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ヒトのiPS細胞から作製された腎臓のオルガノイドは腎臓のすべての組織をもちヒトの腎臓の発生を模倣する

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高里 実
(オーストラリアMurdoch Childrens Research Institute)
email:高里 実
DOI: 10.7875/first.author.2015.114

Kidney organoids from human iPS cells contain multiple lineages and model human nephrogenesis.
Minoru Takasato, Pei X. Er, Han S. Chiu, Barbara Maier, Gregory J. Baillie, Charles Ferguson, Robert G. Parton, Ernst J. Wolvetang, Matthias S. Roost, Susana M. Chuva de Sousa Lopes, Melissa H. Little
Nature, 526, 564-568 (2015)

要 約

 ヒトの腎臓は最大で約200万個のネフロンから構成され,血液のろ過,電解質やpHの調節,体内の水分量のバランスを担う重要な器官である.腎臓の発生は2種類の前駆細胞である尿管芽と後腎間葉の相互作用により進行する.尿管芽はおもに集合管,後腎間葉はそれ以外の部分のネフロンへと分化するが,両者とも中間中胚葉に由来する細胞である.近年,種々の報告により,尿管芽はとくに前方中間中胚葉,後腎間葉は後方中間中胚葉に由来することが認識されつつある.筆者らは,この研究において,個体の発生における中間中胚葉の前後軸の形成の機序をモデルとして,尿管芽および後腎間葉をヒトのiPS細胞から任意の割合で分化させることに成功した.この手法を用いて作製された腎臓のオルガノイドはすべての構成要素を含むネフロンをもち,血管系や腎臓間質も同時に発生していた.次世代シークエンサーを用いた解析により,腎臓のオルガノイドとヒトの胎生期における各種の臓器とで転写産物のプロファイルを比較したところ,腎臓のオルガノイドは妊娠3カ月目の胎児の腎臓と近似していた.腎臓のオルガノイドの内部に発生した近位尿細管はエンドサイトーシスによるタンパク質の再吸収が可能で,尿細管としての機能をもっていた.さらに,腎臓のオルガノイドに腎臓に対する毒性をもつシスプラチンを処理したところ,近位尿細管に特異的な細胞死が確認された.この研究においてヒトのiPS細胞から作製された腎臓のオルガノイドは,腎臓のすべての組織をもちあわせていたうえ,in vitroにおいてヒトの腎臓の発生を模倣する系であり,将来的には,腎臓に対する毒性の試験,腎臓の病態モデルの確立,細胞療法などへの応用が期待される.

はじめに

 腎臓は中胚葉系の器官であり,その由来は原始線条にさかのぼる.原始線条は脊椎動物の発生の初期,原腸陥入期にエピブラストの片側に出現する線状の構造体で,前部原始線状は内胚葉への分化能をもち,後部原始線状は沿軸中胚葉,中間中胚葉,側板中胚葉のいずれかの体幹中胚葉に分化する.腎臓のもとになる中間中胚葉はウォルフ管と腎間葉へと分化し,それぞれ,尿管芽と後腎間葉の2種類の前駆細胞へと分化するとされている.しかし近年,マウスの胚の詳細な解析により,ウォルフ管と腎間葉は中間中胚葉において前後に離れて発生することが認識されはじめた1,2).これによると,ウォルフ管は胚の前方の中間中胚葉から発生し,そののち後方へと伸長する.一方,腎間葉は後方中間中胚葉から発生し,前方から伸長してきたウォルフ管と隣接し尿管芽の侵入をうける.腎臓の発生はこの尿管芽と後腎間葉の接触により開始される.以前に筆者らは,尿管芽および後腎間葉をヒトのES細胞から同時に分化させる手法について報告したが3),本来は由来の異なる2種類の前駆細胞をなぜ同時に分化させることができるのかについて疑問が残っていた.その謎を解くには,体幹中胚葉においてどのように前後軸が形成されるのかについて理解する必要があった.
 ニワトリの胚の観察によると,成長にともない胚が前後に伸長していく際には,胚の尾部(後方)に位置する原始線状から細胞がつぎつぎと分裂し,胚の体幹(前方)へと送り出される4).これは,さきに体幹へと送り出された細胞が体幹中胚葉の前方に位置し,のちに送り出された細胞は後方に位置することを意味する.では,移動を開始する時期により細胞の運命が左右されるのはどのような機序によるものであろうか.胚の前後軸の形成を支配するモルフォゲンとして,胚の前方において産生されるレチノイン酸,中間中胚葉への分化を誘導するFGF9,胚の尾部において発現するWNTが知られている.ここから筆者らは,原始線状から最初に前方へと移動した細胞は早期にレチノイン酸やFGF9に暴露されるがゆえに前方中間中胚葉へと分化する一方,遅れて移動した細胞はより長いあいだWNTシグナルに影響されるがゆえに後方中間中胚葉へと分化するという,中間中胚葉の前後軸の形成のモデルを仮定した5)図1).そして,この仮説がヒトの多能性幹細胞から中胚葉への分化においても適用されるのかiPS細胞を用いて検証した.

figure1

1.前方中間中胚葉と後方中間中胚葉の選択的な誘導

 筆者らは,さきの報告において,ヒトの多能性幹細胞をWNTシグナル刺激物質により数日間にわたり処理することで後部原始線条へと分化させ,そののち,FGF9の処理により中間中胚葉へと分化させた3).この手法は,胚における尾部の古典的WNTシグナルおよび体幹のFGF9シグナルを模倣した系である.そこで,この分化誘導系を使い,最初のWNTシグナル刺激物質による処理の期間を変化させる,つまり,細胞へFGF9の曝露が開始される時期を前後させることにより,前方中間中胚葉と後方中間中胚葉を選択的に分化させることができるかどうか検証した.実験では,ヒトのiPS細胞を4通りの処理期間にわたり培養したのち,FGF9の添加により中間中胚葉を分化させその違いを調べた.すると,短期間の処理からは前方中間中胚葉が分化し,逆に,長期間の処理からは後方中間中胚葉が分化した.これらの中間中胚葉を2次元培養しつづけると,前方中間中胚葉からは尿管芽細胞が発生し,後方中間中胚葉からは後腎間葉が発生した.一方,中期間の処理からは両方の中間中胚葉が同時に分化した.また,レチノイン酸が中間中胚葉の発生にあたえる影響について検証するため,FGF9の処理と同時にレチノイン酸あるいはレチノイン酸阻害剤を添加したところ,レチノイン酸は前方中間中胚葉の分化を促進した一方,レチノイン酸阻害剤はそれを阻害し,逆に,後方中間中胚葉の分化を促進した.以上より,原始線条細胞が体幹の方向へと移動する時間差が前方中間中胚葉および後方中間中胚葉の細胞運命を決定するというモデルは,ヒトのiPS細胞の分化誘導系にも適用されることが確認された.

2.腎臓のオルガノイドの作製

 この結果をふまえ,尿管芽と後腎間葉とを同時に分化させることのできるWNTシグナル刺激物質による4日間の処理の系を用いて腎臓のオルガノイドの作製を試みた.分化の開始から7日後(3日間のFGF9の処理)に細胞を培養皿より分離し,遠心分離により試験管内において再集合体を形成させたのち,メンブレンフィルターのうえで最長で20日間にわたり3次元培養をした.再集合体は時間の経過とともに成長し,3日目には豆状の腎包の形成がみられ,11日目には複雑なネフロンを自発的に構築する直径3~5 mm程度のオルガノイドが形成された.オルガノイドの内部には糸球体,近位尿細管,遠位尿細管,集合管の4つの構成要素をもつネフロンが特徴的な方向性をもち発生していた(図2).実際の腎臓の内部では皮質に糸球体,髄質に集合管が配置されているが,腎臓のオルガノイドでも同様に,底面に枝分かれした集合管が形成され,それが上方の遠位尿細管および近位尿細管へと伸びていき,最上面において糸球体へと終着していた.マウスの後腎間葉細胞を高濃度の古典的WNTシグナルにより刺激するとin vitroにおいてもネフロンへと分化することが知られているが6),オルガノイドにおいても初期における高濃度のWNTシグナル刺激物質による短時間の刺激により最大数のネフロンが形成された.作製された腎臓オルガノイドにおける遺伝子発現プロファイルを調べるため,次世代シークエンサーを用いたRNA-seq法により時系列にトランスクリプトームを解析した.その結果,オルガノイドの形成の過程において,まず腎臓前駆細胞のマーカー遺伝子が失われ,つづいて糸球体や尿細管などネフロンの構成要素のマーカー遺伝子の発現が上昇していた.また,ヒトの胎児の各種の臓器から得られた21のトランスクリプトームのデータセットと比較したところ7),ヒトのiPS細胞から作製された腎臓オルガノイドは妊娠3カ月目の胎児の腎臓にもっとも近似していることがわかった.

figure2

3.腎臓オルガノイドの内部の組織

 生体の腎臓においてはネフロンをとりかこむ腎臓間質には血管が発達している.体内の血液を濾過する役割をもつ腎臓にとり,これら血管の発生は非常に重要である.中間中胚葉は後腎間葉になるだけではなく,腎臓間質細胞や血管内皮細胞にも分化することが知られているため8),ヒトのiPS細胞から中間中胚葉を経由して分化した腎臓オルガノイドに血管系が存在していても不思議ではない.実際に,オルガノイドのネフロンのあいだには腎臓間質細胞が充満しており,そのなかで血管内皮細胞が血管網を形成していた.腎臓間質細胞は血管周皮細胞や糸球体のメザンギウム細胞に分化するが9),オルガノイドにおいても血管周皮細胞や糸球体のメザンギウム細胞が確認された.オルガノイドにみられたPDGFRA陽性のメザンギウム細胞はヒトの胎児期の腎臓においてごく初期の糸球体に存在するもので10),オルガノイドの糸球体が発生の初期の段階にあることが示唆された.透過型電子顕微鏡による観察により,それら初期の糸球体においては足細胞が足突起を糸球体の基底膜へと伸ばしているようすが確認されたが,糸球体の内部には血管系が発達していないためスリット膜は観察されなかった.ただし,一部の糸球体においては血管内皮細胞の侵入がみられ,今後,最適化された培養条件においては血管化された糸球体が形成される可能性が示唆された.また,透過型電子顕微鏡での観察によると,オルガノイドの近位尿細管および遠位尿細管はそれぞれに特徴的な管腔の構造,すなわち,近位尿細管の刷子縁および遠位尿細管の比較的平らな内皮と短い微絨毛をもっていた.これらの結果より,ヒトのiPS細胞から分化させた腎臓オルガノイドは,ネフロンのみならず間質や血管系といった腎臓の発生に必要な組織をすべて内包していることがわかった.

4.腎臓オルガノイドの機能性

 ヒトのiPS細胞から作製された腎臓オルガノイドが将来的に腎臓に対する毒性の試験や腎臓の病態モデルに利用できるかどうかは,ネフロンの機能的な成熟度しだいである.これを調べるため,腎臓においてビタミン,ホルモン,アミノ酸の再吸収を担う近位尿細管に焦点をしぼり解析した.近位尿細管における再吸収はおもにCubilinおよびMegalinの2種類の膜タンパク質を介したエンドサイトーシスによる.その発現を調べたところ,オルガノイドの近位尿細管は管腔側の膜においてCubilinを発現していた.また,蛍光標識したデキストランをオルガノイドの培養液に24時間にわたり添加したところ,デキストランは近位尿細管に特異的に取り込まれ,近位尿細管はほかの細胞よりもより活発にエンドサイトーシスを行っていることがわかった.
 近位尿細管はその表面に薬物を取り込むさまざまなトランスポーターを発現しているため,薬剤のもつ毒性におかされやすく,とくに,新薬の開発の段階において腎臓に対する毒性を試験できる系の開発は社会的な要請が大きい.抗がん剤であるシスプラチンは腎臓に対し毒性をもつ薬剤のひとつであり,人体に対する長期間あるいは高濃度の使用により副作用として近位尿細管にアポトーシスをひき起こす11).この毒性がオルガノイドの近位尿細管においても再現できるかどうか調べるため,さまざまな濃度のシスプラチンを培養液に添加し,24時間後にアポトーシスの進行の指標である切断型カスパーゼ3の免疫染色を行った.その結果,高濃度のシスプラチンはオルガノイドの内部のあらゆる細胞にアポトーシスをひき起こしたが,低濃度のシスプラチンは近位尿細管のとくに成熟した部分に有意にアポトーシスをひき起こすことがわかった.この結果から,腎臓オルガノイドの近位尿細管は機能的にある程度まで成熟しており,将来的には,腎臓に対する毒性の試験に利用できる可能性が示された.

おわりに

 この研究においては,中間中胚葉の前後軸の形成の分子機構を解き明かすことにより,ヒトのiPS細胞から腎臓が本来もつ構造的な複雑性をもつオルガノイドの作製に成功した.オルガノイドはすべての構成要素からなるネフロン,および,血管系や腎臓間質などの周辺組織も内包し,その遺伝子発現プロファイルはヒトの胎生期の腎臓と類似していた.一方,その成熟度に関してはさらなる改善の余地のあることは明らかであった.胎児期ではなく成人の腎臓であること,糸球体において毛細血管が発達していること,尿を腎臓から排出する出口となる尿管をもつこと,十分な大きさと数のネフロンをもつことなど,少なくともこれらすべての課題が達成されなければ腎臓オルガノイドを移植に利用することはむずかしい.とはいえ,移植のほかにも腎臓オルガノイドの利用価値はある.この研究においては,薬剤の腎臓に対する毒性の試験に利用できる可能性が示されたが,ほかにも,先天的な腎臓疾患をもつ患者の細胞から作製したiPS細胞を使ってその病態を腎臓オルガノイドにおいて再現できれば,疾患の発症機構の解明につなげることができる.あるいは,腎臓オルガノイドの内部の特定の細胞を単離すれば細胞療法に使用できるかもしれない.また,純粋にヒトの腎臓の発生の分子機構を解明するツールとしても利用できるだろう(図2).

文 献

  1. Taguchi, A., Kaku, Y., Ohmori, T. et al.: Redefining the in vivo origin of metanephric nephron progenitors enables generation of complex kidney structures from pluripotent stem cells. Cell Stem Cell, 14, 53-67 (2014)[PubMed]
  2. Xu, J., Wong, E. Y. M., Cheng, C. et al.: Eya1 interacts with Six2 and Myc to regulate expansion of the nephron progenitor pool during nephrogenesis. Dev. Cell, 31, 434-447 (2014)[PubMed]
  3. Takasato, M., Er, P. X., Becroft, M. et al.: Directing human embryonic stem cell differentiation towards a renal lineage generates a self-organizing kidney. Nat. Cell Biol., 16, 118-126 (2014)[PubMed]
  4. Sweetman, D., Wagstaff, L., Cooper, O. et al.: The migration of paraxial and lateral plate mesoderm cells emerging from the late primitive streak is controlled by different Wnt signals. BMC Dev. Biol., 8, 63 (2008)[PubMed]
  5. Takasato, M. & Little, M. H.: The origin of the mammalian kidney: implications for recreating the kidney in vitro. Development, 142, 1937-1947 (2015)[PubMed]
  6. Park, J., Ma, W., O’Brien, L. L. et al.: Six2 and Wnt regulate self-renewal and commitment of nephron progenitors through shared gene regulatory networks. Dev. Cell, 23, 637-651 (2012)[PubMed]
  7. Roost, M. S., van Iperen, L., Ariyurek, Y. et al.: KeyGenes, a tool to probe tissue differentiation using a human fetal transcriptional atlas. Stem Cell Reports, 4, 1112-1124 (2015)[PubMed]
  8. Mugford, J. W., Sipila, P., McMahon, J. A. et al.: Osr1 expression demarcates a multi-potent population of intermediate mesoderm that undergoes progressive restriction to an Osr1-dependent nephron progenitor compartment within the mammalian kidney. Dev. Biol., 324, 88-98 (2008)[PubMed]
  9. Kobayashi, A., Mugford, J. W., Krautzberger, A. M. et al.: Identification of a multipotent self-renewing stromal progenitor population during mammalian kidney organogenesis . Stem Cell Reports, 3, 650-662 (2014)[PubMed]
  10. Floege, J., Hudkins, K. L., Seifert, R. et al.: Localization of PDGF α-receptor in the developing and mature human kidney. Kidney Int., 51, 1140-1150 (1997)[PubMed]
  11. Cummings, B. S. & Schnellmann, R. G.: Cisplatin-induced renal cell apoptosis: caspase 3-dependent and -independent pathways. J. Pharmacol. Exp. Ther., 302, 8-17 (2002)[PubMed]

著者プロフィール

高里 実(Minoru Takasato)
略歴:2008年 東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了,同年 研究員,2009年 オーストラリアQueensland大学 研究員を経て,2015年よりオーストラリアMurdoch Childrens Research Institute上級研究員.
研究テーマ:ヒトの多能性幹細胞を使った腎臓の分化誘導系の開発.
関心事:基礎研究の成果をいかに医療への応用へとつなげるか,を模索中.

© 2015 高里 実 Licensed under CC 表示 2.1 日本


HIV-1のもつNefは膜貫通タンパク質であるSERINC3およびSERINC5の局在を変化させることにより感染力を維持する

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宇佐美好子・Yuanfei Wu・Heinrich G. Göttlinger
(米国Massachusetts大学Medical School,Department of Molecular, Cell, and Cancer Biology)
email:宇佐美好子
DOI: 10.7875/first.author.2015.119

SERINC3 and SERINC5 restrict HIV-1 infectivity and are counteracted by Nef.
Yoshiko Usami, Yuanfei Wu, Heinrich G. Göttlinger
Nature, 526, 218-223 (2015)

要 約

 HIV-1にコードされるNefおよびマウス白血病ウイルスにコードされるglycoGagはHIV-1の感染力を増強させる.筆者らは,NefおよびglycoGagが複数回膜貫通タンパク質であるSERINC3およびSERINC5の細胞の表面への局在を阻害することにより,その感染力の増強能を維持することを発見した.SERINC3あるいはSERINC5のノックダウンは,HIV-1の感染力に対しNefと同様の効果を示した.SERINC3およびSERINC5の二重欠損細胞において,Nefを欠損したHIV-1は野生型の細胞に比べ100倍も高い感染力を示した.この二重欠損細胞にSERINC3およびSERINC5を発現させると感染力の上昇は消失した.また,SERIN3およびSERINC5はHIV-1の複製を阻害した.SERINC3およびSERINC5はHIV-1の標的となる細胞に多く発現していることから,NefによるSERINC3およびSERINC5の抑制を阻害することはAIDSの治療に新しい道を開くと思われる.

はじめに

 AIDS(acquired immune deficiency syndrome,後天性免疫不全症候群)を発症させるHIV-1(human immunodeficiency virus type1,ヒト免疫不全ウイルス1型)にコードされるアクセサリータンパク質Nefは,HIV-1の複製に必須ではないがその感染力を増強し,HIV-1の病原性において重要な役割をはたしている1,2).しかし,その分子機構はいまだ明らかにされていない.マウス白血病ウイルスにコードされるglycoGagもまた,HIV-1の感染力についてNefと同様の効果を示す3).NefはHIV-1を産生する細胞の表面に存在するCD4を抑制するが,その作用は感染力の増強には関与しない4).一方,glycoGagはCD4を抑制しない3).glycoGagはII型膜貫通タンパク質であり,細胞質側にあるNefとは関係のない領域がNef様の活性に関与する5).これらの違いにもかかわらず,NefとglycoGagがHIV-1の感染力に関して同様の効果を示すことは非常に興味深く,関連する分子機構が存在すると思われた.

1.NefおよびglycoGagはSERINC3およびSERINC5のウイルス粒子への取り込みを阻害する

 T細胞にNefをもつあるいは欠損したHIV-1,あるいは,活性を示す最小の大きさのglycoGagをコードするHIV-1を感染させたのち,産生されたHIV-1を精製しプロテオーム解析を行った.Nefを欠損したHIV-1から検出されたがNefをもつHIV-1あるいは最小の大きさのglycoGagをコードするHIV-1からは検出されなかった唯一のタンパク質が,SERINC3であった.HAタグを付加したSERINC3が種々のタイプのNefあるいはglycoGagの存在のもとウイルス粒子に取り込まれるかどうかをイムノブロッティング法により確認したところ,NefSF2およびNef90CF056を除くNefおよびglycoGagの存在のもとではSERINC3は取り込まれなかった.Nef90CF056はHIV-1の感染力を増強しなかった一方,NefSF2はHIV-1の感染力を中程度に増強させたことから,ほかのSERINCファミリーのメンバーがウイルス粒子に取り込まれるかどうか調べたところ,NefSF2はSERINC5の取り込みを強く阻害した.SERINC3およびSERINC5をウイルス粒子に取り込まないNefを欠損したHIV-1は高い感染力を示し,NefによるSERINC3あるいはSERINC5のウイルス粒子への取り込みの効果と,HIV-1の感染力の増強の効果には相関が認められた.

2.NefおよびglycoGagはSERINC5の局在を変化させる

 SERINC5と蛍光タンパク質mCherryとの融合タンパク質を単独で発現させたところ,細胞膜およびフィロポディア様の突起にその存在が確認された.一方,NefあるいはglycoGagとともに発現させると,核の周囲に存在した.また,内部にHAタグを挿入したSERINC5をJurkatTAg細胞に発現させフローサイトメトリーにより解析したところ,細胞の表面に存在し,その局在はNefSF2あるいはglycoGagとの共発現により低下した.これらの結果から,NefおよびglycoGagはSERINC5の細胞の表面への局在を減少させると考えられた.

3.外部からくわえたSERINC3およびSERINC5はNefを欠損したHIV-1の感染力を低下させる

 293T細胞にてSERINC3あるいはSERINC5の存在下あるいは非存在下において産生させたNefを欠損したHIV-1を,TZM-bl細胞に感染させ感染力の違いを検討した.SERINC5の存在下で産生させたNefを欠損したHIV-1の感染力は,非存在下で産生させたときの100倍以下,SERINC3の場合は2~3倍以下だった.外部からくわえたSERINC3あるいはSERINC5は,ウイルス粒子の産生,Gagのプロセシング,HIV-1エンベロープの取り込みに影響しなかった.しかしながら,TZM-bl細胞における後期の逆転写産物は,SERINC5存在下で産生させたNefを欠損したHIV-1において,非存在下で産生させた場合の100倍以下であった.SERINC5の存在下で産生させたNefを欠損したHIV-1は,ヒトの末梢血単核球への感染力も低下していた.

4.SERINC3およびSERIN5のノックダウンはNefを欠損したHIV-1の感染力を増強させる

 JurkatTAg細胞は比較的高い濃度でSERINC3およびSERIN5を発現するが,siRNA法によりSERINC3あるいはSERINC5をノックダウンしたところ,Nefを欠損したHIV-1の感染力は,SERINC3のノックダウンでは4倍以上,SERINC5のノックダウンでは8倍以上,ダブルノックダウンでは最大で45倍以上も増強した.

5.Nefを欠損したHIV-1をSERINC3あるいはSERIN5を欠損した細胞で産生させると感染力は増強する

 Nefを欠損したHIV-1は,野生型のJurkatTAg細胞に比べ,SERINC3を欠損したJurkatTAg細胞において産生させると5倍,SERINC5を欠損したJurkatTAg細胞において産生させると13~20倍,SERINC3およびSERIN5の二重欠損細胞においては100倍以上も高い感染力を示した.野生型の細胞においてすでに高い感染力を示すNefをもつHIV-1およびglycoGagをもつHIV-1については,SERINC3およびSERIN5の二重欠損により有意の感染力の上昇は認められなかった.SERINC3およびSERIN5の二重欠損細胞にSERINC3あるいはSERIN5を発現させNefを欠損したHIV-1を産生させたとき,その感染力は二重欠損細胞に比べ,SERINC3の発現により4倍,SERINC5の発現により6倍,SERINC3およびSERIN5の発現により32倍も低下した.
 SERINC3およびSERIN5のHIV-1の複製に及ぼす効果について検討した.293T細胞において産生させたHIV-1を野生型の細胞に感染させると,Nefを欠損したHIV-1の複製はNefをもつHIV-1に比べ抑制された.しかし,SERINC3およびSERIN5の二重欠損細胞に感染させるとNefを欠損したHIV-1の複製は抑制されず,NefをもつHIV-1と同じ程度の複製が観察された.二重欠損細胞にSERINC3あるいはSERIN5を発現させると,Nefを欠損したHIV-1の複製は抑制された.

おわりに

 HIV-1のもつNefおよびマウス白血病ウイルスのもつglycoGagは,SERINC3およびSERINC5の細胞の表面への局在を効果的に阻害し,ウイルス粒子への取り込みを阻害することによりHIV-1の感染力を維持すると考えられた(図1).SERINCファミリーのメンバーの機能についてはまだよく解明されていないが,すべての真核生物に存在し,ホスファチジルセリンおよびスフィンゴ脂質へのセリンの取り込みを増加させることが報告されている6).この活性は,ウイルスの感染力において重要であるウイルスエンベロープの脂質の組成7) に影響を及ぼす可能性がある.

figure1

 この研究において明らかにされたSERINC3およびSERINC5の抗ウイルス効果は,AIDSに対する新規の治療法を提供するだけでなく,すべてのウイルスに対抗する手段として有効である可能性がある.

文 献

  1. Chowers, M. Y., Pandori, M. W., Spina, C. A. et al.: The growth advantage conferred by HIV-1 nef is determined at the level of viral DNA formation and is independent of CD4 downregulation. Virology, 212, 451-457 (1995)[PubMed]
  2. Munch, J., Rajan, D., Schindler, M. et al.: Nef-mediated enhancement of virion infectivity and simulation of viral replication are fundamental properties of primate lentiviruses. J. Virol., 81, 13852-13864 (2007)[PubMed]
  3. Pizzato, M.: MLV glycosylated-Gag is an infectivity factor that rescues Nef-deficient HIV-1. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 9364-9369 (2010)[PubMed]
  4. Goldsmith, M. A., Warmerdam, M. T., Atchinson, R. E. et al.: Dissociation of the CD4 downregulation and viral infectivity enhancement functions of human immunodeficiency virus type 1 Nef. J. Virol., 69, 4112-4121 (1995)[PubMed]
  5. Usami, Y., Popov, S. & Gottlinger, H.: The Nef-like effect of murine leukemia virus glycosylated gag on HIV-1 infectivity is mediated by its cytoplasmic domain and depends on the AP-2 adaptor complex. J. Virol., 88, 3443-3454 (2014)[PubMed]
  6. Inuzuka, M., Hayakawa, M. & Ingi, T.: Serinc, an activity-regulated protein family, incorporates serine into membrane lipid synthesis. J. Biol. Chem., 280, 35776-35783 (2005)[PubMed]
  7. Waheed, A. A. & Freed, E. O.: The role of lipids in retrovirus replication. Viruses, 2, 1146-1180 (2010)[PubMed]

著者プロフィール

宇佐美 好子(Yoshiko Usami)
略歴:1993年 岐阜薬科大学大学院にて博士号取得,藤田保健衛生大学 研究員,岐阜薬科大学 助手,エイズ予防財団 リサーチレジデントを経て,2004年より米国Massachusetts大学Medical School.

Yuanfei Wu
米国Massachusetts大学Medical SchoolにてResearch Specialist.

Heinrich G. Göttlinger
米国Massachusetts大学Medical SchoolにてProfessor.

© 2015 宇佐美好子・Yuanfei Wu・Heinrich G. Göttlinger Licensed under CC 表示 2.1 日本

ギボシムシのゲノムから考察する新口動物の起源

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川島武士1・Oleg Simakov 1・佐藤矩行1・田川訓史2
1沖縄科学技術大学院大学 マリンゲノミックスユニット,2広島大学大学院理学研究科 附属臨海実験所)
email:川島武士
DOI: 10.7875/first.author.2015.117

Hemichordate genomes and deuterostome origins.
Oleg Simakov, Takeshi Kawashima, Ferdinand Marlétaz, Jerry Jenkins, Ryo Koyanagi, Therese Mitros, Kanako Hisata, Jessen Bredeson, Eiichi Shoguchi, Fuki Gyoja, Jia-Xing Yue, Yi-Chih Chen, Robert M. Freeman Jr., Akane Sasaki, Tomoe Hikosaka-Katayama, Atsuko Sato, Manabu Fujie, Kenneth W. Baughman, Judith Levine, Paul Gonzalez, Christopher Cameron, Jens Fritzenwanker, Ariel M. Pani, Hiroki Goto, Miyuki Kanda, Nana Arakaki, Shinichi Yamasaki, Jiaxin Qu, Andrew Cree, Yan Ding, Huyen H. Dinh, Shannon Dugan, Michael Holder, Shalini N. Jhangiani, Christie L. Kovar, Sandra L. Lee, Lora R. Lewis, Donna Morton, Lynne V. Nazareth, Geoffrey Okwuonu, Jireh Santibanez, Rui Chen, Stephen Richards, Donna M. Muzny, Leonid Peshkin, Michael Wu, Tom Humphreys, Yi-Hsien Su, Nicholas Putnam, Jeremy Schmutz, Asao Fujiyama, Jr-Kai Yu, Kunifumi Tagawa, Kim C. Worley, Richard A. Gibbs, Marc W. Kirschner, Christopher J. Lowe, Noriyuki Satoh, Daniel S. Rokhsar, John Gerhart
Nature, 527, 459-465 (2015)

要 約

 2種のギボシムシのゲノムを解読し,ほかの生物と比較解析した.その結果,新口動物の共有派生形質としての鰓裂は,Pax1/9遺伝子を中心とした4つの転写因子をコードする遺伝子を含む遺伝子クラスターの形成により登場し,この遺伝子クラスターが咽頭部における遺伝子発現の制御を担うことにより,新口動物に特徴的な咽頭部のさまざまな形態の進化へとつながったという仮説が得られた.鰓裂の獲得と同時に新口動物の祖先が獲得した新口動物だけがもつ遺伝子により,ろ過摂食に必要な繊毛および粘液の進化も進んだことが示唆された.新口動物の祖先はおそらく現生のギボシムシに似た生物で,繊毛,鰓列,粘液をもちろ過摂食に適した環境に生息していたのだろう.これらの結果は,脊椎動物を含む新口動物の系統の進化を考えるうえで多くの示唆をあたえるであろう.

はじめに

 ゲノム説をとなえた木原 均は“地球の歴史は地層に,生物の歴史は染色体に記されてある”と述べた.この言葉を借りるなら,新口動物の進化の歴史は新口動物のゲノムに記されてあるといえるだろう.まさにそれを裏づけるようなデータが,半索動物門に属するギボシムシのゲノムという,ひとつのピースがはまったことによりうかびあがってきた.この研究において,筆者らは,おもに太平洋に生息するヒメギボシムシ(Ptychodera flava)と,おもに大西洋に生息するクビナガギボシムシ(Saccoglossus kowalevskii)の,2種のギボシムシのゲノムを解読した.ほかの生物のゲノムとの比較解析において,遺伝子の並びの保存性についての解析(シンテニー解析),および,新口動物に特異的な遺伝子の探索から,新口動物の起源について興味深いことがわかった.
 なお,ヒメギボシムシとクビナガギボシムシには,発生において大きな違いがある.ヒメギボシムシは,受精卵が発生してトルナリアとよばれるプランクトン幼生になり,数カ月の浮遊期間をへて変態し,成熟して成体となる.クビナガギボシムシの受精卵は,発生して数日で親と似た形態をもつ幼若体となり,途中にプランクトン幼生の時期をへない.前者を間接発生,後者を直接発生とよぶ.今回の研究においては,ヒメギボシムシとクビナガギボシムシのゲノムの比較をもとに,直接発生と間接発生のどちらが祖先的であるか,また,発生システムが進化的にどのように変更されたのかについても明らかにされることが期待されたが,残念ながら,この観点についてはこれという成果は得られなかった.今後のより詳細な解析が必要であろう.

1.ギボシムシは砂の中に棲むろ過摂食者で鰓裂および粘液というめだった特徴をもつ

 ギボシムシは海底の砂泥の中で生活する無脊椎動物で,浅い海から深海にまで分布している(図1).和名の由来は,吻(ふん)とよばれる体の前端部分の形状が,寺や橋の欄干に使われる擬宝珠(ぎぼし)に似ていることからきている.英語ではドングリ虫(acorn worm)とよばれるが,これも吻の形状からきている.体全体は細長く,吻につづいて,襟部,体幹部と3つの領域から構成される.体幹部の前半分ぐらいに鰓が開いており,分類名の腸鰓類とはこの大きくめだつ鰓部からつけられている.吻の根元の近くにある口から砂を食べ,鰓の部分で海水をろ過し,後端部の近くにある肛門から砂を排出する.ギボシムシの排泄した砂は,積もった糞塊として海水浴などの際に多くの人の目にふれている.体全体をおおう大量の粘液は鰓においてろ過にはたらくほか,砂の中の細菌からの防御の役割もはたすと考えられている.この粘液は臭化化合物を含むため,ギボシムシの多くはとても臭い.このような生物だが,5~6億年前にはヒトと祖先を同じくし,新口動物に分類されている.

figure1

2.新口動物の共有派生形質のもっとも有力な候補は鰓裂である

 新口動物は,ヒトやナメクジウオなどの脊索動物門,ウニやヒトデやウミユリなどの棘皮動物門,そして,ギボシムシやフサカツギなどの半索動物門の3つの動物門から構成される.ところが,この3つの動物門に共通する形質,つまり共有派生形質がみあたらないため,新口動物の共通の祖先がどのような生物であったのかについて,ながらく議論がつづいてきた.そして,近年までのいくつか発見により,鰓裂(鰓の裂け目の構造)が新口動物の共有派生形質なのではないかと考えられるようになった.鰓裂とその周辺の構造を新口動物の共有派生系質とみなすにいたった重要で現代的な知見として,つぎの2つがあげられる.1)鰓裂をもたない棘皮動物であるが,その化石の記録から祖先は鰓裂をもち,現生の動物においては2次的に失われたものであること.同様に,脊椎動物についても鰓裂をもたないものがあるが,これも2次的に失われたか,あるいは,現生の生物では発生の一時期のみに現われるため観察しづらいこと1).2)Pax1/9遺伝子が,脊椎動物においては咽頭弓に,ホヤにおいては鰓裂に,ギボシムシにおいても鰓裂において発現することから,これらが相同な器官であることが分子レベルでも強く示唆されたこと2).なお,咽頭弓は脊椎動物の発生においてみられる器官で,成体では頭部から喉もしくは鰓のあたりを形成する.鰓裂もこの咽頭弓と咽頭弓のあいだに観察される.このように,新口動物の進化については形態および分子的な観点から研究が進んできた.しかし,ゲノムの比較解析を進めるのに,脊索動物門の生物および棘皮動物門の生物のゲノムはすでに2000年および2006年に解読されていたが,最後の主要なピースといえる半索動物門のゲノムが解読されないまま,ながらく待たれてきた.

3.ギボシムシを含む新口動物には保存された咽頭部形成遺伝子クラスターが存在する

 これまでの比較ゲノム解析から,染色体における逆位や組換えさらには遺伝子の欠損などが頻繁に起こることにより,ゲノムにおける遺伝子の並びが大きく変わっている生物がみつかっている.その代表的なものとしてオタマボヤやワムシがあげられるが,もし,そのような生物を比較解析に用いても,共通する祖先における遺伝子の並びの痕跡をみつけることは困難であろう.一方で,ヒトとナメクジウオのように,おそらく分岐してから5億年以上もたった2系統でありながら,多くの遺伝子の並びに保存性(マイクロシンテニー)を見い出すことのできる生物も存在する3).幸いなことに,ギボシムシのゲノムはナメクジウオと同じ程度に遺伝子の並びがよく保存されていた.たとえば,ほぼ完全なHox遺伝子およびParaHox遺伝子を含む,多くのマイクロシンテニーが見い出された.
 さきに述べた鰓裂に特異的な遺伝子であるPax1/9遺伝子を含む近傍の遺伝子の並びが,新口動物において広く保存されていることがわかってきた4,5).この遺伝子クラスターはNkx2.1遺伝子,Nkx2.2遺伝子,Pax1/9遺伝子,Slc25A21遺伝子,Mipl1遺伝子,FoxA1遺伝子の6つの遺伝子から構成されており,さらに近傍の3つの遺伝子にも保存性があった.このうち,Nkx2.1遺伝子,Nkx2.2遺伝子,Pax1/9遺伝子,FoxA1遺伝子は,細胞の分化にかかわる転写因子をコードする.これら6つの遺伝子は,ヒト,ナメクジウオ,2種のギボシムシ,オニヒトデにおいて,いくらかの分断や順番の入れ替えはあったものの,ほぼ完全な遺伝子セットをもつ遺伝子クラスターとして見い出された.一方で,旧口動物にもこれらの遺伝子のひとつひとつは存在するが,遺伝子クラスターとしては存在していない.Pax1/9遺伝子は鰓裂に特異的に発現することが知られており,また,Nkx2.1遺伝子も鰓部の近傍に特異的に発現することが知られている6).ギボシムシにおいてこの遺伝子クラスターに含まれるほかの2つの転写因子の遺伝子の発現パターンを調べたところ,Nkx2.2遺伝子は鰓開口部の腹側の内胚葉において発現し,FoxA遺伝子は内胚葉の全体において発現するが,鰓開口部でのみ発現が抑えられていた.つまり,この遺伝子クラスターにコードされる4つの転写因子は,いずれも鰓裂およびその周辺の組織に特異性をもたらすことが強く示唆された.
 なお,これらの遺伝子にとなりあう残りの遺伝子の発現および機能については不明である.最近になり,転写因子をコードする遺伝子にとなりあう遺伝子は,遺伝子のあいだにある制御領域を保存するため遺伝子の並びが固定化される傾向にあることが報告された.この遺伝子クラスターは鰓裂の形成にかかわる4つもの転写因子をコードするため,残りの5つの遺伝子の並びは,その遺伝子間領域が複雑な発現制御にかかわるために拘束されているのかもしれない.このことは,鰓裂を形成しなくなった棘皮動物においてもこの遺伝子クラスターが高度に保存されていることからも推測された.また,実際にマウスにおいて,Pax1/9遺伝子の制御は数百kbも離れたところにもおよぶことが知られている7)
 これらの結果から,この研究からの強いメッセージとして,並びのそろった4つの転写因子の遺伝子とその近傍の遺伝子による遺伝子クラスターが新口動物の祖先において生じ,新口動物にみられる形態的にきわだった新規性といえる咽頭部(鰓部)の器官の進化における制御の役割を担ってきた,という仮説を提唱した(図2).この遺伝子クラスターを含む領域は咽頭部形成遺伝子クラスターともよぶべきであり,非コード領域を含め,今後の新口動物の解析において注目すべき領域といえるだろう.

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4.新口動物に特異的な遺伝子には粘液の形成に関連する遺伝子が含まれる

 新口動物に特異的な遺伝子の探索において,できるだけ多くの生物のゲノムと比較するため,2種のギボシムシを含む11種の新口動物にくわえ,47種の生物のデータを用いた.その結果,新口動物に共通する遺伝子として9000弱の遺伝子ファミリーが同定された.そのうち,369の遺伝子ファミリーはほかの動物のゲノムにはコードされておらず,このなかから,31の遺伝子ファミリーを新口動物を進化的に特徴づける遺伝子の候補とした.このなかにはシアル酸の合成にかかわる複数の遺伝子がみつかり,これらは,シアル酸合成系の11のステップのうち開始点を含む5つのステップにかかわっていた.シアル酸はおもに新口動物に広く見い出され,かつては新口動物を特徴づける化合物とされてきた.シアル酸からの最終代謝産物はムチンなど糖タンパク質の糖部分に用いられ,すなわち,新口動物の粘液系の形成にはたらく.シアル酸を含むムチンの糖タンパク質の合成系は,新口動物と旧口動物においてそれぞれ独立に獲得されたのか,それとも,より古い祖先において獲得されたのち新口動物を含むいくつかの系統にのみ保存されたのかどうかはわからない.しかし,新口動物の進化においてムチンを含む糖タンパク質の多様化が進んだことはまちがいない.
 このことを支持する別の特徴として,ギボシムシのゲノムにおいてvWDドメインをもつタンパク質が非常に多様化していることがわかった.ヒメギボシムシおよびクビナガギボシムシはそれぞれ約150および約200のvWDドメインを含む遺伝子をもち,そのうちいくつかは同じドメインの組合せの単位をとっていた.このドメインの組合せの単位は新口動物に特徴的なものであり,ムチンもこのドメインの組合せの単位を含んでいた.ギボシムシは鰓裂のはじまる付近に多くの繊毛をもち,この繊毛により生じた水流によりえさとなる砂の中の粒子を鰓裂へと運び,粘液によりろ過して消化管に運ぶと考えられている.すなわち,粘液と繊毛を利用したろ過摂食を行う.新口動物の祖先において,ろ過摂食に必要な粘液の形成にかかわる遺伝子の多様化が生じ,ギボシムシにおいては現生の生物においてもなお,粘液に関連するタンパク質の多様化がつづいていることが示唆された.

おわりに

 ギボシムシのゲノム解読においてハイライトになる,新口動物の起源についての考察について述べた.この研究においては,さらに,新口動物の系統関係についても解析しており,既知の系統関係のほとんどが支持されることが確認された.新口動物と近縁であることが議論されている珍渦虫および無腸動物の系統的な位置についても詳細に解析したが,残念ながら,その結論は“まだ決定することができない”というものであった.しかし,咽頭部形成遺伝子クラスターおよび新口動物に特異的な遺伝子の候補の存在が提示されたことから,それらの有無が珍渦虫および無腸動物のゲノムにおいて確認されるかどうかが注目される.この研究においては,ほかにもLefty遺伝子や非コード領域の保存性など,多くの解析がなされている.
 最後に,このゲノムプロジェクトの歴史を振り返る.2種のギボシムシのうちヒメギボシムシのゲノム解読は,2005年,筆者らのひとり(田川)が,ゲノム特定領域研究において分担研究として開始した.2006年,筆者らのひとり(川島)は,オアフ島におけるヒメギボシムシの採集に参加する機会を得て,これがきっかけでギボシムシに注目するようになり共同研究者として参画した.一方で,それにさきがけ,クビナガギボシムシのゲノムプロジェクトは米国Harvard大学などが開始していたが,技術的なさまざまな問題からよいデータを得られず苦労していたようである.状況が大きく変わったのは,2013年ごろ,日米の共同研究として報告することが決まってからである.それからは,ヒメギボシムシは川島が,クビナガギボシムシは筆者らのひとり(Simakov)が担当し,ほかの共同研究者も含めた定期的な電話会議によりデータ解析の統合および論文化が着実に進んでいった.データを突き合わせていくうち,どちらも粘液系の多様化に気づき,解析結果の統合化の作業をつうじ,今回,提唱した仮説へとつながった.紆余曲折はあったが,足かけ10年のプロジェクトがここで大きな成果を得て結実したことにホッとしている.

文 献

  1. Swalla, B. J. & Smith, A. B.: Deciphering deuterostome phylogeny: molecular, morphological and palaeontological perspectives. Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 363, 1557-1568 (2008)[PubMed]
  2. Ogasawara, M., Wada, H., Peters, H. et al.: Developmental expression of Pax1/9 genes in urochordate and hemichordate gills: insight into function and evolution of the pharyngeal epithelium. Development, 126, 2539-2550 (1999)[PubMed]
  3. Putnam, N. H., Butts, T., Ferrier, D. E. et al.: The amphioxius genome and the evolution of the chordate karyotype. Nature, 453, 1064-1071 (2008)[PubMed]
  4. Santagati, F., Abe, K., Schmidt, V. et al.: Identification of cis-regulatory elements in the mouse Pax9/Nkx2-9 genomic region: implication for evolutionary conserved synteny. Genetics, 165, 235-242 (2003)[PubMed]
  5. Wang, W., Zhong, J., Su, B. et al.: Comparison of Pax1/9 locus reveals 500-Myr-old syntenic block and evolutionary conserved noncoding regions. Mol. Biol. Evol., 24, 784-791 (2007)[PubMed]
  6. Lowe, C., Wu, M., Salic, A. et al.: Anteroposterior patterning in hemichordates and the origins of the chordate nevous system. Cell, 113, 853-865 (2003)[PubMed]
  7. Kokubu, C., Horie, K., Abe, K. et al.: A transposon-based chromosomal engineering method to survey a large cis-regulatory landscape in mice. Nat. Genet., 41, 946-952 (2009)[PubMed]

著者プロフィール

川島 武士(Takeshi Kawashima)
略歴:2001年 京都大学大学院理学研究科 修了,2003年 同 助手,2006年 米国DOE Joint Genome Institute研究員,2008年 沖縄科学技術研究基盤整備機構 グループリーダー,2013年 基礎生物学研究所 研究員を経て,2015年より筑波大学生命環境系 助教.
研究テーマ:動物の多様性をゲノムの解析をつうじて理解する.
抱負:つぎの誰かにつながる研究成果をめざしています.

Oleg Simakov
沖縄科学技術大学院大学 研究員.

佐藤 矩行(Noriyuki Satoh)
沖縄科学技術大学院大学 教授.

田川 訓史(Kunifumi Tagawa)
広島大学大学院理学研究科 准教授.

© 2015 川島武士・Oleg Simakov・佐藤矩行・田川訓史 Licensed under CC 表示 2.1 日本

ショウジョウバエにおけるモルフォゲンDppによる細胞の増殖および分化のたくみな制御

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秋山 琢也
(米国Stowers Institute for Medical Research)
email:秋山琢也
10.7875/first.author.2015.134

Decapentaplegic and growth control in the developing Drosophila wing.
Takuya Akiyama, Matthew C. Gibson
Nature, 527, 375-378 (2015)

要 約

 生物はどのようにかたちづくられるのだろうか? この問題を理解するうえで,細胞の増殖および運命決定を制御するモルフォゲンは鍵となる重要な分子である.ショウジョウバエのDppはモルフォゲンの機能を解析するモデルとして中心的な役割をはたしてきた.Dppは翅原基の前後部の区画の境界にそった前部側の細胞において産生され,前後軸にそった濃度勾配を形成することにより翅原基におけるパターン形成および細胞増殖を制御すると考えられている.しかしながら,パターン形成の理解に比べ,Dppの濃度勾配がどのように細胞増殖を制御するかについては不明な点が多く議論の的になっていた.今回,筆者らは,CRISPR/Cas9を利用したゲノム編集技術を用いてDppの発現を時空間的に制御する系を構築し,翅原基からDppの濃度勾配を取り除くことによりこの問題に直接的に取り組んだ.その結果,幼虫初期の翅原基においてDppは細胞増殖に必須だが,幼虫後期においてDppの濃度勾配は細胞増殖には必須ではなく,おもにパターン形成を制御していることが明らかにされた.これまで考えられていたモデルとは異なり,幼虫期におけるパターン形成および細胞増殖におけるDppの必要性は時空間的にダイナミックに変化しているのではないかと考えられた.

はじめに

 多細胞生物の発生は受精卵からはじまる.受精卵はいったいどのように増殖し異なる運命を獲得していくのか? 複雑な組織あるいは器官はどのように構築され,最終的に約37兆個の細胞からなる人体がつくりだされるのか? このシンプルかつ重要な問題は長年にわたり多くの発生生物学者を虜にしてきた.そして,ショウジョウバエやマウスなどのモデル生物を用いた研究により,多くの分泌性の増殖シグナル分子がモルフォゲンとしてはたらき,細胞の増殖および分化を制御していることが明らかにされてきた.

1.モルフォゲンの発見

 1952年,生物の多種多様かつ複雑な形態形成は仮想上の化学物質“モルフォゲン”の反応拡散により説明することができるという仮説が唱えられた1).この仮説は,1960年代後半から体系的にまとめられモルフォゲン濃度勾配説になった2,3).局在する分泌細胞から産生されたモルフォゲンは未分化の細胞塊において拡散し濃度勾配を形成することにより,細胞に位置情報をあたえ濃度に依存して細胞に異なる分化を導く(図1a).現在,このモルフォゲン濃度勾配説は発生生物学における重要な礎のひとつであるが,この仮説が提唱されてから最初のモルフォゲンの分子実体が発見されるまで,約40年の年月を要している.

figure1

 1988年,最初のモルフォゲンとしてショウジョウバエにおいてBicoidが同定された.卵の形成の過程においてメスの哺育細胞にて転写され卵母細胞の前側へと輸送されたBicoid遺伝子のmRNAは受精卵において翻訳され,Bicoidは細胞質分裂をともなわないシンシチウム胞胚において前部側から濃度勾配を形成し胚における前後軸のパターン形成を制御する4).そののち1990年代には,分泌型のモルフォゲンとしてショウジョウバエにおいてBMP2/4ホモログであるDppが発見された4).今日まで,BMPのみならず,TGFβ,FGF,Wnt,Hedgehogなど多くの分泌性の細胞増殖シグナル分子が脊椎動物および無脊椎動物の発生の過程においてモルフォゲンとしてはたらき生物のかたちづくりを制御することがわかっている.

2.ショウジョウバエのモルフォゲンDpp

 ショウジョウバエなどの完全変態昆虫においては,幼虫の体内に成虫の形態づくりのもとになる組織成虫原基が準備されている.1982年,15個の成虫原基が正常に発生できない変異としてdpp変異が見い出された5).Dppのモルフォゲンとしての活性が翅原基をモデルとして証明された大きな要因のひとつとして,1980年代から急速に発展した分子生物学的な手法の貢献は大きい.生体において遺伝子の発現パターンを可視化するin situハイブリダイゼーションや,出芽酵母に由来する組換え配列をショウジョウバエの染色体に導入し組換え酵素を介した体細胞組換えにより変異をもつ細胞クローンを誘導するモザイク技術などを駆使することにより,Dppは翅原基の前後部の区画の境界にそった前部側の細胞から分泌され前後軸にそった濃度勾配を形成し,濃度に依存して標的となる遺伝子の発現を制御することにより翅脈の位置を決定することが明らかにされた(図1b).

3.Dppの濃度勾配による細胞増殖の制御

 幼虫期において,翅原基の細胞は組織にて空間的に均一な細胞分裂をくり返し成虫の翅を形成する準備をしている.それでは,いったいどのようにDppの濃度勾配が均一な細胞分裂を制御するのだろうか? この問題は濃度に依存的な翅原基のパターン形成に比べむずかしい.とくに,翅原基の大きさが2倍以上も大きくなる幼虫後期において,Dppはいかにして均一な細胞増殖を制御するのか? 2000年以降,翅原基の扱いやすさとあいまって,この問題は多くの発生生物学者および数学者の興味をひいた.そして,複数の研究グループから互いにあいいれないモデルが提唱され大きな議論の的になってきた6).たとえば代表的なモデルとして,翅原基の均一な細胞分裂は,相対的なDppの活性により制御されるというモデルと7).Dppと細胞増殖阻害タンパク質との協調により制御されるというモデルとがある8,9).前者のモデルでは,翅原基の個々の細胞はDppの活性を測定しそのレベルが相対的に50%増加するごとに1回の細胞分裂をする.これにより,Dppの濃度に依存せず均一な細胞増殖を達成することができる.後者のモデルでは,Dppは翅原基の中央部においてDppの標的であり細胞増殖阻害タンパク質であるBrkの発現を抑制することにより細胞増殖を促進する.翅原基の側部ではBrkが細胞分裂の頻度を制御し,このDppとBrkを介した翅原基の中央部と側部との協調により均一な細胞増殖が達成されるとする.それでは,どうしてこのように異なるモデルが提唱されたのか?

4.これまでのDppの研究における問題点

 これまで,Dppはおもに大量発現系を用いて研究されてきた.モルフォゲンの濃度勾配の形成はその発現量および安定性に大きく影響される.そのため,大量発現系を利用して得られた観察の結果は本来のモルフォゲンの濃度勾配を反映していない可能性が高い.このようなおのおのの研究グループの異なる実験アプローチが,相反するモデルの提唱につながったのかもしれない.それでは,なぜシンプルにDppの濃度勾配を翅原基から遺伝学的に取り除いて,その細胞増殖に対する影響を観察しなかったのだろうか? これには,dpp遺伝子のもつ性質が大きくかかわっている.
 生物は相同染色体に同じ遺伝子を2つもち,通常,一方の遺伝子に変異が生じても,もうひとつの遺伝子により補われる.しかしながら,dpp遺伝子は片方の遺伝子からつくられる産物では不十分であり,優勢的に表現型を表わすハプロ不全を生じ,1コピーのdpp遺伝子しかもたない個体は胚性致死になる.このため,dpp遺伝子の機能を完全に欠失した変異体を用いて幼虫期においてDppの機能を解析することができなかった.また,内在性のDppの発現を確認する抗体などの手段もなかった.このような状況が,Dppの濃度勾配による細胞増殖の制御において議論をまき起こすひとつの要因になったのかもしれない.

5.Dppによる発生の過程に特異的な細胞の増殖および運命決定の制御

 翅原基の前後部の区画の境界にそってDppの発現を検出する抗体を作製した.モザイク技術によりdpp遺伝子の活性を部分的に欠失したハイポモルフィック変異を生じた細胞クローンをDppを発現する領域に誘導してこの抗体の特異性を調べたところ,Dppの発現は変異をもつ細胞クローンにおいていちじるしく低下していた.しかしながら,サイズの大きな細胞クローンをDppを発現する領域に形成させても翅原基の成長にはほとんど影響を及ぼさなかった.このハイポモルフィック変異を用いたモザイク実験の結果は,Dppの濃度勾配は翅原基の細胞増殖において必ずしも必要ではないことを示した.
 この実験をdpp遺伝子の機能を完全に欠失した変異体において行うため,CRISPR/Cas9を利用したゲノム編集技術により,dpp遺伝子のコンディショナルノックアウトショウジョウバエを作製した.まず,CRISPR/Cas9によりdpp遺伝子の領域に2本鎖DNA切断を導入し,相同組換え修復機構を利用して2つの組換え配列をdpp遺伝子の上流および下流に順向きに挿入した.このコンディショナルノックアウトショウジョウバエは組換え酵素の活性のない状態ではdpp遺伝子をホモでもつため,野生型と変わらない形質をもつ.そのため,組換え酵素の発現を時間的あるいは空間的に制御することによりdpp遺伝子を完全に破壊することができる.また,この方法により,dpp遺伝子のハプロ不全の問題を克服し,幼虫期および成虫期におけるDppの機能の解析が可能になった.
 幼虫の初期において組織の全体にてDppの発現を欠失させると,これまでの知見と一致して,翅原基は成長不全になった5).また,この結果からdpp遺伝子のコンディショナルノックアウト系がショウジョウバエにおいてはたらいていることが示された.幼虫後期におけるDppの濃度勾配の細胞増殖への影響について調べるため,組換え酵素の発現を翅原基の前後部の区画の境界において特異的に誘導した.産卵後72時間から120時間にかけてDppの発現およびDppシグナルの活性を継時的にモニターした結果,Dppの濃度勾配が幼虫後期をとおして正常に形成されず,パターン形成に異常をきたすことがわかった.しかしながら,これまでのDppの濃度勾配による細胞増殖の制御のモデルとは異なり,この濃度勾配は細胞増殖には必須でないことが示された.Dppの濃度勾配を完全に欠失した翅原基はほぼ正常な大きさにまで成長し,幼虫後期におけるDppの濃度勾配の主要な役割はパターン形成であることが明らかにされた.

おわりに

 Nature誌のこの論文と同じ号には,異なる遺伝学的な手法により同じ問題に取り組んだ論文が掲載された10).手法の違いのためか,すべての結論において一致はしてないが,翅原基における均一な細胞分裂はDppの濃度勾配に依存して制御されていないことが示された.
 今回,筆者らは,幼虫初期においてDppは細胞増殖に必要不可欠だが,大きさが2倍以上も大きくなる幼虫後期の翅原基においてDppの濃度勾配は細胞増殖には必須でなく,パターン形成を制御していることを明らかにした.これまで考えられていたモデルとは異なり,Dppの役割は幼虫期をとおして時間的にも空間的にもダイナミックに変化していると思われた.モルフォゲンとしてはたらくほかの分泌性の細胞増殖シグナル分子もDppと同じように細胞の増殖および運命決定をつねに同時に制御しているのではなく,発生の時期に応じてその役割をたくみに変化させることにより生物をかたちづくっているのかもしれない.
 近年,CRISPR/Cas9を利用したゲノム編集技術に代表される分子生物学的な手法,また,生体分子の機能や動態を可視化する技術などの発展がいちじるしい.今後,これら最新の手法を駆使して幹細胞,再生医学,エピジェネティクスなどの研究がますます進んでいくであろう.しかし,筆者は,“温故知新”という故事成語にあるように,このような最先端の技術を用いて先人たちが発見した問題や完全に解けなかった謎に取り組むこと,そして,モルフォゲンによる細胞増殖や分化の制御のような教科書的な事実を鵜呑みにせず,まだそこに存在する未解決の重要な問題を研究することも,これからのサイエンスのひとつの方向性だと考える.そして,そのような研究から得られる“故くて新しい学問”があると信じている.

文 献

  1. Turing, A. M.: The chemical basis of morphogenesis. Philos. Trans. R. Soc. Lond. B. Biol. Sci., 237, 37-72 (1952)
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  3. Crick, F.: Diffusion in embryogenesis. Nature, 225, 420-422 (1970)[PubMed]
  4. Akiyama, T. & Gibson, M. C.: Morphogen transport: theoretical and experimental controversies. Wiley Interdiscip. Rev. Dev. Biol., 4, 99-112 (2015)[PubMed]
  5. Spencer, F. A., Hoffmann, F. M. & Gelbart, W. M.: Decapentaplegic: a gene complex affecting morphogenesis in Drosophila melanogaster. Cell, 28, 451-461(1982)[PubMed]
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  9. Schwank, G., Yang, S. F., Restrepo, S. et al.: Comment on “Dynamics of dpp signaling and proliferation control”. Science, 335, 401 (2012)[PubMed]
  10. Harmansa, S., Hamaratoglu, F., Affolter, M. et al.: Dpp spreading is required for medial but not for lateral wing disc growth. Nature, 527, 317-322 (2015)[PubMed]

著者プロフィール

秋山 琢也(Takuya Akiyama)
略歴:2003年 東京都立大学大学院理学研究科にて博士号取得,米国Minnesota大学 博士研究員,米国Brown大学 博士研究員を経て,米国Stowers Institute for Medical Research博士研究員.
研究テーマ:BMPによる細胞増殖および分化の制御機構.
抱負:流行りに左右されず,己が大切だと信じる研究をつづけ,自ら新たなトレンドをつくりだしたい.

© 2015 秋山 琢也 Licensed under CC 表示 2.1 日本

がんの転移先はがん細胞に由来するエキソソームが規定しその臓器特異性はエキソソームに含まれるインテグリンにより決定される

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星野歩子・橋本彩子・David Lyden
(米国Weill Cornell Medicine,Departments of Pediatrics)
email:星野歩子
DOI: 10.7875/first.author.2015.136

Tumour exosome integrins determine organotropic metastasis.
Ayuko Hoshino, Bruno Costa-Silva, Tang-Long Shen, Goncalo Rodrigues, Ayako Hashimoto, Milica Tesic Mark, Henrik Molina, Shinji Kohsaka, Angela Di Giannatale, Sophia Ceder, Swarnima Singh, Caitlin Williams, Nadine Soplop, Kunihiro Uryu, Lindsay Pharmer, Tari King, Linda Bojmar, Alexander E. Davies, Yonathan Ararso, Tuo Zhang, Haiying Zhang, Jonathan Hernandez, Joshua M. Weiss, Vanessa D. Dumont-Cole, Kimberly Kramer, Leonard H. Wexler, Aru Narendran, Gary K. Schwartz, John H. Healey, Per Sandstrom, Knut Jørgen Labori, Elin H. Kure, Paul M. Grandgenett, Michael A. Hollingsworth, Maria de Sousa, Sukhwinder Kaur, Maneesh Jain, Kavita Mallya, Surinder K. Batra, William R. Jarnagin, Mary S. Brady, Oystein Fodstad, Volkmar Muller, Klaus Pantel, Andy J. Minn, Mina J. Bissell, Benjamin A. Garcia, Yibin Kang, Vinagolu K. Rajasekhar, Cyrus M. Ghajar, Irina Matei, Hector Peinado, Jacqueline Bromberg, David Lyden
Nature, 527, 329-335 (2015)

要 約

 長年にわたり,がん転移の成立には転移に適するニッチが必要であるとされてきたが,がんが特定の臓器に転移する転移の臓器特異性については,がん転移の研究における最大の謎のひとつとされている.今回,筆者らは,マウスおよびヒトにおいて,臓器特異性をもつがん細胞に由来するエキソソームが転移先の細胞に優先的に取り込まれ,そこでがん転移に適するニッチを形成することを明らかにした.マウスに肺に特異性をもつがん細胞に由来するエキソソームを投与すると,骨に特異性をもつがん細胞の転移先は骨から肺へと変化した.さらに,プロテオミクス解析によりエキソソームに含まれるインテグリンの発現にはその臓器特異性によりパターンのあることが判明し,インテグリンα6β4およびインテグリンα6β1は肺への転移と,インテグリンαvβ5は肝臓への転移と関連がみられた.エキソソームに含まれるインテグリンα6β4の発現を低下させると肺におけるエキソソームの取り込みは減少し,肺への転移も減少した.同様に,エキソソームに含まれるインテグリンαvβ5の発現を低下させると肝臓におけるエキソソームの取り込みは減少し,肝臓への転移も減少した.臨床データからは,患者の血中のエキソソームに含まれるインテグリンが将来の転移先の予測に有用である可能性が示された.

はじめに

 126年前,がん細胞が特定の臓器にのみ転移するのはその臓器の環境ががん細胞の生着および増殖に適しているからであるとする仮説が提唱されて以来1),がん転移の臓器特異性を解明しようとする研究は数多く報告されてきたが,その分子機構はいまだ明らかではない.転移の臓器特異性はがん細胞それ自体の性質によるものとする報告は多く2-5),また,転移先の臓器においても,がん細胞が産生するタンパク質により転移しやすい環境が形成されている可能性が示唆されてきた6-8).エキソソームはがん細胞を含むすべての細胞から分泌される直径30~100 nmほどの脂質二重膜により形成される小胞であり,タンパク質,RNA,DNAなどが含まれる9).近年,筆者らは,がん細胞に由来するエキソソームに含まれるタンパク質METによりメラノーマの転移が促進されることや10),膵臓がん細胞に由来するエキソソームに含まれるタンパク質MIFにより膵臓がんの肝臓への転移がどのように進行するかについて報告してきた11).これらの報告を含めて,エキソソームによるがんの進展についての研究は増えつつあるが,エキソソームがどの臓器に分布し,また,その分布は何に規定されているかについては知られていなかった.筆者らは,エキソソームが臓器に選択的に分布することによりがん転移の臓器特異性が決定されているのではないかという仮説をたてた.

1.がん細胞に由来するエキソソームは将来の転移先に取り込まれ前転移ニッチを形成する

 がん細胞に由来するエキソソームが臓器に選択的に分布するかどうか検討するため,将来の転移先が肺である乳がん細胞および肝臓である膵臓がん細胞からエキソソームを回収し,マウスへ投与して24時間後にその分布を測定した.その結果,エキソソームの分布はがん細胞の将来の転移先において有意に高いことがわかった.さらに,同一の乳がん細胞株を親株として樹立された肺,骨,脳それぞれに特異的な転移能をもつがん細胞に由来するエキソソームを回収し,同様にマウスに投与したところ,肺への転移性をもつがん細胞に由来するエキソソームは肺に,脳への転移性をもつがん細胞に由来するエキソソームは脳に,有意に高く分布することが確認された.エキソソームが特異的な転移先へ分布するだけでなく,その臓器において転移に適するニッチを形成するかどうか検討するため,マウスに肺への転移性をもつ乳がん細胞に由来するエキソソームを3週間にわたり静脈投与し(エキソソームによる肺への転移性の“教育”),そののち,骨への転移性をもつ乳がん細胞を尾静脈あるいは心臓から投与し,肺への転移能について検討した.その結果,いずれの場合においても,がん細胞それ自体は肺への転移能はもたないにもかかわらず,がん細胞は肺へと転移した.以上より,がん細胞に由来するエキソソームの分布には臓器選択性があり,このエキソソームが将来の転移先に取り込まれ転移に適する前転移ニッチを形成することがわかった.

2.がん細胞に由来するエキソソームは発現するインテグリンによりそれぞれの転移先となる臓器において特定の種類の細胞に取り込まれる

 エキソソームの分布の臓器特異性がどのように決定されているのか明らかにするため,臓器特異的に転移する6種類のがん細胞に由来するエキソソームに対し,定量的プロテオミクス解析による網羅的な検討を行った.in vivoにおいて臓器特異的にエキソソームが取り込まれたことから,エキソソームにおいて高く発現する細胞接着因子に着目したところ6種類のインテグリンが含まれていた.これらのインテグリンについて,臓器特異性をもつ30種類のがん細胞に由来するエキソソームに対し定性的プロテオミクス解析を行ったところ,がんの種類にはよらず,肺に特異的に転移するがん細胞ではインテグリンα6β4およびインテグリンα6β1,肝臓に特異的に転移するがん細胞ではインテグリンαvβ5,脳に特異的に転移するがん細胞ではインテグリンαvβ3と,転移先の臓器とインテグリンの発現パターンとのあいだに強い関連がみられた.また,エキソソームは,肺においては線維芽細胞および上皮細胞,肝臓においては常駐マクロファージであるクッパー細胞,脳においては血管内皮細胞に選択的に取り込まれた.このことから,エキソソームは臓器特異性とともに,それぞれの臓器において特定の種類の細胞に取り込まれる性質のあることがわかり,エキソソームには臓器別に行き先を決定する“郵便番号”のような役割をはたすインテグリンの発現パターンがあることが示唆された.

3.がん細胞に由来するエキソソームに含まれるインテグリンはエキソソームの取り込みの臓器特異性に寄与する

 エキソソームに含まれるインテグリンがエキソソームの分布の臓器特異性において機能しているかどうか検討するため,インテグリンβ4を発現する肺に特異的に転移する乳がん細胞においてインテグリンβ4をノックダウンした.この乳がん細胞に由来するエキソソームにおいてもインテグリンβ4が低下していることを確認したうえで,このエキソソームをマウスに静脈投与したところ肺への取り込みが有意に減少した.インテグリンβ4の阻害ペプチドによりインテグリンβ4を阻害したときにも,同様に肺への取り込みは低下した.さらに,インテグリンβ4を発現しない骨に特異的に転移する乳がん細胞に由来するエキソソームにおいてインテグリンβ4を強制発現させたところ,肺への分布が有意に増加した.同様に,インテグリンβ5を発現する肝臓に特異的に転移する膵がん細胞においてインテグリンβ5をノックダウン,あるいは,その阻害ペプチドにより阻害したところ,この膵がん細胞に由来するエキソソームの肝臓への取り込みは有意に減少した.以上の結果から,エキソソームの肺への取り込みの特異性にはインテグリンα6β4が,肝臓への取り込みの特異性にはインテグリンαvβ5が,寄与していることが明らかにされた.
 がん細胞に発現するインテグリンβ4およびエキソソームに含まれるインテグリンβ4がそれぞれ転移能におよぼす影響について検討した.肺に特異的に転移する乳がん細胞におけるインテグリンβ4のノックダウンではがん細胞それ自体の肺への転移能が有意に低下したが,インテグリンβ4の低下したエキソソームによりマウスを3週間にわたり“教育”したのち,このインテグリンβ4をノックダウンした乳がん細胞を投与したところ,肺への転移能に変化はみられなかった.一方で,インテグリンβ4の低下していないエキソソームにより教育したところ,インテグリンβ4をノックダウンした乳がん細胞の肺への転移能は回復した.以上より,肺への転移能はがん細胞それ自体ではなく,エキソソームに含まれるインテグリンβ4に依存することが証明された.
 エキソソームがおのおのの臓器において特定の細胞に取り込まれたのち,細胞においてどのような変化がもたらされるのかin vitroにおいて調べた.肺においてエキソソームを取り込む線維芽細胞および上皮細胞を肺に特異的に分布するエキソソームにより,また,肝臓においてエキソソームを取り込むクッパー細胞を肝に特異的に分布するエキソソームにより処理し,それぞれの細胞における遺伝子の発現について調べた結果,炎症性タンパク質をコードするS100遺伝子ファミリーに属するそれぞれ異なる遺伝子の発現が,肺の線維芽細胞およびクッパー細胞において上昇することが確認された.

4.ヒトの血中のエキソソームに含まれるインテグリンを測定することにより転移の臓器特異性を予測できる

 がん細胞に由来するエキソソームがインテグリンの発現パターンによる臓器別の“郵便番号”をもち,それが将来の転移先の臓器に分布することから,がん患者の血中のエキソソームからがんの転移先を予測する可能性について検証した.すでに転移のあるがん患者の血液から回収したエキソソームに含まれるインテグリンを定量した結果,乳がん,メラノーマ,横紋筋肉腫,膵臓がんの患者において,すでに肺への転移のある患者の血中のエキソソームは肺への転移のない患者に比べインテグリンα6β4の量が有意に多く,肝臓への転移のある患者の血中のエキソソームは肝臓への転移のない患者に比べインテグリンαvβ5の量が有意に多いことが判明した.それでは,血中のエキソソームから将来の転移先の臓器は予測できるのだろうか.乳がんの患者において,血液を採取したときには転移はなかったが3年以内に肺へ転移した患者と,肺への転移のない患者の血中のエキソソームに含まれるインテグリンβ4の量を比較したところ,肺への転移のみられた患者はインテグリンβ4の量が有意に多かった.また,膵臓がんの患者においても,3年以内に肝臓へ転移した患者の血中のエキソソームに含まれるインテグリンαvβ5の量は,肝臓への転移を起こさなかった患者に比べ有意に多いことがわかった.これらの結果から,がん患者の血中のエキソソームに含まれるインテグリンの量を調べることにより,肺および肝臓への転移を予測する可能性が示唆され,今後,バイオマーカーとして活用されることが期待される.

おわりに

 長年にわたり,がん転移の臓器特異性の分子機構は謎とされてきたが,この研究によりその一端が解明された.筆者らは,がん細胞の分泌するエキソソームがそこに含まれるインテグリンの発現パターンにより決定された特定の臓器の特定の細胞に取り込まれ,そこで前転移ニッチを形成することによりがん細胞の臓器特異的な転移を誘導することを証明した(図1).この研究は,がん転移の臓器特異性の分子機構を解明しただけでなく,今後,このエキソソームに含まれるインテグリンをがん患者において転移先を予測するバイオマーカーとして活用する可能性をも示唆した.さらに,エキソソームが転移に適する前転移ニッチを形成することから,エキソソームの臓器への分布を阻害することによる治療も考えられる.この研究により示された新たな知見により,今後,がんの研究がさらに進展し,がん転移の治療にも活かされることを期待したい.

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文 献

  1. Paget, S.: The distribution of secondary growths in cancer of the breast. 1889. Cancer Metastasis Rev., 8, 98-101 (1989)[PubMed]
  2. Muller, A., Homey, B., Soto, H. et al.: Involvement of chemokine receptors in breast cancer metastasis. Nature, 410, 50-56 (2001)[PubMed]
  3. Lu, X. & Kang, Y.: Organotropism of breast cancer metastasis. J. Mammary Gland Biol. Neoplasia, 12, 153-162 (2007)[PubMed]
  4. Minn, A. J., Gupta, G. P., Siegel, P. M. et al.: Genes that mediate breast cancer metastasis to lung. Nature, 436, 518-524 (2005)[PubMed]
  5. Bos, P. D., Zhang, X. H., Nadal, C. et al.: Genes that mediate breast cancer metastasis to the brain. Nature, 459, 1005-1009 (2009)[PubMed]
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  10. Peinado, H., Aleckovic, M., Lavotshkin, S. et al.: Melanoma exosomes educate bone marrow progenitor cells toward a pro-metastatic phenotype through MET. Nat. Med., 18, 883-891 (2012)[PubMed]
  11. Costa-Silva, B., Aiello, N. M., Ocean, A. J. et al.: Pancreatic cancer exosomes initiate pre-metastatic niche formation in the liver. Nat. Cell Biol., 17, 816-826 (2015)[PubMed]

著者プロフィール

星野 歩子(Ayuko Hoshino)
略歴:2011年 東京大学大学院新領域創成科学研究科 修了,同年 米国Weill Cornell Medical College(現Weill Cornell Medicine)にてPostdoctoral Fellowを経て,2015年より同Research Associate.
研究テーマ:がんの転移におけるエキソソームの役割.
抱負:局部的にみえる事象(疾病)にインパクトをあたえるシステミックな機構を解明したい.

橋本 彩子(Ayako Hashimoto)
米国Weill Cornell MedicineにてResearch Fellow.

David Lyden
米国Weill Cornell MedicineにてProfessor.

© 2015 星野歩子・橋本彩子・David Lyden Licensed under CC 表示 2.1 日本

小鳥の歌の学習における神経シークエンスの成長および分裂

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大久保達夫・Michale S. Fee
(米国Massachusetts Institute of Technology,Department of Brain and Cognitive Sciences,McGovern Institute for Brain Research)
email:大久保達夫
DOI: 10.7875/first.author.2015.142

Growth and splitting of neural sequences in songbird vocal development.
Tatsuo S. Okubo, Emily L. Mackevicius, Hannah L. Payne, Galen F. Lynch, Michale S. Fee
Nature, 528, 352-357 (2015)

要 約

 近年,複雑な運動を生み出す脳の機構として神経シークエンスが注目されている.しかし,学習中の動物の脳においてどのように神経シークエンスが形成されているのかについては解明されていない部分が多い.この研究においては,複雑な運動の一例である小鳥の歌の学習をモデルとしてこの問題に取り組んだ.先行研究により,成熟した小鳥が歌っている際には,運動前野において神経シークエンスが観察されることが示されていた.そこで,歌を学習している幼い小鳥において神経シークエンスがどのように形成されるかについて調べるため,さまざまな発達の段階において運動前野における神経活動を記録した.その結果,シラブルの原型が形成される際には,まず,神経シークエンスが短いものから長いものへと成長し,つづいて,神経シークエンスが2つに分裂することにより2種類のシラブルが形成されることがわかった.また,このような神経シークエンスの分裂はさまざまなシラブルの形成においても観察されたことから,複雑な歌を学習するための普遍的な機構であると考えられた.

はじめに

 楽器の演奏やスポーツといったわれわれの複雑な運動の多くは細かい動作を正確なタイミングでつぎつぎに行うことにより成り立っている.脳はいったいどのようにしてこのような複雑な運動を生み出すのだろうか? そして,これらの運動を学習する際に,脳においてはどのような変化が起こっているのだろうか? 複雑な行動の際に,個々のニューロンは特定の動作のときのみ,しかも,その動作のなかでもさらに特定のタイミングのときのみ,活動していることが多い.そして,異なるニューロンはそれぞれ異なるタイミングで活動するため,ニューロンの集団としては早いタイミングで活動するニューロンから遅いタイミングで活動するニューロンにいたるまで順番に活動する1,2).ここでは,そのような活動を総称して“神経シークエンス”とよぶ.神経シークエンスは多くの動物,しかも,脳のさまざまな部位においてみられるが3),先行研究の多くは学習をすませた動物から神経活動を記録しており,学習の過程においてどのように神経シークエンスが形成されるかという問題の解明ははじまったばかりであった2)
 小鳥の歌の学習はこの問題を明らかにするのに適したモデルである.第1に,小鳥の歌は複数のシラブルがつぎからつぎへとタイミングよくくり出される複雑な運動である.第2に,小鳥において親の歌をまねるという行動は自然にみられ特別なトレーニングの必要はない.なおかつ,幼い小鳥が2カ月にわたり練習した歌をすべて録音することにより学習の過程を詳細に解析することが可能である4).第3に,成熟した小鳥が歌っているときには運動前野であるHVCとよばれる部位には神経シークエンスがみられる.すなわち,運動前野における個々のニューロンのほとんどは特定のシラブルの特定のタイミングでのみ活動しそれ以外はまったく活動しない.そして,異なるニューロンは異なるタイミングで活動するため,ニューロンの集団としては神経シークエンスを形成している5,6)図1a).したがって,歌を学習している幼い小鳥の運動前野において神経活動を記録すれば,学習をしている動物の脳においてどのように神経シークエンスが形成されるかという問題に答えることができると期待された.

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1.神経シークエンスが成長することによりシラブルの原型が形成される

 はじめに,歌の学習におけるはじめの段階であるサブソングに着目した.サブソングはヒトの赤ん坊における喃語に相当し,シラブルの長さはランダムで,音もはっきりとした構造をもたない.サブソングの段階の幼い小鳥から神経活動を記録するため,小型モーターを搭載したマイクロドライブを用い,運動前野の投射ニューロンから単一のニューロンにおいて細胞外記録を行った.その結果,先行研究において運動前野はサブソングに必要ないとされていたにもかかわらず7),サブソングを歌っている際の運動前野において歌に関連する神経活動が記録された.そのうち約半数のニューロンはシラブルのタイミングと時間的に同期していなかったが,残りの約半数のニューロンはシラブルの特定のタイミングにおいて活動し,かつ,シラブルの開始のときに活動するものがほとんどであった(図1b).この結果から,サブソングの段階では神経シークエンスが存在したとしてもそれはごく短いものであり,シラブルの開始からすぐに活動は途絶えてしまうと解釈された.
 歌の学習が進行するにつれ,シラブルの長さがランダムなサブソングから,しだいに約100ミリ秒の決まった長さをもつシラブルの原型(プロトシラブル)が現われるようになる4).歌に構造が現われるのと並行して,運動前野における神経活動にも時間的な構造が現われはじめた.すなわち,多くのニューロンは約100ミリ秒ごとにリズミカルな活動をくり返し,かつ,異なるニューロンはシラブルに対し異なるタイミングで活動した(図1b).これはまさに神経シークエンスであり,この結果から,サブソングからプロトシラブルに移行する際に,短い神経シークエンスがより長いものへと成長することが示された(図1c).

2.神経シークエンスが分裂することによりシラブルの種類が増加する

 ここまで,サブソングからひとつのプロトシラブルが形成されるまでの過程をみてきたが,成熟した小鳥の歌には複数の種類のシラブルが含まれている.どのようにひとつのプロトシラブルから複数のシラブルが形成され,その際,運動前野における神経活動はどのように変化するのだろうか? 新たなシラブルを学習するごとにそのつど神経シークエンスは成長するのだろうか,それとも,プロトシラブルの形成に使用された神経シークエンスが分裂することにより新たなシラブルが形成されるのであろうか? もし後者であるなら,神経シークエンスが分裂している途中においては1つのニューロンが2つのシラブルに共有され,両方のシラブルにおいて活動すると予想された.この可能性を探るため,幼い小鳥において1つのプロトシラブルから2種類のシラブルが形成される数週間の過程において運動前野における神経活動を記録した.
 形成された2つのシラブルは学習の初期においては音響的に似かよっていたが,しだいにその差異は拡大した.そして,2つのシラブルが形成された直後には,多くのニューロンが2つのシラブルにおいて活動していた(図2a).しかも,これら共有されたニューロンは単に2つのシラブルにおいて活動していただけでなく,2つのシラブルにおいて似たタイミングで活動していた.たとえば,一方のシラブルのおわりのほうで活動していたニューロンは,他方のシラブルにおいてもおわりのほうで活動していた.この結果から,学習の初期においては2つのシラブルをコードするニューロンの多くは重複しており,これらの共有されたニューロンは2つのシラブルのあいだで共有された神経シークエンスを形成することが示唆された.

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 シラブルの形成が進行するにつれ2つのシラブルの音響的な違いは大きくなったが,それと並行して,共有されるニューロンの割合は減少し,1つのシラブルでのみ活動するニューロンの割合が増加した(図2a).以上の結果は,プロトシラブルをコードする神経シークエンスが学習の進行とともに分裂して2つに分かれることにより2種類の新しいシラブルが形成されるという仮説と合致した(図2b).

3.神経シークエンスの分裂はさまざまなシラブルの形成において観察される

 ここまでの例においては,1つのプロトシラブルから2つのシラブルが形成され,それらが交互にくり返されるというかたちでシラブルの数が増加していた.しかし,これまでの行動学的な研究より,これ以外の方法を用いても複数の種類のシラブルが形成されることがわかっている8,9).たとえば,歌の開始時や終了時に新たなシラブルが現われることもあれば8),モチーフを構成する複数のシラブルがほぼ同時に形成されることもある9).神経シークエンスの分裂はこれらの方法にもかかわっているのだろうか? それについて調べるため,これらの方法によりシラブルを学習した個体において長期間にわたり運動前野における神経活動を記録した.その結果,これらの個体においても学習の初期においては複数のシラブルにて活動するニューロンが多くみられ,シラブルの形成につれこれら共有されるニューロンの割合は減少した.これは,さきに述べた,神経シークエンスの分裂という解釈と合致するものであった.また,ほかにも,いったん分裂した神経シークエンスがふたたび分裂してより多くのシラブルを形成することも観察された.この方法を使用すれば,1つのプロトシラブルから2種類のシラブルを形成するだけでなく,それらをさらに分裂させることにより4種類のシラブルを形成することができる.以上の結果から,神経シークエンスの分裂は小鳥がシラブルを学習するのに使用するさまざまな方法にかかわっており,小鳥がシラブルを学習するうえで普遍的な機構であると考えらえた.

おわりに

 小鳥の歌の学習は古代より多くの人々の興味をひいてきた.わが国においても,ウグイスやメジロを用いて歌の優劣を競う“鳴き合わせ”といった伝統がある.一方で,小鳥の歌の学習の科学的な研究は脳科学の分野においてもすぐれた成果をもたらしたが,学習の過程において脳の活動がどのように変化するかという問題に直接的に挑んだ研究は少なかった.この研究では,歌を学習している幼い小鳥のさまざまな発達の段階において,運動前野における神経活動を個々のニューロンのレベルにて調べることによりシラブルが形成される機構を探った.その結果,神経シークエンスの成長および分裂が重要な機構であることが示唆された.
 この機構はニューロンどうしが連結した神経回路において実際に起こりうるのか,その妥当性を探るため,先行研究において提案されたモデルに10,11),いくつかの要素をくわえて神経回路ネットワークの数理的なシミュレーションを行った.その結果,実験の結果と似た挙動がみられた.このシミュレーションにおいて仮定した要素が正しいかどうかは,今後の実験によるさらなる検証が必要である.
 また,残された課題もある.たとえば,今回の実験においては個々のニューロンから記録できるのは5~15分間であるため,モデルを厳密に証明するためには脳の活動のイメージングなどにより同じニューロンを数週間にわたり追跡する手法2) を開発する必要がある.また,今回の結果は,必ずしもすべてのシラブルが神経シークエンスの分裂により形成されていることを示すものではなく,これとは別の機構がはたらいている可能性もある.
 最後に,なぜ多くの種類のシラブルを学習するのに神経シークエンスの分裂が用いられているのか考察したい.ミクロなスケールでは,遺伝子の多様性を生み出す機構として,1つの遺伝子が重複により2つになり,それぞれに別の変異が積み重なることにより2つの異なる遺伝子が生じることがあると考えられている.同様に,脳においても,プロトシラブルを形成する神経シークエンスが,まず,シラブルに共通する部分を学習し,そののち,神経シークエンスを分裂させそれぞれを独立に変化させることによりシラブルの多様性を生み出している可能性が考えられる.ヒトを含めた動物の行動は多様な運動パターンにより成り立っており,小鳥の歌の学習において示された神経シークエンスの成長および分裂と似たような機構が,広く運動の学習の全般において使用されていることが期待される.

文 献

  1. Tanji, J.: Sequential organization of multiple movements: involvement of cortical motor areas. Annu. Rev. Neurosci., 24, 631-651 (2001)[PubMed]
  2. Peters, A. J., Chen, S. X. & Komiyama, T.: Emergence of reproducible spatiotemporal activity during motor learning. Nature, 510, 263-267 (2014)[PubMed]
  3. Buzsaki, G.: Neural syntax: cell assemblies, synapsembles, and readers. Neuron, 68, 362-385 (2010)[PubMed]
  4. Tchernichovski, O.: Dynamics of the vocal imitation process: How a zebra finch learns its song. Science, 291, 2564-2569 (2001)[PubMed]
  5. Hahnloser, R. H. R., Kozhevnikov, A. A. & Fee, M. S.: An ultra-sparse code underlies the generation of neural sequences in a songbird. Nature, 419, 65-70 (2002)[PubMed]
  6. Long, M. A., Jin, D. Z. & Fee, M. S.: Support for a synaptic chain model of neuronal sequence generation. Nature, 468, 394-399 (2010)[PubMed]
  7. Aronov, D., Andalman, A. S. & Fee, M. S.: A specialized forebrain circuit for vocal babbling in the juvenile songbird. Science, 320, 630-634 (2008)[PubMed]
  8. Lipkind, D., Marcus, G. F., Bemis, D. K. et al.: Stepwise acquisition of vocal combinatorial capacity in songbirds and human infants. Nature, 498, 104-108 (2013)[PubMed]
  9. Liu, W., Gardner, T. J. & Nottebohm, F.: Juvenile zebra finches can use multiple strategies to learn the same song. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 18177-18182 (2004)[PubMed]
  10. Jun, J. K. & Jin, D. Z.: Development of neural circuitry for precise temporal sequences through spontaneous activity, axon remodeling, and synaptic plasticity. PLoS One, 2, e723 (2007)[PubMed]
  11. Fiete, I. R., Senn, W., Wang, C. Z. H. et al.: Spike-time-dependent plasticity and heterosynaptic competition organize networks to produce long scale-free sequences of neural activity. Neuron, 65, 563-576 (2010)[PubMed]

著者プロフィール

大久保 達夫(Tatsuo S. Okubo)
略歴:2015年 米国Massachusetts Institute of Technology修了,同年より米国Harvard Medical School博士研究員.
抱負:脳がどのようにして動物の自然な行動を生み出すか,電気生理学をはじめとしたさまざまな方法を駆使することにより総合的に理解していきたい.

Michale S. Fee
米国Massachusetts Institute of Technology教授.
研究室URL:http://web.mit.edu/feelab/

© 2015 大久保達夫・Michale S. Fee Licensed under CC 表示 2.1 日本

円口類から解き明かされる脳の領域化の進化的な起源

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菅原文昭・倉谷 滋
(理化学研究所 倉谷形態進化研究室)
email:菅原文昭倉谷 滋
DOI: 10.7875/first.author.2016.015

Evidence from cyclostomes for complex regionalization of the ancestral vertebrate brain.
Fumiaki Sugahara, Juan Pascual-Anaya, Yasuhiro Oisi, Shigehiro Kuraku, Shin-ichi Aota, Noritaka Adachi, Wataru Takagi, Tamami Hirai, Noboru Sato, Yasunori Murakami, Shigeru Kuratani
Nature, 531, 97-100 (2016)

要 約

 脊椎動物の脳は複雑かつ精密に領域化された器官であり,おのおのの領域が進化の過程においていつ獲得されたのかについては不明な点が多い.今回,筆者らは,現生の脊椎動物のうち最初に分岐した,顎のない円口類のうちヌタウナギの脳の発生の過程を世界ではじめて詳細に観察し,とくに,脳室の形態,神経線維の走行,遺伝子の発現パターンから脳のおのおのの領域の同定を試みた.円口類のもうひとつの系統であるヤツメウナギも同時に解析した結果,これまで円口類にはないとされてきた大脳基底核の一部,および,小脳の発生する領域が,じつは存在することが明らかにされた.これにより,脊椎動物の基本的な領域をつくるしくみは,円口類が分岐してから軟骨魚類の分岐までに獲得されたとするこれまでの考えとは異なり,円口類の分岐よりまえ,すなわち,脊椎動物がはじめて誕生した5億年以上まえに成立したことがわかった.

はじめに

 脊椎動物の誕生は古生代カンブリア紀ごろと考えられている.そのころの脊椎動物の脳がどのようなものであったのかを想像するのはむずかしい.脳は軟組織であるため化石として残りにくく,絶滅した動物の化石からわかることはかぎられるためである.一方,現生の脊椎動物でもっとも古くに分岐したのは顎のない“円口類”で,ヌタウナギおよびヤツメウナギの2つの群のみが現存する.この円口類は5億年以上まえに顎のある脊椎動物“顎口類”とたもとを分かった系統なので,円口類と顎口類とを比較しそれらに共通の要素があれば,それは脊椎動物の共通祖先がもっていた形質であるとみなせる.このような方法により発生期の脳を調べ,脳をつくる遺伝子の発現の様式を円口類と顎口類とで比較すれば,脳の祖先的な状態およびその変遷をある程度まで推定することができる.
 これまで,円口類の発生の研究にはおもにヤツメウナギが使用されてきた.これは,繁殖期のヤツメウナギが比較的容易に入手でき,受精卵を得るのも可能だからである.先行研究において,ヤツメウナギと顎口類の脳の発生における最大の違いは,1)ヤツメウナギの胚は大脳(終脳)のもっとも腹側の領域である内側基底核隆起をもたない,2)ヤツメウナギの胚は小脳の発生の場となる菱脳唇をもたない,の2つの点であるといわれていた.
 1)について,顎口類の内側側基底核隆起は大脳基底核の一部である淡蒼球に分化し運動の制御にかかわる.さらに,内側基底核隆起からGABA作動性抑制ニューロンが生じ大脳皮質の介在ニューロンになる.つまり,内側基底核隆起は特定の領域あるいはニューロンの発生のための原基としてはたらくことから,大脳の皮質および基底核が機能するうえで欠かせない存在なのである.ところが,これまでの研究において,ヤツメウナギの胚には内側基底核隆起を特異化するNkx2.1遺伝子およびShh遺伝子の相同遺伝子の発現がみられず,また,成体においても淡蒼球および皮質においてGABA作動性の介在ニューロンはみつかっていなかった1).Nkx2.1ノックアウトマウスは淡蒼球を欠き,皮質のGABA作動性の介在ニューロンもいちじるしく減少していることから,Nkx2.1ノックアウトマウスはヤツメウナギの“表現型模写”あるいは“先祖返り”の状態を示すと理解されていた.
 2)について,小脳は体性感覚や平衡感覚を受容し運動を制御する部分であるが,円口類においてはこの部分が未発達である.つまり,ヌタウナギには小脳がなく,ヤツメウナギにおいては未発達な小脳と一部の交連繊維がみられるにとどまる.顎口類の小脳は,後脳(その形態から,“菱脳”ともよばれる)の背側部である“菱脳唇”の前方から生じ,この領域はPax6遺伝子やWnt1遺伝子などの発現により特徴づけられる.ところが,ヤツメウナギの胚には後脳の背側においてPax6遺伝子の発現がみられないといわれてきた2)Pax6遺伝子は小脳の顆粒細胞層の分化および移動に必須の遺伝子でもあるので,ヤツメウナギは小脳が発生する場としての菱脳唇が進化的に未分化な状態を保持していると解釈されてきた.
 以上の知見から,内側基底核隆起および菱脳唇という2つの発生における原基は,円口類と顎口類が分岐したのち,顎口類の進化の過程において新たに獲得され発達したと考えられてきたのである.
 しかし,近年,この考えに対しいくつかの疑問や反論が提示された.ひとつは,ヤツメウナギの進化の過程において内側基底核隆起および菱脳唇は2次的に退化したのではないか,という疑問である3).当然ながら,ヤツメウナギは“原始的”な動物ではなく,われわれと同じ5億年の進化をへてきているので,この過程において脳の2次的な改変や退化は起こりうる.もうひとつは,ヤツメウナギの成体において淡蒼球に類似した領域,および,皮質に抗GABA抗体に陽性を示す細胞が観察されたという報告である4,5).これらは顎口類においては内側基底核隆起から分化するため,ヤツメウナギの胚にも未発見の内側基底核隆起が存在すると考えるのが自然であろうが,ヤツメウナギにおいては顎口類とは異なる発生の過程をへてこれらの領域および細胞が生じているという可能性も否定できない.
 これらの疑問のうち,前者については,円口類のもうひとつの系統であるヌタウナギを解析する必要が指摘されてきた.しかし,近年まで,ヌタウナギの発生の過程は謎につつまれていた.というのも,ヌタウナギはほとんどの種が深海に生息し,受精卵の入手がきわめて困難だからである.しかし,筆者らのグループは,2007年に世界ではじめて日本産ヌタウナギ(Eptatretus burgeri図1a)の受精卵を人工的に得ることに成功し,以来,毎年,少数ではあるが胚が得られ,いまでは多くの発生学的な知見が得られる状況になっている6).また,後者については,ヤツメウナギの胚における内側基底核隆起の有無の再検証が必要と考えた.

figure1

1.ヌタウナギの脳の発生の形態学的な記載

 2011年に島根県沖で捕獲したヌタウナギから得た受精卵のうち,おもに2つを使用し解析した.まず,ヌタウナギの脳の発生の形態的な観察および記載を行った.ヌタウナギの脳の発生過程の記載については,19世紀末および20世紀初頭にかけて偶発的に得られた胚により断片的な報告があるが7,8),これらはみな,硬い卵殻がついたままの卵をエタノール固定したせいで胚がいちじるしく変形しており,正しい形態やおのおのの部位の同定が困難であった.そこで,正しく固定した胚のパラフィン切片から立体再構築像を作成し,脳の形態的な発生を観察し記載した.この結果,ほかの脊椎動物とはきわめて異なった外形を示し,内部も脳室がほぼ消失するなど非常に特異な形態を示すヌタウナギの脳(図1b)も,その発生の過程においては脊椎動物としての基本的な形態を踏襲していることがわかった.

2.遺伝子の発現および神経線維の走行による脳のおのおのの領域の同定

 ヌタウナギより脳のおのおのの領域に特徴的に発現するFoxG1遺伝子,Emx1/2遺伝子,Pax6遺伝子,Nkx2.1遺伝子,Shh遺伝子の相同遺伝子をクローニングし,その発現のパターンを観察した.また,神経染色により初期の神経回路および交連繊維を同定し,その位置関係などを手がかりとして脳のおのおのの領域の同定を試みた.この結果,大脳(外套,外套下部),間脳(前視床,視床,視蓋前域,視床下部など),中脳,後脳といった顎口類のもつ基本的な脳の領域が,ヌタウナギにも存在することがわかった(図2a).ただし,松果体は成体のヌタウナギの脳にみられないが,発生の過程においてもこれを見い出すことはできなかった.だからといって,これが原始的な特徴を示しているわけではない.なぜならば,ヤツメウナギは発達した松果体をもつからである.つまり,松果体はヌタウナギの系統において2次的に失われた可能性が高い.

figure2

3.内側基底核隆起および菱脳唇における遺伝子の発現

 ヌタウナギの胚において内側基底核隆起および菱脳唇の有無について調べた.転写因子Nkx2.1は顎口類においてShhと協調して内側基底核隆起を特異化する.この両者の相同遺伝子の発現を調べた結果,ともにヌタウナギの胚の終脳腹側において発現が観察された.さらに,顎口類において菱脳唇に発現するPax6遺伝子およびAtoh1遺伝子の発現もヌタウナギの後脳背側においてみられた.すなわち,ヌタウナギの脳には,顎口類と同様に,内側基底核隆起および菱脳唇が存在することがわかった(図2a).これは,ヤツメウナギから得られた知見とは大きく異なっていた.

4.ヤツメウナギの胚の再解析

 これらの結果から,つぎの2つの進化のシナリオが考えられた.1)ヌタウナギおよび顎口類においてみられた内側基底核隆起および菱脳唇は共通祖先の段階で獲得されたが,ヤツメウナギの系統においてこの2つの領域は2次的に退化した.2)共通祖先の段階において内側基底核隆起および菱脳唇は獲得されておらず,ヌタウナギおよび顎口類においてそれぞれ独立に獲得された,つまり,収斂進化が起こった.これに対し,ヤツメウナギは祖先的な状態を保持している.
 これらのシナリオのどちらであるかを検証するため,日本産カワヤツメ(Lethenteron japonicum)の胚を用いて再検証した.近年,公開されたカワヤツメのゲノム塩基配列を使用し9),既知であったNkx2.1遺伝子の相同遺伝子であるNkx2.1/2.4A遺伝子にくわえ,パラログ遺伝子としてNkx2.1/2.4B遺伝子およびNkx2.1/2.4C遺伝子を新規にクローニングした.パラログ遺伝子とは,遺伝子の重複により生じた複数の遺伝子のことである.これらの遺伝子の発現を発生後期のヤツメウナギの胚において観察したところ,既知のNkx2.1/2.4A遺伝子とは異なり,新規のNkx2.1/2.4B遺伝子およびNkx2.1/2.4C遺伝子の発現が大脳腹側において観察された.さらに,菱脳唇についても,既知であったPax6相同遺伝子にくわえPax6B遺伝子を新規にクローニングしたところ,Pax6B遺伝子も後脳背側において発現がみられた.つまり,ヤツメウナギにはないとされていた内側基底核隆起および菱脳唇はいずれも存在しているらしかった(図2a).先行研究においては,ゲノム情報が不足していたことから円口類に何個のパラログ遺伝子があるのか不明だったこともあり,発現していないパラログ遺伝子のみを観察してしまっていたものと考えられた.
 ヤツメウナギの後脳においては,Pax6遺伝子にくわえ,Atoh1遺伝子およびPtf1a遺伝子の発現も確認された.Atoh1遺伝子およびPtf1a遺伝子は,それぞれ,顎口類の小脳の層を構成する顆粒細胞およびプルキンエ細胞の分化にきわめて重要である.それらの遺伝子が,形態的に小脳をもたないヤツメウナギの後脳において機能していたことはきわめて興味深い.すなわち,小脳を獲得するまえの段階においてすでにAtoh1遺伝子およびPtf1a遺伝子が菱脳背側の細胞において機能しており,それを下地として顎口類の系統において小脳が獲得されたとみるべきらしい.小脳の前駆体はすべての脊椎動物を産み出した共通祖先に存在していたのだ.

5.脊椎動物における脳の進化のシナリオ

 これまで,内側基底核隆起および菱脳唇という2つの脳の領域は,円口類が分岐してから軟骨魚類が分岐する4億5000万年まえのあいだに獲得されたと考えられていた.しかし,今回の研究により,内側基底核隆起および菱脳唇の獲得は円口類と顎口類の共通祖先が存在したころ,すなわち,5億年以上まえにまでさかのぼることになった(図2b).脊椎動物の脳の領域は進化の過程において段階的に獲得されてきたのではなく,脊椎動物の共通祖先の段階ですでに成立していたという新たな進化のシナリオが提示された(図2b).ヒトにも用いられている脳の基本的な発生の構造は,これまで考えられてきたより古い起源をもつらしい.

おわりに

 1960年代より“脳の三位一体説”が提唱され,ヒトの脳は爬虫類脳(大脳基底核),哺乳類原脳(辺縁系),哺乳類脳(新皮質)に分けることができ,これらは進化の過程で段階的に獲得された,と唱えられた10).この説はいまでも一般の脳進化の認識の根底に流れている.しかし,近年の進化発生学の研究による知見および今回の研究により,この理解は変わりつつある.すなわち,脳はまずおおまかな区画をつくり,その区画における複雑化および特異化がそれぞれの動物の系統においてなされたのである.都市の成立の過程にたとえると,市街地が中心部から郊外へと拡大していくのではなく,平城京のようにさきに土地を区分し,そのあとおのおのの区域がにぎわってくる,というイメージだろうか.
 この研究において,筆者らは,脊椎動物の初期に脳のおおまかな区画や枠組みの大部分が成立したと論じた.しかしもちろん,脳はヒトにいたるまでにさらなる複雑化をとげている.では,脳のいったいどこがもっともいちじるしく進化したのだろうか? その重要なもののひとつは大脳新皮質の獲得だろう.大脳新皮質は哺乳類においてとくに発達したが,近年,爬虫類や鳥類においても類似した領域がみつかっている.さらには,最近,ヤツメウナギの大脳皮質にも哺乳類の新皮質にある運動野に似た場所のあるらしいことがわかってきた.この大脳新皮質の起源はどこまでさかのぼることができ,そして,どのような進化的な変遷をへてわれわれの“知性”が生まれたのか,非常に魅力的な研究テーマである.また,小脳はすべての顎口類にみられ,体性感覚や平衡感覚を受容し運動を制御しているが,ヒトを含む哺乳類では小脳は大脳新皮質と共同して高度な知覚機能を担うことがわかっている.このような制御中枢としての小脳はどのような発生プログラムの変遷をへて獲得されたのだろうか? このことについては,この研究において小脳の獲得の“前夜”の状態であるとわかった円口類と,小脳をもつ動物のなかでもっとも古くに分岐したサメなどの軟骨魚類との比較が,より詳細な進化の経緯を教えてくれるだろう.

文 献

  1. Murakami, Y., Uchida, K., Rijli, F. M. et al.: Evolution of the brain developmental plan: insights from agnathans. Dev. Biol., 280, 249-259 (2005)[PubMed]
  2. Murakami, Y., Ogasawara, M., Sugahara, F. et al.: Identification and expression of the lamprey Pax6 gene: evolutionary origin of the segmented brain of vertebrates. Development, 128, 3521-3531 (2001)[PubMed]
  3. Sugahara, F., Murakami, Y., Adachi, N. et al.: Evolution of the regionalization and patterning of the vertebrate telencephalon: what can we learn from cyclostomes? Curr. Opin. Genet. Dev., 23, 475-483 (2013)[PubMed]
  4. Stephenson-Jones, M., Samuelsson, E., Ericsson, J. et al.: Evolutionary conservation of the basal ganglia as a common vertebrate mechanism for action selection. Curr. Biol., 21, 1081-1091 (2011)[PubMed]
  5. Pombal, M. A., Alvarez-Otero, R., Perez-Fernandez, J. et al.: Development and organization of the lamprey telencephalon with special reference to the GABAergic system. Front. Neuroanat., 5, 20 (2011)[PubMed]
  6. Ota, K. G., Kuraku, S. & Kuratani, S.: Hagfish embryology with reference to the evolution of the neural crest. Nature, 446, 672-675 (2007)[PubMed]
  7. von Kupffer, C.: Studien zur vergleichenden Entwicklungsgeschichte des Kopfes der Kranioten, Heft 4: Zur Kopfentwicklung von Bdellostoma. Lehmann, Munich (1900)
  8. Conel, J. L.: The development of the brain of Bdellostoma stouti I. External growth changes. J. Comp. Neurol., 47, 343-403 (1929)
  9. Mehta, T. K., Ravi, V., Yamasaki, S. et al.: Evidence for at least six Hox clusters in the Japanese lamprey (Lethenteron japonicum). Proc. Natl .Acad. Sci. USA, 110, 16044-16049 (2013)[PubMed]
  10. MacLean, P. D.: The Triune Brain in Evolution: Role in Paleocerebral Functions. Springer-Verlag, New York (1990)

著者プロフィール

菅原 文昭(Fumiaki Sugahara)
略歴:2011年 神戸大学大学院理学研究科 修了,理化学研究所発生・再生科学総合研究センター 研究員を経て,2013年より兵庫医科大学 講師.
研究テーマ:脊椎動物の頭部の進化発生学.

倉谷 滋(Shigeru Kuratani)
理化学研究所 主任研究員.
研究室URL:http://www.cdb.riken.jp/emo/japanese/indexj.html

© 2016 菅原文昭・倉谷 滋 Licensed under CC 表示 2.1 日本

転写因子NANOGはエンハンサーを活性化することによりエピブラスト細胞から生殖細胞系譜への分化を誘導する

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村上 和弘
(英国Wellcome Trust/Cancer Research UK Gurdon Institute)
email:村上和弘
DOI: 10.7875/first.author.2016.016

NANOG alone induces germ cells in primed epiblast in vitro by activation of enhancers.
Kazuhiro Murakami, Ufuk Günesdogan, Jan J. Zylicz, Walfred W. C. Tang, Roopsha Sengupta, Toshihiro Kobayashi, Shinseog Kim, Richard Butler, Sabine Dietmann, M. Azim Surani
Nature, 529, 403-407 (2016)

要 約

 マウスの胚盤胞の内部細胞塊において発現する転写因子NANOGは,生殖細胞のもとになる始原生殖細胞においても発現しているが,始原生殖細胞の発生の初期の過程における詳細な役割については明らかにされてない.筆者らは,NANOGが生殖細胞系譜への分化の過程において重要なはたらきを担い,ES細胞から分化を誘導させたエピブラスト様細胞においてNANOGを発現させるだけで生殖細胞系譜への分化が誘導されるという結果を得た.ES細胞とエピブラスト様細胞とではゲノムにおいてNANOGの結合する領域が異なり,発現の制御をうける下流の遺伝子も大きく変化していた.このことは,エピブラスト様細胞が分化する過程においてES細胞のもつ多能性が解消されるのにともない,生殖細胞系譜への分化に必須な遺伝子の制御領域においてエピゲノムがリセットされることを示唆した.この研究において,転写因子が状況に依存してその役割を変えつつ,細胞運命の決定に関与するという発生の過程に広く適用できる原理が明らかにされた.

はじめに

 転写因子NANOGは受精ののち3.5日目に生じる胚盤胞の内部に存在する内部細胞塊に発現し,胚のいかなる細胞にも分化できる多能性の獲得において重要なはたらきを担うことが明らかにされている.一方で,NANOGは生殖細胞のみに寄与する始原生殖細胞においても発現しており,その成熟の過程に必須であることが知られているが,始原生殖細胞の初期の発生における詳細な役割については明らかにされていない1,2).そこで,筆者らは,マウスのES細胞からin vitroにおいて始原生殖細胞様細胞を分化させるモデルを用いて,初期の始原生殖細胞におけるNANOGの役割について解析した.これまでに,ES細胞をbFGFおよびアクチビンAの存在のもとで2日間にわたり培養することにより生殖細胞系譜への分化能を獲得したエピブラスト様細胞の分化を誘導し,つづいて,これらの細胞に必須のサイトカインであるBMP4を作用させる,あるいは,転写因子であるBLIMP1,PRDM14,AP2γを発現させることによりin vitroにおいて始原生殖細胞様細胞の分化を誘導できることが知られている3-5).一方で,ES細胞にこれらのタンパク質を直接的に作用させても始原生殖細胞様細胞へは分化しない.
 マウスのES細胞が始原生殖細胞様細胞へと直接的に分化せず,いちどエピブラスト様細胞の状態を通過する必要のあることは,エピブラストへと分化する過程において転写因子の発現およびエピジェネティックな制御機構が大きく変化することが始原生殖細胞の発生に必須であることを示唆していると思われた6,7)in vivoのエピブラストにおいて起こる変化は,ES細胞がbFGFおよびアクチビンAの存在のもとでエピブラスト様細胞へと分化する過程によりよく模倣されていることからも,始原生殖細胞様細胞の分化誘導系は始原生殖細胞の初期の発生の過程を解析するために最適な系であると思われた.

1.NANOGはエピブラスト様細胞を始原生殖細胞様細胞へと分化させる

 まず,始原生殖細胞様細胞への分化にともないGFPを発現するマウスのES細胞と,ドキシサイクリンの添加により時期特異的にNANOGを発現させることのできる遺伝子発現系とを組み合わせて,始原生殖細胞様細胞の分化誘導系を確立した.この分化誘導系において,分化の誘導から2日目のエピブラスト様細胞にてNANOGを発現させたところ,発現から1~2日目以降から生殖細胞の出現を示唆するGFP陽性の細胞集団が生じた.さらに,NANOGはマウスのES細胞において発現している程度の生理的な量でGFP陽性細胞の分化を誘導し,BMP4-Smadシグナルと協調する一方,独立してはたらいた.
 生じたGFP陽性細胞を回収し分化のマーカーの発現を解析した結果,始原生殖細胞様細胞の分化に必要十分な転写因子であるBLIMP1,PRDM14,AP2γ,および,ほかの生殖細胞マーカーを発現していた一方で,未分化マーカーは発現していなかった.さらに,マイクロアレイ法により遺伝子の発現パターンを比較した結果,NANOGにより分化の誘導されたGFP陽性細胞における遺伝子の発現パターンは,BMP4により分化の誘導された始原生殖細胞様細胞と似ており,ES細胞とは異なっていた.また,免疫染色によっても生殖細胞マーカーの発現が確認され,さらに,始原生殖細胞に特徴的なエピゲノムの変化も観察された.
 受精ののち8.5日目の胚から回収された始原生殖細胞は,胚盤胞に注入された場合には胚に寄与しない一方で,bFGFおよびレチノイン酸に応答して増殖し脱分化して,LIFの存在のもとで胚に寄与する多能性細胞である胚性生殖細胞に分化する.一方で,マウスのES細胞はbFGFおよびレチノイン酸の存在のもとでは体細胞に分化してしまうことが知られている8).NANOGおよびBMP4により分化の誘導された始原生殖細胞様細胞は,in vivoの始原生殖細胞と同様に,bFGF,レチノイン酸,LIFに応答して脱分化し多能性を再獲得し,胚から回収された始原生殖細胞の挙動をよく模倣した.
 これらの結果より,分化の誘導から2日目のエピブラスト様細胞においてNANOGを発現させることにより,始原生殖細胞様細胞の分化が誘導されることが明らかにされた

2.BLIMP1およびNANOGの欠損は始原生殖細胞様細胞への分化をさまたげる

 転写因子BLIMP1は生殖細胞系譜への分化に必須である一方で,多能性の維持あるいは獲得には寄与しないことが明らかにされている9).BLIMP1を欠損した分化の誘導から2日目のエピブラスト様細胞においてNANOGを発現させたところ,始原生殖細胞様細胞は分化せず,これらの細胞は体細胞マーカーを発現していた.また,免疫染色によりこれらの細胞においてアポトーシスの割合が上昇していることが確認された.このことは,in vivoにおいてBLIMP1を欠損した初期始原生殖細胞にて起こる現象とよく似ており,NANOGが生殖細胞系譜への分化を誘導していることを支持した.
 始原生殖細胞様細胞の分化の過程におけるNANOGの重要性を明らかにするため,NANOGを欠損した分化の誘導から2日目のエピブラスト様細胞においてBMP4の添加により始原生殖細胞様細胞の分化を試みたところ,分化の効率はいちじるしく低下した.一方で,外来性のNANOGの発現により分化の効率の低下は相補されたことから,始原生殖細胞様細胞の分化の過程においてNANOGの発現が重要であることが明らかにされた.
 始原生殖細胞様細胞の分化に必須であるWNT-BRACHYURY経路がNANOGによる始原生殖細胞様細胞の分化の誘導とどのようにかかわるのかを解析した10).阻害剤の添加によりWNT経路を阻害したうえでNANOGによる始原生殖細胞様細胞の分化の誘導を試みたところ,阻害剤の添加は分化の効率には影響しなかった.さらに,WNT経路の阻害はNANOGの発現量にも影響しなかったことから,NANOGはWNT-BRACHYURY経路とは独立して始原生殖細胞様細胞の分化を誘導することが明らかにされた.

3.分化の誘導から1日目のエピブラスト様細胞と2日目のエピブラスト様細胞とではNANOGへの応答性が異なる

 ES細胞がエピブラスト様細胞へと分化するどの段階において,NANOGによる始原生殖細胞様細胞への分化の誘導への応答性を獲得するのかを明らかにするため,分化の誘導から1日目および2日目のエピブラスト様細胞をES細胞の培養条件へ移しつつNANOGを発現させた.数日後,未分化マーカーおよび生殖細胞マーカーの発現を指標として細胞の分化の状態を解析したところ,分化の誘導から1日目のエピブラスト様細胞はES細胞の状態へと逆もどりしやすく,NANOGの発現は逆もどりする細胞の割合をさらに上昇させた.一方で,分化の誘導から2日目のエピブラスト様細胞はES細胞の状態へは逆もどりしにくく,NANOGの発現は分化の誘導から2日目のほぼすべてのエピブラスト様細胞に対し分化を促進した.これらのことから,分化の誘導から1日目のエピブラスト様細胞と2日目のエピブラスト様細胞とのあいだで分化の可塑性およびNANOGへの応答性が大きく変化し,分化の誘導から2日目のエピブラスト様細胞はもはや未分化な状態には逆もどりせず,NANOGに応答して始原生殖細胞様細胞へと分化する能力を獲得していることが明らかにされた.

4.転写因子SOX2はNANOGへの応答性を制御する

 では,どのような機構がエピブラスト様細胞の分化の可塑性を決めているのであろうか? この分化の可塑性を制御する候補として転写因子SOX2に着目した.SOX2はNANOGと同様に胚盤胞の内部細胞塊において多能性の獲得および維持に重要な役割を担うことが知られている11).しかし,着床ののちの胚の発生において,NANOGは始原生殖細胞の生じる受精ののち6.25日目のエピブラストの後部に発現が観察される一方で,SOX2はエピブラストの前部に観察され,神経の発生をひき起こすのと同時に始原生殖細胞の出現する中胚葉領域の発生を阻害することが知られている.また,SOX2はES細胞において生殖細胞因子の発現を抑制することも明らかにされている.これらの知見をもとに,始原生殖細胞様細胞の分化の過程におけるNANOGとSOX2との相互作用を解析するため,SOX2を欠損したES細胞においてNANOGによる始原生殖細胞様細胞の分化を試みた,その結果,SOX2を欠損した分化の誘導から1日目のエピブラスト様細胞においてNANOGを発現させることにより,野生型のES細胞においてはみられない生殖細胞マーカーの発現の上昇が観察され,始原生殖細胞様細胞の分化が誘導されていることが示唆された.さらに,分化の誘導から2日目のエピブラスト様細胞においてNANOGおよびSOX2を同時に発現させたところ,SOX2の発現はNANOGによる始原生殖細胞様細胞の分化の誘導を劇的に抑制した.エピブラスト様細胞の分化の誘導の過程においてSOX2の発現は徐々に低下することから,得られた結果より,分化の誘導から1日目のエピブラスト様細胞においてはSOX2が始原生殖細胞様細胞への分化能を抑制しつつ,NANOGによるES細胞への逆もどりを促進しており,分化の誘導から2日目のエピブラスト様細胞においてはSOX2の発現が低下することにより,NANOGが始原生殖細胞様細胞の分化を誘導できる条件が整うのではないかと考えられた.

5.始原生殖細胞の分化の過程においてNANOGは状況に依存して使い分けられる

 分化の誘導から2日目のエピブラスト様細胞において発現したNANOGは,始原生殖細胞様細胞の分化に必要十分な転写因子であるBLIMP1,PRDM14,AP2γを24時間以内,とくに,BLIMP1とPRDM14の発現をごく短時間に誘導したことから,NANOGがBLIMP1およびPRDM14の発現を直接的に制御する可能性が示唆された.また,別の実験により,BLIMP1はAP2γの発現を直接的に誘導することがわかった.
 NANOGがこれらの転写因子の発現をどのように制御しているかについて明らかにするため,ES細胞および分化の誘導から1日目および2日目のエピブラスト様細胞において,ChIP-seq法によりゲノムにおいてNANOGの結合する領域を網羅的に解析した.その結果,それぞれの細胞において,大部分のNANOG結合領域はエンハンサーの内部に存在していた.また,NANOGの結合領域はES細胞とエピブラスト様細胞とで大きく異なっていた.このことから,NANOGが細胞の分化の段階により異なるエンハンサーに結合し,細胞種に特異的な遺伝子発現を誘導していることが強く示唆された.エピブラスト様細胞においてNANOGはBLIMP1をコードするPrdm1遺伝子およびPRDM14をコードするPrdm14遺伝子のエンハンサーに結合していたが,これらのエンハンサーは始原生殖細胞様細胞へと分化するのにともない活性化された.このことから,NANOGは始原生殖細胞様細胞への分化の過程において,生殖細胞系譜への分化に必須の転写因子をコードする遺伝子のエンハンサーに結合しそれらの発現を誘導する,あるいは,それらの転写因子と協調して生殖細胞系譜への分化を誘導する可能性が強く示された.
 初期の始原生殖細胞様細胞においてNANOGが始原生殖細胞の発生に必須な転写因子をコードする遺伝子のエンハンサーを活性化するかどうかをルシフェラーゼアッセイにより確認した.その結果,Prdm1遺伝子のエンハンサーは分化の誘導から2日目のエピブラスト様細胞におけるNANOGの発現から24時間以内に活性化された.また,この実験から,SOX2がPrdm1遺伝子のエンハンサーにおいてNANOGと競合し,NANOGによる始原生殖細胞様細胞への分化の誘導を阻害することも明らかにされた.一方で,Prdm14遺伝子のエンハンサーはES細胞においてすでに活性化されており,この活性は分化の誘導から2日目のエピブラスト様細胞においていったん低下するもの,NANOGの発現から12時間以内に再活性化した.そのほかにもさまざまな遺伝子のエンハンサーにおけるNANOGの結合が確認され,それらも同様な制御をうけていることが示唆された.

おわりに

 ES細胞とエピブラスト様細胞とのあいだでゲノムにおけるNANOGの結合領域が大きく変化したことは,ES細胞と始原生殖細胞様細胞においてNANOGが異なる遺伝子の発現を制御する事実をよく説明しており,この結合領域の変化はエピブラスト様細胞が生殖細胞系譜への分化能を獲得していく過程におけるエピゲノムの再編成によりひき起こされているのかもしれない6,7).今回,筆者らは,生殖細胞系譜への分化の過程においてエピゲノムの再編成が転写因子NANOGの状況に依存した役割を決める可能性を示したが,同様の現象は,発生のおのおのの段階において普遍的にみられると考えられる.SOX2はNANOGと協調してES細胞の多能性を保障する一方,エピブラスト様細胞においてはNANOGによる始原生殖細胞様細胞への分化を阻害することが明らかにされた.今回のNANOGとSOX2との関係のように,ほかの転写因子も異なる状況においてはまったく違う役割を担うケースもあるだろう.NANOGは始原生殖細胞様細胞の分化の過程においてBMP4とは独立してはたらきうることが明らかにされた.一方で,分化の誘導から2日目のエピブラスト様細胞におけるNANOGの欠損は,BMP4による始原生殖細胞様細胞の分化の効率をいちじるしく低下させたことから,in vivoにおいてそれらは協調して生殖細胞系譜への分化を誘導している可能性が高い.
 今回,筆者らは,マウスのES細胞からin vitroにおいて始原生殖細胞様細胞の分化を誘導する系を用いて,生殖細胞系譜への分化能を獲得したエピブラスト様細胞においてNANOGが重要な役割を担うことを明らかにしたが(図1),初期の始原生殖細胞の分化の過程におけるシグナルと転写因子およびエピジェネティックな制御機構の協調関係についてはいまだ大部分が明らかにされていない.有性生殖をする生物にとり生殖細胞は遺伝情報を次世代につなぐ唯一の細胞系譜であり,体細胞系譜からはじめて生じる生殖細胞系譜の細胞である始原生殖細胞を理解することは生命の連続性を理解するうえで要となる.今後は,始原生殖細胞の発生を制御する機構の全容を解明するため,細胞が分化能を獲得し,生殖細胞系譜へと分化していく過程におけるシグナル,転写因子,エピゲノムの協調作用を包括的にかつ詳細に解析していく必要があるだろう.

figure1

文 献

  1. Chambers, I., Silva, J., Colby, D. et al.: Nanog safeguards pluripotency and mediates germline development. Nature, 450, 1230-1234 (2007)[PubMed]
  2. Yamaguchi, S., Kurimoto, K., Yabuta, Y. et al.: Conditional knockdown of Nanog induces apoptotic cell death in mouse migrating primordial germ cells. Development, 136, 4011-4020 (2009)[PubMed]
  3. Hayashi, K., Ohta, H., Kurimoto, K. et al.: Reconstitution of the mouse germ cell specification pathway in culture by pluripotent stem cells. Cell, 146, 519-532 (2011)[PubMed]
  4. Magnusdottir, E., Dietmann, S., Murakami, K. et al.: A tripartite transcription factor network regulates primordial germ cell specification in mice. Nat. Cell Biol., 15, 905-915 (2013)[PubMed]
  5. Nakaki, F., Katsuhiko, H., Ohta, H. et al.: Induction of mouse germ-cell fate by transcription factors in vitro. Nature, 501, 222-226 (2013)[PubMed]
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  7. Zylicz, J. J., Dietmann, S., Gunesdogan, U. et al.: Chromatin dynamics and the role of G9a in gene regulation and enhancer silencing during early mouse development. Elife, 4, e09571 (2015)[PubMed]
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  9. Bao, S., Leitch, H. G., Gillich, A. et al.: The germ cell determinant Blimp1 is not required for derivation of pluripotent stem cells. Cell Stem Cell, 11, 110-117 (2012)[PubMed]
  10. Aramaki, S., Hayashi, K., Kurimoto, K. et al.: A mesodermal factor, T, specifies mouse germcell fate by directly activating germline determinants. Dev. Cell, 27, 516-529 (2013)[PubMed] [新着論文レビュー]
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著者プロフィール

村上 和弘(Kazuhiro Murakami)
略歴:2008年 鳥取大学大学院医学研究科 修了,同年 理化学研究所発生・再生科学総合研究センター 研究員,2011年 英国Wellcome Trust/Cancer Research UK Gurdon Institute研究員を経て,2013年より北海道大学大学院先端生命科学研究院 助教.
研究テーマ:幹細胞の維持,増殖,分化をささえる機構.
抱負:これまでの研究背景を活かし,オンリーワンの研究をめざします.

© 2016 村上 和弘 Licensed under CC 表示 2.1 日本


真核生物の翻訳開始因子eIF2Bの結晶構造

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柏木一宏1・伊藤拓宏1・横山茂之2
1理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター 翻訳因子構造解析研究ユニット,2理化学研究所 横山構造生物学研究室)
email:柏木一宏伊藤拓宏横山茂之
DOI: 10.7875/first.author.2016.019

Crystal structure of eukaryotic translation initiation factor 2B.
Kazuhiro Kashiwagi, Mari Takahashi, Madoka Nishimoto, Takuya B. Hiyama, Toshiaki Higo, Takashi Umehara, Kensaku Sakamoto, Takuhiro Ito, Shigeyuki Yokoyama
Nature, 531, 122-125 (2016)

要 約

 ストレス環境において,真核生物ではおもに翻訳開始因子eIF2Bの活性が阻害されることによりタンパク質の生合成は全体的に抑制される.eIF2Bは翻訳開始因子eIF2に対するグアニンヌクレオチド交換因子であり,eIF2のγサブユニットと結合したGDPをGTPへと交換する.ストレス環境において,eIF2のαサブユニットがリン酸化されることによりeIF2Bのヌクレオチド交換活性は阻害される.eIF2Bはα,β,γ,δ,εの5種類のサブユニット2分子ずつから構成されるヘテロ十量体であるが,その全体構造は未知であり,eIF2Bの活性制御の具体的な分子機構は不明であった.筆者らは,分裂酵母に由来するeIF2B十量体の立体構造をX線結晶構造解析により3.0Åの分解能で決定した.さらに,非天然アミノ酸残基の導入による光架橋法により,eIF2のαサブユニットおよびγサブユニットに対するeIF2Bの結合表面が明らかにされた.これらの結果から,eIF2のリン酸化は“非生産的”なeIF2-eIF2B複合体を形成させることにより,eIF2Bのヌクレオチド交換活性をさまたげていることが示唆された.

はじめに

 α,β,γの3種類のサブユニットからなる翻訳開始因子eIF2は,開始tRNAをリボソームへと輸送する役割を担う.GTP結合型のeIF2はリボソームにおいて開始コドンを認識したのち,GDP結合型になり開始tRNAを残してリボソームから解離する.eIF2のγサブユニットと結合したGDPは,eIF2に対するグアニンヌクレオチド交換因子である翻訳開始因子eIF2BによりGTPへと交換され,GTP結合型になったeIF2はふたたび翻訳の開始の過程に利用される1).このように,リボソームへの開始tRNAの供給はeIF2Bのヌクレオチド交換活性の影響をうける.eIF2Bはα,β,γ,δ,εの5種類のサブユニット2分子ずつから構成されるヘテロ十量体であるが2),十分なヌクレオチド交換活性を発揮するためには,εサブユニットのC末端のHEATドメイン,εサブユニットのN末端ドメインのNFモチーフ,γサブユニットとεサブユニットから構成される触媒複合体の形成が最低限必要とされる3-5).一方,eIF2Bのαサブユニット,βサブユニット,δサブユニットは制御性複合体を形成しヌクレオチド交換活性の制御に関与する6).ストレス環境においては,eIF2のαサブユニットのSer51がリン酸化されることによりeIF2Bとの結合が強固なものとなり,eIF2Bのヌクレオチド交換活性がさまたげられる.その結果,細胞におけるGTP結合型のeIF2が減少し,全体的なタンパク質の生合成は抑制されストレス応答遺伝子が選択的に発現される7).しかしながら,eIF2Bのヌクレオチド交換活性およびeIF2のリン酸化による阻害の具体的な分子機構は不明であり,これらの解明のためにはeIF2Bの全体の構造情報が必要とされた.また,ヒトにおいては,eIF2Bのいずれかのサブユニットの変異は神経変性疾患である白質消失病の原因であることが知られている.この疾患は頭部の外傷やウイルスの感染にともなう発熱などのストレスののちに急速に症状が悪化することが特徴であり8),それゆえ,eIF2のリン酸化によるeIF2Bを介したストレス応答機構の異常との関連性が示唆されるものの,発症の機構の詳細は不明であった.eIF2Bの構造情報はこの疾患の理解に寄与することも期待された.

1.eIF2B十量体の立体構造

 分裂酵母Schizossaccharomyces pombeに由来するeIF2Bを大腸菌組換え発現系を用いて5種類のサブユニットすべてを共発現することにより調製した.この組換え型eIF2BはeIF2に対するヌクレオチド交換活性をもち,eIF2のリン酸化によりその活性は阻害された.そのほか,リン酸化eIF2と安定な複合体を形成するといった内在性のeIF2Bと同様の生化学的な性質が確認された.
 この組換えeIF2Bを結晶化し,X線結晶構造解析により3.0Åの分解能でその立体構造を決定した(PDB ID:5B04図1a).位相の決定はセレノメチオニン置換体結晶を用いた単波長異常分散法によった.εサブユニットのC末端に存在するHEATドメインを除くほぼすべての領域について分子モデルが構築され,eIF2B十量体の全体構造がはじめて明らかにされた.eIF2B十量体の中心部にはα2β2δ2六量体から構成される制御性複合体が位置し,その両側にγε二量体からなる触媒複合体が結合するというサブユニットの配置をとり,制御性複合体および触媒複合体はおもにβサブユニット-εサブユニット間およびδサブユニット-γサブユニット間の相互作用により結合していた.これまでに,ヒトのeIF2Bをコードするおのおのの遺伝子には白質消失病の原因変異として120カ所以上のミスセンス変異が同定されていたが,制御性複合体と触媒複合体とが相互作用する面に多数の変異が確認された.

figure1

2.eIF2のγサブユニットはeIF2B十量体の外側の面において相互作用する

 eIF2Bのヌクレオチド交換活性にはεサブユニットの2つの領域,HEATドメインおよびNFモチーフが重要であるが,NFモチーフはeIF2B十量体の外側をむいた面に位置していた(図1a).また,HEATドメインについても,その電子密度は確認されなかったものの,εサブユニットのほかの領域の配置からeIF2B十量体の外側の領域に位置すると判断された.また,eIF2B十量体の外側の面には白質消失病の原因変異も位置していた.これらのことから,eIF2のγサブユニットはeIF2B十量体の外側の面と結合し,NFモチーフおよびHEATドメインによりGDPがGTPへと交換されると考えられた.
 この相互作用を直接的に検出するため,表面スキャン光架橋法により解析した.この方法は,表面のひとつのアミノ酸残基を光反応性の非天然アミノ酸であるp-ベンゾイルフェニルアラニン残基に置換した多数の変異体を作製し,標的となる分子との光架橋の有無を調べることによりその分子との結合表面を同定するものである9).eIF2B十量体の外側の面に光反応性残基を導入した32種類のeIF2B変異体を作製してeIF2と光架橋をさせたところ,eIF2BのNFモチーフの周辺においてeIF2のγサブユニットとの光架橋が確認された(図1b).eIF2のγサブユニットとの光架橋はeIF2BのNFモチーフの周辺にとどまらず,eIF2Bのγサブユニットを含む広範な領域が相互作用していることも示された.また,リン酸化eIF2と光架橋をさせたところ,NFモチーフの周辺に光反応性残基を導入したeIF2B変異体において,eIF2のγサブユニットとの光架橋の形成速度が低下した.このことから,eIF2のリン酸化によりeIF2BのNFモチーフとの相互作用は起こりにくくなると考えられた.

3.eIF2のαサブユニットはeIF2B十量体の中央部のくぼみにより認識される

 eIF2B十量体とリン酸化eIF2のαサブユニットとが相互作用する領域を明らかにするため,同様に,eIF2Bのαサブユニット,βサブユニット,δサブユニットの80カ所に光反応性残基を導入しリン酸化eIF2αと光架橋をさせた.その結果,リン酸化eIF2のαサブユニットとの光架橋は,αサブユニット,βサブユニット,δサブユニットのN末端ドメインに光反応性残基を導入したeIF2B変異体とのあいだに形成された.この部位はαサブユニット,βサブユニット,δサブユニットによりかこまれたeIF2B十量体の中央部のくぼんだ領域にあり,eIF2Bのαサブユニット,βサブユニット,δサブユニットのすべてがリン酸化eIF2のαサブユニットの認識に直接的に関与していることが明らかにされた(図1b).また,リン酸化されていないeIF2のαサブユニットを用いた実験においてもほとんど同様の光架橋のパターンが得られ,eIF2B十量体の中央部のくぼみはeIF2のαサブユニットとリン酸化の有無にかかわらず結合しうることがわかった.eIF2B十量体の中央部のくぼみにはeIF2のリン酸化による翻訳抑制が消失する変異残基が位置しており,この変異体においてはこの部位でのリン酸化eIF2のαサブユニットとの強固な結合がさまたげられeIF2Bによる阻害が生じなくなっていると考えられた.一方,eIF2のγサブユニットと相互作用する領域の場合とは対照的に,eIF2B十量体の中央部のくぼみには白質消失病の原因変異はほとんど位置しておらず,白質消失病の発症に関してリン酸化eIF2のαサブユニットの認識の過程における異常は主要な要因ではないと考えられた.
 eIF2のαサブユニットがどのような配向でeIF2B十量体の中央部のくぼみと結合するのかを明らかにするため,eIF2のαサブユニットに光反応性残基を導入してeIF2Bと光架橋をさせた.その結果,eIF2Bと光架橋する残基はeIF2のαサブユニットのN末端ドメインの先端に位置しており,立体構造においてリン酸化残基であるSer51の近傍に位置していた.これらの光架橋の結果をもとに,eIF2Bの構造とeIF2のαサブユニットの構造10) との手動でのドッキングを試みたところ,eIF2のαサブユニットのN末端ドメインがeIF2Bのβサブユニットとδサブユニットのあいだから中央部のくぼみへと入り込むよう配置することにより,eIF2BとeIF2のαサブユニットとのあいだの光架橋の結果がよく説明されるような複合体のモデルが構築された.

4.eIF2Bのヌクレオチド交換活性は“非生産的”なeIF2-eIF2B複合体の形成により阻害される

 以上の結果を総合すると,eIF2のリン酸化によりeIF2のαサブユニットのN末端ドメインはeIF2B十量体の中央部のくぼみと強く結合し,eIF2のγサブユニットとeIF2BのNFモチーフとの接触は減少した.また,eIF2Bにおいて,eIF2のαサブユニットとの結合表面とeIF2のγサブユニットとの結合表面は離れて位置していた.さきのドッキングモデルとeIF2の古細菌ホモログaIF2の構造11) をもとにeIF2-eIF2B複合体のモデルを構築したところ(図2a),eIF2のαサブユニットがeIF2B十量体の中央部のくぼみに結合している状態では,eIF2のγサブユニットはeIF2BのNFモチーフの位置する外側の面まで到達することができない位置関係にあった.このことから,eIF2B十量体の中央部のくぼみにおいてeIF2のαサブユニットを介して形成されたeIF2-eIF2B複合体は,eIF2BのNFモチーフおよびHEATドメインにより効率的にヌクレオチド交換反応の起こる“生産的”な状態とは異なる,“非生産的”な状態であると考えられた.eIF2がリン酸化されていない場合には,eIF2のαサブユニットとeIF2B十量体の中央部のくぼみとの結合は安定ではないため“生産的”な状態へと移行しヌクレオチド交換反応が起こる(図2b).一方,eIF2がリン酸化されると,eIF2のαサブユニットとeIF2B十量体の中央部のくぼみとの結合が強固になるため“生産的”な状態をとりにくくなりヌクレオチド交換反応は抑制される(図2c).それにくわえ,eIF2とeIF2Bが安定な複合体を形成しているため,異なるeIF2分子がeIF2Bと結合することも抑制されると考えられた.

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おわりに

 eIF2のリン酸化によるeIF2Bの抑制は真核生物における翻訳制御の中心的な機構として知られており,おもに遺伝学的な解析により多くの知見が蓄積されている.その一方で,構造生物学的な見地からは,これまでいくつかの部分構造が知られているのみであり,サブユニットの配置についてもさまざまな議論があった.今回のeIF2B十量体の構造解析はeIF2Bの全体像をはじめて明らかにし,eIF2Bを介した翻訳制御の分子機構について構造にもとづく議論が可能になった.今後,eIF2のαサブユニットのリン酸化によるeIF2B十量体の中央部のくぼみへの親和性の変化や,eIF2BのHEATドメインおよびNFモチーフによるヌクレオチド交換反応の分子機構といった,eIF2Bの関与する過程の詳細な理解へむけて,eIF2-eIF2B複合体の構造解析が待たれる.

文 献

  1. Jackson, R. J., Hellen, C. U. T. & Pestova, T. V.: The mechanism of eukaryotic translation initiation and principles of its regulation. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 11, 113-127 (2010)[PubMed]
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  5. Gomez, E. & Pavitt, G. D.: Identification of domains and residues within the ε subunit of eukaryotic translation initiation factor 2B (eIF2Bε) required for guanine nucleotide exchange reveals a novel activation function promoted by eIF2B complex formation. Mol. Cell. Biol., 20, 3965-3976 (2000)[PubMed]
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  9. Mukai, T., Yanagisawa, T., Ohtake, K. et al.: Genetic-code evolution for protein synthesis with non-natural amino acids. Biochem. Biophys. Res. Commun., 411, 757-761 (2011)[PubMed]
  10. Ito, T., Marintchev, A. & Wagner, G.: Solution structure of human initiation factor eIF2α reveals homology to the elongation factor eEF1B. Structure, 12, 1693-1704 (2004)[PubMed]
  11. Yatime, L., Mechulam, Y., Blanquet, S. et al.: Structure of an archaeal heterotrimeric initiation factor 2 reveals a nucleotide state between the GTP and the GDP states. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 18445-18450 (2007)[PubMed]

著者プロフィール

柏木 一宏(Kazuhiro Kashiwagi)
略歴:2014年 東京大学大学院理学系研究科 修了,同年より理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター 特別研究員.
研究テーマ:eIF2Bを介した翻訳制御の分子機構.

伊藤 拓宏(Takuhiro Ito)
理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター ユニットリーダー.

横山 茂之(Shigeyuki Yokoyama)
理化学研究所 上席研究員.

© 2016 柏木一宏・伊藤拓宏・横山茂之 Licensed under CC 表示 2.1 日本

Hoxb5は長期造血幹細胞に特異的に発現する

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宮西正憲・James Y. Chen・Irving L. Weissman
(米国Stanford大学School of Medicine,Institute for Stem Cell Biology and Regenerative Medicine)
email:宮西正憲
DOI: 10.7875/first.author.2016.020

Hoxb5 marks long-term haematopoietic stem cells and reveals a homogenous perivascular niche.
James Y. Chen, Masanori Miyanishi, Sean K. Wang, Satoshi Yamazaki, Rahul Sinha, Kevin S. Kao, Jun Seita, Debashis Sahoo, Hiromitsu Nakauchi, Irving L. Weissman
Nature, 530, 223-227 (2016)

要 約

 造血幹細胞はもっとも詳細に研究されている組織幹細胞である.造血幹細胞が同定されて以来,自己複製能,分化,老化,ニッチ,多様性など,多くの生物学的な知見が明らかにされたが,その解析に用いられる技術はきわめて煩雑であるため,その解釈には議論の余地のあるものも少なくない.今回,筆者らは,網羅的な多段階スクリーニングにより,マウスの骨髄においてHoxb5が長期造血幹細胞に特異的に発現することを発見した.Hoxb5遺伝子の内在性のプロモーターのもと蛍光タンパク質を発現するレポーターマウスを用いることにより,Hoxb5陽性の造血幹細胞のみが,1次移植マウスや,とくに2次移植マウスにおいて,長期にわたり再構築能を示すことがわかった.これまで報告された種々の定義による造血幹細胞の画分を再検討したところ,7~35%のみがHoxb5陽性の長期造血幹細胞であり,残りはそれ以外の細胞であった.透明化処理したマウスの骨髄の3次元画像化により,長期造血幹細胞の94%以上はVE-カドヘリン陽性の細胞と直接に接着していることがわかり,このことから血管の周囲は造血幹細胞のほぼ均一なニッチであると考えられた.

はじめに

 造血幹細胞(haematopoietic stem cell:HSC)はおもに骨髄に存在し,自己複製能および多分化能をもつ血液細胞と定義される.マウスの造血幹細胞は,1965年にその存在が提唱され1),1988年に表面抗原に対するモノクローナル抗体およびフローサイトメーターを用いた方法によりはじめて同定された2).当時の造血幹細胞の画分は前駆細胞を含む雑多なものであったが,約30年にわたり,造血幹細胞のさらなる濃縮および単離をめざしさまざまな表面マーカーが提案されてきた.現在では,マウスの骨髄においてはLineage cKit Sca-1+ Flk2 CD34-/lo CD150+で定義される画分にすべての機能的な造血幹細胞の存在することが証明されている.しかしながら,いまだこの画分には短期造血幹細胞などが混在しており,これまで,真の造血幹細胞である長期造血幹細胞のみの単離は成功していない.そこで,筆者らは,長期造血幹細胞を高純度で分離する系の確立を最初の目的とした.

1.長期造血幹細胞に特異的に発現する候補遺伝子のスクリーニング

 現在,筆者らの研究グループは,Lineage cKit Sca-1+ Flk2 CD34-/lo CD150+をもっとも信頼のおける造血幹細胞のマーカーとして用いており,そこに含まれる細胞集団をpHSCと名づけた.まず,骨髄に存在するあらゆる血液細胞において,pHSCのみに発現する遺伝子をスクリーニングした.筆者らの研究室において開発したプラットフォームを用い3),フローサイトメーターにて高純度に分離した28種類の血液細胞の遺伝子発現プロファイルからpHSCのみに発現する遺伝子をパターン検索したところ,118個の遺伝子が該当した.この118個の遺伝子について,レポーターマウスを作製する遺伝子を絞り込むため多段階スクリーニングをした.
 骨髄における造血幹細胞の局在を明確にするには,造血幹細胞を除くあらゆる血液細胞のみならず,血管内皮細胞や間質細胞といった非血液細胞の遺伝子発現プロファイルをも考慮する必要があった.そこで,さきの28種類の血液細胞にくわえ,8種類の非血液細胞の遺伝子プロファイルをくわえて新たにパターン検索した.すると,118個の遺伝子のうち73個の遺伝子は非血液細胞に有意に発現が認められ,pHSCのみに発現する候補遺伝子は45個になった.レポーターマウスを作製する際に問題になるのは,実際に蛍光シグナルがフローサイトメーターなどの実験機器により検知できるかどうかが,レポーターマウスを作製し実際に解析するまで予測できないことである.そこで,RNAシークエンシング法によりpHSCおよび多能性前駆細胞における遺伝子の発現を定量的に評価することで,このリスクを軽減することを試みた.指標としてはBmi-1遺伝子を選択した.Bmi-1-EGFPノックインレポーターマウスは,ヘテロマウスにて野生型マウスと比較して造血幹細胞のレベルで10倍のシグナル値をもち,このシグナルはフローサイトメーターにより検出することができる4).すなわち,Bmi-1遺伝子より発現量が多ければフローサイトメーターによりそのシグナルが検知でき,また,発現量が1/10以下ならば検出感度以下であると予想された.pHSCにおけるBmi-1遺伝子の発現量は約20 FPKMであった.この値を指標として,45個の候補遺伝子をスクリーニングしたが,該当する遺伝子はなかった.そこで,レポーターに用いる蛍光タンパク質を至適化し,さらに,ターゲティングコンストラクトにおいて3つの蛍光タンパク質の遺伝子をタンデムにつないだ.これにより,理論的には蛍光強度を3倍に高めることができ,20 FPKMの約1/3の7 FPKMを下限値に再設定しスクリーニングしたところ,3個の遺伝子が候補として残った.さきに述べたように,pHSCには少なくとも長期造血幹細胞と短期造血幹細胞とが混在している.そこで,この3個の遺伝子のなかにpHSCを発現量の観点から2層性に分けうるものがあるかどうかを1細胞定量PCR法を用いて調べた.すると,Hoxb5遺伝子のみが明確に2層性のパターンを示したため,レポーターマウスの作製の第1候補とした(図1).

figure1

2.Hoxb5は長期造血幹細胞に特異的なマーカーである

 Hoxb5遺伝子につきレポーターマウスを作製するにあたり,内在性のタンパク質の機能をさまたげないよう,蛍光タンパク質mCherryをHoxb5遺伝子の終止コドンの直前に2A配列を介しタンデムに3つ配列することでターゲティングコンストラクトを作製した.Hoxb5遺伝子の内在性のプロモーターによる蛍光タンパク質の発現の特異度を調べるため,骨髄のpHSC,多能性前駆細胞サブセットA,多能性前駆細胞サブセットB,Flk2陽性前駆細胞,巨核球赤芽球前駆細胞,顆粒球単球前駆細胞,骨髄球系共通前駆細胞,リンパ球系共通前駆細胞,成熟血液細胞(好中球,好酸球,B細胞,T細胞,単球,樹状細胞,NK細胞),末梢血の成熟血液細胞,さらには,骨髄の血管内皮や間質細胞など非血液細胞としてCD45陰性画分について解析した.陰性と陽性との閾値の設定には野生型マウスを用いた.その結果,スクリーニングによる予測どおり,pHSCの約20%のみに特異的に蛍光タンパク質の発現が確認された.
 pHSCにおけるHoxb5陽性細胞およびHoxb5陰性細胞の機能の評価のため,Hoxb5陽性pHSCおよびHoxb5陰性pHSCおのおのの画分より10細胞ずつを,2×105個の競合する骨髄細胞とともに,致死量の放射線を照射したホストマウスに移植し,4週間ごとに末梢血における多分化能について評価した.移植ののち,8週目まではHoxb5陽性細胞あるいはHoxb5陰性細胞とも差は認められなかったが,12週目ごろからHoxb5陰性細胞において顆粒球への分化の低下が観察されはじめ,一方で,Hoxb5陽性細胞においては顆粒球への分化は保たれたままであり,16週目においてその差はさらに著明になった.さらに,長期の再構築能を調べるため,1次移植マウスより採取した1×107個の骨髄有核細胞を2次移植したところ,Hoxb5陰性細胞にはほとんど再構築能が観察されなかった一方,Hoxb5陽性細胞は調べた全例においてきわめて高い再構築能を示し,長期造血幹細胞の典型的なパターンを示した.これらの結果は,これまで用いられてきたpHSCの約80%が短期造血幹細胞あるいはさらにその下流の細胞から形成されており,残りの20%にほぼすべての長期造血幹細胞が含まれていることを示した.

3.これまでの報告との比較

 2005年のCD150マーカーの発見は,造血幹細胞の濃縮,とくにin situにおける造血幹細胞の同定に大きく貢献した5).過去10年のあいだ,CD150+ CD48 CD41 Lineageにより規定される細胞をin situ HSCとし,さまざまな知見が報告されてきた.また,フローサイトメーターを用いて長期造血幹細胞のみを濃縮する試みとして,いくつかのマーカーが報告された6-8)
 しかし,pHSCの約20%のみが長期造血幹細胞としての表現型を呈し,残りの80%は短期造血幹細胞あるいはさらに下流の細胞であることが示されたため,あらためて過去の報告における長期造血幹細胞に対する特異度を評価した.その結果,この10年間に報告された長期造血幹細胞を定義する細胞の約20~35%のみがHoxb5陽性であり,残りは短期造血幹細胞あるいはさらに下流の細胞からの混在が示唆された.さらに,in situ HSCを規定する細胞の90%以上がHoxb5陰性であった.このことは,これまでに明らかにされた造血幹細胞に関する知見を再評価する必要性のあることを示すものであった.

4.長期造血幹細胞の均一なニッチの同定

 造血幹細胞は骨髄においてニッチとよばれる特殊な環境にてその機能が維持される.これまでに,血管内皮細胞,骨芽細胞,間葉系幹細胞,細網細胞など,多様な細胞がニッチを構成することが報告されている9).また,サイトカインなどさまざまな因子がその機能の維持に重要であることも明らかにされている.しかしながら,長期造血幹細胞の存在の頻度がきわめて低いこと,また,短期造血幹細胞さらには多能性前駆細胞への分化は連続的な変化であることを考慮すると,これまでの報告が本当に長期造血幹細胞に特異的な現象を反映していたかどうかは不明であった.
 作製されたレポーターマウスを用いて,単一のカラーによるマウスの脛骨骨髄における長期造血幹細胞の同定を試みた.その際,血管の走行を明らかにするため,抗VE-カドヘリンモノクローナル抗体を静脈に注入した.採取した骨髄をCUBIC透明化技術により処理したのち10),光シート顕微鏡により撮像し,得られた画像を3次元に構築したのち解析した.統計学的な信頼度のため約300個の長期造血幹細胞を解析したが,骨髄における場所による頻度の有意な差は観察されず,長期造血幹細胞は均等に分布していると思われた.しかしながら,VE-カドヘリン陽性の血管内皮細胞との位置関係を調べたところ,94%以上もの長期造血幹細胞は直接に血管内皮細胞と接触していることがわかった.このことは,少なくともVE-Cadカドヘリン陽性の血管内皮細胞が長期造血幹細胞のニッチとしてはたらき,直接に接着することがその機能の維持に重要であることを示唆した.

おわりに

 造血幹細胞は単なる幹細胞としての生物学的な興味のみならず,一生涯にわたる長寿命をもつことからさまざまな遺伝子の異常を蓄積しやすく,白血病などのがん幹細胞との関連性も強く示唆されており,医学的にもきわめて重要である.それゆえ,造血幹細胞の分子機構を理解することはきわめて重要な課題であり,そのためには,まず,長期造血幹細胞のみを高純度に濃縮する技術の確立が必須であった.しかしながら,頻度がきわめて低いこと,10色前後の蛍光色素を用いたフローサイトメーターによる分離あるいは解析がきわめて煩雑であること,造血幹細胞としての機能の解析にマウスへの移植が必須であり長期造血幹細胞であることの評価には少なくとも8カ月もかかることなど,さまざまな要因により造血幹細胞の研究はきわめて難度の高いものであった.
 今回,長期造血幹細胞のみに特異的に発現する遺伝子が発見されたことにより,これまで不可能であった長期造血幹細胞と短期造血幹細胞との分離が可能になった.さらに,単一のカラーによるin situにおける長期造血幹細胞の同定が可能になったことにより,長期造血幹細胞のニッチに関するさらなる理解にも貢献することが期待される.また,今回の研究成果における重要な点は,移植を介した後方視的な評価ではなく,Hoxb5陽性の造血幹細胞は長期造血幹細胞,Hoxb5陰性の造血幹細胞は短期造血幹細胞,と定義づけることが可能になったことにある.このことにより,これまでよりはるかに簡便かつ再現性をもってさまざまなスクリーニングに供することが可能になると思われ,のちの分子機構の解明にも大きな役割をはたすものと思われる.

文 献

  1. Till, J. E. & McCulloch, E. A.: A direct measurement of the radiation sensitivity of normal mouse bone marrow cells. Radiat. Res., 14, 213-222 (1961)[PubMed]
  2. Spangrude, G. J., Heimfeld, S. & Weissman, I. L.: Purification and characterization of mouse hematopoietic stem cells. Science, 241, 58-62 (1988)[PubMed]
  3. Seita, J., Sahoo, D., Rossi, D. J. et al.: Gene expression commons: an open platform for absolute gene expression profiling. PLoS One, 7, 1-11 (2012)[PubMed]
  4. Hosen, N., Yamane, T., Muijtjens, M. et al.: Bmi-1-green fluorescent protein-knock-in mice reveal the dynamic regulation of bmi-1 expression in normal and leukemic hematopoietic cells. Stem Cells, 25, 1635-1644 (2007)[PubMed]
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  7. Yamamoto, R., Morita, Y., Ooehara, J. et al.: Clonal analysis unveils self-renewing lineage-restricted progenitors generated directly from hematopoietic stem cells. Cell, 154, 1112-1126 (2013)[PubMed] [新着論文レビュー]
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著者プロフィール

宮西 正憲(Masanori Miyanishi)
略歴:2009年 京都大学大学院医学研究科博士課程 修了,2011年より米国Stanford大学School of Medicine博士研究員.
研究テーマ:造血幹細胞.
関心事:造血幹細胞の分子機構の解明.

James Y. Chen
米国Stanford大学School of Medicine大学院在学中.

Irving L. Weissman
米国Stanford大学School of Medicine教授.

© 2016 宮西正憲・James Y. Chen・Irving L. Weissman Licensed under CC 表示 2.1 日本

MARCKS様タンパク質はメキシコサンショウウオにおいて外肢の再生を開始する

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杉浦太久至・Elly M. Tanaka
(ドイツDresden University of Technology,DFG Research Center for Regenerative Therapies)
email:杉浦太久至
DOI: 10.7875/first.author.2016.025

MARCKS-like protein is an initiating molecule in axolotl appendage regeneration.
Takuji Sugiura, Heng Wang, Rico Barsacchi, Andras Simon, Elly M. Tanaka
Nature, 531, 237-240 (2016)

要 約

 動物は器官あるいは組織に損傷をうけると細胞を増殖させ失われた器官あるいは組織を再生するが,その際には細胞を活発に増殖させる必要がある.メキシコサンショウウオにおいては損傷への応答として,表皮から分泌され細胞の増殖を促進するタンパク質の関与が想定されているが,それがどのようなタンパク質なのかは明らかにされていなかった.筆者らは,機能的な発現クローニング法により再生芽から得たcDNAライブラリーをスクリーニングし,細胞の増殖を促進するタンパク質の候補としてメキシコサンショウウオのMARCKS様タンパク質AxMLPを同定した.また,このAxMLPはこれまで報告されていたMARCKS様タンパク質とは異なり,細胞の外に分泌されてはたらくことが示唆された.さらに,in vivoにおける機能獲得実験および機能抑制実験により,AxMLPはメキシコサンショウウオの外肢の再生の初期において細胞の増殖を促進することが示された.

はじめに

 動物における再生のしくみはさまざまであるが,一般に,器官あるいは組織の再生は細胞の増殖をともなう1).有尾両生類は脊椎動物のなかでも高い再生能をもち,成体になっても器官レベルおよび組織レベルの再生能を維持する2).一方,ヒトを含む高等な脊椎動物の成体では,器官レベルの再生能はかぎられているが,組織レベルの創傷治癒として皮膚,骨,筋肉など多くの組織が,おもにそれぞれの組織に特異的な前駆細胞により修復される1).いずれにしても,器官あるいは組織が損傷をうけた場合,細胞はそれまでの恒常性を維持するための必要最低限の増殖から,損傷した器官あるいは組織を再生するためのより活発な増殖に切り替わる必要がある.この変化はどのようにもたらされるのだろうか.
 メキシコサンショウウオ(Ambystoma mexicanum,アホロートル,ウーパールーパーともよばれる)の再生の過程において,外肢が切断されるとただちに表皮が切断面をおおう.この表皮は傷表皮とよばれ,その内側におのおのの組織の前駆細胞の集団が生じ活発な増殖がはじまり,初期の再生芽が形成される(図1).この初期の再生芽に神経組織からのシグナルがくわわることにより細胞は継続的に増殖し,それぞれの前駆細胞が分化し位置情報にもとづいたパターン形成がなされてもとの器官が再生する3).神経組織からのシグナルは初期の再生芽が形成されたのちの再生の進行に重要であると考えられている.近年,神経組織からのシグナルタンパク質に関する知見は急速に蓄積しており,メキシコサンショウウオと同じ有尾両生類のブチイモリ(Notophthalmus viridescens)においてnAGが同定され4),また,メキシコサンショウウオにおいてはBMPやFGFなどのタンパク質が神経組織からのシグナルと同様にはたらくことが示された5).一方,傷表皮は初期の再生芽の形成に必要であることが示唆されており,傷表皮を通常の表皮と外科的におき換えると再生はそれ以上進行しない6).これまで,外肢を切断したのち再生のための最初の細胞の増殖を促進し初期の再生芽を形成する傷表皮からのシグナルについては明らかにされていなかった(図1).

figure1

1.機能的な発現クローニング法によるAxMLPの同定

 スクリーニングにはブチイモリに由来する株化筋芽細胞から分化させた筋管を用いた.この筋管は,ほかの動物種に由来する筋管と同様に細胞周期を離脱しており,低濃度の血清あるいは血清を含まない培地で培養した場合,5-ブロモデオキシウリジンの核への取り込みなど,細胞周期の再進入の指標を示さない.ところが,マウスに由来する筋芽細胞から分化した筋管とは異なり,イモリに由来する筋管を10~20%の血清を含む培地で培養すると5-ブロモデオキシウリジンの核への取り込みが観察され,細胞の増殖に必要なDNAの複製が確認される7).また,in vivoにおける再生の過程においても,イモリの外肢の筋細胞は脱分化して増殖し再生芽の形成に関与することが明らかにされている8).そこで,イモリに由来する筋管の培地において5-ブロモデオキシウリジンの核への取り込みを定量することにより,細胞の増殖を促進するタンパク質をスクリーニングすることを考えた.
 メキシコサンショウウオの再生芽にイモリに由来する筋管において細胞周期の再進入を促進するタンパク質があるかどうかを確かめる目的で,再生芽に発現したmRNAをツメガエルの卵母細胞に注入し,その培養上清をイモリに由来する筋管の培地に添加し5-ブロモデオキシウリジンの核への取り込みを定量した.すると,メキシコサンショウウオの尾あるいは肢の再生芽から得られたmRNAにより10~15%の核において5-ブロモデオキシウリジンの核への取り込みが確認された.一方,再生芽ではなく通常の肢から得られたmRNAにその活性はみられなかった.これらのことから,メキシコサンショウウオの再生芽にはイモリに由来する筋管において細胞周期の再進入を促進するなんらかのタンパク質が含まれることが示された.
 筆者らの研究室のもつメキシコサンショウウオの尾部の再生芽のcDNAライブラリーにおいては,ひとつひとつの大腸菌クローンが288枚の384穴プレートに播種されている.まず,1枚の384穴プレートに含まれるすべてのクローンをひとつにまとめ“プール”とし,合計288個のプールを得た.さらに,24個のプールを“スーパープール”としてまとめ,合計12個のスーパープールを得た.それぞれのスーパープールからプラスミドDNAを精製してHEK293細胞にトランスフェクションし,その培養上清をイモリに由来する筋管の培地に添加した.すると,4つのスーパープールが5-ブロモデオキシウリジンの核へ取り込み活性を示した.スーパープールは24個のプールから構成されることから,この24個のプールからよりサイズの小さいサブプールをつくり,活性を示したスーパープールから逆向きにたどることにより1つのクローンにたどりついた.このクローンの塩基配列を決定したところ,MARCKS様タンパク質に共通してみられる3つの特徴的なドメインをもっていたことから9),AxMLP(axolotl MARCKS-like protein,メキシコサンショウウオMARCKS様タンパク質)を同定した.

2.AxMLPはin vitroにおける細胞周期の再進入に必要十分である

 培養上清から得られたAxMLPは,分泌性のタンパク質にみられる典型的なシグナルペプチドをもたなかった.また,既知のMARCKS様タンパク質につき,細胞の外に分泌されて生理活性をもつという報告はなかった9).そこで,AxMLPが培養上清に分泌されているのかどうかを確かめる目的で,AxMLPと蛍光タンパク質eGFPとの融合タンパク質のコンストラクトを作製しHEK293細胞にトランスフェクションしたところ,eGFPに由来する蛍光が培養上清に検出された.さらに,AxMLPの分泌に関し,ほかの動物種のMARCKS様タンパク質と比較する目的で,ヒト,マウス,ゼブラフィッシュ,ツメガエル,イモリそれぞれのMARCKS様タンパク質とHisタグとの融合タンパク質のコンストラクトを作製し,ウェスタンブロッティング法により培養上清への分泌量を比較したところ,ほかの動物種のMARCKS様タンパク質も培養上清に分泌されたものの,AxMLPより少ないことが明らかにされた.
 AxMLPがイモリに由来する筋管における細胞周期の再進入に必要かどうかを明らかにする目的で,AxMLPを含む培養上清を抗AxMLP抗体により処理してイモリに由来する筋管の培地に添加したところ,処理した抗体の量に応じその活性は低下した.さらに,AxMLPのみでイモリに由来する筋管における細胞周期の再進入に十分であるかどうかを確かめる目的で,AxMLPとHisタグとの融合タンパク質のコンストラクトをHEK293細胞にトランスフェクションし,培養上清からAxMLPを精製して血清を含まない培地で培養したイモリに由来する筋管の培地に添加したところ,5-ブロモデオキシウリジンの核へ取り込み活性が確認された.以上のことから,AxMLPはin vitroにおいてイモリに由来する筋管における細胞周期の再進入に必要十分であることが示された.

3.AxMLPはin vivoにおいて細胞の増殖を促進する

 AxMLPが培養細胞だけでなくメキシコサンショウウオ個体においても同様に5-ブロモデオキシウリジンの核へ取り込みを促進するかどうかを明らかにする目的で,精製したAxMLPを再生中ではない通常の尾部あるいは前肢に注入し,その3日のちに5-ブロモデオキシウリジンを腹腔に注射したところ,AxMLPを注入した個体の尾部において,表皮,脊髄,脊索の細胞,筋衛星細胞,間充織細胞にて5-ブロモデオキシウリジンの核へ取り込みのみられた細胞の割合が上昇した.また,同様の傾向は前肢への注入においても確認された.AxMLPをより過剰に供給した場合に再生を促進できるかどうかを明らかにする目的で,精製したAxMLPを尾部の切断のまえから切断ののち2日目まで複数回にわたり注入したところ,切断ののち4日目の再生芽において対照より大きな再生芽が観察された.
 AxMLPの発現クローニングにはイモリに由来する細胞を用いたが,AxMLPがイモリに対しても同様の活性を示すかどうかを明らかにする目的で,精製したAxMLPをイモリの正常な前肢,あるいは,再生中の上腕部の再生芽に注入した.すると,正常な前肢に注入した場合には5-エチニルデオキシウリジンの核へ取り込みのみられた細胞の割合は上昇しなかったが,再生芽の筋衛星細胞あるいは筋管から脱分化した細胞においては上昇していた.これらの結果から,AxMLPはイモリに対しても細胞の増殖を促進することが示された.

4.AxMLPの発現は再生の初期に上昇し傷表皮においてその局在は変化する

 AxMLPが再生の過程において,いつ,どこで発現しているかを明らかにする目的で,その発現を定量RT-PCR法により,また,その局在を抗AxMLP抗体による免疫組織化学法により解析した.尾部あるいは前肢のどちらの再生の過程においても,AxMLPの発現は切断ののち1日目にピークをむかえ,4日目までには通常のレベルにもどった.再生中ではない通常の尾部あるいは前肢から組織切片を作製し抗体により染色すると,尾部の表皮の細胞,脊髄の細胞,前肢の表皮の細胞においてAxMLPが検出された.これら表皮の細胞においてAxMLPはおもに細胞質に局在しており,この傾向は切断ののち1日目および6日目の再生芽においても観察された.一方,再生の初期に特徴的な傷表皮においては,AxMLPの局在は細胞膜の近傍に変化していた.MARCKS様タンパク質はリン酸化の状態により細胞膜から細胞質へと局在が変化することが知られている9,10).AxMLPの表皮あるいは傷表皮における局在の変化とその分泌についてはさらなる研究が必要である.

5.AxMLPは再生の初期における細胞の増殖に必要である

 メキシコサンショウウオの再生の過程における内在性のAxMLPの機能を明らかにする目的で,モルフォリノアンチセンスオリゴによるAxMLPのノックダウンを試みた.免疫組織染色により脊髄および表皮においてAxMLPの明確なシグナルが観察されたことから,脊髄および表皮にモルフォリノアンチセンスオリゴを導入し,その3日のちに尾部を切断した.切断ののち3日目に,AxMLPをノックダウンした再生芽においては5-ブロモデオキシウリジンの核へ取り込みのみられた細胞は減少していた.また,切断ののち6日目において,AxMLPをノックダウンした再生芽は対照に比べ小さかった.また,この表現型は精製したAxMLPの再生芽への注入により部分的にレスキューされた.これらの結果は,異なる塩基配列に対しデザインされた別のモルフォリノアンチセンスオリゴによっても再現された.さらに,別の機能抑制実験として,抗AxMLP抗体を尾部の再生芽に注入したところ,モルフォリノアンチセンスオリゴによるノックダウンの場合と同様に,切断ののち3日目に5-ブロモデオキシウリジンの核へ取り込みのみられた細胞の顕著な減少が観察された.以上のことから,AxMLPは再生の初期における細胞の増殖に必要であることが示された.

おわりに

 近年,メキシコサンショウウオの脊髄の再生における細胞周期に関する詳細な解析により,脊髄の再生の担い手である神経幹細胞は尾部の切断ののち細胞周期を加速し,最初の有糸分裂は切断ののち3~4日目であることが明らかにされた11).このことは,脊髄が損傷をうけるまえの組織を維持するための細胞分裂から,尾部の切断ののちに再生のためのより活発な細胞分裂への変化が起こっていることを示す.この研究においては,発現クローニング法によりAxMLPが同定され,in vivoにおける検討によりAxMLPは損傷ののち最初に細胞の増殖を促進するタンパク質のひとつであることが示された.再生の開始を狭義的に細胞の増殖と定義するならば,AxMLPは維持から再生へのドラスティックな変化をもたらすタンパク質といえるかもしれない.一方,AxMLPがどのようにして細胞の外へと分泌されるのか,細胞がどのようにしてそのシグナルを受け取り,その応答としてどのように増殖を開始するのか,という作用機序や,なぜ動物種のあいだでMARCKS様タンパク質の分泌に差があるのか,などについてはほとんど何もわかっていない.さらなる詳細な研究が必要と考えられる.

文 献

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  2. Eguchi, G., Eguchi, Y., Nakamura, K. et al.: Regenerative capacity in newts is not altered by repeated regeneration and ageing. Nat. Commun., 2, 384 (2011)[PubMed]
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著者プロフィール

杉浦 太久至(Takuji Sugiura)
略歴:2006年 姫路工業大学大学院理学研究科博士後期課程 修了,2007年 ドイツMax Planck Institute of Molecular Cell Biology and GeneticsにてPost doctoral fellowを経て,2009年よりドイツDresden University of TechnologyにてPost doctoral fellow.
研究テーマ:動物をモデルとした再生の研究.再生の過程における細胞の増殖制御に着目し,“静”から“動”へ,“動”から“静”への移り変わりをどのように制御しているのか?

Elly M. Tanaka
ドイツDresden University of TechnologyにてDirector.
研究室URL:https://www.crt-dresden.de/research/crtd-core-groups/tanaka.html

© 2016 杉浦太久至・Elly M. Tanaka Licensed under CC 表示 2.1 日本

シロイヌナズナにおいて花粉管の先端に局在する受容体が花粉管の伸長および花粉管誘引ペプチドの感知を制御する

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武内秀憲・東山哲也
(科学技術振興機構ERATO東山ライブホロニクスプロジェクト)
email:武内秀憲
DOI: 10.7875/first.author.2016.026

Tip-localized receptors control pollen tube growth and LURE sensing in Arabidopsis.
Hidenori Takeuchi, Tetsuya Higashiyama
Nature, 531, 245-248 (2016)

要 約

 多細胞生物において,細胞の成長方向の制御は正常な組織の形成や細胞間コミュニケーションに必須である.被子植物の生殖の過程においては,先端成長する花粉管が雌しべのなかを進み,卵細胞のとなりにある助細胞からの誘引シグナルを感知することで受精の場まで到達する.今回,筆者らは,シロイヌナズナの花粉管誘引ペプチドAtLURE1の感知に必須な花粉管の受容体としてPRK6を同定した.PRK6はほかのPRKファミリーと協調してはたらき,種に特異的なAtLURE1を認識すると考えられた.PRK6は,細胞内シグナル伝達スイッチであるROPの活性化タンパク質であり花粉管の正常な伸長に重要なROPGEFと相互作用した.花粉管がAtLURE1にむかい方向を転換する際にPRK6の局在を観察したところ,伸長の方向を変えるまえに,細胞膜に局在するPRK6はAtLURE1をくわえた側に非対称に蓄積した.これらの結果から,PRK6を中心としたPRKファミリーがAtLURE1を認識し,花粉管の伸長に重要なタンパク質をAtLURE1の方向に集積することにより,正確かつ迅速な花粉管の伸長方向の変化が達成されることが明らかにされた.

はじめに

 被子植物は同種どうしでの受精を効率よく達成するため,花粉管が雌しべの奥深くにある卵細胞まで精細胞を送り届けるしくみを発達させた1).花粉管は,花粉が柱頭に受粉し発芽することで発達するひとつの細胞からなる雄性配偶体であり,内部に精細胞を含む.花粉管は厳密に制御された先端成長のしくみをもち,雌しべの柱頭,花柱を通過し,胚珠を含む子房の内部へと進入する(図1).胚珠は受精ののち種子へと発達する組織で,内部に卵細胞を含む.卵細胞のとなりにある助細胞からの誘引シグナルにより花粉管は胚珠へと誘引され,精細胞が卵細胞へと受け渡されることで受精が行われる.助細胞から分泌される誘引物質として,双子葉植物のトレニアおよびシロイヌナズナにおいてLUREが2,3),単子葉植物のトウモロコシにおいてZmEA1が同定されていた4).LUREはCRPファミリーに属する約70アミノ酸残基からなる分泌性のペプチドである.トレニアとシロイヌナズナのLUREのあいだにはシステイン残基の共通性はあるものの,全長配列の同一性はほとんどみられない.さらに,近縁な種のあいだでも配列に違いがあり,花粉管の誘引活性も同種に対してより効率的にはたらく3).ひとつの胚珠に1本の花粉管だけを誘引するために重要な花粉管誘引ペプチドの分泌停止のしくみ5)新着論文レビュー でも掲載)を含め,花粉管誘引ペプチドを分泌する雌しべの側のしくみについては比較的理解が進んでいる.しかしながら,花粉管誘引ペプチドを含む雌しべの組織からのシグナルを花粉管がどのように感知しているのかはほとんどわかっていなかった.

figure1

 なお,植物における受精については,東山 哲也, 領域融合レビュー, 1, e007, 2012 も参照されたい.

1.花粉管の先端に局在する受容体様キナーゼPRK6はAtLURE1の感知に必須である

 シロイヌナズナAtLURE1の認識および応答にかかわる受容体様キナーゼを探索した.このとき,筆者らによる先行研究から,AtLURE1のほかにも誘引物質が存在し,雌しべの組織からのリガンドと花粉管の受容体との多対多のペアの存在が想像された.そこで,細胞外領域をもつ受容体様キナーゼのなかから,複数のホモログの遺伝子が花粉管において特異的に発現するものに着目した.培地に伸長させた花粉管に精製AtLURE1を含むゼラチンビーズを作用させて応答を調べるsemi-in vivo花粉管誘引アッセイにより,受容体様キナーゼの変異体の花粉管をスクリーニングした.その結果,解析した23の受容体様キナーゼの変異体のうち,prk6変異体のみがAtLURE1にまったく反応しなかった.ほかの7つのprk変異体は正常に反応した.蛍光タンパク質との融合により局在を観察したところ,膜貫通型の受容体様キナーゼであるPRK6はおもに伸長する花粉管の先端の細胞膜に局在した.このことから,PRK6がAtLURE1を感知し,花粉管の先端成長の方向を制御するタンパク質であると考えられた.

2.PRKファミリーは花粉管の伸長とAtLURE1の感知を協調して制御する

 花粉管の受容体と外部からのリガンドとの多対多のペアの存在を予想していたことにくわえ,トマトのPRKファミリーにおける先行研究においてLePRK1とLePRK2の相互作用の状態の変化が花粉管の発芽および伸長を制御することが示唆されていた6).そこで,複数のPRKファミリーが花粉管の伸長およびAtLURE1の感知を制御していると考え,prk多重変異体を作製した.多数の変異体を同時に解析するにあたり,AtLURE1をくわえた培地に花粉管を伸長させることにより花粉管の伸長およびAtLURE1への反応性を同時にみるという,簡便で用量に依存的なsemi-in vivoアッセイを新たに用いた.このアッセイでは,野生型の花粉管はうねうねと波うった伸長パターンを示したが,prk6変異体の花粉管はAtLURE1を含まない培地と同様に真っすぐ伸長した.PRK6と系統的にもっとも近いPRK3に対する変異を含めたprk3 prk6二重変異体,さらに,同じサブクレードに属するPRK8に対する変異を含めたprk3 prk6 prk8三重変異体は,prk6変異によりAtLURE1を感知できないことにくわえ花粉管の伸長の異常を示した.PRK6とは異なるサブクレードに属するPRK1およびPRK3に対するprk1 prk3二重変異体の花粉管は正常に伸長したが,AtLURE1への応答性が低下していた.prk1 prk3 prk6三重変異体はprk3 prk6二重変異体より重篤な花粉管の伸長の異常を示した.このsemi-in vivoアッセイにより,AtLURE1の感知および花粉管の伸長は複数のPRKファミリーとPRK6とが協調的にはたらくことにより制御されることが明らかにされた.

3.PRKファミリーは雌しべにおける花粉管の伸長および胚珠への誘引に重要な役割をはたす

 雌しべにおけるPRKファミリーの機能について調べた.野生型と比べ,prk6変異体の花粉管は胚珠への誘引に若干の乱れが観察された.この弱い表現型は,AtLURE1をノックダウンした胚珠に対し低頻度で花粉管の誘引の異常がみられたことと矛盾しなかった3)prk3 prk6二重変異体では花粉管の伸長率は低下し胚珠への誘引が遅れた.prk3 prk6 prk8三重変異体およびprk1 prk3 prk6三重変異体においては,花粉管の伸長のより顕著な異常,および,胚珠の近傍まで伸長してきた花粉管に対する誘引頻度の低下が観察され,種子の発達率にも影響がみられた.これらの結果は,雌しべにおいてもPRKファミリーが花粉管の伸長および誘引物質の感知に重要な役割をはたすることを示した.トマトにおける研究から,LePRK2は花粉それ自体や花柱組織から分泌される複数のCRPファミリーのリガンドを受容することにより花粉管の発芽および伸長を制御することが示唆されている7,8).これらのことから,助細胞から分泌されるAtLURE1にくわえ,未同定の花粉管誘引ペプチドや花粉管の伸長の促進にかかわるペプチドなど,多数のリガンドを複数のPRKファミリーが感知することが予想された.

4.PRK6は花粉管の伸長に重要な役割をはたすタンパク質と相互作用する

 トマトのLePRK1とLePRK2およびシロイヌナズナPRK2についての先行研究により,PRKファミリーは細胞内シグナル伝達スイッチとしてはたらくROPの活性化タンパク質ROPGEF(GEF:guanine nucleotide-exchange factor,グアニンヌクレオチド交換因子)と相互作用することが考えられた.実際に,BiFC(bimolecular fluorescence complementation,2分子蛍光相補性)法により,PRK6は花粉管において発現するROPGEFと相互作用することが示された.PRK6と花粉管で発現するROPGEFのひとつであるROPGEF12との結合領域をさらに探索するため,細胞内領域を段階的に欠失させたPRK6を用いて共免疫沈降実験を行った.タバコの葉における一過的な発現系を用いた実験により,キナーゼ領域を欠失させたPRK6でもROPGEF12との相互作用が確認された一方,膜貫通領域とキナーゼ領域のあいだの膜近傍領域も欠失させたPRK6では相互作用はみられなかった.この結果は,PRK6と花粉管の伸長に中心的な役割をはたすROPGEFとの相互作用にPRK6のキナーゼ領域は必要ないことを示唆した.
 同様に,花粉管の伸長およびAtLURE1の感知に対するPRK6の細胞内領域の重要性について,変異体の相補実験により調べた.prk6変異体のAtLURE1非感受性の表現型は,キナーゼ領域を欠失させたPRK6の発現により相補されたが,膜近傍領域も欠失させたPRK6の発現では相補されなかった.prk3 prk6二重変異体における花粉管の伸長の異常の表現型は,全長のPRK6の発現では相補されたが,キナーゼ領域を欠失させたPRK6の発現では相補されなかった.
 また,BiFC法により,PRK6はPRK6それ自体やPRK3,花粉管の伸長および胚珠への誘引にかかわる花粉管のタンパク質である受容体様細胞質キナーゼLIP1およびLIP2と相互作用しうることが示された.以上の結果より,PRK6はほかのPRKファミリーや細胞内のタンパク質と複合体を形成し,花粉管の伸長に中心的な役割をはたすROPGEFを介することにより,花粉管の伸長およびAtLURE1の感知を細胞内に伝達していると考えられた(図2).

figure2

5.PRK6は種に特異的なAtLURE1の認識に中心的な役割をはたす

 AtLURE1は同じ種であるシロイヌナズナに対し効率的にはたらく3).そこで,同じアブラナ科の近縁種でありゲノム塩基配列が解読されているルベラナズナ(Capsella rubella)を用いて,PRK6がAtLURE1の認識の機能をもつかどうか調べた.野生型のルベラナズナの花粉管はシロイヌナズナのAtLURE1に反応しなかった一方,シロイヌナズナのPRK6を発現させたルベラナズナの花粉管はシロイヌナズナのAtLURE1に高効率で反応した.この結果は,種に特異的にはたらくAtLURE1の認識をPRK6が担うことを強く示唆した.
 さらに,ルベラナズナのPRK6をシロイヌナズナのprk変異体に導入し表現型を相補するかどうか調べた.意外なことに,ルベラナズナPRK6の発現はprk6変異体のAtLURE1非感受性の表現型を相補した.しかしながら,prk3 prk6二重変異体などの多重変異体にルベラナズナPRK6を発現させたところ,花粉管の伸長の異常はシロイヌナズナのPRK6と同様に相補したものの,AtLURE1非感受性の表現型は部分的に相補しただけであった.さきに述べたprk1 prk3二重変異体の花粉管においてAtLURE1の感受性が低下していたことを含め,ここまでの結果から,PRK6はほかのPRKファミリーと協調して種に特異的なAtLURE1を認識することが示された(図2).

6.外部からのAtLURE1のシグナルに応答してPRK6が花粉管の伸長方向を標識する

 PRK6は花粉管の先端の細胞膜に集中して局在していた.花粉管の先端部では活発なエクソサイトーシスやエンドサイトーシスにより先端成長が制御されている.そこで,外部からのAtLURE1のシグナルにより花粉管が伸長方向を変化させる際,花粉管の先端のPRK6がどのように挙動するかを,semi-in vivo花粉管誘引アッセイとタイムラプス観察を組み合わせて解析した.その結果,花粉管が真っすぐに伸長している際には蛍光タンパク質で標識したPRK6は花粉管の先端の細胞膜に左右均等に局在した.AtLURE1を含むゼラチンビーズを花粉管の片側に作用させたところ,花粉管がビーズをおいた位置にむかい伸長方向を変化させるまえに,PRK6がビーズをおいた側に非対称に蓄積するようすが観察された.花粉管の先端部においてPRK6の局在がかたよったのち,花粉管はその方向にむかいふくらんでいき,先端の伸長方向が変化した.このことから,外部からのAtLURE1のシグナルにより花粉管の伸長に重要なタンパク質と相互作用するPRK6の局在が制御されることで,花粉管の伸長方向の変化がひき起こされると考えられた(図2).

おわりに

 この研究により,PRK6を中心とした複数のPRKファミリーがシロイヌナズナの花粉管誘引ペプチドAtLURE1の認識に必須であることが明らかにされた.中国の研究グループは,この論文と連報で,AtLURE1へのノックアウト変異体の応答欠損の表現型は弱いものの,AtLURE1と結合するMDIS1およびMIK1とMIK2と名づけられた受容体の同定を報告した9).MDIS1は花粉管において高発現しており,筆者らの解析の候補にもあった.MIK1およびMIK2はそれぞれLRR XIおよびLRR XIIの異なるサブファミリーに属する受容体であるが,二重変異体の解析,および,AtLURE1に依存的にそれぞれMDIS1とヘテロ二量体を形成するという結果が報告された.筆者らは,AtLURE1は誘引活性に重要な塩基性の領域をもつことを示しており,その領域を介した粘着的な相互作用がさまたげとなりAtLURE1とPRKファミリーとの特異的な結合を示すにはいたっていない.今後,AtLURE1とPRKファミリーとの相互作用のさらなる解析や,PRKファミリーとMDIS1およびMIKとの関係を調べることにより,AtLURE1の受容機構が明らかにされると考えられる.また,AtLURE1のほかにも存在するであろう誘引物質を同定し,これら受容体との関係を調べる必要もある.
 今回,ROPGEFなど花粉管の伸長に重要なタンパク質と相互作用するPRKファミリーがAtLURE1の感知に必須であることが示された.AtLURE1の受容によりROPシグナル伝達系が活性化されるかどうかは明らかにされなかったが,伸長方向の変化のまえにPRK6が非対称に局在することは興味深い.AtLURE1による花粉管の内部におけるタンパク質の活性化だけでなく,PRK6の局在の制御が細胞外からの誘引シグナルの微小な変化を感知するため重要なしくみなのかもしれない.AtLURE1と花粉管の先端における受容体の挙動や細胞内シグナル伝達タンパク質の活性化をリアルタイムで解析することにより,活発に先端成長する花粉管における方向の制御の分子機構が明らかにされると考えられる.

文 献

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著者プロフィール

武内 秀憲(Hidenori Takeuchi)
略歴:2013年 名古屋大学大学院理学研究科 修了,同年 科学技術振興機構ERATO東山ライブホロニクスプロジェクト 研究員を経て,2016年よりオーストリアGregor Mendel Institute研究員.

東山 哲也(Tetsuya Higashiyama)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 教授.
研究室URL:http://www.higashiyama-lab.com

© 2016 武内秀憲・東山哲也 Licensed under CC 表示 2.1 日本

天敵のにおいに対する生理的な恐怖にかかわる嗅皮質の領域の同定

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近藤 邦生
(米国Fred Hutchinson Cancer Research Center,Basic Sciences Division)
email:近藤邦生
DOI: 10.7875/first.author.2016.028

A specific area of olfactory cortex involved in stress hormone responses to predator odours.
Kunio Kondoh, Zhonghua Lu, Xiaolan Ye, David P. Olson, Bradford B. Lowell, Linda B. Buck
Nature, 532, 103-106 (2016)

要 約

 動物が生き残るためには危険に対し恐怖を感じ適切に対応することが重要である.マウスは天敵のにおいを嗅ぐと,逃避やすくみなどの恐怖行動にくわえ,ストレスホルモンの分泌をともなう生理的な恐怖反応を示す.今回,筆者らは,においの情報を受け取る脳の領域である嗅皮質において,天敵のにおいに対するストレスホルモン応答にかかわる領域を同定した.嗅皮質の複数の領域がストレスホルモンの分泌を制御するニューロンにシグナルを伝達していたが,それらの領域のうち,扁桃体梨状皮質移行領域のみが天敵のにおいにより活性化されるニューロンを含んでいた.扁桃体梨状皮質移行領域を人為的に活性化するとストレスホルモン応答がひき起こされ,抑制すると恐怖行動に影響することなく天敵のにおいによるストレスホルモン応答が抑制された.以上の結果より,扁桃体梨状皮質移行領域が天敵のにおいに対する生理的な恐怖反応において重要な役割をはたすことが明らかにされた.

はじめに

 動物は身のまわりにひそむ危険を察知して恐怖を感じ,その危険からのがれるため体内の生理的な環境を変化させて行動する.恐怖を感じると動物は逃避やすくみなど状況に応じた行動,および,ストレスホルモンの分泌をともなう生理的な反応を示す.恐怖行動は危険をさける,あるいは,外敵からかくれるのに有効であるのに対し,生理的な恐怖反応は呼吸系や代謝系などを変化させ恐怖行動がより効果的に行えるようにする.恐怖により分泌されるストレスホルモンは脳の視床下部室傍核に存在するCRHニューロンにより制御されている.恐怖を感じるとCRHニューロンはCRH(corticotropin-releasing hormone,副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)を分泌し,CRHは下垂体に作用して副腎皮質刺激ホルモンの分泌を促進する.副腎皮質刺激ホルモンは副腎皮質においてグルココルチコイドの分泌を促進し,その結果,呼吸系,代謝系,免疫系などにさまざまな生理的な反応がひき起こされる1)
 げっ歯類など多くの動物はキツネやネコなどの天敵からのにおいを感知して本能的な恐怖反応をひき起こす2).マウスは天敵のにおいを鼻の嗅上皮あるいは鋤鼻器により認識する.嗅上皮からのシグナルは嗅球へと伝達され,ついで嗅皮質へ,さらに高次の領域へと伝達される3).嗅皮質は解剖学的に区別されるさまざまな領域からなるが(図1),それぞれの領域の役割はあまりわかっていない.鋤鼻器からのシグナルは副嗅球へと伝達され,さらに鋤鼻扁桃体へとおもに伝達される.これまでの研究により,嗅球の背側の部分がある天敵のにおいに対するストレスホルモン応答に必要であることがわかっていたが4),嗅皮質のどの領域が天敵のにおいに対するストレスホルモン応答にかかわるのかはわかっていなかった.

figure1

1.仮性狂犬病ウイルスを用いた神経回路の解析

 仮性狂犬病ウイルスBarth株はニューロンに感染すると増殖し,シナプスを介し上流のニューロンへと逆行的に感染する5).この性質を用いると,特定のニューロンにシナプス結合を介しシグナルを伝達する上流のニューロンを同定することが可能である.CRHニューロンの上流のニューロンを解析するため,2種類の組換え仮性狂犬病ウイルスを作製した.一方の組換え仮性狂犬病ウイルスはウイルスの増殖に必須なチミジンキナーゼを欠損しており,Creリコンビナーゼに依存的にGFPを発現する.この組換え仮性狂犬病ウイルスと,Creリコンビナーゼに依存的にチミジンキナーゼを発現する組換えレンチウイルスとをニューロンに感染させると,仮性狂犬病ウイルスはCreリコンビナーゼを発現するニューロンにおいて特異的にGFPを発現しレンチウイルスにより発現するチミジンキナーゼを用いて増殖して上流のニューロンに感染する.しかし,この上流のニューロンにはレンチウイルスは感染できずチミジンキナーゼが発現しないため,そこからさらに上流のニューロンへの感染は起こらない.すなわち,この組換え仮性狂犬病ウイルスは特定のニューロンと直接的に接続する上流のニューロンのみを同定する単シナプス性のトレーサーとして機能する(図2a).もう一方の組換え仮性狂犬病ウイルスはCreリコンビナーゼに依存的にチミジンキナーゼを発現する.この組換え仮性狂犬病ウイルスはいちどCreリコンビナーゼを発現するニューロンに感染すると恒常的にチミジンキナーゼを発現するため,シナプス結合を介して上流のニューロンに感染したのち,ふたたび増殖してさらに上流のニューロンに感染する.したがって,この組換え仮性狂犬病ウイルスは特定のニューロンと直接的あるいは間接的に接続する上流のニューロンを網羅的に同定する多シナプス性のトレーサーとして機能する(図2b).これらの単シナプス感染性の組換えウイルスおよび多シナプス感染性の組換えウイルスを併用することにより,ある特定のニューロンに直接的に接続する上流のニューロンと間接的に接続するニューロンとを区別して同定することが可能になった.

figure2

2.ストレスホルモン応答にかかわる嗅皮質の領域の同定

 嗅皮質のどの領域がCRHニューロンにシグナルを伝達するのかを調べるため,CRHニューロンにおいて特異的にCreリコンビナーゼを発現するマウスに対し,視床下部室傍核に組換え仮性狂犬病ウイルスを注入した.CRHニューロンへの感染ののち,新たに感染した上流のニューロンは脳の多くの領域に観察された.単シナプス感染性の組換えウイルスは脳の31の領域のニューロンに感染し,そのすべては以前の報告により視床下部室傍核に投射するニューロンをもつことが報告されていた領域だった6).それらのなかには,におい以外によるストレスホルモン応答にかかわることが示唆される領域も多く含まれていた1)
 嗅覚系においては,単シナプス感染性の組換えウイルスは鋤鼻扁桃体の一部である内側扁桃体にのみ感染した.このことから,内側扁桃体はCRHニューロンと直接的に接続することが示された.一方,多シナプス感染性の組換えウイルスは注入ののち4日目に嗅皮質および鋤鼻扁桃体の複数の領域に感染した(図1).注入ののち3日目に多シナプス感染性の組換えウイルスに感染した領域のほとんどは,単シナプス感染性の組換えウイルスにも感染していたことから,多シナプス感染性の組換えウイルスに感染した内側扁桃体を除くほかの領域はCRHニューロンに対し間接的に,おそらく,1つのニューロンを介してシグナルを伝達していると考えられた.

3.扁桃体梨状皮質移行領域は天敵のにおいをCRHニューロンに伝達する

 嗅上皮あるいは鋤鼻扁桃体のどの領域が天敵のにおいをCRHニューロンに伝達しているのだろうか? このことを明らかにするため,組換え仮性狂犬病ウイルスに感染したニューロンが天敵のにおいにより活性化するかどうかを調べた.ニューロンの活性化を調べる有効な方法のひとつは,c-Fosなどの神経活性化マーカーの発現の有無を調べることである.しかし,組換え仮性狂犬病ウイルスに感染してから一定時間ののちに,これらの神経活性化マーカーは神経活動とは無関係に発現したため,活性化されたニューロンを区別することは困難であった.そこで,神経活性化マーカーのひとつであるArcについて,mRNAの細胞内局在の経時的な変化を利用した.ArcのmRNAは発現が誘導されると5~15分のちには核に局在し,それから細胞質へと輸送されることが知られている7).Arcの発現が組換え仮性狂犬病ウイルスの感染により誘導されているときには,ほとんどの場合,15分以上にわたり発現が誘導されていると考えられるため,ArcのmRNAは核と細胞質の両方に存在する.一方,Arcの発現がニューロンの活性化により誘導されているときには,においによる刺激ののち5分においてArcのmRNAは核にのみ存在する.したがって,ArcのmRNAが核にのみ存在する組換え仮性狂犬病ウイルスに感染したニューロンを解析することにより,CRHニューロンの上流において天敵のにおいにより活性化するニューロンを同定することが可能になった.
 CRHニューロンにおいて特異的にCreリコンビナーゼを発現するマウスに対し,多シナプス感染性の組換えウイルスを感染させ,ヤマネコの尿,あるいは,キツネに由来するにおい物質であるTMTを嗅がせた.組換え仮性狂犬病ウイルスに感染した嗅皮質あるいは鋤鼻扁桃体のニューロンを解析したところ,ArcのmRNAが核にのみ存在するニューロンの割合は扁桃体梨状皮質移行領域でのみ上昇していた.このことから,扁桃体梨状皮質移行領域は天敵のにおいのシグナルを受け取りCRHニューロンに伝達することができるニューロンを含むことが示された.

4.扁桃体梨状皮質移行領域は天敵のにおいによるストレスホルモン応答にかかわる

 扁桃体梨状皮質移行領域のニューロンの人為的な活性化によりストレスホルモン応答をひき起こすことができるかどうか調べた.Gタンパク質共役型受容体hM3Dqは生体においては不活性な物質であるCNOと結合することにより活性化しニューロンの脱分極を促進する8).アデノ随伴ウイルスを用いてhM3Dqを扁桃体梨状皮質移行領域から投射するニューロンにおいて特異的に発現させ,腹腔にCNOを注射することにより扁桃体梨状皮質移行領域における神経活動を活性化させた.その結果,CRHニューロンにおいて神経活性化マーカーであるc-Fosの発現は上昇し,副腎皮質刺激ホルモンの血中濃度は上昇した.このことから,扁桃体梨状皮質移行領域における神経活動の活性化のみでストレスホルモン応答をひき起こすことができることが示された.
 扁桃体梨状皮質移行領域が天敵のにおいによる恐怖反応にかかわるかどうかを調べた.Gタンパク質共役型受容体hM4DiはCNOと結合することによりニューロンを抑制する8).アデノ随伴ウイルスを用いてhM4Diを扁桃体梨状皮質移行領域から投射するニューロンにおいて発現させ,腹腔にCNOを注射することにより扁桃体梨状皮質移行領域における神経活動を抑制した.その結果,天敵のにおいに対する副腎皮質刺激ホルモンの血中濃度の上昇が抑制され,副腎皮質刺激ホルモンの下流のホルモンであるコルチコステロンの量,および,神経活性化マーカーであるc-Fosを発現するCRHニューロンの割合も減少した.これらの結果から,扁桃体梨状皮質移行領域は天敵のにおいによるストレスホルモン応答に必要であることが示唆された.
 扁桃体梨状皮質移行領域における神経活動を抑制しても,天敵のにおいによりマウスがすくむ時間に変化はみられなかった.最近,嗅皮質の別の領域のニューロンを抑制すると天敵のにおいによりすくむ時間が減少することが報告された9).すくみは典型的な恐怖行動であり,天敵のにおいに対する恐怖行動と生理的な恐怖反応とは嗅皮質の異なる領域により担われる可能性が示唆された.

おわりに

 天敵のにおいに対する恐怖反応は天敵に会ったことのない実験室のマウスにも観察されることから,生まれつき備わった神経回路がかかわると考えられる.今回,筆者らは,天敵のにおいのシグナルがストレスホルモン応答までどのように伝達するかを解析し,嗅皮質の小さな領域である扁桃体梨状皮質移行領域が重要な役割を担うことを見い出した(図3).嗅上皮の複数の領域がCRHニューロンにシグナルを伝達したが,それらのうち,天敵のにおいにより活性化されたのは扁桃体梨状皮質移行領域だけであった.ほかの領域がどのような役割をはたしているのかは興味深い.マウスはほかのマウスからのにおいなどに対しても恐怖反応を示すことが知られており10),扁桃体梨状皮質移行領域のほかの領域は別の危険なにおいの認識にかかわるのかもしれない.また,恐怖によるストレスホルモン応答を抑制あるいは制御する領域の存在する可能性もある.

figure3

 近年,単シナプス性のトレーサーとして,狂犬病ウイルスに由来するものが非常に広い範囲で使われている11).筆者らが作製した仮性狂犬病ウイルスに由来するトレーサーは,単シナプス性と多シナプス性とを併用することにより直接的あるいは間接的に接続するニューロンを区別して同定できるという,狂犬病ウイルスに由来するトレーサーにはない利点がある.これらのトレーサーを併用することにより,さまざまな神経回路のさらなる理解が進むことが期待される.ちなみに,名前は似ているものの,RNAウイルスである狂犬病ウイルスとDNAウイルスである仮性狂犬病ウイルスとはまったく別のウイルスである.
 ヒトにおいては,ストレスホルモン応答の制御の不全がうつや不安障害といった精神疾患に関連することがわかっている.ストレスホルモン応答を制御する神経回路ネットワークを理解することにより,精神疾患の治療の向上へとつながることが期待される.

文 献

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活用したデータベースにかかわるキーワードと統合TVへのリンク

著者プロフィール

近藤 邦生(Kunio Kondoh)
略歴:2007年 京都大学大学院生命科学研究科 修了,同年より米国Fred Hutchinson Cancer Research Center博士研究員.
研究テーマ:においによる本能的な行動のしくみ.
抱負:においに対する動物の本能的な反応を理解することにより,ヒトの感情の根底にあるしくみを理解できないかと考えています.

© 2016 近藤 邦生 Licensed under CC 表示 2.1 日本

Lypd8は鞭毛をもつ細菌と大腸上皮とを分け隔てる

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奥村 龍・竹田 潔
(大阪大学大学院医学系研究科 免疫制御学)
email:奥村 龍
DOI: 10.7875/first.author.2016.031

Lypd8 promotes the segregation of flagellated microbiota and colonic epithelia.
Ryu Okumura, Takashi Kurakawa, Takashi Nakano, Hisako Kayama, Makoto Kinoshita, Daisuke Motooka, Kazuyoshi Gotoh, Taishi Kimura, Naganori Kamiyama, Takashi Kusu, Yoshiyasu Ueda, Hong Wu, Hideki Iijima, Soumik Barman, Hideki Osawa, Hiroshi Matsuno, Junichi Nishimura, Yusuke Ohba, Shota Nakamura, Tetsuya Iida, Masahiro Yamamoto, Eiji Umemoto, Koichi Sano, Kiyoshi Takeda
Nature, 532, 117-121 (2016)

要 約

 おびただしい数の細菌の存在する大腸上皮は,内粘液層と外粘液層により構成される厚い粘液層によりおおわれている.大腸上皮の直上に存在する内粘液層には細菌はほとんど存在せず,細菌と大腸上皮とは分け隔てられている.しかしながら,どのような機構により細菌と大腸上皮とが分け隔てられるかは不明であった.筆者らは,大腸上皮に特異的に発現するLypd8というGPIアンカー型の膜タンパク質が細菌の鞭毛と結合し,内粘液層への侵入を抑制するという新たな機構について明らかにした.また,Lypd8ノックアウトマウスにおいては実験的な腸炎に対する感受性が亢進しており,Lypd8が鞭毛をもつ細菌と大腸上皮とを分け隔てることにより腸炎を制御していることが明らかにされた.

はじめに

 近年,潰瘍性大腸炎やクローン病に代表される炎症性腸疾患の患者は増加の一途をたどっているが,根治的な治療法といえるものは存在せず,発症機構の解明が急務となっている.最近の研究により,炎症性腸疾患の発症の原因のひとつとして,粘液層や抗菌ペプチドなど腸管上皮バリアの機能の破綻が指摘されている1).ほかの臓器とは異なり,微生物や食物など外界からの異物がおびただしく存在する腸管においては,腸管上皮バリアによりそれらと腸管とを隔離することは,過剰な免疫応答を回避し炎症を制御するうえで重要とされている.小腸と比較して多数の細菌が存在する大腸においては,腸管上皮バリアのひとつである粘液層は分厚く,外粘液層と内粘液層の2つの層に分けられる.細菌は外粘液層に存在し,内粘液層はほぼ無菌の状態に保たれているが2,3),腸炎を自然発症するマウスにおいては多くの細菌の内粘液層への侵入が認められることから4),細菌と大腸上皮とを分け隔てることは炎症の制御において重要であると考えられている.小腸においては細菌と小腸上皮とを分け隔てる機構として,Paneth細胞から産生されるαディフェンシンなどの抗菌ペプチドがとくに重要であることが明らかにされてきており,近年では,RegIIIγがグラム陽性細菌に対し抗菌活性をもち,グラム陽性細菌と小腸上皮とを分け隔てるのに重要であることが報告されている5-7).しかし,さらにおびただしい数の微生物が存在する大腸には抗菌ペプチドの産生に特化したPaneth細胞は存在せず,これまで,内粘液層が無菌の状態に保たれる機構については十分に解明されていなかった.

1.Lypd8は大腸上皮の最上層に特異的に高発現し大腸の管腔に分泌される

 大腸において内粘液層が無菌の状態に保たれる機序について解明するため,大腸上皮に特異的に高発現する遺伝子をデータベース,マイクロアレイ法,リアルタイムPCR法により探索した.その結果,Lypd8遺伝子が大腸上皮において特異的に高発現していることが見い出された.Lypd8は,Ly6/PlaurドメインをもつLy6/Plaurファミリータンパク質のひとつであり,GPIアンカー型の膜タンパク質であった.また,ほかのLy6/Plaurファミリータンパク質とは異なりN-結合型糖鎖の修飾を高度にうけており,その分子量は約110,000であった.マウスの大腸におけるLypd8の発現パターンを抗Lypd8抗体を用いた免疫染色により調べたところ,Lypd8は大腸の腺組織の最表層に存在する上皮細胞の頂端側に発現し,大腸の管腔に恒常的に分泌されていた(図1).大腸がんの患者の正常な粘膜の組織切片を免疫染色により観察したところ,Lypd8はヒトにおいてもマウスと同様に大腸の腺組織の最表層に存在する上皮細胞に高発現しており,また,潰瘍性大腸炎の患者の炎症を起こした粘膜を同様に観察したところ,Lypd8の発現はいちじるしく低下していた.このことから,Lypd8が潰瘍性大腸炎の病態に関与する可能性が示唆された.

figure1

2.Lypd8は鞭毛をもつ細菌の内粘液層への侵入を抑制する

 これまで,Lypd8の機能はまったく解明されていなかったため,Lypd8ノックアウトマウスを作製し生体におけるLypd8の機能を解析した.野生型のマウスおよびLypd8ノックアウトマウスの大腸の組織切片を観察したところ,Lypd8ノックアウトマウスの大腸上皮には多数の細菌が付着し,野生型のマウスであれば細菌が認められない大腸上皮の直上の内粘液層や腸陰窩深部にも多数の細菌が存在していた.Lypd8ノックアウトマウスの大腸に付着している細菌をリアルタイムPCR法により解析したところ,大腸菌,Proteus属細菌,Helicobacter属細菌といった鞭毛をもち運動性の高い細菌が野生型のマウスと比べ有意に多く検出され,Lypd8ノックアウトマウスの大腸の組織破砕液を培養すると細菌Proteus mirabilisが有意に多く検出された.マウスに蛍光標識したP. mirabilisを経肛門的に投与したところ,Lypd8ノックアウトマウスにおいて多くのP. mirabilisの大腸上皮への接着が観察された.これらの結果から,Lypd8が大腸においてP. mirabilisを含む鞭毛をもつ細菌の内粘液層への侵入を抑制していることが示唆された.

3.Lypd8は鞭毛をもつ細菌の内粘液層への侵入を抑制することにより腸炎を制御する

 Proteus属細菌やHelicobacter属細菌は腸炎との関連が報告されているため8-10),Lypd8ノックアウトマウスにデキストラン硫酸ナトリウムの投与による実験的な腸炎をひき起こし,野生型のマウスと比較した.その結果,Lypd8ノックアウトマウスは体重の減少がいちじるしく,高い死亡率,激しい炎症像が認められ,腸炎が重症化した.
 Lypd8ノックアウトマウスにおいて,腸炎に対する感受性が亢進していることと鞭毛をもつ細菌の存在とが関連するかどうかを調べるため,マウスに抗生剤を投与して腸管において鞭毛をもつ細菌が減少または増加する状態をつくりだして腸炎に対する感受性について調べた.抗生剤としては,Proteus属細菌や大腸菌などのグラム陰性細菌に感受性のあるゲンタマイシンと,それらに感受性のないバンコマイシンを使用した.2週間にわたり抗生剤を投与し野生型のマウスおよびLypd8ノックアウトマウスの大腸の組織切片を観察した.Lypd8ノックアウトマウスにゲンタマイシンを投与し鞭毛をもつ細菌を排除すると,大腸上皮の直上に無菌の内粘液層が認められるようになった.また,バンコマイシンを投与し細菌の交代現象により鞭毛をもつ細菌が増加した状態にしても,内粘液層に変化はみられなかった.実験的な腸炎をひき起こしたところ,Lypd8ノックアウトマウスにおいては,ゲンタマイシンの投与により腸炎は軽症化し,バンコマイシンの投与により腸炎は悪化した.このことから,Lypd8ノックアウトマウスにおいて腸炎に対する感受性は鞭毛をもつ細菌の存在と関連していることが示され,Lypd8は鞭毛をもつ細菌の内粘液層への侵入を抑制し腸炎を制御していることが示唆された(図2).

figure2

4.Lypd8は細菌の鞭毛と結合しその運動性を抑制する

 Lypd8がどのような機序により鞭毛をもつ細菌を含む細菌の内粘液層への侵入を抑制しているのかを解析した.Lypd8は大腸の管腔に恒常的に分泌されていることから,生体においてLypd8は細菌と結合しているかどうか調べるため,マウスの糞便から細菌の画分を分離し,抗Lypd8抗体を反応させフローサイトメトリーにより解析した.その結果,Lypd8は糞便に含まれる一部の細菌と結合していた.Lypd8がどういった細菌と結合しているかを調べるため,Lypd8と結合している細菌と結合していない細菌とをフローサイトメトリーを用いて分離しそれぞれDNAを解析したところ,Lypd8と結合している細菌には大腸菌など鞭毛をもつ細菌が多く含まれ,Lypd8が腸管において鞭毛をもつ細菌と優先的に結合することが示唆された.また,純粋培養したP. mirabilisに組換えLypd8をくわえフローサイトメトリーにより解析したところ,Lypd8はP. mirabilisと優先的に結合することが明らかにされ,さらに,走査型電子顕微鏡を用いてLypd8とP. mirabilisとの結合の部分を観察したところ,Lypd8は鞭毛と結合していた.Lypd8が鞭毛と結合するかどうかさらに解析するため,純粋培養したP. mirabilisあるいは大腸菌を激しく振とうし,はがれ落ちた鞭毛を超遠心法により分離した.分離した鞭毛に組換えLypd8をくわえたのち超遠心法により鞭毛を沈殿させ,沈殿物および上清に含まれるLypd8の量をウェスタンブロッティング法により評価した.その結果,Lypd8はP. mirabilisあるいは大腸菌の鞭毛と結合し,超遠心法により共沈した.また,P. mirabilisの鞭毛あるいは鞭毛の主要な構成タンパク質であるフラジェリンをプレートにコートしLypd8との結合をELISA法により解析したところ,Lypd8と鞭毛との結合は認められたが,Lypd8とフラジェリンとの結合は認められなかった.この結果から,Lypd8は単体のフラジェリンとは結合せず,フラジェリン多量体の高次構造を認識して結合する可能性が示唆された.
 in vitroにおいてLypd8がP. mirabilisの大腸上皮への接着を抑制するかどうか解析した.ヒトの大腸上皮細胞株であるCaco-2細胞にはLYPD8は発現していないため,マウスのLypd8をCaco-2細胞に強制発現させLypd8を恒常的に発現するCaco-2細胞株を作製した.このCaco-2細胞を培養し免疫染色によりLypd8の発現を解析したところ,Lypd8はCaco-2細胞の頂端側に発現し,また,一部は上清にも分泌されていた.Lypd8を発現するCaco-2細胞を培養し,上清にP. mirabilisをくわえてCaco-2細胞への接着について評価した.Lypd8を発現するCaco-2細胞では発現しないCaco-2細胞と比較し,P. mirabilisの接着が抑制され,かつ,その作用はN-グリカナーゼによる脱グリコシル化により失われた.このことから,Lypd8は細菌の接着を抑制し,その作用にはN-結合型糖鎖の修飾が重要であることが示された.
 Lypd8は細菌の運動をつかさどる鞭毛と結合することから,Lypd8が細菌の運動性におよぼす影響について評価した.寒天培地に培養したP. mirabilisに対しLypd8を発現したCaco-2細胞を頂端側から接触させたところ,P. mirabilisの運動性は抑制された.また,Lypd8を含んだ軟寒天培地において,P. mirabilisおよび大腸菌の運動性は対照と比べ有意に抑制された.以上の結果から,Lypd8は細菌の鞭毛と結合し,その運動性を抑制することが示された(図2).

おわりに

 Lypd8は大腸上皮に特異的に高発現するGPIアンカー型の膜タンパク質であり,大腸の管腔に恒常的に分泌され,大腸菌やProteus属細菌など鞭毛をもつ細菌の鞭毛と結合してその運動性を抑制することにより,内粘液層への侵入を防止し腸炎を制御していることが明らかにされた.潰瘍性大腸炎の患者の炎症を起こした粘膜においてはLypd8の発現の低下が認められたことから,Lypd8の発現を回復させることなどにより腸管上皮バリアの機能を強化するといった,潰瘍性大腸炎の新たな治療法の開発が期待される.

文 献

  1. Jager, S., Stange, E. F. & Wehkamp, J.: Inflammatory bowel disease: an impaired barrier disease. Langenbecks Arch. Surg., 398, 1-12 (2013)[PubMed]
  2. McGuckin, M. A., Linden, S. K., Sutton, P. et al.: Mucin dynamics and enteric pathogens. Nat. Rev. Microbiol., 9, 265-278 (2011)[PubMed]
  3. Johansson, M. E., Larsson, J. M. & Hansson, G. C.: The two mucus layers of colon are organized by the MUC2 mucin, whereas the outer layer is a legislator of host-microbial interactions. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108 (Suppl. 1), 4659-4665 (2011)[PubMed]
  4. Johansson, M. E. Gustafsson, J. K., Holmen-Larsson, J. et al.: Bacteria penetrate the normally impenetrable inner colon mucus layer in both murine colitis models and patients with ulcerative colitis. Gut, 63, 281-291 (2014)[PubMed]
  5. Ayabe, T., Satchell, D. P., Wilson, C. L. et al.: Secretion of microbicidal α-defensins by intestinal Paneth cells in response to bacteria. Nat. Immunol., 1, 113-118 (2000)[PubMed]
  6. Vaishnava, S. Yamamoto, M., Severson, K. M. et al.: The antibacterial lectin RegIIIγ promotes the spatial segregation of microbiota and host in the intestine. Science, 334, 255-258 (2011)[PubMed]
  7. Cash, H. L., Whitham, C. V., Behrendt, C. L. et al.: Symbiotic bacteria direct expression of an intestinal bactericidal lectin. Science, 313, 1126-1130 (2006)[PubMed]
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  9. Mukhopadhya, I., Hansen, R., El-Omar, E. M. et al.: IBD-what role do Proteobacteria play? Nat. Rev. Gastroenterol. Hepatol., 9, 219-230 (2012)[PubMed]
  10. Hansen, R., Thomson, J. M., Fox, J. G. et al.: Could Helicobacter organisms cause inflammatory bowel disease? FEMS Immunol. Med. Microbiol., 61, 1-14 (2011)[PubMed]

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著者プロフィール

奥村 龍(Ryu Okumura)
略歴:大阪大学大学院医学系研究科 助教.
研究テーマ:大腸における腸管上皮バリアの機構.
抱負:基礎医学の研究から小児医療に貢献したい.

竹田 潔(Kiyoshi Takeda)
大阪大学大学院医学系研究科 教授.
研究室URL:http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/ongene/

© 2016 奥村 龍・竹田 潔 Licensed under CC 表示 2.1 日本

抗HIV-1中和抗体の投与によるウイルスに対する長期にわたる感染防御

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西村 佳哲
(米国NIH National Institute of Allergy and Infectious Diseases,Laboratory of Molecular Microbiology)
email:西村佳哲
DOI: 10.7875/first.author.2016.041

A single injection of anti-HIV-1 antibodies protects against repeated SHIV challenges.
Rajeev Gautam, Yoshiaki Nishimura, Amarendra Pegu, Martha C. Nason, Florian Klein, Anna Gazumyan, Jovana Golijanin, Alicia Buckler-White, Reza Sadjadpour, Keyun Wang, Zachary Mankoff, Stephen D. Schmidt, Jeffrey D. Lifson, John R. Mascola, Michel C. Nussenzweig, Malcolm A. Martin
Nature, 533, 105-109 (2016)

要 約

 今日では,HIV-1の感染を臨床的に制御する多々の抗レトロウイルス剤が開発され十分な効果を示しているが,感染防御を目標とするワクチンの開発はまだなされていない.ウイルスに対する中和効果の高い抗HIV-1抗体による受動免疫によりHIV-1の感染を実験的に防御できることはサルおよびヒト化マウスを用いて示されているが,その長期にわたる効果に関してはまだ明らかにされていない.今回の研究においては,サルに対する4種類の抗HIV-1中和抗体の単回の静脈投与により,腸管への低量のウイルスの反復接種に対し,最長でおよそ6カ月にわたる感染防御の効果が確認された.その効果はおのおのの中和抗体のウイルスに対する中和効果の強さおよび血中における半減期により違いが認められ,中和抗体を投与していないサルにおいては約3回の反復接種より感染が認められたのに対し,中和抗体の投与により約4倍の期間にわたる長期の感染防御能が確認された.さらに,比較的効力の弱い中和抗体のFcドメインに血中における半減期を延長するような変異を導入したところ,その防御期間に大幅な改善が認められた.HIV-1に対する効果的なワクチンがない現在,HIV-1の感染のリスクの高い集団に用いる受動的な免疫防御として,抗HIV-1中和抗体の予防的な投与はウイルスの伝播に大きな影響を及ぼすことができると考えられた.

はじめに

 現在まで,さまざまなウイルスに対するワクチンが開発されており,それらのワクチンは感染ののちの体内におけるウイルスの増殖を抑え深刻な症状にいたることを防御することにより多大な効果をあげている.一方,HIV-1(human immunodeficiency virus 1,ヒト免疫不全ウイルス1)に関しては,現在のところ,いったん感染が成立するとウイルスを体内から完全に除去することは不可能であるため,HIV-1のワクチンはウイルスの曝露から非常に短期間のあいだに感染それ自体を防御することが必要である.実際,動物実験により中和抗体を用いた受動免疫による感染防御は可能であることが示されているが,そのような効果的な中和抗体の産生を誘導するHIV-1のワクチンはいまだ開発されていない.
 近年の抗体の分離における技術革新により,一連の幅広いHIV-1株に対し高い中和活性を示す新世代中和抗体とよばれる抗体がHIV-1の患者から分離されてきた.これらを用いたサルまたはヒト化マウスにおけるウイルスの接種のまえの受動免疫の実験においては,抗HIV-1中和抗体の単回の投与から24~48時間のちに高量のウイルスを接種しても,その感染を防御できることが示されている1,2).しかし,ヒトのあいだでのウイルスの伝播は,それに比べいちじるしく低量のウイルスの曝露でも起こることが知られており,1回のウイルスの曝露における感染の成立率もいちじるしく低い.
 A型肝炎ウイルスワクチンが開発される以前には,流行の発生地に渡航する場合,ウイルスへの曝露のまえの受動免疫として免疫グロブリンが投与されており,その効果は3~5カ月間にわたり持続した.そのほかの病原体においても,免疫グロブリンの投与は有効な予防手段として用いられており,この着想にもとづき,今回の研究においては,抗HIV-1中和抗体の単回の投与がサルにおいて腸管への低量のウイルスの反復接種による感染を防御できるかどうか調べた.

1.抗HIV-1中和抗体はサルにおいてウイルスの反復接種による感染の成立を遅延させる

 筆者らは,以前に,HIVとSIV(サル免疫不全ウイルス)とのキメラウイルスであるSHIVについて,60頭のサルを用いた高量での接種に対する受動免疫においてさまざまな抗HIV-1中和抗体の防御効果について解析したが1),その知見にもとづき,今回の実験に使用する3種類の抗HIV-1中和抗体を選択した.VRC01および3BNC117はHIV-1のEnvのCD4結合部位を標的とする中和抗体,10-1074はEnvのN332糖鎖を認識する中和抗体である3-5).実験に用いた高病原性のウイルスSHIVAD8EOは,HIVAD8株に由来するEnvをSIVに組み込んだキメラウイルスで,このウイルスに感染したサルにおいてはHIV-1の患者と同様な持続性の高ウイルス血症およびCD4陽性T細胞の減少がみられ,2~3年以内にAIDSの発症が認められる6-8)in vitroにおいて,3BNC117および10-1074の中和活性の効力はVRC01に比べ10倍ほど高かった.
 対照の中和抗体を投与していない9頭のサルにSHIVを低量で腸管へ反復接種したところ,2~6週間ですべてのサルにウイルスの感染が認められた.3種類の中和抗体をそれぞれ6頭のサルに単回,静脈投与し,その1週間のちより週1回,低量のSHIVを腸管へ反復接種し,感染の成立までにかかったSHIVの接種の回数をRT-PCR法による血中のウイルスの検出により分析した(図1).中和抗体を投与したすべてのサルにおいて感染の成立の遅延が認められた.VRC01を投与したサルでは感染の確認まで4~12週間を要し,3BNC117では7~20週間,10-1074でも6~23週間という長期間にわたる感染防御が,対照に対し統計学的に有意な差をもって確認された.

figure1

2.抗HIV-1中和抗体の防御能は中和の効率だけでなく血中における半減期により規定される

 3種類の抗HIV-1中和抗体のうちもっとも短期間の防御能しか示されなかったVRC01であったが,そのFcドメインに2つのアミノ酸変異を導入したVRC01-LSは,その血中および組織における半減期が大きく延長することが報告されている9).VRC01の血中における半減期は約5日であるのに対し,VRC01-LSは約12日と2.5倍の差があるにもかかわらず,そのin vitroにおける中和活性は同等である.このVRC01-LSを同じく6頭のサルに単回,静脈投与した結果,9~18週間とVRC01に比べ長期間にわたる感染防御が認められた.

3.低量のウイルスに対する感染防御に必要な抗HIV-1中和抗体の濃度および中和抗体価は比較的低い

 感染防御の際および感染の成立の際の血中における抗HIV-1中和抗体の濃度を確認するため,中和抗体を投与してから1週間のちより継続的にその量を解析したところ,3BNC117および10-1074について感染が確認されたときの濃度は比較的低く,それに対し,VRC-01およびVRC01-LSの濃度はそれより10~20倍も高い値であった.これらの中和抗体はヒトの免疫グロブリンGであるため,サルの体内においては抗ヒト免疫グロブリンG抗体が産生され中和抗体がすみやかに除去される可能性があった.そのことから,中和抗体を投与したサルにおいて血中の抗ヒト免疫グロブリンG抗体について解析したところ,約半数において,抗ヒト免疫グロブリンG抗体の存在および投与した中和抗体の血中からの早期の除去が認められた.抗ヒト免疫グロブリンG抗体を産生していないサルに注目した場合,約1.5倍の防御期間の延長が認められた.通常,ヒトに抗HIV-1中和抗体を投与した場合にはこれらの抗ヒト免疫グロブリンG抗体の産生は認められず,ヒトにおいては,サルにおける防御期間よりも長期間にわたる効果が期待された.
 抗HIV-1中和抗体を投与されたサルの血中における中和抗体価を継時的に解析したところ,感染が確認された際の3BNC117および10-1074の中和抗体価は非常に低く,VRC01およびVRC01-LSに関しても低量のウイルスの曝露に関しては比較的低い抗体価でも感染を防御できることが明らかにされた.

おわりに

 今回の研究において,抗HIV-1中和抗体の単回の静脈投与によりウイルスの反復接種による感染を数カ月にわたり防御することができ,その防御期間は抗体の効果の高さおよび血中における半減期により決定されることが明らかにされた.HIV-1の蔓延する地域において,抗HIV-1中和抗体の単回の投与により感染防御に必要な値をうわまわる血中の抗体量および抗体価が数カ月間にわたり維持できるのであれば,HIV-1の伝播において多大な影響をあたえると思われる.サルではその約半数において抗ヒト免疫グロブリンG抗体がすみやかに産生され体内から中和抗体が除去されたのに対し,現在まで,今回の抗HIV-1中和抗体を投与されたヒトにおいては抗ヒト免疫グロブリンG抗体の存在が認められていないため6),ヒトに投与された場合にはより長い効果が期待される.また,中和抗体VRC01においてはFcドメインに導入した2つのアミノ酸変異により血中における半減期の約2~3倍の延長が認められたため,VRC01よりより中和効力の高い中和抗体である3BNC117および10-1074にも同様の変異を導入し実験を進めている.今後,数種類の中和抗体を混合したカクテルを用いることにより,より広範囲のHIV-1の感染防御に寄与できると思われる.現在も,さまざまな研究グループがより中和効果が高く広範囲のHIV-1株から防御の可能な抗体の分離をつづけている.効果的なワクチンのないHIV-1の感染に対し,半減期が長く効力の高い中和抗体を投与することにより半年から1年にわたる感染防御が期待できるのであれば,受動免疫がウイルスの蔓延を食い止めるひとつの重要な手段になるであろうと考えられる.

文 献

  1. Shingai, M., Donau, O. K., Plishka, R. J. et al.: Passive transfer of modest titers of potent and broadly neutralizing anti-HIV monoclonal antibodies block SHIV infection in macaques. J. Exp. Med., 211, 2061-2074 (2014)[PubMed]
  2. Klein, F. Halper-Stromberg, A., Horwitz, J. A. et al.: HIV therapy by a combination of broadly neutralizing antibodies in humanized mice. Nature, 492, 118-122 (2012)[PubMed]
  3. Mouquet, H., Scharf, L., Euler, Z. et al.: Complex-type N-glycan recognition by potent broadly neutralizing HIV antibodies. Proc. Natl Acad. Sci. USA, 109, E3268-E3277 (2012)[PubMed]
  4. Scheid, J. F. Mouquet, H., Ueberheide, B. et al.: Sequence and structural convergence of broad and potent HIV antibodies that mimic CD4 binding. Science, 333, 1633-1637 (2011)[PubMed]
  5. Zhou, T. Georgiev, I., Wu, X. et al.: Structural basis for broad and potent neutralization of HIV-1 by antibody VRC01. Science, 329, 811-817 (2010)[PubMed]
  6. Shingai, M., Donau, O. K., Schmidt, S. D. et al.: Most rhesus macaques infected with the CCR5-tropic SHIVAD8 generate cross-reactive antibodies that neutralize multiple HIV-1 strains. Proc. Natl Acad. Sci. USA, 109, 19769-19774 (2012)[PubMed]
  7. Nishimura, Y., Shingai, M., Willey, R. et al.: Generation of the pathogenic R5-tropic simian/human immunodeficiency virus SHIVAD8 by serial passaging in rhesus macaques. J. Virol., 84, 4769-4781 (2010)[PubMed]
  8. Gautam, R., Nishimura, Y., Lee, W. R. et al.: Pathogenicity and mucosal transmissibility of the R5-tropic simian/human immunodeficiency virus SHIVAD8 in rhesus macaques: implications for use in vaccine studies. J. Virol., 86, 8516-8526 (2012)[PubMed]
  9. Ko, S. Y., Pegu, A., Rudicell, R. S. et al.: Enhanced neonatal Fc receptor function improves protection against primate SHIV infection. Nature, 514, 642-645 (2014)[PubMed]

著者プロフィール

西村 佳哲(Yoshiaki Nishimura)
略歴:1999年 東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号取得,米国NIH National Institute of Allergy and Infectious DiseasesにてVisiting Fellowを経て,2006年より同Staff Scientist.
研究テーマ:サルを用いたHIV-1の感染に対する治療法の確立,および,ワクチンあるいは代替ワクチンの開発.
抱負:これまでかかわってきたHIV-1の感染に対する抗体治療および受動免疫による感染防御のデータをもとに,現在,ヒトにおける臨床試験がはじまっています.サルにおいて得られた知見を,いち早く臨床にフィードバックしていきたいと思っています.

© 2016 西村 佳哲 Licensed under CC 表示 2.1 日本


さまざまな悪性腫瘍における3’側非翻訳領域の構造異常によるPD-L1遺伝子の異常な発現

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片岡圭亮・小川誠司
(京都大学大学院医学研究科 腫瘍生物学講座)
email:片岡圭亮
DOI: 10.7875/first.author.2016.050

Aberrant PD-L1 expression through 3′-UTR disruption in multiple cancers.
Keisuke Kataoka, Yuichi Shiraishi, Yohei Takeda, Seiji Sakata, Misako Matsumoto, Seiji Nagano, Takuya Maeda, Yasunobu Nagata, Akira Kitanaka, Seiya Mizuno, Hiroko Tanaka, Kenichi Chiba, Satoshi Ito, Yosaku Watatani, Nobuyuki Kakiuchi, Hiromichi Suzuki, Tetsuichi Yoshizato, Kenichi Yoshida, Masashi Sanada, Hidehiro Itonaga, Yoshitaka Imaizumi, Yasushi Totoki, Wataru Munakata, Hiromi Nakamura, Natsuko Hama, Kotaro Shide, Yoko Kubuki, Tomonori Hidaka, Takuro Kameda, Kyoko Masuda, Nagahiro Minato, Koichi Kashiwase, Koji Izutsu, Akifumi Takaori-Kondo, Yasushi Miyazaki, Satoru Takahashi, Tatsuhiro Shibata, Hiroshi Kawamoto, Yoshiki Akatsuka, Kazuya Shimoda, Kengo Takeuchi, Tsukasa Seya, Satoru Miyano, Seishi Ogawa
Nature, DOI: 10.1038/nature18294

要 約

 進行がんを含むさまざまな悪性腫瘍における抗PD-1/PD-L1抗体による予後の改善は,発がんの過程における免疫回避の機構の重要性を示す.しかし,この免疫チェックポイントを介した免疫回避の機構の遺伝学的な基盤はほとんど明らかにされていない.筆者らは,この研究において,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に集積する構造異常による新たな免疫回避の機構について明らかにした.この構造異常は,成人T細胞白血病,びまん性大細胞型リンパ腫,胃がんを含むさまざまな悪性腫瘍において認められ,例外なく,3’側非翻訳領域の切断による転写産物の安定化を介したPD-L1遺伝子の異常な発現をともなっていた.さらに,さまざまな細胞株のゲノムにこの構造異常を導入すると,PD-L1遺伝子の発現の顕著な上昇およびin vivoにおける腫瘍の増殖や免疫回避の促進が認められたが,この効果は抗PD-L1抗体により阻害された.これらの結果から,免疫回避を介したクローン選択におけるPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の重要性のみならず,抗PD-1/PD-L1抗体の効果を予測する遺伝子マーカーとしてのPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域における構造異常の有用性が示唆された.

はじめに

 進行がんを含むさまざまな悪性腫瘍における,抗PD-1/PD-L1抗体などの免疫チェックポイント阻害剤による患者の予後の改善は,発がんの過程における免疫回避の機構の重要性を示す1,2).しかし,この免疫チェックポイントを介した免疫回避の機構の遺伝学的な基盤は,Hodgkinリンパ腫,一部のB細胞リンパ腫,胃がんなどにおいて認められるPD-L1遺伝子の高度の増幅およびプロモーター領域の置換をともなう染色体の転座のほか,ほとんど明らかではない3,4)
 転座,逆位,重複,欠失などの染色体の構造異常はがんのゲノムにおいて広く認められる5,6).なかでも,最近,注目をあつめているのは,GFI1遺伝子やTERT遺伝子などのがんドライバー遺伝子の活性化の機構として報告されている非コード領域における構造異常である7).しかし,その解析の困難さから,悪性腫瘍におけるゲノムの構造異常の全体像の解明はまだ途上である.
 なお,がん免疫療法については,杉山大介・西川博嘉, 領域融合レビュー, 4, e005 (2015) も参照されたい.

1.成人T細胞白血病におけるPD-L1遺伝子の過剰な発現をともなう新規の構造異常の同定

 そのようなゲノムの構造異常を同定するため新たな解析プラットフォームを開発し,49例の成人T細胞白血病の全ゲノムデータを再解析した8)新着論文レビュー でも掲載).その結果,13例においてPD-L1遺伝子座の3’側に切断点の集積する新規の構造異常が同定された.この構造異常は染色体の欠失,逆位,転座,重複などさまざまであったが,そのタイプにかかわらず,すべての例において異常なPD-L1遺伝子のアレルが形成されていた.12例においてはPD-L1遺伝子の3’側のエキソンが非コード領域の塩基配列と置換されており,1例においては最終エキソンにおいて327 bpの逆位が起こっていた.PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつすべての症例において,PD-L1遺伝子の発現の顕著な上昇が認められた.原因となる構造異常から予測されたとおり,過剰に発現したPD-L1遺伝子をコードする転写産物のすべてに構造変化の起こっていることが,RNAシークエンス解析により確認された.10例においてはポリAシグナル配列を含むイントロンあるいは遺伝子間領域に由来する塩基配列がPD-L1遺伝子の5’側に融合しており,2例においてはもともとPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に存在する通常は使用されていないポリAシグナル配列による早期の転写終結が認められた.残りの1例においては3’側非翻訳領域において327 bpの逆位を起こした塩基配列に新たなポリAシグナル配列が形成され,予期せぬ転写終結がひき起こされていた.すなわち,これらのPD-L1遺伝子の異常な転写産物において,いずれも正常な3’側非翻訳領域が欠損していた.この結果,および,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつほとんどの症例においてPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域における発現が欠損していたことから,正常な転写産物と比較して異常な転写産物が優位に存在することは明らかであり,このことは,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ症例においてエキソン4と3’側非翻訳領域の発現比が顕著に高いことに反映されていた.
 PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ症例のうち,6例においてはPD-L1のORFが保たれていたが,残りの例においてはイントロン5あるいはイントロン6に切断点があり,PD-L1は途中で切断されていた.これらの異常なPD-L1にはすべての例において細胞外ドメインおよび膜貫通ドメインが保たれており,細胞膜への発現およびPD-1との結合能は維持されていることが予想された.実際に,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ症例から得られた2種類の異常なPD-L1が,細胞膜への発現およびPD-1との結合能において正常なPD-L1と同様に機能することがフローサイトメトリー解析により確認された.さらに,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ患者に由来する細胞においてもPD-L1が発現していること,および,構造異常をもたない患者に由来する細胞よりもはるかに高いPD-L1の発現を示すことが明らかにされた.逆に,PD-L1遺伝子の3’側の近傍に遺伝子がコードされるPD-1のもうひとつのリガンドであるPD-L2の発現はPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域における構造異常の有無により差が認められず,PD-L1遺伝子の構造異常はPD-L2遺伝子の発現には影響しないことが確認された.さらに,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ細胞においてはPD-1の結合能が増強しており,これは,過剰に発現したPD-L1に起因すると考えられた.PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ患者におけるPD-L1の過剰な発現は免疫染色法およびウェスタンブロット法によっても確認された.

2.さまざまな悪性腫瘍におけるPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の構造異常の同定

 PD-L1遺伝子の過剰な発現をともなう3’側非翻訳領域に集積する構造異常がくり返し生じていることから,この構造異常をもつ腫瘍細胞が免疫監視からの回避を介しクローン選択されていることが示された.そのため,同様のクローン選択および免疫回避の機構がほかの悪性腫瘍においても起こっているのではないかと仮説をたてた.それを検証するため,The Cancer Genome AtlasにRNA塩基配列のデータの登録されている33種類の悪性腫瘍からなる10,210例において,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ転写産物を検索した.その結果,12種類の悪性腫瘍において31例の症例が同定された.その多くにおいては,成人T細胞白血病と同様に,全ゲノム解析,エキソーム解析,あるいは,SNPアレイ法により異常な転写産物の原因となるゲノムの異常を同定された.この異常な転写産物は,とくに,びまん性大細胞型B細胞リンパ腫および胃がんにおいて高頻度に認められた.また,すべての例においてPD-L1遺伝子の過剰な発現が認められた.Hodgkinリンパ腫などにおいてPD-L1遺伝子のコピー数はその発現と相関することが示されているが4),この関係は成人T細胞白血病,びまん性大細胞型B細胞リンパ腫,胃がんにおいても確認された.しかし,このPD-L1遺伝子のコピー数にかかわらず,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の構造異常は有意かつ独立にPD-L1遺伝子の高発現と関連していた.
 PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ症例における抗腫瘍免疫を評価するため,The Cancer Genome Atlasコホートにおいて細胞融解活性スコアを評価した.このスコアは,細胞傷害性T細胞の浸潤および抗腫瘍免疫を表わす信頼性の高いマーカーであることが示されている9).解析の結果,おのおのの腫瘍において細胞融解活性はPD-L1遺伝子の発現と有意に相関すること,さらに,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつほとんどの症例において高い細胞融解活性を示すことが明らかにされた.この結果から,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ腫瘍細胞は,PD-L1を恒常的に活性化させることにより抗腫瘍免疫の存在のもとクローン選択されるという仮説が支持された.さらに,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ症例においては,PD-L1遺伝子を同じ程度に発現する構造異常をもたない症例と比較して,有意に低い細胞融解活性を示した.この結果から,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ症例においては抗腫瘍免疫の減弱が起こっていることが示唆された.

3.固形がんにおけるウイルスのゲノムの挿入とPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の構造異常

 ウイルスの感染はヒトのさまざまな悪性腫瘍における主要な原因であることが知られている.The Cancer Genome Atlasコホートの一部において,ウイルスのゲノムの挿入がPD-L1遺伝子の異常な発現の原因になっていると考えられた.すなわち,子宮頸がんの1例においてはヒトパイローマウイルス16のゲノムがPD-L1遺伝子座に挿入されており,その結果,PD-L1遺伝子のコピー数の増幅およびPD-L1遺伝子とウイルスのもつ遺伝子との融合が起こっていた.この発見にもとづき,The Cancer Genome AtlasコホートにおいてPD-L1遺伝子の内部あるいはその近傍におけるウイルスのゲノムの挿入について検索した.その結果,頭頸部がんの1例においてヒトパイローマウイルス16の挿入により同様の異常が認められた.この例は,PD-L1遺伝子の発現がもっとも高かったにもかかわらず,当初のスクリーニングではみのがされていたものであった.さらに,胃がんの1例においてはEpstein Barrウイルスのゲノムの挿入が認められたアレルの高度の増幅が起こりPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域において切断がひき起こされていた.これらの結果から,ウイルスが原因となる悪性腫瘍の一部においてはPD-L1遺伝子を標的とするウイルスのゲノムの挿入が起こっており,感染の初期において抗ウイルス免疫からの回避を促進するだけでなく,のちの抗腫瘍免疫からの回避にも寄与することが考えられた.

4.CRISPR-Cas9技術によるPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の欠失によりPD-L1の過剰な発現がひき起こされる

 これらの発見にもとづき,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の欠損がこれらの構造異常に関係するPD-L1遺伝子の過剰な発現の原因であると考えた.これを検証するため,CRISPR-Cas9技術を用いて,ヒトおよびマウスのさまざまな細胞株においてPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域のほぼ全体を標的として欠失あるいは逆位を導入し10)PD-L1遺伝子の発現におよぼす影響について評価した.その結果,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の両端をおのおのの標的とするガイドRNAを導入した場合のみ,PD-L1遺伝子の高発現を示す細胞の画分が生じた.この画分を純化すると,PCR法および塩基配列の解読により想定したとおりのPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の欠失あるいは逆位が認められ,PD-L1遺伝子をコードする転写産物およびPD-L1の顕著な高発現が示された.さらに,3’側非翻訳領域が切断された遺伝子をコードする転写産物は,野生型の転写産物と比較して分解の遅いことが明らかにされた.この結果から,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域が転写産物の分解を負に制御する役割をもつことが示された.さらに,このPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の切断がその発現におよぼす影響は,既知のPD-L1の誘導タンパク質であるインターフェロンγ1) よりはるかに大きかった.PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ細胞をインターフェロンγにより刺激すると,PD-L1遺伝子の発現が相乗的に上昇した.これらの結果から,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に構造異常をもつ細胞はインターフェロンγを産生するT細胞の存在のもとでより効率的にPD-L1遺伝子の発現を上昇させて抗腫瘍免疫を回避することが可能であることが示された.

5.PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の欠損によるPD-L1の活性化は腫瘍の増殖および免疫の回避を促進する

 PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の欠損の生物学的な帰結について評価した.PC-9細胞にPD-L1遺伝子の3’-UTR側非翻訳領域の欠損を導入しPD-L1を恒常的に活性化させると,PD-1を発現させたT細胞にアポトーシスを誘導したが,この効果は抗PD-L1抗体により完全に阻害された.さらに,抗腫瘍免疫に対する効果をin vivoにおいて評価するため,マウスのリンパ腫細胞株であるEG7-OVA細胞を同系のマウスに移植し,ポリ(I:C) を投与して抗腫瘍免疫を惹起させる腫瘍退縮モデルを用いた.正常なPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域をもつEG7-OVA細胞を移植した場合,ポリ(I:C) の投与により腫瘍の退縮および腫瘍へのCD8陽性T細胞の浸潤が認められたが,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の欠損を導入したEG7-OVA細胞を移植した場合には,腫瘍の退縮はほとんど認められずCD8陽性T細胞の浸潤も減弱していた.これらの結果から,PD-L1遺伝子に3’側非翻訳領域の構造異常をもつ細胞はPD-L/PD-L1シグナル伝達系を活性化させることにより,細胞傷害性T細胞の担う抗腫瘍免疫を回避することが可能であることが示唆され,実際に,抗PD-L1抗体により腫瘍の退縮およびCD8陽性T細胞の浸潤の回復が認められた.以上の結果から,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の構造異常によるPD-L1の恒常的な活性化は腫瘍の増殖および免疫の回避を促進するのみならず,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の構造異常は治療の標的となる可能性が示唆された.

おわりに

 この研究において,さまざまな悪性腫瘍においてPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域に新規の構造異常が同定されたことから,PD-L1遺伝子の発現の制御における3’側非翻訳領域の重要性が示されると同時に,その異常によりがん細胞が免疫監視を回避する新たな分子機構をもつことが明らかにされた(図1).ほとんどの腫瘍においてこのPD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の構造異常は少数の症例にのみ存在したが,がんの全体としては多くの症例に認められ,BCR-ABL融合遺伝子やALK融合遺伝子とともに,ヒトの悪性腫瘍においてもっとも高頻度に存在する,がん遺伝子産物の活性化をひき起こす構造異常であると考えられた.さらに,もっとも重要なことは,PD-L1遺伝子の3’側非翻訳領域の構造異常により細胞は免疫監視を積極的に回避しており,それゆえ,抗PD-1/PD-L1抗体を用いた免疫チェックポイントの阻害療法に反応しやすい症例を同定するためのマーカーになりうることである.PD-L1遺伝子の遺伝学的な異常によりPD-L1が恒常的に活性化しているHodgkinリンパ腫における,抗PD-1/PD-L1抗体を用いた阻害療法の驚異的な奏効率をかんがみると11),この可能性は早期に臨床試験において検証されるべきであろう.

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文 献

  1. Topalian, S. L., Drake, C. G. & Pardoll, D. M.: Immune checkpoint blockade: a common denominator approach to cancer therapy. Cancer Cell, 27, 450-461 (2015)[PubMed]
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  3. Steidl, C., Shah, S. P., Woolcock, B. W. et al.: MHC class II transactivator CIITA is a recurrent gene fusion partner in lymphoid cancers. Nature, 471, 377-381 (2011)[PubMed]
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著者プロフィール

片岡 圭亮(Keisuke Kataoka)
略歴:2012年 東京大学大学院医学系研究科博士課程 修了,同年 同 特任助教を経て,2013年より京都大学大学院医学研究科 特定助教.
研究テーマ:造血器腫瘍の遺伝学的および生物学的な解析.
抱負:遺伝学的な基盤にもとづいた造血器腫瘍の発症機構の解明をめざしたい.

小川 誠司(Seishi Ogawa)
京都大学大学院医学研究科 教授.
研究室URL:http://plaza.umin.ac.jp/kyoto_tumorpatho/

© 2016 片岡圭亮・小川誠司 Licensed under CC 表示 2.1 日本

感染防御にはたらく抗ウイルス抗体が神経組織へと移行するにはCD4陽性T細胞のヘルプが必要である

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飯島則文・岩崎明子
(米国Yale大学School of Medicine,Department of Immunobiology)
email:飯島則文岩崎明子
DOI: 10.7875/first.author.2016.061

Access of protective antiviral antibody to neuronal tissues requires CD4 T-cell help.
Norifumi Iijima, Akiko Iwasaki
Nature, 533, 552-556 (2016)

要 約

 これまで開発の成功したワクチンは,ほぼすべて抗体が作用を示すものである.現在のところ,性感染症を発症する病原体に対するワクチンは一部を除きほとんど効果を示していない.数年前,単純ヘルペスウイルス2型に対するワクチン候補薬は,血中においてワクチン応答が認められたにもかかわらず,感染防御に対しまったく効果を示さないことが報告された.単純ヘルペスウイルス2型は粘膜組織に感染したのち,神経組織に潜伏感染することにより免疫からの監視をのがれ,このような特徴が治療薬の開発を困難にしている.今回,筆者らは,神経組織に侵入したウイルスの複製の阻害には,CD4陽性メモリーT細胞および抗ウイルス抗体が必須であることを明らかにした.さらには,神経組織へとすみやかに移行したCD4陽性メモリーT細胞はインターフェロンγを産生し,血液脳関門における透過性の上昇を介して抗ウイルス抗体の流入を促進しウイルスの複製を抑制することが明らかにされた.

はじめに

 さまざまなワクチンのなかでも,不活性化ワクチンは抗体を中心とした液性免疫を誘導し,予想される症状を軽減して重症化をふせぐ.一方で,病原体を弱毒化した生ワクチンは液性免疫の誘導のみならずT細胞を中心とした強力な細胞性免疫を誘導し,免疫応答が長期間にわたり持続する.しかしながら,現在のところ,弱毒化した病原体の投与による副作用を完全に取り除くことのできない場合がある.性感染症をひき起こす病原体のうち,性器ヘルペスをひき起こす単純ヘルペスウイルス2型は粘膜組織より感染したのち神経組織を上行し神経節に潜伏して再発をくり返す.さらには,ヒト免疫不全ウイルスに感染した患者は,免疫不全と関連して単純ヘルペスウイルス2型の複製および再発の頻度が高くなる1).長年にわたり,単純ヘルペスウイルスに対するワクチンの開発が進められてきたが,数年前に発表されたワクチン候補薬において,血中においてワクチン応答が認められたにもかかわらず,治療の効果はまったく認められなかった2).単純ヘルペスウイルスに対する免疫の制御機構の詳細,とくに,神経組織における免疫の制御機構については不明な点が多く,安全なワクチンを開発するためには神経組織における防御機構のさらなる理解が必要である.
 単純ヘルペスウイルス2型に対する防御機構においてはCD4陽性T細胞が非常に重要な役割をはたす3).単純ヘルペスウイルス2型の野生株をマウスの膣に感染させると致死であるが,チミジンキナーゼを欠損した弱毒株を膣に感染させると神経組織におけるウイルスの複製が阻害される一方,特異的かつ強力な防御機構の形成が報告されている4).筆者らは,弱毒株を腟に感染させてから5週間のちに致死量の野生株を再感染させてもウイルスは完全に除去されたことから,腟粘膜の組織に形成される単純ヘルペスウイルス2型に特異的な免疫防御機構の詳細について報告した5)新着論文レビュー でも掲載)弱毒株を腟に感染させてから5週間のちには膣粘膜の組織に組織常在型のCD4陽性メモリーT細胞を含むメモリーリンパ球クラスターが形成されCD11b陽性マクロファージに依存的に維持され,さらに,致死量の野生株を腟に再感染させると膣粘膜の組織において組織常在型のCD4陽性メモリーT細胞がすみやかに活性化されウイルスは早期に除去された4,5).メモリーリンパ球クラスターが形成されない場合には,ウイルスは容易に腟粘膜の組織から末梢神経を介して神経節へと侵入する.実際のワクチンあるいは治療薬は,経鼻,筋肉内,腹腔内への投与が現実的である.弱毒株を経鼻投与した場合には腟粘膜の組織において特異的な組織常在型のCD4陽性メモリーT細胞はほとんど検出されないが,強力な全身性の免疫記憶が形成される.その場合,ウイルスは神経節へと侵入するが,ウイルスの複製が神経組織において抑制される機構は不明であった.

1.単純ヘルペスウイルス2型の感染に対する神経組織における防御機構は血液循環型のCD4陽性T細胞および抗ウイルス抗体を必要とする

 単純ヘルペスウイルス2型の弱毒株を腟に感染させてから5週間のちに腟粘膜の組織においてメモリーリンパ球クラスターが形成された場合,組織常在型のCD4陽性メモリーT細胞によりすみやかに産生されるインターフェロンγが腟粘膜の組織から神経組織へのウイルスの移行を完全に阻害した5).また,組織常在型のCD4陽性T細胞が存在しない場合,血液循環型のCD4陽性メモリーT細胞のみではウイルスをすみやかに除去することは困難であった5).すなわち,ウイルスは腟粘膜の組織から神経組織へと容易に移行した.そして,血液循環型のCD4陽性メモリーT細胞は腟粘膜の組織のほかの組織においてウイルスの複製の抑制に部分的に貢献することが示唆された.また,B細胞欠損マウスの腟に弱毒株を感染させてから5週間のち,ウイルスを感染させていないマウスと並体結合し,その3週間のちに感染させていないマウスの腟に致死量の野生株を再感染させると,すべてのマウスがウイルスを除去できず致死となった.以前の結果5) も含め,以上の結果から,組織常在型のCD4陽性メモリーT細胞および血液循環型のメモリーCD4陽性T細胞は,異なる組織においてウイルスの感染に対する防御に貢献すること,さらには,血中を循環するB細胞あるいは抗体もウイルスの感染に対し重要な役割をはたすことが明らかにされた.よって,今回の研究においては,血液循環型のCD4陽性メモリーT細胞およびB細胞に依存的な防御機構がどのようにして粘膜へのウイルスの感染に対し機能するのか詳細に調べた.
 全身性の免疫記憶の機構を明らかにする目的で,単純ヘルペスウイルス2型の弱毒株を腟粘膜,経鼻,腹腔内に投与することにより免疫し,5~6週間のちに致死量の野生株を腟に再感染させ,ウイルスに対する防御機構について解析した.その結果,腹腔内投与したマウスは15日以内にすべて死亡した.一方,経鼻投与したマウスは30日のちにおいて約50~60%の生存率であった.また,腟粘膜の組織および神経組織におけるウイルスの力価を調べたところ,腟粘膜投与した場合にはウイルスは腟粘膜の組織からすみやかに除去されていたのに対し,経鼻投与あるいは腹腔内投与したマウスにおいては腟粘膜の組織のウイルス力価は弱毒株を投与していないマウスと同じ程度であった.一方で,経鼻投与したマウスの後根神経節においてウイルスは検出されなかったが,腹腔内投与したマウスにおいては高いウイルス力価が検出された.以上の結果から,弱毒株を経鼻投与したマウスの神経組織においては腹腔内投与したマウスと比較して強力な防御機構が誘導されることが示唆された.
 野生型のマウスに弱毒株を経鼻投与してから6週間のちに抗CD4抗体あるいは抗インターフェロンγ抗体を処理すると,対照となる抗体を処理したマウスと比較して,生存率がいちじるしく低下し,神経組織においてウイルスの複製がいちじるしく増加した.また,B細胞欠損マウスに経鼻投与した場合も同様の結果になった.一方で,経鼻投与したB細胞欠損マウスの腟に致死量の野生株を再感染させるまえに,弱毒株を免疫したマウスから調製した血清を投与すると,生存率がいちじるしく回復し神経組織におけるウイルスの力価も低下した.以前にほかの研究グループにより,免疫したマウスの血清を投与する実験において同様の結果が示されており6),今回,血中を循環する抗体だけでなく,血液循環型のCD4陽性メモリーT細胞も神経組織におけるウイルスの複製を防御するために重要な役割をはたすことが明らかにされた.

2.弱毒株の経鼻投与による免疫応答は強い抗体の産生を促す

 弱毒株を腟粘膜免疫,経鼻免疫,腹腔内免疫してから6週間のちに,血中を循環する単純ヘルペスウイルス2型に特異的な抗体のサブセットの濃度を測定した.その結果,腟粘膜免疫あるいは経鼻免疫した場合,腹腔内免疫した場合と比較して,単純ヘルペスウイルス2型に特異的な免疫グロブリンG2bサブセットおよび免疫グロブリンG2cサブセットのいちじるしい上昇が認められた.ほかのサブセットにはまったく変化は認められなかった.よって,単純ヘルペスウイルス2型に特異的な免疫グロブリンG2bサブセットおよび免疫グロブリンG2cサブセットが神経組織における防御機構において重要な役割をはたすことが示唆された.

3.CD4陽性メモリーT細胞は神経組織への抗体のアクセスに必要である

 弱毒株を経鼻免疫して神経組織における単純ヘルペスウイルス2型に特異的な抗体および全体の抗体の濃度を測定した.その結果,経鼻免疫の6週間のちにおいて,単純ヘルペスウイルス2型に特異的な免疫グロブリンG2bサブセットおよび免疫グロブリンG2cサブセット,また,全体の免疫グロブリンG2bサブセットおよび免疫グロブリンG2cサブセットは低濃度であったが,これらのマウスの腟に野生株を再感染させてから6日のちには,神経組織においては単純ヘルペスウイルス2型に特異的な免疫グロブリンG2bサブセットおよび免疫グロブリンG2cサブセットだけでなく,全体の免疫グロブリンG2bサブセットおよび免疫グロブリンG2cの濃度もいちじるしく上昇した.一方で,マウスの腟に野生株を再感染させるまえに抗CD4抗体あるいは抗インターフェロンγ抗体を処理した場合には,これらの抗体の濃度は再感染のまえと同じ程度まで低下した.また,免疫していないマウスの腟に野生株を感染させてから6日のちにおいて,これらの抗体の濃度は経鼻免疫したマウスと同じ程度あるいはそれ以下であった.以上の結果から,弱毒株を経鼻免疫したマウスの腟に野生株を再感染させると,神経組織における単純ヘルペスウイルス2型に特異的な抗体および全体の抗体の濃度が増加すること,さらには,これらの抗体の濃度の増加はCD4陽性T細胞およびインターフェロンγに依存的であることが明らかにされた.これにより,インターフェロンγを産生するCD4陽性メモリーT細胞は神経組織への抗体のアクセスに重要な役割をはたすことが示唆された.

4.α4インテグリンに依存的に神経組織に移行するCD4陽性メモリーT細胞は抗体の神経組織へのアクセスに必須である

 弱毒株を経鼻免疫したマウスの腟に野生株を再感染させたのち,単純ヘルペスウイルス2型に特異的なCD4陽性メモリーT細胞が神経組織へと流入するかどうか調べるため,神経組織に局在するCD4陽性メモリーT細胞をフローサイトメトリーにより測定した.その結果,経鼻免疫したマウスの腟に野生株を再感染させて6日のちにおいて,インターフェロンγを産生する単純ヘルペスウイルス2型に特異的なCD4陽性メモリーT細胞が非常に多く検出された.一方で,免疫していないマウスの腟に野生株を感染させて6日のちには,とくに後根神経節において,インターフェロンγを産生する単純ヘルペスウイルス2型に特異的なCD4陽性T細胞は検出されなかった.以上の結果から,単純ヘルペスウイルス2型に特異的なCD4陽性メモリーT細胞が腟への野生株の再感染ののち早期に神経組織へと移行し,インターフェロンγを産生することが明らかにされた.また,T細胞が血液脳関門を通過するためにはT細胞に発現するα4β1インテグリンと内皮細胞に発現するVCAM-1との相互作用が必要であることが知られている.弱毒株を経鼻免疫したマウスの腟に野生株を再感染させて2日のちおよび4日のちに抗α4インテグリン抗体により処理し,再感染の6日のちに神経組織に局在する単純ヘルペスウイルス2型に特異的なCD4陽性メモリーT細胞の数を調べたところ,移行するはずのこれらのCD4陽性メモリーT細胞は消失していた.また同時に,神経組織における単純ヘルペスウイルス2型に特異的な抗体および全体の抗体の濃度を測定したところ,対照となる抗体を処理したマウスと比較して,それらの濃度はいちじるしく低下していた.
 神経組織においてCD4陽性メモリーT細胞の産生するインターフェロンγは血中を循環する抗ウイルス抗体をどのようにして透過させるのだろうか? インターフェロンγは内皮細胞に発現するインターフェロンγ受容体と結合することにより,内皮細胞の密着結合を再構築し透過性を上昇させる7).神経組織におけるインターフェロンγを介した血液脳関門における透過性の上昇が抗ウイルス抗体の流入に関与しているかどうか調べるため,血中のアルブミンの神経組織への移行を測定した.その結果,野生株を腟に再感染させて6日のちにおいて,感染のまえと比較して神経組織における血中のアルブミンの濃度の上昇が認められた.また,抗CD4抗体あるいは抗インターフェロンγ抗体を処理した場合,神経組織における血中のアルブミンの濃度は再感染のまえと同じ程度であった.以上の結果から,インターフェロンγを産生する単純ヘルペスウイルス2型に特異的なCD4陽性メモリーT細胞が血液脳関門における透過性の上昇を介して単純ヘルペスウイルス2型に特異的な抗体の流入を促進し,神経組織に侵入したウイルスの複製を抑制することが明らかにされた(図1).

figure1

おわりに

 今回の研究により,単純ヘルペスウイルス2型が腟に感染したのち,神経組織において複製および増幅するウイルスを抑制するためには,血液循環型のCD4陽性メモリーT細胞および抗ウイルス抗体が必須であることが明らかにされた.また,抗ウイルス抗体が神経組織においてウイルスの複製を抑制するためには,血液循環型のCD4陽性メモリーT細胞の神経組織への移行および血液循環型のCD4陽性メモリーT細胞が産生するインターフェロンγを介した血液脳関門における透過性の上昇が必要であることが明らかにされた.以上の結果から,神経組織における免疫の制御機構を明らかにすることにより,既存の方法では治療することのできない潜伏感染した病原体に対する治療方針に新たな方向性を示すことができると考えられた.

文 献

  1. Munawwar, A. & Singh, S.: Human herpesviruses as copathogens of HIV infection, their role in HIV transmission, and disease progression J. Lab. Physicians, 8, 5-18 (2016)[PubMed]
  2. Belshe, R. B., Leone, P. A., Bernstein, D. I. et al.: Efficacy results of a trial of a herpes simplex vaccine. N. Engl. J. Med., 366, 34-43 (2012)[PubMed]
  3. Milligan, G. N., Bernstein, D. I. & Bourne, N.: T lymphocytes are required for protection of the vaginal mucosae and sensory ganglia of immune mice against reinfection with herpes simplex virus type 2. J. Immunol., 160, 6093-6100 (1998)[PubMed]
  4. Iijima, N., Linehan, M. M., Zamora, M. et al.: Dendritic cells and B cells maximize mucosal Th1 memory response to herpes simplex virus. J. Exp. Med., 205, 3041-3052 (2008)[PubMed]
  5. Iijima, N. & Iwasaki, A.: A local macrophage chemokine network sustains protective tissue-resident memory CD4 T cells. Science, 346, 93-98 (2014)[PubMed] [新着論文レビュー]
  6. Morrison, L. A., Zhu, L. & Thebeau, L. G.: Vaccine-induced serum immunoglobin contributes to protection from herpes simplex virus type 2 genital infection in the presence of immune T cells. J. Virol., 75, 1195-1204 (2001)[PubMed]
  7. Huynh, H. K. & Dorovini-Zis, K.: Effects of interferon-gamma on primary cultures of human brain microvessel endothelial cells. Am. J. Pathol., 142, 1265-1278 (1993)[PubMed]

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著者プロフィール

飯島 則文(Norifumi Iijima)
略歴:2004年 北海道大学大学院薬学研究科 修了,同年 米国Yale大学School of Medicineポストドクトラルフェロー,2010年 同Associate Research Scientistを経て,2016年より医薬基盤・健康・栄養研究所 サブプロジェクトリーダー.
研究テーマ:末梢組織における免疫の制御機構および治療法の開発.

岩崎 明子(Akiko Iwasaki)
米国Yale大学School of Medicine教授.

© 2016 飯島則文・岩崎明子 Licensed under CC 表示 2.1 日本

治療に抵抗性の変異を克服する新世代のmTOR阻害薬の創出

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岡庭正格・Kevan M. Shokat
(米国California大学San Francisco校Department of Cellular and Molecular Pharmacology)
email:岡庭正格
DOI: 10.7875/first.author.2016.062

Overcoming mTOR resistance mutations with a new-generation mTOR inhibitor.
Vanessa S. Rodrik-Outmezguine, Masanori Okaniwa, Zhan Yao, Chris J. Novotny, Claire McWhirter, Arpitha Banaji, Helen Won, Wai Wong, Mike Berger, Elisa de Stanchina, Derek G. Barratt, Sabina Cosulich, Teresa Klinowska, Neal Rosen, Kevan M. Shokat
Nature, 534, 272-276 (2016)

要 約

 がん治療における精密治療は,治療の環境に適応した薬剤に抵抗性のがん細胞を選択的に生き残らせてしまい,薬物治療の初期には効果が得られたとしても,のちに治療に抵抗性のがんが再発するリスクがあり,これを克服するため次世代の治療法の開発がもとめられている.mTORシグナル伝達経路はがんにおいて高頻度に活性化されるシグナル伝達経路のひとつであり,このシグナル伝達経路を標的とした創薬がさかんに行われてきた.筆者らは,mTORキナーゼ阻害薬による治療歴のないがん患者においてmTORに活性化型の変異が存在し,この変異がmTORキナーゼ阻害薬への治療の抵抗性の原因になることを明らかにした.さらに,第1世代のmTOR阻害薬であるラパマイシン誘導体と第2世代のmTOR阻害薬であるmTORキナーゼ阻害薬をリンカーで結合させ,mTORの2つの異なる薬剤結合部位に同時に結合できるよう最適化したmTOR阻害薬としてRapaLink-1を開発した.このドラッグデザインが既存のmTOR阻害薬への耐性を克服する有効な手段となった.

はじめに

 現状,がんにおける精密治療(precision medicine)は究極の目標であるがんの克服にはいたっていない.今後,ゲノム情報の蓄積および治療薬の分類により,個別の患者にあった治療薬を選択できるようにする必要がある.それにくわえ,薬物治療の初期には効果が得られたとしても,がんが完全に消失しないかぎり,のちに治療に抵抗性のがんが再発するリスクがある.必ず生じるであろう薬剤耐性をいかにして克服するかが,がん治療において解決できていない大きな課題である.

1.mTOR阻害薬の分類

 ラパマイシンはイースター島の土壌から単離された放線菌の産生するマクロライド系天然物として発見され,免疫抑制の活性をもつことから臓器移植における拒絶反応を抑制する薬剤として使用されるようになった.さらに,ラパマイシンの標的となるタンパク質がmTORであること,また,抗がん活性を示すことが明らかにされ,第1世代のmTOR阻害薬としてラパマイシン誘導体の研究開発がさかんに行われてきた.ラパマイシンは細胞に存在するタンパク質FKBP12と結合したのち,mTORのFRBドメインとも結合し,ラパマイシン,FKBP12,mTORからなる安定な三者複合体を形成することがX線結晶構造解析により明らかにされた1).ラパマイシンの作用機序は,mTORの活性中心の近傍にリクルートされたFKBP12の立体障害によりリン酸化されるべき基質が近づけなくなることだと考えられている2).そのため,ラパマイシン誘導体によるmTORの阻害活性の強度は基質の種類により異なり,mTOR複合体1のエフェクタータンパク質であるS6KやS6などを強く抑制する.
 第2世代のmTOR阻害薬であるmTORキナーゼ阻害薬は,リン酸基の転移反応に用いられるATPの構造を模倣した低分子化合物であり,細胞においてATPと拮抗しながらmTORの活性中心に結合しそのキナーゼ活性を抑制する.この分子機構により,mTORキナーゼ阻害薬はmTOR複合体1およびmTOR複合体2のすべての基質に対するリン酸化反応を低下させる.そのため,mTORキナーゼ阻害薬の抗がん作用はラパマイシン誘導体よりも強力であるとみこまれる.mTORはがん細胞だけではなく正常な細胞にも存在することから,安全性については慎重に検討される必要がある.現在,複数のmTORキナーゼ阻害薬が臨床試験により評価中である.

2.mTOR阻害薬に対する耐性株の樹立とmTORの変異および耐性化の機構

 ヒトの乳がん細胞であるMCF-7細胞を3カ月間にわたり高濃度の第1世代のラパマイシン誘導体あるいは第2世代のmTORキナーゼ阻害薬に曝露させることにより,それぞれの薬剤耐性株が樹立された.遺伝子解析の結果,mTORキナーゼ阻害薬に耐性のクローンはmTORのキナーゼドメインに変異をもち,ラパマイシン誘導体に耐性のクローンはmTORのFRBドメインに変異をもつことが明らかにされた.これらの獲得変異の臨床における妥当性を示唆するエビデンスとして,第1世代のmTOR阻害薬であるEverolimusによる処置のもとで再発したがん患者において,mTORのFRBドメインに同じ変異が報告されている3)
 これらの細胞を用いて,mTORシグナル伝達経路を構成するタンパク質のリン酸化の状態を解析した.S6KおよびS6はラパマイシン誘導体によりリン酸化が抑制されるが,ラパマイシン誘導体に耐性の細胞においてはラパマイシン誘導体を処理してもリン酸化された.一方,ラパマイシン誘導体に耐性の細胞にmTORキナーゼ阻害薬を処理した場合にはS6KおよびS6のリン酸化は抑制され,さらに,mTOR複合体1の別のエフェクタータンパク質である4EBPのリン酸化も抑制された.mTORキナーゼ阻害薬に耐性の細胞にmTORキナーゼ阻害薬を処理したところ,S6KおよびS6のリン酸化の抑制は明らかに減弱した.mTORキナーゼ阻害薬に耐性の細胞にラパマイシン誘導体を処理した場合には,S6KおよびS6のリン酸化のみが抑制され,4EBP1のリン酸化は抑制されなかった.細胞増殖試験においては,これらのシグナル伝達経路の応答性を反映して,ラパマイシン誘導体に耐性の細胞はラパマイシン誘導体に対し,mTORキナーゼ阻害薬に耐性の細胞はmTORキナーゼ阻害薬に対し,顕著に低い感受性を示した.mTORの変異が薬剤抵抗性の直接の原因となることを証明するため,それぞれの変異型mTORをMDA-MB-468細胞に発現させ,同様の薬剤抵抗性の生じることが確認された.
 ラパマイシン誘導体に耐性の変異は,FRBドメインに生じた1アミノ酸の変異がmTORとFKBP12-ラパマイシン複合体との相互作用をさまたげるという,出芽酵母において知られている耐性の機構と同様と考えられた4).一方,mTORキナーゼ阻害薬に耐性の変異はmTORキナーゼ阻害薬の結合ポケットから15Å以上も離れた部位に存在しており,薬剤の結合をアロステリックに制御するのか,あるいは,薬剤の結合とは関係のない機構が存在するのか検証する必要があった.野生型のmTORおよびmTORキナーゼ阻害薬に耐性のmTORはmTORキナーゼ阻害薬に対し同じ程度の親和性を示したが,mTORキナーゼ阻害薬に耐性のmTORは野生型のmTORと比べ3倍も高いキナーゼ活性を示した.すなわち,このmTORの変異は活性化型であった.
 このmTORの活性化型の変異はmTORキナーゼ阻害薬による治療歴のないがん患者にも存在することが報告されていたため5,6),ほかの4つのキナーゼドメインの変異についても薬剤感受性の低下およびキナーゼ活性の活性化について検証した.MDA-MB-468細胞にこれらの変異をもつmTORを発現させmTORキナーゼ阻害薬を処理したところ,mTOR複合体1あるいはmTOR複合体2の基質のリン酸化を抑制するには3~30倍の濃度が必要であった.mTORの活性化型の変異はmTORキナーゼ阻害薬による治療歴のない場合にもmTORキナーゼ阻害薬による治療に対し抵抗性をもつというエビデンスは,次世代のmTOR阻害薬の必要性を強く問いかけている.

3.mTORの2つの薬剤標的部位と同時に結合する新規の薬剤RapaLinkの創出

 2013年,mTORキナーゼ阻害薬とmTORとの複合体のX線結晶構造が報告された7).この発見により,ラパマイシン誘導体の結合部位とmTORキナーゼ阻害薬の結合部位の位置の関係がより明確になり,2つの薬剤結合部位と同時に結合することのできる新世代のmTOR阻害薬RapaLinkをデザインすることが可能になった(図1a).薬剤耐性を克服する手段のひとつとして,2つの薬剤を適切なリンカーで結合し,ひとつの標的タンパク質のもつそれぞれの薬剤結合部位に2価の相互作用で強力に結合するという,あたかも抗体のようなアビディティ効果にもとづくアプローチを考案した.すなわち,FRBドメインの変異にもとづくラパマイシン誘導体に対する耐性にはmTORキナーゼ阻害薬との結合部位の結合力により,キナーゼドメインの変異にもとづくmTORキナーゼ阻害薬に対する耐性には2価の強力な結合力によりmTORの機能を阻害できるのではないだろうか.

figure1

 分子モデルを用いた解析により,ラパマイシン誘導体のC40位の水酸基はmTORのキナーゼドメインにむかい配向し,一方のmTORキナーゼ阻害薬のもつ縮合ピラゾール環のN-1位はラパマイシン誘導体にむかい配向していることが明らかにされた(図1b).そこで,mTORキナーゼ阻害薬としてmTORに高選択的かつ臨床試験が進行中の縮合ピラゾール誘導体MLN0128を選択した8).適切なリンカー長を予測するためエネルギー計算を行ったところ,ラパマイシン誘導体およびMLN0128の2つの要素を大きなひずみなく結合し,かつ,おのおのの結合部位と同時に相互作用させるために必要なリンカー長は27重原子長より長い必要のあることが判明した.そこで,さまざまな重原子長をもつポリエチレングリコールリンカーによりラパマイシン誘導体とMLN0128を結合した誘導体として,39重原子長のRapaLink-1および36重原子長のRapaLink-2,さらに,11重原子長の理論的に2価の結合のできない陰性対照としてRapaLink-3を合成した(図1c).
 RapaLink-1,RapaLink-2,RapaLink-3をMCF-7細胞に作用させ,mTORシグナル伝達経路を構成するタンパク質をウェスタンブロット法により解析した結果,RapaLink-1およびRapaLink-2はmTOR複合体1あるいはmTOR複合体2の下流タンパク質のリン酸化を1~3 nMの濃度で阻害した.しかしながら,RapaLink-3はS6に対するリン酸化の阻害活性は保持したものの,4EBP1およびAKTに対するリン酸化の阻害活性は減弱した.これらの結果はエネルギー計算の結果と一致しており,かつ,S6に対する活性が4EBP1に対する活性よりも優勢であったことから,MLN0128の結合力よりもラパマイシン誘導体の結合力が優勢であることが示された.RapaLink-1はMCF-7細胞に対し強力な増殖の阻害活性を示した.

4.RapaLink-1の薬効の評価

 治療薬として2価で結合する中程度の分子量をもつ化合物のデザインはこれまでも報告されていたが,ハイブリッド化合物の薬理学的な特性により成否を分けてきた.とりわけ,ラパマイシン誘導体などFKBP12と結合する化合物はハイブリッド化合物の薬理学的な特性を向上させるため利用されている.たとえば,FK506をベースとするハイブリッド化合物は,FK506とFKBP12との高い親和性と,とくに赤血球におけるFKBP12の高い濃度を利用して,薬物のリザーバーをつくりだし血中における半減期の延長が得られる9).これらの知見と一致して,RapaLink-1は薬物のウォッシュアウト試験においてMLN0128と比較して有意に長いmTORシグナル伝達経路の阻害作用の持続が確認された.ラパマイシン誘導体も同様に阻害作用が持続することから,これはラパマイシン誘導体による効果と考えられた.
 ヒトの乳がん細胞であるMCF-7細胞を移植したマウスモデルにおいて,RapaLink-1は単回の投与ののち4日間にわたり,腫瘍においてmTOR複合体1あるいはmTOR複合体2の下流タンパク質を抑制した.さらに,RapaLink-1はラパマイシン誘導体やmTORキナーゼ阻害薬と同等の抗腫瘍効果を示した.このように強力なmTOR阻害活性をもつRapaLink-1の安全な投与量は臨床試験により詳細に検討する必要がある.
 RapaLink-1の薬剤耐性変異に対する作用を評価するため,MDA-MB-468細胞にラパマイシン誘導体に耐性の変異をもつmTORあるいはmTORキナーゼ阻害薬に耐性の変異をもつmTORを発現させ,ラパマイシン誘導体,MLN0128,あるいは,その併用の効果と比較した.その結果,RapaLink-1のみが3~10 nMという低濃度でmTORシグナル伝達経路を阻害した(図2).さらに,ヒトの腫瘍を移植したマウスモデルにおいて,ラパマイシン誘導体に耐性の変異をもつmTORを発現させたMCF-7細胞は,ラパマイシン誘導体への感受性が低下したものの,mTORキナーゼ阻害薬およびRapaLink-1に対し高い感受性を示した.同様に,mTORキナーゼ阻害薬に耐性の変異をもつmTORを発現させたMCF-7細胞は,mTORキナーゼ阻害薬への感受性が低下したものの,ラパマイシン誘導体およびRapaLink-1には同様に高い感受性を保持した.

figure2

 mTORのキナーゼドメインに活性化型の変異をもつ患者はラパマイシン誘導体に応答性を示すが,治療の開始ののち2つ目の耐性変異が生じると多剤耐性を獲得してしまう.このような獲得耐性を想定して,FRBドメインおよびキナーゼドメインに変異をもつmTORをMDA-MB-468細胞に発現させRapaLink-1の効果を検討した.この二重変異mTORは想定どおりラパマイシン誘導体およびmTORキナーゼ阻害薬,さらに,ラパマイシン誘導体とmTORキナーゼ阻害薬の併用に耐性を示したのに対し,RapaLink-1に対しては感受性を示した.

おわりに

 筆者らは,mTORのキナーゼドメインとFRBドメインの両方を標的として同時に結合することができる新世代のmTOR阻害薬RapaLinkを創出した.筆者らが提唱した1分子のmTORに対しRapaLink-1が2座配位するという説は,最近,クライオ電子顕微鏡により解明されたmTOR複合体1の二量体の構造において,2分子のmTORのあいだの距離がRapaLink-1の分子長よりも有意に離れていることからも支持された2).RapaLink-1の片側の要素がmTORと結合すると,適切なリンカー長で結合したもう片方の要素が結合部位の近傍にとどまり,強い結合親和力が得られる.RapaLink-1に対する耐性株を樹立するためには,ラパマイシン誘導体あるいはmTORキナーゼ阻害薬の3カ月と比較して9カ月という長い期間を必要としたことから,RapaLink-1はがん細胞が薬剤耐性を獲得するまでの期間を延長できるかもしれない.このように,新世代のmTOR阻害薬であるRapaLink-1の創出をつうじ,がんの耐性の克服への新しいアプローチが提案された.

文 献

  1. Chen, J., Zheng, X. F., Brown, E. J. et al.: Identification of an 11-kDa FKBP12-rapamycin-binding domain within the 289-kDa FKBP12-rapamycin associated protein and characterization of a critical serine residue. Proc. Natl Acad. Sci. USA, 92, 4947-4951 (1995)[PubMed]
  2. Aylett, C. H., Sauer, E., Imseng, S. et al.: Architecture of human mTOR complex 1. Science, 351, 48-52 (2016)[PubMed]
  3. Wagle, N., Grabiner, B. C., Van Allen, E. M. et al.: Response and acquired resistance to everolimus in anaplastic thyroid cancer. N. Engl. J. Med., 371, 1426-1433 (2014)[PubMed]
  4. Lorenz, M. C. & Heitman, J.: TOR mutations confer rapamycin resistance by preventing interaction with FKBP12-rapamycin. J. Biol. Chem., 270, 27531-27537 (1995)[PubMed]
  5. Grabiner, B. C., Nardi, V., Birsoy, K. et al.: A diverse array of cancer-associated MTOR mutations are hyperactivating and can predict rapamycin sensitivity. Cancer Discov., 4, 554-563 (2014)[PubMed]
  6. Cerami, E., Gao, J., Dogrusoz, U. et al.: The cBio cancer genomics portal: an open platform for exploring multidimensional cancer genomics data. Cancer Discov., 2, 401-404 (2012)[PubMed]
  7. Yang, H., Rudge, D. G., Koos, J. D. et al.: mTOR kinase structure, mechanism and regulation. Nature, 497, 217-223 (2013)[PubMed]
  8. Hsieh, A. C., Liu, Y., Edlind, M. P. et al.: The translational landscape of mTOR signalling steers cancer initiation and metastasis. Nature, 485, 55-61 (2012)[PubMed]
  9. Marinec, P. S., Chen, L., Barr, K. J. et al.: FK506-binding protein (FKBP) partitions a modified HIV protease inhibitor into blood cells and prolongs its lifetime in vivo. Proc. Natl Acad. Sci. USA, 106, 1336-1341 (2009)[PubMed]

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著者プロフィール

岡庭 正格(Masanori Okaniwa)
略歴:2013年 京都薬科大学大学院にて博士号取得,同年 米国California大学San Francisco校 博士研究員を経て,2014年 武田薬品工業,2016年より同 主席研究員.
研究テーマ:ケミカルバイオロジーとメディシナルケミストリーをベースにした創薬.
抱負:すぐれた医薬品の創出に挑戦し,創薬のプロフェッショナルとして成長して,医療の未来に貢献したい.

Kevan M. Shokat
米国California大学San Francisco校 教授.
研究室URL:http://shokatlab.ucsf.edu/

© 2016 岡庭正格・Kevan M. Shokat Licensed under CC 表示 2.1 日本

鉄硫黄タンパク質の0.48Åという超高分解能での電荷密度の解析

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竹田一旗・三木邦夫
(京都大学大学院理学研究科 化学専攻生物構造化学研究室)
email:竹田一旗三木邦夫
DOI: 10.7875/first.author.2016.067

Charge-density analysis of an iron-sulfur protein at an ultra-high resolution of 0.48Å.
Yu Hirano, Kazuki Takeda, Kunio Miki
Nature, 534, 281-284 (2016)

要 約

 タンパク質の性質は水素原子の位置や価電子の分布などの微細な構造により規定される.しかしながら,通常のタンパク質のX線結晶構造解析における3.0~1.5Åという分解能ではそのような構造の情報は得られない.筆者らは,紅色光合成細菌の一種であるThermochromatium tepidumに由来のする高電位鉄硫黄タンパク質について,タンパク質としてはこれまで最高である0.48Åという分解能でX線結晶構造解析し,電荷密度を解析した.その結果,金属タンパク質としてはじめて,ペプチド鎖の部分および鉄硫黄クラスターの価電子を可視化することに成功した.これにより,鉄硫黄クラスターの電子の構造および電子伝達タンパク質における電子の貯蔵や授受の機構について考察することが可能になった.

はじめに

 通常のタンパク質のX線結晶構造解析において分解能は高くても1.5Å程度であり,個々の原子を分離して観測できるわけではない.このため,アミノ酸配列の情報をもとにおのおののアミノ酸残基の構造を電子密度にあてはめてタンパク質の構造を組みあげている.また,精密化計算においては,ポリペプチド鎖や側鎖の構造の結合距離や結合角に強い束縛条件を課している.したがって,タンパク質において原子個々の性質までの議論はできず,タンパク質の機能に密接に関与する価電子や水素原子も観測されない.このため,機能部位の化学的な性質は小分子化合物において得られた既存の常識にもとづき推定し,対象となるタンパク質の変異体を解析することによりその推定を確認することが一般的な手法になっている.
 筆者らは,これまで,好熱性の紅色光合成細菌Thermochromatium tepidumに由来する光合成に関連するタンパク質を構造生物学的に研究してきた1,2).高電位鉄硫黄タンパク質はシトクロムbc1複合体から反応中心複合体への電子伝達をつかさどるタンパク質であり,アミノ酸83残基とFe4S4クラスターから構成される.高電位鉄硫黄タンパク質についても1.5~0.7Åという高分解能の構造を解析してきた1,3,4).しかしながら,酸化還元反応や電子伝達の分子機構を構造情報から直接に議論するには,価電子や水素原子を含めたさらに微細な構造を決定する必要があった.このような解析は小分子化合物でも容易なことではなく,タンパク質については,クランビン5) やアルドース還元酵素6) といったごく少数の例をのぞきほとんど例がなかった.

1.X線結晶構造解析

 T. tepidumから精製した還元型の電位鉄硫黄タンパク質を使用し,0.8×0.2×0.1 mm3という大型の結晶を作製した.X線回折データは大型放射光施設SPring-8のビームラインBL41XUにおいて測定した.その際,物質による吸収が少なく,高分解能の反射の測定が容易な高エネルギーのX線を用いた.また,高分解能の回折データほどX線の照射の影響がより顕著に現われるため,X線の吸収線量を通常のX線回折実験で許容される値の1/100分にまで抑えた.その結果,X線による影響がほとんどみられない0.48Åという超高分解能での回折データセットの収集に成功した.これは,タンパク質としてはこれまでもっとも高い分解能でのX線回折データであった.
 通常の球状原子モデルを用いて構造を精密化した.異方性温度因子を導入し,水素原子もくわえて,精密化の最終段階においては原子間の距離についての束縛をはずした.この段階でのRwork値およびRfree値は8.24%および8.63%であった.この段階において,おのおのの原子のまわりに球状原子モデルでは説明できない残余の電子密度が観測された.そこで,このモデルをもとに,多極子原子モデルを導入して電荷密度を解析した.この解析においては,個々の原子の電子密度は内殻の電子によるものと価電子によるものとに分けられる.非球状の分布をもつ価電子の密度は球面調和関数を使用して多極子展開される.精密化計算により必要な係数の値を決定した.電荷密度の解析の結果,Rwork値およびRfree値は7.16%および7.80%に低下した.最終的な構造モデルには,すべてのアミノ酸残基の水素原子のみならず,水分子の水素原子42個も含まれた(PDB ID:5D8V).

2.ペプチド結合の高精度の解析

 タンパク質の主鎖におけるペプチド結合はその二重結合性のため平面の構造をもつ.通常のX線結晶構造解析においては,平面の構造を維持するような束縛のもと構造を精密化する.今回,すべてのペプチド結合について二面角が正確に決定され,ペプチド結合の平面性についての実験的な知見を得られた.平面の構造において二面角の値は180度になるが,180度から10度以上ずれているペプチド結合はFe4S4クラスターを結合するCysの付近に多く存在した.また,主鎖のアミド基の水素原子についても,これらのペプチド結合において標準的な位置からはずれたところに存在した.高電位鉄硫黄タンパク質の4つのCysのうち3つがこのようなゆがんだペプチド結合を形成していた.

3.鉄硫黄クラスターの価電子の分布および電荷

 Fe4S4クラスターは高電位鉄硫黄タンパク質の4つのCysの側鎖のSγ原子と共有結合し,あわせてFe4S4(Cys-Sγ)4クラスターを形成する.電荷密度の解析の結果,鉄原子のまわりには3d電子に対応する電子密度,硫黄原子のまわりには3p電子に対応する電子密度が観測され,多極子原子モデルによる精密化に取り入れた(図1).鉄原子の3d電子と硫黄原子の3p電子の重なりはすべてのFe-S結合について同じではなく,Fe-S結合の距離が短い場合のほうが重なりはより小さかった.

figure1

 それぞれの原子についての電荷も決定された.その結果,鉄原子に関しては+0.9~+1.5,硫黄原子に関しては-1.6~-0.1という値になった.これらの値の絶対値は,その形式電荷より小さかった.もっとも小さな電荷をもつFE1に配位した硫黄原子の電荷の合計値は,ほかの鉄原子に配位した硫黄原子よりも明らかに小さな値になった.このことから,電子はFE1とそのまわりの硫黄原子に貯蔵されることが示唆された.
 atoms-in-molecules(AIM)理論7) にもとづくトポロジー解析により,電子の構造をくわしく解析することが可能である.結合にそった電子密度の鞍点における電子密度の大きさは,結合の強さと密接に関係する.Fe4S4(Cys-Sγ)4クラスターにおいて短い結合距離をもつFE1-S2結合およびFE2-S1結合においては,結合距離から予想される値より電子密度の鞍点における電子密度の大きさが低いことが判明した.このことは,FE1-S2結合およびFE2-S1結合は結合距離が短いにもかかわらず相互作用が弱いことを示した.

4.鉄硫黄クラスターとタンパク質との相互作用

 電荷密度の解析により,Fe4S4(Cys-Sγ)4クラスターとタンパク質とのあいだの非共有結合性の相互作用における価電子の役割についての知見も得られた.たとえば,Cys46のCys-Sγ原子の3p電子はPhe48およびThr79の主鎖の水素原子と,S3原子の3p電子はTrp78の側鎖の水素原子のひとつと,それぞれ相互作用しているようすが観測された(図2).硫黄原子の3p電子と相互作用するタンパク質の水素原子の数と硫黄原子の電荷の値とのあいだには高い相関が存在した.Fe4S4(Cys-Sγ)4クラスターの硫黄原子とタンパク質の水素原子とのあいだの水素結合における共有結合性により,硫黄原子の負電荷が減少している可能性が示唆された.

figure2

5.サブクラスターの構造

 これまでの分光学的および理論的な研究により,還元型の高電位鉄硫黄タンパク質において六面体型のFe4S4クラスターは2つのひし形のFe2S2クラスターに分けられることが示唆されている.それぞれのサブクラスターにおいて2つの鉄原子は強磁性的に相互作用している.また,サブクラスターどうしは反強磁性的に相互作用している8).これを,今回,解析された高電位鉄硫黄タンパク質にあてはめると,一方のサブクラスターはFE1,FE2,S3,S4から構成され,もう一方のサブクラスターは,FE3,FE4,S1,S2から構成されることになる.今回の電荷密度の解析により,それぞれのサブクラスターの内部の原子のあいだの相互作用は大きく,サブクラスターのあいだの相互作用は小さいことが実験的に示された.電荷の分布も考慮すると,電子の貯蔵にはFE1,FE2,S3,S4から構成されるサブクラスターが主要な役割を担うことが示唆された.

おわりに

 超高分解能での構造解析が汎用されるようになれば,これまでの手法では得ることのできなかった電子分布そのものの形状や水素原子に関する情報をタンパク質についても解析することが可能になる.これにより,量子化学による計算との直接的な比較が可能になり,理論的な研究の発展や実験と理論の連携の強化に寄与することが期待される.

文 献

  1. Nogi, T., Fathir, I., Kobayashi, M. et al.: Crystal structures of photosynthetic reaction center and high-potential iron-sulfur protein from Thermochromatium tepidum: thermostability and electron transfer. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97, 13561-13566 (2000)[PubMed]
  2. Niwa, S., Yu, L. -J., Takeda, K. et al.: Structure of the LH1-RC complex from Thermochromatium tepidum at 3.0Å. Nature, 508, 228-232 (2014)[PubMed] [新着論文レビュー]
  3. Liu, L., Nogi, T., Kobayashi, M. et al.: Ultrahigh-resolution structure of high-potential iron-sulfur protein from Thermochromatium tepidum. Acta Crystallogr. D Biol. Crystallogr., 58, 1085-1091 (2002)[PubMed]
  4. Takeda, K., Kusumoto, K., Hirano, Y. et al.: Detailed assessment of X-ray induced structural perturbation in a crystalline state protein. J. Struct. Biol., 169, 135-144 (2010)[PubMed]
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  6. Guillot, B., Jelsch, C., Podjarny, A. et al.: Charge-density analysis of a protein structure at subatomic resolution: the human aldose reductase case. Acta Crystallogr. D Biol. Crystallogr., 64, 567-588 (2008)[PubMed]
  7. Bader, R. F. W.: Atoms in Molecules: A Quantum Theory. Oxford University Press, Oxford (1990)
  8. Dey, A., Roche, C. L., Walters, M. A. et al.: Sulfur K-edge XAS and DFT calculations on [Fe4S4]2+ cluster: effects of H-bonding and structural distortion on covalency and spin topology. Inorg. Chem., 44, 8349-8354 (2005)[PubMed]

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著者プロフィール

竹田 一旗(Kazuki Takeda)
略歴:2005年 名古屋大学大学院理学研究科にて博士号取得.理化学研究所播磨研究所 研究員,2006年 京都大学大学院理学研究科 講師を経て,2014年より同 准教授.
研究テーマ:生物物理学,タンパク質結晶学.
関心事:明後日の天気.

三木 邦夫(Kunio Miki)
京都大学大学院理学研究科 教授.
研究室URL:http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/kozo/miki_lab.html

© 2016 竹田一旗・三木邦夫 Licensed under CC 表示 2.1 日本

受精にかかわる精子の融合タンパク質IZUMO1と卵の受容体JUNOとの認識の機構

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石田英子・大戸梅治・清水敏之
(東京大学大学院薬学系研究科 蛋白構造生物学教室)
email:石田英子大戸梅治清水敏之
DOI: 10.7875/first.author.2016.071

Structure of IZUMO1-JUNO reveals sperm-oocyte recognition during mammalian fertilization.
Umeharu Ohto, Hanako Ishida, Elena Krayukhina, Susumu Uchiyama, Naokazu Inoue, Toshiyuki Shimizu
Nature, 534, 566-569 (2016)

要 約

 哺乳類の受精においては,オスとメスの配偶子である精子と卵が互いに認識して細胞膜を融合し,それぞれのもつ遺伝情報が組み合わされることにより新たな遺伝情報をもつ個体がつくりだされる.細胞膜の融合のためには配偶子どうしの認識が不可欠であり,精子および卵において互いの認識に関与するタンパク質の研究がなされてきたが,その特異的な認識の機構についての構造生物学的な知見は得られていない.今回,筆者らは,受精に必須のタンパク質として同定された精子の細胞膜に局在する膜タンパク質IZUMO1と,その卵の受容体JUNOについて,それぞれの単体および複合体の結晶構造を明らかにした.IZUMO1は,N末端側の4本のαへリックスが束になったIZUMOドメイン,中央部分のβヘアピン構造,C末端側の免疫グロブリン様ドメインから構成され,βヘアピン構造はジスルフィド結合によりIZUMOドメインおよび免疫グロブリン様ドメインと架橋され安定なロッド状の構造を形成していた.IZUMO1とJUNOは,IZUMO1のβヘアピン構造とJUNOの疎水性ポケットの裏側とで結合していた.構造にもとづく変異体を用いた解析により,IZUMO1とJUNOとの認識は生物学的に重要であることが証明された.この研究により,新しい避妊薬の開発など創薬への応用も期待される.

はじめに

 ヒトにおいてはいちどに1億~3億の精子が射出され,そのうちひとつだけが卵と結合して受精卵となり,その直後に卵はほかの精子の受容能を失う1-4).この過程は複数の分子機構により厳密に制御されると考えられる.なかでも,受精においてもっとも重要な過程である細胞膜の融合にはとくに厳密な制御が必要とされる.IZUMO1は精子の細胞膜に局在するI型膜貫通タンパク質で,受精に必須のタンパク質として同定された5).αへリックスが束になったIZUMOドメインおよび免疫グロブリン様ドメインからなる細胞外領域とごく短い細胞内領域から構成され6),IZUMOドメインは精子と卵との結合に重要である7).JUNOは卵に存在するIZUMO1の受容体として同定された8).葉酸受容体ファミリーに属するGPIアンカー型膜タンパク質であるが,葉酸結合能をもたない8,9).IZUMO1およびJUNOは受精において決定的な役割をはたしており,避妊薬の標的ともなりうる.そのため,IZUMO1とJUNOとのあいだの特異的な認識の機構の解明が待望されていた.

1.細胞外領域の発現および性状の解析

 ヒトのIZUMO1およびJUNOの細胞外領域をそれぞれ単独でショウジョウバエS2細胞において発現させ精製した試料を用いてその性状を解析した.ゲルろ過法および超遠心分析の結果,IZUMO1およびJUNOはいずれも溶液において単量体として存在した.等温滴定型カロリメトリー法により相互作用を解析した結果,IZUMO1とJUNOは結合比1対1,解離定数91 nMで結合することが示された.超遠心分析の結果からも,IZUMO1とJUNOは1対1の複合体を形成することが示された.また,IZUMO1およびJUNOはともに1箇所の糖鎖結合部位をもつが,糖鎖の有無は結合には影響しなかった.

2.IZUMO1およびJUNOの結晶構造解析

 単体のIZUMO1につき1つ(PDB ID:5JK9),単体のJUNOにつき2つ(PDB ID:5JKA5JKB),IZUMO1とJUNOとの複合体につき3つ(PDB ID:5JKC5JKD5JKE)の結晶構造が明らかにされた.その一部の結晶化においては,結晶の質の改善のため糖鎖の切断およびLysのアルキル化などの処理をしたタンパク質を用いた.

3.単体のIZUMO1の構造

 ヒトのIZUMO1は長辺が約90Åのロッド状の構造をしており,N末端側の4本のαへリックスの束からなるIZUMOドメイン,中央のβヘアピン構造,C末端側の免疫グロブリン様ドメインから構成されていた(図1a).IZUMO1には哺乳動物において保存されている10個のCysがあり,すべてジスルフィド結合を形成していた.Cys22-Cys149およびCys25-Cys152はIZUMOドメインとβヘアピン構造,Cys139-Cys165はβヘアピン構造と免疫グロブリン様ドメインを架橋していた.これらのジスルフィド結合により,3つのドメインは互いに独立な配向をとるのではなく,一定の配向を保持したひとつづきのロッド状の構造を形成するものと考えられた.また,Cys135-Cys159はβヘアピン構造の内部,Cys182-Cys233は免疫グロブリン様ドメインの内部においてジスルフィド結合を形成していた.

figure1

4.単体のJUNOの構造および葉酸受容体との比較

 ヒトのJUNOは高い配列相同性をもつ葉酸受容体と類似した全体構造をしていた(図1b).8本のαへリックスと4つのβストランドが8つのジスルフィド結合により連結された球状の構造をしており,このジスルフィド結合は葉酸受容体10,11),リボフラビン結合タンパク質12),JUNOに共通してみられた.JUNOには葉酸受容体における葉酸結合ポケットに相当する疎水性ポケットが存在したが,葉酸との結合能はもたない8).葉酸受容体とJUNOとで疎水性ポケットに存在する疎水性残基はほとんど保存されていた.一方,葉酸受容体はそれらによる疎水性相互作用にくわえ,葉酸のプテリン部位と複数の残基を介して極性相互作用を形成するが10,11),これらの残基はひとつを除きJUNOにおいては保存されていなかった.さらに,葉酸受容体とは異なり,JUNOにおいてTrp190の側鎖は疎水性ポケットをせばめるかたちで配向していた.これらの違いにより,JUNOは葉酸との結合能をもたないものと考えられた.

5.IZUMO1とJUNOとの複合体における認識の機構

 IZUMO1およびJUNOは結晶において1対1の複合体を形成していた(図2a).IZUMO1およびJUNOは複合体においても単体の場合と基本的に同じ構造をとっており,IZUMO1のβヘアピン構造の部分とJUNOの疎水性ポケットの裏側とが結合面を形成していた.IZUMO1とJUNOはおもに疎水性相互作用とファンデルワールス相互作用により結合しており,それらにくわえ6つの水素結合が結合に寄与していた.IZUMO1のTrp148とJUNOのTrp62が互いに相補的な形状で結合面を形成しており(図2b),これらのTrpはすべての種において保存されていた.JUNOのL1部位およびL3部位がIZUMO1との結合に関与し,その際,L1部位の保存されたGly80-Leu81モチーフが,IZUMO1の表面に相補的な形状で相互作用できるよう構造変化を起こしていた.実際に,これらの相互作用に関与する残基のうち,IZUMO1のTrp148,JUNOのTrp62およびLeu81への変異の導入により,IZUMO1とJUNOとの結合は低下した.

figure2

 精子と卵との認識におけるIZUMO1とJUNOとの複合体の相互作用の機能的な関連について確かめるため,野生型あるいはJUNOとの相互作用面の残基に変異を導入したマウスのIzumo1を発現させたCOS-7細胞とマウスの卵母細胞との結合を解析した.その結果,変異を導入したIzumo1を発現させると卵母細胞と結合するCOS-7細胞の数は減少し,とくに,保存された残基に変異を導入したときには結合するCOS-7細胞の数はいちじるしく減少した.また,複数の変異を導入したIzumo1を発現させたCOS-7細胞は卵母細胞とまったく結合しなくなった.これらのことから,IZUMO1とJUNOとの相互作用が精子と卵との認識に重要であることが示された.
 IZUMO1とJUNOとの相互作用には種特異性がみられる.たとえば,ヒトのIZUMO1はハムスターのJunoとは結合するが,マウスのJunoとは結合しない8,9,13).IZUMO1とJUNOとの相互作用面は,種間で保存性の高いコア領域と保存性の低い周辺領域から構成されていた.コア領域により共通した様式の結合,周辺領域により種特異的な結合が達成されるものと考えられた.
 IZUMO1とJUNOが複合体を形成したのち,IZUMO1は構造変化を起こして二量体を形成し,これにともないIZUMO1とJUNOは解離するという仮説がたてられている14).しかし,超遠心分析の結果,単体のIZUMO1は高濃度の条件において二量体を形成するが,IZUMO1とJUNOとの1対1の複合体はそれ以上の多量体を形成しないことが明らかにされた.このため,この研究において構造の解かれたIZUMO1とJUNOとの複合体の構造は配偶子の接合において初期の段階の状態にあると考えられ,受精の過程においてはIZUMO1とJUNOとの複合体はさらに構造変化を起こすことが予想された.
 JUNOとの結合に重要なIZUMO1のβヘアピン構造は,となりあうドメインとジスルフィド結合により連結されていた.IZUMO1は還元剤の存在のもとでは凝集体を形成したことから,還元剤への感受性が高いことが示された.一方,JUNOには還元剤の影響は確認されなかった.また,IZUMO1とJUNOとの結合は酸性条件において弱くなった.葉酸受容体はpHに依存して構造変化を起こすことが知られており10),同様に,JUNOも酸性条件においてはIZUMO1に対し親和性の低い構造をとる可能性がある.IZUMO1およびJUNOのもつこれらの性質は相互作用の制御にかかわる可能性が考えられる.また,受精ののちの過程にかかわる未知のタンパク質の存在する可能性もある.IZUMO1とJUNOとの認識ののち細胞膜の融合にいたる過程の解明には,さらなる研究が必要とされる.

おわりに

 Nature誌にこの論文と同時に掲載された別の研究グループによる論文において,基本的に同じ内容が報告された15).その論文においては,筆者らと同様に,X線結晶構造解析によりIZUMO1とJUNOとの複合体の構造を決定し,さらに種々の性状を解析していた.今回の研究により,IZUMO1とJUNOとの相互作用の様式が明らかにされ,受精における精子と卵との細胞膜の融合の最初の段階が構造的に示された.この情報をもとに,新たな非ホルモン性の避妊薬の開発へとつながることも期待される.

文 献

  1. Klinovska, K., Sebkova, N. & Dvorakova-Hortova, K.: Sperm-egg fusion: a molecular enigma of mammalian reproduction. Int. J. Mol. Sci., 15, 10652-10668 (2014)[PubMed]
  2. Okabe, M.: The cell biology of mammalian fertilization. Development, 140, 4471-4479 (2013)[PubMed]
  3. Evans, J. P.: Sperm-egg interaction. Annu. Rev. Physiol., 74, 477-502 (2012)[PubMed]
  4. Knobil, E. & Neill, J. D. (eds.): The Physiology of Reproduction (2nd Ed.). Raven Press, New York (1994)
  5. Inoue, N., Ikawa, M., Isotani, A. et al.: The immunoglobulin superfamily protein Izumo is required for sperm to fuse with eggs. Nature, 434, 234-238 (2005)[PubMed]
  6. Ellerman, D. A., Pei, J., Guptam, S. et al.: Izumo is part of a multiprotein family whose members form large complexes on mammalian sperm. Mol. Reprod. Dev., 76, 1188-1199 (2009)[PubMed]
  7. Inoue, N., Hamada, D., Kamikubo, H. et al.: Molecular dissection of IZUMO1, a sperm protein essential for sperm-egg fusion. Development, 140, 3221-3229 (2013)[PubMed]
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  9. Han, L., Nishimura, K., Sadat Al Hosseini, H. et al.: Divergent evolution of vitamin B9 binding underlies Junomediated adhesion of mammalian gametes. Curr. Biol., 26, R100-R101 (2016)[PubMed]
  10. Wibowo, A. S., Singh, M., Reeder, K. M. et al.: Structures of human folate receptors reveal biological trafficking states and diversity in folate and antifolate recognition. Proc. Natl Acad. Sci. USA, 110, 15180-15188 (2013)[PubMed]
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  13. Bianchi, E. & Wright, G. J.: Cross-species fertilization: the hamster egg receptor, Juno, binds the human sperm ligand, Izumo1. Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 370, 20140101 (2015)[PubMed]
  14. Inoue, N., Hagihara, Y., Wright, D. et al.: Oocyte-triggered dimerization of sperm IZUMO1 promotes sperm-egg fusion in mice. Nat. Commun., 6, 8858 (2015)[PubMed]
  15. Aydin, H., Sultana, A., Li, S. et al.: Molecular architecture of the human sperm IZUMO1 and egg JUNO fertilization complex. Nature, 534, 562-565 (2016)[PubMed]

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著者プロフィール

石田 英子(Hanako Ishida)
略歴:東京大学大学院薬学系研究科 特任研究員.
抱負:やるべきことをやる.

大戸 梅治(Umeharu Ohto)
東京大学大学院薬学系研究科 准教授.

清水 敏之(Toshiyuki Shimizu)
東京大学大学院薬学系研究科 教授.
研究室URL:http://www.f.u-tokyo.ac.jp/~kouzou/

© 2016 石田英子・大戸梅治・清水敏之 Licensed under CC 表示 2.1 日本

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