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脊椎動物の神経堤細胞と頭部プラコードは進化的に共通の起源をもつ

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堀江良子・堀江健生
(米国Princeton大学Lewis-Sigler Institute for Integrative Genomics)
email:堀江健生
DOI: 10.7875/first.author.2018.073

Shared evolutionary origin of vertebrate neural crest and cranial placodes.
Ryoko Horie, Alex Hazbun, Kai Chen, Chen Cao, Michael Levine, Takeo Horie
Nature, 560, 228-232 (2018)

要 約

 プラコードおよび神経堤細胞は脊椎動物を特徴づける組織であるが,脊椎動物の進化の過程においてこれらがどのように獲得されたのかは不明であった.この研究において,筆者らは,原始的な脊索動物であるホヤの神経板の境界領域について,細胞系譜の追跡,遺伝子の機能の阻害,1細胞トランスクリプトーム解析などの手法を組み合わせ包括的に解析した.その結果,ホヤの神経板の境界領域はFoxc遺伝子,Six1/2遺伝子,Msxb遺伝子により区画化されており,この区画化のパターンはホヤと脊椎動物とのあいだで保存されていることが明らかにされた.また,おのおのの遺伝子により区画化された領域から,頭部プラコードや神経堤細胞の起源的な性質を備えた感覚ニューロンがそれぞれ生じることが明らかにされた.神経板の境界領域においてこれらの遺伝子制御ネットワークを乱すと,おのおのの感覚ニューロンは互いに運命を変換した.とくに,神経板の境界領域の後方から発生し神経堤細胞との類似性が示されているBTNに着目したところ,BTNは神経板の境界領域のもっとも前方に位置するPSCに運命が変換されることが明らかにされた.また,BTNのPSCへの運命の変換は1細胞トランスクリプトーム解析により確かめられた.これらの結果から,神経板の境界領域の区画化は脊椎動物よりまえに起こっていること,頭蓋プラコードと神経堤細胞は共通の進化的な起源をもつことが示唆された.

はじめに

 脊椎動物の大きな特徴のひとつは,発達した脳,眼,鼻,耳などの感覚器を備えた頭部の構造である.脊椎動物の頭部を構成する脳や脊髄などの中枢神経系は神経板から形成され,頭部の感覚器や感覚器を構成する感覚ニューロンは頭部プラコードおよび神経堤細胞から形成される1-4).発生の過程において,神経板と表皮の前方の境界領域には頭部プラコードが,神経板と表皮の側方の境界領域には神経堤細胞が形成される.頭部プラコードおよび神経堤細胞は脊椎動物に特有の構造であると考えられていたが,最近,脊椎動物にもっとも近縁な無脊椎動物であるホヤにおいて,頭部プラコードおよび神経提細胞の起源的な性質を備えた細胞の存在が報告された5-7).しかしながら,脊椎動物の進化の過程において,頭部プラコードや神経堤細胞がどのように獲得されたのか,たとえば,頭部プラコードと神経堤細胞は進化的に共通の起源をもつのか,それとも,別々の起源をもつのかは不明であった3).この研究において,筆者らは,ホヤを用いて頭部プラコードおよび神経提細胞の発生プログラムについて詳細に解析することにより,脊椎動物の頭部プラコードおよび神経堤細胞の進化的な起源について考察した.

1.神経板の境界領域における遺伝子の区画化のパターンはホヤと脊椎動物とのあいだで保存されている

 ホヤには神経板の境界領域から生じる4種類の感覚ニューロンが存在し,前方から,PSC(palp sensory cell),aATEN(anterior apical trunk epidermal neuron),pATEN(posterior apical trunk epidermal neuron),BTN(bipolar tail neuron)と名づけられている5-8).このうち,PSCおよびaATENは頭部プラコードの原始的な性質をもつことが報告されている5,6).とくに,aATENは鼻プラコードに由来する細胞にみられるような化学受容性の細胞としての性質と,下垂体プラコードに由来する細胞にみられるような性腺刺激ホルモン放出ホルモンを放出する神経内分泌性の細胞としての性質の両方を備えることが報告されている5).もっとも後方に位置するBTNは神経堤細胞に由来する後根神経節と性質が似ていることが報告されており,神経堤細胞との相似性が指摘されている7)
 DiIを用いた細胞系譜の追跡およびレポーター遺伝子の発現を詳細に観察することにより,神経板の境界領域から生じるおのおのの感覚ニューロンの細胞系譜が明らかにされた.ホヤの110細胞期において,PSCはa8.20割球およびa8.18割球から,aATENはa8.26割球から,pATENはb8.20割球から,BTNはb8.18割球から,発生した.発生の過程において,おのおのの感覚ニューロンはそれぞれ異なる割球に由来することが明らかにされた.以前のホヤの初期胚の遺伝子制御ネットワークの詳細な解析から,Dmrt.a遺伝子,Foxc遺伝子,Six1/2遺伝子,Pax3/7遺伝子,Msxb遺伝子などの転写因子をコードする遺伝子は神経板の境界領域において発現することが明らかにされている9)Dmrt.a遺伝子,Foxc遺伝子,Six1/2遺伝子は神経板の境界領域の前方のプラコード領域において発現する一方,Msxb遺伝子は神経板の境界領域の後方において発現し,Pax3/7遺伝子は神経板の境界領域の前方と後方にまたがり発現する.Dmrt.a遺伝子,Foxc遺伝子,Six1/2遺伝子,Pax3/7遺伝子,Msxb遺伝子による神経板の境界領域の区画化のパターンをホヤと脊椎動物とで比較したところ,非常によく保存されていた(図1).また,これらの転写因子をコードする遺伝子の前後軸にそった発現のパターンは,頭部プラコードに由来する感覚ニューロン,および,神経堤細胞に由来する感覚ニューロンが生じる位置と対応した.

figure1

 神経板の境界領域におけるおのおのの転写因子をコードする遺伝子の発現パターンが,互いの発現パターンに影響するのかどうか調べた.Dmrt.a遺伝子の機能を阻害した胚においてFoxc遺伝子,Six1/2遺伝子,Eya遺伝子の発現が消失したことから,Dmrt.a遺伝子はFoxc遺伝子およびSix1/2遺伝子の発現を活性化することが明らかにされた.Msxb遺伝子の機能を阻害した胚においてはSix1/2遺伝子やEya遺伝子といったプラコード遺伝子の発現が後方に広がった.つまり,Msxb遺伝子はプラコード遺伝子の発現を抑制することにより,プラコードが神経板の境界領域の後方に形成されないようにすることが示唆された.また,この結果は,Six1/2遺伝子のプラコード領域の最小エンハンサーに多数のMsxb結合配列が存在することと一致した.また,Dmrt.a遺伝子の機能を阻害した胚においてMsxb遺伝子の発現が前方にシフトしたことから,Dmrt.a遺伝子とMsxb遺伝子は互いに発現を抑制しあうことにより神経板の境界領域の前方と後方の境界を確立する可能性が示唆された.

2.神経板の境界領域の前方の領域は互いに似た発生プログラムを利用する

 ホヤと脊椎動物の神経板の境界領域の運命図においてもっとも異なるのは,ホヤにおいては神経板の境界領域の前方は異なる2つの領域に分けられることである.つまり,PSCが生じる領域にはFoxc遺伝子が,aATENが生じる領域にはSix1/2遺伝子が発現する.では,プラコードに由来する感覚ニューロンであるPSCおよびaATENは共通の発生プログラムを利用するのだろうか? Foxc遺伝子の機能を阻害したところ,PSCは消失し,本来はPSCが生じる領域においてSix1/2遺伝子の異所的な発現がみられ,そこにaATENが異所的に生じた.この結果から,Foxc遺伝子はPSCにおいてはたらく遺伝子を活性化するとともに,aATENにおいてはたらく遺伝子の発現を抑制することにより,PSCとしてのアイデンティティを確立することが示唆された.さらに,PSCとaATENは互いに運命の変換が可能であったことから,神経板の境界領域の前方は互いに似た発生プログラムを利用する可能性が示唆された.

3.神経板の境界領域から生じる感覚ニューロンは互いに運命の変換の可能なよく似た性質を備える

 BTNは脊椎動物において神経堤細胞に由来する感覚ニューロンである後根神経節との関連性が指摘されている7).このことから,ホヤの神経板の境界領域の後方は神経堤細胞の起源的な性質を備えることが示唆され,さらに,脊椎動物よりまえの神経板の境界領域は,脊椎動物のプラコードと共通の起源である可能性が示唆された.このことを検証するため,BTNが神経板の境界領域から生じるほかの細胞に運命が変換することが可能かどうか調べた.Pax3/7遺伝子あるいはMsxb遺伝子の発現制御領域を用い,Foxc遺伝子を神経板の境界領域の後方において異所的に発現させたところ,BTNはPSCに運命を変換したが,その際,いくつかの表現型が観察された.すなわち,PSCのマーカー遺伝子のみを発現する個体もあれば,PSCとBTNの両方のマーカー遺伝子を発現する個体もみられた.BTNがPSCに運命を変換したことは,神経板の境界領域の区画化については異なるが,似ている感覚ニューロンの起源になるという主張を裏づけるキーポイントとなる現象であった.
 ホヤの中期尾芽胚は細胞数が約1500個と少なく,細胞系譜も詳細に解析されているため,胚をまるごと用いた1細胞トランスクリプトーム解析により細胞の由来を解析するのによいモデルとなる.Foxc遺伝子を神経板の境界領域の後方において異所的に発現させた胚をバラバラにし,マイクロ流体系を用いた1細胞トランスクリプトーム解析により,BTNのPSCへの運命の変換について詳細に解析した.その結果,tSNE(t-distributed stochastic neighbor embedding,t分布型確率的近傍埋め込み)プロットにより,ホヤの中期尾芽胚には脊索,内胚葉,尾部筋肉,内胚葉,表皮,中枢神経系など,約20種類の細胞クラスターが存在することが示された.合計で45個のBTNが同定され,そのうち約半数の21個は運命を変換せずに本来のBTNの発現を維持していた.10個のBTNは完全にPSCへ運命を変換しており,14個はBTNとPSCの両方のマーカー遺伝子を発現するハイブリッドな表現型を示した.この結果は,レポーター遺伝子を用いた実験の結果と一致した.1細胞トランスクリプトーム解析によりBTNがPSCに運命を変換することが強く示され,このことから,神経板の境界領域から生じるおのおのの感覚ニューロンは似た発生プログラムを使用することが示唆された.

おわりに

 尾索動物のホヤにおいて,神経板の境界領域の前後軸にそった区画化により,互いに似ているが異なる感覚ニューロンが生じることが示された.脊椎動物のプラコードあるいは神経堤細胞から生じる体性感覚ニューロンは互いに顕著な類似性がみられる10).この研究において,筆者らは,神経板の境界領域の区画化は脊椎動物よりまえに存在し,ホヤと脊椎動物の共通祖先の神経板の境界領域は,頭部プラコードおよび神経堤細胞の共通の進化的な起源であるというモデルを提唱する(図2).

figure2

文 献

  1. Northcutt, R. G. & Gans, C.: The genesis of neural crest and epidermal placodes: a reinterpretation of vertebrate origins. Q. Rev. Biol., 58, 1-28 (1983)[PubMed]
  2. Baker, C. V. & Bronner-Fraser, M.: The origins of the neural crest. Part II: an evolutionary perspective. Mech. Dev., 69, 13-29 (1997)[PubMed]
  3. Schlosser, G.: Do vertebrate neural crest and cranial placodes have a common evolutionary origin? Bioessays, 30, 659-672 (2008)[PubMed]
  4. Schlosser, G., Patthey, C. & Shimeld, S. M.: The evolutionary history of vertebrate cranial placodes II. Evolution of ectodermal patterning. Dev. Biol., 389, 98-119 (2014)[PubMed]
  5. Manni, L., Lane, N. J., Joly, J. S. et al.: Neurogenic and non-neurogenic placodes in ascidians. J. Exp. Zool. B Mol. Dev. Evol., 302, 483-504 (2004)[PubMed]
  6. Abitua, P. B., Gainous, T. B., Kaczmarczyk, A. N. et al.: The pre-vertebrate origins of neurogenic placodes. Nature, 524, 462-465 (2015)[PubMed]
  7. Stolfi, A., Ryan, K., Meinertzhagen, I. A. et al.: Migratory neuronal progenitors arise from the neural plate borders in tunicates. Nature, 527, 371-374 (2015)[PubMed]
  8. Imai, J. H. & Meinerzhagen, I. A.: Neurons of the ascidian larval nervous system in Ciona intestinalis: II. peripheral nervous system. J. Comp. Neurol., 501, 335-352 (2007)[PubMed]
  9. Imai, K. S., Levine, M., Satoh, N. et al.: Regulatory blueprint for a chordate embryo. Science, 312, 1183-1187 (2006)[PubMed]
  10. Schlosser, G.: Induction and specification of cranial placode. Dev. Biol., 294, 303-351 (2006)[PubMed]

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著者プロフィール

堀江 良子(Ryoko Horie)
略歴:2015年より米国Princeton大学Research Specialist.
研究テーマ:脊椎動物への進化の背景にある遺伝子プログラム.
関心事:家事と仕事の時短.

堀江 健生(Takeo Horie)
筑波大学生命環境系 助教.
研究室URL:http://accafe.jp/Horie_Takeo/index.php

© 2018 堀江良子・堀江健生 Licensed under CC 表示 2.1 日本


アニオン透過型のチャネルロドプシンにおけるイオンの選択性およびキネティクスの構造基盤

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加藤英明1・Yoon Seok Kim 2・Karl Deisseroth 2
1米国Stanford大学School of Medicine,Department of Molecular and Cellular Physiology,2米国Stanford大学Department of Bioengineering)
email:加藤英明
DOI: 10.7875/first.author.2018.092

Structural mechanisms of selectivity and gating in anion channelrhodopsins.
Hideaki E. Kato, Yoon Seok Kim, Joseph M. Paggi, Kathryn E. Evans, William E. Allen, Claire Richardson, Keiichi Inoue, Shota Ito, Charu Ramakrishnan, Lief E. Fenno, Keitaro Yamashita, Daniel Hilger, Soo Yeun Lee, Andre Berndt, Kang Shen, Hideki Kandori, Ron O. Dror, Brian K. Kobilka, Karl Deisseroth
Nature, 561, 349-354 (2018)

要 約

 ヒトを含め多くの生物はロドプシンとよばれるタンパク質を用いて光を受容するが,なかでも近年,光を感受してイオンを輸送するイオン輸送型のロドプシンは光の照射により任意のニューロンを興奮あるいは抑制させることのできるツールとして,とくに神経科学の分野における光遺伝学的な手法として非常な注目をあびている.このような状況において,2014年には,光駆動性のカチオンチャネルをもとに光駆動性のアニオンチャネルであるiC1C2およびChloCが開発され,さらにその翌年には,自然界より光駆動性のアニオンチャネルが発見されGtACR1およびGtACR2と名づけられた.そののち,iC1C2およびChloCはiC++およびiChloCへと改良され,GtACR1およびGtACR2とともに,幅広いモデル生物において神経活動を効率的に抑制する光遺伝学な手法のツールとして利用されている.しかしながら,2005年よりツールの開発が進められてきた光駆動性のカチオンチャネルと比較して,単離あるいは開発から日の浅い光駆動性のアニオンチャネルはツールとしての多様性が低く,改良の余地が多く残されていた.また,人工型のアニオンチャネルと天然型のアニオンチャネルとのあいだにはコンダクタンスやキネティクスといったさまざまな面において違いがあり,これらの違いがどのように生じるのかといった問題が残されていた.この研究において,筆者らは,人工型のアニオンチャネルであるiC++の結晶構造を決定した.さらに,同じ時期に構造を解析した天然型のアニオンチャネルであるGtACR1との比較により,人工型のアニオンチャネルロドプシンと天然型のアニオンチャネルロドプシンは,全体構造こそ類似しているが,キネティクス,コンダクタンス,イオンの選択性といった性質は異なっており,このことより性質の違いが生じることが明らかにされた.さらに,立体構造をもとにGtACR1のアミノ酸配列を改変することにより,高いコンダクタンスおよびアニオンの高い選択性を保持しながら速いキネティクスをもつアニオンチャネルロドプシンであるFLASHを開発した.FLASHを既存のアニオンチャネルロドプシンであるZipACRとin vitroおよびin vivoにおいて比較することにより,FLASHが実際にすぐれた光遺伝学的な手法のツールであることが実証された.今回の結果は,単に光駆動性のアニオンチャネルの立体構造を解析したという点にとどまらない.自然界が進化という手法を用いて,そして,ヒトがタンパク質工学という手法を用いて開発したアニオンチャネルロドプシンどうしを比較することにより,イオンチャネルの性質を規定する構造基盤の一端を明らかにし,さらには,その知見をもって新規の光遺伝学的な手法のツールを開発しその有用性の実証までふみこんだという点で,今後のロドプシンの研究,また,光遺伝学的な手法の開発にひとつの指針をあたえ,幅広い研究分野に大きな影響をおよぼすことが期待される.

はじめに

 ヒトから微生物までほとんどの生物は光を受容しその情報に応じた行動をとるが,多くの場合,光の受容はロドプシンとよばれるタンパク質により担われる.通常,ロドプシンはタンパク質であるオプシンにビタミンAの誘導体であるレチナールが結合した状態で機能しており,オプシンのアミノ酸配列の違いにより動物型のロドプシンと微生物型のロドプシン,そして,ヘリオロドプシンに大別される.おもにGタンパク質共役型受容体としてはたらく動物型のロドプシンと比較して,微生物型のロドプシンの機能はセンサー,酵素,イオンチャネル,イオンポンプなど多岐にわたる.なかでも近年,イオン輸送型のロドプシンは光の照射により任意のニューロンを興奮あるいは抑制させることのできるツールとして利用が可能であることが判明し,とくに神経科学の分野における光遺伝学的な手法として非常な注目をあつめている.2005年および2006年に日本,ドイツ,米国の複数の研究グループが光駆動性のカチオンチャネルであるチャネルロドプシン2を用いてニューロンを興奮させることに成功して以来,さまざまな研究グループがイオン輸送型のロドプシンを用いた光遺伝学的な手法のツールを開発してきた1).微生物型のロドプシンとしてバクテリオロドプシンがはじめて単離されてから40年あまり,イオン輸送型のロドプシンとして報告されていたのは,カチオンチャネル,外向きH+ポンプ,内向きClポンプのわずか3種類であった.カチオンの細胞への取り込みあるいはアニオンの細胞からの排出は膜電位の脱分極をひき起こしニューロンを興奮させる.逆に,カチオンの細胞からの排出あるいははアニオンの細胞への取り込みは膜電位を過分極させニューロンの興奮を抑制する.そのため,光駆動性のカチオンチャネルであるChR2はニューロンを興奮させるツールとして,また,外向きH+ポンプであるアーキロドプシン3や内向きClポンプであるハロロドプシンはニューロンの興奮を抑制するツールとして利用されてきた.しかし,一般にイオンポンプとイオンチャネルとを比較すると,イオンチャネルのほうがコンダクタンスは圧倒的に高い.また,光駆動性のイオンポンプは光駆動性のイオンチャネルと比較して光感受性が低いといった問題が存在した.そのため,ニューロンを興奮させるツールと同様に,ニューロンの興奮を抑制させるツールにおいてもイオンチャネル型が望ましいと考えられていた.
 そうした状況において,2012年,筆者らが光駆動性のカチオンチャネルであるC1C2の結晶構造を解明し2)新着論文レビュー でも掲載),2014年には,その構造情報にもとづき変異を導入することにより,米国の研究グループおよびドイツの研究グループが光駆動性のカチオンチャネルをアニオンチャネルであるiC1C2およびChloCへと変換した3,4).翌年,この2つの研究グループはiC1C2およびChloCにさらなる変異を導入することによりその性質を向上させたiC++およびiChloCを報告した5,6).さらに同年,別の米国の研究グループがGuillardia thetaとよばれる緑藻から光駆動性のアニオンチャネルであるGtACR1およびGtACR2を単離した7).これら人工型および天然型のアニオンチャネルロドプシンの出現により,ニューロンの興奮を抑制させるツールのかかえていたコンダクタンスや光感受性の問題は解決されつつある.しかしながら,発見より日が浅くその立体構造すら未知であったアニオンチャネルロドプシンは,カチオンチャネルロドプシンと比較してツールの改良が遅れていた.また,人工型のアニオンチャネルロドプシンと天然型のアニオンチャネルロドプシンのあいだには,天然型のほうが人工型よりも一般的にコンダクタンスが高い,人工型は天然型と比較して利用の可能なキネティクスの範囲が広い,といった,いわば一長一短の関係が存在した.そのため,天然型および人工型のアニオンチャネルロドプシンの立体構造を解明しその構造機能相関を明らかにすることは,光駆動性のアニオンチャネルという新規の機能をもつロドプシンへの理解を深めるのみならず,人工型と天然型のアニオンチャネルロドプシンの長所を組み合わせることにより,光遺伝学的な手法における新しい抑制性のツールを開発する可能性をひめていた.

1.iC++の結晶構造の解析

 現在まで,in vivoにおける光遺伝学的な実験においてもっとも頻繁に用いられる人工型のアニオンチャネルロドプシンはiC++であったため,これを構造解析の対象とした.iC++は以前に構造を解析したC1C2に10個のアミノ酸変異を導入したタンパク質であったため,C1C2とほぼ同様の手法を用いて発現および精製し,脂質キュービック法を利用して結晶化した.その結果,pH 6.5およびpH 8.5という2つの条件において,その暗状態における結晶構造がそれぞれ3.2Åおよび2.9Åという分解能で決定された(PDB ID:6CSO,および,PDB ID:6CSN).以降,分解能の高いpH 8.5の構造について述べる.

2.C1C2,GtACR1,iC++におけるイオンの透過経路の静電ポテンシャル

 同じ時期に天然型のアニオンチャネルロドプシンであるGtACR1の結晶構造も解析したため8),iC++とGtACR1,そして,カチオンチャネルロドプシンであるC1C2の構造を比較した.C1C2およびGtACR1を含め,これまでに構造が解析されたチャネル型のロドプシンは,すべて4本の膜貫通ヘリックスによりかこまれたイオンの透過経路をもつが,iC++も同様であった.また,これらの構造を用いてイオンの透過経路の静電ポテンシャルを計算したところ,C1C2では透過経路の表面が強く負に帯電していた一方,GtACR1およびiC++ではこれが正に帯電していた.これは,C1C2がカチオンチャネル,GtACR1およびiC++がアニオンチャネルとしてはたらくことを非常によく説明した(図1).

figure1

3.iC++およびGtACR1におけるイオンの透過経路の細胞外側に存在する狭窄部位

 C1C2,GtACR1,iC++はいずれも暗条件において結晶化されており,結晶構造は閉状態の構造を表わすと考えられた.イオンの透過経路の細胞外側に存在する狭窄部位ECSに着目した.C1C2およびGtACR1には細胞外側からイオンの透過経路の中心へとむかう2つの空洞,EV1およびEV2が存在し,それはiC++においても同様であった.しかしながら,C1C2の結晶構造においては実際にイオンの透過経路の中心へとつながるのはEV2のみであったのに対し,GtACR1およびiC++の結晶構造においては逆にEV1のみがイオンの透過経路の中心へとつながっていた(図1a).これは,iC++がC1C2に変異を導入して作製されたことを考慮すると予想外であった.EV1あるいはEV2とイオンの透過経路の中心とをへだてる狭窄部位ECS1あるいはECS2について,iC++およびGtACR1に存在するECS2の性質を調べるため分子動力学シミュレーションを実施した.その結果,GtACR1のECS2を構成する3つのアミノ酸残基のあいだの相互作用は非常に強固であった一方(図1b図2a),iC++のECS2を構成するArg156とArg281のあいだの相互作用は壊れやすく,Arg281は先端を細胞外につき出した構造とイオンの透過経路の中心にむいた構造の2つのコンフォメーションをとることが判明した(図1b図2b図2c).このコンフォメーションの違いが何に起因するのかを解析したところ,Arg156とArg281のあいだに水分子ではなくClが存在するときのみArg281はイオンの透過経路の中心にむいた構造をとり,Arg156とArg281のあいだの相互作用が安定化されることが見い出された.このことは,結晶構造においてArg156とArg281のあいだに強い電子密度が観測される事実とも一致した.さらに,GtACR1およびiC++においてECS2を構成するあわせて5つのアミノ酸残基に変異を導入し電気生理的な性質を解析した.その結果,GtACR1の変異体においては光の照射ののちチャネルが閉じるまでの時間が有意に長くなること,そして,iC++の変異体,とくにArg281の変異体においてはチャネルの活性がいちじるしく低下することが見い出された.このことは,人工型のアニオンチャネルロドプシンであるiC++と天然型のアニオンチャネルロドプシンであるGtACR1は,イオンの透過経路としてよく似たアーキテクチャをもつにもかかわらず,ECS2という共通の構造の役割がまったく異なることを示していた.GtACR1のECS2を構成するアミノ酸残基とそのあいだの相互作用は光の照射ののちチャネルが閉状態にもどるのに重要であり,iC++のECS2を構成するアミノ酸残基はキネティクスよりもイオンの透過そのものに重要,おそらく,Arg281には細胞の外に存在するClをイオンの透過経路にひき込むはたらきがあるのではないかと考えられた.

figure2

4.iC++およびGtACR1におけるイオンの透過経路の中央に存在する狭窄部位

 iC++とGtACR1とのあいだのもうひとつの共通の構造であるイオンの透過経路の中央に存在する狭窄部位CCSに着目した.結晶構造において,GtACR1のCCSは3つのアミノ酸残基から構成される一方,iC++のCCSはGln129およびGln297から構成されていた.ECS2と同様にiC++およびGtACR1を対象に分子動力学シミュレーションを実施したところ,GtACR1のCCSは安定である一方,iC++のCCSを構成するアミノ酸残基の相互作用は壊れやすく,Gln297はGln129よりむしろAla126と安定な疎水性の相互作用を形成することにより狭窄部位を維持していた.これらのアミノ酸残基の役割をさらに調べるため,GtACR1およびiC++においてCCSを構成するあわせて5つのアミノ酸残基に変異を導入しその性質を調べた.その結果,iC++のGln129を負電荷をもつGluに置換したところ反転電位がいちじるしく上昇し,とくにGln129をGlu,Gln297をAsnに置換した二重変異体においては反転電位が約-60 mVから約-20 mVまで上昇した.反転電位とは,イオンチャネルにおいてその電流値がゼロになる膜電位を意味する.理想的なイオンチャネルにおける反転電位はNernstの式より計算され,生理的な条件における理想的なClチャネルの反転電位は-60~-70 mV,非選択的なカチオンチャネルは0 mV付近となる.生理的な条件に近いイオン組成においてiC++およびその二重変異体の反転電位がそれぞれ約-60 mVおよび約-20 mVであったということは,iC++はもともと光駆動性のClチャネルであったことを考慮すると,二重変異体においてはイオンの選択性が低下しアニオンと同時にカチオンを透過していると考えられた.つまり,iC++においてはCCSを構成するアミノ酸残基の静電ポテンシャルや側鎖の大きさがイオンの選択性に大きく寄与するといえた.一方で,GtACR1のCCSに変異を導入しても反転電位の上昇はiC++と比較してわずかであり,Gln129に相当するアミノ酸残基はもともとGluであった.そのため,GtACR1におけるイオンの選択性はどのような構造基盤により規定されるのかという問いが生じた.

5.GtACR1におけるイオンの選択性の構造基盤

 GtACR1におけるイオンの選択性を調べるにあたり,ふたたび,その分子表面の静電ポテンシャルに着目した.GtACR1の分子表面には正電荷を帯びたアミノ酸残基が多く分布しており,これがGtACR1におけるイオンの選択性に重要な役割をはたすことが予想された.これら12残基のアミノ酸残基についてそれぞれAla変異体を作製し反転電位を測定した結果,イオンの透過経路の近傍に存在するアミノ酸残基に変異を導入すると反転電位は-30~-40 mVまで上昇することが判明した.

6.閉速度の速いアニオンチャネルロドプシンFLASHの開発およびその評価

 iC++においてCCSを構成するアミノ酸残基の性質はイオンの選択性に大きく寄与していた.それでは,GtACR1においてCCSを構成するアミノ酸残基にはいかなる役割があるのだろうか.GtACR1においてCCSを構成するアミノ酸残基に変異を導入する過程において,いくつかの変異の導入によりチャネルの閉速度が劇的に速くなることが見い出された.このうち,Asn239をGluに置換した変異体は野生型のGtACR1と同様にアニオンに対する高い選択性と高いチャネル活性を維持しながら,野生型と比較して20倍以上も速いチャネルの閉速度をもつことが判明したため,この変異体にArg83のGluへの置換をくわえた変異体をFLASH(fast, light-activated anion-selective rhodopsin)と名づけた.閉速度の速いアニオンチャネルロドプシンとして,2017年に米国の研究グループがZipACRとよばれる新しい天然型のアニオンチャネルロドプシンを報告していたため9),FLASHとZipACRのどちらが光遺伝学的な手法における抑制性のツールとしてすぐれているのか性能を比較した.HEK細胞および培養ニューロンを用いて電気生理学的な実験を実施したところ,FLASHとZipACRは同じ程度のチャネル活性をもち,閉速度はZipACRのほうがわずかに速いが,どちらも少なくとも約40 Hzの神経発火であれば単一のスパイクのレベルで抑制が可能なことがわかった.しかしながら,反転電位に着目すると,ZipACRはFLASHと比較して約15 mVも高い値を示した.このことは,ZipACRがアニオンだけでなくカチオンも透過してしまうことを意味し,実際に,ZipACRを発現させたHEK細胞の静止膜電位を-40 mV,-50 mV,-60 mV…と下げつつ光を照射したところ,-50 mV以下の静止膜電位では膜電位が過分極するのではなく脱分極し神経発火が生じた.さらに,海馬にFLASHあるいはZipACRを発現させたマウスの脳切片を用いて,より生理的な環境に近い条件において電気生理学的な実験を実施したが,結果は同様であった.くわえて,多点電極を用いて海馬に発現させたFLASHあるいはZipACRによるニューロンの抑制の効率をin vivoにおいて評価したが,やはりFLASHの優位性が示された.最後に,FLASHあるいはZipACRを線虫の筋細胞およびコリン作動性ニューロンに発現させ,FLASHあるいはZipACRの活性化にともなう線虫の移動運動の阻害の効率を評価したが,ここでもFLASHはZipACRよりも効率よく行動を阻害した.以上の結果から,光遺伝学的な手法においてすばやい閉速度をもつ抑制性のツールとしては,FLASHが第1の選択肢となりうると結論づけられた.

おわりに

 この研究において,筆者らは,人工型のアニオンチャネルロドプシンであるiC++の結晶構造を解明し,これを同じ時期に構造を解析したGtACR1と比較することにより,人工型のアニオンチャネルロドプシンと天然型のアニオンチャネルロドプシンは類似した構造的な特徴をもつにもかかわらず,その役割はまったく異なることを見い出した.たとえば,人工型のアニオンチャネルロドプシンにおいて細胞外側に存在する狭窄部位は基質の輸送に重要と考えられた一方,天然型のアニオンチャネルロドプシンにおいてはチャネルの開閉速度に重要であった.また,人工型および天然型のアニオンチャネルロドプシンはイオンの透過経路の内部および周辺の静電ポテンシャルによりアニオンに対する高い選択性を獲得しているが,より詳細にみていくと,人工型のアニオンチャネルロドプシンにおいてはイオンの透過経路の中央に存在する狭窄部位がより重要であり,天然型のアニオンチャネルロドプシンにおいては細胞内側のイオンの透過経路の周辺のアミノ酸残基がより重要であるなど,寄与の大きなアミノ酸残基の分布は異なっていた.一般的に,人工型のアニオンチャネルロドプシンは天然型のアニオンチャネルロドプシンよりもチャネル活性が低いことが報告されているが,これは,人工型のアニオンチャネルロドプシンにおいて正電荷をもつアミノ酸残基がイオンの透過経路の周辺ではなくイオンの透過経路の内部に分布しており,アニオンが透過経路の内部に強く結合しすぎてしまうためではないかと予想された.また,天然型のアニオンチャネルロドプシンにおいてイオンの透過経路の中央に存在する狭窄部位を構成するアミノ酸残基はチャネルの閉速度を決定するのに重要であることが見い出され,新しい変異体FLASHが開発された.今後,“クローズドループ”光遺伝学の技術と組み合わせることにより,生理的なニューロンの発火頻度を(ゼロにするのではなく)減少させたときの影響を解析する,といった研究に利用されると思われる.
 筆者らは,iC++のほかGtACR1の構造も解析し8)Nature誌のArticleとして2報を発表した.ここでは,より内容の濃いiC++の構造解析の論文についてレビューをしたが,わずかではあるがGtACR1の構造解析の論文の内容についてもふれている.
 さて,論文こそ同時に投稿したが,じつは,iC++とGtACR1とでは構造解析に成功した時期に大きな違いがある.iC++は以前に構造を解析したC1C2に10アミノ酸残基の変異を導入しただけのタンパク質であったため,その構造解析は特別むずかしくはなかった.しかし,iC++の構造をながめても,そのおもしろさをどう抽出したらよいのか考えがまとまらず,いちどはお蔵入りになりかけていたのである.しかし,1年後にGtACR1の構造解析が成功し,両者を比較しはじめてから状況は一変した.iC++という人工型のアニオンチャネルロドプシンとGtACR1という天然型のアニオンチャネルロドプシンはいっけん似た構造をとり,機能としても同じ光駆動性のアニオンチャネルでありながら,まったく違っていた.共同研究者の助けを借り,計算科学的な手法,また,電気生理学的な手法を用いて解析を深めていくうち,これは別々の論文として発表すべきであると確信し,共同研究先の研究室主宰者を徹夜で作成した図を見せながら説得し,大きく方向を転換した.おかげで年末年始の休みを返上し研究室にひきこもって2報の論文の原稿を同時に書き上げる羽目になったのだが,結果的にみれば,この選択は正解であった.なお,Nature誌に論文を投稿した2日後,競争相手である研究グループがGtACR1の構造解析の論文をプレプリントリポジトリであるBioRxivに発表した(DOI:10.1101/405308).紙一重の差であり,今回もまた,よい研究環境,そして,よい研究グループに恵まれたことを感謝するばかりである.

文 献

  1. Deisseroth, K. & Hegemann, P.: The form and function of channelrhodopsin. Science, 357, eaan5544 (2017)[PubMed]
  2. Kato, H. E., Zhang, F., Yizhar, O. et al.: Crystal structure of the channelrhodopsin light-gated cation channel. Nature, 482, 369-374 (2012)[PubMed] [新着論文レビュー]
  3. Berndt, A., Lee, S. Y., Ramakrishnan, C. et al.: Structure-guided transformation of channelrhodopsin into a light-activated chloride channel. Science, 344, 420-424 (2014)[PubMed]
  4. Wietek, J., Wiegert, J. S., Adeishvili, N. et al.: Conversion of channelrhodopsin into a light-gated chloride channel. Science, 344, 409-412 (2014)[PubMed]
  5. Wietek, J., Beltramo, R., Scanziani, M. et al.: An improved chloride-conducting channelrhodopsin for light-induced inhibition of neuronal activity in vivo. Sci. Rep., 5, 14807 (2015)[PubMed]
  6. Berndt, A., Lee, S. Y., Wietek, J. et al.: Structural foundations of optogenetics: determinants of channelrhodopsin ion selectivity. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 822-829 (2016)[PubMed]
  7. Govorunova, E. G., Sineshchekov, O. A., Janz, R. et al.: Natural light-gated anion channels: a family of microbial rhodopsins for advanced optogenetics. Science, 349, 647-650 (2015)[PubMed]
  8. Kim, Y. S., Kato, H. E., Yamashita, K. et al.: Crystal structure of the natural anion-conducting channelrhodopsin GtACR1. Nature, 561, 343-348 (2018)[PubMed]
  9. Govorunova, E. G., Sineshchekov, O. A., Rodarte, E. M. et al.: The expanding family of natural anion channelrhodopsins reveals large variations in kinetics, conductance, and spectral sensitivity. Sci. Rep., 7, 43358 (2017)[PubMed]

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著者プロフィール

加藤 英明(Hideaki Kato)
略歴:2014年 東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了,同年 同 特任研究員を経て,同年より米国Stanford大学School of Medicine研究員.2017年より科学技術振興機構 さきがけ研究者 兼任.
研究テーマ:ロドプシンおよびGタンパク質共役型受容体の構造機能解析および構造情報を用いたタンパク質工学.
関心事:つぎの行き先.

Yoon Seok Kim
米国Stanford大学大学院 在学中.

Karl Deisseroth
米国Stanford大学 教授.

© 2018 加藤英明・Yoon Seok Kim・Karl Deisseroth Licensed under CC 表示 2.1 日本

RANKL逆シグナルによる骨吸収と骨形成の共役

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本間 雅・池淵祐樹
(東京大学医学部附属病院 薬剤部)
email:本間 雅
DOI: 10.7875/first.author.2018.095

Coupling of bone resorption and formation by RANKL reverse signalling.
Yuki Ikebuchi, Shigeki Aoki, Masashi Honma, Madoka Hayashi, Yasutaka Sugamori, Masud Khan, Yoshiaki Kariya, Genki Kato, Yasuhiko Tabata, Josef M. Penninger, Nobuyuki Udagawa, Kazuhiro Aoki, Hiroshi Suzuki
Nature, 561, 195-200 (2018)

要 約

 RANKLは骨芽細胞の系譜に発現し,破骨前駆細胞に発現するRANKを刺激して破骨細胞の分化および成熟を制御するタンパク質として知られている.近年の研究により,骨リモデリングにおける破骨細胞の成熟に関しては骨細胞に発現するRANKLが中心的な役割をはたすことが明らかにされたが,骨芽細胞に発現するRANKLの担う生理的な役割は不明確であった.この研究において,筆者らは,成熟の途上の破骨細胞から分泌された膜小胞に含まれるRANKが,骨芽細胞の表面のRANKLと結合してRANKL逆シグナルを活性化し,最終的に転写因子Runx2を活性化することにより骨形成を促進することを明らかにした.この逆シグナルにはRANKLの細胞内ドメインにあるプロリンリッチモチーフが必要であり,Pro29への点変異の導入により逆シグナルの活性化は抑制された.Pro29に点変異を導入したマウスにおいては骨吸収と骨形成の共役が抑制されており,骨芽細胞に発現するRANKLは小胞型RANKを認識する共役シグナルの受容タンパク質としてはたらくことが示唆された.

はじめに

 骨は破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成のサイクルである骨リモデリングをつうじ量および質が保たれている.骨吸収から骨形成への移行がスムーズに進行するためには,破骨細胞から骨芽細胞にむけたなんらかのシグナル伝達,すなわち,共役シグナルが必要と想定され,その分子機構の解明をめざした研究が精力的に進められている1).RANKLはTNFスーパーファミリーに属する膜貫通タンパク質で,骨芽細胞や骨細胞など骨芽細胞の系譜において発現が認められる.RANKLが破骨前駆細胞に発現するRANKと結合してシグナルを入力することにより破骨細胞の分化および成熟がひき起こされる.従来,骨の表面に局在する骨芽細胞が破骨細胞へのRANKLの入力を担うと考えられてきたが,骨細胞に選択的なRANKLノックアウトマウスを用いた解析を含む近年の研究の進展にともない,少なくとも,骨リモデリングの過程における破骨細胞の成熟については骨細胞がRANKLの主要な供給源であることが示された2).そのため逆に,骨芽細胞に発現するRANKLの生理的な役割は不明瞭な状況にあった(図1).

figure1

 TNFスーパーファミリーには,細胞内にも逆シグナルを発生させる双方向性のシグナルタンパク質として機能する複数の例が知られている3).また,RANKLに結合する合成ペプチドが骨芽細胞の分化を促進する作用を示すという報告もある4).したがって,RANKLについても,骨芽細胞の分化を促進するシグナルの受容タンパク質として機能する可能性が想定された.もしこの仮説が正しいとすれば,シグナルを入力する役割を担うタンパク質としてはRANKか,あるいは,もうひとつのRANKL結合タンパク質として知られるオステオプロテグリンが候補となる.オステオプロテグリンは骨芽細胞の系譜に発現する分泌タンパク質であり,一般に,破骨細胞の分化を負に制御するタンパク質として知られている.しかしながら,オステオプロテグリンのノックアウトマウスにおいて骨芽細胞の骨形成の活性に変化は認められず5),RANKL逆シグナルのリガンドとして機能するとは考えにくかった.したがって,消去法的にRANKが候補となるが,新生骨の形成に寄与する骨芽細胞は吸収窩に位置する破骨細胞とは接触していないことが報告されている6).また,RANKLにより刺激された破骨前駆細胞の放出するSema4Dが骨芽細胞の吸収窩への移入をさまたげることも報告されている7)新着論文レビュー でも掲載).これらをふまえると,破骨細胞の表面のRANKが骨芽細胞に対し直接的にRANKL逆シグナルを入力するとは考えにくかった.しかしながら,破骨細胞はその成熟の過程においてRANKを含む膜小胞を細胞の外に分泌することが報告されている8).そこで,筆者らは,この小胞型のRANKが骨芽細胞の表面のRANKLと結合してRANKL逆シグナルを入力するのではないかと仮説をたてた.

1.小胞型のRANKは骨芽細胞の分化を促進する

 破骨細胞からのRANKの分泌について確認した.マウスの破骨前駆細胞様の細胞であるRAW264.7細胞を可溶型のRANKLの組換えタンパク質により刺激して成熟した破骨細胞の形成をひき起こし,成熟の過程のおのおのの段階において分泌物を分析したところ,RANKLによる刺激ののち60~120時間の,多核化が開始したのちの成熟の途上の破骨細胞の培養上清から超遠心により沈殿する画分にもっとも多くのRANKが検出され,無刺激あるいは多核化の開始のまえの前破骨細胞に由来する画分と比較して顕著に多かった.膜小胞のマーカータンパク質とRANKの共沈降は界面活性剤の処理により失われ,RANKが膜貫通タンパク質として膜小胞に含まれることが示唆された.
 成熟の途上の破骨細胞に由来する膜小胞の骨芽細胞に対する作用について評価した.マウスの骨芽細胞様の細胞であるST2細胞を膜小胞により刺激し,骨芽細胞の分化のマーカータンパク質のmRNAのレベルでの発現を経時的に測定したところ,骨芽細胞の初期の分化のマスター転写因子であるRunx2およびその下流において制御される転写因子Osterixについて発現の上昇が認められ,時間の経過にともないI型コラーゲンおよびアルカリホスファターゼなど骨芽細胞の初期の分化のマーカータンパク質の発現の上昇も認められた.膜小胞を過剰量の可溶型RANKLにより前処理してRANKを被覆させた場合には,これらの発現は大幅に低下した.これらの結果から,小胞型RANKによる刺激が骨芽細胞においてRunx2の活性化をひき起こした可能性が示された.そこで,膜小胞に含まれるRANKの寄与を明確にするため,RANKの含有量が減少した成熟の途上の破骨細胞に由来する膜小胞の単離を試みた.CD40の細胞内ドメインをRANKの細胞内ドメインと置換したキメラタンパク質を,RANKの発現を抑制するshRNAとともにRAW264.7細胞に導入し,抗CD40抗体により刺激することで破骨細胞の成熟をひき起こした.この培養上清より精製した膜小胞においては,RANKの含有量が対照の約20%まで減少していた.この膜小胞によりST2細胞を刺激したところ,骨芽細胞の分化のマーカータンパク質の発現は大幅に抑制され,膜小胞に含まれるRANKが刺激の入力において中心的に関与することが示された.刺激をうけた骨芽細胞におけるRunx2の活性化についても検証した.成熟の途上の破骨細胞に由来する膜小胞により刺激したST2細胞から核タンパク質を抽出しイムノブロット法により解析したところ,核に局在するRunx2の量は刺激により増加することが確認された.
 一連の結果をふまえ,小胞型RANKによる刺激が骨形成の促進につながるかどうか検証した.in vitroにおける検討として,ST2細胞を小胞型RANKの刺激のもと6日間にわたり培養し,そののち,12日間の追加の培養ののちvon Kossa染色したところ,骨形成の促進されているようすが観察された.そこで,in vivoにおける骨形成の促進の作用についても検証した.マウスの頭蓋骨に欠損を作製し小胞型RANKを含浸させたゼラチンヒドロゲルを留置したモデルを用い,4週間後の骨修復について評価した.その結果,膜小胞を含浸させたマウスにおいては新生骨の形成による欠損の修復が認められたが,対照のマウスにおいては欠損の修復は認められなかった.これらの結果から,破骨細胞の成熟の過程で分泌される小胞型RANKが骨芽細胞の初期の分化を促進し骨形成を促進する活性をもつことが示された.

2.細胞の表面におけるRANKLの集積が逆シグナルをひき起こす

 骨芽細胞に発現するRANKLが小胞型RANKの受容タンパク質であることについて検証した.RANKLノックアウトマウスより初代骨芽細胞を単離し骨形成への影響について評価したところ,野生型のマウスに由来する骨芽細胞において観察された小胞型RANKによる骨形成の促進の作用は,RANKLノックアウトマウスに由来する細胞においてはほぼ完全に抑制された.骨芽細胞の分化のマーカータンパク質の発現についても同様であり,小胞型RANKにおける刺激の受容において骨芽細胞に発現するRANKLが必須であることが示された.
 RANKLの下流においてRunx2の活性化に関与する細胞内シグナル伝達経路について解析した.mTOR複合体1がRunx2の活性化に関与することを示した既報にもとづき9),mTOR複合体1の阻害剤であるラパマイシンによる影響について評価したところ,小胞型RANKにより刺激したST2細胞におけるRunx2の核への移行に対し,ラパマイシンによる濃度に依存的な阻害が観察された.さらに,mTOR複合体1およびその上流の主要なタンパク質であるPI3KおよびAktについて,基質となるタンパク質のリン酸化を指標として活性の変化について評価したところ,小胞型RANKにより刺激したST2細胞において,PI3K-Akt-mTORC1シグナル伝達経路が活性化していることが明らかにされた.
 これらシグナルタンパク質の活性化をひき起こす機構について解析を進めた.骨芽細胞に可溶型RANKあるいはオステオプロテグリンを添加するだけでは,RANKL逆シグナルの活性化は認められなかった.一方,小胞型RANKにより刺激した場合,膜小胞と細胞との接触部位にRANK-RANKL複合体が集積すると考えられ,このような細胞の表面におけるRANKLの集積がシグナルの入力に寄与する可能性が想定された.そこで,RANKLの細胞外ドメインを認識する単鎖化抗体のC末端側にイソロイシンジッパーを付加することで三量体化した組換えタンパク質を作製し,これによりST2細胞を刺激した.その結果,膜小胞による刺激と同様に,PI3K-Akt-mTORC1シグナル伝達経路の活性化が認められ,また,Runx2の核への移行も確認された.ラパマイシンの処理の影響,骨芽細胞の分化のマーカータンパク質の発現についても同様であった.これらの結果から,骨芽細胞の表面におけるRANKLの集積により細胞内に逆シグナルが生じることが示唆された.

3.RANKL逆シグナルはRunx2を介して骨芽細胞の分化に2相性の影響をおよぼす

 Runx2は骨芽細胞の初期の分化を促進する一方で,後期の分化に対しては抑制的に機能することが知られている.そこで,RANKL逆シグナルについても同様の影響が認められるかどうか確認した.ST2細胞に対し,播種ののち1~6日のあいだにさきに述べた三量体化した抗RANKL抗体により刺激した場合,初期の分化が促進されるともに,培養12日目以降における後期の分化のマーカータンパク質の発現の時期も早まった.一方,播種ののち13~18日のあいだに刺激した場合,後期の分化のマーカータンパク質の発現は大幅に抑制された.同様に,初期の段階における刺激は骨形成を促進する一方,後期の段階における刺激は骨形成を抑制することも確認された.そこで,これらのRANKL逆シグナルの活性化の作用はRunx2を介するのかどうかを確認するため,Runx2のドミナントネガティブ変異体の影響について評価した.その結果,初期の分化の段階あるいは後期の分化の段階における刺激の作用は,刺激よりまえにRunx2のドミナントネガティブ変異体を導入することによりほぼ完全に抑制された.

4.骨芽細胞に発現するRANKLは共役シグナルを媒介する

 ここまでの結果をふまえると,一連のシグナル伝達経路は生体において共役シグナルを媒介する可能性が想定されたことから,生体のレベルにおいて膜小胞の機能を抑制することを試みた.中性スフィンゴミエリナーゼに対する阻害剤GW4869が膜小胞の産生を抑制するという既報にもとづき10)in vitroにおいて小胞型RANKの分泌におよぼす影響について評価したところ,GW4869は成熟の途上の破骨細胞からの膜小胞の分泌を抑制したが,破骨細胞の成熟および骨吸収の活性におよぼす影響はわずかであった.そこで,外部から可溶型RANKLを投与することにより成熟した破骨細胞の過剰な形成を一過性にひき起こし,これに共役して生じる骨形成の促進を評価するマウスのモデルを用いて,GW4869の投与がおよぼす影響について評価した.その結果,GW4869は骨吸収と骨形成の共役による骨形成の促進を有意に抑制することが明らかにされた.
 成熟の途上の破骨細胞に由来する膜小胞に選択性が高くかつ多量に含まれる膜タンパク質に対する抗体を投与することにより,生体において膜小胞の表面が被覆され,小胞型RANKと骨芽細胞の表面に局在するRANKLとの相互作用は立体障害により阻害されると想定した.成熟の途上の破骨細胞に由来する膜小胞をプロテオミクス法により解析した結果,標的となる膜タンパク質の候補としてIGSF8が同定された.IGSF8を認識する単鎖化抗体を三量体化した組換えタンパク質を作製し,小胞型RANKに対する中和活性をin vitroにおいて評価したところ,RANKL逆シグナルの入力の効率的な抑制が確認され,また,この抗IGSF8抗体は破骨細胞の成熟および骨吸収の活性に影響しなかった.そこで,さきのマウスのモデルを用いて同様に検討した結果,骨吸収と骨形成の共役による骨形成の促進が有意に抑制されることが明らかにされた.
 RANKL逆シグナルの骨吸収と骨形成の共役への寄与について検証した.RANKLが双方向性のシグナルタンパク質である点,骨細胞は骨芽細胞から分化して生じる細胞である点などを考慮すると,骨芽細胞に特異的なRANKLノックアウトマウスの作出は困難であり,逆シグナルの受容能のみが選択的に抑制されたマウスのモデルが必要と考えられた.RANKLの細胞内ドメインには,一般にSH3ドメインと相互作用することの知られるプロリンリッチモチーフが存在する.SrcファミリーはSH3ドメインをもち,PI3Kを活性化するシグナルタンパク質である.そこで,Srcファミリーの阻害剤,あるいは,Srcのドミナントネガティブ変異体を導入した場合の影響について評価したところ,RANKL逆シグナルの活性化は強く抑制された.さらに,プロリンリッチモチーフのPro29あるいはPro39をAlaに置換したRANKL変異体を過剰に発現させた場合にも,RANKL逆シグナルの活性化は抑制された.これらの知見にもとづき,RANKLにPro29の点変異を導入したマウスを作出した.骨芽細胞におけるRANKLの発現および細胞の表面における存在量については,Pro29ホモ変異マウスと野生型のマウスのあいだでほとんど差は認められなかったが,Pro29ホモ変異マウスに由来する骨芽細胞においては,小胞型RANKにより刺激した際のPI3KおよびmTOR複合体1の活性化が抑制され,RANKL逆シグナルの受容能が低下していた.そこで,Pro29ホモ変異マウスおよび野生型のマウスに可溶型RANKLを投与し,骨吸収と骨形成の共役への影響について評価した.その結果,成熟した破骨細胞の一過性の過剰な形成について差異は認められなかったが,野生型のマウスに認められた骨形成の促進はPro29ホモ変異マウスにおいて大幅に抑制されており,RANKL逆シグナルが骨吸収と骨形成の共役に関与することが示唆された.
 オステオプロテグリンのヘテロノックアウトマウスにおける代謝回転の速い骨表現型に対し,RANKLのPro29の点変異のおよぼす影響について評価した.オステオプロテグリンのヘテロノックアウトかつRANKLのPro29のホモ変異をもつマウス,および,オステオプロテグリンのヘテロ欠損かつRANKL野生型のマウスについて,腰椎における骨形態を計測した結果,成熟した破骨細胞の数について有意な差異は認められなかったが,RANKLのPro29ホモ変異マウスにおいて骨形成は有意に低下しており,RANKL逆シグナルは生理的な条件においても骨吸収と骨形成の共役に寄与すると考えられた.

おわりに

 この研究において,筆者らは,骨芽細胞のRANKLは小胞型RANKを認識する共役シグナルの受容タンパク質としてはたらくことを明らかにした(図2).近年の研究により,RANKLの刺激をうけた直後の破骨前駆細胞より分泌されるSema4Dが骨芽細胞の分化を抑制し,骨吸収している破骨細胞から分泌されるCthrc1が骨芽細胞の後期の分化を促進することが示されている.そのため,この研究において見い出されたRANKL逆シグナルは,これらの共役シグナルの受容タンパク質と協調的に骨芽細胞の成熟および骨形成の開始のタイミングを精密に制御すると考えられる.今後,さらに多くの共役シグナルの受容タンパク質の関与およびその時空間的な制御の機構が明らかにされると期待される.

figure2

文 献

  1. Sims, N. A. & Martin, T. J.: Coupling the activities of bone formation and resorption: a multitude of signals within the basic multicellular unit. Bonekey Rep., 3, 481 (2014)[PubMed]
  2. Xiong, J., Onal, M., Jilka, R. L. et al.: Matrix-embedded cells control osteoclast formation. Nat. Med., 17, 1235-1241 (2011)[PubMed]
  3. Kisiswa, L., Osorio, C., Erice, C. et al.: TNFα reverse signaling promotes sympathetic axon growth and target innervation. Nat. Neurosci., 16, 865-873 (2013)[PubMed]
  4. Furuya, Y., Inagaki, A., Khan, M. et al.: Stimulation of bone formation in cortical bone of mice treated with a receptor activator of nuclear factor-κB ligand (RANKL)-binding peptide that possesses osteoclastogenesis inhibitory activity. J. Biol. Chem., 288, 5562-5571 (2013)[PubMed]
  5. Fei, Q., Guo, C., Xu, X. et al.: Osteogenic growth peptide enhances the proliferation of bone marrow mesenchymal stem cells from osteoprotegerin-deficient mice by CDK2/cyclin A. Acta. Biochim. Biophys. Sin., 42, 801-806 (2010)[PubMed]
  6. Andersen, T. L., Abdelgawad, M. E., Kristensen, H. B. et al.: Understanding coupling between bone resorption and formation: are reversal cells the missing link? Am. J. Pathol., 183, 235-246 (2013)[PubMed]
  7. Negishi-Koga, T., Shinohara, M., Komatsu, N. et al.: Suppression of bone formation by osteoclastic expression of semaphorin 4D. Nat. Med., 17, 1473-1480 (2011)[PubMed] [新着論文レビュー]
  8. Huynh, N., VonMoss, L., Smith, D. et al.: Characterization of regulatory extracellular vesicles from osteoclasts. J. Dent. Res., 95, 673-679 (2016)[PubMed]
  9. Singha, U. K., Jiang, Y., Yu, S. et al.: Rapamycin inhibits osteoblast proliferation and differentiation in MC3T3-E1 cells and primary mouse bone marrow stromal cells. J. Cell. Biochem., 103, 434-446 (2008)[PubMed]
  10. Trajkovic, K., Hsu, C., Chiantia, S. et al.: Ceramide triggers budding of exosome vesicles into multivesicular endosomes. Science, 319, 1244-1247 (2008)[PubMed]

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著者プロフィール

本間 雅(Masashi Honma)
略歴:2014年 東京大学大学院薬学系研究科にて博士号取得,東京大学医学部附属病院 助教,同 特任准教授を経て,2017年より同 講師.
研究テーマ:慢性疾患の発症の機序および治療の標的の同定.
抱負:創薬に直接につながる研究を展開していきたい.

池淵 祐樹(Yuki Ikebuchi,)
東京大学医学部附属病院 助教.

© 2018 本間 雅・池淵祐樹 Licensed under CC 表示 2.1 日本

模倣学習を発動させる中脳から感覚運動野へのドーパミンの出力

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田中雅史・Richard Mooney
(米国Duke大学Department of Neurobiology)
email:田中雅史
DOI: 10.7875/first.author.2018.106

A mesocortical dopamine circuit enables the cultural transmission of vocal behaviour.
Masashi Tanaka, Fangmiao Sun, Yulong Li, Richard Mooney
Nature, DOI: 10.1038/s41586-018-0636-7

要 約

 模倣は,規範的なモデルとなる他者の行動を記憶し自らの行動により正確に再現することを可能にする,きわめて効率的な学習能力である.しかし,脳がどのように適切な対象を選び模倣学習を発動させるのか,その機構については不明であった.この研究において,筆者らは,歌の正確な伝承能力をもつキンカチョウという鳥に着目し,成鳥の歌を聞いて模倣を開始するときの幼いキンカチョウの脳について調べた.その結果,中脳の水道周囲灰白質に存在するニューロンが,成鳥から歌いかけられたときにのみ強い神経活動を示し,歌のさえずりを制御する皮質の感覚運動野HVCへとドーパミンを出力することが明らかにされた.幼鳥が歌を聞いているときにHVCにおけるドーパミンのはたらきを阻害するとその歌の模倣は発動されず,逆に,HVCへのドーパミンの出力をひき起こすと通常は模倣されないはずのスピーカーから流れた歌によっても模倣学習が発動された.ドーパミンは幼鳥のHVCの神経活動に可塑的な変化をひき起こすとともに,幼鳥の歌を成熟化させる作用をもつことも明らかにされ,歌の模倣学習の発動にはこの運動をつかさどる皮質へと出力されるドーパミンが重要な役割をはたすことが示された.

はじめに

 模倣は,ヒトなど霊長目や一部の鳥のほかにはごくかぎられた動物のみがもつ,きわめてめずらしい学習能力である1).模倣の能力をもつ動物は世代をこえてすぐれた行動を伝承することにより,それぞれに固有の文化や技術を発展させることができる.しかし,外界のあらゆる対象を模倣していては安定した技術や文化の継承はできないであろう.ヒトは適切な対象を選択しその行動のみを模倣することができるが,脳がどのようにして模倣を発動させるのか,その詳細な機構は謎につつまれている.
 歌をさえずる鳥であるスズメ亜目の一種のキンカチョウは,親の歌を正確に模倣し,その歌を子孫へ伝え世代をこえた文化として歌を伝承する能力をもつ2).キンカチョウは幼少期に出会った成熟した鳥の歌を記憶し,数十日かけてくり返し練習することにより模倣を完了する.歌の模倣においては社会的な相互作用が重要であることが知られ,通常,成鳥の歌をスピーカーから流しただけでは模倣は発動されない3).この研究において,筆者らは,キンカチョウの歌の模倣を制御する脳の機能について調べるため,成熟した歌のさえずりに必要不可欠であることが知られる皮質の感覚運動野HVCに着目した4,5).HVCは下流の運動野,大脳基底核,聴覚野へと運動のシグナルを送ることにより歌のさえずりを制御しているが,近年の研究により,歌の学習にも重要な役割をはたすことが明らかになりはじめている6,7).そこで,模倣学習を開始するころの幼いキンカチョウのHVCにトレーサーを注入したところ,HVCは中脳の水道周囲灰白質という領域から密なドーパミンの入力をうけることが明らかにされた.

1.水道周囲灰白質は適切な模倣の対象に応答してHVCへとドーパミンを出力する

 水道周囲灰白質の機能について知るため,自由行動下の幼いキンカチョウの水道周囲灰白質にテトロード電極を埋め込み神経活動を記録した.その結果,水道周囲灰白質に存在するニューロンの多くは適切な模倣の対象であるオスの成鳥から歌いかけられたときにのみ強い神経活動を起こすことが明らかにされた.同じ歌をスピーカーから流しただけでは顕著な応答はみられず,また,歌わないオスやメスの成鳥に出会ったとき,あるいは,メスの成鳥がいる条件にてオスの歌をスピーカーから流したときには,強い応答は起こらなかった.
 水道周囲灰白質に存在するニューロンの一部はドーパミン作動性ニューロンであり,神経活動によりHVCへとドーパミンを出力する.HVCへのドーパミンの出力を検出するため,ドーパミンのセンサーであるGRABDA 8) をHVCのニューロンに発現させ,2光子顕微鏡により観察した.すると,オスの成鳥から歌いかけられたときにのみ,HVCへと多量のドーパミンが出力されることがわかった.このドーパミンの出力は,水道周囲灰白質のドーパミン作動性ニューロンを薬剤を用いて破壊することにより消失したため,HVCへのドーパミンの出力の大部分は水道周囲灰白質に由来すると考えられた.これらの結果から,水道周囲灰白質は適切な模倣の対象であるオスの成鳥の歌にのみ選択的に応答し,HVCへとドーパミンを出力することが明らかにされた.

2.HVCへのドーパミンの出力を操作することにより模倣学習を制御できる

 HVCへと出力されるドーパミンが模倣にはたす機能について調べるため,幼いキンカチョウが親の歌を聞いて記憶しはじめる時期に,薬剤を用いてHVCのドーパミン作動性ニューロンを破壊したところ,その歌を模倣できなくなることがわかった.一方,幼鳥が親の歌を十分に記憶したであろうころに薬剤を用いてHVCのドーパミン作動性ニューロンを破壊したところ,幼鳥は問題なく親の歌を模倣した.したがって,HVCへと出力されるドーパミンは,模倣学習においても最初期の,歌を記憶する時期に必要であることが示唆された.
 幼いころに親から隔離された幼鳥が,はじめて出会った成鳥から歌いかけられたときに,ドーパミン受容体の阻害剤を用いてHVCにおけるドーパミンのシグナル伝達を遮断したところ,幼鳥は歌を模倣できなくなることがわかった.一方,成鳥と出会って歌を聞きおえたのちにHVCにおけるドーパミンのシグナル伝達を遮断しても,幼鳥は問題なく歌を模倣した.したがって,HVCへと出力されるドーパミンは,成鳥がさえずる歌を模倣のため記憶するときに重要な役割をはたすことが示された.
 もし,ドーパミンが適切な模倣の対象である成鳥が歌っているという情報をHVCに伝達することによりその歌の記憶を助けているのであれば,人工的にHVCにドーパミンを出力させることにより,通常は模倣しないスピーカーから流した歌に対しても模倣学習を発動させることができるかもしれない.そこで,水道周囲灰白質のニューロンに光により神経活動を駆動できるチャネルロドプシン2を発現させ,HVCに光を照射することにより水道周囲灰白質からHVCへのドーパミンの出力を駆動したところ,スピーカーから流した歌に対しても模倣が発動された.これらの結果から,HVCへと出力されたドーパミンはそのとき聞こえた歌に対する模倣学習を発動させることが明らかにされた.

3.ドーパミンはHVCに可塑的な変化をひき起こす

 ドーパミンはHVCに出力されることによりどのように模倣学習を発動させるのだろうか? 幼鳥のHVCにおいて神経活動を記録したところ,成鳥から歌いかけられたあとには,HVCにおいてときおり自発的に生じるバースト発火がより頻繁に観察されるようになった.HVCにおけるバースト発火は,おもにnucleus interfacialis(NIf)とよばれる聴覚野6) からの入力により駆動されることが知られているため,バースト発火の増大からNIfからHVCへと伝達される聴覚のシグナルが増強されたことが示唆された.そこで,スピーカーから歌を流して幼鳥のHVCへと伝達される聴覚のシグナルについて調べたところ,その歌を成鳥から歌いかけられるまでは明瞭な応答がみられなかったのに対し,成鳥から歌いかけられたあとには,あたかもその歌を記憶したかのように,歌の特定の要素に対する応答が出現した.したがって,ドーパミンはHVCの神経活動に可塑的な変化をひき起こし,成鳥の歌の表象を記録することにより模倣を発動させると考えられた.

4.HVCの可塑的な変化とともに幼鳥の模倣学習がはじまる

 HVCにおける神経活動は運動野や大脳基底核に伝達されることにより歌のさえずりを制御する4).したがって,ドーパミンの出力によりひき起こされたHVCにおける神経活動の可塑的な変化は,ただちに幼鳥の歌を変化させ模倣を発動させる可能性がある.事実,成鳥から歌いかけられたあとの幼鳥の歌を解析したところ,その歌には時間的および周波数的に成鳥の歌に近い複雑な構造がみられた.HVCにおいてドーパミンのシグナル伝達を遮断した状態においては,成鳥から歌いかけられたあとの幼鳥の歌の変化もHVCにおける神経活動の可塑的な変化も起こらなかった.したがって,成鳥から歌いかけられると,幼鳥のHVCへと出力されたドーパミンの作用によりHVCの神経活動に可塑的な変化がひき起こされると同時に,早くも幼鳥のさえずりの制御がはじまり模倣が発動されることが明らかにされた(図1).

figure1

おわりに

 この研究により,中脳の水道周囲灰白質から皮質の感覚運動野HVCへのドーパミンの出力が歌の模倣学習の発動において重要な役割をはたすことが明らかにされた.なぜ,水道周囲灰白質が適切な模倣の対象であるオスの成鳥の歌に対してのみ強い神経活動を起こすのかについてはいまだ不明であるが,水道周囲灰白質からHVCへとドーパミンが出力され,聴覚野からHVCへの情報の伝達に可塑的な変化がひき起こされることにより,模倣学習が発動されると考えられた.
 複雑な運動の模倣学習は,模倣の対象となる行動の記憶のみで完了するわけではなく,そののち,長い時間をかけて練習されなければ達成されない9).この試行錯誤をとおした模倣の完了には,HVCの下流の大脳基底核におけるドーパミンのシグナル伝達が重要な役割をはたすことが知られ10),そのあいだ,HVCにおいて伝達されるシグナルにもさらなる変化が生じ11)新着論文レビュー でも掲載),最終的に歌の運動のタイミングの情報を符号化するようになる12,13)(文献12)新着論文レビュー でも掲載,文献13)新着論文レビュー でも掲載).また,模倣学習の完了までには,聴覚野も模倣の対象となる記憶を保存するなど重要な役割をはたすことが知られており7,14),模倣学習をささえる神経回路の全貌はいまだ明らかにされていない.
 スズメ亜目の鳥は模倣能力のほかにもさまざまな能力をヒトと共有している.たとえば,スズメ亜目の鳥は求愛の際に,歌,ダンス,巣の装飾など,ヒトの芸術に似た美しい行動をとる.また,スズメ亜目の鳥は模倣をとおして獲得した文法的な発声パターンを用いてコミュニケーションをとるめずらしい動物であり,HVCなど歌をつかさどる神経回路には,ヒトの言語をつかさどる神経回路との遺伝的および機能的な類似点がみつかりつつある15,16).さらに,スズメ亜目の鳥はきわめて社会的な動物で,特定の他者とのあいだにきわめて強固な社会的な結合を形成する.なぜ,ヒトとスズメ亜目の鳥というはなれた種がこれらのめずらしい能力を共有するのかは不明であるが,この研究において明らかにされた中脳から運動をつかさどる皮質へのドーパミンの出力は,ヒトなどの霊長目においても特別に発達しているという報告もあるため17),ヒトとスズメ亜目の鳥はそれぞれ独自にこの神経回路を進化させ,模倣能力を発達させることにより特殊な能力を獲得した可能性がある.今後,模倣能力をささえる神経回路を解明することにより,スズメ亜目の鳥とヒトの芸術,言語,社会的な行動の起源が明らかにされるかもしれない.

文 献

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著者プロフィール

田中 雅史(Masashi Tanaka)
略歴:2013年 東京大学大学院人文社会系研究科 修了,同年 同 特任研究員,同年 米国Duke大学Postdoctoral Associateを経て,2018年より東北大学大学院生命科学研究科 助教.
研究テーマ:スズメ亜目の鳥が示す模倣能力や芸術,言語,社会的な行動をささえる神経機構.
関心事:なぜ,スズメ亜目の鳥はヒトとさまざまな能力を共有するのか.

Richard Mooney
米国Duke大学 教授.
研究室URL:https://www.neuro.duke.edu/mooney-lab

© 2018 田中雅史・Richard Mooney Licensed under CC 表示 2.1 日本

成長板軟骨の休止細胞層には骨格幹細胞が存在する

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水橋孝治・小野法明
(米国Michigan大学School of Dentistry,Department of Orthodontics and Pediatric Dentistry)
email:小野法明
DOI: 10.7875/first.author.2018.113

Resting zone of the growth plate houses a unique class of skeletal stem cells.
Koji Mizuhashi, Wanida Ono, Yuki Matsushita, Naoko Sakagami, Akira Takahashi, Thomas L. Saunders, Takashi Nagasawa, Henry M. Kronenberg, Noriaki Ono
Nature, 563, 254-258 (2018)

要 約

 骨格幹細胞は軟骨細胞,骨芽細胞,骨髄間質細胞など多様な細胞に分化することにより骨の成長および維持をつかさどる.筆者らは,以前に,マウスの長管骨の軟骨細胞のなかに骨格細胞の前駆細胞が存在することを示唆したが,この研究において,細胞系譜を解析したところ,生後の成長板軟骨の休止細胞層に骨格幹細胞が存在し長期にわたり軟骨の維持に貢献することを明らかにした.この骨格幹細胞は増殖軟骨細胞へと分化し,さらに,従来はアポトーシスにより細胞死にいたると考えられていた終末分化細胞である肥大化軟骨細胞へと分化したのち,骨髄まで到達して骨芽細胞および骨髄間質細胞へと分化した.また,増殖細胞層の軟骨細胞は,休止軟骨細胞から分泌されたPTHrPによるフォワードシグナルと,肥大化軟骨細胞から分泌されたIhhによるリバースシグナルにより協調的に維持されており,これらの細胞が骨格幹細胞の運命を厳密に制御する役割をはたしていた.この巧妙な機構により幹細胞の維持およびその娘細胞の恒久的な供給が保証され,生後の長管骨の成長が維持されると考えられた.

はじめに

 長管骨は内軟骨性骨化により形成される.この骨化の様式をへて長管骨が成長する過程においては,軟骨細胞および骨芽細胞がつねに増殖と分化をくり返す必要がある.すなわち,これらの細胞には前駆細胞が存在するわけであるが,軟骨細胞と骨芽細胞とで独立した細胞系譜の前駆細胞が存在するのか,あるいは,共通の前駆細胞が存在するのかは明らかにされていない.内軟骨性骨化にかかわるほぼすべての軟骨細胞および骨芽細胞はSox9陽性細胞に由来する1).筆者らは,Sox9が直接に結合するII型コラーゲン遺伝子のプロモーターを用いて細胞系譜を解析し,ほぼすべての軟骨細胞および骨芽細胞はII型コラーゲン陽性細胞に由来し,また,ケモカインCXCL12を発現する骨髄間質細胞もII型コラーゲン陽性細胞に由来することを明らかにした2)新着論文レビュー でも掲載).さらに,軟骨の形成に関与するII型コラーゲン,アグリカン,Sox9の遺伝子のプロモーターを用いたタモシキフェン誘導型CreER系により標識される細胞が,胎生あるいは生後の区別なく軟骨細胞,骨芽細胞,さらには,骨髄間質細胞へと分化し,自己複製しながら生後の長期にわたり子孫細胞を供給することも明らかにされた2).これらの細胞は成体の骨髄に存在する間葉系前駆細胞とは明確に区別されたことから,一般的に,軟骨細胞と定義される細胞のなかには未知の骨軟骨前駆細胞が存在することが示唆された.休止軟骨細胞がほかの軟骨細胞の起源であることや3),X型コラーゲンを発現する肥大化軟骨細胞は骨芽細胞に分化する能力をもつことが報告されていることから4),この研究においては,成長板軟骨のなかにその局在のうたがわれる骨軟骨前駆細胞の同定を試みた.さらに,これらの細胞の長期間にわたる細胞系譜の解析により,これらの細胞とそのニッチとの相互関係について探求した.

1.成長板軟骨の休止細胞層にPTHrP陽性細胞が形成される

 PTHrPは休止軟骨細胞より産生され,その受容体である副甲状腺ホルモンI型受容体との結合を介し軟骨細胞の終末分化,すなわち,肥大化を抑制する.これらのPTHrP陽性細胞は生後の成長板軟骨の中心領域に出現し,骨端部における2次骨化中心の出現にともない形成される休止細胞層においていちじるしく増加した.

2.PTHrP陽性細胞は成長板軟骨において円柱状の軟骨細胞の供給源となる

 タモキシフェン誘導型のCreER系は細胞系譜の解析を可能にする強力なツールであり,特定の時期に特定の遺伝子プロモーターを活性化する細胞の運命を追跡することが可能である.そこで,BAC(bacterial artificial chromosome:細菌人工染色体)を用いた遺伝子の導入によりPTHrP-CreERマウスを作製した.このマウスにおいてはPTHrP陽性細胞はCreERを発現するが,通常,CreERは細胞質に隔離されており核へと移行することはできない.CreERはタモキシフェンの存在下においてのみ核へと移行し,loxP配列を認識しDNAの組換えを起こす.たとえば,Rosa26レポーターアレルを用いた場合,この組換えにより標的となる細胞は蛍光タンパク質であるtdTomatoを恒常的に発現する.tdTomatoは娘細胞に伝播されることから細胞運命を追跡することができる.この解析の結果,PTHrP陽性細胞は非対称分裂をつうじて休止細胞層を起源とする円柱状の軟骨細胞を形成し,この軟骨細胞はやがて成長板軟骨の全層にわたり伸長し,1次海綿骨の直上の肥大化細胞層まで到達した.PTHrP陽性細胞はこのような軟骨細胞を非常に長期にわたり形成した.すなわち,休止細胞層のPTHrP陽性細胞は自己複製するとともに分化細胞の供給源となったことから,幹細胞としての基本的な性質をもつことが明らかにされた.

3.PTHrP陽性細胞は成長板軟骨の直下の骨芽細胞および骨髄間質細胞に分化する

 PTHrP陽性細胞の運命をさらに長期にわたり追跡し,その多分化能について検討した.PTHrP陽性細胞は成長板軟骨において軟骨細胞の形成に貢献したのち,一部は成長板軟骨の直下の1次海綿骨の領域に侵入し,骨芽細胞および骨髄間質細胞へと分化した.すなわち,PTHrP陽性細胞は,当初,成長板軟骨においては軟骨細胞への単一の分化能をもつが,細胞分裂の終了した終末分化期においてはじめて多分化能を発揮する,きわめてユニークな体性幹細胞であることが明らかにされた.

4.PTHrP陽性細胞は培養条件下において間葉系幹細胞としての形質を示す

 PTHrP陽性細胞が培養条件下において間葉系幹細胞としての性質をもつかどうかを検討するため,コロニー形成アッセイを行った.その結果,PTHrP陽性細胞は骨端部における2次骨化中心の形成と同時に,強い自己複製能を獲得することが明らかにされた.これらのPTHrP陽性細胞に由来する間葉系幹細胞は,培養条件下においては三分化能をもっていたが,移植条件下では軟骨細胞および骨芽細胞への分化に偏向していた.

5.PTHrP陽性細胞とそのニッチのあいだには相互作用がある

 PTHrP陽性細胞の機能の解析を試みた.PTHrP陽性細胞をジフテリア毒素を用いて成長板軟骨の休止細胞層から選択的に除去した結果,休止細胞層,増殖細胞層,肥大化細胞層のそれぞれの長軸高が有意に変化した.すなわち,休止細胞層および肥大化細胞層の長軸高は有意に長く,一方,増殖細胞層の長軸高は有意に短くなった.このことより,PTHrP陽性細胞からの増殖軟骨細胞へと伝達されるフォワードシグナル,すなわち,PTHrPが軟骨細胞の増殖を継続させ肥大化を遅延させる機構をつうじて成長板軟骨および骨の伸長におおいに貢献することが示唆された.Hedgehogシグナル系は初期発生,幹細胞,がんなどにおいて重要なはたらきをする5).とくに,Ihhは前肥大化軟骨細胞および肥大化軟骨細胞に発現し内軟骨性骨化を制御するマスター因子として重要な役割をはたす6-9).そこで,ヘッジホッグシグナルを正に制御する受容体であるSmoothenedの作動薬および拮抗薬のPTHrP陽性細胞への作用を検討した結果,ともに円柱状の軟骨細胞を形成する数をいちじるしく減少させた.このことより,適正なヘッジホッグシグナルによる刺激がPTHrP陽性の軟骨細胞の細胞運命の決定,および,分化および増殖の過程を制御することが示唆された.ついで,PTHrP陽性細胞の運命決定におけるニッチの影響を調べるため,成長板軟骨の微小侵襲術を行った.PTHrP陽性の休止軟骨細胞は増殖軟骨細胞に分化することなく直接に骨芽細胞へと分化したことから,肥大化細胞層から分泌されるIhhシグナルがPTHrP陽性細胞による円柱状の軟骨細胞の形成に必須であることが示唆された.以上から,生後の成長板軟骨においてPTHrP陽性細胞とそのニッチのあいだに相互作用が存在し,この厳密なフィードバック機構により長管骨の成長が維持されることが示唆された(図1).

figure1

おわりに

 この研究にて見い出された骨格幹細胞は,成長板軟骨の休止細胞層を起源とし,成長板軟骨においてはもっぱら軟骨細胞への単一の分化能を示し,活発に増殖したのちに終末分化した軟骨細胞である肥大化軟骨細胞に分化するが,この時点ではじめて多分化能を獲得して骨芽細胞および骨髄間質細胞へと分化するというユニークな特徴をもつ体性幹細胞であった.これらの細胞はマウスの成長板軟骨において1年以上も維持され,成長板軟骨の直下の骨芽細胞および骨髄間質細胞を供給しつづける.また,この骨格幹細胞はそのニッチを構成する肥大化細胞層からの適正なIhhシグナルの供給をうけて正常な分化および増殖を維持するだけでなく,それ自体らも軟骨細胞の増殖を維持しその終末分化をおくらせるシグナル,すなわち,PTHrPを供給することにより,軟骨および骨からなる長管骨の成長の統合的な維持に貢献する重要な幹細胞であることが明らかにされた.

文 献

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著者プロフィール

水橋 孝治(Koji Mizuhashi)
略歴:2013年 京都大学大学院医学研究科にて博士号取得,2015年より米国Michigan大学School of Dentistry博士研究員.
研究テーマ:軟骨幹細胞.

小野 法明(Noriaki Ono)
米国Michigan大学School of Dentistry助教授.
研究室URL:http://media.dent.umich.edu/labs/ono/

© 2018 水橋孝治・小野法明 Licensed under CC 表示 2.1 日本

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