.RNAiはsiRNAとよばれる小分子RNAとAgoとよばれるタンパク質との複合体であるRISCによりひき起こされるが,RISCが形成される過程は十分に理解されていなかった.この研究において,ショウジョウバエにおけるAgo2を含むRISCの形成の過程を,Dicer-2-R2D2複合体およびシャペロンマシナリーであるHsc70,Hsp90,Hop,Hsp40,p23の計7種のタンパク質により完全に再構成することに成功した.また,1分子観察技術を用いることにより,RISCの形成の過程を詳細に調べた.シャペロンマシナリーはDicer-2,R2D2,2本鎖siRNAからなる複合体が単にAgo2と結合すること自体に必須ではなかったが,この複合体が2本鎖siRNAのガイド鎖の5’末端にあるリン酸基に依存して長時間にわたりAgo2と結合しつづけることには必要であることがわかった.この研究は,RNAiの作用機構を詳細に解明しただけでなく,RNAi法を利用した次世代の医薬の開発をいっそう促進することが期待される.

はじめに

 siRNAやmiRNAといった約21~22塩基の小分子RNAは,その配列と相補的な配列をもつmRNAからの遺伝子発現を抑制することが知られている1).この現象は一般にRNAサイレンシングとよばれる.小分子RNAはそれだけでは機能することはできず,RISC(RNA-induced silencing complex)とよばれる小分子RNAとタンパク質からなる複合体を形成してはじめて機能する.小分子RNAに直接に結合しRISCの中核をなすのはArgonaute(Ago)とよばれるタンパク質である.RISCの構成タンパク質はAgoのほかにも数多く同定されているが,ここでは,小分子RNAとAgoとの複合体を最小の単位としての“RISC”の意味で用いる.また,この研究では,歴史的にもっともよく研究されているショウジョウバエのAgo2とsiRNAから構成されるRISCをモデルとした.
 RISCの形成は大きく2つの過程,1)2本鎖siRNAがAgoに取り込まれる反応(ローディング)と,2)2本鎖siRNAが複合体において1本鎖になる反応(パッセンジャー鎖の放出)とに分けることができる.2本鎖siRNAのうち,最終的にAgoに保持されるRNA鎖をガイド鎖,1本鎖化により放出されるRNA鎖をパッセンジャー鎖とよぶ.
 通常,2本鎖siRNAはウイルス複製中間体やトランスポゾンなどに由来する長い2本鎖RNAから,RNaseIIIファミリーのひとつであるDicer-2とそのパートナータンパク質であるR2D2との複合体により切りだされる2).Dicer-2-R2D2複合体は,2本鎖siRNAの生成という機能にくわえ,2本鎖siRNAのAgo2へのローディングにも必須であり,2本鎖siRNAはDicer-2,R2D2,2本鎖siRNAからなる複合体からAgo2へとうけわたされる3,4).たとえば,トラスフェクションや生化学反応において長い2本鎖RNAではなく2本鎖siRNAから反応をはじめたとしても,Dicer-2-R2D2複合体は必要である.これに対し,ショウジョウバエAgo1やヒトのAgo(Ago1~Ago4)はローディングにDicerを必要としない5,6).これまでの研究により,Dicerの必要性の有無にかかわらず,ローディングにはATPにくわえ,分子シャペロンであるHsc70およびHsp90が必要であることが明らかにされている7-9)
 これに対し,パッセンジャー鎖の放出はATPや分子シャペロンを必要としない.ショウジョウバエのAgo2はそれ自体のもつヌクレアーゼ活性により一方のRNA鎖を切断することでパッセンジャー鎖の放出をひき起こす10-12).切断をうけたパッセンジャー鎖がC3POとよばれる別のヌクレアーゼによりさらに消化をうけることにより,パッセンジャー鎖の放出は促進される13)

1.RISCの形成にはHsc70-Hsp90シャペロンマシナリーが必須である

 ローディングには分子シャペロンであるHsc70およびHsp90が必須であるが,それでは,ローディングに十分な最小のタンパク質はどのようなものであろうか? 予備実験において,組換えタンパク質として精製したDicer-2-R2D2複合体,Hsc70,Hsp90だけではローディングを引き起こすことはできなかった.このことから,ここにはローディングに必要十分なタンパク質が不足しているのであろうと考えた.
 Hsc70およびHsp90はコシャペロンとよばれるアクセサリータンパク質とともにHsc70-Hsp90シャペロンマシナリーを形成することが知られている14).Hsc70-Hsp90シャペロンマシナリーにより制御される機構の代表としては,ステロイド受容体の成熟化の例がよく研究されている.ステロイド受容体はそれ自体だけではリガンドであるステロイドと結合することはできないが,Hsc70-Hsp90シャペロンマシナリーにより構造変化をうけることによりはじめてステロイドと結合する14).2本鎖siRNAをAgo2のリガンドととらえると,ステロイド受容体の成熟化の機構はローディングと非常に類似した反応であると考えられた.そこで,ステロイド受容体の成熟化に十分であることのわかっているHsc70,Hsp90,Hop,Hsp40,p23の5つのタンパク質に注目した.p23を除くそれぞれのホモログであるHsc70-4,Hsp83,Hop,Droj2は,Ago2と結合していることが質量分析法により同定されていた8).これにくわえ,p23の阻害剤によりAgo2へのローディングが阻害されたことから,p23も必須であると考えられた.

2.RISCの形成は7種のタンパク質により再構成された

 HopはHsc70およびHsp90のそれぞれと結合し,2つの分子シャペロンをひとつのマシナリーにつなぎとめる役割をもつタンパク質である.まず,SBPタグを付与したHopをショウジョウバエS2細胞において発現させ,SBPタグを介してアフィニティー精製することにより内在するHsc70-Hop-Hsp90三者複合体を精製した.Hsc70-Hop-Hsp90三者複合体あるいはDicer-2-R2D2複合体は,どちらか一方だけではローディングをひき起こすことはできなかったが,両者が存在すると効率よくローディングがひき起こされた.さらに,組換えタンパク質として精製したDroj2あるいはp23のそれぞれによりローディングはさらに促進された.Hsc70,Hop,Hsp90をそれぞれ独立に組換えタンパク質として精製しても,同様にこの3つすべてがあれば効率的なローディングが観察された.Dicer-2-R2D2複合体はローディングに必須であったのに対し,Hsc70-Hsp90シャペロンマシナリーを構成するタンパク質は1つが欠損しても効率は下がるもののローディングをひき起こした.このような現象はステロイド受容体の場合にも同様に観察されており,Hsc70-Hsp90シャペロンマシナリーに一般的にみられる現象のようであった.
 以上のRISCの再構成系は,これまでに報告されていた以下のようなローディングの特徴を完全に再現した.1)再構成系によりローディングされた2本鎖siRNAは最終的に1本鎖となり標的RNAに対する切断活性をもち,再構成されたRISCの活性は細胞抽出液において形成させたRISCと遜色はなかった.2)2本鎖siRNAのうちどちらがガイド鎖として選択されるかは2本鎖siRNAの末端の熱力学的な安定性に依存し非対称であることが知られているが,再構成系は2本鎖siRNAの非対称性を反映しガイド鎖の選択性を再現した.3)再構成系はATPに依存的であり,ATPaseであるHsc70あるいはHsp90のATPase活性の変異体はローディングの効率をいちじるしく低下させた.以上の点から,このRISCの再構成系はローディングを完全に再現すると結論づけた(図1).

figure1

 近年,いったんAgoにローディングされたsiRNAがAgoから取り除かれる“アンローディング”という現象が報告された15).この報告は,ローディングはつまり,すでにローディングされたsiRNAをアンローディングすることである可能性を示唆した.そこで,再構成系を用いてこの可能性について検証した.結論として,ローディングはアンローディングをともなうことはなく,いったんローディングされたsiRNAはローディングの過程で取り除かれることはなかった.この結果は,RISCの再構成系があってはじめて検証することができたものであった.

3.RISCの形成の1分子観察系の構築

 ショウジョウバエにおけるAgo2を含むRISCの形成について再構成系を構築したことは,RISCの形成の過程について生化学的な実験により調べることのできるひとつのゴールに達したことを意味した.しかし,RISCの形成の過程,とくに,ローディングの過程がどのように起こるのかについてはまだ大きな謎がいくつも残されていた.2本鎖siRNAはどのようにDicer-2-R2D2複合体からAgo2へとうけわたされるのか? そして,Hsc70-Hsp90シャペロンマシナリーはどのようにRISCの形成を促進しているのか? こうした問いに答えるためには,RISCの形成の過程においてその中間状態をとらえて解析する必要がある.しかし,中間状態は不安定であり,生化学的な実験ではローディングおよびパッセンジャー鎖の放出の2つのステップより切り分けて解析することは不可能であった.そこで,RISCの再構成系と生物物理学的な手法とを組み合わせ,RISCが形成されるようすを1分子レベルでリアルタイムに観察することを試みた.
 全反射蛍光顕微鏡法は石英ガラス基板の表面に存在する蛍光分子のみを選択的に可視化する方法として生物物理学的な実験に広く用いられている.この手法とRISCの再構成系とを組み合わせ,RISCの形成の1分子観察系を構築した(図2).具体的には,まず,Ago2を石英ガラス基板に固定し,プルダウン実験と同様に高塩濃度かつ界面活性剤を含む緩衝液によりほかのタンパク質を洗い流した.つぎに,Ago2を固定化した基板に蛍光分子により3’末端を標識した2本鎖siRNAを含むRISCの再構成系をくわえた.のちにガイド鎖として取り込まれるほうを赤色の蛍光分子Alexa647により,パッセンジャー鎖として放出されるほうを緑色の蛍光分子Alexa555により標識した.2本鎖siRNAが取り込まれたRISCの前駆体は赤色と緑色の両方の蛍光色素を含むため黄色の輝点として観察されるが,そののち,パッセンジャー鎖の放出によりガイド鎖のみを含む成熟したRISCができると赤色の輝点として観察される.

figure2

 構築した1分子観察系がこれまでの生化学的な実験による知見と合致するか検証した.Ago2を固定した基板に2本鎖siRNAを含むRISCの再構成系をくわえ1時間のち,基板の表面を洗い流して残った輝点を観察したところ,Ago2,Dicer-2-R2D2複合体,Hsc70-Hsp90シャペロンマシナリーのすべてが存在する条件でのみ,黄色および赤色の輝点が観察された.さらに,RISCの前駆体は形成されるもののパッセンジャー鎖の放出の起こらない,切断活性を欠損したAgo2変異体を固定した場合には黄色の輝点しか観察されず,赤色の輝点はAgo2の酵素活性に依存して生じることが確かめられた.さらに,輝点が観察された基板をTEVプロテアーゼで処理することによりAgo2と固定化に用いたタグタンパク質とのあいだに挿入しておいたTEVプロテアーゼ切断配列を切断したところ,輝点の消失が観察された.これらの実験結果から,構築したRISCの形成の1分子観察系はこれまでの生化学的な知見と合致しており,RISCの形成を基板のうえで再現していると結論づけた.

4.RISCの形成は複数の基本過程からなる

 生化学的な実験ではとらえることのできなかったRISCの形成の中間状態を明らかにするため,RISCの形成の1分子観察系を用いて,反応の開始から20分間にわたり連続観察した.現われた輝点の多く(86%以上)は時定数が約20秒で消失し,これは短時間の結合を示していた.その一方で,約9%の輝点は赤色および緑色とも100秒以上にわたり光りつづける長時間の結合を示しており,約3%の輝点はパッセンジャー鎖に対応する緑色の輝点のみが途中で消失したことから,パッセンジャー鎖の放出に対応した.興味深いことに,Ago2およびDicer-2-R2D2複合体が存在すればHsc70-Hsp90シャペロンマシナリーの有無にかかわらずくり返して起こる短時間の結合が観察されたことから,Dicer-2,R2D2,2本鎖siRNAからなる複合体はHsc70-Hsp90シャペロンマシナリーに依存することなくAgo2と一時的に結合することがわかった.しかし,100秒以上にわたり光りつづける輝点に注目したところ,Ago2およびDicer-2-R2D2複合体だけでなく,Hsc70-Hsp90シャペロンマシナリーも存在してはじめて長時間の結合が起こることが明らかにされた.
 ガイド鎖の5’末端にあるリン酸基がいつ認識されるかに注目した.成熟したRISCでは,ガイド鎖の5’リン酸基が,Agoのもつ5’末端結合ポケットにより強固に認識されている.生化学的な実験から,ガイド鎖の5’末端をOH基に変えた場合や,Agoの5’末端結合ポケットに変異を導入した場合には,RISCは形成されないことがわかっていた.1分子観察系を用いた連続観察により,ガイド鎖の5’リン酸基が認識されない場合にも多くの短時間の結合が観察された.この結果は,短時間の結合はガイド鎖の5’リン酸基の認識を必要としないことを示した.しかし同時に,ガイド鎖の5リン酸基が認識された場合のみ,長時間の結合が観察された.
 これらの結果をまとめると,RISCの形成について,以下のような基本過程が明らかにされた(図1).1)Dicer-2,R2D2,2本鎖siRNAからなる複合体はAgo2に対しHsc70-Hsp90シャペロンマシナリーに非依存的に結合と解離をくり返す.2)Hsc70-Hsp90シャペロンマシナリーの存在によりDicer-2,R2D2,2本鎖siRNAからなる複合体のAgo2との結合時間が延長しうけわたしが促進される.3)Ago2との結合時間の延長には同時にガイド鎖の5’リン酸基の認識を必要とする.
 RNAと結合していないAgo2はフレキシブルであることから,Hsc70-Hsp90シャペロンマシナリーはAgo2に対し,ガイド鎖の5’リン酸基を認識し2本鎖siRNAをローディングできるような状態にささえる役割をはたすと考えられた.そして,ガイド鎖の5’リン酸基がAgo2により正しく認識されることにより,残りの部分の2本鎖siRNAもAgo2に取り込まれてRISCの前駆体を形成し,成熟したRISCの形成へとつながると考えられた.

おわりに

 RISCの再構成系の構築は偶然の賜物であった.タンパク質の精製においてはDTTなどの還元剤を含む緩衝液を用いるのがつねであるが,Hsc70-Hop-Hsp90三者複合体の精製を試行していたとき,DTTをくわえるのを忘れたバッチがあった.もちろん,そのことは実験ノートに記しておいたのだが,DTTを含むバッチにはまったく活性がなかったのに対し,DTTを入れ忘れたバッチは強いローディング活性を示した(その詳細な理由は不明であるが,ヒトやショウジョウバエにおいてHsp90のもつCysの酸化還元状態はHsp90の活性に影響をあたえるというという報告があるため,おそらく,Hsp90がDTTに感受性なのであろうと考えている).この偶然の失敗がなく,また,そのことを実験ノートに記していなければ,RISCの再構成系を構築することは非常にむずかしかったであろう.このことは,きちんと実験ノートをとることの大切さをあらためて認識させてくれた.
 1分子観察系の構築はただひたすらに不安定さとの戦いだった.まったく同じ試薬および同じ試料を使っているにもかかわらず1時間まえに自分が行った観察結果すら満足に再現できない状況から,ひとつずつ問題点を克服し,系を安定させ信頼できるデータがとれるようになるまでには,結果として1年以上を費やした.それでも,いつかは系を安定させることができると信じることのできたのは,赤色の輝点の出現はAgo2の酵素活性に依存しているという,偶然では説明のできないデータがあったからだった.そしてもうひとつ,問題を解決する糸口はすべて研究室におけるディスカッションからみつかったことを記しておきたい.うまくいかない結果について何度もくり返し相談することがなければ,そして,研究室のメンバーが話し相手になってくれなければ,1分子観察系が完成することはなかった.確たる実験データと研究室におけるディスカッション,あたりまえの2つのことが長くつづいた戦いのささえになった.

文 献

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著者プロフィール

岩崎 信太郎(Shintaro Iwasaki)
略歴:2011年 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程 修了,同年 東京大学分子細胞生物学研究所 助教,2013年 米国Carnegie Institution for Science博士研究員を経て,同年より米国California大学Berkeley校 博士研究員.
研究テーマ:翻訳およびその制御の分子機構.
関心事:次世代シークエンサーを用いた網羅的な解析.

佐々木 浩(Hiroshi M. Sasaki)
略歴:2011年 東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了,同年より東京大学分子細胞生物学研究所 助教.
研究テーマ:分子レベルの生命現象を可視化する.
関心事:“自分が分子だったら”あるいは“自分が石英ガラスの表面だったら”ということを1日3回は考えます.

泊 幸秀(Yukihide Tomari)
東京大学分子細胞生物学研究所 教授.
研究室URL:http://www.iam.u-tokyo.ac.jp/tomari/

© 2015 岩崎信太郎・佐々木 浩・泊 幸秀 Licensed under CC 表示 2.1 日本

サイクリックジグアニル酸は細菌において細胞周期を制御しゲノムの複製を駆動する

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尾崎 省吾
(スイスBasel大学Biozentrum,Focal area of Infection Biology)
email:尾崎省吾

Cyclic di-GMP acts as a cell cycle oscillator to drive chromosome replication.
C. Lori, S. Ozaki, S. Steiner, R. Böhm, S. Abel, B. N. Dubey, T. Schirmer, S. Hiller, U. Jenal
Nature, DOI: 10.1038/nature14473

要 約

 サイクリックヌクレオチドは普遍的なシグナル伝達分子である.ほとんどの細菌は環境においてどのようにふるまうかを決定するためサイクリックジグアニル酸を利用する.しかし,その細胞増殖における役割は不明であった.今回,筆者らは,サイクリックジグアニル酸が細胞の増殖に必須な役割をもつCckAと直接的に結合することを明らかにした.CckAはキナーゼ活性およびホスファターゼ活性をもつ2機能性の酵素である.サイクリックジグアニル酸との結合はCckAのキナーゼ活性を阻害しホスファターゼ活性を亢進した.G1期後期からS期初期にかけてサイクリックジグアニル酸の濃度の上昇にともない誘導されるCckAのホスファターゼ活性は,ゲノムの複製の引き金となり細胞周期の進行を駆動した.これらの結果から,サイクリックジグアニル酸は真核生物のサイクリンと同様のはたらきを担う,細菌における細胞周期の制御分子であることがはじめて明らかにされた.

はじめに

 細胞周期を適時的に進行させることは生物の真理である.真核生物の細胞周期はサイクリン依存性キナーゼにより支配されている1).サイクリン依存性キナーゼの活性はその制御サブユニットとサイクリンとの結合に依存する.サイクリンは細胞周期の進行に応じてその濃度がダイナミックに変化することにより,適時的にサイクリン依存性キナーゼを活性化し細胞周期を駆動する.しかし,これらに相当する分子機構は細菌においては未解明であった.
 Caulobacter crescentusは細胞周期の研究に用いられるモデル細菌である.非対称的に細胞分裂し鞭毛細胞とストーク細胞という異なる2種類の娘細胞を生じる(図1).ストーク細胞はすみやかにゲノムの複製を開始し細胞分裂する.他方,鞭毛細胞はゲノムの複製を抑制し栄養の獲得のために鞭毛により運動する.鞭毛細胞がふたたび増殖のサイクルをはじめるためには,鞭毛装置を解体しストーク細胞へと分化する必要がある.この過程において,細胞におけるサイクリックジグアニル酸の濃度が一過的に上昇する2).サイクリックジグアニル酸は2分子のGTPから合成されるシグナル分子で,ほとんどの細菌において利用されている3,4).細胞の分化において決定的な役割を担っており,C. crescentusにおいてサイクリックジグアニル酸を産生できない変異株はオルガネラの形成能を完全に欠損する5).くわえて,この変異株はゲノムの複製に異常を生じるため,サイクリックジグアニル酸はゲノム複製の制御にも関与することが示唆されているがその分子機構は不明であった.また,一般にサイクリックジグアニル酸は受容体との結合を介して機能するが,C. crescentusにおいてその受容体は十分には理解されていない.この研究では,遺伝学的な手法によるサイクリックジグアニル酸制御系の解析および生化学的な手法による新規の受容体の性状解析をつうじ,サイクリックジグアニル酸がサイクリン様の分子として細胞周期の進行を駆動することを明らかにした.

figure1

1.サイクリックジグアニル酸の産生不能変異と合成的に致死となる遺伝子の探索

 C. crescentusのサイクリックジグアニル酸産生不能変異株はゲノムの複製に異常を起こすものの野生株と同じ程度の生育能を保持しているという観察にもとづき,サイクリックジグアニル酸はゲノムの複製をほかの独立制御系と協調し重複して制御すると考えた.この重複性を明らかにするため合成致死スクリーニングを行った.トランスポゾンを用いてランダムに遺伝子を破壊し,生じた変異のなかからサイクリックジグアニル酸産生不能変異株において特異的に生育阻害を示す変異を同定した.その結果,divK遺伝子のプロモーター領域にトランスポゾンの挿入された変異を見い出した.この変異を野生株に形質導入しても細胞生育能やゲノム複製能に顕著な変化は起こらなかったが,この変異をサイクリックジグアニル酸産生不能変異株に形質導入したところ,ゲノム複製の不全により細胞の増殖が阻害された.この変異によりDivKのタンパク質発現量は1/10に低下することがウェスタンブロット法よりわかった.これらの結果より,サイクリックジグアニル酸はDivKとともにゲノムの複製を重複して制御することが示唆された.

2.サイクリックジグアニル酸はCckAのキナーゼ活性を制御する

 DivKはCckAのキナーゼ活性を間接的に阻害する6).CckAは細胞の生育に必須のタンパク質で,キナーゼ活性およびホスファターゼ活性をもつ2機能性の酵素である7)図2).CckAはG1期にキナーゼ活性をもち自己リン酸化し,このリン酸基をCtrAに転移する.リン酸化したCtrAは活性化し複製起点に結合してゲノム複製の開始を阻害する.G1期後期になるとCckAはホスファターゼ活性をもつようになりCtrAを脱リン酸化し不活性化を促進する.これにより複製起点はライセンス化され細胞はゲノム複製を開始できるようになる.このように,CckAの活性モードの変換はゲノム複製の開始のオン/オフを担う鍵であるにもかかわらず,その分子機構は不明であった.

figure2

 サイクリックジグアニル酸がCckAの活性モードの変換に関与することが強く支持されたことから,精製タンパク質を用いてCckAの酵素活性に対するサイクリックジグアニル酸の役割について解析した.まず,CckAによる自己リン酸化反応およびCtrAへのリン酸基転移反応を試験管内において再構成した.この再構成系にサイクリックジグアニル酸を添加したところ,CckAおよびCtrAのすみやかな脱リン酸化が促進された.同様のサイクリックジグアニル酸に依存的な脱リン酸化反応はCckAのみに観察されたため,サイクリックジグアニル酸がCckAのホスファターゼ活性を促進することがわかった(図2).変異タンパク質を用いた詳細な解析の結果,サイクリックジグアニル酸はCckAのキナーゼ活性も減弱させることが示された.
 サイクリックジグアニル酸とCckAとの相互作用を解析した結果,CckAのATP加水分解ドメインにサイクリックジグアニル酸が特異的に結合することがわかった.さらに,変異体の解析により,ATP加水分解ドメインに存在するTyr514のAspへの置換によりサイクリックジグアニル酸との結合能は特異的に欠損することが見い出された.この変異タンパク質は野生型と同じレベルのキナーゼ活性を保持するにもかかわらず,サイクリックジグアニル酸により亢進されるホスファターゼ活性は欠損していた.サイクリックジグアニル酸に依存しない内在性のホスファターゼ活性は正常に保持していたので,サイクリックジグアニル酸との結合におけるTyr514の特異的な寄与が示唆された.
 CckAとサイクリックジグアニル酸との結合様式をさらに詳細に理解するため,ATP加水分解ドメインをNMR法により解析したところ,サイクリックジグアニル酸の濃度の上昇に依存して有意にシグナルの変化する複数のアミノ酸残基が見い出された.ホモロジーモデルにおけるマッピングの結果,これらのアミノ酸残基はTyr514の近傍に位置していた.アラニンスキャニング法により,同様にサイクリックジグアニル酸との結合能を欠損する複数の変異タンパク質が単離され,その変異の位置はNMR法による解析の結果とよく一致した.これらの結果より,Tyr514ならびにその近傍のアミノ酸残基がサイクリックジグアニル酸との結合において重要なはたらきをもつと結論づけられた.これらのアミノ酸残基はほかの種の細菌のCckAホモログのあいだで高度に保存されていた.このことは,サイクリックジグアニル酸によるCckAの活性モードの変換が細菌のあいだで保存された共通の分子機構であることを示唆した.

3.サイクリックジグアニル酸と結合したCckAはゲノム複製の開始を制御する

 細胞におけるサイクリックジグアニル酸とCckAとの相互作用の役割を明らかにするため,CckAのTyr514のAspへの置換とdivK遺伝子のプロモーター領域へのトランスポゾンの挿入との二重変異株を構築した.すると,この二重変異株はサイクリックジグアニル酸産生不能変異とdivK遺伝子のプロモーター領域へのトランスポゾンの挿入との二重変異株と同様の合成致死性を示した.また,この合成致死性はサイクリックジグアニル酸には依存しなかった.さらに,合成致死条件のもとCtrAの活性の亢進およびゲノム複製の開始の阻害が観察された.これらの結果は,サイクリックジグアニル酸の主たる機能がCckAとの相互作用を介することを強く支持した.さらに,細胞においてリン酸化されたCckAを定量的に解析し,野生株とCckAのTyr514の変異株とで比較した.その結果,変異株においてリン酸化されたCckAのしめる割合が顕著に上昇していた.この結果は,CckAのTyr514変異によりサイクリックジグアニル酸により亢進されるホスファターゼ活性は欠損するという試験管内における観察とよく一致した.これらの結果を総合し,細胞においてサイクリックジグアニル酸との結合がCckAのホスファターゼ活性を亢進し,ゲノムの複製を駆動すると結論づけた.細胞におけるサイクリックジグアニル酸の濃度はG1期後期に一過的に上昇することから5),このサイクリックジグアニル酸の周期的な変動がCckAの適時的な活性モードの変換を可能にすると考えられた.CckAの活性モードの変換は,サイクリックジグアニル酸だけでなくDivKによる重複した制御をうけていたが,この重複性は細胞の増殖においてこの制御がきわめて重要であることを反映するものと考えられた.

4.サイクリックジグアニル酸を介したCckAの活性モードの空間的な制御は娘細胞の運命を決定する

 CckAは細胞分裂のまえに両方の細胞極に局在しうる.この2カ所に局在したCckAがそれぞれ異なる活性モードをとり,細胞分裂ののちの娘細胞の運命を決定し非対称複製が起こるというモデルが提唱されている8).このモデルでは,細胞分裂ののち,ホスファターゼ活性をもつCckAの局在する娘細胞(ストーク細胞)はすみやかにゲノムが複製するのに対し,キナーゼ活性をもつCckAの局在する娘細胞(鞭毛細胞)はゲノムの複製を抑制しG1期にとどまる(図1).しかしながら,この非対称複製の基礎になる分子機構は不明であった.
 C. crescentusにおいて主要なサイクリックジグアニル酸合成酵素はストーク細胞となる細胞極に局在するのに対し,主要なサイクリックジグアニル酸分解酵素は鞭毛細胞となる細胞極に局在する.これらの酵素が細胞においてサイクリックジグアニル酸の濃度勾配を生じるならば,ストーク細胞となる細胞極にはホスファターゼ活性をもつサイクリックジグアニル酸と結合したCckAが存在し,鞭毛細胞となる細胞極にはキナーゼ活性をもつサイクリックジグアニル酸と結合していないCckAが存在すると考えた(図1).このアイディアは非対称複製の分子機構を矛盾なく説明しうる.そこで,非対称複製におけるサイクリックジグアニル酸の役割を検証した.生細胞において複製起点を蛍光により標識し9),タイムラプスイメージング解析によりゲノム複製のはじまる細胞極をモニターした.その結果,野生株においては観察した細胞の大部分がストーク細胞においてゲノム複製が開始しており,非対称複製が維持されていた.一方,CckAのTyr514変異株ではストーク細胞におけるゲノム複製と鞭毛細胞におけるゲノム複製とがほぼ等しい確率で起こっており,非対称複製は損なわれていた.さらに,非対称複製の維持には内在性のサイクリックジグアニル酸合成酵素が重要であることがわかった.これらの結果は,サイクリックジグアニル酸により非対称複製が制御される分子機構を強く裏づけた.

おわりに

 今回,筆者らは,サイクリックジグアニル酸がサイクリン様の分子としてCckAを制御することを明らかにした.サイクリックジグアニル酸は鞭毛の運動やバイオフィルムの形成など細菌のふるまいを決定するだけでなく,抗生物質耐性や持続感染性など感染症における今日の主要な問題とも密接に関連する10).他方,CckAはすべての細菌に保存されるヒスチジンキナーゼファミリーに属する.ヒスチジンキナーゼファミリーは2成分シグナル伝達系とよばれる分子機構においてセンサーを構成し環境の変化に適応して細菌が生存するために重要なはたらきを担っている11).今回の発見は,これら2つの主要なシグナル伝達系を直接に連結するはじめての報告である.今後は,CckAと同様の分子機構により制御されるヒスチジンキナーゼファミリータンパク質が多く発見されることが強く期待される.

文 献

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  8. Chen, Y. E., Tropini, C., Jonas, K. et al.: Spatial gradient of protein phosphorylation underlies replicative asymmetry in a bacterium. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 1052-1057 (2011)[PubMed]
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  10. Danilchanka, O. & Mekalanos, J. J.: Cyclic dinucleotides and the innate immune response. Cell, 154, 962-970 (2013)[PubMed]
  11. Capra, E. J. & Laub, M. T.: Evolution of two-component signal transduction systems. Annu. Rev. Microbiol., 66, 325-347 (2012)[PubMed]

著者プロフィール

尾崎 省吾(Shogo Ozaki)
略歴:2008年 九州大学大学院薬学研究院 修了,同年 同 助教を経て,2011年よりスイスBasel大学 博士研究員.
研究テーマ:サイクリックジグアニル酸が駆動する細胞プログラム.
関心事:単純な(と思われがちな)細菌の単純ならざるしくみ.

© 2015 尾崎 省吾 Licensed under CC 表示 2.1 日本

基底状態のヒトの腸管上皮幹細胞の培養法の確立

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山本雄介・Frank McKeon・Wa Xian
(米国Jackson Laboratory for Genomic Medicine)
email:山本雄介

Cloning and variation of ground state intestinal stem cells.
Xia Wang, Yusuke Yamamoto, Lane H. Wilson, Ting Zhang, Brooke E. Howitt, Melissa A. Farrow, Florian Kern, Gang Ning, Yue Hong, Chiea Chuen Khor, Benoit Chevalier, Denis Bertrand, Lingyan Wu, Niranjan Nagarajan, Francisco A. Sylvester, Jeffrey S. Hyams, Thomas Devers, Roderick Bronson, D. Borden Lacy, Khek Yu Ho, Christopher P. Crum, Frank McKeon, Wa Xian
Nature, 522, 173-178 (2015)

要 約

 腸管,膵管,肝臓などの上皮組織の幹細胞を基底状態において単離し培養することは非常にむずかしい.この研究においては,ヒトの小腸および大腸の腸管上皮幹細胞を未分化な状態で培養する技術を確立した.単離し増殖した腸管上皮幹細胞は多くの継代をへてもゲノムに大きな変化は生じず,in vitroにおいて単離した腸管の部位にもとづき,小腸上皮幹細胞は小腸状の組織に,大腸上皮幹細胞は大腸状の構造に分化した.つまり,それぞれの腸管上皮幹細胞はおのおのの組織に分化するよう発生の段階において運命が決定されていることが示された.さらに,大腸上皮幹細胞を分化させて大腸状の組織を構成しClostridium difficileのトキシンAおよびトキシンBにて処理することにより,in vitroにおいて偽膜性大腸炎の症状を再現することに成功した.この手法は,ヒトの腸管上皮幹細胞を安定かつ効率に培養することを可能にし,病変モデルの確立や再生医療への応用が期待される.

はじめに

 全能性をもつES細胞やiPS細胞は再生医療の進展を考えるうえで非常に重要である.ただし,派生した細胞が奇形腫を形成する可能性や,おのおのの組織への分化の手法の確立など,いまだに解決の必要な課題もある.もうひとつの問題として,移植された組織や細胞を長期にわたり維持していくうえで,ES細胞やiPS細胞から組織の再構築能をもつ幹細胞を分化させる必要があると考えられる.1975年,移植の可能なヒトの皮膚上皮幹細胞の培養技術が確立された1).この手法を用いることにより,角膜,甲状腺,呼吸器官など多層上皮組織から皮膚と同様にp63陽性の幹細胞を単離し培養することに成功した2-4).ただし,この手法では腸管や膵臓などp63陰性の円柱上皮幹細胞を未成熟なまま培養することはできなかった.
 腸管上皮細胞の培養の手法としてはマトリゲルを用いた3次元組織培養法が広く知られている.この手法では,LGR5陽性細胞である陰窩の底部から得た細胞塊あるいは陰窩の底部の円柱細胞を用いて,Wntシグナル活性化タンパク質などを添加することにより腸管上皮組織の培養が可能になった5).小分子化合物の添加によるLGR5陽性幹細胞の細胞増殖性の改善なども報告されているが6),組織培養により得られるヒトの腸管上皮幹細胞の割合は高くない.
 この研究においては,基底状態のヒトの腸管上皮幹細胞の単離および増殖の技術を確立した.これにより,腸管上皮幹細胞を含む円柱上皮幹細胞の分子学的な解析が可能になっただけでなく,病変モデルの確立や再生医療への応用が期待される.

1.ヒト胎児の腸管上皮幹細胞の単離

 マウス線維芽細胞株である3T3細胞をフィーダー細胞にし,R-spondin,Noggin,Jagged-1,EGF,ニコチンアミド,TGFβ受容体の阻害剤,Rock阻害剤を添加した培地において,ヒト胎児の腸管から分離した細胞を培養した(図1).この条件において培養することにより細胞は高い増殖能を示し,マイクロアレイ解析により腸管上皮幹細胞のマーカー遺伝子として知られているOLFM4遺伝子,CD133遺伝子,Lgr5遺伝子,Lrig1遺伝子の発現が認められ,単一の細胞からでも50%以上の高い効率でコロニーが形成された.単一の細胞から得られたコロニーを増幅し,気相液相界面培養法により細胞の分化能を調べた.単一の細胞から増殖した細胞は腸管組織様の構造を形成し,腸管上皮細胞のマーカーであるVillin1を発現し,腸管内分泌細胞のマーカーであるchromogranin A,Paneth細胞のマーカーであるHD6,杯細胞のマーカーであるMucin2の発現が確認された.この手法を用いて得られた細胞コロニーは高い増殖能およびすべての腸管上皮細胞種への分化能をもっていたことから,基底状態の腸管上皮細胞であると示唆された.

figure1

2.小腸幹細胞の単離

 ヒト胎児の小腸から十二指腸,空腸,回腸の腸管上皮幹細胞を単離および培養した.それぞれの腸管上皮幹細胞の形状は形態学的にはほぼ同一であったが,マイクロアレイ解析により24~178個の遺伝子がそれぞれ特異的に発現していることが確認された.これらの腸管上皮幹細胞は10日間の気相液相界面培養法により柔毛に類似した構造に分化した.とくに,回腸に由来する腸管上皮幹細胞から分化した組織は最大の柔毛構造を構成し多くの杯細胞が確認された.胃と小腸の中間に位置する十二指腸に由来する腸管上皮幹細胞は胃上皮細胞のマーカーであるTFF2やMucin5ACを発現する組織を形成した.回腸に由来する腸管上皮幹細胞から分化した組織はより大腸に近く,空腸に由来する腸管上皮幹細胞から分化した組織より多くのMucin2陽性の杯細胞が観察された.腸管上皮幹細胞から分化した組織においては,正常な腸管上皮組織と類似して,Ki67陽性の増殖細胞は構造の基底の部分に多く確認された.

3.大腸幹細胞の単離

 同様の手法を用いて,ヒト胎児の大腸から上行結腸,横行結腸,下行結腸の腸管上皮幹細胞を単離および培養した.大腸に由来する腸管上皮幹細胞は小腸に由来する腸管上皮幹細胞と同様に長期にわたり培養が可能で,遺伝子発現の解析により上行結腸,横行結腸,下行結腸に由来する腸管上皮幹細胞のあいだでの遺伝子発現の差は非常に小さいことが示された.これらの腸管上皮幹細胞は気相液相界面培養法により実際の大腸の組織に類似した幅広い柔毛構造を形成し,多くの杯細胞が確認された.小腸腸管上皮幹細胞および大腸腸管上皮幹細胞の遺伝子発現データを用いて主成分分析を行ったところ,十二指腸,空腸,回腸に由来する腸管上皮幹細胞はそれぞれ異なったプロファイルを示したのに対し,上行結腸,横行結腸,下行結腸に由来する腸管上皮幹細胞の発現プロファイルはほぼ同一であった.その傾向は,気相液相界面培養法により分化した組織においてより顕著であった.

4.腸管上皮幹細胞の長期にわたる培養の影響

 腸管上皮幹細胞の長期にわたる培養におけるゲノムの安定性について調べるため,腸管上皮幹細胞を5回,10回,15回,20回と継代培養した(7~10日間で1継代).それぞれの腸管上皮幹細胞のゲノムDNAについて,SNPアレイを用いてコピー数多型について,エキソン塩基配列決定法により1塩基多型について調べた.理論上,5回の継代(約50日間の培養)により1つの細胞から約3億~750億個の細胞が得られるが,この時点では,どのクローンにおいても染色体の異常は認められなかった.ただし,継代を15回,20回とくり返すと1つのクローンにおいて第12染色体に異常がみられ,その割合は継代ごとに増幅した.エキソン塩基配列決定法の結果,いくつかの遺伝子において1塩基多型が検出されたが,がん遺伝子やがん抑制遺伝子に変異は認められなかった.コピー数多型および1塩基多型の解析の結果,10回の継代(約100日の培養)まで腸管上皮幹細胞のゲノムはほぼ安定していることが示された.継代の回数の差が腸管上皮幹細胞の分化能に影響をあたえるかどうか調べるため,7回,17回,27回と継代した腸管上皮幹細胞を気相液相界面培養法により培養し腸管組織への分化を誘導した.組織学な解析によりどの試料においても同じように杯細胞の分化がみられ,大きな差はみられなかった.同様に,7回の継代の腸管上皮幹細胞と16回の継代の腸管上皮幹細胞のコロニー形成能を比較したが,どちらも50%以上で顕著な差はみられなかった.また,腫瘍形成能を試験するため25回にわたり継代培養した腸管上皮幹細胞を免疫不全マウスに皮下移植したが,腫瘍は形成されず長期にわたり培養した幹細胞はがん化していないことが示された.

5.円柱上皮幹細胞と重層上皮幹細胞との比較

 単離された腸管上皮幹細胞は円柱上皮幹細胞であり,皮膚や肺気管などから単離された重層上皮幹細胞とは構造が異なる.それらを比較すると,重層上皮幹細胞ではp53遺伝子ファミリーのメンバーであるp63遺伝子が高く発現しており3),円柱上皮幹細胞である腸管上皮幹細胞においてはOLFM4遺伝子,Lgr5遺伝子,Lrig1遺伝子,EphB2遺伝子,Ascl2遺伝子などの腸管上皮幹細胞のマーカー遺伝子が特異的に高く発現していることが確認された.これらのマーカー遺伝子の発現は気相液相界面培養法による培養ののち低下した.しかし,腸管上皮幹細胞として報告されている+4細胞のマーカー遺伝子であるBmi1遺伝子の発現は分化ののちにもほぼ変わらなかった7).くわえて,いくつかの転写因子の発現は十二指腸,空腸,回腸,上行結腸,横行結腸,下行結腸から得られた腸管上皮幹細胞において一定のレベルで発現していたが,GATA4やGATA6は十二指腸,空腸,回腸から得られた腸管上皮幹細胞において高く発現し8),報告されているとおり,空腸や回腸の発生に重要な転写因子であることが幹細胞のレベルにおいて確認された.成人ヒトから得られた腸管上皮幹細胞においても,同様の転写因子の発現パターンが確認された.

6.大腸上皮幹細胞を用いた偽膜性大腸炎のモデル化

 Clostridium difficileはグラム陽性の芽胞を形成する細菌で,偽膜性大腸炎の原因となる.トキシンAとトキシンBという小分子化合物を産生し,それらは病原性と密接に関連している9,10).トキシンAとトキシンBはともに液体分泌,炎症,大腸の組織の損傷をひき起こすことが知られているが,それぞれの役割について不明なことはまだ多い.そこで,大腸上皮幹細胞を単離し気相液相界面培養法により培養して,それを大腸の組織のモデルとしてトキシンBに対する反応について調べた.組織学な解析や細胞接着のマーカーであるクローディン3およびカドヘリン17の蛍光免疫染色により,トキシンBの濃度に依存的な影響および時間に依存的な影響について検討した.高濃度かつ長時間のトキシンBの処理により,杯細胞の減少,細胞極性の消失,腸管様の構造の破壊がみられ,これらの症状はC. difficileによる偽膜性大腸炎と一致した.マイクロアレイを用いた遺伝子発現の解析により,トキシンBの濃度および処理時間に依存して,炎症,RhoBを介したアクチン構造,細胞接着に関連した遺伝子パスウェイが選択的に発現していることが確認された.また,炎症性腸疾患に関係していることが知られているDUOX2遺伝子およびDUOXA2遺伝子が高く発現していた.同様な結果はトキシンAの処理においても確認され,大腸上皮幹細胞を用いた気相液相界面培養法による培養はC. difficileの感染モデルとして使用できることが示された.

おわりに

 基底状態のヒトの腸管上皮幹細胞の培養法の確立により,以下が期待される.1)腸管上皮幹細胞における組織に特異的な分化能のプログラミングの機序の解明:それぞれの腸管の組織から分離した腸管上皮幹細胞は長期にわたる培養ののちにももとの組織への分化能を保持していた.おそらく,エピジェネティックなDNA修飾により幹細胞の運命は決定されていると予想される.2)患者に由来する腸管上皮幹細胞を用いた炎症性腸疾患のモデリング:内視鏡を用いた生検試料から腸管上皮幹細胞を分離し培養することができ,気相液相界面培養法を用いることにより病変を類似的につくりだすことが可能であると予想される.それにより,実際の患者の細胞を用いた潰瘍性大腸炎やクローン病など炎症性腸疾患のモデリングが可能になる.3)再生医療を視野にいれた幹細胞の自家移植:患者に由来する腸管上皮幹細胞を分離し増殖することが可能になったことから,ゲノム編集技術と組み合わせることにより,生検試料から単離した腸管上皮幹細胞に特異的な遺伝子治療を施し,それをまた患部にもどす自家細胞の移植が可能になるかもしれない.この培養法は腸管上皮幹細胞のほかの幹細胞の培養へも応用が可能であり,汎用性の高い手法であると期待される.

文 献

  1. Rheinwald, J. G. & Green, H.: Serial cultivation of strains of human epidermal keratinocytes: the formation of keratinizing colonies from single cells. Cell, 6, 331-343 (1975)[PubMed]
  2. Rama, P., Matuska, S., Paganoni, G. et al.: Limbal stem-cell therapy and long-term corneal regeneration. N. Engl. J. Med., 363, 147-155 (2010)[PubMed]
  3. Senoo, M., Pinto, F., Crum, C.P. et al.: p63 is essential for the proliferative potential of stem cells of stratified epithelia. Cell, 129, 523-536 (2007)[PubMed]
  4. Kumar, P. A., Hu, Y., Yamamoto, Y. et al.: Distal airway stem cells yield alveoli in vitro and during lung regeneration following H1N1 influenza infection. Cell, 147, 525-538 (2011)[PubMed]
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  7. Sangiorgi, E. & Capecchi, M. R.: Bmi1 is expressed in vivo in intestinal stem cells. Nat. Genet., 40, 915-920 (2008)[PubMed]
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  9. Voth, D. E. & Ballard, J. D.: Clostridium difficile toxins: mechanism of action and role in disease. Clin. Microbiol. Rev., 18, 247-263 (2005)[PubMed]
  10. Lyras, D., O’Connor, J. R., Howarth, P. M. et al.: Toxin B is essential for virulence of Clostridium difficile. Nature, 458, 1176-1179 (2009)[PubMed]

著者プロフィール

山本 雄介(Yusuke Yamamoto)
略歴:2008年 早稲田大学大学院生命理工学研究科博士課程 修了,同年 シンガポールGenome Institute of Singaporeポスドク,2010年 同 リサーチアソシエイトを経て,2013年より米国Jackson Laboratory for Genomic Medicineリサーチサイエンティスト.
研究テーマ:成体における幹細胞の維持の機構,悪性腫瘍の起源.
関心事:ジョギング,ラボの掃除.

Frank McKeon
米国MultiClonal Therapeutics社Founder.

Wa Xian
米国MultiClonal Therapeutics社Founder.

© 2015 山本雄介・Frank McKeon・Wa Xian Licensed under CC 表示 2.1 日本

選択的なオートファジーによる小胞体および核の分解

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持田啓佑・中戸川 仁
(東京工業大学生命理工学研究科 生体システム専攻形態形成学分野)
email:持田啓佑

Receptor-mediated selective autophagy degrades the endoplasmic reticulum and the nucleus.
Keisuke Mochida, Yu Oikawa, Yayoi Kimura, Hiromi Kirisako, Hisashi Hirano, Yoshinori Ohsumi, Hitoshi Nakatogawa
Nature, 522, 359-362 (2015)

要 約

 オートファジーは細胞における主要な分解系のひとつであり,無作為の分解のほか,特定のタンパク質やオルガネラを選択的にも分解する.この選択的なオートファジーの標的の認識においては分解の目印になるオートファジー受容体が重要な役割を担う.この研究により,出芽酵母において新規のオートファジー受容体Atg39およびAtg40が同定され,小胞体および核がこれらを介した選択的なオートファジーにより分解されることが明らかにされた.Atg39は核の内部の成分を含む核膜に由来する二重膜の小胞を,Atg40は細胞質や細胞膜の直下の小胞体をオートファゴソームに積み込むことが示された.Atg39を介した核膜および核の内部の成分の分解は窒素飢餓にある細胞の生存に重要であった.Atg40は遺伝性の感覚神経障害の原因遺伝子の産物であるFAM134Bの機能的なホモログであることが示唆された.

はじめに

 細胞においては生命活動にともないさまざまな成分が合成されるが,合成された成分が不要あるいは異常になったとき,これらを分解することがきわめて重要になる.オートファジーは真核生物に保存された細胞における大規模な分解系である.細胞質においてカップ状の膜構造が形成されて伸張し,オートファゴソームとよばれる二重膜からなる小胞により細胞質の一部がとりかこまれる.このオートファゴソームは種々の加水分解酵素を含むオルガネラであるリソソームあるいは液胞と融合し,内容物は分解される1).オートファジーは細胞質の成分を無作為に分解するだけでなく,ほかの分解系では分解の困難なオルガネラやタンパク質凝集体などを選択的に認識し分解する.この選択的なオートファジーにおいて,分解すべき標的はオートファジー受容体により認識される.オートファジー受容体は標的に局在してオートファジーによる分解の目印になり,オートファゴソーム膜にあるAtg8との結合を介してオートファゴソームによる標的の選択的な取り込みを駆動する2).これまで,ミトコンドリアやペルオキシソームといったオルガネラが選択的なオートファジーの標的になること,そして,それぞれに特異的なオートファジー受容体が存在することが報告されている3).しかしながら,選択的なオートファジーがそのほかのオルガネラの分解にどのくらい関与するのかは不明であった.

1.Atg39およびAtg40は新規のオートファジー受容体である

 既知のすべてのオートファジー受容体はAtg8と結合することから,Atg8結合タンパク質のなかに選択的なオートファジーを駆動する未知のオートファジー受容体が存在するのではないかと考えた.出芽酵母においてAtg8の免疫沈降および質量分析によりAtg8結合タンパク質の網羅的な同定を試みた.得られたタンパク質のなかには2つの機能未知なタンパク質が含まれAtg39およびAtg40と名づけた.Atg39およびAtg40は互いに配列類似性はなく,それぞれ,1つおよび2つの膜貫通領域と予測されるドメインをもっていた.さらに,Atg39およびAtg40には既知のオートファジー受容体に保存されたAtg8相互作用モチーフと予想される配列が見い出された.共免疫沈降法および酵母ツーハイブリッド法の結果,Atg39およびAtg40はAtg8相互作用モチーフを介しAtg8と相互作用することが明らかにされた.また,出芽酵母においてオートファジー受容体はオートファゴソーム膜の形成を駆動するタンパク質をリクルートするAtg11とも相互作用するが,Atg39およびAtg40もAtg11との相互作用が確認された.これらの結果から,Atg39およびAtg40は新たなオートファジー受容体であることが強く示唆された.

2.Atg39あるいはAtg40をオートファジー受容体とする選択的なオートファジーは小胞体を分解する

 小胞体はタンパク質や脂質の合成など重要な細胞機能を担うオルガネラである.オートファジーが誘導される飢餓においては小胞体がオートファゴソームに高い頻度で取り込まれることが報告されている4).窒素飢餓を模倣するラパマイシンによる処理により,Atg39およびAtg40の発現量は劇的に上昇した.小胞体膜タンパク質Sec63の分解を指標に小胞体の選択的なオートファジーの活性を調べたところ,Atg39の欠損株あるいはAtg40の欠損株では部分的に,Atg39およびAtg40の二重欠損株ではほぼ完全に,小胞体の選択的なオートファジーが停止した.一方で,Atg39の欠損株あるいはAtg40の欠損株では,液胞内酵素集合体,ミトコンドリア,ペルオキシソームを標的とした選択的なオートファジーおよび細胞質のタンパク質の非選択的なオートファジーに欠損はみられなかったことから,Atg39およびAtg40が小胞体の選択的なオートファジーに特異的に機能することが明らかにされた.さらに,Atg8やAtg11との相互作用の失われるAtg39変異体あるいはAtg40変異体は小胞体の選択的なオートファジーに欠損を示すこと,Atg39の過剰発現あるいはAtg40の過剰発現により小胞体の選択的なオートファジーが亢進すること,GFPと融合したAtg39あるいはAtg40は小胞体に局在しその一部は強い輝点を形成してAtg8やAtg11の輝点と共局在すること,Atg39あるいはAtg40それ自体がオートファジーに依存して液胞に輸送されること,などが示され,Atg39およびAtg40は小胞体の選択的なオートファジーを駆動するオートファジー受容体であると結論づけられた.

3.Atg39は核の周囲の小胞体の分解をAtg40はおもに細胞質や細胞膜の直下の小胞体の分解を誘導する

 出芽酵母の小胞体は,核の周囲の小胞体,細胞質の小胞体,細胞膜の直下の小胞体からなる5).Atg39およびAtg40の細胞内局在を調べるため,GFPと融合したAtg39あるいはAtg40を蛍光顕微鏡により観察した.Atg39およびAtg40は小胞体に局在したが,互いに異なる局在パターンを示した.Atg39は核の周囲の小胞体に特異的に局在し,Atg40は一部は核の周囲の小胞体にも存在したが,多くは細胞質や細胞膜の直下の小胞体に局在した.核の周囲の小胞体のタンパク質Hmg1,および,細胞質および細胞膜の直下の小胞体のタンパク質Rtn1をマーカーにして,それぞれの小胞体の分解について調べた.その結果,それぞれの局在と一致して,Atg39の欠損により核の周囲の小胞体の分解に顕著な欠損を生じたが,細胞質および細胞膜の直下の小胞体の分解には影響はなく,一方,Atg40の欠損により核の周囲の小胞体の分解に部分的な欠損がみられたが,細胞質や細胞膜の直下の小胞体の分解はとくに強い欠損を示した.これらの結果から,Atg39は核の周囲の小胞体,Atg40は細胞質および細胞膜の直下の小胞体と,それぞれ異なる小胞体の分解に特化したオートファジー受容体であることが明らかにされた.
 電子顕微鏡を用いてオートファゴソームに取り込まれた小胞体の形態を観察した.液胞内プロテアーゼを欠損した細胞をラパマイシンにより処理すると液胞にオートファジックボディが蓄積する.このオートファジックボディはオートファゴソームの内膜からなる小胞で,内部にはオートファジーによる分解物が含まれる.オートファジックボディの内部に小胞体内腔タンパク質Kar2に対する抗体により標識される小胞体の断片が観察された.オートファジックボディの内部の小胞体の形態は一様ではなく,大きく2つに分類された.ひとつは二重膜の小胞の断面と思われる直径200 nmほどのリング状の構造であり,もうひとつはチューブやシートが複雑に折りたたまれたような構造であった.それぞれの割合を野生株とAtg39の欠損株あるいはAtg40の欠損株において定量したところ,リング状の小胞体を含むオートファジックボディはAtg39の欠損によりほぼ完全に消失したがAtg40の欠損により顕著な変化はみられなかった.一方,チューブやシート状の小胞体を含むオートファジックボディの割合はAtg40の欠損により顕著に低下したがAtg39の欠損ではこのような減少はみられなかった.すなわち,オートファゴソームの内部の二重膜の小胞は核の周囲の小胞体に,折りたたまれたチューブやシート状の小胞体は細胞質および細胞膜の直下の小胞体に由来することが示唆された.

4.Atg39を介した選択的なオートファジーによる核の内部の成分の分解

 電子顕微鏡による観察において,Atg39に依存的にオートファゴソームに取り込まれる二重膜の小胞の内部にはリボソームのような構造体はほとんどみられなかったことから,細胞質とは異なることが示唆された.二重膜の小胞の膜のあいだの領域に小胞体内腔タンパク質が検出されたこと,また,出芽酵母における核の周囲の小胞体は核膜に相当することなどから,二重膜の小胞の内部には核の内部の成分が存在するのではないかと考えた.実際に,核内膜のタンパク質Src1や核小体のタンパク質Nop1の分解を調べたところ,飢餓においてこれらタンパク質の分解がAtg39に依存して起こることが明らかにされた.さらに,オートファジックボディの内部に存在した二重膜の小胞の内部は,低い頻度ではあるが抗Nop1抗体により標識された.以上の結果から,Atg39をオートファジー受容体として,核の内部の成分を含む核膜に由来する二重膜の小胞がオートファゴソームに取り込まれ分解されること,すなわち,この現象が核の選択的なオートファジーともよぶべき現象であることが明らかにされた.

5.小胞体の選択的なオートファジーあるいは核の選択的なオートファジーの生理的な重要性

 Atg39に依存的な核の選択的なオートファジーあるいはAtg40に依存的な小胞体の選択的なオートファジーの破綻が細胞にどのような影響をあたえるのか解析した.細胞を窒素飢餓にさらすとAtg39を欠損した細胞では核の形態に異常がみられ,野生株より早く生存率が低下した.これらの結果から,Atg39を介した核の周囲の小胞体および核の分解が窒素飢餓における細胞の生存に重要な役割をはたすことが示唆された.一方,Atg40を欠損した細胞を窒素飢餓にさらすと細胞の生存率には顕著な低下はみられなかったが,野生株と比較して高密度な細胞膜の直下の小胞体の編み目状の構造が観察された.Atg40に依存的な小胞体の選択的なオートファジーもほかの生理条件では細胞の生死を左右するような重要な役割をはたすかもしれない.

おわりに

 この研究により,細胞において重要なオルガネラである小胞体および核の一部がAtg39あるいはAtg40を介した選択的なオートファジーにより分解されることが示された.Atg39は核膜を核の内部の成分を含む二重膜の小胞として,Atg40は細胞質および細胞膜の直下の小胞体を複雑に折りたたまれた形状で,オートファゴソームに積み込むオートファジー受容体であることが明らかにされた(図1).

figure1

 この論文と同時にNature誌に掲載された論文においては,FAM134Bがヒトにおける小胞体の選択的なオートファジーを駆動するオートファジー受容体として機能していること,その欠損は感覚神経の障害をひき起こすことが報告された6).アミノ酸配列レベルでの類似性はみられないがreticulonタンパク質ファミリーに類似したドメイン構造をもつなどの共通点から7),FAM134Bは哺乳動物におけるAtg40の機能的なホモログであることが示唆された.Atg39のホモログは近縁種の酵母にしか存在しないが,核の選択的なオートファジーについては哺乳類を含むほかの生物種においても報告のあることから8),同様の機能をはたすオートファジー受容体はこれらの生物にも存在するかもしれない.
 タンパク質,脂質,糖,核酸など小胞体および核の成分のうち,飢餓の際に何をオートファジーにより分解することが重要なのかはいまだ不明である.飢餓の際に不足する成分を分解産物として供給することや,飢餓の際に蓄積するなんらかの有害物質を除去することが重要なのかもしれない.さらに,オートファゴソームへと取り込まれる断片化した小胞体や核膜に由来する二重膜の小胞はどのようにして形成されるのか,それらはオートファゴソームの形成と共役して起こるのか,その過程にAtg39あるいはAtg40は関与するのかなど,小胞体の選択的なオートファジーあるいは核の選択的なオートファジーの詳細な分子機構も,今後,解明すべき重要な課題である.

文 献

  1. Nakatogawa, H., Suzuki, K., Kamada, Y. et al.: Dynamics and diversity in autophagy mechanisms: lessons from yeast. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 10, 458-467 (2009)[PubMed]
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  4. Hamasaki, M., Noda, T., Baba, M. et al.: Starvation triggers the delivery of the endoplasmic reticulum to the vacuole via autophagy in yeast. Traffic, 6, 56-65 (2005)[PubMed]
  5. Friedman, J. R. & Voeltz, G. K.: The ER in 3D: a multifunctional dynamic membrane network. Trends Cell Biol., 21, 709-717 (2011)[PubMed]
  6. Khaminets, A., Heinrich, T., Mari, M. et al.: Regulation of endoplasmic reticulum turnover by FAM134B-mediated selective autophagy. Nature, 522, 354-358 (2015)[PubMed]
  7. Voeltz, G. K., Prinz, W. A., Shibata, Y. et al.: A class of membrane proteins shaping the tubular endoplasmic reticulum. Cell, 124, 573-586 (2006)[PubMed]
  8. Mijaljica, D. & Devenish, R.: Nucleophagy at a glance. J. Cell Sci., 126, 4325-4330 (2013)[PubMed]

著者プロフィール

持田 啓佑(Keisuke Mochida)
略歴:東京工業大学生命理工学研究科博士課程 在学中.
研究テーマ:オートファジーによる小胞体あるいは核の選択的な分解.
抱負:常識にとらわれない研究をしていきたい.

中戸川 仁(Hitoshi Nakatogawa)
東京工業大学生命理工学研究科 准教授.
研究室URL:http://www.nakatogawa-lab.bio.titech.ac.jp/

© 2015 持田啓佑・中戸川 仁 Licensed under CC 表示 2.1 日本

神経回路の入力と出力の関係を可視化するTRIO法の開発

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宮道 和成
(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻生物化学研究室)
email:宮道和成

Viral-genetic tracing of the input-output organization of a central noradrenaline circuit.
Lindsay A. Schwarz, Kazunari Miyamichi, Xiaojing J. Gao, Kevin T. Beier, Brandon Weissbourd, Katherine E. DeLoach, Jing Ren, Sandy Ibanes, Robert C. Malenka, Eric J. Kremer, Liqun Luo
Nature, DOI: 10.1038/nature14600

要 約

 従来の神経回路の解剖学においては,研究の対象となるニューロンXがどこから情報をうけるか(入力)と,ニューロンXがどこに情報を送るか(出力)は別々に扱われ,入力源→ニューロンX→出力先という3者の関係を一体としてとらえることはできなかった.このため,脳における情報処理のしくみを理解するうえで重要な神経回路の入力と出力の関係はほとんど未解明であった.筆者らは,経路を選択できる操作系とトランスシナプス標識とを組み合わせ,マウスにおいて遺伝学的に特定することの可能な任意のニューロンXについて入力と出力の関係を網羅的に解析できる汎用的な手法としてTRIO法を開発した.このTRIO法を用いることにより運動野第5層の錐体細胞において特異的な情報伝達経路を見い出し,さらに,創薬の標的として重要性の高い青班核ノルアドレナリン系の入力と出力の関係を解析した.TRIO法は複雑な脳において特異的に情報を処理する神経回路の構造を探索するのに有用であり,マウスにおいては脳のほかの領域に適用できるほか,ほかの哺乳類にも拡張が可能である.

はじめに

 情報伝達の経路を考える場合,発信源がどこから情報を集めどこに情報を伝えるのか,情報のソース(入力)とターゲット(出力)をセットで理解することが重要である.研究者の日常を例に考えると,われわれはさまざまな情報を集めさまざまな場面において発信するが,その際,ターゲットに応じて適切なソースを選んでいることがわかる.たとえば,学会発表の内容のためには自身の研究や専門誌から情報を得るのに対し,友人どうしの酒席における気楽な話題ならニュースや噂話から情報を得ることが多い.さて,脳のなかで研究の対象となるニューロンXは,さまざまな領域のシナプス前細胞から入力を集め,さまざまな領域のシナプス後細胞へと出力するので,ここで一般的な問題がたてられる.ニューロンXの出力先がひとつあたえられたとき,ニューロンXを介してこの出力先に情報を伝達する入力源を特定できるだろうか? もし可能なら,ニューロンXの出力先を変えたとき,入力源のパターンはどのように変化するだろうか? すなわち,ニューロンXについて入力源と出力先とのあいだにはどのような関係性が成立するのだろうか?
 標的となるニューロンの入力と出力の関係を分析する考え方の有用性は,ドーパミンニューロンの研究に学ぶことができる.マウスにおける実験から,腹側被覆野に存在するドーパミンニューロンには,側坐核の外側シェルに出力し報酬情報を伝達するサブタイプと,前頭前皮質に出力し懲罰情報を伝達するサブタイプの少なくとも2種類が存在し,それぞれ脳の異なる領域からの入力をうけることが知られている1).ドーパミンニューロンは薬物依存に深くかかわり,パーキンソン病などの治療の標的でもあるため,異なる入力と出力の関係をもつサブタイプがまったく異なる機能を担うという知見は,より効果的な治療戦略や副作用の少ない創薬標的の存在を示唆するものである.しかし,多数あるドーパミンニューロンの出力先について網羅的に入力源を解析するためにはスループットおよび分解能の高い手法が必要とされていた.また,ほかの神経修飾系や機能的に重要なニューロンの入力と出力の関係についても,一般的に解析できる汎用的な手法が望まれていた.筆者らは,この要請にこたえるべく,狂犬病ウイルスの変異体2) を用いたトランスシナプス標識法3,4) を拡張し,入力源→ニューロンX→出力先という3段階の情報伝達経路を分析できる汎用的な手法としてTRIO(tracing the relationship between input and output)法を開発した.

1.TRIO法およびcTRIO法の原理

 狂犬病ウイルスによるトランスシナプス標識法3) は,シナプスをこえて逆行性に感染する狂犬病ウイルスを遺伝子工学的に制御することにより,標的となるニューロンXから1段階だけ上流のシナプス前細胞を標識する手法である.この方法は,変異型の狂犬病ウイルスの取り込みに必要なTVA受容体と,変異型の狂犬病ウイルスの相補に必要な糖タンパク質RGとを同時に発現させた出発細胞を起点として,その1段階だけ上流のシナプス前細胞を脳のすべての領域において標識できる.現在の標準的な手法では,組換え酵素Creを発現するトランスジェニックマウスにCreに依存型のアデノ随伴ウイルスを感染させることにより,脳の領域およびニューロンの種類を限定して出発細胞を作製する4)図1a).筆者らは,入力源→ニューロンX→出力先という3段階の接続を可視化するためには,出力先を指定して出発細胞を作製することが必要だと考えた.そこで,軸索の末端から効率よく感染し細胞体にCreを発現させるようなベクターを探索したところ,イヌ科アデノウイルス2型5) を用いることにより経路を選択して効率よく出発細胞を作製できることがわかった.TRIO法は,Creをコードするイヌ科アデノウイルス2型ベクターを注入した箇所に出力するニューロンにおいてCreを発現させることにより,その1段階だけ上流のシナプス前細胞を可視化する(図1b).注入の箇所を体系的に変えることにより出発細胞の入力と出力の関係を解析できる.このように,TRIO法は3種類のウイルスを効果的に利用し,3段階の領域あるいはニューロンのあいだに成立する接続の関係を可視化する手法である.

figure1

 TRIO法では出発細胞の存在する領域に遺伝学的に区別の可能なニューロンが混在していて,いずれも同じ領域に出力を送っている場合,出発細胞となるニューロンの種類を限定することができない.たとえば,腹側被蓋野にはドーパミンニューロンのほかにも多数のGABAニューロンが存在し,長距離の軸索投射をしていることが知られていた.TRIO法をドーパミンニューロンに限定するにはどうしたらよいだろう? 筆者らは,Creトランスジェニックマウスと投射経路の選択系の共集合(ANDゲート)をとることによりこの問題を解決した.このcTRIO(cell type specific TRIO)法は,標的となる領域の特定のニューロンにおいてCreを発現するトランスジェニックマウスを用い,出力先を指定するのにCreに依存型のFlpをコードするイヌ科アデノウイルス2型ベクターを導入する(図1c).FlpはCreと同様の組換え酵素で,出発細胞を作製するためにFlpに依存型のアデノ随伴ウイルスを用いることを可能にする.
 以上をまとめると,TRIO法は特別な遺伝子改変動物を要求しないのでマウスのほかにもさまざまな哺乳類の神経回路における入力と出力の関係を分析できるが,標的となる領域のニューロンに存在する遺伝学的な多様性を分離できない.cTRIO法はCreトランスジェニック動物を要求するが,遺伝学的に特定のタイプのニューロンの入力と出力の関係を限定的に分析することができる.

2.マウスの運動野第5層にみつかった特異的な情報伝達経路

 TRIO法の原理の証明として,運動の計画と実行を担う大脳の運動野を解析した.運動野の出力として,第5層の錐体細胞が延髄をへる脊髄路と,対側の運動野や同側の体性感覚野に投射する皮質内路が存在する.TRIO法により対側の運動野へ出力を送るニューロンを解析したところ,出発細胞は第2層から第6層まで幅広く分布していた.そこで,第5層の錐体細胞の大部分にCreを限局的に発現するCreトランスジェニックマウス6) を用いて,cTRIO法により第5層に限局的に脊髄路と皮質内路を形成するニューロンを解析した.その結果,脊髄路に出力する運動野の第5層の錐体細胞は視床からの入力を有意に多くうけとっていたのに対し,皮質内路に出力する第5層の錐体細胞は体性感覚野などの皮質内の入力を多くうけとることが明らかにされた(図2a).この結果から,運動野第5層のなかに出力先に応じて異なる入力を集める少なくとも2種類のサブタイプが存在し,視床からの入力は脊髄路に直接的な影響を強くあたえるよう特別に配線されていることが示された.また,技術的な面に目をむけると,cTRIO法によりCreを発現する遺伝学的に限局したニューロンに対しTRIO法による解析を適用できることが実証された.また,別の実験においては,TRIO法がマウスのほかの哺乳類に拡張が可能であることの証左として,TRIO法をラットの運動野に適用し,線条体路と皮質内路を形成するニューロンの入力を可視化できることも示された.

figure2

3.ノルアドレナリンニューロンへの入力パターンは出力先によらず類似している

 ノルアドレナリンはドーパミンやセロトニンとともにモノアミン神経修飾系を構成する神経伝達物質で,睡眠,覚醒,注意,気分など脳の状態を制御するのに重要な役割をはたす.脳のほぼすべてのノルアドレナリンは脳幹の青班核を起始核とするノルアドレナリンニューロンによりもたらされる.非常に広範な出力先があるにもかかわらず,脳の特定の領域に出力するノルアドレナリンニューロンのサブタイプが存在するのか,そして,出力先に応じて入力源は異なるのか,という基本的な構造についてすら,現在まで,研究者のあいだで意見の一致をみていない7).そこで,TRIO法を適用する準備のため,ノルアドレナリンニューロンに入力を送るシナプス前細胞を脳のすべての領域において可視化した.その結果,111の領域から入力が認められ,古典的な軸索のトレース実験により示唆されていた多くの領域が実際にノルアドレナリンニューロンに直接性の入力を送っていることが明らかにされた.さらに,小脳のプルキンエ細胞など,これまで知られていなかった新たなノルアドレナリンニューロンのシナプス前細胞が見い出された.
 ノルアドレナリンニューロンの広範な出力先のなかから嗅球,大脳の聴覚野,海馬,小脳,延髄という相互に遠く離れた5か所を選び,TRIO法(出発細胞がノルアドレナリンニューロンに限局しないケースにおいては,ノルアドレナリンニューロンに特異的なCreトランスジェニックマウスマウスを用いたcTRIO法)により解析し,さきに得たノルアドレナリンニューロンの全体に対する入力と定量的に比較した.その結果,まったく異なる5か所の出力先から選んだノルアドレナリンニューロンは,いっけんするとほとんど区別のつかないパターンで入力を集めていることが明らかにされた(図2b).しかし,統計的に分析するとノルアドレナリンニューロンの入力と出力の関係は完全に均質なわけではなく,たとえば,延髄に出力するノルアドレナリンニューロンは扁桃体からの入力が有意に少ないといった局所的な傾向が認められた.扁桃体からノルアドレナリンニューロンへの入力はストレス応答にかかわるとされるが,延髄はこの経路から選択的に外れているのかもしれない.

4.ノルアドレナリンニューロンは多くの出力先に分散的に投射する

 ノルアドレナリンニューロンが全体として入力と出力の関係に強い特異性をもたないという結果は,個々のニューロンのレベルでみるとどのような構造により成り立つのだろうか? 個々のノルアドレナリンニューロンは,特定の入力源から選択的に情報を集める,多くの入力源からの情報を統合する,特異的な出力先を専門に担当する,多くの出力先に分散的に情報を送る,と,入力と出力の特異性の組合せにより4通りのモデルが考えられる.このうち,入力と出力がともに特異的であるケース(専用回線モデル)はさきの結果とは合致しないため,残りの3通りを考えた.1)入力に関して統合的だが出力は専門化している,2)入力は選択的だが出力は分散的である,3)入力および出力とも特異性なく統合的かつ分散的である,の3通りである(図2c).
 出力の構造の特異性を検討するため,出力先をひとつ選んでその領域に投射するノルアドレナリンニューロンがほかのどの領域に軸索を伸長するのかを解析した.この目的のためには,TRIO法あるいはcTRIO法の戦略をそのまま活用し,狂犬病ウイルスによる標識の代わりに蛍光タンパク質mCherryにより標識される出発細胞の軸索を抗mCherry抗体により検出すればよい.嗅球,聴覚野,海馬,延髄という遠く離れた出力先を指定してノルアドレナリンニューロンを標識したところ,すべてのケースについて指定先を含めた8か所の領域すべてに相当量の軸索の側枝が認められた.つまり,ノルアドレナリンニューロンの出力は多くの領域を一手に担当する分散的な要素が強いといえた.個々のノルアドレナリンニューロンに対する入力の選択性については,出発細胞の数が非常に少なかったケースが参考になった.コンピューターシミュレーションによると,観察されたデータを説明するには個々のノルアドレナリンニューロンは少なくとも9以上の異なる領域から情報を統合しなくてはならなかった.したがって,入力に高い選択性をもつケースは一般的ではなく,入力に関しても特異性の低いモデルがノルアドレナリンニューロンの入力および出力の構造を近似的によく説明すると考えられた(図2c).
 以上をまとめると,この解析により,ノルアドレナリンニューロンの脳のすべての領域にわたる入力をはじめて網羅的に同定し,ノルアドレナリンニューロンが広範な出力先にもかかわらずおおむね類似した入力パターンをうけることが示された.その背景として,個々のノルアドレナリンニューロンが基本的には多くの入力源からの情報を統合し,多くの出力先に情報を分配する素子としてふるまうことが指摘された.この構造は,ノルアドレナリンニューロンが睡眠と覚醒のサイクルといった脳のすべての領域の状態制御にかかわるという知見に親和するものであった.しかし,全体としては統合的かつ分散的でありながら,統計的に分析すると局所的にいくつかの特筆すべき特異性のみられたことも事実であった.ノルアドレナリンニューロンがこれらの特異性を利用して特定の標的だけを選択的に制御しているのかという問題については将来の研究が必要である.

おわりに

 TRIO法は2011年に狂犬病ウイルスによるトランスシナプス標識法3) の拡張版として開発をはじめ,2012年の前半には原理証明が得られていたが,そののち,狂犬病ウイルスによるトランスシナプス標識系の改良8) やCreをコードするイヌ科アデノウイルス2型ベクターを用いた経路を選択できる操作系が受け入れられてきた状況をうけて改善を重ねた.とくにcTRIO法,すなわち,Creトランスジェニックマウスとイヌ科アデノウイルス2型ベクターによる経路の選択系とのANDゲートの構築は難航し,相当数のウイルスを永久凍結の刑に処した.最終的に確立された手法は汎用性が高く,神経回路の入力と出力の構造を調べるほかにも,指定先に出力する特定のタイプのニューロンの活動を記録したり操作したりするのにも利用できると考えられる.また,マウスのほかラットにおいてもTRIO法が成立したことから,今後は,マーモセットなどほかの哺乳類への応用も視野に入るだろう.
 最初に述べたように,出力先にもとづいて入力を分析するというアイデアの原型はドーパミンニューロンのサブタイプに関する知見に由来している.今回,解析したノルアドレナリンニューロンは,(残念ながら)入力と出力の関係に高い特異性を示すことがなかったが,それでは,TRIO法あるいはcTRIO法を用いることによりドーパミンニューロンのサブタイプを高分解能で網羅的に分析できるのだろうか? 答えはもちろんYESだが,これは米国Stanford大学の元同僚たちが鋭意取り組んでいるトピックなので,筆者からは乞うご期待とだけ申し上げたい.今後は,ドーパミンニューロンを含め広範に出力するさまざまな機能的に重要なニューロンの特異的な出力を担うサブタイプの同定とその入力や機能の解析を進めることにより,脳において情報が適切に分配されて下流に伝達されるしくみの理解が進むのみならず,効果の高く副作用の少ない神経疾患の創薬標的に関する基礎的な知見が蓄積することを期待したい.

文 献

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  3. Miyamichi, K., Amat, F., Moussavi, F. et al.: Cortical representations of olfactory input by trans-synaptic tracing. Nature, 472, 191-196 (2011)[PubMed] [新着論文レビュー]
  4. Weissbourd, B., Ren, J., DeLoach, K. E. et al.: Presynaptic partners of dorsal raphe serotonergic and GABAergic neurons. Neuron, 83, 645-662 (2014)[PubMed]
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  8. Miyamichi, K., Shlomai-Fuchs, Y., Shu, M. et al.: Dissecting local circuits: parvalbumin interneurons underlie broad feedback control of olfactory bulb output. Neuron, 80, 1232-1245 (2013)[PubMed] [新着論文レビュー]

著者プロフィール

宮道 和成(Kazunari Miyamichi)
略歴:2006年 東京大学大学院理学系研究科修了,同年 米国Stanford大学 博士研究員を経て,2013年より東京大学大学院農学生命科学研究科 特任准教授.
研究テーマ:高次の脳神経回路の構造および機能.
抱負:留学から帰国して約2年,ようやく米国での研究をおおむね収穫することができました.つぎは,現在,日本で蒔いている種から世界に届く研究を発信していきたい.

© 2015 宮道 和成 Licensed under CC 表示 2.1 日本

細菌の細胞の大きさの制御における長期的な振動現象

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田内 悠
(米国Duke大学Department of Biomedical Engineering)
email:田内 悠

A noisy linear map underlies oscillations in cell size and gene expression in bacteria.
Yu Tanouchi, Anand Pai, Heungwon Park, Shuqiang Huang, Rumen Stamatov, Nicolas E. Buchler, Lingchong You
Nature, DOI: 10.1038/nature14562

要 約

 細菌の増殖は細胞の伸長と分裂のくり返しである.この過程の連続により細胞の大きさが長期にわたりどのような挙動を示すのかについては不明なところが多いが,これは細胞の大きさの恒常性の維持の理解につながる重要な問題である.この研究においては,マイクロ流体デバイスを用いて増殖している大腸菌の細胞の大きさの時間変化を長期間にわたり観察し,その挙動を解析した.その結果,一部の個体において細胞の初期の大きさに数世代から十数世代という周期の振動が観察された.また,細胞の初期の大きさと分裂の直前の大きさとの関係はゆらぎ線形写像により表わされることがわかった.数理モデルを用いた解析により,このゆらぎ線形写像は細胞の初期の大きさの振動をひき起こすことが示された.さらに,細胞の初期の大きさだけでなく,遺伝子の発現も同様に振動することが明らかにされた.

はじめに

 自然界において細菌の細胞の大きさは驚くほど多様である.たとえば,海洋性バクテリオプランクトンであるSAR11群の大きさは約0.2μmであるのに対し1)Epulopiscium fishelsoniの大きさは約700μmと2),103倍もの差がある.また,同じ種であったとしても細胞の大きさは生育環境など外的な要因により大きく変動する3).細菌の細胞の大きさがどのように制御されているのかは生物学における重要な問題のひとつである.近年,分子生物学や遺伝学の発展により,細胞の大きさの制御にかかわる遺伝子やタンパク質についてしだいに明らかにされているなか,伸長と分裂のくり返しのなかで細胞の大きさがどのような時間変化を示すかというダイナミクスについてはほとんど解明されていない.従来の実験手法では,細胞の大きさを1細胞のレベルで長期間にわたり観察することが困難であったことがそのおもな理由である.
 この研究においては,mother machineというマイクロ流体デバイスを用い4),大腸菌における細胞の大きさの長期的なダイナミクスを1細胞のレベルで解析することを目的にした.mother machineは中央をとおるメインチャネルとそれと垂直につながる多くのサイドチャネルから構成される(図1).サイドチャネルの幅は1つの細胞がちょうどおさまる程度で,ここに細菌をとらえその生育を観察する.サイドチャネルの幅は1細胞分しかなく片側の端は閉じているため,サイドチャネルのもっとも閉口側にある母細胞の分裂を観察しつづけることのできるのが特徴である.細菌の生育が一軸の方向に限定されるため,のちの画像解析が比較的容易であることも利点である.また,メインチャンネルにつねに培養液を流すことにより細胞の生育を定常状態に保つことができる.このデバイスを用いて,大腸菌の生育を3つの温度条件において70世代にわたり顕微鏡により観察し,画像解析したのち,データを解析した.

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1.細胞の初期の大きさは振動する

 細胞の大きさの長期的なパターンを解析するため,個々の母細胞の系統において細胞の初期の大きさ(分裂の直後の大きさ)の自己相関関数を計算した.すると,集団平均では自己相関関数は急速に減衰し,3世代もすると相関はなくなり,とくに長期的なパターンはみられなかった.しかし,1細胞のレベルでの系統の自己相関関数をみると,約30%の細胞において初期の大きさの振動を示唆するパターンが認められた.さらに,その振動の周期は系統のあいだで必ずしも同じではなく,ある系統では8世代の周期,また,ほかの系統では16世代の周期といった現象が観察された.

2.細胞の初期の大きさと分裂のまえの大きさとの関係はゆらぎ線形写像により記述される

 どのようにして細胞の初期の大きさの振動が起こるのだろうか? そして,なぜ一部の系統でしかそれが起こらないのだろうか? 細胞周期にかかわるさまざまな物理的なパラメーターを解析したところ,初期の大きさと分裂のまえの大きさとの関係は非常にシンプルな式により記述できることがわかった.すなわち,分裂のまえの大きさyは,初期の大きさxを用いて,y = ax + b +ηという線形の関係にゆらぎηをくわえた式で記述され,これを“ゆらぎ線形写像”とよぶことにした.さらに,細胞分裂により分裂ののちの細胞の大きさが平均して半分になることをあわせると,初期の大きさx(n) の挙動は,
x(n + 1) = (ax(n) + b +η) / 2と表わされた.ここで,細胞の初期の大きさが安定するためには力学的に0 < a < 2となる必要がある.実際に,37℃における実験から得られた値はa = 0.87だった.一般的に,振動現象には負のフィードバック制御が必要である.じつは,0 < a < 2という条件それ自体が細胞の初期の大きさへの負のフィードバック制御を示している.つまり,細胞の初期の大きさが平均より小さい場合,細胞は2倍以上の大きさになってから分裂する.逆もまたしかりで,初期の大きさが平均より大きい場合,細胞は2倍以下の大きさで分裂が起こる.初期の大きさと分裂のまえの大きさとの負のフィードバックの関係性が細胞の大きさの恒常性に寄与していることが見い出された.

3.細胞の大きさの振動はゆらぎ線形写像モデルにより説明される

 ゆらぎ線形写像モデルにより細胞の初期の大きさの振動現象は説明されるのだろうか? ゆらぎ線形写像の式は,一般的に1次の自己回帰モデルとして知られていたが,実験において観察されたような振動現象をひき起こすかどうかは知られていなかった.そこで,細胞の初期の大きさの挙動についてゆらぎ線形写像モデルを用いてシミュレーションにより解析した.すると,シンプルな線形式にもかかわらず,ゆらぎの存在により振動現象を起こすことが示された.しかも,この振動現象は一過性かつ確率的に起こるため,たとえば,100回のシミュレーションを行うとそのうちの一部にのみ振動が観察された.さらに,観察された振動の周期は一定ではなかった.まさに,実験において観察された細胞の初期の大きさの振動と同様の現象がシミュレーションにより再現された.つまり,ゆらぎ線形写像モデルにより細胞の初期の大きさの振動が説明されたのである.くわえて,ゆらぎ線形写像のパラメーターaが振動する確率および平均周期を決定することがシミュレーションにより示された.実際に,実験において3つの生育条件から得られたaの値はそれぞれ異なっており,それに応じて振動現象の特性が変わることが確認された.

4.構成的な遺伝子の発現も振動する

 細胞の大きさのゆらぎ線形写像モデルが遺伝子の発現にどのような影響をあたえるかについて検証した.実験に用いた大腸菌はマーカーとして蛍光タンパク質YFPを構成的に発現している.YFPの濃度のダイナミクスをゆらぎ線形写像モデルとともにシミュレーションにより解析したところ,構成的な発現にもかかわらず,YFPの濃度も細胞周期よりはるかに長い周期で振動することが示唆された.そして,この振動も細胞の初期の大きさと同様に確率的な挙動を示した.この予測をふまえて実験の結果を解析したところ,シミュレーションの結果と同様の振動が観察された.振動の周期は長いものでは10時間(約20世代)にも及び,これは,これまで大腸菌において観察された遺伝子の発現の振動のなかでももっとも長い周期のひとつであった.

5.先行研究のデータにおけるゆらぎ線形写像モデルの検証

 筆者らの実験のデータにくわえて,先行研究から得られたデータを用いて4,5),ゆらぎ線形写像が普遍的な事象であるかどうか検証した.これらのデータは,大腸菌株,培地,使用したマイクロ流体デバイスなどの条件が異なっており,また,枯草菌を用いた研究も含んでいた.これら合計で9つの条件のデータを解析したところ,すべての条件においてゆらぎ線形写像が確認された.さらに,小規模ではあるが分裂酵母を用いて検証したところ,同様にゆらぎ線形写像が観察された.また,それぞれの条件においてゆらぎ線形写像のパラメーターaの値が異なり,小さいものでは約0.6(分裂酵母),大きいものでは約1.4(枯草菌)であった.大腸菌においてもその範囲は0.7~1.2と広がりがあった.直近の先行研究により,細菌の細胞周期における大きさの変化(分裂のまえの大きさと初期の大きさとの差)は初期の大きさにかかわらず一定であるとする“アダーモデル”が提唱されていた6-8).これは,すなわちa = 1であることを意味するが,実験条件によってはアダーモデルが必ずしも適用できるわけではないことが示唆された.

おわりに

 この研究により,大腸菌の細胞の大きさには長期的な振動現象がみられることがあり,それがゆらぎ線形写像という細胞の大きさの制御のモデルにより説明が可能なことが示された.また,構成的な遺伝子の発現においても長期的な振動の起こることがわかった.ゆらぎ線形写像はさまざまな条件において観察されたことから,少なくとも,細菌においては普遍的な法則であることが強く示唆された.また,遺伝子の発現の振動はストレス応答などのシグナル伝達における重要性が示されているが9),ゆらぎ線形写像による遺伝子の発現の振動は転写制御など直接的な制御機構を必要としないため,これがストレス応答などの機能をつかさどる原始的な機構である可能性も考えうる.さらに,かりに代謝系の遺伝子の発現が振動した場合,生育にどのような影響が現われるのか,そして,それがどのように遺伝子の発現にフィードバックされるのかといったことも興味深い問題である.細胞の大きさ,生育の速度,遺伝子の発現,この3つの要素のあいだにどのような相互作用があるのか.そこには基本法則が存在するのか.近年,この方面の研究が活発に進んでおり,今後,どのようなことが明らかにされるのか非常に楽しみである.

文 献

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著者プロフィール

田内 悠(Yu Tanouchi)
略歴:2013年 米国Duke大学大学院博士課程 修了,同年より米国Stanford大学 博士研究員.

© 2015 田内 悠 Licensed under CC 表示 2.1 日本


低酸素の状態にある細胞の細胞系譜の追跡による成体の心臓において増殖する心筋細胞の同定

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木村 航・Hesham A. Sadek
(米国Texas大学Southwestern Medical Center,Department of Internal Medicine)
email:木村 航

Hypoxia fate mapping identifies cycling cardiomyocytes in the adult heart.
Wataru Kimura, Feng Xiao, Diana C. Canseco, Shalini Muralidhar, SuWannee Thet, Helen M. Zhang, Yezan Abdulrahman, Rui Chen, Joseph A. Garcia, John M. Shelton, James A. Richardson, Abdelrahman M. Ashour, Aroumougame Asaithamby, Hanquan Liang, Chao Xing, Zhigang Lu, Cheng Cheng Zhang, Hesham A. Sadek
Nature, 523, 226-230 (2015)

要 約

 近年,マウスやヒトなど成体の哺乳類の心臓において,すでに分化した心筋細胞の一部に増殖能を維持した心筋細胞が存在し,心筋のターンオーバーに寄与しているという報告がなされた.しかし,増殖能をもたない多数の心筋細胞から増殖能を維持した心筋細胞を区別し同定することは困難であった.筆者らは,この研究において,哺乳類の成体の心臓において心筋細胞のターンオーバーに寄与する心筋細胞は低酸素応答のマスター制御タンパク質として知られる転写因子Hif-1αを発現しているのではないかと考え,Hif-1αによる心筋細胞の細胞系譜の追跡により心筋細胞のターンオーバーに寄与する心筋細胞の集団を同定した.これらの心筋細胞は低酸素の状態にあり,増殖能をもつ胎仔あるいは新生仔の心筋細胞と共通した特徴をもっていた.この結果から,低酸素の状態にある心筋細胞が成体の心臓において心筋細胞のターンオーバーに寄与する新しい心筋細胞のおもな供給源となっていることが示唆され,また,低酸素の状態にある細胞の細胞系譜の追跡はさまざまな組織において細胞のターンオーバーに寄与する細胞を同定する有力なツールになる可能性が示された.

はじめに

 われわれ哺乳類の成体の心臓には再生能がなく,心筋梗塞などの障害によりいったん心筋が失われると,それにともない低下する心臓の機能を回復させることができない.そのおもな理由として,成体においては心臓の収縮機能を担う実体である心筋細胞はそのほとんどが細胞周期を永続的に停止しており増殖能をもたないことがあげられる.しかし近年,ヒトおよびマウスにおいて成体でもごくわずかに心筋細胞のターンオーバーの存在することが報告された1-3).マウスにおいては,成体でのわずかな心筋細胞のターンオーバーにおける新しい心筋細胞のおもな供給源は増殖能を保った少数の心筋細胞であることがわかっている2,4).しかし,増殖能をもつ心筋細胞の性質やその特異的なマーカーについては知られていないため,大多数の分裂しない心筋細胞からこれら少数の増殖能を保った心筋細胞を区別することはこれまで不可能であった.筆者らは,2014年,出生ののちの心筋細胞における急速な細胞周期の停止の原因は,胎仔期の嫌気的な解糖系からミトコンドリア好気呼吸への代謝の切り替わり,そして,それによる酸化ストレスの増加によることを報告した5)新着論文レビュー でも掲載).また,いくつかの組織においては細胞のターンオーバーのもとになる幹細胞や前駆細胞は比較的低酸素な環境にあり,転写因子であり低酸素応答のマスター制御タンパク質として知られるHif-1αがその維持や機能において重要な役割をはたしていることが知られていた6-9).さらに,ゼブラフィッシュにおいてはHif-1αによる低酸素応答シグナルが活性化することが損傷ののちの心筋の再生に必要であること10),低酸素な環境および低酸素シグナルは胎仔および新生仔において心筋細胞の増殖を促進することが5,11),最近,つぎつぎと明らかにされた.筆者らは,これらの事実から,成体の心筋において増殖能を保った心筋細胞は,周囲の心筋細胞と比較して比較的低酸素な微小環境にあり,出生ののち上昇する酸化ストレスから守られているのではないかと考えた.この可能性を検討するため,Hif-1αを発現する心筋細胞をCre-loxP系を用いて不可逆的に標識することにより,低酸素の状態にある心筋細胞の細胞系譜の追跡を試みることにした.

1.Hif-1αに依存的なタンパク質分解による低酸素の状態にある細胞の細胞系譜の追跡

 Hif-1αはおもに細胞の酸素濃度に応じてタンパク質分解をうけることにより制御されている.通常の酸素濃度ではHif-1αのODDドメインに存在するPro402およびPro564がプロリルヒドロキシラーゼにより細胞の酸素を基質としてヒドロキシル化され,つづいて,このヒドロキシProがユビキチンリガーゼであるVHLにより認識されてユビキチン化されて,ユビキチン-プロテアソーム系によりタンパク質分解をうける.一方,低酸素な環境においてはODDドメインのPro402およびPro564はヒドロキシル化されず,Hif-1αは安定化される(図1).そこで,Hif-1αのODDドメインとタモキシフェンに依存的に活性化するリコンビナーゼCreERT2との融合タンパク質を普遍的な遺伝子プロモーターであるCAGプロモーターの制御のもとで発現するトランスジェニックマウスを作製し,このトランスジェニックマウスをCreに依存して蛍光タンパク質tdTomatoを不可逆的に発現するマウスと交配した.このマウスにおいて,tdTomatoの発現の活性化が低酸素に依存的に起こるかどうかを検討するため,タモキシフェンを投与してから2日のちに低酸素のマーカーであるピモニダゾールを投与したところ,tdTomato陽性を示す心筋細胞の約半数がピモニダゾール陽性であった.また,このマウスを断続的な低酸素の状態においたところ,tdTomato陽性細胞の数は増加した.さらに,免疫染色によりHif-1αとCreが同一の細胞に局在していることが確認された.

figure1

2.低酸素の状態にある細胞は成体の心臓において心筋細胞のターンオーバーに寄与する

 タモキシフェンを投与してから1週間のちに,このトランスジェニックマウスにおけるtdTomato陽性の心筋細胞の性質について検討した.tdTomato陽性の心筋細胞はtdTomato陰性の心筋細胞と比較して,その周囲をとりかこむ毛細血管の数が少ない傾向にあった.さらに,tdTomato陽性の心筋細胞はDNAの酸化損傷の程度が低く,細胞の大きさが有意に小さく,約半数は単核であることが判明した.このtdTomato陽性の心筋細胞が新たな心筋細胞の形成に寄与しているかどうかを検討した.タモキシフェンを投与してから1週間のちにはわずかな数の心筋細胞を含む細胞がtdTomatoにより標識され,それらの細胞と幹細胞のマーカーであるc-KitやSca-1に陽性を示す細胞との重なりは観察されなかった.また,血管内皮細胞,平滑筋細胞,線維芽細胞といった心筋細胞のほかの細胞においてもtdTomatoシグナルが認められた.さらに,タモキシフェンを投与してから4週間のちの心室および心房において,tdTomato陽性の心筋細胞の有意な増加がみられた.この増加率から計算されたtdTomato陽性の心筋細胞のターンオーバー率は年あたり約1%であり,これは以前の報告における心筋細胞のターンオーバー率とよく一致した.また,約40%のtdTomato陽性の心筋細胞は互いにとなりあうようクラスターを形成しており,このことから,tdTomato陽性の心筋細胞はクローナルに増殖している可能性が示唆された.さらに,このtdTomato陽性の心筋細胞の増加は心筋細胞の分裂によるものか,あるいは,低酸素の状態にある心筋細胞以外の細胞と心筋細胞との細胞融合によるものなのかを区別するため,ダブルカラーレポーターマウスとこのトランスジェニックマウスとを交配し細胞系譜を追跡した.その結果,tdTomato陽性かつEGFP陰性である細胞融合によらない心筋細胞の数がタモキシフェンを投与してから1カ月のちに有意に増加していたのに対し,tdTomato陽性かつEGFP陽性である細胞融合を示唆する心筋細胞の数は有意な増加を示しておらず,tdTomato陽性細胞の増加は心筋細胞の増殖によるものであることが示唆された.

3.低酸素の状態にある心筋細胞は成体の心臓において心筋細胞のターンオーバーに寄与する

 このトランスジェニックマウスに用いたCAGプロモーターは普遍的な遺伝子プロモーターであることから,観察されたtdTomato陽性の心筋細胞は心筋細胞以外の細胞から分化したものである可能性は否定できなかった.そこで,新たに心筋細胞に特異的なプロモーターであるαMHCプロモーターの制御のもとでCreERT2-ODD融合タンパク質を発現するトランスジェニックマウスを作製し,さきと同じく,このトランスジェニックマウスをCreに依存して蛍光タンパク質tdTomatoを不可逆的に発現するマウスと交配した.このマウスにおいても同様に,タモキシフェンを投与してから1週間のちにごく少数の心筋細胞がtdTomato陽性を示すことが確認された.心筋細胞以外にはtdTomato陽性を示す細胞はまったく検出されなかった.低酸素な環境におけるHif-1αの安定化の指標のひとつであるHif-1αのPro402のヒドロキシル化は,tdTomato陽性細胞において有意に低かった.さらに,tdTomato陽性の心筋細胞は,周囲をとりかこむ毛細血管の数が少ない,DNAの酸化損傷の程度が低い,細胞の大きさが小さい,単核である割合が高い,といった特徴をすべてもっていた.また,免疫染色により心筋細胞のみにCreの局在が観察され,それらがHif1α陽性であることが確認された.
 このマウスを用いてタモキシフェンの投与ののち細胞系譜を追跡した.その結果,タモキシフェンを投与してから1カ月を経過した時点では,1週間を経過した時点と比較してtdTomato陽性の心筋細胞が増加しており,投与から2カ月を経過した時点ではさらなる増加が観察された.心筋細胞のターンオーバー率は年あたり約0.6%であった.また同様に,約40%のtdTomato陽性の心筋細胞はクラスターを形成しており,クローナルな増殖が示唆された.さらに,tdTomato陽性の心筋細胞はtdTomato陰性の心筋細胞と比較し約10倍の頻度でKi67陽性およびBrdUの取り込みを示した.さらに,心筋細胞のターンオーバーを加速させることが知られている冠動脈の結紮による急性心筋梗塞の誘導により,tdTomato陽性の心筋細胞のターンオーバーは加速した.
 低酸素の状態にある心筋細胞の性質を分子レベルで追求するため,固定していない心臓の凍結切片からtdTomato陽性の心筋細胞をレーザーマイクロダイセクション法により単離し,その遺伝子発現をRNAシークエンシングによりtdTomato陰性の心筋細胞と比較した.その結果,tdTomato陽性の心筋細胞においてプロリルヒドロキシラーゼをコードする遺伝子を含むHif-1αの抑制にかかわる複数の遺伝子の発現の低下とともに,Hif-1αの下流の遺伝子の発現の上昇,さらには,Hif-1α遺伝子およびHif-1β遺伝子の発現の上昇が確認された.これらの結果は,低酸素の状態にある心筋細胞においてHif-1αが活性化されていることとともに,環境の酸素濃度とは独立して低酸素シグナルの活性化を保つなんらかの内在的な機構の存在を示唆した.さらに,心筋細胞の細胞周期の停止にかかわる転写因子Meis1およびそのホモログであるMeis2およびMeis3をコードする遺伝子の発現の低下とともに,サイクリン依存性キナーゼをコードする遺伝子など細胞周期の進行に必要な遺伝子の発現の上昇,また逆に,心筋の肥大にかかわる遺伝子の発現の低下など,低酸素の状態にある心筋細胞における低酸素応答シグナルの活性化,増殖能の維持といった性質の多くを支持する結果が得られた(図2).

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おわりに

 心筋の再生は心疾患の治療における究極の目標のひとつである.これまで,多能性幹細胞,組織幹細胞,ダイレクトリプログラミング,細胞シートなどを用いた治療がくふうされ,それぞれ成果をあげているとはいえ,現状では心臓の完全な再生をなしとげる方法は発見されていない.今回,筆者らは,成体において増殖する心筋細胞を同定したが,この発見を心疾患の新しい治療法の開発に結びつけるためには,この心筋細胞の集団を増幅させる薬剤や分子の探索が必要になるだろう.また,マウスとは寿命が大幅に異なるヒトにおいても,成体において同じ心筋細胞の集団が存在するかどうか検討しなければならないだろう.これが今後の研究課題の主要な方向であることはまちがいないが,筆者は,心筋細胞のターンオーバーとは別のコンテクストにおいて,低酸素な環境や低酸素応答シグナルの役割についておもしろい研究をする余地がまだまだ残されていると感じている.低酸素の状態にある細胞の細胞系譜の追跡は,心臓にかぎらずさまざまな組織における細胞のターンオーバーの機構を追求するうえで有用なツールとなるだろう.

文 献

  1. Bergmann, O., Bhardwaj, R. D., Bernard, S. et al.: Evidence for cardiomyocyte renewal in humans. Science, 324, 98-102 (2009)[PubMed]
  2. Senyo, S. E., Steinhauser, M. L., Pizzimenti, C. L. et al.: Mammalian heart renewal by pre-existing cardiomyocytes. Nature, 493, 433-436 (2013)[PubMed]
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著者プロフィール

木村 航(Wataru Kimura)
略歴:2007年 東京都立大学大学院理学研究科博士課程 修了,同年 浜松医科大学 特任研究員,2012年 米国Texas大学Southwestern Medical CenterにてVisiting Senior Fellow,2014年 同Assistant Instructorを経て,2015年より筑波大学生命領域学際研究センター 国際テニュアトラック助教.
研究テーマ:心臓の再生.
抱負:個別の器官にかぎらず,再生の一般の機構や原理を明らかにしていきたい.

Hesham A. Sadek
米国Texas大学Southwestern Medical CenterにてAssistant Professor.
研究室URL:http://www.utsouthwestern.edu/labs/sadek/

© 2015 木村 航・Hesham A. Sadek Licensed under CC 表示 2.1 日本

幹細胞に特異的な細胞突起である微小管依存性ナノチューブはニッチからのシグナルの受容を促進する

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稲葉真弓・山下由起子
(米国Michigan大学Life Sciences Institute)
email:稲葉真弓

Nanotubes mediate niche-stem-cell signalling in the Drosophila testis.
Mayu Inaba, Michael Buszczak, Yukiko M. Yamashita
Nature, DOI: 10.1038/nature14602

要 約

 組織幹細胞はニッチとよばれる場所にごく少数が存在する.ニッチは幹細胞の未分化性および長期にわたる自己複製能を維持するために特別な環境を提供する.ショウジョウバエの精子幹細胞は1回の細胞分裂により幹細胞となる娘細胞と分化する娘細胞とを生みだすが,その際に,ニッチからのシグナルは幹細胞となる娘細胞だけに伝達し分化する娘細胞を活性化してはならない.幹細胞となる娘細胞と分化する娘細胞とは隣接しており,ニッチからのシグナルがどのようにして2つの娘細胞うち一方の娘細胞にだけ伝達するようになっているのか,いままではっきりしていなかった.今回,筆者らは,精子幹細胞が微小管を含んだ細胞突起である微小管依存性ナノチューブをニッチにむけて伸長し,幹細胞の維持に必要なDppシグナルを受容していることを明らかにした.ニッチに直接に接触する娘細胞はこの細胞突起を介してDppシグナルを受容するが,もう一方の娘細胞はニッチから離れており細胞突起ももたないためDppシグナルは活性化されない.筆者らは,このしくみは幹細胞となる娘細胞だけがニッチからのシグナルを特異的に受容するための新規の分子機構であると提唱した.

はじめに

 ショウジョウバエの精子幹細胞は精巣の先端に存在するhub細胞とよばれるニッチを形成する細胞と直接に接触している.hub細胞から精子幹細胞へむけ分泌される幹細胞の維持に必要なリガンドとして,Unpaired(Upd)およびDecapentaplegic(Dpp)の少なくとも2種類がある1-4).精子幹細胞に起こる95%以上の細胞分裂は非対称分裂であり,生みだされた2つの娘細胞のうち,自己複製して幹細胞となる娘細胞はhub細胞との接触を維持し,hub細胞から離れてgonialblastとなるもうひとつの娘細胞はhub細胞の分泌するリガンドをそれ以上うけとることなく分化していく5)図1).

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1.微小管依存性ナノチューブは精子幹細胞からニッチにむけ伸長している

 hub細胞と精子幹細胞とのあいだには特別な構造が存在しシグナル伝達にかかわっているのではないかと考えて詳細に観察したところ,精子幹細胞に発現させた蛍光タンパク質GFPと微小管構成タンパク質αチューブリンとの融合タンパク質により可視化された細い細胞突起がhub細胞にむけ伸長していることがわかった.この細胞突起はその形態において,アクチンに依存性のごく細い細胞突起であるcytoneme 6) や細胞のあいだをつなぐ細胞突起であるtunneling nanotube 7) などによく似ていたが,tunneling nanotubeは微小管を含む例もあることから,この精子幹細胞の細胞突起を微小管依存性ナノチューブmicrotubule-dependent-nanotube)と名づけた.微小管依存性ナノチューブは精子幹細胞において細胞あたり0.88本とかなり高い頻度でみられ,その方向は一様にhub細胞をむいていた.ほかの生殖細胞にはまれにしかみられず,みられたとしてもその方向に一定性はなかった.微小管依存性ナノチューブは隣接するhub細胞のなかへ直接に陥入しており,その周囲では精子幹細胞とhub細胞の両方の細胞膜が保たれ,微小管をとりかこんでいた.微小管依存性ナノチューブは非常に脆弱な構造であり,試料の固定液に微小管を安定させるタキソールをくわえなければ容易に消失してしまうため,これまでの長いあいだ発見されることがなかったものと思われた.

2.微小管依存性ナノチューブは繊毛の制御タンパク質であるIFTに依存して構成される

 微小管依存性ナノチューブがどういったタンパク質により制御されているのかを調べるため,これまで知られていた細胞突起を構成するタンパク質の機能解析をしたところ,繊毛の主要な制御タンパク質であるIFTが同定された.IFTは繊毛の形成および繊毛のうえでの順行性の輸送にかかわるIFT-B複合体と,繊毛のうえでの逆行性の輸送をつかさどるIFT-A複合体とに分類される.ショウジョウバエのIFT-BであるOseg2,Osm-6,Che-13をノックダウンした精子幹細胞においては,微小管依存性ナノチューブの頻度および長さがいちじるしく減少した.微小管の脱重合にたずさわるKinesin13ファミリータンパク質Klp10Aは繊毛の形成を負に制御するが8),このKlp10Aをノックダウンした精子幹細胞においては微小管依存性ナノチューブの直径が有意に増大した.これらのことから,微小管依存性ナノチューブはその形成および制御に繊毛におけるのとよく似たタンパク質を利用していることがわかった.

3.Dppシグナルの伝達に必要なタンパク質は微小管依存性ナノチューブに局在する

 微小管依存性ナノチューブがニッチから幹細胞へのシグナル伝達にかかわっているかどうかを調べるため,hub細胞から精子幹細胞へむけ分泌されるリガンドDppおよびUpdに対する受容体の局在について調べた.精子幹細胞にDppの受容体であるThickveins(Tkv)を発現させたところ,精子幹細胞からhub細胞へむけ微小管依存性ナノチューブのうえを輸送された.このTkvのhub細胞への局在はIFT-Bのノックダウンにより微小管依存性ナノチューブを破壊することにより抑制された.Tkvはhub細胞において点状に存在するDppと共局在し,さらに,hub細胞においてTkvの活性化センサーであるTIPF 9) と共局在した.これらの結果から,DppとTkvとの相互作用およびTkvの活性化は微小管依存性ナノチューブにおいて起こることがわかった.Updの受容体であるDomeless(Dome)は微小管依存性ナノチューブのうえを輸送されず精子幹細胞にとどまっていた.

4.微小管依存性ナノチューブはDppシグナルの活性化および幹細胞の維持に必要である

 微小管依存性ナノチューブを破壊した精子幹細胞において,Dppシグナルの下流において活性化されるMadのリン酸化について調べたところ,野生型の精子幹細胞と比較して有意に減少した.反対に,微小管依存性ナノチューブが太くなるKlp10AのノックダウンにおいてはMadのリン酸化は有意に増加した.これらの結果から,微小管依存性ナノチューブは精子幹細胞においてDppシグナルの受容を促進していることが示唆された.そこで,微小管依存性ナノチューブを破壊した精子幹細胞のクローンが長期にわたり維持されるかどうかを調べたところ,野生型の精子幹細胞と比較してよりすみやかにその頻度が低下した.これは精子幹細胞の維持に必要なDppシグナルの異常の表現型と一致した.これらの結果から,微小管依存性ナノチューブはDppシグナルの受容を正に制御することにより長期にわたる幹細胞の維持に必要である可能性が強く示唆された.

5.DppとTkvとの相互作用は微小管依存性ナノチューブの形成に必要十分である

 リガンドと受容体との相互作用に特化した既知の細胞突起であるcytonemeは,その形成においてリガンドと受容体との相互作用それ自体が必要である10).同様の機構が微小管依存性ナノチューブにおいても利用されているかどうか調べるため,Dppの温度感受性変異体において微小管依存性ナノチューブの頻度および形態を観察したところ,Dppの機能が抑制される29℃において微小管依存性ナノチューブの頻度がいちじるしく低下した.同様に,Tkvのノックダウンによっても微小管依存性ナノチューブの形成は抑制された.精巣にて分化の途中の生殖細胞をとりかこむ体細胞であるシスト細胞において,特異的な遺伝子プロモーターを用いてDppを異所性に発現させたところ,シスト細胞にとりかこまれた分化の途中の多数の生殖細胞において微小管依存性ナノチューブが形成された.これらのことから,cytonemeの場合と同様に,DppとTkvとの相互作用が微小管依存性ナノチューブの形成に必要十分であることが確認された.

おわりに

 筆者らは,ニッチと幹細胞のあいだの特異的なシグナル伝達を促進する幹細胞の新規の構造体として微小管依存性ナノチューブを発見した.この発見は,ニッチから精子幹細胞へむけ分泌されるリガンドとその受容体とのあいだの相互作用が特異的な細胞のあいだでのみ起こる新たな分子機構を明らかにした.微小管依存性ナノチューブはニッチを形成する細胞に直接に陥入し,受容体であるTkvを送り込みリガンドであるDppと相互作用させる(図2).Dppの局在はニッチの内部に点在し,微小管依存性ナノチューブのうえでTkvと相互作用することが精子幹細胞にとり十分なシグナルを活性化するため必要であると思われた.微小管依存性ナノチューブがどのようにシグナルを受容し活性化するのかといった分子機構はいまだ不明であり今後の解析が待たれる.また,DppおよびUpdはともに幹細胞の維持に必要であるにもかかわらず,なぜDppに対してのみに微小管依存性ナノチューブが利用されているのか,さらに,同様な分子機構がほかの幹細胞においても利用されているかといった点は非常に興味深い.

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文 献

  1. Tulina, N. & Matunis, E.: Control of stem cell self-renewal in Drosophila spermatogenesis by JAK-STAT signaling. Science, 294, 2546-2549 (2001)[PubMed]
  2. Kiger, A. A., Jones, D. L., Schulz, C. et al.: Stem cell self-renewal specified by JAK-STAT activation in response to a support cell cue. Science, 294, 2542-2545 (2001)[PubMed]
  3. Shivdasani, A. A. & Ingham, P. W.: Regulation of stem cell maintenance and transit amplifying cell proliferation by TGF-β signaling in Drosophila spermatogenesis. Curr. Biol., 13, 2065-2072 (2003)[PubMed]
  4. Kawase, E., Wong, M. D., Ding, B. C. et al.: Gbb/Bmp signaling is essential for maintaining germline stem cells and for repressing bam transcription in the Drosophila testis. Development, 131, 1365-1375 (2004)[PubMed]
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  6. Ramirez-Weber, F. A. & Kornberg, T. B.: Cytonemes: cellular processes that project to the principal signaling center in Drosophila imaginal discs. Cell, 97, 599-607 (1999)[PubMed]
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著者プロフィール

稲葉 真弓(Mayu Inaba)
略歴:2004年 九州大学大学院医学研究科にて博士号取得,同年 東京大学医科学研究所 研究員を経て,2009年より米国Michigan大学Postdoctoral Research Fellow.
研究テーマ:幹細胞における非対称分裂の分子機構およびその生理的な意義.
関心事:研究,音楽,映画,絵画.

山下 由起子(Yukiko M. Yamashita)
米国Michigan大学Associate Professor.
研究室URL:http://www.lsi.umich.edu/labs/yukiko-yamashita-lab

© 2015 稲葉真弓・山下由起子 Licensed under CC 表示 2.1 日本

クライシスにおける細胞死はM期に細胞周期が停止しているときのテロメアの脱保護により仲介される

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林 眞理
(米国Salk Institute for Biological Studies,Molecular and Cell Biology Laboratory)
email:林 眞理

Cell death during crisis is mediated by mitotic telomere deprotection.
Makoto T. Hayashi, Anthony J. Cesare, Teresa Rivera, Jan Karlseder
Nature, 522, 492-496 (2015)

要 約

 腫瘍の形成は複製老化およびクライシスという2つのステージにおいて抑制されている.細胞老化は短小化したテロメアによりひき起こされる.しかし,腫瘍抑制経路を構成するp53やRbに異常をもつ細胞は細胞老化を迂回して増殖をつづけクライシスにおちいる.クライシスにおいてはテロメアの融合が観察され,集団のほとんどの細胞は死にいたる.ここで生き残った細胞は腫瘍化する可能性があるため,クライシスにおける細胞死は腫瘍の抑制において重要であるが,その機構についてはよくわかっていなかった.この研究において,ヒトの細胞はクライシスにおちいるとM期において細胞周期の自発的な停止を起こし,結果として,M期に停止しているときおよびそののちの細胞周期において細胞死にいたることが見い出された.テロメアの融合はp53の機能の低下した若い細胞においてもM期の停止をひき起こしたことから,細胞死をひき起こす原因であることが示唆された.M期において細胞周期の停止した細胞にはテロメアの脱保護のみられることが知られていたが,テロメア保護タンパク質TRF2のノックダウンによりM期に停止しているときのテロメアの脱保護を亢進させたところ細胞死を起こす細胞の割合が上昇した.また,TRF2のノックダウンにより有糸分裂阻害剤に対するがん細胞の感受性が上昇した.筆者らは,これらの結果から,テロメアの融合がM期における細胞周期の停止を誘導し,M期に停止しているときのテロメアの脱保護を介して細胞死をひき起こすことにより,細胞の集団から前がん状態の細胞を取り除くというクライシスにおける細胞死の経路を提唱した.

はじめに

 染色体の末端は,DNAのくり返し配列とそこに特異的に結合するタンパク質からなるテロメアが構築する特殊な構造により保護されている1).細胞老化は複製にともない短小化したテロメアが末端保護機能の一部を失い脱保護されることによりひき起こされる.テロメアが脱保護されるとその末端はDNAの傷害として認識され,DNA傷害チェックポイントが活性化される.通常,染色体の切断された箇所はDNA修復機構によりつながれてもとの状態にもどる.しかし,細胞老化の原因となる脱保護されたテロメアにおいては,テロメアの末端のあいだのDNA修復機構は抑制されている2).これによりテロメアの末端は傷害として認識されつづけ,そのため細胞周期が不可逆的に停止することが細胞老化の分子機構であると考えられている.
 ところが,傷害チェックポイント機構に異常をもつ細胞は細胞老化を迂回して増殖をつづけ,やがて,クライシスにおちいる.クライシスによりテロメアのさらなる短小化や欠失が進行し,テロメアの保護機能を完全に失った染色体のあいだで融合が起こり,集団のほとんどの細胞は死にいたる.同時に染色体の不安定性も蓄積するため,たとえば,テロメアを伸長する酵素テロメラーゼを活性化するなどしてテロメアの長さを維持できる細胞が現われると集団において生き残り,やがて腫瘍化にいたる可能性がある.よって,クライシスによる細胞死は腫瘍の抑制において重要であるが,その機構についてはよくわかっていなかった.
 近年,筆者らは,M期において長期間にわたり細胞周期を人為的に停止させた細胞においてテロメアの脱保護がひき起こされるという,それまで知られていなかった現象を報告した3).この発見をうけ,M期における細胞周期の停止がクライシスにおいてなんらかの機能をもつのではないかと考えた.

1.p53の機能の低下によりクライシスにおちいった細胞ではM期において細胞周期の自発的な停止が起こる

 ヒトの繊維芽細胞に由来するIMR-90細胞にヒトパピローマウイルスに由来するE6およびE7を発現させることによりクライシスを誘導し生細胞イメージング法により観察した.E6はがん抑制タンパク質p53を,E7はがん抑制タンパク質Rbを阻害する.その結果,細胞老化にいたりつつある細胞を含め正常な細胞ではほとんどの細胞がM期を2時間以内に終了したのに対し,クライシスにおちいった細胞ではM期に2時間以上かかる(これを,M期の停止と定義した)細胞の割合が上昇することがわかった.この現象は,E6のみの発現,および,p53のドミナントネガティブ変異体の発現によってもひき起こされたが,E7のみの発現ではみられなかったことから,p53の機能の低下によりM期の停止は誘導されることがわかった.一方,若くてテロメア長の長い細胞ではE6およびE7を発現させてもこのような表現型は観察されなかった.さらに,クライシスにおちいりつつあるE6およびE7を発現させた細胞やp53のドミナントネガティブ変異体を発現させた細胞におけるM期の停止はテロメラーゼの発現により抑制された.このことから,p53の機能を失いクライシスにおちいった細胞では,テロメアの短小化によりM期における細胞周期の停止がひき起こされると考えられた.

2.テロメアの融合はM期における細胞周期の停止をひき起こす

 クライシスにおけるテロメアの短小化および欠失はテロメアの融合をひき起こすことから,テロメアの融合がM期における細胞周期の停止の原因であるとの仮説をたてた.これを検証するため,E6およびE7を発現させたクライシスにおちいるまえの若いIMR-90細胞において,CRISPR/Cas9系4) を用いてテロメア保護タンパク質であるTRF2をノックアウトした.TRF2の欠損はテロメアの融合をひき起こすことが知られていたが5),この細胞の生細胞イメージング法による観察によりM期の停止も誘導されていることが明らかにされた.この表現型はCRISPR/Cas9系の標的となった配列にアミノ酸変異を起こさないような変異を導入したTRF2の過剰発現により抑制されたことから,オフターゲット作用ではないことが確認された.さらに,テロメアの融合に必要であることが報告されているLIG4や53BP1といったタンパク質6,7) をTRF2と同時にノックアウトすると,テロメアの融合にくわえM期の停止も抑制された.これらの結果から,テロメアの融合がM期における細胞周期の停止をひき起こすと結論した.

3.クライシスによるM期における細胞周期の停止はテロメアの脱保護および細胞死をひき起こす

 筆者らは,さきにも述べたように,薬剤などによりM期において細胞周期を人為的に停止させた細胞においてテロメアの脱保護の誘導されることを報告していた3).そこで,クライシスによるM期における細胞周期の自発的な停止においても同様にテロメアの脱保護がみられるか検証した.M期の停止した細胞においては姉妹染色分体が早期に分離することが知られていたため,この表現型をM期の停止のマーカーとした.クライシスにおちいったM期の細胞を観察することにより,姉妹染色分体が早期に分離している細胞ではテロメアの脱保護が2倍以上も増加していることがわかった.この結果から,クライシスによるM期における細胞周期の自発的な停止においてもテロメアの脱保護がひき起こされることが示唆された.
 クライシスによりM期において細胞周期の停止した細胞がどのような運命をたどるのか生細胞イメージング法により観察したところ,M期に停止する時間が長いほどM期において細胞死する割合が高くなることがわかった.そこで,クライシスによりどの程度の細胞がM期において細胞死するか調べたところ,M期において細胞死する細胞は約5割で,残りの細胞は間期において細胞死することが見い出された.ところが,これら間期に細胞死する細胞の直前のM期について生細胞イメージング法のデータから解析したところ,約半数の細胞はM期の停止を起こしていたことがわかった.すなわち,クライシスによる細胞死の8割近くはM期に停止しているときあるいはそのあとに起こっており,M期における細胞周期の停止がクライシスによる細胞死の主要な原因であることがつきとめられた.

4.M期に細胞周期が停止しているときのテロメアの脱保護は細胞死をひき起こす

 残された大きな疑問は,M期に細胞周期が停止しているときのテロメアの脱保護は細胞死の原因なのかどうかであった.筆者らは,これまでの研究により,shRNAを用いてTRF2を部分的にノックダウンすると,M期に細胞周期が停止しているときのテロメアの脱保護が亢進することを明らかにしていた2).そこで,このことを利用し,IMR-90細胞においてTRF2を部分的にノックダウンして成長の速度を測定した.この細胞ではわずかに残されたTRF2がテロメアの保護機能の一部を保持しており,テロメアの融合はほとんど観察されない2).このことと一致して,この細胞はクライシスにおちいるまえは対照となる細胞と比較して遜色ない成長を示した.ところが,TRF2を部分的にノックダウンした細胞を長期間にわたり培養したところ,クライシスにおちいったときの細胞の増殖が極端に低下した.クライシスにおちいったM期の細胞の観察により,この細胞ではM期におけるテロメアの脱保護が非常に亢進していることが確認された.さらに,生細胞イメージング法によりこの細胞ではM期に停止したのちの細胞死の頻度が有意に上昇していることが明らかにされた.一方,TRF2を過剰に発現させることによりM期において停止している細胞においてテロメアの脱保護を抑制することも可能であり3),この条件においてはクライシスにおけるM期の自発的な停止における細胞死が抑制されることも確認された.これらの実験的な証拠から,M期に細胞周期が停止しているときのテロメアの脱保護が細胞死の一因であるとの仮説が支持された.
 もし,この仮説が正しければ,TRF2を部分的にノックダウンした細胞はM期において細胞周期の停止をひき起こす薬剤に対し感受性が上昇していることが予想された.そこで,がん細胞に由来するHT1080 6TG細胞においてTRF2を部分的にノックダウンし,異なる作用によりM期の停止をひき起こすさまざまな薬剤に対する感受性について調べたところ,すべての場合において対照となる細胞と比較し感受性は上昇していた.この効果は,M期の停止をひき起こさずにDNA傷害をひき起こす薬剤にはみられなかった.このことから,TRF2の減少による薬剤感受性の上昇の効果はM期において細胞周期の停止をひき起こす薬剤に特異的であることがつきとめられた.

おわりに

 筆者らは,この研究において,クライシスにおちいった細胞において極度に短小化したテロメアが融合し,この融合によりM期における細胞周期の停止がひき起こされ,M期に停止しているときのさらなるテロメアの脱保護により細胞死が誘導される,というクライシスにおける細胞死の経路を提唱した(図1a).クライシスにおける細胞の挙動については,BFB(breakage-fusion-bridge)サイクル仮説が有名である8).放射線の照射により断裂(breakage)した姉妹染色分体どうしが融合(fusion)した場合,染色体分配のときに姉妹細胞のあいだにまたがった状態(bridge)になり,細胞質分裂のときに切断(breakage)されふたたび融合(fusion)をくり返す,というモデルである.このBFBサイクル仮説は,そののち,テロメラーゼをノックアウトしたマウスの細胞ががん化する際にテロメアの融合が観察されたことから9),ヒトのがん化における染色体の不安定化や細胞死を説明するモデルとして広く受け入れられている(図1b).筆者らの研究成果はBFBサイクル仮説を完全に否定するものではないが,少なくとも,テロメアの融合がBFBサイクルをへずにM期における細胞周期の停止を介して細胞死を誘導する経路の存在を示した.M期の停止がいくつかの抗がん剤の薬理作用であることをかんがみると,この研究がより効果的な創薬に結びつく可能性も期待される.また,M期において停止したすべての細胞が死にいたるわけではないことも明らかにされた.M期においていちど停止した細胞はのちの細胞周期において異常な小核の形成などを介して染色体の不安定性を蓄積することが報告されている10).クライシスによるM期における細胞周期の停止は細胞死のみならず染色体の不安定化をも促進することにより,がん化の抑制と促進の両方向に諸刃の剣として機能しているのかもしれない.

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文 献

  1. Palm, W. & de Lange, T.: How shelterin protects mammalian telomeres. Annu. Rev. Genet., 42, 301-334 (2008)[PubMed]
  2. Cesare, A. J., Hayashi, M. T., Crabbe, L. et al : The telomere deprotection response is functionally distinct from the genomic DNA damage response. Mol. Cell, 51, 141-155 (2013)[PubMed]
  3. Hayashi, M. T., Cesare, A. J., Fitzpatrick, J. A. et al.: A telomere-dependent DNA damage checkpoint induced by prolonged mitotic arrest. Nat. Struct. Mol. Biol., 19, 387-394 (2012)[PubMed]
  4. Hsu, P. D., Lander, E. S. & Zhang, F.: Development and applications of CRISPR-Cas9 for genome engineering. Cell, 157, 1262-1278 (2014)[PubMed]
  5. van Steensel, B., Smogorzewska, A. & de Lange, T.: TRF2 protects human telomeres from end-to-end fusions. Cell, 92, 401-413 (1998)[PubMed]
  6. Smogorzewska, A., Karlseder, J., Holtgreve-Grez, H. et al.: DNA ligase IV-dependent NHEJ of deprotected mammalian telomeres in G1 and G2. Curr. Biol., 12, 1635-1644 (2002)[PubMed]
  7. Dimitrova, N., Chen, Y. -C. M., Spector, D. L. et al.: 53BP1 promotes non-homologous end joining of telomeres by increasing chromatin mobility. Nature, 456, 524-528 (2008)[PubMed]
  8. McClintock, B.: The stability of broken ends of chromosomes in Zea mays. Genetics, 26, 234-282 (1941)[PubMed]
  9. Artandi, S. E., Chang, S., Lee, S.- L. et al.: Telomere dysfunction promotes non-reciprocal translocations and epithelial cancers in mice. Nature, 406, 641-645 (2000)[PubMed]
  10. Zhang, C. -Z., Spektor, A., Cornils, H. et al.: Chromothripsis from DNA damage in micronuclei. Nature, 522, 179-184 (2015)[PubMed]

著者プロフィール

林 眞理(Makoto T. Hayashi)
略歴:2008年 大阪大学大学院理学研究科にて博士号取得,2009年 米国Salk Institute for Biological Studies博士研究員を経て,2015年より京都大学白眉センター 特定助教.
研究テーマ:ヒトの体細胞におけるがん化の初期の過程.
関心事:日本の行く末.

© 2015 林 眞理 Licensed under CC 表示 2.1 日本

マメ科植物のもつLysM型受容体様キナーゼEPR3は根粒菌の分泌する菌体外多糖を認識し共生の過程を制御する

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川原田 泰之
(デンマークAarhus大学Department of Molecular Biology and Genetics)
email:川原田泰之

Receptor-mediated exopolysaccharide perception controls bacterial infection.
Y. Kawaharada, S. Kelly, M. Wibroe Nielsen, C. T. Hjuler, K. Gysel, A. Muszyński, R. W. Carlson, M. B. Thygesen, N. Sandal, M. H. Asmussen, M. Vinther, S. U. Andersen, L. Krusell, S. Thirup, K. J. Jensen, C. W. Ronson, M. Blaise, S. Radutoiu, J. Stougaard
Nature, 523, 308-312 (2015)

要 約

 細菌の分泌する菌体外多糖は細菌どうしの相互作用などにおいて重要なはたらきをもつ.マメ科植物と根粒菌との共生においても,根粒菌の分泌する菌体外多糖は根粒の形成において必須であることが明らかにされているが,その機能については不明な点が多く残されている.今回,筆者らは,マメ科のモデル植物であるミヤコグサにおいて,新規のLysM型受容体様キナーゼとしてEPR3を発見し,このEPR3が菌体外多糖の構造を認識し共生の過程を制御することを明らかにした.さらに,Epr3遺伝子の発現は共生の開始シグナル因子であるNod因子により誘導されることが示された.これらのことから,マメ科植物と根粒菌の共生は,Nod因子とその受容体であるNFR1およびNFR5と,菌体外多糖とそれを認識するEPR3の2段階で制御されていることが示唆された.

はじめに

 細菌は菌体外多糖,リポ多糖,きょう膜多糖,環状グルカンなど,さまざまな多糖におおわれている.これらの細胞表層の多糖は,細菌どうしの相互作用,宿主の防御応答からの回避,病原因子,バイオフィルムの合成,環境適応因子など,さまざまな機能をもつ.そして,マメ科植物と根粒菌との共生においても,根粒菌の変異株の解析から,これらの多糖が重要な役割をはたすことが示唆されている1,2)
 根粒菌はマメ科植物の分泌するフラボノイドを認識して,共生の開始シグナル因子であるNod因子を合成し分泌する.そして,マメ科植物はこのNod因子の特異性をその受容体であるNFR1およびNFR5を介し認識する.このことは,すべての根粒菌がすべてのマメ科植物と共生できるのではなく,マメ科植物と根粒菌との共生には特異性のあることを示している.適正なNod因子を認識したマメ科植物は根粒菌を巻き込むように根毛の先端をカールさせ,そこから特殊なストロー状の感染糸を形成し,それと前後して,根の皮層の細胞において細胞分裂を開始する.そして,根粒菌は感染糸を伸長させながら皮層の細胞へと侵入していく.最終的に,皮層の細胞の分裂により形成された特異的な組織である根粒の細胞に根粒菌がエンドサイトーシス様に放出され,そのなかで根粒菌が窒素固定を行うことにより共生が成立する.
 根粒菌の分泌する菌体外多糖は,アルファルファ根粒菌とアルファルファ,および,エンドウ根粒菌とエンドウとの共生関係においてさかんに研究されてきた.これらの根粒菌における菌体外多糖の合成変異株は感染糸を形成あるいは伸長できないという表現型を示す.また,アルファルファ根粒菌の菌体外多糖のうち8糖からなるスクシノグリカンの三量体が共生シグナルに重要であることが示された3).また,根粒菌の種により菌体外多糖の構成は異なることや,菌体外多糖には側鎖としてアセチル基,ピルビル基,サクシニル基などが付与されていることから,Nod因子と同様に,宿主との特異性があると考えられていたが4),共生における機能や構造的な役割については未解明であった.筆者らは,これらの疑問を解決するため,マメ科植物が根粒菌の分泌する菌体外多糖をどのように認識し共生の過程を制御するのかに焦点をあてた.
 なお,マメ科植物と根粒菌との共生については,林 誠, 領域融合レビュー, 4, e010, 2015 も参照されたい.

1.ミヤコグサにおけるサプレッサー変異体のスクリーニング

 ミヤコグサ根粒菌Mesorhizobium loti R7A株は,アセチル基を側鎖にもつ8糖をひとつのユニットとした菌体外多糖を合成し分泌する.グリコシルトランスフェラーゼをコードするexoU遺伝子に変異をもつミヤコグサ根粒菌M. loti株は5糖をひとつのユニットとした短縮型の菌体外多糖を合成し分泌する5).これらを宿主であるミヤコグサに接種すると,野生型の根粒菌とのあいだには共生が成立するのに対し,exoU変異をもつ根粒菌とのあいだでは初期の段階において感染糸の形成が停止し根粒は形成されない5).この表現型をもとに,exoU変異をもつ根粒菌と共生の成立するミヤコグサのサプレッサー変異体をスクリーニングした.その結果,化学変異源により変異を導入したミヤコグサ変異体のプールから,exoU変異をもつ根粒菌とのあいだでも共生を成立させることのできる変異体が得られた.この変異体は第2染色体のLys3遺伝子に変異をもち,602番目のヌクレオチドがCからTに変異することによりアミノ酸がProからLeuに置換していた.このLys3遺伝子を新たにEpr3Exopolysaccharide receptor 3)遺伝子と命名した.さらに,TILLING変異体リソース6) から2株のEpr3遺伝子の変異体,LORE1レトロトランスポゾン変異体リソース7) から3株のEpr3遺伝子の変異体が得られ,これらすべてのEpr3遺伝子の変異体は同様の表現型を示した.

2.Epr3遺伝子は新規のLysM型受容体様キナーゼをコードする

 ミヤコグサのEpr3遺伝子は10個のエキソンから構成され,70 kDaのタンパク質をコードしていた.このタンパク質には,N末端側に1つのシグナルペプチドドメインと3つのLysMドメイン,C末端側にキナーゼドメインが存在し,そのあいだに膜貫通ドメインが確認された.また,タバコの葉において発現させたEPR3と蛍光タンパク質との融合タンパク質は細胞膜に局在した.これらのことから,EPR3は新規のLysM型受容体様キナーゼであることが予想された.ミヤコグサは17種類のLysM型受容体様キナーゼをもつが,系統樹の解析から,EPR3はNod因子の受容体であるNFR1と同じサブファミリーに属することが示された8).しかし,詳細に比較したところEPR3は特殊な構造をもつことが明らかにされた.受容体の構造において重要なCxCモチーフの位置がほかのLysM型受容体様キナーゼとは異なっており,また,通常のLysMドメインはβ1α1α2β2構造をもつのに対し,EPR3のLysM1ドメインはβ1α2β2構造,LysM2ドメインはβ1α1β2構造をもつと予測された.また,BLAST検索により,アブラナ科を除く単子葉植物から双子葉植物の多くがEPR3のホモログをもつことがわかり,マメ科植物のほかの植物における機能についても興味深い.

3.根粒菌の分泌する菌体外多糖はEPR3を介し感染糸の形成を制御する

 Epr3遺伝子に変異をもつミヤコグサとexoU変異をもつ根粒菌とのあいだの共生の過程の詳細を観察したところ,野生型のミヤコグサとexoU変異をもつ根粒菌とのあいだにはほとんどみられなかった感染糸の形成がみられ,その感染糸は根粒の内部へと伸びていた.このことは,ミヤコグサのEPR3はexoU変異をもつ根粒菌の分泌する短縮型の菌体外多糖を認識し感染糸の形成を抑制していることを示唆した.菌体外多糖とEPR3との関係について調べるため,菌体外多糖の合成の初期において重要なUDP-グルコース-4-エピメラーゼをコードするexoB遺伝子に変異をもち菌体外多糖の合成のできないミヤコグサ根粒菌M. loti株を用いた.野生型のミヤコグサにexoB変異をもつ根粒菌を接種したところ,形成された感染糸の数は野生型のミヤコグサに野生型の根粒菌を接種したときより半減した.Epr3遺伝子に変異をもつミヤコグサに野生型の根粒菌を接種したところ同様に感染糸の形成の半減がみられた.そして,exoB変異をもつ根粒菌を接種したところ,Epr3遺伝子に変異をもつミヤコグサに野生型の根粒菌を接種したときと同じ程度の感染糸が形成された.これらの観察から,根粒菌の分泌する菌体外多糖とミヤコグサのEPR3はともに感染糸の形成の頻度において重要なはたらきをすることが示された.菌体外多糖とEPR3との関係性について明らかにするため,野生型のミヤコグサあるいはEpr3遺伝子に変異をもつミヤコグサにexoB変異をもつ根粒菌を接種し,96時間後に精製した菌体外多糖を処理した.その結果,野生型のミヤコグサにおいてのみ,感染糸の形成の増幅が確認された.これらのことから,根粒菌の分泌する菌体外多糖はEPR3を介し感染糸の形成を制御していることが明らかになった.

4.EPR3は根粒菌の分泌する菌体外多糖および短縮型の菌体外多糖を認識する

 exoU変異をもつ根粒菌の分泌する短縮型の菌体外多糖は感染糸の形成を抑制することが示されたが,共生の過程においてEPR3からのシグナルはどの時期に開始されるのか検討した.そのため,野生型のミヤコグサあるいはEpr3遺伝子に変異をもつミヤコグサにexoU変異をもつ根粒菌を接種し,一定の時間をおいたのち,野生型の根粒菌あるいはexoB変異をもつ根粒菌を接種した.その結果,野生型のミヤコグサにおいては,最初にexoU変異をもつ根粒菌を接種してから24時間後まではふたたび根粒菌を接種しても根粒の形成に影響はないものの,96時間後に野生型の根粒菌あるいはexoB変異をもつ根粒菌を接種すると根粒数の減少が確認され,その減少はexoB変異をもつ根粒菌の接種において顕著だった.一方で,Epr3遺伝子に変異をもつミヤコグサではこのような根粒数の減少は確認されなかった.このことから,根粒菌の分泌する短縮型の菌体外多糖の影響は接種ののち96時間以降に現われ,その影響はEPR3に依存的に起こることが示された.

5.EPR3は根粒菌の分泌する菌体外多糖を直接に認識する

 EPR3と根粒菌の分泌する菌体外多糖とが結合するかどうかを確認するため,EPR3の細胞外ドメインおよび菌体外多糖を精製し,表面プラズモン共鳴法を用いてその相互作用を定量した.その結果,EPR3と根粒菌の分泌する菌体外多糖とは強く結合することが示された.

6.Epr3遺伝子の発現は共生の過程において誘導される

 リアルタイム定量PCR法により,Epr3遺伝子の発現は根粒菌の接種ののち,あるいは,Nod因子の処理ののち誘導されることが明らかにされた.プロモーターアッセイ法により,Epr3遺伝子の発現は根粒菌の接種ののち,Nod因子に感受性をもつ領域の表皮細胞において観察された.また,Epr3遺伝子は感染糸が形成されている表皮細胞において強く発現していた.

おわりに

 筆者らは,今回の研究において,マメ科植物と根粒菌の共生の過程が2段階で制御されていることを示した.まず,ミヤコグサのもつNFR1およびNFR5は受容体としてNod因子と強く結合し共生シグナルを開始させる9,10)図1a).つづいて,共生シグナルにより根の表皮細胞や感染糸を形成している細胞においてEpr3遺伝子の発現が誘導され,EPR3が根粒菌の分泌する菌体外多糖を認識し感染糸の形成を制御する(図1b).今後,根粒菌の分泌する菌体外多糖とEPR3とが感染糸の形成をどのように制御しているのかなど,下流のシグナルについても興味がもたれる.

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文 献

  1. Fraysse, N., Couderc, F. & Poinsot, V.: Surface polysaccharide involvement in establishing the rhizobium-legume symbiosis. Eur. J. Biochem., 270, 1365-1380 (2003)[PubMed]
  2. Jones, K. M., Kobayashi, H., Davies, B. W. et al.: How rhizobial symbionts invade plants: the Sinorhizobium-Medicago model. Nat. Rev. Microbiol., 5, 619-633 (2007)[PubMed]
  3. Wang, L. X., Wang, Y., Pellock, B. et al.: Structural characterization of the symbiotically important low-molecular-weight succinoglycan of Sinorhizobium meliloti. J. Bacteriol., 181, 6788-6796 (1999)[PubMed]
  4. Skorupska, A., Janczarek, M., Marczak, M. et al.: Rhizobial exopolysaccharides: genetic control and symbiotic functions. Microb. Cell Fact., 5, 7 (2006)[PubMed]
  5. Kelly, S. J., Muszynski, A., Kawaharada, Y. et al.: Conditional requirement for exopolysaccharide in the MesorhizobiumLotus symbiosis. Mol. Plant Microbe Interact., 26, 319-329 (2013)[PubMed]
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  7. Urbanski, D. F., Malolepszy, A., Stougaard, J. et al.: Genome-wide LORE1 retrotransposon mutagenesis and high-throughput insertion detection in Lotus japonicus. Plant J., 69, 731-741 (2012)[PubMed]
  8. Lohmann, G. V., Shimoda, Y., Nielsen, M. W. et al.: Evolution and regulation of the Lotus japonicus LysM receptor gene family. Mol. Plant Microbe Interact., 23, 510-521 (2010)[PubMed]
  9. Radutoiu, S., Madsen, L. H., Madsen, E. B. et al.: Plant recognition of symbiotic bacteria requires two LysM receptor-like kinases. Nature, 425, 585-592 (2003)[PubMed]
  10. Broghammer, A., Krusell, L., Blaise, M. et al.: Legume receptors perceive the rhizobial lipochitin oligosaccharide signal molecules by direct binding. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 13859-13864 (2012)[PubMed]

著者プロフィール

川原田 泰之(Yasuyuki Kawaharada)
略歴:2008年 東北大学大学院生命科学研究科 修了,同年 同 博士研究員を経て,2009年よりデンマークAarhus大学 博士研究員.
研究テーマ:植物-微生物相互作用,マメ科植物-根粒菌相互作用.

© 2015 川原田 泰之 Licensed under CC 表示 2.1 日本

シナプス接着分子Sdk2は網膜において物体の動きを検出する神経回路の形成に機能する

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山形 方人
(米国Harvard大学Center for Brain Science)
email:山形方人

Sidekick 2 directs formation of a retinal circuit that detects differential motion.
Arjun Krishnaswamy, Masahito Yamagata, Xin Duan, Y. Kate Hong, Joshua R. Sanes
Nature, 524, 466-470 (2015)

要 約

 視覚情報をうけとり最初にそれを処理するのは網膜の神経回路である.網膜では,約30種類の網膜神経節細胞と双極細胞およびアマクリン細胞からなる約70種類の介在性ニューロンの神経突起が内網状層において神経ネットワークを形成している.網膜神経節細胞は脳にむけ視神経を伸長し網膜においてうけとった視覚情報を伝達する.この研究においては,W3B細胞と名づけられた網膜神経節細胞の形成する特徴的な神経回路に着目した.W3B細胞は目のまえの物体の動きが背景の動きと異なったときだけ応答する.W3B細胞はVG3細胞と名づけらけたアマクリン細胞から強力かつ選択的な入力をうける.VG3細胞は抑制性である通常のアマクリン細胞とは異なり,W3B細胞において興奮性シナプスを形成する.筆者らは,W3B細胞およびVG3細胞が免疫グロブリンスーパーファミリーに属するシナプス接着分子Sdk2を発現していることを見い出した.光遺伝学的な手法を含む電気生理学的な解析により,Sdk2はVG3細胞を介したW3B細胞の視覚応答に必須であることが判明した.通常,網膜神経節細胞は双極細胞からの入力を直接にうけとるのに対し,W3B細胞は双極細胞からの入力をVG3細胞を介し間接的にうけとる.このような神経回路においては,W3B細胞は受容野の中心部にある光受容体からタイミングの少し遅い入力が存在することにより,目のまえの物体の動きが背景の動きと異なったときだけ応答することが可能になると考えられた.Sdk2ノックアウトマウスにおいてはこの神経回路がなくなるため,その機能が劇的に弱まったと思われた.Sdk2はホモフィリックなシナプス接着分子であることから,W3B細胞とVG3細胞のあいだのシナプスの形成あるいは維持に必須であると解釈された.

はじめに

 動物において目で見た視覚情報をうけとりその情報を最初に処理するのは,目のなかの神経組織である網膜である.多種多数のニューロンとそれらが化学シナプスおよび電気シナプスによりつながった神経回路をもつ網膜は,大脳と同じ中枢神経系であり,シンプルな構造ながら多様なニューロンが複雑かつ機能的な神経回路を形成している1).網膜は,光をうけとる視細胞にくわえ,網膜からの出力細胞である網膜神経節細胞,視細胞から網膜神経節細胞までのシグナル伝達およびシグナル処理のために必要な介在性ニューロンから構成される.とくに,約30種類の網膜神経節細胞と双極細胞およびアマクリン細胞からなる約70種類の介在性ニューロンが特異的なシナプスを形成する内網状層は,それらの神経突起が層状に入り組み視覚情報をたくみに処理する神経回路を形成している(図1).

figure1

 網膜神経節細胞には特徴的な視覚情報に対し異なる応答を示す多数のタイプが報告されている2).異なるタイプの網膜神経節細胞は電気生理学的に区別されるだけでなく,形態,神経化学的な特徴,遺伝子発現プロファイルによっても区別される.特定の機能をもつ網膜神経節細胞のひとつであるW3B細胞は3),電気生理学的な測定によると,目のまえの物体の動きが背景の動きと異なったときに特徴的に応答する.この応答は網膜だけをとりだし直接に測定されることから,網膜にはこうした視覚情報をうけとり処理する神経回路が内在的に存在すると考えられる3,4).近年,特定のタイプの網膜神経節細胞の分子マーカーが報告され,その情報を利用して網膜神経節細胞のタイプを区別したり,発現する遺伝子を人為的に操作したりすることが可能になり,哺乳類の神経回路の構造,はたらき,発達を理解するため絶好のモデルになっている.
 シナプスに局在しその形成にかかわる細胞表面タンパク質はシナプス接着分子とよばれ,神経回路の形成や機能に直接に関与する可能性が高い5).免疫グロブリンスーパーファミリーに属するSidekick1(Sdk1)およびSidekick2(Sdk2)は6,7)図2).2002年,筆者らにより,ニワトリの網膜において異なる種類の網膜神経節細胞に特異的に発現するシナプス接着分子として発見された6).6個の免疫グロブリンドメイン,13個のフィブロネクチンIII型ドメイン,1つの膜貫通ドメイン,細胞質ドメインをもつ巨大なタンパク質である.細胞質ドメインにはシナプスに局在するタンパク質にしばしばみられるPDZドメインと結合するPDZ結合モチーフがあり,実際に,PDZドメインをもつある種の足場タンパク質と結合する8).さらに,Sdk1はSdk1と,Sdk2はSdk2と特異的に接着し,Sdk1とSdk2とは結合しないホモフィリック(同種親和的)な性質をもつ.したがって,2つのニューロンが同じSdkを発現していれば,神経突起どうしがホモフィリックな接着を起こし接続にいたると考えられる.

figure2

 これまで,Sdkに関する研究はニワトリの網膜において行われてきた6,7).今回の研究においては,マウスの網膜においてSdk1およびSdk2の遺伝子の発現を解析し,W3B細胞およびその結合の相手であるVG3細胞において発現していることを見い出した.そして,Sdk1およびSdk2のノックアウトマウスを作製し,W3B細胞がかかわる神経回路の機能にあたえる影響について調べた.

1.Sdk2は網膜においてW3B細胞およびVG3細胞に発現している

 in situハイブリダイゼーション法により,マウスの網膜においてSdk1およびSdk2が相補的に異なるタイプの網膜神経節細胞において発現していることが見い出された.これは,ニワトリの網膜における発現と酷似していたが,マウスの網膜ではSdk1およびSdk2を発現する網膜神経節細胞も存在する点が異なっていた.また,免疫染色により,Sdk1およびSdk2は網膜の内網状層において特異的な層に濃縮されていることがわかった.
 Sdk1あるいはSdk2にCreERをノックインしたマウスを作製した.これらのマウスにおいてCreERを染色したところ,in situハイブリダイゼーション法と同様の結果がえられた.また,このSdk2ノックインマウスにおいてSdk2を発現しているニューロンの形態を観察したところ,Sdk2はW3B細胞という網膜神経節細胞のタイプにおいて発現していること,さらに,VG3細胞とよばれるVGlut3を発現するアマクリン細胞も発現していることがわかった.W3B細胞およびVG3細胞は5つの層からなる内網状層の第3層を中心に樹状突起を広げている(図1).

2.W3B細胞とVG3細胞の結合の強さは“Peters則”により説明できない

 W3B細胞とVG3細胞は互いにシナプス結合を形成しているのだろうか.このことを明らかにするため,光遺伝学的な手法を用いた.そのために,VG3細胞においてRFPとチャネルロドプシン2との融合タンパク質を特異的に発現し,W3B細胞においてGFPを発現するマウスを作製した.このマウスから網膜をとりだし,光の照射によりチャネルロドプシン2を刺激してW3B細胞とVG3細胞のシナプス結合のようすを調べた結果,VG3細胞はW3B細胞に対しシナプス結合を直接に形成していることがわかった.これは,抑制性の神経伝達物質のみをもつ通常のアマクリン細胞とは異なり,VG3細胞は興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸を介する興奮性のシナプスをW3B細胞に形成していた.また,W3B細胞とVG3細胞はそれぞれの細胞体からの距離に反比例する強度をもってシナプス結合していた.
 “Peters則”は,シナプス結合の強度は前シナプス部のアーバーと後シナプス部の樹状突起との近接度に比例する,つまり,シナプス結合するニューロンどうしの神経突起の距離という物理的な因子の重要性を主張する単純な経験則である9).網膜において,W3B細胞のほかにもVG3細胞の樹状突起と近接する樹状突起をもつ網膜神経節細胞が知られている.そのいくつかについて同じ方法によりVG3細胞とのシナプス結合の強度を調べたところ,それらのなかでVG3細胞とW3B細胞とのシナプス結合は群をぬいて強かった.つまり,神経突起どうしが近い距離にあるとシナプス結合しやすいという“Peters則”により,VG3細胞とW3B細胞のあいだのシナプス結合の強さおよび特異性は説明できなかった.つまり,近接だけではなく別の因子が存在すると結論され,VG3細胞およびW3B細胞に特異的に発現していたSdk2はその候補と考えられた.

3.目のまえの物体の動きが背景の動きと異なったときだけ応答する神経回路におけるSdk2の機能

 Sdk2を完全に欠失した機能欠損型のSdk2ノックアウトマウスを作製したところ,外見は正常で網膜の形状も正常であった.しかし,光遺伝学的な手法による電気生理学的な解析を行ったところ,VG3細胞とW3B細胞とのあいだのシナプス結合の強度が約1/20に低下していることが明らかにされた.
 Sdk2ノックアウトマウスの網膜においてVG3細胞およびW3B細胞の形態を観察したところ,アーバーの大きさおよび形状はおおかた正常であった.しかし,ニワトリにおいてRNAi法によりSdkをノックダウンしたときに観察されたのと同様に7),その樹状突起は内網状層からはみでて発芽していた.このことから,Sdk2ノックアウトマウスにおいてはW3B細胞とVG3細胞との接着になんらかの障害があると思われた.
 目のまえの物体の動きが背景の動きと異なったときに特徴的に発火するというW3B細胞の応答を,Sdk2ノックアウトマウスからとりだした網膜に対し視覚刺激をすることにより調べた.野生型のマウスの網膜からとりだしたW3B細胞の受容野の中心に光を照射したところ,光照射の開始時および光照射の停止時に大きな活動電位が観察された.Sdk2ノックアウトマウスにおいては,光照射の開始時の応答に変化はなかったが,光照射の停止時の活動電位は消失した.シナプス電流を測定したところ,Sdk2ノックアウトマウスでは,光照射の開始時のシナプス電流に異常はみられなかったが,光照射の停止時のシナプス電流は消失していた.W3B細胞にはほかのアマクリン細胞からも抑制性の入力があるが,これにはSdk2の有無の影響はなかった.通常の網膜神経節細胞は双極細胞からの入力を直接にうけとるのに対し,W3B細胞は双極細胞からの入力をVG3細胞を介し間接的に受容すると推定されている(図3).Sdk2の欠損により応答が消失するのは,この神経回路においてVG3細胞とW3B細胞のあいだの少し遅れたタイミングで入力する興奮性のシナプスに問題があるためと考えられた.そして,網膜では非標準型であるこの特殊な神経回路の存在が,目のまえの物体の動きが背景の動きと異なったときだけ応答することを可能にしていると思われた.実際に,Sdk2の欠損,さらに,Sdk2を発現するVG3細胞それ自体を除去すると,この応答も劇的に消失した.

figure3

おわりに

 ホモフィリックなシナプス接着分子Sdk2は,Sdk2を発現するVG3細胞とW3B細胞とのあいだの選択的かつ強い結合に必須であることが明らかにされた.適切なシナプス結合にはSdk2によるホモフィリックな相互作用が重要であり,Sdk2を欠損するとシナプス結合ができにくくなったり維持できなくなったりすることによりシナプス強度が劇的に低下すると考えられた.筆者らを含むこれまでの一連の研究から,網膜の内網状層において正しく機能する神経回路が形成されるには複数のステップがあると考えられている.最初のステップとして,プレキシンのようなガイダンスタンパク質により神経突起どうしが近接すると“Peters則”により弱い結合ができる.しかし,最終的に特異的なシナプス結合を機能的になるまで強めているのは,今回,実証されたSdk2,そしておそらくSdk1,さらに,ほかの免疫グロブリンスーパーファミリーを含めたタンパク質の存在が重要なのではないかと考えられる7,10).これは,これまで考えられてきた特異的なシナプス結合の形成機構に関する議論に対し11),新たな概念を提供した.
 また,この研究において用いた戦略は,昨今の神経科学研究においてトピックスになっているニューロンのあいだの結合性マッピング(コネクトーム),神経回路における情報のコーディング,神経回路の形成といった問題へのアプローチとしても有効であろう.

文 献

  1. Dowling,J. E.: The Retina: An Approachable Part of the Brain, Revised Ed. Belknap Press, Cambridge (2012)
  2. Sanes, J. R. & Masland, R. H.: The types of retinal ganglion cells: current status and implications for neuronal classification. Annu. Rev. Neurosci., 38, 221-246 (2015)[PubMed]
  3. Zhang, Y., Kim, I. J., Sanes, J. R. et al.: The most numerous ganglion cell type of the mouse retina is a selective feature detector. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 2391-2398 (2012)[PubMed]
  4. Kim, T., Soto, F. & Kerschensteiner, D.: An excitatory amacrine cell detects object motion and provides feature-selective input to ganglion cells in the mouse retina. eLife, 4, e08025 (2015)[PubMed]
  5. Yamagata, M.: Synaptic adhesion molecule. in Encyclopedia of Neuroscience (Binder, M. D., Hirokawa, N., Windhorst, U. eds.), pp.3945-3948, Springer, Berlin (2009)
  6. Yamagata, M., Weiner, J. A. & Sanes, J. R.: Sidekicks: synaptic adhesion molecules that promote lamina-specific connectivity in the retina. Cell, 110, 649-660 (2002)[PubMed]
  7. Yamagata, M. & Sanes, J. R.: Dscam and Sidekick proteins direct lamina-specific synaptic connections in vertebrate retina. Nature, 451, 465-469 (2008)[PubMed]
  8. Yamagata, M. & Sanes, J. R.: Synaptic localization and function of Sidekick recognition molecules require MAGI scaffolding proteins. J. Neurosci., 30, 3579-3588 (2010)[PubMed]
  9. Peters, A. & Feldman, M. L.: The projection of the lateral geniculate nucleus to area 17 of the rat cerebral cortex. I. General description. J. Neurocytol., 5, 63-84 (1976)[PubMed]
  10. Yamagata, M. & Sanes, J. R.: Expanding the Ig superfamily code for laminar specificity in retina: expression and role of contactins. J. Neurosci., 32, 14402-14414 (2012)[PubMed]
  11. Sanes, J. R. & Yamagata, M.: Many paths to synaptic specificity. Annu. Rev. Cell Dev. Biol., 25, 161-195 (2009)[PubMed]

著者プロフィール

山形 方人(Masahito Yamagata)
略歴:1988年 名古屋大学大学院理学研究科 修了,京都大学大学院理学研究科,愛知医科大学,米国Washington大学,基礎生物学研究所などを経て,米国Harvard大学 研究員.
研究テーマ:シナプス結合の形成.コネクトミクス.
関心事:神経科学の研究および教育の推進のための施策の研究および活動.

© 2015 山形 方人 Licensed under CC 表示 2.1 日本

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